スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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夢を見るお話。


Epilogue『夢の見方』

 寝不足によるダウンから目を覚ましたヘスティアは、久々に三人で食べるスズの作った夕食は格別だなと思った。

 

 シルバーバックに襲われた時は、完全に無力なヘスティアが狙われ続けたことで【英雄願望(アルゴノゥト)】を蓄力(チャージ)する暇もなく、一時はどうなるかと思った。

 

 しかし、ベルの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)による急成長と、ベルと共に成長する生きたナイフ、『神の(ヘスティア)ナイフ』の相性は素晴らしく、ベルの溜まりに溜まった【経験値(エクセリア)】を更新すると、あっという間にシルバーバックを倒してしまったのだ。

 

 その喜びを分かち合った後、ヘスティアは三十時間にも渡る土下座やヘファイストスの手伝いによる疲れもあり、すぐに気を失うように眠ってしまった。

 おかげで、スズと一緒に三人でお祭りを回ることが出来ず残念で申し訳なく思ってしまうが、それでもベルにお姫様抱っこされ守られるあの感覚を思い出し「うへへ」とヘスティアは思わずよだれを垂らしそうになる。

 

 

『私の背中によだれを垂らしでもしたら、さすがに私は貴女のこと嫌いになってしまう自信があるわ。後、のろけ話はいい加減やめてもらえないかしら』

「だってベル君はボクからのプレゼントを泣いて喜んでくれたんだぜ。これでヴァレンなにがしのことなんて気にせず、ボクとベル君は相思相愛さ!」

『貴女だってプレゼントされて泣いていたでしょう。ベルの『剣姫』への想いは変わっていないと思うのだけど』

「またまたー」

『シルバーバック戦の【ステイタス】はまだ更新していないのでしょう? 更新をしてみて絶望すればいいと思うわよ。きっとまた羨ましいくらいに【基本アビリティ】が伸びていると思うのだけれど。浅はかな夢は捨てて、素直に二号を目指しなさい』

 スバリと言われてしまいヘスティアはぐうの音も出なかった。

 

 それを確認するのが怖くて、更新したばかりだからという理由にベルの更新を行わずにスズの更新をいきなり始めたことを完全に見抜かれている。

 

『図星ね』

「でも二号って言うな! ボクはベル君の一番がいいんだよ!」

『『スズ・クラネル』のことも見てあげなさいよ』

「もちろんスズ君やスクハ君にとっても一番になりたいんだよ! ボクはスクハ君のことも大好きだし、心配してるんだぜ?」

『………私にその()はないわ。処女神だからって、溜まった欲求を満たすために、女の子にまで手を出さないでもらえないかしら。はしたない』

 

 ボフっと枕に顔を埋めながら言っているので、性的対象としての好きではなく家族として大好きだと言われたことをしっかり理解してくれているのだろう。

 本当に背伸びをしているだけの恥ずかしがり屋な子だな、とヘスティアは頬を緩ませた。

 

『……『スズ・クラネル』にも後でプレゼント買ってあげなさい。安物のアクセサリーでもなんでもいいから。ベルだけにプレゼントなんて、あの子が不安がり……は、残念ながらしないわね。貴女がベルのこと好きだと思って遠慮してるみたいだし』

「ふっふっふ、ボクを甘く見てもらっちゃ困るなスクハ君! ミアハのところの子に財布をあげたみたいだから、スズ君の為に出店で見つけた可愛い財布を買ってあげているんだ! ただの巾着袋のままなのは可愛いスズ君には似合わないからねっ!」

『そう。貴女にしては良い心掛けね。感心したわ』

「スクハ君には同じく出店で買った鈴をプレゼントだ! スズ君にプレゼントする財布に付けておくから、ベル君からのプレゼントと一緒にチリンチリン遠慮なく鳴らしておくれよ」

 

 ヘスティアは温かい笑顔でスクハにそう言った。

 痛恨の一撃をもろに食らってしまったスクハは、ボフボフボフと何度も何度も頭突きをするかのように枕に顔を埋めて悶え始める。

 

『……見られてた……死にたい……』

「そりゃあ、何度も夜な夜な外で一人酒してたら気にもなるさ。スクハ君も嬉しそうに笑うんだって知れてボクはとても嬉しいよ」

『さすがにそれ以上言ったら二度と口聞かないわよ。後、絶対にベルには秘密にしなさい。後は忘れて、お願いだから……』

 

 力尽きたように動かなくなるスクハを見て、さすがにやりすぎたかと申し訳なく思ってしまう。

 

「ごめんよスクハ君。でも、嬉しかったのは本当だから覚えておいておくれ」

『……そこだけは一応覚えておいてあげるわ。余計なお世話だけど……』

 相変わらず言葉は素直になってくれないスクハに苦笑しながら本格的に【ステイタス】の更新を行う。

 

 

 

力:i 95⇒h120  耐久:h 180⇒g234 器用:h151⇒g205

敏捷:i 81⇒h101 魔力:g249⇒e468

 

 

 

「今度は何をしたんだい!? というかボクがいない間にナニをしたんだい!?」

『私には構わないけど、『スズ・クラネル』をそういう下品な目で見るのやめてくれないかしら。貴女がいなくて寂しさに震える『スズ・クラネル』をベルが必死に自制心を保ちながら、添い寝をしてあげていただけよ。私が見た限りだと『スズ・クラネル』にやましい気持ちはないから安心なさい。むしろなさ過ぎて無防備だから心配なのだけれど』

 

「そ、そうか。じゃあ今日からやっぱり四人で……」

『却下。ベルが眠れなくなるわ。それと私をカウントしないでって言ったでしょう』

 また思い出してしまったのかしばらく枕に顔を埋めてしまうのをヘスティアは見守ってあげた。

 

 1分ほど待ってあげるとようやく落ち着きを取り戻して、スクハが大きくため息をついた後に話を続けてくれる。

 

『後そうね……貴女が帰って来てくれたことや、『剣姫』達に世話になったことが嬉しかったのではないのかしら。念願の銭湯も見つけられたし、貴女がいない間に沢山の幸せを『スズ・クラネル』は受け入れてくれたみたいだけど。ねえ、ヘスティア。今どんな気持ち? 一生懸命幸せにしてあげたかった子が、自分がいない間に、今までにないくらい幸せを感じて目に見えて数字が伸びたのはどんな気持ち? 参考までに教えてもらえないかしら。留守中にNTRされた気分をぜひとも本人から聞きたいのだけれど』

 

 先ほどのお返しとばかりに神ばりのウザさで不敵に微笑んでくる。

 きっと悶えながらも、からかい返せる言葉を考えていたのだろう。

 

「だからスクハ君はどこからそういう言葉を仕入れてくるんだ。あれか、神達が吹き込んでいるのか!? 無知なのをいいことにスズ君の前であんなことやこんなことを言って満足してるっていうのか!? あの変態どもめ!! スズ君はボクの眷族なんだぞ!!」

『想像にお任せするわ。後はそうね……トロールに襲われて、その後すぐ第一級冒険者が苦戦するような魔物に襲われたくらいかしら』

「だから君はどうしてそんな危険なことに巻き込まれるんだい!?」

『私が聞きたいくらいよ。とっさに【限界解除(リミット・オフ)】の出力を上げて入れ替わったおかげで何とか生きてるけど、危なく左腕がもげるところだったわ。おかげで【基本アビリティ】の伸びはすさまじいものがあるけれど、『スズ・クラネル』の無鉄砲さは私ではどうにもならないわ。意志に背く行動だと主導権を奪えないのはやはり辛いわね。何とかならないものかしら』

 

 スクハは大きくため息をついた。

 何とかしたくても出来ない歯がゆさはヘスティアと同じなのだろう。

 お互い相変わらず苦労をしているようだ。

 

「それで新しい【創作魔法】は……二つか。よくもまあこの短期間で増やせるものだね」

 

 

 

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ。』

・第二の唄ソルガ『雷よ。敵を貫け。』

・第三の唄ミョルニル・ソルガ『雷よ。粉砕せよ。』

・第四の唄アスピダ・ソルガ『雷よ。邪気を払う盾となれ。』

・第五の唄カルディア・フィリ・ソルガ:『雷よ。想いを届け給え。』

 

 

 

『ええ。『スズ・クラネル』は本当に優秀だもの。私も手伝っているのだし、短詠唱なら役に立つかは別として、一応量産が出来るのでないのかしら。ただ、もう一つ私のお手製があるのに気づいてくれると嬉しいのだけれど』

「……またやらかしたのかい、スクハ君。流石に呆れてもう叫ぶ気力もわかないよ」

『仕方ないじゃない。こうも異常事態(イレギュラー)に遭遇したら命がいくつあっても足りないわ。だから一発逆転に【英雄願望(アルゴノゥト)】を真似たのだけれど、気に入らなかったかしら?』

 

 ヘスティアはどれどれと、増えている2スロット目の【魔法】に目を通す。

 

 

 

【ミョルニル・チャリオット】

・広域収縮魔砲。

・雷属性。

・高速詠唱不可。

・『雷よ。天空を貫く雷よ。偉大なる戦神の運び手よ。我の声に応え給え。雷よ。天空に轟く雷よ。偉大なる雷神の運び手よ。我の唄に応え給え。我はレスクヴァ。我は偉大なる戦神の従者なり。我は偉大なる雷神の従者なり。稲妻のごとく天空を駆け抜ける戦車よ。我が戦鎚となりて障害を粉砕せよ。第六の唄。貫け疾風迅雷。』

 

 

 

「気に入るも何も、名前は何とかならないのかい!? トールの関係者ですよというか、トールの従者ですよっていうこの詠唱文も何とかならなかったのかい!? ヘスティアの従者じゃダメだったのかい!? ボクの名前も入れておくれよ!! そもそも『魔法』の『砲』がおかしいだろ!? 何だよ広域収縮魔砲って!! 君は魔砲少女でも目指しているのかい!?」

『家庭の炉を燈す程度の火力に用はないから諦めなさい。でも、そうね。なんだかその魔砲少女というフレーズは気に入ったわ。このままルビでも振っていただけないかしら?』

「……他の神々が喜びそうな名前を君は名乗りたいのかい?」

『ごめんなさい。やはり今の言葉は取り消させてもらうわ。もしもベルや『スズ・クラネル』がランクアップした時は無難な名前を勝ち取りなさいよね。【天使(テ・シオ)】なんてつけられた日には、恥ずかしくて表に出られないわ』

「本当に神に近い感性の持ち主だね、君は。やっぱり神が乗り移ってるんじゃないかと心配になってくるよ」

 

『これらの知識はお母様のものだから安心しなさい。私はもう『スズ』という存在の欠片でしかないけれど、一応は人間……いえ、もう人間ではないわね。記憶の一部でしかない私が人間と名乗るのはおかしな話だったわ。私は『スズ・クラネル』の中に潜むトラウマという爆弾を抱えた寄生虫よ。ただの害虫にすぎないの。だから私なんかに構うよりも『スズ・クラネル』に愛情を――――――』

 

 更新も終わったので、ヘスティアは無理やりスクハの体を起こし、正面から強く抱きしめてあげた。

 

『な、な、なっ』

「言っただろう。君はボクにとっては三人目の眷族だ。スズ君もスクハ君もどちらもボクの大事な家族だ。自分のことを害虫なんて言わないでおくれ」

 

『……これだからお人好しは……嫌いなのよ。人の事情も考えずに優しさを押し付ける。私は消えなければいけない存在なのよ。そんなことをしたって貴女が辛くなるだけだと思うのだけれど』

 

「君が自分勝手な人格だったら、きっと君を消すのに躍起になっていたさ。でも、スクハ君はスズ君のことをしっかりと考えてくれている。こうやってボクのことも心配してくれている。君は君のまま、スズ君と一緒に幸せに満たされたっていいんだ。スクハ君が消えなくても、きっと幸せな日々が君達の心を満たして、辛かった出来事以上に幸せになってくれるって信じてる。ボクとベル君が君達を幸せにしてあげる。だから、自分のことをそんなに責めないでおくれよ」

 残ってもいい、自分を責めなくてもいい、そんな優しいヘスティアの言葉に、スクハの腕が少し動くが、ヘスティアを抱き返すことはなく、すぐに腕から力を抜いてしまう。

 

 受け入れてくれなかったが、嫌がってはいなかった。

 多分、スクハはどうしても自分自身のことを許せないのだろう。

 スクハがスズのトラウマを一人で抱え込んでくれているのに、スズにとってそのトラウマは害でしかないから、トラウマごと消え去りたいと思っているに違いない。

 

 スズの一部だけあって、どこまでも優しく、それでいて自分以外の人を優先して、自分を蔑ろにする。本当にどこまでも不器用な子だ。

 

『寝るわ。【ミョルニル・チャリオット】はスズには伏せておいて。いざという時は私が使うから。入れ替わるから横にならせて』

 スクハがヘスティアの腕から抜け出し、またベッドでうつ伏せになる。

『本当に貴方たちはお人好しね。ベルにももっと簡単に同じことを言われたし、期待はしてないけど、気持ちだけは受け取っておくわ。ありがとう』

 それでもしっかりお礼を言ってくれた。

 

 ほんの少しずつだけど、このままスクハが自分のことを許して、いつか心の底から笑い、差し伸べた手を取ってくれる日が来ると信じたい。

 

「ああ。それじゃまた、スクハ君」

『……ええ、また明日。愚痴を聞かないで済む日が来ることを祈っているわ』

 そうしてスクハは眠りにつき、スズが目を覚ます。

 

 

「えっと、どうでしたか。今回の【ステイタス】。かなり無理をしてしまったので、その、上がっちゃってると思うんですけど」

「ベル君ほどではないけど、かなり伸びているね。多分他の冒険者と比べ物にならないくらい伸びているんじゃないかな。でも、無理したのは感心できないよ、スズ君。一体どんな無茶をしたらこんなに【基本アビリティ】が伸びるんだい?」

「ご、ごめんなさい。トロールと少しだけ……後はよくわからない、嫌な感じがした植物系の魔物ですね。で、でも側にアイズさん達がいましたし、全然平気でした! また助けてもらっちゃって、その、少しだけお手伝いできたのは嬉しかったんですけど…。私は大丈夫ですから安心して下さい神様」

 

 スクハは危うく腕がもげるところだったと言っていたが、スズはヘスティアを心配させないためにそのことは伏せて、大丈夫だと笑顔を作ってみせていた。

 治療してもらったのか、左腕に傷跡は一切見当たらない。

 

「ケガしないように気を付けておくれよ。はい、これが今回の更新結果だぜ」

 スクハに言われた通り【ミョルニル・チャリオット】と、ベルにも見せてもいいように【スキル】項目を取り除いた更新結果を渡す。

「あ、これならアレが出来るかも……」

「ん、防御が上がったからまた近接に戻るのかい?」

「それもありますけど、この魔力量なら術式の幅も広げられそうな気がして。また色々実験してみますね。ベル! 更新終わったよ!! 8階層からはまだなんとも言えないけど、すごく伸びたから5階層から7階層は予定通り二人で前に出ても大丈夫そうかもっ!!」

 スズは【基本アビリティ】が伸びたのがよほど嬉しかったのだろう。いや、自分が幸せを感じていることが数字で実感できてさらに嬉しくなったのだろう。

 

 ベルの名前を大きな声で呼びながら、【ステイタス】を書き写した紙を抱きしめ、スズはパタパタとドアの方に早足で向かって行った。

 またスズが無茶なことをしてしまうかもしれないが、ベルとスクハが付いていれば大丈夫だろう。

 ヘスティアは嬉しそうに自分の【ステイタス】を語るスズと、今は眠っているスクハのことを温かく見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                §鈴の音色が聞こえない§

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 夢を見ていた。

 いつもの『悪夢』ではなく、『悪夢』が始まる前の、ただの夢。

 その日私は一人で森へ遊びに出かけていた。

 

 

 

 ――――――――それ以上進まないで。その声は当然過去の自分に届いてくれない。

 

 

 

 夕食の品目に新鮮なお肉を並べたら喜んでくれるかなと、猪などの倒しやすい獣を探している。

 探しても探しても獲物は見当たらないけど、苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

 なんだろうなと幼い私は息遣いが聞こえるやぶの中に入っていく。

 

 

 

 ――――――――見つけないで。その声は当然過去の自分に届いてくれない。

 

 

 

 大きな狼がケガをしていた。

 見たことのない狼で、おそらく、どこか遠い地から魔物に追い立てられてやって来たのだろう。

 私の里では狼を食べる習慣なんてない。食べるものでなく、襲うものでなければ、助けてあげないとダメかなと単純に私は思ってしまった。

 初めは私のことを警戒していた狼だけど、私は「怖くないよ」と言ってあげると大人しくなってくれたから、非常用に持ってきている森の薬草を煎じて調合した薬と包帯で狼を手当てしてあげる。

 

 すると狼はお礼をしたいのか、それともただ私に懐いてしまっただけなのか、鼻先を私の頬にこすりつけてくれて、ぺろぺろと私の顔を舐めてくれた。

 少しくすぐったいけど、狼が「ありがとう」と言ってくれているみたいで、こんなに早くに懐いてくれたのがすごく嬉しい。

 

 だから調子に乗って、バスケットの中入っているおやつとして持ってきたパイを包みから取り出して狼と半分こした。

 また狼が鼻先を私の体になすりつける。 

 それが嬉しくて、私は狼のケガをしていない頭を優しく撫でてあげた。

 そんな幸せな思い出の一ページ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――なんで私達は出会ってしまったのだろう。私の疑問は誰にも届かなかった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リン、と不意に暗闇の中で波紋が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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            §鈴の音色が聞こえた気がして少し安心した§

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 リンリンと、髪止めと財布の鈴を優しく撫でながら鳴らした。

 

 祭壇に腰を掛け、ミードのビンとコップを置き、右手で髪止めの鈴を鳴らし、左手の人差し指で祭壇に置い財布の鈴を鳴らす姿は、他人の目からはさぞ滑稽に見えることだろうと、私は思わず苦笑してしまう。

 

 お人好しなベルとヘスティアと出会ったおかげで『スズ・クラネル』は、少し依存気味になってしまっているものの幸せな生活を送ってくれている。

 『悪夢』もきっかけがなければあまり見ないが、油断するとすぐに『悪夢』が私から逆流しそうになるのはやめてもらいたい。

 

 やはり自分は消えるべきなのではないかと思ってしまうが、自我と共にトラウマまで消えてくれる保証はないし、今の『スズ・クラネル』は私や『悪夢』なんてなくても、きっと大切な人のために頑張りすぎてしまうだろう。あれは、『私』は元々そういう子だった。

 

 ただ心を壊してしまい度が過ぎているだけで、昔から自分よりも他人を優先して、それでいて何でもないことに幸せを感じていた気がするが、今の『私』は何がそんなに幸せだったのかを思い出すことも出来なければ、どう感じていたかもはっきりと思い出せない。

 

 ただ記憶があるだけ。

 当時の感情は『私』にはもう残っていない。

 それなのに、私を人間らしくし、一人の人間として扱うヘスティアとベルは本当にお人好しで、おせっかいだと思った。

 

 

 きっと今、嬉しいと思っているのだろう。

 自分でも少し頬が緩んでいることを自覚できた。

 

 

 本当に、ずいぶんと人間らしく振る舞えるようになったと思う反面、感情なんて『私』には必要なかったと思ってしまうことがある。

 

 

 リンリン、リンリンとまた鈴を鳴らす。

 

 

 不意に、『スズ・クラネル』がリューというエルフの女性に言った言葉を思い出す。

 確か、穢れていたとしても、その優しさはとても綺麗だと思う、だったか。

 あれは、こうして『スズ・クラネル』に巣食う私にも当てはめられるだろうか。

 

 

 リンと鈴の音が止まる。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――私が幸せになっていいわけがない――――――――――――――

 

 

 

 

 

 あまり考えると私自身が『悪夢』に成りかねないので、一度そこで思考をリセットする。

 ベルとヘスティアのおかげで、まだ『私』を保つことができる。『私』は『私』のまま『スズ・クラネル』を守ってあげられる。

 

 余計な感情がついて迷いが生まれてしまったものの、今の『私』がやることは『スズ・クラネル』を幸せにすることだ。

 ただそれだけでいい。

 

 

 

 リンリン、と鈴の音を鳴らす。

 

 

 

 鈴の音色は『私』を癒してくれる。

 そんな錯覚を信じて、私はただ鈴を優しく撫で続けた。

 

 




格上のトロールと食人花に挑んで生き残ったことで、ずいぶんと【基本アビリティ】が伸びました。
エイナさんが、冒険者になるまえから戦いの心得を持つものならまだ説得力があったのだが、とベル君から【基本アビリティ】を知らされた時に思っていたので、格上相手に【基本アビリティ】が伸びる行為をすれば【経験値(エクセリア)】も大量に稼げるのかなと思い、無茶な格上相手への戦闘行為をしたらそれなりに伸びるようにしてみました。

次回から二巻に突入します。

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