スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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勢いで書きすぎて区切るところが見当たらない(ガク
今回はスズの【レアスキル】についての解説するお話。


プロローグ02『レアスキル』

 『恩恵』の結果はごくごく普通で【スキル】も【魔法】もなくベルは少し気落ちしていた。

「焦ることはないさベル君! 有名な冒険者だってみんなスタートラインは同じ。君のこれからの成長期待してるぜベル君!」

「そうだよベル。それとおめでとう。これで念願の冒険者生活のはじまりだよ!」

「ありがとう神様! スズ! 神様の期待に応えられるように僕頑張ります!」

 それでも冒険者のスタートラインに立てたのがやはり嬉しいようでベルのテンションは高い。

 

 これからダンジョンか。ダンジョンにはどんな魔物がいるんだろと再び期待に胸を膨らませているベルの様子にヘスティアもスズも思わず頬が緩んでしまう。

「それじゃあ今度はスズ君の番だ! ベル君。スズ君だって女の子なんだから覗いたりしたらダメだぜ?」

「しませんって! 神様、外に出てるんで終わったら呼んで下さいね。スズもまた後で!」

「うん。また後でね、ベル。一人で先にダンジョンに行ったら嫌だよ?」

「スズを置いて行ったりしないって。それじゃあ神様。スズのことよろしくお願いします!」

 そんな仲慎ましい兄妹の姿を満喫したヘスティアはスズに『神の恩恵』を与える作業に移った。

 

 これからこんな素敵な二人と家族になれる。

 小さなスズが無理をしたりしないか不安はあるが、そこはしっかりと話し合って冒険に行くならベルに面倒を見てもらえば二人で支えあってどんな困難だって乗り越えて帰ってきてくれる。

 そんな二人を『おかえり』と出迎えてあげられる。

 冒険の話を聞いて笑いあい悩み事があったら相談を聞いてあげられる。

 ヘスティアにはそんな素晴らしい未来を思い描いていた。

 

 

 『神の恩恵』を与えたスズの【ステイタス】を見るまでは。

 

 

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 スズ LV.1 ヒューマン

力:i 0 耐久:i 0 器用:i 0

敏捷:i 0 魔力:i 0

 

 魔法

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ』

【】

【】

 

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 一生魔法が発現しないまま終わる冒険者がほとんどの中最初から魔法が発現しており魔法スロットが最大の三つ。

 そんな魔法使いとしての才能を持つスズの将来が楽しみでしかたなく、ここまでは項目表記がどこかおかしい【魔法】についても気づけずに頬を緩ませていた。

 だが【スキル】項目に目をやった途端一気にヘスティアの血の気が引いてしまった。

 

(なんだよこれ。こんなのってあんまりじゃないか!!)

 

 幸いうつ伏せになっているスズにヘスティアの表情が見えないおかげで動揺を悟られずに済んでいるがひとまず落ち着いて気持ちを整理しなければ向き合った時に違和感を感じられてしまう。こんな『酷いレアスキル』を持ったスズが感情だけを読み取り変に解釈してしまっては大変だ。かといって優しくしすぎても取り返しのつかない事態になりかねないとんでもない【スキル】だ。

 

 

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心理破棄(スクラップ・ハート)

・心が壊れている。

・大切な者の為なら自分という個を切り離し一時的に能力限界を突破する。

・行動起源となっているその心は決して折れることなく曲がることもない。

・想いの丈(たけ)により効果向上。

 

愛情欲求(ラヴ・ファミリア)

・愛情を求めている。

・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。

・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。

 

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 【愛情欲求】の方はまだ分かる。

 肉親を失い路頭に迷うところだった寂しがり屋なスズが愛情を求めているのは当然のことだ。

 いわば家族愛のようなものだろう。

 それがメリットになるなんてなんてすばらしいスキルだ。

 

 その一方で家族を失った悲しみを知っていることから親しい者が自分の前から居なくなることを一番恐れていてそれがデメリットになっているのだろうと推測できる。

 【愛情欲求】とは実に的を射た言葉だ。

 このことから親しい者の『死亡』も『関係に不安を抱く』に含まれると思われる。

 実に分かりやすい【レアスキル】だと思う。

 

 

 問題なのはもう一つの【心理破棄】だ。

 

 

(心が壊れてるだって? あんな優しいスズ君が? いや、優しすぎているからこそ自分よりも他の親しい人を優先しすぎてしまうことが壊れていると扱われているのかも……)

 

 一部以外神の力を禁止されているとはいえ、超越存在(デウスデア)である神は子供の噓を見抜ける。

 その人物の良し悪しも簡単に感じることができる。

 スズから感じ取ったものは『心に傷を持ちながらも思いやりのある綺麗な心』であり悪いものなんて『心の傷』以外一切感じられない子だ。

 その『心の傷』がスキルとして発現してしまったのだろう。

 

 もう失いたくない一心から『自分という個』つまり『感情』を捨てて対象の為に使う。

 必要なら文字通り『盾』にもなるだろうし大切な者以外に対しての『剣』にもなる。

 その結果自分の心が傷つくことになっても、体が傷ついても、死ぬことになったとしても、脊髄反射のように大切な者の為に動く。

 

 そうなってくるとこのメリット部分である『能力限界を突破する』の項目も怪しく思えてくる。

 自分のことを一切配慮しない限界突破に果たして体が耐えられるのだろうかと。

 しかもそれが『折れることもなく曲がることもない』ということはこの【スキル】は消えない。

 癒えることのないスズという少女の心の傷の象徴なのだ。

 

 スズは、このヘスティアが愛しくてやまない我が子の一人は、一生この傷と共に生きていかなければならない。

 

 それがたまらなく悲しくて辛くて、この【スキル】を消してあげられる手段をいくら考えても思いつけないへっぽこで無力な自分自身が腹立たしかった。

 

「神様。どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。もう少しだけ時間掛かるからちょっとだけ待っておくれ」

 何とか動揺を悟られないように言ったつもりだった。

「もしお疲れでしたら私への神の恩恵は明日でも大丈夫ですよ? 私、神様が無理をして倒れたりしたら嫌です」

 それでもちょっとした声の変化にも敏感だ。

 真意を問わず意識を向けている相手の感情に敏感すぎるのだ。

 スズには冒険させずに一緒にアルバイトするのが一番彼女にとって幸せだろうとヘスティアは一瞬だけ考えた。

 

 彼女が求めているものは『愛情』だ。

 

 【スキル】にすら現れるほど彼女は『愛情』を求めているのだから家族と幸せに暮らすことが一番の望みなはずだ。

 冒険したいベルの帰りを二人で待てばいい。

 それもきっと幸せな生活だ。

 でもおそらく【心理破棄】のせいでそれすらもできない。

 ベルが一人でダンジョンに潜ったら気が気でならず「もしもベルになにかあったら」とどんな状況でも丸腰のままでもダンジョンに突入しようとするだろう。

 頭で理解してても行動原理となってしまったそれは抑えられない。

 そうでなければ『心が壊れている』なんて表記が【スキル】事態に現れるわけがない。

 【スキル】のことを話しても隠しても、ダンジョンに行かせても行かせなくても結局このスズという少女は『大切な者のことを想い自分の命と心を削っていく』ことは容易に想像出来た。

 

 これだけでも頭を悩ませているのにもう一つだけ【レアスキル】のバーゲンセールが続き別の意味でヘスティアの悩みの種となっている。

 

(絶対この【スキル】のせいで感情まで【スキル】化してるに決まってる! まったくスズ君はどれだけ『北西の神』に恨まれているか愛されて生まれ落ちたんだよ。スズ君はボクの眷族なんだぞ!)

 

 

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 雷魔戦鎚(ミョルニル・マジック)

・魔法高速詠唱。

・魔法並列処理。

・魔法術式制御。

・雷魔法のみ習得可能。

 

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 属性は限定されるものの【魔法】の高等技術を無条件でできてしまうとんでもなく優秀な【レアスキル】に加えてその一番の問題はその名前だ。

 『ミョルニル』という戦鎚は北西最強の【戦神】であり【雷神】と呼ばれる『トール』の武器名だ。

 『トールハンマー』と言った方が伝わることが多いだろう。

 超有名神の武器名を【スキル】を持ち合計【レアスキル】が三つ。

 最初から魔法が使えて小さく愛くるしい少女のことを知れば他の神々が面白がって玩具にするのは目に見えている。

 特に忌々しいことに『ロキ』の一番の友達は雷神トールだったという噂も聞いたことがある。

 

 腹立たしい。

 実に腹立たしい。

 

 

 もしロキなんかに愛しの眷族を持ってかれた日には自分を押さえられる気が全くしない。

 もっともそれは他の神々に対しても言えたことだが。

 ともかく外への露見を防ぐためにも、【心理破棄】の効果で大切なものの為に情報を漏らしてしまうかもしれない現状【スキル】のことは伏せておくのが一番得策だ。

 でも向き合っている相手の感情『だけ』に敏感すぎるスズを不安がらせずに隠し通せる自信はヘスティアにはなかった。

 

(だから正直に向き合って話そう。それが一番この子の為なんだ)

 

 同じ【心理破棄】で無茶をされるなら、負担が少なくなるようにスズ自身を強くしてあげた方がいい。

 もしかしたら心の変化が起きて【心理破棄】を押さえる【スキル】や【スキル】自体がなくなってしまうかもしれない。

 とにかく今スズが求めているものは『愛情』なのだから、しっかり向き合って相談して、やりたいことをやらしてあげて『愛情』を注いであげる。

 ヘスティアに出来るのはそのくらいのことしかない。

 

 それに『心が壊れている』『自分という個を切り離し』の一文から悪い方向に考えてしまっているだけで『大切な者を守る為なら一時的に能力が上がる』だけの優しさを表した【スキル】なだけなのかもしれないから早とちりしてはいけない。

 そうと決まればいつまでも待たせていてはスズにも外で待たせているベルにも悪いと洋紙に【ステイタス】を写し取る。

 

「もう大丈夫だよ。ごめんよスズ君。色々相談しないといけないこと頭の中でまとめてたら時間掛かっちゃったよ」

「相談って……私の【ステイタス】は冒険に行けないくらい低かったんですか?」

「まあまあ。まずは上着を羽織って落ち着いてから話そうぜ。向き合った方がスズ君も分かりやすくて安心だろ?」

 不安げなスズをひとまず落ち着かせて上着を羽織らせそのままベッドの上で向き合う。

 

「まず【ステイタス】。【基本アビリティ】の方の数字は気にしなくていい。これは【経験値(エクセリア)】、これからの君の冒険や経験で増えていく熟練度のようなものだ。よくいる駆け出し冒険者と同じだし君の場合はなんと最初から【魔法】が発現しているんだ。スズ君は将来が楽しみな立派な魔法使いの卵だよ。『無理』しないよう互いに助け合いながら行けばベル君と一緒に冒険できるくらいにはしっかり強いからそこは安心してくれ」

 

 その言葉に安心したのかスズがほっと息をついていてこれからいうことが心苦しい。

 そのことをやはり感じ取ったのかスズの体が少し強張る。

「スズ君。ボクはこれから君の【スキル】と今後について大切な話をするよ。言おうか言うまいか本当に悩んだけどスズ君はよくボクのことを見てくれているからね。また勘違いで傷つけてしまいたくないんだ。ボクはボクの眷族になってくれたスズ君のこととベル君のことが好きだ。会って間もないけど愛おしくてしかたないんだよ。だから正直に話すことにしたんだ」

 まずは素直にまた好きだと思っていることを伝えてあげるとスズから不安の色は消えた。

 

 本当に愛情に飢えた臆病な子だ。

 

「だからね、スズ君も正直にボクの質問に答えてほしいんだ」

「そんなこと言わなくても神様になら何でも素直にお答えしますよ?」

 さも当然のようにそう答える。何の疑問も持たないとても綺麗な心。【スキル】のことがなければ本当にただそれだけのことですんでいたことなのが歯がゆかった。

「まずボクのことは好きかい?」

「はい。大好きです」

「頬を赤らめながらも即答してくれるスズ君は本当に可愛いな。愛してるぜスズ君」

 そう頭を撫でてあげると懐いている家猫のようにおとなしく気持ちよさそうに撫でられて「くすぐったいですよ神様」と笑っている。

 もうスズにとってヘスティアも大切な者に含まれているのだろう。『大切な者』に認定した者の為ならどんな無茶な欲求にも答えそうで、可愛いスズに変な虫がつかないかが既に不安だった。

 

「どうして冒険者になりたかったんだい?」

「私、身寄りがいないじゃないですか。大好きな家族が死んじゃって生きてる意味が感じられなくなっちゃったんです。でも自殺とかいけないことだし誰も得しないじゃないですか。痛いだけなのは嫌ですし。だから誰にも迷惑を掛けず人の役に立てて死ねる場所を探してたんです。そうしたらダンジョンに潜ってその素材が人々の役に立ってると聞いて天職かなと――――」

 本来なら言いにくいことがたんたんと小さな少女の口から語られていく。

 聞く人が聞けば恐怖を感じられずにはいられない狂気。

 大切だと思った者の為ならどんな欲求にも答えるという予想は間違いではなかった。

 間違いであって欲しかった。

 これを『心が壊れている』と言わずなんと言えるだろう。

 それでも、壊れた心の持ち主でも、優しい子だと知っているから、愛情を求めているだけなことを知っているから、ヘスティアは最後まで可愛い眷族と向き合おうと決めたのだ。

 

「あ……お見苦しい話すみません。神様に不快な思いをさせてしまいましたよね」

「正直に話して欲しいと言ったのはボクの方さ。ボクは君のことを心配しているのであって不快には思っていないよ。これからも思うもんか。スズ君、君はここに居ていいんだ。ボクは君に幸せになってほしいんだよ」

 

 抱きしめてあげずにはいられなかった。

 きっとこの子は【スキル】なんかに支配されなくても心優しい良い子だったはずだ。

 そんな優しい子の優しさがこんなに歪んだ形で表れていいわけがない。

 こんな優しい子の幸せがたった一つの【スキル】表示で奪われていいはずがない。

 スズは人並みの幸せを得るべき子だ。その想いから抱きしめる手に力が入る。

 

「神様……ちょっと苦しいです」

 【神の恩恵】を与えなくてもスズの心が壊れていたのはダンジョンを目指した理由から察することは出来る。

 それでも経験から拾い上げ【スキル】化させてしまったのは『神の恩恵』の力だ。

 ヘスティアが癒えたかもしれない心の傷に『決して折れることも曲がることもない』という制限を付けてしまった。

 

 謝ってすむ問題ではない。

 それでも悔いるのは後だ。

 今大切なのはスズが人並みの幸せを満喫して天寿を全うできるように導いてあげることだ。

 

 ただひとつ疑問があった。

 スズには兄のベルがまだ残っているのに何故これほどまで壊れた考えを持って冒険者になることを求めたのだろうか。

 冒険者に憧れ冒険者になれたことを喜んでいたベルの姿はまさに無垢な少年そのもので死にたがっている様子には見えないし、ヘスティアが最初見た時もこの教会でのやり取りも仲睦まじく感じとれた。

 

「親族はベル君もいるだろう。それでもスズ君は自分の命を粗末なものと思ったのかい?」

「ベルは親族じゃないですよ?」

「え?」

 予想外の回答が返ってきた。

「ベルはこの街で【ファミリア】を探している時に出会ったんです。私が【ファミリア】申請を断られているのを見かねて声を掛けてくれたみたいで。私も同じ髪と目でビックリしました。きっと遠い親戚が同じなんだと思います。ベルが一緒だったおかげで神様に出会うまでも寂しくなかったです。私の家族になってくださった神様とベルには感謝してもしきれませんよ」

 てっきり兄妹だと思っていたのにどうやら違ったようだ。もしもスズに声を掛けたのが純粋で綺麗な心の持ち主なベルではなく、人を騙すような人物だったらと思うとぞっとした。

 

 最初に見つけたのがベルで、ベルとスズを勧誘したのがヘスティアだったのは幸運なことだ。手を差し伸べてあげることができて本当によかったとヘスティアは心の底から思った。

 

「まだスズ君は、ベル君やボクと知り合っても、家族になっても、まだ……死にたいと思うのかい?」

 一番聞かなければならなくて一番聞くのが怖かったこと。もしもこれで『死にたい』と答えられたらどう返してあげたらいいのか思いつかないくらい頭が真っ白になってしまうだろう。

 

 それでも聞かなければならない。

 

 自分の眷族になってくれたスズの為に、愛しの子供の為に正面から向き合うと決めたのだから。

 返答は先ほどと同じく一瞬だったがヘスティアの中でその時間は途方もなく長い時間のように感じられた。

 

「できることならずっと一緒に生きたいです。一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、泣いて、また笑って。ずっと、ずっと頑張っていきたい」

 ぎゅっとスズが抱きしめ返してくれてヘスティアは抱きしめていた片方の手から力を抜き子供をあやすように優しくスズの頭を撫でてあげる。

 

「よかった。ボクもスズ君とベル君とずっと暮らしていたいよ。ボク達は【ファミリア】だ。二人と一緒に暮らせればボクは幸せなんだ。ボクの家族になってボクに幸せにしてくれた二人にはボク以上に幸せになってもらわないといけないからね」

 だからスズに人並みに幸せになってもらう為に、命を粗末にしてもらわない為に、ヘスティアはスズにさらに『約束という名の呪い』を掛けなければならない。

 

「今から見せるけど、スズ君。君には自分の命を粗末にしたり恋愛親愛感情問わず好きになった人の命令に絶対服従してしまうと言ってもいいほどの呪いじみた【スキル】だ」

「神様。大好きな人の言うことを聞くのはいけないことなんですか?」

「ボクやベル君みたいに誠実な人間ならまだいい。いや、よくはないけど君は幸せな生活が送れるだろう。でもねスズ君、考えてもみてくれ。悪い人に騙されてその人間に好意を抱いてしまった場合『盗んで来い』と命令されれば君におそらく拒否権はないんだ。それがいけないことだと思っていたとしても、実行した後に罪悪感は感じる行為だとしてもね」

「それはなんというか、その……嫌な【スキル】ですね。【スキル】は取り消すことは出来ないんですか?」

 その言葉にヘスティアはほんの少しだけ安心した。

 これで「それが何か問題あるのですか?」と聞き返されるほどスズの心は壊れきっていないようだ。

 

 【心理破棄】の効果範囲は今だ分からないが常に操り人形のように好きになった人物に従い続ける訳ではないらしい。

 

「残念ながら無理なんだ。ご丁寧なことにこのスキルは消えませんよ的なことまで書かれていてね。何度いじってみても元に戻ってしまうんだよ。ごめんよスズ君。こんな嫌な【スキル】を発現させてしまって」

「そんな頭を下げないでください! 冒険者になろうとしたのは私自身ですし神様が悪い訳ではありませんよ。それに『神の恩恵』はどの神様が行っても同じなんですから神様は何も悪くありません!」

 淡々と機械的にしゃべっていた先ほどまでの『正直にボクの質問に答えて欲しい』への回答とは違い明らかに感情を出した心のこもった否定の言葉。

 

「たとえ今後どんな【スキル】が発現したとしても、私は神様の事を恨んだりなんて絶対にしませんよ。だって、私にとってはもう大好きな家族なんですから」

 

 【愛情欲求】による強制力なのかそれとも元々心優しい聖女のような寂しがり屋で人懐っこい少女だったのかは今になっては分からない。

 それでもヘスティアは絶対にこれがスズの本心なんだろうなと思った。

 ただ家族が大好きで何よりもかけがえのないものだと思っていただけの少女の気持ちが度が過ぎて呪いじみた【スキル】になってしまうなんてなんて皮肉な話だろう。

 

「ボクもどんなことがあっても、もしもスズ君やベル君が悪い子になっても決して嫌いになんかならない。道を踏み外したら大好きだからこそ怒ってでも、ひっぱたいてでも、手を引いて元の道に戻してあげるさ。たかが【スキル】なんかでボクの大切な子供達の幸せを壊させやしない。絶対にだ!」

「神様。ありがとうございます。私……神様の家族になれて幸せものです」

「ボクもだぜスズ君。スズ君とベル君と家族になれたボクはすごく幸せものさ!」

 気づけばヘスティアの肩に暖かい雫がスズの瞳から零れ落ちていたのでまた優しく撫でてあげる。

 

「その悪い【スキル】は【心理破棄】っていうんだけど、こいつに関してはボクが何とかしてみせるから大船に乗ったつもりでいておくれよ!」

「はい頼りにしてます神様ッ」

「それじゃあさっそくボクとの『約束』だ!」

 無効化できないとできない【心理破棄】をどうするか考えて考えて考え抜いた結果、結局これに頼るしかないのが悔しかった。

 それでも少しでも可能性があるなら、少しでも強制力を減らせるなら悪いと分かっていることだってする。

 だが出来ることなら眷族になってくれた大切なスズにこんなことをするのは最後にしてあげたい。スズは気にしないだろうがヘスティアの方が耐えがたい苦痛を感じるからだ。

 

 

「一つ『【大好きなボクやベル君】の為』に『必ず生きて【ボク達】のホームに帰ること』。『ホーム外での宿泊などは許可とする』。『外出時間も問わない』。最終的に『【ボク達】のホームに生きて帰って来てくれればいい』。『そうしてくれないと【ボク】は耐えがたい『苦痛』を感じてしまう』んだ。何度も言うけど『早く帰ってこなくてもいい。』『自分の時間と都合を最優先』にして構わない。『『自分の命を粗末』に扱わず時間が掛かっても帰って来てくれれば【ボク】も【ベル君】も『嬉しい』』んだ」

 

 

 強制的に命令に従うなら同じ【心理破棄】によって最優先事項を決めてしまえばいい。

 ようやくできた愛おしい眷族にこんな呪いに呪いを上乗せするだけの行いをしたくはないがこれしか方法が思いつかなかった。

 

 

「二つ。『【大切な者】を守る時、『必ず』最後の最後まで自分の生存方法を模索して行動すること』。『君が死んでしまったら【ボク】も【ベル君】も悲しい』。もしかしたら『悲しみ』のあまり『後を追って自害してしまうかもしれない』。だから『何があっても『絶対』にあきらめてはいけない』よ」

 

 

 効果範囲や強制力が分からないから念の為に重ね重ね自分を大切にするように縛り付ける。言っているヘスティアの方が気がめいってしまいそうになるが『スズの為に負担が掛かっている』なんて思われてはいけない。おそらくスズは【愛情欲求】の効果と【心理破棄】の効果の重複で『大好きな人に自分のせいで負担をかけている』と思っただけで心に激しい痛みを感じてしまっているはずだ。

 こんな心が張り裂けそうな思いをするのは主神である自分だけでいいとヘスティアは必死に平常心を保つ。

 

 

「三つ。『一つ二つの『約束』は『最優先』にする』こと。『守ってくれると【ボク】は『とても嬉しい』」

 

 

「四つ『『倫理観に背く行為』は【大好きな人】の命令でも考えなしに従わない』こと。『しっかり考えて行動する』こと。『どうしても基準が分からない時は『必ず』【ボク】か【ベル君】に相談する』こと。わかっているとは思うけど『『盗み』や『善人への理由無き暴力行為』は『倫理観』に背く行為』だからね。『倫理観に背く行為はしたらダメ』だぞ」

 

 

「五つ。『この五つ目の約束以降の命令やお願いに』心理破棄の効果は及ばない。『及んだとしても物事を判断できる思考力は残る』。『一から五の約束を守ろう』とする考える力がスズ君にはある。君の心は決して壊れてなんかいない。君の傷ついた心の傷は必ず癒える。だからスズ君。『心理破棄の効果関係なしにボク達は家族』なんだ。『心理破棄関係なしに遠慮なく『ありのままの自分』で【好きな人】と接して』欲しい。そうしてくれたら【ボク】は『幸せ』だ。『以上が【ボク】との『五つの約束』』だ」

 

 

 効果があることを祈るしかない。

 【心理破棄】が間違った解釈をしていないかを祈るしかない。

 見落としがあって取り返しのつかない強制効果を付けていないことを祈るしかない。

 愛しの眷族をただ幸せにしてあげたくて祈りながら唱えた呪いの言葉を終えたヘステイアは自分の無力さに大きくため息をついた。

 

「ごめんよスズ君。大船に乗ったつもりでいておくれなんて言っておいて君がしっかり嫌だと思えた【心理破棄】に頼り切った解決法で」

 恐る恐るスズに変化がないか強く抱きしめていた手を放して真っ直ぐ前を向き合う。

「いえ。神様が私のこと思ってくれてたのすごく感じました。家族になったばかりなのにいきなり難題を押し付けてしまって私の方こそ申し訳ないです」

 目がしらに涙を浮かべて少し苦笑しているスズの姿がそこにはあった。

 

「何か変化はあるかい?」

「よく分からないです。元々神様に教えていただくまで【心理破棄】の効果の自覚すらありませんでしたし」

 特に変化があったようには見られないが少なくとも今は様子を見るしかないのだろう。

「よーし! ちょっと試してみようぜ。スズ君の好きな食べ物は何だい?」

 試しにそう聞くとスズは少し「んー」と悩んでくれた。

 

「えっと、猪肉の味噌漬けでしょうか。父が狩ってきた猪を母が血抜きをして付け込んでくれて。月に何度かだけだけど家のご馳走と言えばそれでしたし」

 即答でなく考えて答えてくれた。思わず嬉しくて「スズ君!」と名前を叫んで抱きついた勢いでベッドから床に押し倒してしまった。 

「わわわわわ、ごめんよスズ君!! 大丈夫かい!? ケガしなかったかい!?」

「少し腰をうっただけなので大丈夫ですよ。その様子だとさっきの『約束』は効果あったということでしょうか?」

「効果があったも何も大成功だよ! スズ君、君は今私の要求に悩んで答えたんだ! 言いにくいことも淡々と即答し続けた呪いじみた【心理破棄】が発動しなかったんだよ!!」

 壊れた心を持ってしまった優しく愛おしい眷族がこれでようやく人らしい感情で人と接することができる。

 これを喜ばずに何を喜べっていうんだいとヘスティアはスズの体を思いっきり抱きしめた後愛おしく撫でまわす。

 

「神様。くすぐったい。くすぐったいですよッ」

「よかった。本当によかったよ! もしかしたら忌まわしい【スキル】が変わってるかもしれない! さっそく【ステイタス】の更新といこうじゃないか!」

「自分で脱げますからッ」

 ヘスティアは喜びのあまりすぐにでも【ステイタス】の確認をしようと上着をはぎとっていく。

 全力で嫌がってはいないが女性同士とはいえスズは脱がされるのが恥ずかしいのか抵抗をしてくれている。

 

 間違いなく【心理破棄】の効果は消えている。

 少なくとも効果は確実に薄れている。

 元から馬乗りに押し倒して有利なポジションだったこともありスズの抵抗はむなしく衣服がはぎとられ年相応な平らな胸の大草原があらわになる。

 

「そんなにまじまじと見ないでくださいよ神様。恥ずかしいです。貧相ですし……」

「大丈夫! ロキよりあるしなによりも君はまだ成長期だ! きっと君はナイスバディーな美人さんになるに違いない!」

 

 

 そんなやり取りをしていた時だった。

 

 

「神様! スズ! 今の大きな音は何!? 大丈夫なの!?」

 スズを押し倒してしまった時の大きな音を聞きつけてベルが心配して飛び込んできたのだ。

 

 覗いてしまった少年。

 いたいけな少女を押し倒して襲っているようにしか見えない神様。

 ひん剥かれた姿を異性に見られてしまった涙目の少女の図の完成である。

 

 ある意味お約束であるシチュエーションであるが当人達にとってはたまったものでない状況に三人の顔は真っ赤なトマトのように赤く染まった。

 

「ベル君違うんだ!! ボクは処女神だけどそっちの趣味はないんだ!! というかボクは覗いたらダメだぜって言ったよね!? 言ったよね!?」

「ベル見ないでッ。神様もどいて下さいッ。どかないならせめて服を返してくださいッ!!」

「ごめんなさああああああああああい!!!」

 

 結論から言うと結局このことはそれぞれ思うところもありベルの覗きは不問としてカウントせずヘスティアの案で「なかったことにしよう」ということが夜の家族会議で決まった。

 今後は同じ事故が起こらないよう緊急時でも最低3回はノックしてから入ろうねということでまとまり、娯楽に飢えた神々の笑いの種になりかねないこの一件を互いの為にもなかったことにしたのだ。

 そんな色々あった一日だったなとヘスティアはベッドで一緒に安らかに眠る愛おしいスズの安らかな寝顔と、同じくソファーで眠る可愛く愛おしいベルの寝顔を横目にして頬を緩ませる。

 初めて出来た眷族が二人とも可愛く良い子達で本当に自分は幸せ者だなと何度も何度も繰り返し思った。

 

 

 

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     スズ・クラネルという少女の物語

 

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 スズ LV.1 ヒューマン

力:i 0 耐久:i 0 器用:i 10

敏捷:i 0 魔力:i 30

 

 

 魔法

【ソル】

・追加詠唱による効果変動。

・雷属性。

・第一の唄ソル『雷よ』

【】

【】

 

 

【心理破棄】

・心が壊れている。

・大切な者の為なら自分という個を切り離し一時的に能力限界を突破する。

・行動起源となっているその心は決して折れることなく曲がることもない。

・想いの丈(たけ)により効果向上。

 

【愛情欲求】

・愛情を求めている。

・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。

・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。

 

【雷魔戦鎚】

・魔法高速詠唱。

・魔法並列処理。

・魔法術式制御。

・雷魔法のみ習得可能。

 

幻想約束(プロミス・ファンタズム)

・大切な者の為に人間らしく振る舞う。

・心理破棄に干渉。

・愛情欲求に干渉。

・想いの丈(たけ)により効果変動。

 




ヘスティア様がイケメンすぎる気がしないでもないですが孤児院の象徴ですし、ぽんこつ神でもやるときはやるロリ巨乳神だと思います。
後、ベル君可愛いよベル君!


 追記(2015/08/10)
ついうっかり『北欧』と普通に地球の地域名を使っていたので、日本がモチーフになっている『極東』の位置を勝手に妄想し、大体こんな位置なんじゃないかと『北欧』から言葉を『北西』に変えました。

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