スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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お風呂に入る話。


【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
また光ります。

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Chapter09『お風呂の入り方』

 いつも通り夕暮れ時にバベルから出て商店街でスズと一緒に買い物をする。

 正午にダンジョンに入った為、今日の稼ぎは4800ヴァリスといつもよりも少ないが十分すぎる額だ。

 今日含めた数日間ヘスティアは帰って来ないので買い物の量もいつもより少ない。

 

「そういえば肉屋さん。温泉……銭湯ってオラリオにはないんですか?」

「あらスズちゃん知らなかったの? この商店街や南のメインストリートの高級施設なんかには温泉施設あるわよ。シャワーを浴びる人がほとんどだし、【ファミリア】の方なんかはホームにお風呂をもっているから、商店街のは本当に狭い銭湯だけど」

 買い物中の何気ない会話でスズの動きが停止した。

 なぜだか涙目でベルのことを見つめている。

 

「ベル。もっと早く聞いておけばよかったよ……。半月お風呂我慢してたのに……。そうだよね、オラリオも色々な文化が混ざってるもんね。色々な神様がいるもんね。お風呂くらいあるの当然だよね……」

「す、スズ! あったんなら良かったじゃないか! ほら、今日から入れるよ!」

「うん……。距離や値段にもよるけど、商店街ならまだ近いし通えるかな。場所はすぐ近くですか?」

「そうだね。この通りを真っ直ぐ行けばすぐつくと思うよ。湯に浸かるだけで40ヴァリスもとられちゃうし、洗面用具の貸し出しなんて110ヴァリスもぼったくられるからね。行くのならタオルや石鹸は持っていった方がいいよ」

「近かったよ……。普通の値段だしすごく近かったよベル……」

 珍しく小さなことでスズがすごくへこんでしまっていて、肉屋のおばさんは申し訳なさそうに「教えてなくてごめんね」と謝った。

 

 ベルもジャガ丸くんだけで昼は満足してしまい、そのままスズが楽しみにしていたはずの商店街探索をおろそかにしてしまっていたので申し訳なく思った。

 それに、エイナに気分転換も大事と言われていたのに、貧乏とはいえ、朝から昼までダンジョン。

 昼はヘスティアと三人でジャガ丸くんの店でマスコット。

 それが終わるとエイナの講義。

 昼から夕方はまたダンジョン。

 帰りに顔なじみの商店街の店で買い物。

 エイナの講義がエイナの都合で変わったり、課題が多くて朝から昼までになったり、そういう時は早朝から朝までがダンジョンだったりと、多少のずれはあるものの、ほぼこのサイクルを毎日続けている。

 

 エイナに気分転換は必要と言われていたし、スズが無理して熱を出したこともあったのに気づけばダンジョン尽くしだ。

 丸一日スズに付き合って買い物や街の探索に付き合ってあげればよかったと、ベルもものすごく申し訳なく感じてしまう。

 

「晩ご飯の後に一緒に行こうね」

「僕も興味あるし全然それで大丈夫だよ! だから元気出して!」

「……そんなに私落ち込んでた?」

「いや、うん、すごく落ち込んでるように見えたんだけど…」

「心配掛けてごめんね。里では毎日入ってたから……露天風呂あるといいな」

 そこから機嫌を取り戻したのか、帰り道はいつも通りだった。

 晩御飯を作る時も鼻歌交じりで、チリンチリンとリズムを合わせて首を横に傾けていることからも、よほどお風呂に入るのが嬉しかったことが窺える。

 

 食事をしていざ銭湯に行く準備をし、商店街にある銭湯に行く途中もすごくご機嫌そうにベルとつないだ手を大きく揺らしていた。

 

 

「スズはお風呂が好きなの?」

「里では毎日温泉に入ってたから。天然の露天風呂で見上げる空は大好きだったんだ。青い空も夕焼けも星空も。何よりも友達と一緒だったからね、ついついはしゃいでのぼせちゃって、お母様にすごく笑われちゃったこともあったな」

「心配されたんじゃなくて?」

「心配もしてくれたよ? だけどのぼせるくらい好きに遊んでいいんだよって。沢山迷惑掛けてもいいんだよって、最後は優しく笑ってくれたのがすごく嬉しかったな」

 スズが星空を見上げるのにつられて、ベルも星空を見上げる。

 

 星の海がとても綺麗だった。

 幼い頃祖父に連れられて星空を見に行ったこともあるけど、「ハーレムはいいぞハーレムは。ぶっちゃけワシは星の数だけ女の子とむははなことをしてみたい。それができてこそ真の英雄というものよ。英雄の道とは実に険しい。いいかベル。出会いを求めろ。男だったらハーレムだ! さあ今日もワシに続け!」と祖父と楽しく話した思い出がとても遠くに感じた。

 

 それでも今もとても満たされた幸せな日々を送れている。

 これも祖父の言われた通り出会いを求めてオラリオに来たおかげである。

 

「ベルはおじいさんとどんな暮らしをしていたの?」

「畑仕事をしたりおじいちゃんに英雄譚を話してもらったりかな。小さい頃は童話やおとぎ話の絵本を読んでもらうのが大好きで」

 

「『ガラードの冒険』や『十二の月の森』『ルスニの不思議な旅』なんかも読んでたのかな?」

「聖杯を求めるガラードの冒険は知ってるけど、後の二つはちょっと知らないかな。どんなお話なの?」

「童話でね、邪険に扱われている孤児の娘が春に芽を出すマツユキ草を真冬にとって来いって雪降る森に追い出されちゃうんだけど、季節を司る12の精霊さん達のお祭りに偶然出会って、そこで良くしてもらうお話なんだ。不思議な旅は、わんぱくな少年ルスニが妖精さんに悪戯をしたせいで魔法で小さくされて、元の体に戻る旅の中で沢山の出会いをして、優しさや命の大切さを学んでいくお話なんだ」

 どちらも全くベルが知らない話だ。

 

 ベルは英雄譚以外はさっぱりなことを正直に話して謝ると、スズはベルに合わせてメジャーからマイナーまで様々な英雄譚の話題を振ってくれる。

 

 どれれもこれもベルが知っているもので、盛大に盛り上がりながら銭湯を目指して雑談を続ける。

 女の子とこうして英雄譚を語り合えるなんて思いもしなかった。

 スズの他にも英雄譚が好きな女性はいるだろうか。

 アイズは英雄譚は好きだろうか。

 好きだったらスズと三人でいつか語り合いたいなと思ったところで、今はスズと話をしてるのに失礼だろうとしっかりとスズと向き直した。

 

「童話も詳しかったらちょっと嬉しかったけど、久々に英雄譚の話題で盛り上がった気がするよ」

「童話にも詳しい人が【ファミリア】に入ってくれれば、もっと盛り上がりそうだよね。いないかな、英雄譚や童話が好きな人」

「うん。私は童話も大好きだから、そういう人が入ってきてくれたら嬉しいな」

 スズもベルの意見に同意して笑顔を見せてくれる。

 

 なのに、一瞬だけその表情が消えて、今度は寂しそうな顔で星空を見上げる。

 

 

 

 

『……『雪の娘』も好きだけど…ちょっと切ないわね。とても優しい子なのに、結末を変えても結局春を越すことはできないのだから――――』

 

 

 

 

 弱々しい声で、とても寂しそうに、意識的なのか無意識になのかはわからないが、スクハがそう一言付け足した。

 

 

「あ、銭湯見えて来たッ!」

 すぐにスズに戻って、肉屋のおばさんから教えてもらった銭湯を見つけて嬉しそうに指をさす。 

 スクハも話に参加したかったのだろうか。

 一瞬そう思ったものの、どこか様子がおかしくて弱り切っているように見えたので、ベルはスクハのことが心配になってくる。

 でもスクハとの約束でスズにはスクハのことを秘密にしていないといけないので、スクハが表に出ていない時聞く訳にはいかない。

 

「ベル、どうしたの?」

「なんでもないよ。それじゃあ入ろうか」

 

 銭湯の門をくぐると、入口サイドに小さなソファーが置かれており、正面にはこじんまりとしたカウンター……番台と、右側には『男』左側には『女』と書かれた暖簾が垂れ下がっている。

 階段やドアもあるが『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛けられていた。

 

「露店の猫か。珍しいな」

 こじんまりしている番台に座る黒髪の青年が、読んでいた本から目を離して不愛想な顔で挨拶をしてくる。

 極東出身に見えるその青年にベルは見覚えがあった。

 というよりも、毎日ジャガ丸くんの露店に昼頃になると現れる常連さんで、癖は強いが美女美男が揃う神々の中で唯一ぱっとしない見た目をした神様だ。

 

 何でも【ツクモガミ・ファミリア】の主神らしいのだが、本人も他の人も彼のことを『タワシ』と呼び、【タワシ・ファミリア】とネタにされているらしい。

 でもその歴史は長く、オラリオで活動している最長の弱小【ファミリア】だと商店街で小耳にはさんだことがはある。

 

 ジャガ丸くんを買いに来る時もさっとやってきてはスズやヘスティアを撫でたりはせず、話しかけて来たスズと数言だけ言葉を交わしては帰るの繰り返し。

 本当にただジャガ丸くんを買いにくるだけの珍しい男神なのだ。

 露天のおばさんが言うには店を始めた時からの常連さんらしいく、ジャガ丸くんと焦げる油の香りにつられてやってきたらしい。

 

 口数の少なさからベルとスズはタワシが何をやっているか一切しらなかったが、まさか銭湯をやっている神だとは思いもしなかった。

 

「こんばんはタワシ様。私、銭湯があるの知らなかったんですけど……」

「そうか。それは悪いことをした。種族問わず12歳以下は20ヴァリス、それ以上は40ヴァリスだ。タオル等の貸し出しは追加料金が発生する。男は滅多に来ない。12歳以下は保護者同伴が出来るようどちらの湯にも入浴可能だ。兄妹水入らずで入るのも構わん」

 しれっと一緒に風呂に入っても問題ないという不愛想なタワシにベルは顔を真っ赤にして吹き出し、スズも吹き出しはしなかったものの顔を真っ赤にさせてしまう。

 

「えっと、さすがに恥ずかしいので、それはちょっと……」

「ふむ。桶とタオルを持参しているから貸し出しは不要だな。お代は60ヴァリスだ。時間の制限はないが、営業終了時間は11時。まだ7時だが、長居するなら気を付けろ」

 スズが60ヴァリスを手渡すとそれを棚に仕舞い、またタワシは読んでいた本に目を移す。

 いつもこのようにスズのことを気に掛けているのか興味のないのかわからない神だが、スズが懐いているのできっと良い人なのだろう。

 

「それじゃあまた後でねベル」

「うん、また後で」

 

 スズと別れて男女別の入口をくぐると脱衣所なのか大量の棚と服を入れる為のカゴがある。

 鍵のついたロッカーなどはなく、他には洗面所と体重計。それと10ヴァリスで動く魔石乾燥機があるだけだ。

 正面の熱気の感じる引き戸の先におそらく湯船があるのだろうと、どういう施設かをすぐに理解したベルだが、突然何か音が聞こえてきたことに気が付いた。

 

 

 

 ――――――――――スル、スルスル。

 

 

 

 なんだろう、とベルは冒険者として鍛えられた五感でその音が何なのか意識を集中させる。

 

 布がこすれるような音。

 擦り落ちるような音だろうか。

 いや、衣服を脱ぐ音だ。

 チリンチリンと鈴の音が鳴る音もはっきりと聞こえてくる。

 

 入口から見てすぐ左側、女性の脱衣室の方向から音が丸聞こえだった。

 この壁薄すぎだろうとベルは驚愕する。

 この音を聞き続けて意識を向けるのは精神衛生上よろしくない。

 

 ベルは顔を真っ赤にさせながらも慌てて衣服を脱いで籠の中に放り込み、引き戸を開けて飛び込んだ。

 狭い個室にいつも使っているようなシャワーと、ベルには馴染みない木製の風呂椅子が左右に並んでいるだけで、湯船はまだ見当たらず奥には今度は普通のドアがある。

 隅の方にお湯ではなく水が張ってある囲いがあってなんだろうと手を浸けてみると水は思った以上に冷たかった。

 おそらく湯でのぼせてしまった時に掛ける水だろうとベルは解釈しておく。

 

 一通り見た後、ベルはいつも通りに体を洗っているが、さすがに石造の壁とシャワーの音で隣のスズが体を洗う音は聞こえてこない。

 

 

「あ、ベル。私もう少し洗うのに時間掛かるからもうちょっとだけ待ってて! 多分お風呂も壁が薄いと思うから壁越しにお話ししながらゆったりできるよ!」

 

 そう思っていたのにシャワーをベルが止めた音に反応してスズの声が隣から響いてきた。コスト削減の為か、それとも狭い土地を最大限に利用したかったのかはわからないが、とにかく壁が薄すぎて健康男子であるベルにとって隣から聞こえてくる音は毒だ。意識してしまうとやっぱりシャワーの音やちゃぷちゃぷと体を洗う音が聞こえてきてしまう。

 

「いや、僕は」

「おしゃべりしながらお風呂入るのって楽しいんだよ?」

 一緒に入るのは恥ずかしがっていたので、音については全くの盲点なのだろう。

 それともベルがただ意識しすぎているだけなのだろうか。

 そうかもしれないと思い始めてきた。

 

 それでも意識しているからには精神的によろしくないのに、スズなら引き戸を引く音にもきっと反応して声を掛け直してくるだろう。

 既に体を洗い終わっているベルはこの場でやることがない。

 そのせいで意識が隣に行って音がさっきより大きく聞こえてきた気がした。

 

 冒険者の五感は鋭い。

 意識してしまえばしまうほど冒険者としてのスイッチが入り聴覚も鋭くなるのだ。

 ついでに男としてのスイッチも立勃ってしまうが、誰もいないし今回は発光してないのでセーフ。

 いや、妹に反応するのはアウトだろうとベルは慌てて冷水に飛び込んで頭と体を冷やす。

 

 

「ベル? 冷水浴だったら交互に入った方がいいよ? 交互に入ると血行が良くなるって『いーちゃん』言ってたよ。それに急に冷たいお水に入ったら、冒険者でもきっと心臓がビックリしちゃうから気を付けてね?」

 行動理由は全く悟られていないが、行動が音だけで把握されてしまっている。

 しかもなんだかすごく心配されていた。

 

「ごめんね待たせちゃって。それじゃあ湯船に向かおう。寒いでしょ? お湯に浸かればすぐに身も心も温まるから」

「う、うん……」

「ベル? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。それじゃあドアを開けるね」

 これ以上無駄な心配させないようにそう言って、ベルはドアを開けた。

 

 引戸の先は温泉ではなく壁も床も木製の板が張られた螺旋階段が続いている。

 中は湯気が立ち籠っており暑苦しく息苦しい。

 少し急ぎ足で階段を上がるとまたドアがあり、そこを開くと心地よい風が体を癒してくれた。

 二階建ての建物の屋上は周りの建物よりも少し高く、低い木の柵で囲まれており、石を積んで作られたような大きな湯船が広がっていた。

 

 空や遠くの街並みを見渡せるけど、よほど視力が高くなければ遠くからの覗きを許さない最低限の作り。

 自分の持っている狭い土地で入浴を全力で楽しんでもらおうとしている工夫が伺える。

 ただ、やはり風呂の間の仕切りは薄そうだし、天井がないので今まで以上に音はただ漏れ、柵の高さも3Mにも満たないので、向こうに気付かれさえしなければ柵をよじ登って覗き放題である。

 

 もっとも、この薄い木の板が人の重量に耐えきれるかまでは保証しかねるが。

 

 シャワーの時もそうだったが男性客の姿は一度も見ていない。

 男があまり来ないのでは覗き対策にあまり重点を置いていないのだろう。

 

「ベル。サウナの後は露天風呂だよ! 狭い敷地なのにすごいね!」

「あ、白猫ちゃんだ。こんばんは白猫ちゃん」

「お兄さんと一緒に来たの?」

「こんばんは冒険者さん。はい、肉屋のおば様から銭湯があるって聞きまして」

 一方女風呂の方は一応客が他にもいるようだ。

 おそらくジャガ丸くんの露店の客であろう女冒険者との会話が聞こえてくる。

 

「すごく見晴らしがいいですね。お湯の温度も私的にはちょうどいいし」

「カウンターで飲み物も買えるよ。10ヴァリスで。うちの【ファミリア】はお風呂をホームに作れるほど立派じゃないし、私達は冒険の後はここに立ち寄ってるんだ。他の連中も来ればいいのに」

「節約じゃない? でも、こんな薄い板なんて取っ払って混浴にしちゃえば男共も来て繁盛するってのにさ。ここの店主絶対商売向いてないって」

「異性の方と一緒なのはさすがに恥ずかしいので……このままの方が嬉しいです」

「これだから年がら年中盛っているアマゾネスはもぅ。白猫ちゃん困ってるでしょ?」

「えー、エルフの貴女は当然綺麗だし、白猫ちゃんだってお肌すべすべぷにぷにで綺麗だし。超可愛いし羨ましい妬ましい!」

「貴方だって十分美人じゃない。男共みんな貴女の胸汚らしい目で見てるわよ」

「あー、私自分より弱い男は無理だからパス! 女の子は自分より弱い子守ってあげたくなるけど、あいつ等たかが40匹にビビるんだもん。貴女の【魔法】からも慌てて逃げるし」

「普通そうよ。毎回降り注ぐ矢の中で踊って何が楽しいんだか」

 

 会話の内容から一緒に入っているのはエルフとアマゾネスだろう。

 それもどちらも美人でアマゾネスは大きい。

 ついつい意識してしまう。

 

 スズが会話を終わらせて話しかけてきてくれないとベルは落ち着いて入浴もできない。

 のぼせてもいないのに、すぐそこに女の人が入浴していることをはっきりと理解させられるだけでベルの顔はもう真っ赤になっていた。

 

「それにしてもやっぱり白猫ちゃん可愛いよね。髪もすごくさらさらだし、若さだけでなくどうしたらエルフや女神みたいに綺麗になるのかお姉さんに教えてよー」

「くすぐったいですっ。やめっ……ん……それに私そんなに可愛く、ないですよ。その、貧相ですし……」

「気にしてたんだ。可愛いね! 今のお姉さん的にポイント高いよ! 白猫ちゃん10歳だっけ。一応……ひいき目に見れば少しふくらみがあるし、これからだよこれから! 気になるんならお姉さんがもんで大きくして上げるぞー。あ、まだもむほどはないからマッサージしてあげるよ!」

「やっ……んぁッ……」

 なんだか薄い木の板の向こうがすごいことになってきた。

 

 スズを助けに行くべきだろうか。

 でもさすがに女風呂に突入する訳にはいかない。

 声だけでやめるように説得するべきだろうかベルは悩んだ。

 

 

 

 

 ――――――――――――女子と出会い、女子を守れ―――――――――――――

 

 

 

 

 祖父の言葉が電流のように不意に頭の中に駆け巡った。

 スズを守ってあげないとと思った。

 

 

 

 

 ―――――――――――覗きは男の浪漫じゃ―――――――――――

 

 

 

 当然のように【英雄願望(アルゴノゥト)】が発光し出したのでキャンセルする。

 

 もう慣れてしまったので突っ込む気力さえ起きない。

 別にその言葉に深い意味はないからと自分自身にツッコミを入れてしまうが、夜の露天風呂で竿に光粒を集める不審者として目撃されなかったのは本当によかった。

 こうまで暴発すると、この【スキル】バグっているのではないのかと心配になってくる。

 

「こらバカゾネス! 白猫ちゃんにセクハラしない!」

「いったぁっ!」

「ごめんね白猫ちゃん。この子バカだから。白猫ちゃんは気にせず、お兄さんとお話しにいっていいからね?」

「……うぅ……はぃ……それじゃあちょっと行ってきますね……」

「もう、白猫ちゃん泣く寸前だったじゃない。何をやっているのよ貴女は」

「あ、もしかして妬いちゃった?」

「どう解釈したらそうなるのバカゾネスッ!!」

 ズゴンとものすごい音と柵以上にお湯が跳ね上がるのを目撃して、ベルの中のお淑やかで健全なエルフのイメージが少し壊れかけたが、スズの為に怒ってくれているし、人の為なら暴力暴言を吐く心優しいエルフなんだろうなと苦笑しながらも納得しておく。

 

「……ごめんね、ベル。お待たせ」

「酷い目にあってたみたいだけど……その、大丈夫?」

「うぅ……言わないで。大丈夫だから言わないで。すごく恥ずかしい思いしちゃったよ……」

 さすがに胸をもまれる行為は同性からでもセクハラされていると自覚しているようだ。

 これでセクハラとして認識していなかったら心配で銭湯に連れていけなくなるところだった。

 

「でも、やっぱりお風呂はいいね。天然ものではないけど、ここから眺められる空や景色、すごく好きかも。魔石灯で照らされる街並みと星空が宝石みたいに綺麗で、大好きになったこの街を見ながらお風呂に入れて、こうやってベルともお話できるから」

「そうだね。いつもシャワーだったけど、思った以上に気持ちいいね。なんだか疲れが取れる感じがする」

「ベルも気に入ってくれてよかった。壁のせいで全体が見渡せないのが残念だけど、水着とか持ってないから……壁がなかったらやっぱり困るかな。一緒に入るのは()、じゃないんだけど……裸を見られるのはちょっと恥ずかしいから」

 

 顔は見えないが、はにかみながらも、とても嬉しそうに笑顔を作るスズの姿が想像出来て、ベルはまたドキっとしてしまうが、すぐにそれも収まり自然に、スズがこんなに喜んでいるのだから銭湯に一緒に来てよかった。とベルの口元は緩んだ。

 

「なになに。この壁を取っ払えばいいの? お姉さんにまかせな―――――」

「バカゾネス。それやったら絶交だから」

「え゛」

 

 また愉快なやり取りが始まり、いい具合に体も温まって来たのでベルとスズはここで上がることにした。

 

 




温泉はいいものですね。

 童話の元ネタ
ニルスの不思議な旅
十二の月の物語
雪娘

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