若干の下ネタとスクハさんいじりご注意ください。
バベルから外に出てまだ時間は昼の三時。ダンジョンに行くのも中途半端な時間というのもあるが、スズの防具はまだ修繕中でそもそもダンジョンに潜れない。
どうしたものかと少し考えてから、ベルはスズの方を見る。
「ねぇ」
『何も言わないで。私ではどうしようもない『スズ・クラネル』の優先順位が周りに回って私にきただけよ。それともなに、貴方は本気で、今日の修理費や整備費が高かったとか、もうすぐオーブンを買うから少しでも失費を押さえたいとか、これでしばらく
「いや、僕はただスズに今日の晩ご飯のおかず今から買に行かないって、言おうとしただけなんだけど……その、えっと、ごめんスクハ」
スクハからの返事もスズからの返事も返ってこない。
特にベルに落ち度はないのだが、なんだかスクハにものすごく悪いことをしてしまった気がして申し訳なく思えた。
『帰る』
「あ、うん。えっと、またねスクハ」
『帰るッ!!』
スクハはスズに引っ込む訳でもなく、ものすごい勢いでホームの方へ走り去ってしまった。
まさか物理的に帰るとは思ってもみなくてベルは唖然としてしまうが、慌てて何かフォローをしてあげないととスクハを追いかけた。
ベルがホームに戻っていた時にはクスハは布団をかぶって完全にふて寝しており、声を掛けても全く反応してくれない。
どうしたらいいのかわからないから、とりあえずスクハの内に話しておきたいことを話しておこうとベルは思った。
「スクハ。髪飾り、気に入ってくれたかな?」
『……それなりに』
返事を返してくれた。
髪飾りがスクハへのプレゼントだということにも気づいてくれていたみたいでベルはほっとする。
「今日はせっかく時間稼いでくれたのに、期待に応えてあげられなくてごめん」
『戦闘前から風の気配は感じてたし、上々よ。私が稼いだ一分と貴方が放った一撃という時間が、アイズ・ヴァレンシュタインという冒険者を間に合わせた。できれば私一人で時間を稼ぎたかったけど、あそこが私の限界。『スズ・クラネル』が傷ついたのは私のせいであって貴方は十分よくやったわ。最後の最後で多少誤差が出て焦りはしたけどね』
「スクハは最初から……その、アイズ・ヴァレンシュタインさんが来るのわかっていたの?」
『『剣姫』が来るとは思っても見なかったけど、ダンジョン内で風を感じたからね。魔力を帯びた風の速度とエイナが
「それであの場所から引かずに戦ったんだ。やっぱりスクハはすごいね」
『三秒足りなくて焦ったけど、『剣姫』のおかげで助かったわ。あの攻撃速度は想定外よ。人間やめてるんじゃない?』
スクハが体は少し機嫌を取り戻したのか体を起こす。
そして何かを言おうか迷ったのか、少し組んだ手の指をあそばせて目をそらすが、軽くため息をついた後真っ直ぐとベルを見つめた。
『私が想定した残り三秒は、貴方が【
プイと最後の最後でスクハは目をそらした。
おそらく今のはアイズより強くなってアイズを振り向かせてやれと激励してくれているのだろう。
スズに加えてスクハまで応援してくれている。
それがベルはとても嬉しかった。
§
夕食後、いつも通りベルの【ステイタス】更新の後にスズの更新作業が始まる。
「まったく何が【
『そこで私に振るのやめてもらえないかしら。私が出てこなければスズに丸聞こえだし、あまり大声で叫ぶとベルに聞こえるわよ。わざわざ紙から文字を消していたし隠したいのではないの?』
「更新の度に話しかけるやめてくれないかしら、はもう言わないのかい?」
『……いい加減諦めたわ。で、そのフレーズからして『剣姫』への想いでも【スキル】化させてしまったのかしら? だとしたらまたあなたの自業自得としか言いようがないのだけれど』
「うっ……ボクはただ……有望そうな【
痛いところをついてくるスクハに思わずヘスティはたじろいでしまう。
ここ最近【ステイタス】更新の度にヘスティアはスクハに特に用もなく話しかけている。
それがスクハの心の傷を癒してくれると信じて頑張って努力したかいもあり、スクハは最近ずいぶんと色々な表情をしてくれるようになった。
今も不愛想で乏しい表情だが、内心『ざまぁ』と笑う神々のようににやにやとしていることだろう。
『それで効果の方はどうなの。デメリットでもあったのかしら。『剣姫』に振られたら二度とたたなくなるとか? だとしたらそうね、さすがに同情してあげなければ可哀相かしら』
「君は純情なスズ君のどこからそういう知識を覚えてくるんだ。効果の方は、『早熟する』『
『ベルは足だけでなく、はやいのね』
「スクハ君。絶対にボクのこと、からかってるだろ。ボクはもう突っ込まないぞっ!」
『ええ。私、結構根に持つタイプだもの。それとヘスティア、処女神が突っ込むなんてはしたないわよ』
「はしたないのはどっちだっ!!」
『まあ、真面目な話に戻すけど、そうね……少なくとも『私』よりはよっぽど純粋で素晴らしい【スキル】ではないかしら。成長加速に加えて【
本当にどこからこんな下品な知識をスズに与えずに仕入れてくるんだスクハはと呆れつつも、ヘスティア自身も【スキル】効果自体はスクハと同じ意見だ。
童貞男子うんぬんを除いて。
「そりゃ優秀な【スキル】で嬉しいさ。祝ってあげたいさ。でもなんでよりによって相手が【ロキ・ファミリア】のヴァレンなにがしなんだい!? ボクやスズ君じゃダメなのかい!?」
『大切な家族として見てるのでしょうね。『スズ・クラネル』は……まあ納得はしてくれてるんだし、一夫多妻も英雄の特権とヘスティアは二号でも目指しなさい』
「一番じゃなきゃやなんだよぅ!! なんでよりによって【ロキ・ファミリア】なんだよぅ!! なんでスズ君じゃないんだよぅ!! ベル君ボクを置いていかないでおくれぇっ!!」
『言ってること滅茶苦茶よ。ま、置いて行かれることはないでしょ。子兎に見えて心が強くて大切な物は欲張って離さないし。それとヘスティア。そろそろ更新を始めるか、服を返すかしてもらいたいのだけれど』
「わかったよ。……それで、スクハ君、君自身はどう思っているんだい、ベル君のこと」
『なにを言ってるの。私には貴女の言っている言葉の意味が理解できないわ』
そんなことを言いながらスクハが顔を覆い隠すように枕に顔をうずくめる。
いつもながらからかわれると弱い子だな、と知識だけあって無理に背伸びしているだけのいじっぱりな子供であるスクハの様子に頬を緩ませながら、ヘスティアはスズの【
スズ・クラネル LV.1 ヒューマン
力:i 68⇒79 耐久:h 109⇒161 器用:i 98⇒h147
敏捷:i 36⇒37 魔力:g 239⇒h186
「やけに上がったね。今度はなにをしたんだい?」
『ミノタウロスに襲われたところを『剣姫』に助けられたって言ったでしょ。一分間ミノタウロスの攻撃を正面から受け流してたわ』
「ぶうううううううううううううううううううううううううううううっ!!」
予想外すぎる言葉でヘスティアは思いっきり吹き出しドアが三度ノックされる。
「何かあったの!?」
『私がヘスティアと話をしているだけよ。私の裸まで見たいんだったらそのままドアを開けてもいいけれど、その時は男に生まれたことを後悔する覚悟で挑むことね』
「スクハが……? もしかして毎日スズの更新が長いのって」
『ヘスティアの無駄話に付き合わされてるだけ。いいからドアから離れなさい。乙女の会話に聞き耳なんて立てないように、いいわね?』
「わ、わかった。でも次から僕もスクハとお話ししたいな~なんて」
『いいからドアから離れなさい。それとも何、鍵穴から私の裸でも覗いているの? だとしたら私は貴方のこと見損なってしまうのだけれど……』
「そ、そ、そんなことしてないよ!! 上で待ってるから更新終わったらまた!!」
相当慌てて駆け上がっていったのだろう、階段を駆け上がる音が地下室の部屋にまで響いてきた。
「すまないスクハ君。でもベル君の言う通り、本当はボクも三人で家族団欒したいと思ってるんだけど」
『背中に居座られて脅迫されてるから付き合ってるだけよ。そういう時間は『スズ・クラネル』に割いてあげなさい』
相変わらずこうやって【ステイタス】の更新で逃げられないように確保した状態で、スズに自分の存在を知らせないためにしかスクハは出てきてくれない。
会話自体はしっかり楽しんでくれているはずなのに頑固でいじっぱりなところだけは変わってはくれない。
「ミノタウロスに襲われたって聞いただけでボクの心臓は止まりかけたっていうのに……でもそういう【スキル】だから仕方ないか」
『ええ。『スズ・クラネル』の時も『私』の時も、大切な者共々生きて帰ることを優先しているから、緊急時は適した方が表に出ているだけで、生き残ることを最優先した結果がこれなんだから仕方ないでしょ。でもまあ、再び
「穏便に頼むよ。ボクの心臓のためにも」
『私が表に出てる時点でそんな言葉はあきらめなさい。だから今後一切話しかけないでもらえると助かるのだけれど……。お人好しな貴女達には無理な相談ね。知られたからにはベルも話しかけてきそうだし、憂鬱だわ』
スクハが大きくため息をついた。
ベルに毎日話していることを知られてしまったのは本当に悪いと思っているので許してもらいたい。
『そういえば、スズも『剣姫』にずいぶん憧れを抱いていたみたいだけど』
「なぬぅ!?」
慌てて【スキル】欄やそれっぽい【スキル】が発現しそうな【
『【スキル】にはなっていないわ。せいぜい蓄積魔力が少し回復してくれたくらいよ』
「君、またボクのことからかっただろう。って、わ、わ、わあああああああっ!!」
『なによ藪から棒に叫んで』
「第三の唄作ったの君だろ!? なんて名前つけてるんだ!!」
『あら、トールハンマーはお嫌い? 短詠唱ではこれ以上ないってくらい威力を発揮するよう上手く術式を組んだつもりなんだけれど』
「目立つだろ【ミョルニル・ソルガ】なんて名前!! スズ君が他の神に目をつけられたらどうするんだい!?」
『それはもうあきらめなさい。愛でる対象としてだけどもう充分目立っているから。まったく、ここにはロリコンしかいないのかしら?』
「だから君はどこからそういう言葉を仕入れてくるんだい……まったく」
最近のスクハはヘスティアを突っ込み疲れさせてさっさと更新を終わらせようとずっとこの調子だ。
たまに自爆して自分で言った言葉に自分で恥ずかしがることもあるが、四六時中ベルかヘスティアと一緒にいるはずのスズからどうやってこれらのいかがわしい言葉や天界用語を仕入れているのか不思議でならなかった。
『それで、まだ一番重要なところに気付いてくれないのかしら。さすがにこれ以上気づいてくれないと、私から真面目に話しを振らなければならなくなるわ。貴女『スズ・クラネル』の主神であり母親代わりをしてあげているのだから気づいてあげなさい』
久々に、スクハが神威をまとった神と同じような、冷たく人間らしさのない声で話した。
気づいてあげなければならないこと、その言葉にもう一度更新したスズの【ステイタス】を見る。
スズ・クラネル LV.1 ヒューマン
力:i 68⇒79 耐久:h 109⇒161 器用:i 98⇒h147
敏捷:i 36⇒37 魔力:g 239⇒h186
「どういうことだよ、これは」
『見ての通りよ』
「だって君はさっき」
『私は増えたとは一言も言っていないわ。蓄積魔力が少し回復したくらい、と言ったのよ』
ヘスティアはスクハの言葉にもう一度、何かの間違いであってほしいと、魔力の更新履歴を見た。
魔力:g 239⇒h186
魔力は53ポイント下がっていた。
『『スズ・クラネル』は愛情を注がれると、他者から幸せを与えられると【
【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】
・愛情を求めている。
・愛情を注がれるほど蓄積魔力が増える。
・親しい者との関係に不安を抱くと蓄積魔力が減る。
愛情をいっぱい注いであげても、少し不安を抱くだけで一気に零れ落ちてしまう。
ヘスティアが最初に考察した通りの効果であるものの、スクハの言う通り数値としてはっきり表れてしまうと、それをはっきりと突きつけられてしまっている分そのショックは大きい。
『貴女は『スズ・クラネル』に【
「スクハ君、もしかして君も嬉しかったのかい? ベル君にお姫様抱っこされたの」
『……その調子で話しかけてあげればいいのよ。今のはわざとだから。わざと二回言ったのよ。これでも貴女を元気付けるために気を利かせてあげたのよ?』
よほどそれが嬉しかったのか、それとも単純に言い間違えたのか、スクハは二度もお姫様抱っこをしてもらったことを語ってしまい、また恥ずかしさにボフっと枕に顔をうずくめてしまったので、頭を撫でて慰めてあげようとしたら、ばしんと手で払われてしまう。
『寝るわ』
「ああ。また明日スクハ君」
『これだからお人好しは嫌いなのよ』
そんな最近日課になりつつあるやり取りでスクハが眠りにつき、スズが目を覚ます。
スズが【
「スズ君、更新終わったよ」
「はい。その……結果はどうでしたか?」
溜まりにくいとしても、一度に減る量の方が多かったとしても、絶対に限界値であるSにしてみせる。
「写した【ステイタス】を見てごらん」
「結構伸びましたけど…やっぱり魔力減っちゃいましたか。十分幸せなのにな、私……」
「人間ショックなこと一つや二つくらいあるものさ! 気にせずまた幸せ溜めようぜスズ君。一度のショックで50落としたくらいなんだい。明日また50取り戻すほど幸せになればいいんだ。一度に100幸せになったっていいんだよ」
ぐっと親指を立ててあげる。
「そんなによくして下さらなくても、いつも通りで大丈夫ですよ。私は十分幸せですから」
「幸せに十分なんてないんだぜ、スズ君。いつも通りの生活でも、ふと目を向ければたくさんの幸せが転がってるんだ。だから、幸せは両手からこぼれるくらい拾ってもバチなんてあたりはしないんだよ。難しく考えずにいて大丈夫さ。ボクとベル君と一緒に暮らす日々だけで十分と思うくらいに幸せを感じられるなら、気づいた時には400、500にもなってるんだから。スズ君、君はいつも通りにしていればいいんだ。特別でなくても幸せはたくさんやってきてくれること、ボクがゆっくり教えてあげるからさ」
いつも通りに優しく頭を撫でてあげるだけで、スズは幸せを感じてくれる。
スズの作ったご飯を美味しいって言ってあげるだけでスズは幸せを感じてくれる。
だから50なんて数字は大したことはない。
「いつも通り?」
「そうさ。特別なんてなくったって零れ落ちるくらいの幸せを与えてあげられること、ボクが証明してあげるから、また大船に乗ったつもりでいておくれよ」
「そう、ですね。本当に毎日が幸せなら、一日くらい減っても問題ないのに……それに気づかなかったんだ、私。もうたくさんたくさん幸せあるのに、不安になることなんてなにもないはずなのに。神様やベルだけでなく、商店街のみんなからもたくさんたくさんたくさん愛情もらってるのに、十分だと決めつけて、やっぱりこれ以上幸せを求めるのは罰当たりなんだって十分だって自分からラインを引いて……」
「私、これ以上、幸せになってもいいのでしょうか?」
頭で理解できていても、スズは恐る恐るそんなことを聞いてきてしまう。
幸せなんて人の感じ方次第だ。
十分なんて思っている内はどこか遠慮して、きっとたくさんの幸せに埋もれていてもそれに気づけない。
気づけても十分だからと拾わない。
「当り前さ。ボクのスズ君への愛情は無限大なんだから、受け取ってもらえないと行き場をなくしたボクの愛情で世界が押しつぶされてしまうよ。そうならないためにも頑張って受け取っておくれ。何度だって言う。スズ君やベル君が幸せならボクは幸せなんだよ。十分なんかで満足されたらボクが困るんだ」
だからヘスティアは、いつも通りに接しながら、スズにそのことを気づかせてあげて、幸せに限界なんてないんだということを証明するためにも、スズの魔力を限界値である999以上にしてあげることを新たな目標にした。
「だから、さっそくだけどスズ君。今日は家族としてものすごく幸せな寝方を教えてあげるよ」
「寝方、ですか?」
「そうさ!! いいかいスズ君――――――」
ごにょごにょと耳元でささやくヘスティアの提案にスズは顔を赤めるも、家族としては普通のことだと納得し、さらに顔を上気させながらも無言のまま頷く。
スズはヘスティアの期待に応えるために、今夜ヘスティアと共にそれをお試しで決行してみることした。
なんだかんだであれから毎日ヘスティア様とスクハはなんでもない会話のドッチボールをしていた模様。