オリジナルの武器防具や無名の冒険者がモブとして登場します。
また一部『見せられないよ!』な看板が立ってしまうようなお下品パートもございますので『掘る』などの単語にトラウマのある男性女性の方はご注意ください?
勢いって怖いですッ!
ベルとスズが【ヘスティア・ファミリア】となって三日目。
ギルドに冒険者登録も終わり申請したアドバイザーは『エイナ・チュール』というメガネを掛けた美しいハーフエルフの女性となった。
親族を失い冒険者を目指したスズは家名を捨てていたらしく、同じ目と髪の色からベルの妹『スズ・クラネル』として冒険者登録している。
ヘスティア曰くその方が『面倒事を受け持ってくれる』心優しい親切なアドバイザーがついてくれるかもしれない、何よりも兄妹というだけで幼いスズがダンジョンに潜る最適な理由になり誰も深く理由を追及してはこないだろうとのこと。
ベルはスズの事情は自分と同じく孤児で冒険者を目指してこの街にやってきたことくらいしか知らない。
だからその話を聞いてベルは祖父が
出会って二日だがベルはスズのことを守ってあげなければいけない妹のように思っていたし、スズもベルのことを兄のように慕っていた。
だからなのか、ヘスティアとベルと本当の家族になりたいという願いが反映されたのか【ステイタス】の真名にも『スズ・クラネル』と表示されている。
名前とは魂につくものであり本人が心の底からそうだと受け入れれば魂の名前も変化する。
なので結婚して家名が変わっても表記は変化する
そういった『有り方の変化』も下界の子供達特有だということをヘスティアは教えてくれた。
「最初の冒険ってのもあるけどスズちゃんもいるんだから絶対に無理をしてはダメよ? 一層で『ゴブリン』や『コボルト』と一回戦闘をしたら一度ここに戻って報告すること。もしも数が多くて危ないと思ったら戦わずに逃げること。いいわね?」
そしてヘスティアの言う通りアドバイザーになってくれたエイナは冒険者の事を心の底から心配してくれるような優しい女性だった。
ダンジョンにどんな敵が出るのか、どう対処したらいいのか、戦ったことのないベルに合った支給品(八六〇〇ヴァリス借金して購入)を選んでくれたり、その他の支給品の使い方や魔石の換金はどうやったらいいのかなどの基礎知識を分かりやすく説明してくれた。
なんでも『冒険者は冒険をしてはいけない』とのことで、一見矛盾しているように思える言葉だが『ダンジョンを甘く見るとすぐに命を落としてしまう』らしい。
例えばスズは【魔法】を使えるので一層の敵くらいならおそらく一撃で倒せるらしいのだが、【魔法】は使いすぎれば精神力が尽きて
身体能力の低い後衛のスズに気を配らずにベルが目の前の
焦らずゆっくりでも前進していけば、生きて冒険し続ければそれが糧となりいつか一人前の冒険者になれる。
ダンジョンは何度も挑めるけど命は一つしかないことを忘れないようにと注意してくれたのだ。
「それでは行ってきますエイナさん」
「行ってらっしゃいスズちゃん。絶対に無理はしないようにね?」
「はい。心配してくれてありがとうございますエイナさん。無事に戻ってきてお土産話持って帰りますね」
「楽しみにしてるわ。ベル君もお兄ちゃんなんだからスズちゃんが無理しないようしっかり見てあげてね」
「もちろんです! 大切な家族のスズには指一本触れさせたりしませんよ!」
数人程度だがその光景を微笑ましく思った他の冒険者やギルド職員達も思わず頬が緩まずにはいられなかった。
元気よく手を振るスズの姿は年相応な元気な少女そのもので、できることならこのままずっと何事もなくあの笑顔を見居送って「おかえり」と言ってあげたいなとエイナと同様に思ったことだろう。
§
ベルはダンジョン入口である一〇Mはある深い竪穴に続く螺旋階段を見下ろしてから、ふと隣を歩いているスズの姿を見てみる。
自分と同じ赤い瞳。肩まで伸びた白髪には出会った時と同じく大きな白いリボンがまるで猫の耳のようにぴょこたんと飛び出しており、白いロングコートを羽織って全身真っ白なことも相まって、身長130Cも満たない小さな愛らしい少女の姿はまるで白猫のようにも感じられた。
そんなスズの背中には、小柄な彼女には不釣り合いな片手用の諸刃剣と中型の盾が背負わされている。
この剣と盾は支給品ではなく自宅から衣服などの生活品と一緒に持ってきたらしいのだが、その大きさは一般的な剣と中型盾であるものの、小さな少女にはまだ大きくまるで亀の甲羅を背負っているようにも見えてバランスを崩してこの長い螺旋階段から転落してしまわないかベルは心配になってきた。
羨ましいことに【魔法】を最初から取得していているスズは本来なら剣と盾なんてただの重りでしかなく杖、もしくは【精神疲労】を押さえる為の攻撃手段として弓のような遠距離武器やベルが渡された短剣のような軽量装備が好ましいのだが、「家宝だからお守りとして持っていきたい」とエイナの的確なアドバイスを心苦しそうにスズは断った。
エイナはそんなスズに困った顔をしていた。
その剣や盾、着ている白いコートは『神が降臨する前』から伝わる『古代』からの【アンティーク】であるらしいが、支給品よりはマシな能力はある。
剣も斬ることよりも相手に衝撃を与えて叩き潰す鈍器としてなら上層で十分通用するし、盾もその厚みから身を守る手段として貢献してくれるだろう。
だが観賞用と化してしまっている【アンティーク】で戦うよりも、高価な【アンティーク】を売り払い武器防具をそろえた方が冒険者としては正しいのも事実だ。
それでも思い出を大切にすることも人間としては大切なことなので、お守り代わりに持っていくだけで魔法攻撃に専念すること。ベルに間違っても魔法を誤射しないことを厳重注意してエイナはスズのワガママを許し、スズはワガママを許してくれたエイナに「エイナさんありがとう!」と嬉しさのあまり抱きついていた。
ベルとスズの付き合いはたった二日だが、それでもスズが良い子だということを知っている。
ワガママを言わずに相手のことを考えられる優しい子だということを知っている。
だからこそ【ファミリア】に入れず暴言を吐かれる中も気丈に振る舞いベルのことを元気づけてくれたのだから、そのことをベルはよく理解しているつもりでいた。
そのスズがワガママを言ってでも家宝をお守りとして持ち込んだのだ。
それほど一緒に暮らしていた家族のことが大好きだったのだろう。
やっぱりクラネルの家名ではなくスズ自身の家名で冒険者登録させてあげたかったとベルは思った。
でもクラネルの名前も嫌いでないことは魂がその家名を受け入れたことから間違いない。
なら家族になってくれたスズの気持ちに兄として全力で答えてあげないと失礼だとも同時に思う。
「スズは壁側を歩いて。転ばないように気を付けてね」
「ありがとうベル」
スズを壁側に誘導して手を引いてスズのペースに合わせて螺旋階段を下りていく。
「なんだかこれから冒険だって思うとドキドキしちゃうね」
眩しく思えるほど幸せそうに笑うスズに対して一瞬ドキっと胸が高鳴ってしまったが妹と恋愛なんてしたらいけないと邪念を振り払う。初日のノーカウントになったスズの裸を思い出してしまうが邪念を振り払う。すごく綺麗な肌だったなと思ってしまうが子供にしかも自分の妹になってくれた子に何を欲情しているんだ僕はと煩悩から全力疾走で逃げる。
「そ、そうだね。うん、そうだ。僕は冒険者になったんだ」
この街に、ダンジョンに出会いを求めてやってきた。
まだ守ってあげる運命的な女性とは巡り会っていないが、守ってあげたい家族ができた。ヘスティアとスズという大切な家族ができた。今はそれでいいじゃないか。
そう思うとまだ少し気恥ずかしいものの邪念は自然と消えてくれた。
「神様の為にも頑張ろうねスズ」
「うん。神様に沢山のお土産話と夕食を持って帰ろうね」
祖父の言葉は間違っていなかった。
だってこんなにも素敵な出会いを果たしているのだから。
スズと出会わせてくれてありがとう。
神様に出会わせてくれてありがとう。
家族を失った僕達にまた家族を与えてくれてありがとう。
そうベルはこの運命的な出会いに心の底から感謝して、スズに笑顔を返してあげる。
「はっはっはっは。ダンジョンに遠足にでも来たのかガキども?」
そんな雰囲気を壊すように後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには髭の生えたドワーフに眼鏡を掛けたポニーテールのエルフ。
筋肉質なスキンヘッドの男の特徴的な三人パーティーが立っている。
エルフの女性が「ちょっと大人げないわよ」と止めるのも聞かずに声をかけてきたドワーフがベル達のことを睨みつけている。
そこでようやく自分達が横に並びながらゆっくり歩いていたせいで通行の邪魔になっていたことに気付いてベルの血の気が一気に冷え切った。
ファミリア申請を断られるだけでなく邪険に扱われたことを嫌でも思い出させられてしまう。
とにかく謝って道を開けよう。
それでもガンつけられたらスズだけでも見逃してもらおう。
今は自分が兄なのだ。
自分がスズを守らなければならないのだ。
「あのすみ」
「はい。今日が初めての冒険なんですよ。おじ様方は何階層に向かわれるのですか?」
ベルが謝る前にスズは道を開けつつも真っ直ぐガンを飛ばしてきたドワーフの男を見つめて笑顔を作って見せた。
三人パーティーの冒険者達はその反応は予想外だったのかしばらくの間きょとんとたたずんでしまっている。
ファミリアを探している時も「時間を取らせてしまって申し訳ございません。それと心配してくれてありがとうございました」と自分を邪見に扱い放り投げた相手に対して笑顔を見せて、相手の毒気を抜いていたことは何度かあった。
だからこそベルは今度は自分が助けてあげないとと思ったのに結局また助けられてしまった。
「十三階層だ。なんか文句でもあんのか?」
「すごい! 中層階層に到達した冒険者さん達だったんですね! これからも頑張って下さいね」
天使のような笑顔と尊敬の眼差しを向けられて応援されてはさすがに食いつきようがない。
むしろガンを飛ばしてしまったことをドワーフは申し訳なさそうに顔をそらして「おうよ。あんがとな嬢ちゃん」と頭を掻いている。
「なんだ嬢ちゃん。なかなかヤンチャでキモすわってんじゃねぇか。気に入ったぜ! 嬢ちゃんも頑張りな!」
ガシガシとスキンヘッドの男がスズの頭を乱暴に撫でまわすが「えへへ」とそれすらも頬を赤らめながらも嬉しそうに受け入れる。
「ごめんね初日に嫌な思いさせちゃって。うちのバカ短気だから」
「なんだとやんのかクソエルフ!?」
「いいけどその時にはあんたの尻植物で掘るわよ?」
「あ!? やってみ……あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
とても子供に見せてはいけないことが行われそうだったのでベルは慌ててスズの目を塞いだ。
ガンを飛ばされたとはいえ同じ男性としてアレは同情してしまう。
「ドワーフさんの悲鳴が聞こえたんですけど大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だからスズ! ただお仕置きされてるだけだから見たらダメ! 絶対にダメ! あんなのスズに見せたら僕が神様に怒られちゃうよ!」
「??? なんだかすみません。私達が道を塞いでいたせいでドワーフさんを酷い目に合わせてしまって……」
「気にすんな気にすんな。あんなもん日常茶飯事だ。十層あたりまでついたころにはアイツもう忘れちまってるよ。何度見てもえげつねぇ魔法だよな、アレ」
そんな男の言葉に「日常茶飯事なんだ」と教育に悪い光景が日常茶飯事な変わった冒険者もいるんだなと苦笑してしまった。
「それにしてもお前らおもしれぇな。どうだ兄ちゃんに嬢ちゃん。兄妹揃って俺達のパーティーに入らねぇか?」
「いえ、上層と中層では冒険者のレベルも当然違いますし、まだダンジョンの入口をくぐってもいないのにおんぶにだっこでは私達が冒険を楽しめないじゃないですか。だから行けるところまでは二人で行こうと思っているんです。せっかく私なんかを誘って下さったのに本当に申し訳ありません」
「言うな嬢ちゃん。楽しようと強いファミリアやパーティーに寄生しようとする奴らだっているってのに、その心意気ますます気に入った! あいつらのいちゃつきも終わったし俺達はもう行くぜ。兄ちゃんに嬢ちゃんも冒険頑張れよ!」
「はい。おじ様もお気をつけて! 私達が強くなったらまた誘って下さると嬉しいです!」
「おう! 成長楽しみにしてるぜ! 兄ちゃん元気な妹泣かせるんじゃねぇぞ!」
「泣かせたりなんかしませんよ。大切な家族なんですから」
今までおどおどしていたベルがその問いにだけははっきりと向き合って答える様を見て男は「お前らのファンになりそうだぜ」と口元を緩ませて尻を押さえているドワーフを担ぎ上げる。
スズは最後まで笑顔でドワーフを担いだ男とエルフ達を手を振り、女エルフがぺこりと頭を下げたのでつられてベルも頭を下げた。「ファンってあの幼気な少年を掘る気?」「掘らねぇよ!」などのやり取りは聞かなかったことにしようと最後の最後でやはり苦笑させられてしまう変な冒険者達だった。
「ごめんなさいベル。勝手に断っちゃって」
「え?」
「さっき言った通り私はね、冒険者になるなら最初から最後まで冒険者としてベルと冒険を楽しみたかったから。ランクが上の冒険者と一緒に冒険するのは何か違うんじゃないかなって思って。ベルの意見も聞かずにパーティーのお誘いを断っちゃってごめんなさい」
本当に申し訳なさそうにスズは苦笑していた。
「僕もそう思ってたから大丈夫だよ! 僕も冒険するなら一緒にいたい相手と冒険したいから。僕の方こそごめん。僕はスズのお兄さんになったのにスズに任せっきりにさせちゃって」
「失敗しちゃったのも一緒だね。これから失敗しながらも一緒に成長していこうね。いつかあの冒険者さん達とも一緒に冒険ができるように」
「そうだね。スズをしっかり守ってあげられるよう僕も頑張るよ。でもアレが日常茶飯事になるのはちょっと嫌かな」
「?」
不思議そうな顔をスズは純粋なのか誰にでも優しいだけなのかわからないが、お世辞でも何でもなく本気でいつかあの冒険者達とも冒険をしてみたいと思っているのだろう。
「それじゃあ気を改めて一層に降りようか」
「うん。今度はみんなの邪魔にならないように気を付けないとね。ベル、もっとよってもいい?」
「あ、うん。大丈夫だよ。歩きにくかったら言うんだよ?」
今度は道を塞がないように気を付けながら壁際で肌が触れ合うほどの近い距離でスズの手を引いて歩いていく。スズの130Cも満たない小さな体だとちょうど肩がベルの脇腹を当たってベルはくすぐったくもあり女の子と直接触れ合うような至近距離に恥ずかしさも感じたが、人のぬくもりが好きなスズが「えへへ」と嬉しそうに笑っているのを見て、やっぱり家族っていいなとベルは兄として自然と笑顔を返してあげることができた。
その後もゆっくり螺旋階段を降りる中、スズは男女問わずすれ違う冒険者に挨拶をして「これからお兄さんとダンジョン。気を付けてね?」「元気なのに礼儀正しい冒険者だな。頑張れよ!」とスズの幼さとそれを頑張って守ろうとしている頼りなさそうな兄という構図は他の【ファミリア】とあまり関係を持たずダンジョン内で『他のパーティーと干渉しない』という暗黙の了解がある中、意外にも冒険者達に好印象を与えているようだった。
積極的に話しかけている様子からスズもまたベルと同じようにダンジョンに出会いを求めている。
異性との出会いを求めているのではなく純粋に家族や友達を求めている。
そうベルでも感じ取れた。
そんなこんなで色々な冒険者と雑談しながら螺旋階段を下りていたので思いのほかダンジョンの入口の先にある『はじまりの通路』に到達するのに時間が掛かってしまったが、スズの空気に飲まれてベルも他の冒険者と雑談し応援を受けたのでダンジョンへの期待は今まで以上に高まっている。
良い冒険者達も沢山いる。
だからきっと、スズや神様と出会ったとの同じような『運命的な出会い』がダンジョンにはある。
そうダンジョンに出会いを夢見る少年は確信できた。
ダンジョンの入口をしばらく歩いていると一匹だけ『ゴブリン』がポツンと立っていた。
一階層の入口付近とはいえもっと
「先に潜っていった冒険者さん達に気を使わせちゃったみたいだね」
だがスズのその言葉で、スズと話をした冒険者達がベルとスズのことを思って一匹だけ意図的に残してくれたのだろうと分かった。
エイナから聞いた話では一階層は
逆に言うと邪魔だからと高レベルの冒険者が入口付近の
駆け出し冒険者は帰り道で遭遇する予想外の数(多くはないが行きとのギャップと探索による疲労により)そこでリタイアしてしまうことだってあるらしい。
そうならないよう入口の
「そうだね。よし! その優しさに応える為にも頑張ろうねスズ!」
「うん!」
ダンジョン最弱
それでも
本能的に人を襲う危険な生物だ。
気を引き締めてベルとスズは武器を構えて向き合うと放心状態だったゴブリンもまた唸り声をあげて戦闘態勢をとる。
その唸り声にベルは恐怖を感じた。
幼いころゴブリンに殺されかけたことが嫌でも脳裏に浮かび上がり、体の震えが止まらなくなって今すぐにでも逃げ出したくなる。
でも自分の後ろにはスズがいる。
自分より小さな守りたい家族がいる。
自分を助けてくれ祖父のたくましい背中が思い浮かぶ。
祖父から聞かされてきた数々の英雄譚を思い出す。
女の子は守ってあげないといけない。
なによりも、もう家族を失いたくない。
だからここで逃げ出す訳にはいかない。
「僕がゴブリンを押さえてるからスズは僕の後ろから魔法を!」
「【
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
ベルがスズに指示を飛ばす前にスズが諸刃剣をゴブリンに向け剣先から放電しながら直進する電撃魔法を放ちゴブリンを黒焦げにしていた。
あまりに容赦なく躊躇なく相談もなしに【魔法】をゴブリンに放ったスズに思わずベルの口から変な悲鳴が上がってしまう。
「ベル! まだ
「あ、うん。わ、わかった」
とにかくまずは戦闘に集中しよう。
ベルは支給品の短刀を構えて倒れないよう地面に足を踏ん張り体制を立て直そうとしているゴブリンに向かって走った。
いつもより体が速く動いている。
こんなに速く走れたことは今までなかった。
これが『神の恩恵』を受けた冒険者の力なんだと実感できるほど身体能力が向上している。
その勢いのまま突撃してゴブリンの胸に短刀を突き刺したのがトドメになりゴブリンの体が少し痙攣した後力なく後ろに倒れ動かなくなった。
スズが先制で魔法を撃って既にゴブリンは虫の息だったとはいえ貧弱だった自分の手で、最弱とはいえ恐ろしい
魔法や【スキル】がまだ発現してないし【経験値】も積んでいない平凡でひ弱な自分がゴブリンを倒した事実。神様の言う通りスタートラインはみんな同じなんだと自分に少しだけ自信を持てた。
「ケガもなく勝ててよかった。お疲れ様ベル」
「うん。スズもお疲れ様」
ハイタッチを求めてきたスズにベルはすぐさまそれに応え手と手を合わせて初勝利を互いに喜び笑い合う。
「『神の恩恵』がここまですごいなんて思わなかったよ。流石神様!」
「神様には感謝しきりませんね。【魔法の効果】も分かったし、次はベルに合わせられそうだよ。誤射が怖くて先走っちゃってごめんね」
「そんなこと気にしなくていいのに。スズのおかげで楽に
少ししゅんとスズが勝手に行動してしまったことを気にしていたから「ありがとねスズ」と頭を撫でてほめてあげた。するとすぐにスズの笑顔が戻ってくれる。
「ところでスズ、今【魔法】の効果も分かったしって言ってたけど、【魔法】の効果って自分では分からないものなの?」
「うん。だいたいの人は【魔法】の名前と書かれている効果や詠唱文から主神の神様が考察してくれるみたいなんだけど、私の場合よく分からない説明文があって。私の【スキル】の一つが雷属性専用だから単純な雷撃だとは思ってたんだけど……先に試してよかった。射線は直進だけど電撃が放電して拡散してたから威力は低いけどちょっとした範囲攻撃だね。拡散しながら直進していくから有効射程も短いのかなぁ。撃つ時はベルに当たらないようにしないと――――」
電撃が拡散しながら直進する範囲攻撃ということは、もしも当初の予定通りベルが接近戦で押さえながら【魔法】を撃ってもらっていたらベルまで丸焦げになっているところだった。
スズが気を利かせてくれてなかったらと思うと黒焦げになった自分の姿が容易に想像できたし、スズがいなければ恐怖のあまり
ベルはスズには世話になりっぱなしで神様と同じく感謝してもしきれなと思い、そして一人だったら何もできなかっただろう自分が情けなくも思えてしまう。
それに【スキル】の『一つ』が雷属性専用ということはスズは【魔法】の他にも【スキル】を最低でも二つ以上持っている。【スキル】【魔法】を持っていないのが一般的な駆け出し冒険者なのをヘスティアやエイナから教えてもらっているが、ゴブリンにトドメを刺して上がったベルの自信は有能なスズを前に転落死寸前だった。
それに加えてスズは自分の【魔法】についての考察と使い方。
ベルとのコンビネーションをどうするかの相談をこの場でし始めている。
なんというか、初めての冒険の割に慣れているというか、自分にできる最大限のことを必死に模索しては相談してきている感じがした。
「そのあたりは一度帰ってエイナさんにも相談してみよっか。神様にゴブリンを倒せたことを報告したいし!」
「そうだね。エイナさんも心配してると思うし。神様にお土産話とお金を持って帰って喜ばせてあげよう!」
スズはいつものように笑ってから背負っていた剣を鞘から引き抜き、その剣で器用にゴブリンの死体を解体して魔石を取り出してみせた。
すると魔石という核を失ったゴブリンの体は崩れて灰になって消えていく。
小さいのにたくましいなと思うと同時にスズの綺麗な純白のコートがゴブリンの血で薄汚れてしまっているのを見て、ベルはゴブリンを倒せたことに浮かれて魔石のことをすっかり忘れていた自分に、同じ冒険者になったとはいえ小さな女の子…妹を血みどろにしてしまった自分に、ワガママまで言って着こむほど大切にしていた純白なコートを赤く染める行為をさせてしまった自分に、腹が立った。
「ごめんスズ! 次から僕が魔石を取り出すよ! 剣だと取り出しにくいでしょ? それに大切にしてるコートだって汚れちゃうよ!」
「コートは気にしないで。冒険に着ていくんだから汚れて当然だし。これを着ていきたいってワガママ言ったの私なんだから」
スズはそうゴブリンの血で汚れた魔石の欠片をコートの綺麗な部分で拭いてから自分のバックパックにしまった。
「それにこのエプロンは汚れても大丈夫なんだよ」
「え?」
最初ベルはスズが何を言っているのか分からなかったが、その異様な光景を見て『汚れても大丈夫』という意味だけは無理やり理解させられた。
コートに付着して染みついた黒いゴブリンの血がみるみる内に小さくなり、まるで最初から汚れなどなかったかのように消えてしまった。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
その光景にベルは本日二度目になる変な悲鳴を上げてしまい「驚いた?」とスズが悪戯っぽく笑う。
「実はね、このコートは『古代』の時代にドワーフの鍛冶屋さんと精霊様が協力して作ったエプロンなんだ。どんな油汚れもすぐに綺麗にしてくれるし、破れてもすぐ直ってくれる家庭の強い味方なんだよ? 『
今のように『神の恩師』の『鍛冶』アビリティーがない時代にも関わらずものすごい効果だ。
ものすごい効果なのにどうしようもない方面に特化してしまっている。
なぜ真面目に防具を作らずエプロンに全力を尽くしてしまったのかと今よりも生きるのに必死だったはずである『古代』の制作者に問い詰めたくなる一品だった。
「その剣と盾は……その」
さすがにまともな武器だよね、とまでは流石に聞く勇気がなくてベルの言葉がそこで詰まってしまう。
「剣の鞘は物干し竿にすれば洗濯物がすぐ乾いたし、盾は漬物石として使ってたかな。リボンは……髪のうるおいを保ってくれるんだっけ? 全部友好の証としていただいたものだってお母さ……ん言ってたよ」
すごい効果なのに戦闘では全くと言っていいほど役に立たない【アンティーク】の数々にベルは驚愕する。
なるほど、確かに冒険者としてなら高価な【アンティーク】を売って装備を新調した方がいいというアドバイスは適格だと思う。
これらの『無駄にすごい【アンティーク】』は少数ながら存在し、金持ちの収集家達が集めているので高値で取引きされているらしい。
「だからね、ベル。私は汚れても大丈夫だよ?」
「でも!」
「でもそうだね。
スズの『私は汚れても大丈夫だよ』という言葉が、コートのことではなく、そのままの意味で自分自身は汚れても大丈夫だよと言っているようにベルは聞こえてしまったが、それに反論しようと口を開くと同時に理屈を付け加え最終的にはベルにも頼った。
どうやらベルが心配しすぎていただけのようだ。
「うん! そこは僕に任せて!」
「任せて、じゃなくて私はベルと一緒にやっていきたい。ダメかな?」
その言い方は反則だ。その捨て猫のような不安げな表情は反則だ。それでいて最後は「ダメかな?」と甘えるように言ってくるのは反則だ。とにかく何もかもが反則だ。
冷めた頭からの不意打ちにベルの鼓動は早くなり赤面してしまう。妹に欲情したらダメだとそれに相手は小さな子供じゃないかと何度も何度も心の中で今日何度目になるかもわからない呪文を繰り返し唱える。
結局のところ祖父の英才教育で英雄と女性への憧れがすさまじいことになっているが、ベル本人はどこまでも純粋無垢で女性に耐性のない初心な少年という矛盾した存在だった。
そんなベルが妹になったとはいえ可愛い女の子の勢いある『お願い』を断れるわけもなく、後々冷静になって考えても『一緒に頑張りたい』スズの気持ちを無碍にしてはいけないと思えたからきっとこれでよかったのだろう。
なんて痛いコートの名前なんだッ(驚愕)
神様達の中で『なぜそこに全力を尽くしてしまったのか』な【無駄アンティーク】は有名な『腹筋クラッシャー』のようです。
コートの防御能力は一般的なローブ程度、形状が騎士剣型である諸刃剣の攻撃力も一般的なロングソードやメイスを使った方が使い勝手がよく思える程度であり、盾は中型にしては無駄に重量があると戦闘では使いにくい一品ばかり。
最後の最後まで持ち歩きますが、そのうち武器防具を新しく買ったり作ってもらったりする予定です。
でも冒険には役に立たないけど一家に一セット欲しいところ(切実)