買い物の後、喫茶店でエイナと昼食をとるだけだったはずが、ついついエイナとスズの話が弾んで、7階層での稼ぎ方を話し合うといういつもとあまり変わらない光景になってしまった。
エイナを住居まで送り届けて帰路につき、西のメインストリートに着く頃にはもう夕方だった。
いつも通りに教会に向かう路地裏に入って進んでいくと、スズが突然立ち止まり、ダンジョンの習慣でベルもまた合わせて立ち止る。
耳を澄ますと路地裏の方から、小さい足音と大きな足音がこちらの方、大通りを目指して駆けてきているのを感じ取れた。
音が近づいてくる方向はいつもホームへ帰るために曲がる路地裏の道。
冒険者になって鍛え上げられた聴覚のおかげで、小さな足音が大きな足音に追い掛けられている状況まで感じることが出来た。
あまり穏やかな事態ではないだろう。
スズの判断は早い。
すぐさま路地裏の方に駆けこみ、ベルもまたその後を追うと、身長110Cほどのスズより小さな少女、おそらく成人しても小さく、歌や踊り、食べたり騒いだりが大好きな、小さな見た目通り陽気で自由気ままである種族パルゥムだろう。
距離はまだ開いているが、パルゥムの少女を追いかけているのは、人相が悪く、怒りに顔を歪ませたヒューマンの男。
背中に大剣を背負っていることから間違いなく冒険者だろう。
パルゥムの少女はベルとスズの姿を見て驚いたのか目を見開く。
「助けてください!!」
パルゥムの少女がスズに向かってそう叫んで、ベルの後ろに隠れる。
女の子が追われていて助けてを求めていたらやることは一つしかない。
スズはとうに腹をくくっている様子だったが、ベルはここで初めての対人戦になるかもしれないと覚悟をした。
「てめぇら、そのチビの仲間か!? 仲間でねぇならそこをどきやがれガキ共がっ!!」
追いついた男がそう怒鳴り散らす。
「この子とは初対面です。ですが、陽気なパルゥムがついつい食べ物や宝石などの商品に好奇心から手を伸ばしてしまったり、お金を払い忘れることなんて日常茶飯事なことで、そこまで目くじらを立てることではないと思うんですけど。彼方はそんな顔をして、この子に何をするつもりですか? まずは状況を――――――」
「うるせぇ!! 関係ねぇならすっこんでろ!!」
男は話す気は一切ないようでスズの言葉を遮って怒鳴り散らす。
怒鳴り声にスズの体が震えるが、それでもスズは引くことも顔をそらすこともしない。
「女の子が襲われてたら助けるでしょう、普通。」
これ以上、話の通じない相手とスズを向き合わせたくなくて、パルゥムの女の子も純粋に助けてあげたいと思い、ベルはスズと前に出て男と向き合った。
ヘスティア・ナイフをいつでも抜けるように相手の動きに細心の注意を払う。
「なに言ってんだこいつ……。ち、めんどくせぇ!! まずはテメエからぶっ殺す!!」
男が剣に手を掛ける前にヘスティア・ナイフを抜き、先手必勝で喉元に刃を突き付けて脅してその場を鎮めようと第一歩を踏み出そうとした時だった。
『【雷よ】』
何の躊躇もなくスクハが男を雷で焼いた。
ものすごく不機嫌そうな顔で放たれた拡散する雷撃が男を焼いてしまった。
男が煙を立てながら黒焦げになり、力なく前のめりに倒れる光景にベルもパルゥムの少女も唖然としてしまう。
衝撃的すぎて、ベルの手からヘスティア・ナイフが零れ落ちてしまった。
数秒だが、ベルの開いた口がふさがらない。
「容赦なさすぎだよ!! 相手は魔物じゃないんだよ!?」
『気に食わないけど、死なないように調整はしてあげているわ。ほら、動いてるでしょ? もう一発くらい大丈夫だと思うのだけれど、撃ってもいいかしら』
「動いてるって……この人痙攣してる! 痙攣してるだけだから! もう息絶え絶えで今にも死にそうだからっ!!」
『正当防衛よ。言葉も理解できない獣に情けなんて無用でしょ? でも、そうね。ここにこのまま放置というのは、さすがに可哀相かしら。『白猫ちゃんに手を出した変態です』とでも張り紙を張って、大通り手前に転がしておけば、その内誰かが拾ってくれるのではないのかしら』
「さすがにそれはその……冤罪で可哀相な気がするんだけど……」
『コレは『スズ・クラネル』を怯えさせたのよ。こっちは不眠不休でイライラしているというのに、
「やめてあげてよっ!!」
『まあ、いいわ。言葉の通じない獣は後で処理するとして、そちらのパルゥムはケガとかしていないかしら』
パルゥムの少女に振り向かずスクハが声を掛けたところで、状況を確認しないととベルは後ろを振り向くと、パルゥムの少女は尻餅をついたようにその場に座り込んでいた。
「大丈夫ですか!? もしかして、ケガをしてるんですか!?」
「い、いえ。大丈夫です。助けて下さりありがとうございました」
ベルがパルゥムの少女は手を取って助け起こしてあげると、パルゥムの少女は礼儀正しく頭を下げてお礼を言った。
追われるような悪い子にはとても見えない。
『私は何も聞かないから、ここであったことは忘れなさい。自慢話にもしないで頂けると助かるわね。もしもこの一件がばれたら『スズ・クラネル』、貴女が助けを求めた『白猫』のイメージを損なってしまうわ。貴女は『白猫』の噂を知っていて、それでベルではなく、心優しい少女と噂になっている『白猫』に助けを求めた。でも、聞いていた印象と違っているから驚いている。違うかしら?』
「はい。助けていただいた身でありながら、大変失礼だと思いますが…私が噂で耳にした白猫様とずいぶんとご印象が違いましたので驚きました。それが貴方様の素なのでしょうか?」
『『私』にとってはこれが素だけれど、『スズ・クラネル』は噂通りのヒューマンだから、もしも貴女が『白猫』のファンならば安心しなさい。『私』は別人よ。服装も噂とは違うでしょ? だから、貴女は知らない冒険者に助けられただけ。ケガをしていないようでよかったわ。パルゥムに理解のある人はそこまで多くないから都会では気をつけなさい』
勢いで出てきてしまったので、スクハはスズのイメージを悪くしないように必死なのか、少し優しくパルゥムの少女に語り掛けている。
スクハが優しいことをベルは知っているのだが、とても似合わないことをしているのをスクハ自身が自覚しているのか顔を赤くさせながら、ひくひくと羞恥を隠し切れないまま不器用な笑顔を作っている。
それが可笑しくて、ついついベルは少しだけ「ぷっ」っと吹くように笑ってしまった。それに対して顔を真っ赤にしながらスクハが睨んでくる。
そんな光景を見たパルゥムの少女も緊張がほぐれたのか、くすくすと笑いをこぼしてくれた。
『とにかく、この男については私が処理するから貴女は安心しなさい。ここは言葉も通じない獣が多い冒険者の街なのだから、本当に気をつけなさいよね。優しい人もいるけれど、無法者も多いのだから。興味が惹かれる物が多い街だけど、むやみやたら手に取るのはいけないことなの。私はパルゥムの好奇心は仕方がないことだって理解しているから安心しなさい』
「はい。冒険者様がお優しい方でリ……私はとても助かりました。本当にありがとうございます。それでは、私はこれで……」
パルゥムの少女がスクハに向かって丁寧に頭を下げて、急いでいるのか小走りに大通りの方に走って行ってしまった。
それを見送った後、スクハが無言のまま家計簿に使っている手帳に『白猫に手を出そうとした変態です』と書き、その一ページを破って男の頭に張り付けてから、ずるずると男を引きずり、大通りから見える位置に置いて戻ってきた。
その間のスクハはとても暗いというか、落ち込んでいるというか、やってしまったというような顔をしていてなかなか声を掛け辛かったが、笑ってしまったことを怒っているなら謝らないといけない。
「えっと、スクハ」
『やっちゃった。人前でやらかしたちゃった……。しかもパルゥムの前で……絶対何の悪気もなく自慢話にされるわ。『スズ・クラネル』が交流してきた人達からの印象が酷くなったらどうしたら……。そもそも、気づいたら助けようとしていたパルゥムも怖い男もいないとか、記憶の補完なんて絶対に無理よね。イライラしていたとはいえ、これはあまりに……。あの男、腹いせに去勢しておけばよかったわ』
「スクハ落ち着いて! 大丈夫だから! あの子良い子そうだし約束守ってくれるから!」
『そう信じるしかないわね……。とりあえずベル。少しいいかしら?』
「な、なに?」
『今から『スズ・クラネル』に変わるから、とりあえず抱きしめてごまかしなさい。催眠術でも超高速でもなんでもいいから理由をでっち上げて、男を倒してパルゥムを逃がした。そして震える『スズ・クラネル』を抱きしめてあげた。これでいきましょう。勢いに任せていきましょう。勢いで乗り切るしかないわ』
「それすごく無理あるよね!? それにその案、僕すごく恥ずかしいんだけど!?」
『私だって感覚を共有していて恥ずかしいのだから我慢しなさい。とにかく、『スズ・クラネル』に不信感を抱かせる訳にはいかないわ。あの子のためだと思って我慢しなさい』
スクハがやけくそ気味にベルに抱き着いてきた。本当に震えている時なら全く意識せずに抱きしめてあげられるが、いまいちベルには緊急時という実感がなく、可愛い女の子に抱きしめてなんて言われてギュッと抱きしめられたら意識しない方が可笑しい。
さらにスクハが小さな声で「早くして」なんていうものだから、男として兄として嬉しくないわけがないのだが、初心なベルにはとてもできない。
それでも、事情はよくわからないけど、スクハはスズのためを思ってやっているのだ。自分もスズのために、スクハが恥ずかしがってまで提案したこの案でいくしかない。
ベルはそう勇気を振り絞ってスクハの体を抱きしめようとした。
すると【
終わった。だからそこじゃない。
よりによってこのタイミングで発動しないでくださいお願いします。
ベルの胸に顔を埋める形でスクハは抱き着いているので、スクハには発光現象が見えていないはずだが、スクハが無言のまま脇腹を強くつねってきたので、多分発光現象に気付かれてしまっただろう。
今のベルの心境は、『ベッドの下に隠していた秘蔵のエロ本を、偶然大切に思っている妹に発見されてしまった瞬間を目撃した兄の心境』だった。
まさに絶望である。
【
これで輝きが増しでもしたら、ベルは首をくくりたくなるところだった。
路地裏で股関節中心部を発光させながら妹を抱きしめている絵面を誰かに見られでもしたら、ベルはこの街で生きていけなくなる。
ベルは再び【
「……ベル?」
抱きしめていたから、元に戻ったスズが体を震わせているのがすぐに分かった。
それを感じ取ってしまったので、いつも通り自然と過激な羞恥心は消えてくれて、スズを安心させてあげるために、ベルは片手で抱きしめたまま優しく頭を撫でてあげる。
「大丈夫だから。パルゥムの女の子は無事に逃げたよ」
「ベルが……助けてくれたんだよね。ごめんね、なんだかまた、怖くなっちゃったみたいで……」
実際は震えながらも、男と向き合ってパルゥムの少女を守ろうとしていた。
そこでスクハと入れ替わったが、入れ替わりのせいか少し記憶が曖昧なようだった。
「スズは震えながらも頑張ってくれたよ。パルゥムの子もお礼を言ってた。覚えてない?」
「うん……。助けてあげないとって思ったのに、怖くて……よく、覚えてないかな……。でも、よかった。無事で」
スズの体から震えが止まってくれて、ベルは安堵の息を漏らす。
「クラネルさん。ご無事ですか?」
そんな凛とした声が真後ろから聞こえてきて、恐る恐るベルは後ろを振り向いてみると、いつの間にかリューが真後ろに立っていてベルの心臓は止まりそうになった。
もしかしなくても見られていた。
というよりも見られている。
妹を路地裏なんかで抱きしめているところを。
誤解されても仕方がない場面を。
いったいいつから見られていたのだろうか。
発光しているところを見られてしまったのではないか。
ベルの顔が見る見るうちに青くなっていき、スズを離して慌てて離れた。
「ち、ちち、ち、ち、違うんですリューさん! 僕は、あのっ!」
「ご安心ください。不健全なことをしようとしていたのではないことは理解しております。買い出しの途中にクラネルさんの妹さんが襲われたと聞きまして」
張り紙が張られた男が発見されて噂になってしまったのだろう。
この言動から見て【
どうやらベルはまだこの街にいられるようだ。
「リューさん、心配をお掛けてすみません。すこし怒鳴られて…怖かっただけなので大丈夫です。ベルが守ってくれましたから」
「それはよかった。貴女に何かあったら、また私は『やりすぎて』しまうところだったでしょう。道に落ちていた【
「うあああああああああああああああ!! 危なく落とした神様のナイフを忘れるところでしたッ!! ありがとうッ!! 本当に、ありがとうございます!!」
スクハが【ソル】で男を黒焦げにして殺してしまったかと思ったショックで落したナイフをリューが拾って知らせてくれた。
ヘスティアからの大切なプレゼントで、寝る時も一緒にするほど大事にしていたものを、ヘスティアが何日も土下座して貰ってきてくれた【ヘファイストス・ファミリア】の武器を色々あったせいで危なく忘れ去るところだった。
そんな大事な落とし物を教えてくれたリューに感謝する気持ちと、ヘスティア・ナイフをもう二度と忘れないという気持ちから、相手がエルフだということも忘れて、ヘスティア・ナイフを持つリューの手を両手で包み込んで感謝の言葉を何度も告げた。
「クラネルさん、その、困る。このようなことは私ではなく、シルに向けてもらわなくては……」
なぜそこでシルの名前が出てくるのかもベルは理解しようとせず、ただただリューにお礼を言っている。
「神様ゴメンナサイ。もう二度と落としたりしませんっ……!!」
「私もちょっと記憶があやふやで気づけませんでした。リューさん、本当にありがとうございます」
「いえ、このくらい何の問題もありません。それでは買い出しの途中でしたので、私はこれで失礼します。シルが寂しがっていたので、暇を見てはまた遊びに来てください」
「はい。その時はまた美味しいもの沢山食べさせていただきますね」
リューがぺこりと頭を下げ、スズは大きく手を振り、ベルはもう一度大きな声でお礼を言って別れを告げた。
§
『いったい何億の借金をこしらえてきたのかしら、借金王さん』
三人で夕食をすませた後、銭湯の湯に浸かりながら、隣の男湯に聞こえないように小声でスクハがジャブを仕掛けてきた。
今日は女湯にスクハとヘスティア以外に人がいないし、ダンジョンに潜っていないので更新も行えないので、どうやら今日はお湯に浸かりながらまったりと話すつもりらしい。
「スズ君とスクハ君はやっぱり気づいちゃうか。でも、後でスズ君にも話すけど、君達には迷惑を一切掛けないボク個人の借金だから安心しておくれ。ヘファイストスはなんだかんだでボクのことを心配してくれているのか、利子や期間が設けられていなくてボクが何十年何百年でも働いて返してくれればいいってさ。すごくこき使われてるけど……」
『それを聞いて安心したわ。貴女ならともかく、『スズ・クラネル』が身売りをすることになりでもしたら、さすがの私も本気で貴女のことを恨んでしまうから。そんなこと、私にさせないでもらえると嬉しいわ』
「ボクだってそんなことスズ君にさせるくらいなら自分の体を売るさ。だから安心しておくれ。スズ君とベル君、スクハ君のこともボクがちゃんと守ってあげるからさ」
『物理的には家事も金銭管理もスズの役目だから貴女は本当に借金を返すだけだけれど……。そうね、心の支えとしてならもう十分すぎるほど、ベルと『スズ・クラネル』を守ってくれているのだから、この件に関しては、もう言うことはないわね。後、いちいち私を数に入れないでもらえるかしら』
スクハがぶくぶくとお湯に沈んでしまう。
「のぼせないでおくれよ?」
『まだ平気よ。のぼせそうになったら、ベルには悪いけど適当に涼ませてもらうわ』
お湯から顔をだしてそう言うと、お湯から上がり、湯船の淵に使われている石に腰掛け、足だけをお湯につける。
きっと、今のでのぼせかけたのだろう。
「それで、スズ君から何もまだ言われていないけど、術式の方はどうなんだい?」
『改良の余地がないくらい完璧に仕上げたけど、この【
「ボクに教えてくれれば、それとなくスズ君に伝えるけど、それじゃダメなのかい?」
『どちらかというと感覚的な問題だから、私自身どう説明したらいいのか困るわ。でもそうね、耐熱グローブは必要かしら。多分だけど、明日スズに相談されると思うから、屁理屈共々覚悟しておきなさい』
耐熱グローブが必要とは、一体どういうことなのだろうかとヘスティアは考えるが、必要と言うだけで詳細を教えてこないということは、スズに身をもって必要だということを体験してもらいたいということだと思う。
スクハがその失敗を良しとしているなら、下半身が吹き飛ぶような酷い事故が起こることはないと思うので、不自然がないようにスズに相談されたらアドバイスしてあげた方がいいだろう。
『後そうね、貴女に謝らなければならないことがあるのだけれど』
よほど言いにくいことなのか、スクハは目をそらしている。聞くのがものすごく怖い。
『ベル。そっちに人はいる?』
「え、あ、スクハ? こっちには他に人いないけど、今日はお湯に浸かりながら話してるの?」
『ええ。スズの娯楽の時間を少し使わせてもらっているから、今日はいつもより長めになるわ。それと、今日のことをヘスティアに謝らないといけないから、一緒に謝ってもらえないかしら?』
「え゛」
どうやらベルも知っている出来事らしい。
なんだかものすごく不安になってくる。
「でもあれはスクハが」
『アレを言うわよ、アルゴノゥト君?』
「ボクモワルカッタデス」
どうやらベルはスクハによほど言われたくない弱みを握られてしまったらしい。
力ないベルの声が壁の先から聞こえてきた。
『よろしい。それじゃあ、なるべく叫ばせないようにさらっと言うけど、今日はパルゥムの少女が絡まれているのを助けたのだけれど、絡んでいる男が『スズ・クラネル』まで怯えさせるものだから、つい『私』が【ソル】で撃退したわ。まあ、これ自体は命を奪ってないし、向こうが先に剣を抜いた正当防衛だから問題は無いとは思うのだけれど』
「まあ正当防衛ならしかたないさ。君達にケガがなくて本当によかったよ。【ファミリア】間の抗争になるんじゃないかと心配しているのかい?」
『多分それはないわね。あの手のならず者は肝が小さいもの。それにパルゥムの方は少し盗み見たところ、エンブレムが【ソーマ・ファミリア】だったし』
「スクハはその【ファミリア】のこと知ってるの?」
『うちの里の蜂蜜酒はオラリオでも人気でね。メインで輸出していた関係上、どうしても酒を販売している【ソーマ・ファミリア】の話は、里にいてもお母様から愚痴られていたわ。同じ蜂蜜酒同士なら絶対に負けないのにって。【ソーマ・ファミリア】の主神は趣味の酒造りに没頭して、眷族のことはあまり気にしていないらしいわね。それもお母様が気に食わなかった理由の一つだと思うわ』
「なら、スクハ君がそのことを謝る必要はないじゃないか」
『その後、あまりのストレスに色々と愚痴ってしまってね。助けたパルゥムの目の前で。中々聡そうな子だったけど、陽気なパルゥムは悪意はないけど口は軽いから、今まで『スズ・クラネル』が築き上げてきた人間関係を『私』というイメージのせいで壊されたりしたらたまったものではないわ。約束を守って口にチャックをしてくれたらいいのだけれど……。『スズ・クラネル』に迷惑を掛けるような真似をしてごめんなさい、ヘスティア』
スクハは真っ直ぐとヘスティアを見て、眉を顰めて申し訳なさそうにそう言った。
「ベル君。スクハ君は優しくそのパルゥムと接したんだろう?」
「はい。だから僕も、そのパルゥムの女の子がスクハに助けられた様子とか語っても、スズの印象が悪くなるようなことはないと思うんですけど」
「実際に見ていないけど、ボクも同意見だよ。毎日キミと話しているボクが言うんだ。間違いない。だから無理に気負う必要はないんだぜ、スクハ君」
ヘスティアがそう言ってあげると、スクハは大きくため息をついた後、目をそらした。
『……危機感なさすぎじゃないかしら。これだからお人好しは苦手なのよ』
いつもスクハが照れ隠しで言っていた『嫌い』が『苦手』に変わっていた。
ヘスティアとベルは楽観視しているが、きっとスクハは自分のせいでスズが嫌な思いをしてしまうのではないかと不安でしかたがなかったのだろう。
その不安を大分取り除いてあげられたのが、今の一言だけでも実感できて、ヘスティアは嬉しさに頬を緩ませた。
『……言いたいのはそれだけよ。また機会があったら会いましょう』
「うん。今日はいっぱい話せて嬉しかったよ。また三人で話をしようね、スクハ」
「スクハ君。また明日」
少しずつだけど、徐々に徐々にスクハとの距離が縮まってきてくれているのが、ヘスティアとベルはとても嬉しく感じるのだった。
勝ったッ! 第3部完!
いえ、しっかり続きます。
アニメで顔芸して下さったゲドの旦那はしっかりまた出てきてくれるのでご安心を?
食べたり踊ったり騒いだりするパルゥムは、【ロキ・ファミリア】のフィンが未知なことへしっかり好奇心を抱いていたことも含めて、全体的に陽気だったり好奇心旺盛だったり、ついつい何か興味のあることに夢中になって没頭しちゃうような、そんな種族かなと思っております。
次回サポーターを雇うお話になる予定です。