スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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憧れた人の物真似をするお話。


三章『白猫と灰姫』
Prologue『物まねの仕方』


 現在7階層。

 ただいま急成長中のベルとヘスティア・ナイフは絶好調だった。

 

 ダンジョン内で正方形に開けた空間、『ルーム』と呼ばれる広間で、新米殺しのキラーアントを硬い甲殻の隙間から柔らかい内部を狙うのではなく、硬い甲殻ごと一刀両断にする。

 

 やはり【ヘファイストス・ファミリア】の武器はすごいなとベルは感動し、プレゼントしてくれたヘスティアに何度も何度も感謝したが、別にベルが試し切りしたくて7階層まで足を運んだ訳ではない。

 いつも通り順を追って階層を攻略していこうかとベルは考えていたのだが、上がった能力と術式を試したいとスズが7階層に行こうと言い出したのだ。

 

「ベル!」

「大丈夫っ!」

 

 スズの叫びにベルは答え、後ろから突撃してくるニードルラビットに対し、振り向きざまにヘスティア・ナイフで首を跳ねる。

 

 ベル本人はヘスティア・ナイフのおかげだと思っているが、力と器用がE、敏捷に至ってはDまで伸びたベルは、攻略目安が【基本アビリティ】GからFである7階層なら、一人で探索を行っても問題ない水準に達していた。

 

「やっぱりベルは一人でも大丈夫だし、私の【ソル】でもパープルモスとニードルラビットは倒せる。【ソルガ】でキラーアントの甲殻も貫けるから…。うん、私が少し冒険しても大丈夫そうかな。ベル、この辺りのフロアで色々試すから、キラーアントだけは見つけ次第すぐ処理して、毒を持ったパープルモスには近づかないようにね。パープルモスは【ソル】で倒すから」

「ニードルラビットは?」

「私が怪物(モンスター)と一対一が出来る状態に持っていってもらえると、今足りない力を上げられるから嬉しいんだけど…いけそうかな?」

「神様のナイフがあるから大丈夫だよ。力を上げるということはやっぱりこのまま前衛で行くの?」

「この先どうなるかわからないけど、何とかなりそうな【魔法】を思いついたから、ちょっと色々試したいんだ。ごめんね、迷惑掛けちゃって」

 スズが申し訳なさそうにそう言った。

 

「迷惑なんて思ってないよ。スズが色々教えてくれてからずいぶん戦いやすくなったし、スズがやりたいことを出来るなら、僕も嬉しいかな。だけど無理は絶対しないでね」

怪物(モンスター)がいない時の術式実験はちょっと失敗しちゃいそうだけど、怪物(モンスター)との戦闘は油断しないから大丈夫だよ。それに回復薬(ポーション)使わないと、ナァーザさんのところにお金入らないし」

「ミアハ様のところ、ナァーザさん一人だからね。固定客も僕達しかいないみたいだし……」

 

 そう考えるとケガをしない安全な階層で戦い続けるのは悪い気もしてくる。

 それでも安全第一に、しばらく戦いやすいフロアを選んで怪物(モンスター)を倒して進んでいくと、袋小路のフロアにたどり着く。

 

 その間にスズはニードルラビットや、一体だけ紛れ込んでいたウォーシャドウも盾でいなして剣で難なく倒している。

 スズは耐久と魔力以外の【基本アビリティ】がベルよりも劣るとはいえ、その技量は折り紙付きであり、スズは近くに生れ落ちたキラーアントも器用に甲殻の間に剣を突き刺し、【ソル】で内部を焼いて難なく倒してしまう。

 十分接近戦できるじゃないかと思ったが、スズが心配していたのはもっと下の階層なので何とも言えない。

 

 そのスズがこうやって積極的に【基本アビリティ】を上げようとしているあたり、下の階層でも接近戦が出来る目途が立ったのだろう。

 

 

「ここでいいかな。音を聞きつけて通路から沢山怪物(モンスター)が来ちゃうかもしれないけど、その時は【魔法】で道を作るよ。これから色々試すから…私のこと守ってね、ベル」

 スズが少し照れながら、笑顔で「守ってね」なんて言ってくれたのだから、これで守ってあげなければ兄でも男でもない。

「スズのことは何があっても僕が守るから安心して」

「ありがとう、ベル。それじゃあ危ないから少しだけ離れててね」

 スズの言う通りに、ベルは何が起きてもスズを守りに行けるギリギリのところまで下がった。

 

 しっかりスズを守れるように、怪物(モンスター)が来た道からやってこないか、新たに怪物(モンスター)が生れ落ちないかを神経を研ぎ澄ませて警戒する。

 この7階層は6階層よりも怪物(モンスター)の生出頻度が上がっているはずだ。

 上がっていなくても、自暴自棄になって一人でダンジョンに潜った時に体験した、通路を埋め尽くすほどの怪物(モンスター)の群れが同時に生まれてしまうかもしれない。

 勝てるからといって、油断や慢心なんてベルはもう絶対にしないのだ。

 

「【雷】よ」

 

 スズがいつも通り【ソル】系の基本詠唱をトリガーに組み上げた術式を発動した。

 

 

 

 次の瞬間、スズの足に黄金の光が集まっていくかと思うと、集まった電気が破裂し、その反動でスズの体が勢いよく上に吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 あまりの予想外の出来事にベルは、スズが頭部をぶつけないように体を捻り、天井に背中を叩きつけられるまで何も出来なかった。

 痛みに声を漏らしながらスズが落下したところで、ようやくベルは地面に無防備に激突するところだったスズを抱き止める。

 

「スズっ! 大丈夫!?」

 ベルが声を掛けても、頭部を守るのが精一杯で受け身を取れなかったのか、返事を返せずケホケホと咳こむように息を吐いている。

 

 慌てて回復薬(ポーション)をレッグホルスターから取り出してゆっくり飲ませてあげると、咳き込んで一口吐き出してしまうが、何とか残りを飲んでくれて、ようやくスズの呼吸は落ち着いてくれた。

 

「途中で怪物(モンスター)が出なくて、よかったよ……。あの術式で大丈夫だと思ったんだけど、出力制御部分が雑だったのかな……。ごめんね、心配掛けて」

「本当にびっくりしたよ。今度は何をしようとしてたの?」

「自分に電気を付着させる【付着魔法(エンチャント)】で身体能力を上げようとしたんだけど……おかしいな。こんな感じの術式に見えたんだけど…やっぱり起動させてるところを見てないと真似ごとも難しいね」

「真似?」

「うん。アイズさんが風の【付着魔法(エンチャント)】で能力を底上げしてたから、それを雷でやれば私の接近能力を底上げできるかなって。でもやっぱり難しいね」

 

 思わぬところからベルが恋い焦がれるアイズの名前が出てきて思わず吹きそうになってしまう。

 

 いったいいつどこでスズはアイズと会って、しかも【魔法】まで見せてもらったのだろうと思ったが、そういえば思い返してみると、最初ミノタウロスから助けてもらった時にベルも風のようなものを感じた気がする。

 それに怪物祭(モンスターフィリア)で逃げ出したモンスターは、ベルが倒したシルバーバック以外、アイズが犠牲者を出さずに倒したことが掲示されていたので、その時にまたスズが襲われているところを助けてくれたのかもしれない。

 

 そう思うとその日ダンジョンにも潜っていないのにスズの【基本アビリティ】の伸びが高かったのも今更ながら納得してしまう。

 今度もしもアイズに会うことがあれば、恥ずかしがらずにしっかりお礼を言わないといけないなとベルは思った。

 

「危ないし1階層に戻って術式の練習してみる?」

「んー、【付着魔法(エンチャント)】は後でゆっくり試していけばいいから、せっかくここまで下りてきたんだし、今日はこのまま7階層でお金と【経験値(エクセリア)】を稼ごうかな。試したい術式はまだまだあるし。必中属性くらいは完成させたいところだよ」

「なにそれ怖い」

 

 必中ということは文字通り回避が不可能な【魔法】なのだろう。スズの【魔法】の火力は短詠唱にしては恐ろしく高い。

 高い敏捷と攻撃力でやりくりしている自分がもしもそんな【魔法】を受けたら、きっとなすすべなくやられてしまうだろう。

 

 やっぱりスズは自分と違ってすごいなと思いながら、ベルはキラーアントを仲間を呼ぶ暇も与えず次々に倒していくのだった。

 

 

§

 

 

「7階層……。ベル君、なんでスズちゃんのことを止めてあげなかったのっ!? 君達は冒険者になってからまだ半月しか経っていないでしょっ!!」

 

 魔石を換金した後、祭りも終わり落ち着いた頃だろうと、エイナに近況報告をしに行ったら当然のように怒られてしまった。

 

 一気に階層を飛ばしてしまったため、怒られる覚悟でスズに付き合ってあげていた分、エイナのお叱りにベルはぐうの根も出なかった。

 

「えっと、エイナさん。それを含めて相談したいことがあって……」

「相談も何も禁止! スズちゃんこの前は危なく死ぬところだったんだよ? 助かったのは本当に運がよかっただけ。そこを勘違いして取り返しのつかないことになったらどうするの。迂闊にもほどがあるわ。いつものスズちゃんらしくないじゃない。一体どうしちゃったの?」

 相当心配させてしまったのか、エイナは眉を顰めながら、自分の感情を押さえて、言い聞かせるように優しく言葉を投げかけて、真っ直ぐとスズのことを見つめている。

 

「その一件で、私の耐久と器用がGに、魔力はEまで上がりました。ベルなんて最近急成長してて、平均Eの敏捷がDなんです。弱い敵と戦い続けても【経験値(エクセリア)】がほとんど稼げなくなってしまって、急ぐ必要はないのはわかってはいるんですけど……。この能力なら7階層が適正かなって。心配掛けてごめんなさい、エイナさん……」

 

 申し訳なさそうにそう答えるスズに、エイナの表情が固まり、少し顎に手を当てて考え事をする。

 そして最後には大きく溜め息をついてしまった。

 その一連の動作が何だったのかベルにはわからないが、おそらく何かを納得してしまい諦めがついてしまったのだろう。

 

「そうよね、農家をやっていたとはいえ、『あの里』出身だものね。『神の恩恵』を授かれば鬼に金棒なのはわかっていたけど、簡単に【ステイタス】をバラしたらダメよ?」

「すみません。言わないとエイナさんを説得できる気がしなくて。それで、このまま8階層には下りずに、7階層で【経験値(エクセリア)】を稼いでおこうと思っているんですけど。キラーアントは私もベルも一撃で倒せましたし、解毒剤と回復薬(ポーション)は常備してます。ダメ、でしょうか?」

 

「私としては無理はしてほしくないんだけど……アドバイザーとしてはダメとは言えないわね。『あの里』特有の成長【スキル】でもついているの?」

「【スキル】については……すみません。伏せさせて頂きます。ただ、私の方は適正の怪物(モンスター)と戦わないと、どうしても魔力以外の【基本アビリティ】の伸びが悪くて」

「私の方こそごめんね。冒険者の生命線である情報を軽々しく口にさせようとしちゃって。その【ステイタス】で7階層に留まってくれるなら、今まで通り気を付けてくれさえすれば許可を出せるわ。理由もちゃんとあるから許すけど、焦ってまた大怪我したらダメよ?」

「はい! エイナさんありがとうございます!」

 

 また『あの里』とエイナの口から出てきた。

 

 言い回しからして『神の恩恵』を受けていない人達が住んでいる里だと思うが、『あの里』だからこの成長も納得できると言わせる何かが全く分からない。

 

 でも子供のスズが野生の怪物(モンスター)や獣を恐れずに一人で森へ狩をしに出かける辺り、里全体の身体能力が高いとみて間違いないだろう。

 ベルは里のことが気になるし、里とは関係ないはずの自分がスズよりも【基本アビリティ】の伸びが良いのも気になってしまったが、ベルとスズは兄妹としてギルド登録しているので聞くに聞けない状態だった。

 

 スズ自身に聞くのは、もしかしたら嫌なことを思い出させてしまうかもしれないし、『あの里』についてはスズかスクハが自然と話してくれるのを待つしかないだろう。

 

「でも、そうね。ちょっと装備の方が不安かな」

 エイナがもう簡易整備ではどうしようもなくなり始めているスズの小手やブーツと、ベルの貧弱な装備に目を向けた。

「そうなんですよ。ところどころプレートメイルも内側のチェインメイルもボロボロになってしまいましたし、ベルに至っては今だ支給品ですし……。直撃を受けないようにはしてるんですが、もしもの時を考えると、キラーアントの攻撃を少しは耐えられる防具を新調したいかなって。製作者の『ヴェルフ・クロッゾ』さんの防具って他にもあるんですか?」

「そこまではわからないけど……。そうね、ベル君、明日予定は開いてるかな?」

 エイナがベルの顔を見て、スズもベルの顔を窺う。

 

 基本スズはベルに同意や意見を求めることをエイナは知っているので、明日の予定を直接ベルに聞いてくる。

 

「あ、空いてますけど……」

「よかった。実は私も明日お仕事お休みなんだ。もしよかったら私が一緒にベル君とスズちゃんの防具探し手伝ってあげるけど、どうかな?」

 嬉しそうに手のひらをパンと合わせて満面の笑みを浮かべるエイナの誘いに、それがただの親切だとわかっていても、ベルは思わずドキっとしてしまった。

 

 スズと一緒だからデートという訳ではないが、ベルが憧れているエルフの女性と買い物というシチュエーションはとてもときめくものがある。

 せっかくの休みなのに悪いという気持ちもあったが、スズも行きたそうな顔をしていたので、ベルは少し頬を赤めながらも頷くのだった。

 

 

§

 

 

「聞いてくれよスクハ君! ベル君がまだ伸び続けているんだ! ボクやスズ君、スクハ君というものがありながら!」

『だから言ったでしょう。諦めなさいって。後、さりげなく私を混ぜないでくれないかしら。私はベルのことを何とも思っていないし、貴女の愚痴のはけ口でもないのだけれど』

「そんなこと言って、本当はお姫様抱っこしてもらったり、お姫様抱っこしてもらいたいんだろう?」

 

 今だこの同じことを二度言ってしまった痛恨のミスはスクハに効果覿面だ。

 しかし、今日は枕に顔を埋めることもなく、深く溜め息をつくだけだった。

 

『全く、いつまでそのネタで私をいじめれば気がすむのよ。まあいいわ。悪いとは思うのだけれど、おふざけはそろそろ終わりにして、真面目な話をさせてもらえないかしら』

「枕を使わないところを見ると、本当に緊急事態みたいだね。何があったんだい?」 

『枕で判断しないでもらえるかしら。本題に入るけど、今日は『スズ・クラネル』がこれでもかというくらい積極的に接近戦をしていたわ。能力の上がり具合はどうなのかしら』

「かなり高いと思うけど、そんなスズ君は積極的だったのかい?」

 

『悩ましいことにね。最低限の安全は確保してるけど、【経験値(エクセリア)】稼ぎの為に【魔法】を使わず、【剣姫】の真似事をするなんて止めてもらいたいわ。いきなり自分に高出力の【付着魔法(エンチャント)】を掛けようとした時は何事かと思ったわよ。あんな未完成で危なっかしいもの、止めていなかったら下半身が消し飛んでいたでしょうね』

 

「それは物騒すぎやしないかい!?」

 予想以上の危険性に思わず更新作業を中断してしまうところだったが、変なところで中断してしまうと【ステイタス】に悪影響が出てしまうかもしれないので、なんとか気を持ち直す。

 

 術式を創れるということは、神々が降り立つ前の『古代』と同じく、創った術式に致命的なミスがあれば魔力暴発《イグニス・ファトゥス》を起こしてしまう可能性があると思っていたが、まさか下半身が消し飛ぶほどの暴発が起きるとは思いもしなかった。

 

『物騒だから言ってるのよ。引っ込まないから【ステイタス】を写して私に見せなさい』

 スクハが引っ込まないとまで言うのだからよほどの緊急事態だ。

 ヘスティアは急いで更新を終わらせ、正面を向き合って【ステイタス】を写した紙をスクハに渡す。

 

 

 

力:h123⇒136  耐久:g235⇒238 器用:g206⇒210

敏捷:h106⇒120 魔力:e480⇒497

 

 

 

『さすがにベルにほとんど持っていかれたから、Gに達した【ステイタス】の伸びは普通だけど、遅れていたHの伸びはすさまじいものね。元々才能はある子だったし、今週でGと魔力Dに達しそうじゃない。何をそんなに焦っているんだか……』

「スクハ君に心当たりは?」

『ありすぎて困るわね。まず【剣姫】への憧れもあるだろうし、【剣姫】に追いつこうとするベルの足を引っ張るのが嫌なのも大きいわね。まあ、一番の理由としては、やはりベルに置いて行かれるのが不安でたまらなかったのではないのかしら。『皆』と遊べない日はすごくしょんぼりしてたはずだから。寂しがり屋の癖して、迷惑を掛けないよう気持ちを押さえこんでいるのだもの。まったく、本当に誰に似たんだか……』

 

 そんなスズに何もしてあげられないのが歯がゆいのか、スクハはぐっと唇を噛みしめていた。

 

『こんな爆弾実験を毎日されたら私もフォローしきれないわ。だから、この【基本アビリティ】を目安に術式を明日中に完成させたいのだけれど、既に『スズ・クラネル』が完成させる直前だった術式ならともかく、自分が理解もできない複雑な術式が突然増えていたら疑問を抱いてしまうでしょうね。残りの1スロットはいざという時の為に残しておきたいし、貴女は今のうちに根性論でも何でもいいから、『スズ・クラネル』を納得させられる屁理屈を考えておきなさい』

 

「それはなんというか、無茶ぶりな気もするけど……。ボクだってスズ君にそんな不発弾を抱えさせたくはないから何とか考えてみるよ」

『恩に着るわ。術式の調整に集中したいから、明日は顔を出せないわ。また明後日会いましょう』

「緊急事態でなければ、君の方からまた会いましょうと言ってくれたのは大満足なんだけど。健闘を祈ってるぜ、スクハ君」

『貴女もね』

 その言葉を聞くとスクハはまたベッドにうつ伏せになったので、その上に更新の時と同じようにヘスティアは跨る。

 

 スクハが術式を完成させた時、スズがそれを疑問に思った時、どう説明したものか悩みどころではあるが、複雑な術式とやらを二日で作らなければいけないスクハに比べれば楽な仕事なのだから、可愛い眷族達の為にも頑張らなければならない。

 

 

「えっと、神様、更新の方は……」

「もう写し終えてるよ。この調子なら力と敏捷もすぐにDになるんじゃないかな。でも、【経験値(エクセリア)】稼ぎで無茶な戦い方するのは感心できないな、スズ君」

 スズの上からどいてあげて、【ステイタス】を写した紙をスズに渡してあげる。

 

 ヘスティアはスズにスクハのことを話しても大丈夫だと思っているのだが、スズの一部であるスクハ自身が『悪夢』を刺激するとそれを拒否しているので、二人の為にも何事もなかったように振る舞うしかないだろう。

 

 高等な術式にスズが疑問を抱くだけで、スクハは不安を感じているのだ。

 ヘスティアが思っている以上に繊細な問題なのだろう。

 

「【経験値(エクセリア)】稼ぎを重視した戦い方はしてしまいましたけど、無茶なことはしてませんよ。でも、今日初めて魔力暴発(イグニス・ファトゥス)させちゃって……複雑な術式はやっぱり難しいですね」

「おいおい、大丈夫かい? 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)は本当に危ないんだから気を付けておくれよ?」

「ベルにもすごく心配されちゃいましたし、なるべく魔力暴発させないように頑張りますね。色々試しながら改良していかないと…」

 

 この様子からスズは魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こしてしまっても、その術式を諦めず完成させようとしている。

 スクハが被害を最小限に抑えてくれたおかげで、そこまで危険なものとは思っていないのか。

 それとも危険だとわかっていながら完成させたいのか。

 どちらにしろ、スズがまだ危険な術式に手を出そうとしているのは明白だ。こうなることがわかっていて、スクハはヘスティアにそのことを伝えて慌てて術式を完成させようとしているのだろう。

 

「スズ君、急いで強くなる必要はないんだぜ。ボクもベル君も、強い冒険者を求めているんじゃなくて、スズ君と一緒にいたいだけなんだ。それはわかってくれている

ね?」

「大丈夫ですよ、神様。わかっていますから。ただ、自分にできることと、やりたいこと、出来そうなことをやりたいなって、そう思ってるだけですから」

「わかっているならいいんだ。それにしても初めて魔力暴発(イグニス・ファトゥス)させるなんて、一体どんな【魔法】を創ろうとしているんだい?」

「えっと、アイズさんが使っていた【付着魔法(エンチャント)】を真似てみたんですけど、なかなか上手くいかなくて―――――」

 

 

 またヴァレンなにがしのせいか。

 そう、ヘスティアは思わず大きな溜め息をついてしまう。

 

 




ようやく二巻に突入しました。
『神の恩恵』がなかった『古代』ではエルフなどの魔法種族は自分で詠唱文を作り、失敗しては魔力暴発《イグニス・ファトゥス》を起こすことが多かったそうです。
今回は、大本は短詠唱なものの、いきなり難しい術式に挑戦してしまたせいでスズも失敗してしまいました。

アイズさんが元から持っていたであろう風、【エアリエル】による能力強化は中々のチート性能ですよね。

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