スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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買い物をするお話。


Chapter01『買い物の仕方』

「ベル、入口から見て屋根変じゃないかな? 継ぎ接ぎみたいになってないかな?」

「汚れてるところはやっぱり目立つけど、大丈夫なんじゃないかな」

 

 今日はエイナと買い物をする約束があるが、集合時間が10時といつもよりずっとのんびり出来るので、バイトに出かけるヘスティアを見送った後、いつもはあまり時間を掛けられていなかった教会の改修作業がずいぶんとはかどった。

 

 今日はついに屋根の穴もふさがったので、後は窓ガラスと入口のドアを取り換え、壁を改修すれば建物としては十分使えるようになるだろう。

 

 さすがに薄汚れたレンガと新しく張り替えたレンガの色の差は目立ってしまっているが、屋根のレンガを全部張り替えるとなると大変な作業になってしまうし、コストも掛かってしまうので、内部の穴の開いた個所はつぎ足した天井部分が固まるまで木材で補強して、屋根部分は木材にレンガを張り付けているだけだ。

 

「よかった。これでひとまず雨が降っても大丈夫だね。でも、やっぱり色々なところの腐食が酷いかな。そうでなかったら崩れたりしないとは思ってはいたけど…ここまでくると建て直してもらった方が早いかなぁ。でもそんなお金の余裕はないし……これからも出来る所までは節約しながら頑張ってみるよ。そろそろお出かけの準備しないといけないし、今降りるね」

「気を付けて降りるんだよ!」

「このくらいの高さなら大丈夫だよ」

 スズはそう笑顔で答えてから、ぴょんぴょんと猫のように塀を経由して綺麗に降り立つ。

 

「少しほこりまみれになっちゃったから、シャワー先に使わせてもらうね」

「僕はそんなに汚れてないし、手を洗うだけでいいからゆっくりでいいよ」

 ベルはスズの指示通りに廃棄物や物を持ち運んでいるだけだったので、手以外はそこまで汚れていないし汗も掻いていない。

 

「ダメだよ、ベル。これからエイナさんとお出かけなんだから。だらしがないって注意されちゃうよ?」

「うっ、ありそうで怖い」

 世話焼きなエイナのことだ。

 そういう生活面のことでも注意されてしまうかもしれない。

 それに、デートではないが身だしなみはきちんとしないと誘ってくれたエイナにも失礼である。

 

「今日ついでだからベルの外着を買いに行く?」

「それはいいかな。着飾ることなんて……僕にはまだ早いし」

 一瞬アイズと着飾った自分がデートをする姿を妄想してしまうが、妄想の中で出てきたタキシード姿の自分があまりにも不自然だった。

 

 似合うようないい男になりたい、主に身長が欲しいとベルは思わず「可愛い」とスズとセットに言われることが多い自分の容姿に苦笑してしまう。

 

「それじゃあ先にシャワー浴びてくるね。洗い終わったらすぐ呼ぶから」

「うん。まだ時間あるし、ゆっくりでいいから」

 スズが地下室に下りて行くのを見送ってから、時間を持て余すのはもったいないので教会の掃除を再開する。

 さすがにスズが戻ってまでに綺麗にするのはどうやっても不可能だが、こういった僅かな作業の蓄積で教会は直ってきているので、少しずつでも持続させるのは大事である。

 

 そしてスズがシャワーを浴び終わり、髪をセットし直している間にベルはさっとシャワーをすませ、いつもの普段着でエイナとの待ち合わせ場所に二人で向かうのだった。

 

 

§

 

 

 待ち合わせ時間よりも早く、待ち合わせのオラリオ北部広場で、これからエイナにどんな店に案内されるかの話題で盛り上がりながら、ベルとスズは楽しく時間を潰していた。

 

 スズは武具のことが好きだし、ベルも知識としては乏しいが英雄と言えばかっこいい武具を装備しているものだと思っているので、知識の差は激しいものの共通の話題として成り立つのだ。

 

「おーい、ベールくーん、スーズちゃーん!」

 待ち合わせ時間よりちょうど5分前、可愛らしいレースのついた白いブラウスに短めのスカートというラフな格好で小走りに手を振っている姿が見えた。

 

 いつも掛けているメガネは事務仕事をしないでいいからか掛けておらず、ベルにとって綺麗で頼りになるお姉さんだったエイナが、ものすごく可愛い年上の女の子に見えて、こんな美人で可愛い人とこれからデート、ではないが、一緒に買い物をすると思うと胸が高まり、つい気恥ずかしさにベルは頬を赤めてしまう。

 

「おはようございますエイナさん! 今日はすごく可愛いですね。いつものエイナさんと印象が違ってびっくりしちゃいましたけど、すごく似合ってますよ」

「おはようスズちゃん。私だって女の子だから四六時中びしっと決めている訳じゃないんだぞ。それに、スズちゃんだって今日はおしゃれしてて、冒険や家事のこと以外にも興味あるんだなって私も安心しちゃった。その服、いつもより可愛くて素敵だよ、スズちゃん」

 スズもいつものコートや剣と盾は手持ちのバックに仕舞っていて、今の服装は白が基本色で黒いフリルが付いている可愛らしいゴシック&ロリータのワンピースドレスだ。

 

 当然お気に入りの白いリボンと、ベルがプレゼントした首飾りと髪飾りも付けており、今日もリンリンと可愛らしい仕草と共に鈴を鳴らす白猫に変わりはない。

 

 いつものロングコート姿もシンプルで可愛らしいのだが、滅多に着ることがない外着用のゴスロリドレスは冒険者の街では非常に目立ち、いつも以上に注目を集めてしまっている。

 スズを知らない人が見たらどこかの令嬢か、もしくは女神だと見間違えてしまうかもしれない。

 里から持ってきた私物にこんな立派な衣服が入っているのだから、本当に令嬢な可能性が一番高いわけだが。

 

 それでいて、そんな令嬢が怪物(モンスター)を恐れずに一人で森へ狩に出かけるなんて、『あの里』とはいったいどんな人外魔境なのだろう。

 ベルの中で謎が深まるばかりだ。

 

「ベル君も私に何か言うことがあるんじゃないかな?」

「お、おはようございますエイナさん!」

「うん、おはよう。でも、今の会話の流れで挨拶だけっていうのは女の子に対して失礼なんじゃないかな。もしも私がベル君の彼女さんだったら今のものすごく減点だぞ?」

「かかかかかか彼女っ!? え、えっと、す、すごく綺麗で可愛いくて、その、えっと、似合ってます、で、と、思いますけど、こう――――――」

 もはや言葉が滅茶苦茶で顔を真っ赤にさせながら慌てふためくベルの姿を見て、エイナはくすくすと笑みをこぼしてしまう。

 

「いつもより若々しく思えますっ!」

「こら! 私はまだ19だぞっ!」

 

 テンパりすぎたベルから思わぬ言葉が出てきたので、エイナはベルにヘッドロックを掛けた。当然女性がそんなことをすれば柔らかいものが顔にあたってますよな状況になってしまい、さらにベルの顔と頭は沸騰してしまう。

 

「ほら、謝れー!」

「や、やめっ、ごめんなさああああああああああああああい!!」

 そんな仲のいい姉弟や友達を連想させる二人のやり取りを見て、スズもくすくすと嬉しそうに笑うのだった。

 

 

§

 

 

 エイナが案内する先はバベル内で商業者にテナントとして貸し出しているスペースらしい。

 

 スズがバベルの地図を見てどんな公衆施設があるかを調べたことがあるのでテナントを貸し出していること自体はベルも知っていたが、今まで生活費優先だったため興味はあったものの、まだ一度も足を踏み入れたことのない未知の領域だ。

 

 特に色々な商業系【ファミリア】が店を出している場所となればスズも当然興味津々である。

 

 本当は暇な時に見て回りたかったのではないかと思ってしまうが、「行こう」と言えば喜んで着いて来てくれるけど、「行きたいの?」と尋ねるとスズはきっと遠慮してしまうので、何がしたいかを察してベルの方から連れて行ってあげなければならない。

 

 今のところスズから言い出したのは、商店街への買い物と家事全般金銭管理の引き受け。

 教会の改修作業。

 これらはスズがやりたいことなものの、ベルとヘスティアのことを思った気遣いの部分もあるだろう。

 武器屋の陳列棚を見たり、冒険者や商店街の人、ギルド職員に挨拶をするのは道中に支障がない程度の寄り道だ。

 

 そう考えると、自分の為だけに行ったワガママは日課に銭湯通いを追加したくらいだろうか。

 もっと自由にやりたいことをやらせてあげたいと思うのだが、『家族と一緒に何かをする』のが一番やりたいことなようで、なかなか遠慮しすぎるスズの他のやりたいことを察してあげることができない。

 

 ただ、前衛で居続けるために無理に頑張ろうとしている姿は危なっかしくて不安にもなるが、やりたいことにワガママを言ってくれたのは嬉しいところでもあったので、今回の防具の新調をエイナが提案してくれたことには感謝してもしきれない。

 本当にエイナには頭が上がらないなとベルは思う。

 

「装備を新調せずに貯めてたからお金はあるし、流石に純正のミスリル装備は手が出ないけど、いい装備は買えそうだから楽しみだね、ベル」

 まだバベルにもたどり着いていないのに、ヘスティアから貰った可愛らしいデザインの大き目な財布を大切そうに抱きしめて、財布につけられた鈴もご機嫌そうに鳴っている。

 

「スズちゃんはベル君と一緒に毎日頑張ってたもんね」

「はいっ。セット装備二人分買えるくらいは用意してきたんですよ」

 

 

 

 

「そんな二人に今日紹介するのは【ヘファイストス・ファミリア】のテナントなんだけど、二人ともこの【ファミリア】については知っているかな?」

 

 

 

 

 そう悪戯っぽく笑うエイナにスズとベルの表情が固まった。

 冒険者通りにある【ヘファイストス・ファミリア】武器屋の陳列棚に並ぶ800万ヴァリス、2000万ヴァリスと恐ろしく次元の違うベル達にとって伝説級の武器が頭の中で微笑んだ。

 

「エイナさん、どういうことですか!? 僕達【ヘファイストス・ファミリア】で買い物できるような大金持ってませんよ!?」

「……エイナさん、えっと、上のテナントの方ですよね? そうですよね?」

「なんだ、スズちゃんは知ってたか。でもベル君は知らなそうだし…秘密にして着いてからのお楽しみってことにしてあげよっか」

 エイナが不安そうに顔を見上げているスズにそう笑いかけると、スズはほっと安堵の息をついていた。

 

 スズが安心したということは買えるのだろうか。

 いや、そんな訳がない。

 値段はピンからキリまであるが有名ブランドの高級防具なんて最低価格でも7桁は軽く行ってるはずだ。

 

 もっと安いものがあったとしても6桁後半はいっているだろう。

 使える金額なんて大きく見積もっても3万から4万くらいだ。

 とても手が届かない。

 それなのにベルは連行されるように、エイナとスズに手を引かれてバベルまで連れて行かれてしまう。

 

 そんな二人に手を引かれるベルの姿を見て、これからダンジョンへ潜ろうとしているであろう男性冒険者が『殺すゾ』と嫉妬の眼差しを送って来て、金銭的な危機よりも命の危険性を感じて放してもらうように説得を試みるが、エイナに「男の子なんだから、ぐずぐず言わない」とその申し出はきっぱりと断られてしまった。

 

 スズに助けを求めて目線を送ると「大丈夫だよ」と天使のような笑顔を向けてくれるが、回りの殺気がぐーんと二段階くらい上がった気がした。

 二人の柔らかく温かい手の感触と、回りの殺気に充てられて、もうベルに値段のことなんて考えている余裕はなかった。

 

 それでも、エイナが【ヘファイストス・ファミリア】のほとんどが【発展アビリティ】である『鍛冶』を持ったLV.2以上の冒険者だということや、『鍛冶』を持った鍛冶師(スミス)上級鍛冶師(ハイ・スミス)と呼ばれ、武器や防具に『属性』を付けられることなどのうんちくは、スパルタ講義やスパルタ特訓で慣れてしまったせいか自然とベルの頭の中に入ってきた。

 

 『鍛冶』でつけられる『属性』は様々で、『決して折れない』剣や『切れ味の落ちない』刀など、普通に武器や防具を作る中で絶対に起きない『奇跡』を付着させることが出来る。

 極めればおとぎ話や英雄譚に出てくるような精霊が生み出した伝説の武具や、使用回数に制限があるものの【魔法】を撃てる『魔剣』なども作れるらしい。

 

 【発展アビリティ】はランクアップした時に【経験値(エクセリア)】の趣向によっていくつか候補が現れ一つだけ取得出来、麻痺や毒などの嫌らしい効果を無効化する『状態異常』、【魔法】を強化補助する『魔導』などなど様々な種類があり、数値化されていないものの【基本アビリティ】と同じでIからSのランクはある。

 それらのランクを上げるのは【基本アビリティ】を上げるよりも遥かに難しいことをエイナは教えてくれた。

 

 エイナが一通り親切に教えてもらいながら三階まで登ると、階段が見当たらなくなってしまった。

 エイナに手を引かれるまま広間の中心にある、ガラスのように透明な壁に囲まれた円形の台座まで連れて行かれ、台座に置かれた謎の装置をエイナがいじると突然台座が登り始めた。

 

「「!?」」

 さすがにこの装置についてはスズも知らなかったのか、きょろきょろと回りを見回している。

 

「あはは、私も最初はそんな感じだったよ。スズちゃんをようやくビックリさせることが出来たよ」

「魔石で動く昇降機は初めて見ました。ダンジョンで魔石が取れるオラリオだからこその機構ですね。いきなりだったんですごくビックリしちゃいましたよ」

「ごめんごめん。スズちゃん優等生すぎてなかなかビックリしてくれないんだもの。だから、つい」

 どういうものかを説明せずに起動させてしまったことを軽く謝り、エイナは悪戯っぽく笑った。

 

 どうやらこの装置、魔石で動く昇降機のようだ。

 流石世界の中心、魔石が取れるダンジョン都市。

 魔石技術の水準がベルの発想の域を完全に超えていてカルチャーショックを受けてしまう。

 

「お目当てのお店はもっと上の階なんだけど、せっかくだから寄っていこうか? ベル君もスズちゃんもちょっと見てみたいでしょ?」

 

 興味がないと言えば噓になるし、武器好きなスズは間違いなく行きたいと思っているのでベルが頷くと、ベルの顔色を窺っていたスズも嬉しそうに頷いた。

 

 ざっと見渡しただけで四階は武器防具の店で埋め尽くされており、エイナの話では四階から八階は全て【ヘファイストス・ファミリア】のテナントらしい。

 

 さすが大手ブランド。

 規模が違った。

 近くの陳列棚の奥に見える剣の値段は3000万ヴァリス。

 値段もやはり規模が違いすぎる。

 そのあまりの値段の高さにベルは立ち眩みを起こしてエイナに苦笑されてしまうが、見る分にはただなのでスズは目をキラキラさせながら見える範囲の武器や防具を見つめている。

 

 

 

「いらっしゃいませー! 今日は何の御用でしょうか、お客様!」

 

 

 

 聞きなれない明るい口調だが、聞き間違えることがない声がして、ベルとスズは同時に声を掛けてきた店員に振り向いた。

 当然、そこにいたのはヘスティアだった。

 紅色の制服を着たヘスティアが、ベルとスズと顔を合わせたことで笑顔のまま固まってしまっている。

 スズが何かを察したのか珍しく頭を抱えているが、ベルにヘスティアがここにいる理由が全くわからなかった。

 

「何でこんなところに――――――」

「違うんだスズ君! バイトを掛け持ちしているだけであって、スズ君が考えているような深い意味はないんだ! それにここは君達が来るにはまだ早い! 今あったことは全部忘れて、目と耳を塞いで大人しく帰るんだっ…!!」

 ヘスティアが必死にベルの声を遮って追い返そうとする。

 

「スズのおかげで僕達は生活費に困ってないでしょう!! なのにバイトを掛け持ちなんて何やってるんですか神様!? ほら帰りましょう!? これ以上、笑い話の種になっちゃったらどうするんですか!?」

「ええい、離せ! 離すんだベル君! 神にはやらなくちゃいけない時があるんだっ!」

「神様がやらなくちゃいけない時ってどんな時ですか!? お願いですから言うことを聞いて下さい!! スズも神様を説得して!!」

 エイナが呆然とそのやり取りを見ている中、そんなことお構いなしにベルは神様の手を引っ張ってスズの方を見ると、スズがなぜか顔を真っ青にさせて首をゆっくり横に振っていた。

 

 誰がどう見ても異常な反応である。

 

「スズ? どうしたの!? 気分悪いの!?」

「うんん。なんでもないよベル。なんでもない。ベルは気にしないでいいから、ね?」

 ベルはいったんヘスティアの手を放して、慌てて様子がおかしいスズに駆け寄ると、スズが明らかに無理して笑顔を作っていた。

 なんだか目がすごく遠くを見ているような気がするが、体調が悪い訳ではなさそうだ。

 

 おそらくスズもヘスティアがバイトを掛け持ちしていたことにショックを受けてしまったのだろう。

 でもそれならなぜ首を横に振るのだろうかと疑問に思ってしまう。

 

 

 ベルはヘスティア・ナイフが30時間以上の土下座でヘスティアが神友から『貰った』ものだと信じているので、3000万ヴァリスなんて目じゃない、世界にただ一つのオーダーメイド製のナイフが原因だという結論にたどり着けずにいた。

 

 

「こら新入り!! 遊んでんじゃねえっ! とっとと次の仕事しろっ!!」

「はぁーい!!」

 ヘスティアが他の店員を出しに有無を言わさずその場から離脱した。

 

 店内に消えていくヘスティアの後姿に、また何か自分かスズにプレゼントを買おうと無理してバイトを増やしているのかな、もう充分神様に物だけではなく幸せを貰っているのだからそんな無理をしなくてもいいのに、とベルは的外れなことを思うのだった。

 

「あ、相変わらず、変わった神だね?」

「お見苦しいところを見せてすみません…」

「大丈夫だよ。じゃあ、上に行こうか」

 苦笑するエイナに案内されるまま八階まで昇降機で上がった。

 

 すると先ほどと同じく様々な武具の専門店が並んでいる。

 なんでもここ八階は今までの何百何千万という桁違いの高級ブランドの武具ではなく、駆け出しの鍛冶師(スミス)達の意欲と技術向上のために設けられた【ヘファイストス・ファミリア】のテナントらしい。壁に展示されている立派な槍が12000ヴァリスと何とか手の届く値段まで落ち着いていた。

 

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)が作るような高級品と比べると見劣りしてしまうのは当たり前だが、下の下の冒険者達の客層も出来て店も損することなく、駆け出し冒険者と駆け出し鍛冶師(スミス)が繋がりを持って、冒険者が実際にその武具を使い、運営陣が見抜けなかった鍛冶師(スミス)の才能を発掘できる機会を与えているそうだ。

 

「特別な誰かのために打つ武具っていうのはね、思い入れが深い分、より特別な力を発揮するの。……なんて、これは他の人の受け売りなんだけど。スズちゃんのプレートメイルもここに問い合わせて条件が合うものを買い取ったから、もしかしたら探している鍛冶師(スミス)の作品が他にもあるかもしれないかな」

 

「あったら欲しいんですけど……。やっぱり【ファミリア】内だと同じ鍛冶師(スミス)と繋がりを持った方がいいのでしょうか?」

「そうね。もう顧客になるつもりなら、兄妹揃って同じ鍛冶師(スミス)の作品を買った方が融通は利くし、鍛冶師(スミス)間でのもめ事は起こらないわ。ただ、色々試してからでも遅くないのよ?」

「しっかり使い手のことを考えてくれているこの人の作品がいいです。その、ベルがよければ……なんだけど」

 スズがベルの顔色を眉を少し顰めながら「ダメ、かな?」と窺ってくる。

 

 自分から自分のために言い出すのは本当に珍しいことだし、防具の良し悪しに関してベルは完全に素人なので、鎧式(よろきち)なんて変なネーミングセンス以外ベルが気になるところは特にない。

 

 スズ本人はネーミングセンスを可愛いと気に入っているし、せっかくスズが自分からワガママを言ってくれたのだから、変な名前くらいで断る気なんて起きるわけがない。

 

「僕もそれで構わないよ」

「二人がそれでいいなら決定ね。その鍛冶師(スミス)と末永く良い関係でいられるよう私も応援してるわ。製作者リストと作品の在庫はしっかり管理しているから、店員の方に聞いておいで」

「はい!」

 

 ヘスティアがバイトをしているところを見た時のスズは顔色が悪くて心配だったが、やはり武具が好きだからか、武具に囲まれてテンションが上がり、そしてプレートメイルの制作者である鍛冶師(スミス)の作品を選んでもいいと許可が下りたのがよほど嬉しかったのか、スズからはもう不安の色はなく、嬉しそうにベルの手を引いてカウンターまで小走りで向かって行く。

 

 

「すみません。ヴェルフ・クロッゾさんの防具はまだ取り扱っていますでしょうか?」

 スズがそう聞くと、カウンターにいた店員は驚きに目を見開いた後、営業スマイルに戻る。

 

「ヴェルフ・クロッゾ氏の作品は、あちらのボックスにございます。大変失礼ながらお尋ねしますが、同鍛冶師(スミス)の作品、プレートメイル『鎧式(よろきち)』をご購入されたお客様でしょうか?」

「はい。ギルド経由ですがお安く譲って下さりありがとうございました」

 

「いえ、お客様が満足していただけたのであれば当店、そして製作者のヴェルフ・クロッゾ氏もこれほど嬉しいことはないでしょう。つきましては以前ご購入なされたプレートメイルの新型、『鎧式(よりきち)Mk-Ⅱ』をヴェルフ・クロッゾ氏が、ぜひ貴方が当店にお求めになった際にご購入して頂きたいと取り置きをしております。こちらの商品をお求めでしょうか?」

 

「素材とお値段の方は?」

「素材は鋼にキラーアントの甲殻を溶かした新たな合金にしたもの、とのことです。前回ご要望にありました、『小柄な魔法剣士用の中量級装備』に応える形で、耐久性の強化と関節部の機動回りを考慮した作りとなっており、鎧下に滑らかで弾力性のあるダンジョンリザードの皮を使うことで、チェーンメイル越しからの衝撃を吸収する作りにしたそうです。お値段は16000ヴァリス。お買い得ではありますが、いかがなされますか?」

 

 前回と違い怪物(モンスター)素材まで使われているせいか値段が高い。

 高いが、怪物(モンスター)の素材を使い、来るかもわからない購入者の最低限の情報から新しい防具を作る辺り、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師(スミス)が全力で使用者のことを考えて作ってくれていることが伺える。

 

 これだけで、ベルは良い人なんだなと思ってしまうが、見る人によってはただの変人である。

 

「私はそれで大丈夫です。連れが軽装備……ライトアーマーを使っているのですが、そちらは取り扱っているでしょうか?」

「ライトアーマーでしたらあちらのボックスにございます。すぐにご案内いたしますので少々お待ちください」

 

 店員がカウンターから出てきて、そのライトアーマーの入っているボックスまで案内してくれた。

 箱の中には胸、肘、小手、腰の最低限の個所を守るだけの白いライトアーマーのパーツが積まれている。

 

 ベルがサイズを確かめようと手に取ってみると、支給品のレザーアーマーより断然軽い。

 そして少し触った感じでもおそらく硬いだろうことがわかる。

 サイズも運よくベルにぴったりで、スズがファンになっただけの鍛冶師(スミス)の作品を選んだだけなはずだったのに、運命的な何かを感じてとても惹かれるものがあった。

 

「説明によりますと、メタルラビットの毛皮で作られた非常に軽く、それでいて硬いライトアーマーのようです。【ファミリア】の方針で隅のボックスに追いやられておりますが、性能面はその硬さがしっかり評価されておりますね。お値段の方は9900ヴァリスとなりますが、同時購入なされるのでしょうか?」

 

 こちらも高かったが、回りの値段と見比べて妥当な値段だとベルは思った。

 スズが「これでいい?」と確認のためにベルのことを見つめ首を軽く傾げてきたので「大丈夫だよ」と頷く。

 

「25000ヴァリスで両方購入させていただきます。それと、もしも製作者のヴェルフ・クロッゾさんがまたいらしたら、大事に使わせていただきます、とお伝えして下さい」

「かしこまりました。それでは商品は私がお持ちしますので、カウンターの方でお会計をお願いいたします」

 

 少々高い買い物になってしまったが、ベルもスズも満足する買い物が出来た。

 いつまでも案内してくれたエイナを待たせるのも悪いが、念のためにしっかり試着してから会計をすませて、エイナが待っているであろう店の入り口に戻った。

 

 しかし、エイナの姿が見当たらない。

 面倒見のいいエイナが一言も声を掛けず勝手に帰ることなんてないはずだ。

 少し長引いてしまったので、店の商品を見回りながら待っているのだろうか、そうエイナを探しているとちょうど隣の店からエイナが出てきた。

 

「ごめんねベル君、スズちゃん。さっと探したかったんだけど、少し待たせちゃったみたいだね。はい、これ」

 

 突然エイナがベルにエメラルド色のプロテクターを手渡し、スズには鞘に納められた、肉斬り包丁のように横幅のある片刃のショートソードを手渡してきた。

 ショートソードの鍔は手首を守るように太い円状になっている。

 

「相手の刃を支えるところはないですけど、これってディフェンダーですか?」

 

「正解。切れ味や耐久性もあってスズちゃんが使いやすそうな大きさのがちょうどあったから。鈍器としてはスズちゃんの剣の方が強いけど、こっちは楽に斬ったり刺したりは出来るから、キラーアントに圧し掛かられちゃった時とか、咄嗟に抜いて甲殻の間に突き刺せるんじゃないかなって。リーチが減っちゃうし、使い続ければ切れ味も落ちるから上手く使い分けてね。ベル君にはプロテクター。動きに支障が出なくて盾の代わりになるくらい頑丈なの選んだから、いざって時はこれで防御してね。私から二人へのプレゼントだよ。使ってくれると嬉しいな」

 

「ええ!? い、いいです! いらないです! か、返しますっ!」

「私が受け取ってもらいたいの。本当にさ、冒険者はいつ死んじゃうかわからないんだ。どんなに強いと思っていた人も、神の気まぐれみたいに簡単に亡くなっちゃう。私は、戻ってこなかった冒険者を沢山見てきた。私ね、ベル君やスズちゃんに、いなくなってもらいたくないんだ」

 

 大切な人にいなくなってもらいたくない、その気持ちはベルとスズは痛いほどよく知っていた。

 

「ベル君とスズちゃんのことね、世話を焼いている内に本当の弟や妹のように思えてきちゃって。あはは、これじゃあギルド職員としては失格かな、私。それでもね、こうやってプライベートの時くらい、アドバイス以外の何かをしてあげたいの。ほんの少しお節介を焼くだけで対策出来たかもしれないのに、それでベル君やスズちゃんも帰って来なかったらと思うと……ちょっと私自身が立ち直れそうにないから。だから私の為に受け取ってほしいな。ダメ、かな?」

 

 不安な気持ちをごまかすようにエイナは笑っておどけてみせた。

 そして、少し頬を赤めて真っ直ぐベルのことを見つめる。

 

 

 

 

「それに……ベル君、私のこと大好きって言ってくれたじゃない? 私も嬉しかったから。そういう意味じゃないってわかっていても」

 

 

 

 

「え……あぁっ!?」

 お礼を言う勢いで大好きと言ってしまったことを今更ながら思い出して、ベルの顔が一気に沸騰してしまう。

 

 なんて答えてあげたらいいのかわからなくて、スズに助けを求めて目線を送ると、胸元あたりでガッツポーズを作って「頑張って」とジェスチャーで返してくる。

 助け船はない。

 憧れのエルフからの衝撃の告白にベルの頭はパンク寸前だった。

 

「ふふふ、お返し成功。あの時ベル君のせいで、すごくからかわれちゃったんだぞ、私。でも、嬉しかったのは本当だし、ベル君とスズちゃんのこと大好きだから、力になってあげたくなっちゃったんだ。頑張っているキミ達に、渡したくなっちゃった。ね、受け取って?」

 

 そうエイナに鼻を人差し指でちょんとこつかれ、ようやく正気に戻ることが出来た。

 心配してくれているのは本当だけど、少しからかわれてしまったようだ。

 エイナには敵わないし、本当に頭が上がらないなとベルは苦笑してしまう。

 そして、もう一度スズに目線を送るとスズが頷く。

 

「「ありがとうございます、エイナさん」」

「どういたしまして」

 プレゼントをもらう喜びも渡す喜びも知っているから、本気で心配してプレゼントしてくれたものを粗末に扱うことなんてできない。

 

 ベルとスズはエイナの気持ちに応えようと、プレゼントを受け取って笑顔でお礼を言うと、エイナも笑顔を返してくれる。

 そんなやりとりが、とても温かかった。

 

 




プロテクターを無事もらいました。
スズだけ何ももらえないのもなんなので、詠唱が咄嗟にできなくて、鈍器代わりに使っている剣で何とかできない緊急事態を想定し、小回りの利く武器として刀身が短め(30~40cmくらい?)な片刃のディフェンダーを貰っています。
鍔や刀身に刃物を受ける為の出っ張りがついていないのは、モンスターの攻撃を受ける前提で、太目の鍔が手首を守る盾の役割になっております。

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