スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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サポーターを雇うお話。


Chapter03『サポーターの雇い方』

「白い髪のお兄さんとお嬢さん」

 バベルのある中央広場(セントラルパーク)でベルとスズは、クリーム色のローブを着込み、フードで頭を覆い隠した小さな少女に声を掛けられた。

 

 少女の身長は110Cくらいだろうか。

 その背中には少女の体よりも二回りは大きいバックパックが背負われている。

 ベルは少女に後ろから掛けられた時、少女の身長が低くてすぐには気づけなかったが、スズの見ている先に目線を下すことで少女の姿を確認することが出来た。

 

「初めまして、お兄さん、お嬢さん。突然ですがサポーターなんか探していませんか?」

 

 ローブの中から覗く甘栗色の髪の毛や背丈、声からして昨日助けたパルゥムの少女ととてもよく似ているが、ふさふさした尻尾をぱたぱたと振っているので獣人だ。

 種族が違うのだから、他人の空似なのだろうな、とベルは腰を少し降ろして少女に目線を合わせて答えを返してあげる。

 

「うん。もしかしてエイナさん、ギルドのアドバイザーから僕達のことを紹介されたのかな?」

「いえ、バックパックを背負ったお兄さんと、何度も放り投げられたかのようにすり切れたバックをお持ちになられているお嬢さんを見て、お声をおかけしました。今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているのです」

 少女はにっこりと笑って尻尾をパタパタさせている。

 フードで愛らしい表情が半分隠れているが、その仕草はとても可愛らしかった。

 

「すごくサポーターはパーティーに加わって欲しいんだけど、スズはどう思う?」

「私もサポーターさんがいてくれたら、すごく助かります。エイナさんも安心してくれると思うし……。私はスズ・クラネルです。しっかりと雇用内容を聞いてからの採用になってしまいますが、よろしいでしょうか?」

「全然問題ありません! お話を冒険者さんに聞いていただけるだけでも、リリはとても嬉しいです! えっと、リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さんのお名前は何と言うんですか?」

 少女、リリルカが無邪気にはしゃいでいで、尻尾をぶんぶんと振りながらベルの顔を見上げた。

 

「あ、僕はベル・クラネルだよ。えっと、契約とかはどうすればいいのかな。僕達まだ冒険してから一ヶ月も経ってないから、その、よくわからなくて」

「ここでは通行人のお邪魔になってしまいますので、簡易食堂でリリがご説明いたしますのでご安心して下さい。お姉さんもそこで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよリリルカさん。よほど過激な契約内容でなければ即採用なので、よろしくお願いしますね」

 スズの笑顔に「ありがとうございます!」と リリルカは笑顔で返した。

 

 

§

 

 

 バベルの簡易食堂でまずは軽く自己紹介の続きをした。

 なんでもリリルカは無所属のサポーターではなく【ソーマ・ファミリア】所属であり、弱くて幼い犬人(シアンスロープ)のリリルカはパーティーに入れてもらえず、邪険に扱われて、ホームも居心地が悪いせいで安い宿に寝泊まりしているらしい。

 その宿代もそろそろ危うい状況になってきたので、ベルとスズを見て声を掛けけたのだと事情まで話してくれた。

 

 こんな小さな少女を無碍に扱うなんて、【ファミリア】はみんな家族同然だと思っていたベルのショックは大きい。

 

「【ソーマ・ファミリア】の主神であられるソーマ様は、眷族の方に関心がないと聞きますからね……」

「スズ様はご存知でしたか。他の【ファミリア】であるリリは、まずお二人の信用を得る必要があります。なので契約金はいりません。リリの働きを見て、探索での収入を仕事に見合った分だけ分ける形でいいですよ? リリは三割も恵んで貰えると飛び上がってしまうほど嬉しいです!」

 

「わかりました。怪物(モンスター)の数が増えてきて、サポーターさんがいなくて少し困っていたところなので、報酬の方は奮発しますから安心して下さい。リリルカさんが危険な目に合わないように、しっかりとお守りしますね」

 

「ありがとうございますスズ様。スズ様がサポーターにご理解のある優しい方でリリはとても嬉しいです。ですが、スズ様。リリのことはリリとお呼びください。他の呼び方でも構いませんが、さんづけや敬語はダメです。他の冒険者様がスズ様やベル様のように誰にでもお優しい方とは限らないのですから、上下をはっきりさせなければなりません。リリ達が冒険者様と同格であろうとするのは傲慢です。ほとんどの冒険者様はそれを許しません。ですので、リリが分をわきまえない生意気なサポーターだという噂が広がってしまったら、今後リリは他の冒険者様達から相手にされなくなってしまいます。精々タダ働きがいいところでしょう」

 

 これから契約するとはいえ、危険が伴うダンジョンでは雇い主が命を落としてしまうことだってあるし、違う【ファミリア】であるから【ファミリア】の事情で解雇されてしまうことだってる。

 

 ベルとスズはリリルカ…リリを解雇する気も、命を落とすつもりもないが、リリにとっては今後雇い主が見つからない事態に陥るのは死活問題だ。

 

「わかったよ、リリ。なんだか恥ずかしいけど、ベル様って呼ばれるのも慣れるように頑張るよ」

「そっか。回りの目までは気にしてなかったよ。ごめんね。えっと、リリは何歳なのかな?」

「理解して下さり助かります。……スズ様はおいくつなのですか?」

「私は10歳だよ」

「奇遇ですね。リリも10歳なんです! ですが、上下関係のことはお忘れないようにお願いいたしますね?」

 スズの笑顔にリリも笑顔で返す。

 

 サポーターなんて枠でなければ、そんな枠を気にしないで済む同じ【ヘステイア・ファミリア】なら、きっとリリも敬語を使わずに仲良くやっていけて、妹分が増えたんだろうな、とベルは少し残念に思った。

 無所属なら礼儀正しくて良い子だし、もうスズが懐いているので即勧誘していたのだが、違う【ファミリア】に入っているのなら仕方がない。

 

「えへへ、同い年の冒険者と一緒なの嬉しいな」

「リリはサポーターですよ、スズ様」

「それでも嬉しいなって。こっちに来てから同い年の友達はいなかったから」

 

 パルゥムの冒険者は見ても、本当に幼い冒険者は少ない。居るには居るのだが冒険者同士の子供がそのまま【ファミリア】の冒険者になるケースがほとんどで、普通は親や【ファミリア】の仲間に見守られながらダンジョンに潜ったり、もっと大きくなってからダンジョンに入ったりするので、ダンジョン内でスズと同年齢の子供と出会ったことは今のところない。

 

 ジャガ丸くんの露店でも、家族連れの子供と楽しく会話をすることはあるが、そうした子達は面倒を見てあげたくなるような年下ばかりで、今までスズは年上と年下に挟まれている状態だった。同い年の仲間と出会えたのがよほど嬉しかったのか、スズは手を合わせて満面の笑みを浮かべている。

 

「……友達ではありません。リリはサポーターです」

「うん、人目があるところではちゃんと気にするから、これから仲良く一緒に冒険しようね、りっちゃん」

「りっ……ご好意は嬉しいのですが、リリは人目がないところでも、スズ様のことはスズ様と呼ばせていただきますよ? ダンジョンを遊び感覚で潜られてもらっては、スズ様のためにもリリのためにもなりません。大変失礼ながら申し上げますが、そんなことでは五階層で命を落としかねませんよ。気持ちを改めるなら早い方が―――――――」

 

「あ、僕達今7階層を探索中なんだ。リリはそこまで降りても平気かな? 僕とスズなら守れる余裕は十分あるけど、怖かったらもっと上の階層でも大丈夫だから言ってね」

 

 ベルのその言葉にリリの表情は固まった。

 

「ベル様達は最近冒険者になられたんですよね。それにもかかわらず、たった二人で7階層を回っていたのですか?」

「うん。ついこの間までじっくり下りてたんだけど、スズが今の能力なら7階層が適正だって。アドバイザーをしてくれているエイナさんも許可してくれたよ。僕はまだ弱いけど、スズなんかは立ち回りも上手いし、【魔法】も使えて、すごく頼りになるから安心していいよ」

「そうですか。スズ様はとても才能に恵まれているのですね」

「里の皆に比べたら、私なんて全然だよ。見様見真似ばかりだし、『恩恵』を受ける前は岩もこの剣で斬れなかったし」

 

 さらりと今『岩も剣で斬れなかったし』とかスズが言った。

 普通の人間は岩なんて当然斬れない。

 しかもスズの剣は重量で叩き潰すタイプの剣だ。

 お嬢様だと思われるスズからこんな言葉が出るなんて、しかも里の皆の基準がそれなんて、『あの里』が人外魔境すぎてベルは苦笑するしかなかった。

 

「スズ様とベル様は『あの里』出身なんですね。それで商売敵である【ソーマ・ファミリア】のことを少し知っていて、なおかつこんなにもお人好しだったのですね。色々と納得しましたが、担当になられたアドバイザーの方もさぞかしお困りになったことでしょうね。ここは『あの里』ではないのですから、しっかり物事を分別しなければいけませんよ、スズ様。それにベル様も気をつけて下さいね。世間知らずなお二人のことがリリは心配でなりません」

 

 リリが少し毒を吐きながらため息をついて、呆れ果てた顔で見つめてくる。

 どうやらリリも『あの里』だから仕方ないと納得しているようだ。

 スクハがオラリオでも里の蜂蜜酒は人気だと言っていたので、もしかしたら有名なのかもしれない。

 

 自分は普通の人間で人外魔境出身ではないから、そんな目で見ないでもらいたいとベルは思うのだが、ギルドに兄妹で登録している以上迂闊なことをあまり言うのは不味いと思うので、ぐっと我慢をする。

 でもさすがにここまで人外魔境すぎると、どこまで人外魔境なのか気になってきた。

「リリは里のことをどう思ってるの?」

 

「お二人の里を悪く言っている訳ではないですが、『神の恩恵』なしで『黒竜』を倒そうと意地になるのは、『恩恵』を授かりながらも才能がなかったリリから見たら、とてももったいないと思いますね。なので、『恩恵』を授かりに里を飛び出したベル様とスズ様の選択は賢いと、リリは好感を持っていますよ。里のことが好きなのに、自分のやりたいことのために、仕来たりに縛られず飛び出してきたんですよね? そういう生き方ができるの、羨ましい限りです。恵まれているのも含めて」

 

 リリの口から飛び出してきた『黒竜』という名前にベルは聞き覚えはないが、心当たりだけならあった。

 愛読書の『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』で最後を締めくくる絶望の象徴、最強の英雄が命と引き換えに片目を潰して退けた生ける災厄『隻眼の竜』。

 打倒を目指しているということは、『隻眼の竜』は物語の中だけではなく実際に存在するのだろうか。

 それともただ『あの里』のスローガンが『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に出てくるような怪物を生身で倒そうとしているだけなのか。

 どちらにしても『神の恩恵』が主流の中、思った以上に人外魔境すぎて反応に困る。

 

「嫉妬がましいことを口にしてすみませんでした、ベル様。それでは、本題に戻らせていただきますね。リリはサポーターとして冒険者様のパーティーに同伴させていただけですが、11階層まで下りたことがあります。守っていただけるのでしたらリリはどこまででもお供しますよ。ただ、リリは冒険者としての才能は皆無なので倒せてもゴブリンやコボルトくらいです。そこはご理解してください」

 

「サポーターの役割は教えてもらっているから大丈夫だよ。絶対にりっちゃんのことは守るから。キラーアント20匹くらいなら、ベルと二人なら何とか守り切れる自信あるよ。ね、ベル」

「20匹はどうだろ。でも、スズの【魔法】は強力だから、まとまってたら一掃できそうだよね。僕は頭使うの苦手だけど、スズは頭を使うの得意だから。スズが言うからには出来ると思うし、僕もリリを怪物(モンスター)に襲わせたりしないよう立ち回ってみるよ」

「お二人は本当に優しくて、仲がよろしいのですね。二人に出会えてリリはとても幸運です。これからのことですが、さっそくダンジョンへ行かれますか?」

 リリが嬉しそうに笑顔を作った後、愛らしく首を傾げて尋ねてきた。

 

「うん。りっちゃんにいっぱいお金を渡せるよう私も頑張るよ。今日からよろしくね」

「これからよろしく、リリ」

「スズ様、ベル様。よろしくお願いしますね。ええ、本当にお二人がお優しい方で良かったです」

 

 田舎者のお人好しは御しやすい、そうリリは心の中で不敵な笑みを浮かべた。

 

 

§

 

 

 最近噂になっている『白猫』が予想以上に回りの冒険者や神にもてはやされていることを、大通りで神々によって簀巻きにされるゲドの姿を見て知ったパルゥムの少女リリは、隠れ蓑としてはちょうどいいと、変身魔法【シンダー・エラ】で犬人(シアンスロープ)に化け『白猫』と呼ばれる少女スズ・クラネルにサポーターとして雇われた。

 

 路地裏でゲドから自分を助けたスズと、今のスズは別人のように口調も性格も仕草も違う。

 『白猫』だけに猫を被っているとしたら大したものだが、最初路地裏でリリのことを庇おうとしてゲドの怒鳴り声に体を震わせていたのも、今ベルやリリに笑顔で話しかけてくるのも演技とは思えない。

 

 あの時の『白猫』は『『私』にとってはこれが素だけれど、『スズ・クラネル』は噂通りのヒューマンだから、もしも貴女が『白猫』のファンならば安心しなさい。『私』は別人よ』と妙な言い回しをしていたことから、二重人格、またはその場に適した人格に変化する【スキル】か【魔法】を持っているのかもしれない。

 

 見た目を自由に変更できる【魔法】があるのだ。その場に適した疑似人格に切り替える【魔法】や【スキル】があってもおかしくはない。

 

 

 猫を被っている、二重人格である、【魔法】や【スキル】の効果である、どれにしても、『白猫』がお人好しであることに変わりはない。

 地面に落ちた『【ヘファイストス・ファミリア】製のナイフをくすねようとしても、珍しいものを手に取る癖があるパルゥムの悪戯』程度に思って、不器用にも優しく語り掛けてくるお人好しが……そんな聖人君子のような人物が実在するなんて思いもしなかった。

 

 

 また『白猫』に手を出したものには制裁が加えられることに変わりはない。

 変身魔法である【シンダー・エラ】で冒険者を騙し物を盗むリリにとって、ゲドの時のように変身現場を目撃された時の逃げ場所としてちょうどよかった。

 

 被害者の振りや、難癖をつけられているだけの振りをしていれば、スズと、その兄のベルがリリを守ろうとしてくれる。

 それでスズが傷つけば『白猫ちゃんを見守る会』というバカげた集団による理不尽な制裁が追っ手を追い払う。

 他の冒険者達と違ってお人好しな二人には悪いが、仲の良い振りをしているだけで安全なのだからちょろいものである。

 

 もし仮に盗人であることを疑われても、【シンダー・エラ】がばれないかぎりは制裁の対象にはならない。

 潮時と感じたら、ベルの持つ【ヘファイストス・ファミリア】のロゴが入った鞘とナイフや、スズの身につけている『アンティーク』を盗んでいつものように【シンダー・エラ】で身元をくらませば大金が手に入る。

 

 大金が手に入れば、主神ソーマが眷族に興味がなく、趣味である酒造りの資金を集めるために、飲めば誰でもその味の虜になる極上の酒『ソーマ』という餌をぶら下げたことで、団員達が金の亡者と化した無秩序な【ソーマ・ファミリア】から脱退も出来るだろう。

 【ソーマ・ファミリア】で生まれたというだけで酷い目にあったこんな人生ともおさらば出来る。

 滅多なことがない限り、怪物(モンスター)以外の脅威はありえない、実に美味しい場所をリリは見つけることが出来たのだ。

 

 パルゥムの自分が言うのは何だが、小さな子供二人で7階層なんて大丈夫なのかと、リリは少し不安であったが、さすが『あの里』は常識外だ。

 良い意味で二人はリリの期待を裏切ってくれた。

 

 

「ベル様もスズ様もお強~い!」

 猫は被っているが、それがリリの本心だった。

「リリが怪物(モンスター)の死骸を除けてくれてるおかげだよ。やっぱりサポーターってすごいね」

 

 まずはベル。

 【魔法】などの特殊な力は一切使っていないが、単純に早くて強い。

 【ヘファイストス・ファミリア】製のナイフの威力もあるが、硬い甲殻ごとキラーアントを一刀両断するどころか、襲い掛かるキラーアントを蹴りで怯ませてから、仲間を呼ばれる前にしっかりトドメを刺している。

 スズとの息もぴったり合っており、その高い敏捷で縦横無尽に兎のごとく駆け回り怪物(モンスター)を蹂躙していく。

 

 おそらく普通のナイフでも、甲殻の隙間を狙うことで同じことが出来るだろう。

 とても駆け出しの冒険者とは思えない動きだ。

 

「りっちゃんが回りを警戒してくれているから、私も戦闘に集中できてすごく戦いやすいよ。ありがとね、りっちゃん」

 呼び方は何でもいいとは言ったがまさか『りっちゃん』と呼んでくるとは思わなかった。

 人懐っこい少女と噂を聞いていたがここまでとは誰だって思わないだろう。

 そのくせ、こんなに頭が緩そうなスズが、ベルに指示を出し、リリが敵の位置を教えれば即座にそこに向かいディフェンダーで斬り伏せ、敵の攻撃は全て剣や盾で受け流す。

 

 しっかりパープルモスが毒を持っているのを知っているのか、知らせる前に【電撃魔法】で撃ち抜いているあたり知識も豊富だ。

 それに加えて、駆け出し冒険者なのに【魔法並行処理】が出来るようで動きながら【魔法】を撃っている。

 

 それも拡散タイプの電撃と貫通タイプの電撃の二種類だ。

 同じ詠唱文から始まり、【ソル】と【ソルガ】という名前の類似性から、『古代』から続く『神の恩恵』に頼らない自分で組んだ術式の可能性が高い。

 もしそうだとしたら、1スロットに創った術式を全て内包しているなんて馬鹿げたことだってあり得るかもしれない。

 

 身体能力は7階層の平均だが、技量と知能、そしてなによりも【魔法】が規格外すぎだ。

 本当に10歳で駆け出しの冒険者なのかと疑いたくもなるが、『あの里』出身なのだから規格外なのは当たり前だと諦めるしかないだろう。

 

「大変失礼ながらお聞きしますが、スズ様の【魔法】は『古代』で使われていた『恩恵』に頼らず自分で術式を組むタイプの【魔法】ですか?」

「りっちゃんすごい洞察力だね。当たりだよ。怪物(モンスター)の動きや私達の動きをよく見て死骸をどけてくれてるし、りっちゃんはすごく優秀なサポーターなんだね」

「いえ、このくらい練習すれば誰にでも出来ますよ。スズ様やベル様みたいに戦闘特化した冒険者様の方がよっぽどすごいです! それでスズ様、1スロットにおいくつ【魔法】をお創りになられているのですか?」

 

 確信がないのでただの吹っかけだ。

 答えてくれても答えてくれなくてもどちらでもよかった。

 ただ正直に答えてくれるほどのお人好しで、リリのことを信用しきっているのであれば、かなり長い間この場所を隠れ蓑に稼ぐことが出来ると確信できる。

 そのための質問だった。

 

「えっと、5つ……のはずなんだけど、ちょっと待ってて」

 馬鹿正直に3スロット以上であることを宣言した後、スズが少し首を傾げている。

 その間にもベルとスズの信頼を勝ち取るためにも、リリは魔石撤去作業を休まない。

 お人好しなベルとスズが手伝おうとするが、それは自分の仕事だから次の戦闘のために休んでいてもらうようにお願いしておく。

 

「【雷よ。獲物を追い立てろ。第七の唄キニイェティコ・スキリ・ソルガ】?」

 

 なぜかスズが手を前にかざして疑問形で詠唱を唱えると、金色の閃光が手から発射されて、途中で閃光が曲がり地面に転がっているキラーアントの死骸の頭部を消し飛ばす。

 今のは【必中魔法】だろうか。

 なぜかスズは閃光を放った自分の手を不思議そうに見つめて首をかしげている。

 

「スズ。新しい術式完成してたの?」

「ここまで調整した覚えないんだけど……。第八の唄なんて自分でもよくわからないことになってるし、第六の唄はどこ探してもないし……」

 見る限りではスズは本当に困惑している様子だ。

 演技だとしてもわざわざ見せつける必要性なんて、3つ以上【魔法】があることを宣言している時点で皆無だ。

 

 リリが元の姿の時に助けてくれた、今のスズよりも大人っぽい雰囲気のスズが作った術式なのだろうか。

 だとしたら、別の人格とは記憶を共通していないことになり、【スキル】や【魔法】としてはあまりよくない性能なので、単純に解離性同一性障害による二重人格と今は思っておこう。

 少なくともリリにとって害にはならないので、魔石回収作業を続ける。

 

「ね、寝ぼけながら作っちゃったんじゃないかな?」

「さすがに寝ぼけてても、こんな複雑な術式、私にはまだ無理だよ。どうしよう、これ。使って大丈夫なのかな」

 ベルがごまかそうとしていることや、助けられた時、ベルと別人格のスズが普通に会話していたことから、ベルはスズの事情を知っているのだろう。

 

 昨日の会話を思い返してみると、あの大人っぽいスズは今のスズのことを気に掛ける言動をしていたので、大人っぽいスズは今のスズを認識しているが、今のスズは大人っぽいスズを認識していない。

 これは間違いないだろう。

 そこまで考えたところで、隠れ蓑として利用するにあたって必要な情報じゃないから真面目に考える必要なんてないだろう、とリリは首を横に振って無駄なことを考えないように努める。

 

 しかし、なぜだかすごく気になってしまう。

 この二人があまりに冒険者らしくないせいか、純粋に力を貸してあげたくなってしまっていた。

 

「『恩恵』の力が働いて、創りかけの術式がスズ様の創りたかった術式に変異してしまったのではないでしょうか。『恩恵』は強い想いにも反応しますので、お優しいスズ様の想いが創り出したものなら、悪いものではないと、リリは思いますよ?」

「そっか。【スキル】は化学反応を起こして変化させるものだもんね。そういうこともあるかも……。ありがとう、りっちゃん!」

「いえ、気休めな推測でスズ様のお役に立てたのならリリも嬉しいです。ただ先ほどの【魔法】と同じように戦闘前にお試しください。何が起こるかまでリリにはわかりませんから」

「うん。【付着魔法(エンチャント)】のはずだけど、ちょっと試してみるね」

 スズが気持ちを落ち着ける為か、一度だけ大きく深呼吸をした。

 

「【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり。第八の唄ヴィング・ソルガ】」

 

 次の瞬間、スズの回りに金色の光が溢れ出し、バチバチと光が音を鳴らて弾けている。

 【付着魔法(エンチャント)】効果は、身体能力の自己強化だろうか。

 

「成功、なのかな? ちょっと思いっきり移動してみるね」

 スズが嬉しそうに笑い、地を蹴ると、スズの体がまるで放たれた矢のごとく、激しく一直線に直進していく。

 全力かどうかまではわからないが、様々な冒険者を見てきたリリがみた限り、戦闘中のスズの敏捷は100前後くらいだった。

 それが今は敏捷C以上のスピードで『一気に直進』している。

 

「あぅっ!?」

 

 結果、壁に勢いよくぶつかった。ものすごく痛がっているものの大きなケガは見当たらないので耐久も上がっているのだろう。

 ベルが慌てて駆け寄りスズに回復薬(ポーション)を手渡すと、スズは涙目になりながらそれを飲んでいる。

 なんだかそれが可笑しくて、それでいて可愛くて、ついついリリは少しだけ笑いが込み上げてきてしまう。

 本当に冒険者らしくない人達だ。

 

「スズ様大丈夫ですか?」

 ちょうど魔石の回収作業も終わったので、リリもスズのところに行ってあげる。

 その頃にはスズから金色の光は消え去っていた。

 

「うん。大丈夫だよ。りっちゃんも心配掛けてごめんね。いきなり能力が上がりすぎて頭がついて行けなかったよ」

「【基本アビリティ】が何ランクも一気に上がったように見えましたから仕方ないですよ。ゆっくり慣れていきましょう。ところでスズ様、【付着魔法(エンチャント)】は自分の意志で消したのですか?」

「うんん。多分効果時間切れかな。精神力はまだまだ余裕があるから、単純に制限時間があるみたいだね。30秒くらいかな?」

「いえ、悶絶していた時間が長かったので、2分から3分といったところでしょうか。長い詠唱ではないですが、一気に【基本アビリティ】が変わってしまうので効果時間にはお気をつけて下さい。【付着魔法(エンチャント)】でようやく戦えるような怪物(モンスター)と対面した時、その一瞬が命取りとなってしまいますから」

「そうだね。色々慣れていかないといけなさそうだけど、使いこなせればすごい【魔法】だよ」

 

 すごいどころではない【魔法】だ。

 上昇値の基準値はわからないが、短時間とはいえ身体能力を爆発的に上げることが出来るのだ。

 【基本アビリティ】が伸び悩み始めるC以上の数値になった時や、さらに上がりにくくなるランクアップ後に真価を発揮すること間違いないだろう。

 

「ちょうどまた怪物(モンスター)が生まれて来ましたね。せっかくですのでスズ様の実験台になってもらいましょう。相手は三匹、ベル様はキラーアントを二匹速攻で倒した後、スズ様がケガをなされないようにサポートしてあげてください。スズ様は【付着魔法(エンチャント)】の詠唱を」

「わかったよ、リリ!」

「ありがとう、りっちゃん!」

 雰囲気に呑まれてついつい口を出してしまったが、二人は嬉しそうにリリに笑みを見せて指示通りの行動をしてくれる。

 

 普通の冒険者だったら激怒されていたところだった。

 二人があまりにお人好しすぎて距離感を間違えてしまったことをリリは反省するが、あの笑顔は今までに味わったことがない何かを感じた。

 

 お金を沢山稼いだ時よりも気分がいい。

 冒険者を顎で使えているから、ではないことぐらいわかっている。

 二人があまりに良い人すぎて、普通に接してくれて、リリは嬉しかったのだ。

 

 

 そんな二人を騙している自分に反吐が出る。

 それでも自由を手に入れるためには、ここが一番効率がいいのだとリリは自分に言い聞かせた。

 

 

「っ」

 スズの小さな悲鳴にベルと同時にスズの方を見る。

 なぜかスズがキラーアントとまだ戦闘もしていないのに武器を地面に落としてしまっている。

 

「スズ!?」

「ベル様っ!! 仲間を呼ばれると厄介です! まずはキラーアントを三匹倒してください! スズ様は私が見ます!」

「ありがとう、リリ! スズを頼んだよ!」

 リリがスズに近づいて状態をぱっと確認してみると、スズは右の手のひらが赤くなっている。

 熱い棒状のものを握ったような火傷痕だ。

 スズが落した剣を見て見ると熱で煙を立てている。

 おそらく【付着魔法(エンチャント)】で加熱されたのだろう。

 

「ごめんね、りっちゃん、ベル……。大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃないです! ベル様ならお一人であの数を倒せます。スズ様は援護をするよりも、まずは回復薬(ポーション)をお使い下さい!」

 手を向けて【魔法】を放とうとするスズを止めて、回復薬(ポーション)を取り出し、恐る恐るスズの手に触れてみるが、金色の光をまとったスズからは高熱を感じられない。

 

 放熱していたのは武器の方だろう。

 そのまま回復薬(ポーション)をどばどばとかけてスズの火傷を治す。

 

「リリ! スズは大丈夫なの!?」

「ベル様落ち着いて下さい。もう火傷は治しました。おそらく【付着魔法(エンチャント)】の効果で手持ちの武器が熱せられたのでしょう。スズ様の体は熱くなっていなかったので、手持ち武器に雷属性の【付着魔法(エンチャント)】を付ける効果による副作用だと思います。【付着魔法(エンチャント)】中に武器を使う時は……ゴム手袋では熱で溶けてしまうので、耐熱加工された手袋で熱を防ぐ必要がありそうですね」

 

「リリ、何から何までありがとう。リリが居てくれて本当に良かったよ!」

「居てくれて良かった?」

「うん。りっちゃんが居てくれなかったら今のは危なかったよ。ベルに指示を出してくれてありがとうね。初日からりっちゃんに頼りっぱなしになっちゃってごめんね」

 

 居てくれて良かった、居てくれてなかったら危なかった。

 リリが一番大嫌いなリリ自身を、必要と感じて頼りにしてくれた。

 それがたまらなく嬉しかった。

 

 でも、きっと【ソーマ・ファミリア】は、こんなリリを必要としてくれている二人に、いつか必ず危害を加える。

 

 リリのことを搾取対象としか見ていない団員達が、二人にちょっかいを出してくるに決まっている。

 金のためなら、危険を冒してまで他人に迷惑を掛けるに決まっている。

 金のためなら何の罪もない花屋に理不尽な暴力を行う奴らに対して、この隠れ蓑は想定していないのだ。

 

 リリが大嫌いとは思わなかった初めての冒険者に、リリが大嫌いな冒険者が迷惑を掛けて、その理由がリリが一番大嫌いなリリ自身にあるのは耐えられない。

 

 やっぱり自分には居場所がない。

 当初の予定通り、潮時になったら去ろう。善人である振りをする嫌な奴で居続けよう。

 そうしたら、騙されたと気づいたら、こんな優しい二人でも、きっと悲しまずに怒ってくれる。

 憎んでくれる。

 

 だから、悪い子でいいから、憎まれてもいいから、もう少しだけ、ぎりぎりまでこの二人と一緒にいさせてください。

 時計の針が0時を刻むまでは幸せな夢を見させてください。

 リリはそう心の中で、ほんのささやかな願いを、自分を不幸の星の元に生まれ落した名前も姿も知らない神にお願いした。

 

 手を差し伸べてくれる魔女も、ガラスの靴を届けに来てくれる王子様もいない世の中でも、このくらいのワガママくらい許して欲しいと心の底から願うのだった。

 

 




個人的にリリは超有能だと思っているので、リリが見聞きした情報から、リリなりの考察してもらいました。
スクハに良くしてもらっているし、お人好しが二人になっているし、友達扱いされるし、求めていたことをいきなり与えてくれたので、初日からずいぶん『スズ・クラネル』の空気に流されてしまっております。

そしてまた『あの里』である。
里全体の能力が高い理由はまた後ほど語られるので少々お待ちください。

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