高まったテンションに身を任せたヘスティアが「今夜はパーティーだ」と一度商店街まで戻り、商店街の皆に新しい髪飾りを自慢しながらスズが食材を買い集める。
スズが無事に見つかったことと嬉しそうに自慢し周るヘスティアへのささやかな贈り物としてやっぱり今日も沢山おまけを貰ってしまった。
「スズをちゃんと見つけられるなんて、兄ちゃんも偉いじゃねぇか。ほらもってけもってけ」
「頼りなさそうに見えてお兄ちゃんしてるのね。これ持ってきなさい」
とベルにもホイホイと今日のあまりものや質の悪い商品だけではなく、選別にと明日も販売できるだろう商品までくれた。
たった数日間だけど、本当にこの商店街の人達はスズのことを好きになってくれたのだろう。
それが自分のことのように嬉しかった。
さすがに商店街に戻ってしまったからもう日が落ちきってしまい、魔石灯が街を照らし出す。
この時間になると一般人の出歩きも少なくなり、商店街の店は閉まり露店は撤収準備に取り掛かり始めている。
逆に酒場のある冒険者通りの方は人の波はないものの人の行き来は目立ち、様々な酒場からは今日の武勇伝を語る男性の笑い声や華やかな女性の話し声など大いににぎわっているいるが、ベル達【ヘスティア・ファミリア】にとってのパーティーと言えば、小さな教会の地下室でスズの手料理を食べながら家族団欒することなので三人は特に目移りすることなく、いつも通りの何でもない会話をしながら教会の地下室に「ただいま」と帰宅した。
スズも落ち着いているし、買い物もし終わって外に出る口実がない今がプレゼントを渡す一番のタイミングだろう。
「スズ」
「今日はソーセージは使わないからしまってもいいよ」
「そうじゃなくって、はい、これ」
バックパックに隠していた魔除けの首飾りが入ったラッピングされた箱を取り出して、食材をしまっているスズに見せる。
それが何なのかまだわからないのかスズは不思議そうに首をかしげていた。
「スズにもプレゼントだよ。昨日稼いだお金で買ったんだ。一〇〇〇ヴァリスの魔除けの首飾りなんだけど、エイナさんと相談して、その、スズにもいつもお世話になっているお礼がしたいかなって」
面と向かって言うのがなんだか照れ臭かったが、それでも一生懸命にスズが喜んでくれるよう考えて買ったものなので、受け取ってもらうように真っ直ぐスズを見つめて言ってあげられた。
するとスズの顔がみるみる内に赤く染めあがって頭を沸騰させてしまう。
「そ、そ、そんなの受け取れないよッ! 私なんかにもったいないよッ!! 私、ベルには何も用意してあげられてないし、それに魔除けならベルが持っていた方がッ」
「ははーん。それでベル君は昨日一人でダンジョン頑張っていたのかい。スズ君。ボクにプレゼントを受け取ってもらった時、嬉しかったろう?」
そんなベルとスズの様子を見てヘスティアが助け舟を出してくれた。
渡す側の気持ちを体験しているスズはプレゼントを否定されたら嫌な気持ちになるのも知っているはずだ。
「嬉しかった……ですけど。ベルからプレゼントされるのすごくすごくすごく嬉しいけど。どんなもの貰っても大切な宝物になるけど。ありがとうってたくさん言いたいけどッ。一昨日も昨日も今日もベル、とっても私のこと心配してくれて、いっぱいいっぱいお世話焼いてくれて、それなのに私……何も用意してあげられてないのに……。いつもお世話になってるの、私の方なんだよ? ありがとうって何度言っても足りないくらい私はベルにお世話になってるんだよ?」
プレゼントのことはすごく喜んでくれている。
それでも申し訳ない気持ちもいっぱいなのか、受け取ってはダメだと自分に言い聞かせるように遠慮しなければならない言い訳を並べている。
自分はお返しをしなければいけない方で、お返しなんて受け取ったらバチが当たってしまう。そう思っているかのように必死に受け取りたいプレゼントを受け取らずに、相手を傷つけないように気を付けながら断ろうとしていた。
だからベルはもっと簡単で単純な気持ちをスズに伝えてあげることにした。
「ありがとうって言ってもらえるだけで十分だよ。その一回だけで十分。僕はただスズに『ありがとう』って言ってもらいたい。スズに喜んで笑ってもらいたいだけなんだ。お世話を焼くとか焼かないとか関係なくて、ただそれだけの単純な理由じゃダメかな?」
スズの言い訳が止まった。
その瞳にジワリと涙が浮かんでいる。
「受け取って、もらえるかな?」
「ありがとう、ベル。大切にするね。すごく大切にする。断ろうとしてごめんね。すごく嬉しかったから。すごくすごく嬉しかったから、受け取ったら、これから先の幸せが全部逃げていちゃいそうで怖かった。ただベルと神様と暮らしていけるだけで幸せなのに、贅沢したら、全部全部逃げて行きそうで怖かった。ごめんね。ありがとう」
しばらく箱も開けずに大切に抱きしめて、嬉し涙も我慢して、だけど本当に幸せそうに箱を抱きしめ続ける。
感じている幸せを逃がさないように、長い間プレゼントを愛おしく抱きしめるその姿をベルとヘスティアは温かく見守る。
「なくなったりしないさ。なくならせたりしない。この先ずっと僕達は家族だよ」
「そうさ。ボク達は家族でこれからもずっとずっと一緒さ。だからスズ君。箱開けてごらん?」
「うん。ありがとう。ベル。神様。ありがとう」
スズは丁重にラッピングを取り、箱を開け、小さな魔除けの鐘が付いたシルバーネックレスを取り出すと、リンと心地がよい音を小さな鐘が奏でた。
スズは魔除けの首飾りを愛おしく両手でもう一度抱きしめてから、自分の首に掛けて「どうかな?」と顔を赤めながら魔除けの首飾りを見せびらかすようにスズは愛らしく舞い、リンリンとそれに合わせて鐘鳴る。
「とてもよく似合ってるよスズ君。ベル君もなかなかいいセンスしてるじゃないか」
「スズが気に入ってくれたなら僕も嬉しいんだけど」
「気に入ったも何も、大喜びだよッ! 幸せいっぱいいっぱいだよッ! ベル、本当にありがとね。新しい家宝にするねッ」
スズの笑顔に合わせて、揺れる大きなリボンと髪に合わせてリンリンと鐘が鳴る。
「それともう一つあるんだけど、こっちの髪飾りも受け取ってもらえないかな?」
最後にもう一つ、新しい家族、スクハのために衝動買いしてしまった髪飾りの入った箱を取り出す。
スクハはスズの記憶を持っているから魔除けの首飾りだけでも喜んでくれているとは思ったが、やはりプレゼントするなら家族みんなに一つずつプレゼントしたいと思い切って購入したのだ。
約束もあってスズにはスクハのことは話せないけど、別々のタイミングで渡せば、きっとスクハなら自分へのプレゼントだとわかってくれるだろう。
「えっと、スズがまた怖くなって走り出しても、すぐ見つけられるように……極東では鈴って呼ばれてるタイプの丸い鐘がついた髪飾りなんだけど。その、これも受け取ってもらえるかな?」
そういう気持ちもあったから嘘ではないが、嘘やごまかしが下手なベルは少し目が泳いでしまった。
なのでそれがものすごく後ろめたい気持ちがあるようにスズの目に映ってしまったのではないかと不安になってくる。
「嬉しいけど、その、えっと、貧乏なんだからあまり無駄使いしたらダメだよ? でも、ありがとね、ベル。迷惑掛けっぱなしな私だけど、こんな私を大切に思ってくれてありがとう」
それを無駄使いしたせいだとスズは思ってくれようで、スズはそう注意しながらもまた大切にプレゼントを抱きしめて受け取った幸せを堪能した後、取り出した髪飾りを右耳少し上あたり、四つの鈴が付いた紐が耳の横に垂れ下がるように、ヘアピンとしてではなくただの飾りとしてセットする。
この程度なら紐が激しく動いても邪魔にならず視界もおそらくさえぎらないだろう。
スズがくるりと一回周るとリンリンリンと鐘と鈴の音が心地よく響いた。
魔除けの音なおかげか近くで聞いていても不思議と耳障りには感じない。
でも、ベル自身が買っておいてなんだがついつい思ってしまう。
「えっと、うるさくないかな?」
「大丈夫だよ。この音好きだから。多分このくらいなら索敵の邪魔にはならないかな」
スズは嬉しそうに何度も踊るように舞ってリンリンと鈴と鐘の音を堪能しながら髪飾りの紐の動きを確かめて「うん、大丈夫。聞こえるし見えるよ」とダンジョン探索時のことももうしっかり考えているあたり本当にしっかりしている。
「丁寧な装飾だし高かったよね。私のために頑張ってくれてありがとう。本当にありがとうベル。大好きだよ」
そして不意に、幸せそうに、満面の笑みで、そう言った。
その晩の食事は今日帰りに買って来た子羊を燻製にした肉のスライスと、温めてすりつぶしたポテトにグリンピースを加え砂糖、塩コショウと調味料におまけとばかりに魚肉ソーセージまで入れて、ヨーグルトとマヨネーズに加え、そこにタマネギのみじん切りとまた塩コショウ。
最後の仕上げに刻んだゆで卵を振りかけて横にはスライスされたトマトやブロッコリーが添えられている気合の入れっぷりだ。
それだけでは収まらず、半分に切ったパンを軽く焼き、その間に香ばしく焼き上げたベーコンとすりつぶしたゆで卵にとろけかけたチーズを挟んでいるものと、野菜のスープまである始末だ。
はっきり言うと、スズは超ご機嫌だった。
ご機嫌すぎて腕によりをかけすぎていた。
完璧に何かを祝うような大量のメニューに加え、冒険初日に出されたミードのビンまで置かれている。
これらの品を作っている時も鼻歌を歌っていたし、全ての品をこしらえ終えてみんなでテーブルに着いた時もすごくニコニコして「どうぞ!」と満面の笑みで両手を広げて食べてもらうのを待っている。すごく美味しそうな品の数々だが、田舎暮らしだったベルはその品と量に圧倒されていた。
食べきれない量では決してないし、これだけ食べればお腹いっぱいになること間違いなしなのだが、豪華すぎじゃないかなと食事をしながらもベルはヘスティアの方に目を向ける。
「よっぽどう嬉しかったんだろうね。ボクも君達のプレゼントでもう泣くほど嬉しかったしこうなっても仕方ないかな。ベル君、大好きなんて言われちゃってさ、責任とらないとダメだぞ?」
「か、か、か、神様!! からかわないで下さい!! スズだってそういう意味で言った訳じゃないんですから!!」
「ん?」
フォークを銜えたまま何のことかわからないのか、スズはリンリンと鈴の音を立てながら不思議そうに首をかしげる。
「えっと、スズは異性として僕が大好きなんじゃなくて、その、兄妹として大好きなんだよね?」
「異性として?」
しばらく何の事だか本当にわからないのか「んー」とフォークを銜えたまま固まっていたが、言葉の意味に気付いたのか一気にボッとスズの顔が真っ赤になった。
「ち、ち、違うよッ!! ベルのこと大好きだけど、そういう大好きじゃなくって、結婚したいとかじゃなくて、えっと、違うんです神様ッ!!」
「本当かい?」
「本当です!! 神様は私の噓がわかるんじゃないんですかッ!?」
「うん。スズ君は噓をついてないね。だからダメだよスズ君。嬉しいのはわかるけど、大好きなんて不用意に異性の前で言ったりしたら。スズ君可愛いんだから勘違いされてしまったら大変だろう? ベル君だってこれでも男の子なんだから、ボクがフォローしなかったら、あんなことやこんなことされてたかもしれないじゃないか。まあベル君がそんなこと――――」
「ベルはエッチなことできませんッ!!」
するわけないけどねとヘスティアが言う前に、スズが勢いでそんなことを言ってのけた。
フォローのつもりで言ったであろうその言葉はそれはそれで失礼な言葉であり、せめて「エッチなことしません」と言ってもらいたかった。
きっとスズは意図して言ったわけでもなく意味も知らないだろうが、男として『できない』と断言されて地味にショックを受けているベルを見てヘスティアはついつい噴き出して声を出して笑ってしまう。
「え、あ、ちがうのベル!! 魅力がないとかそういうのじゃなくって、えっと、ベルにならどんなことされても大丈夫だよッ!!」
慌ててスズが言った考えなしのフォローの言葉に今度は「なんてこといっちゃってるの!?」とベルが噴出してしまう。
ヘスティアにいたっては笑いが止まって顔面蒼白になってしまった。
「恥ずかしくてもベルが嬉しいなら我慢、するよ? でも、えっと、大好きだけど、そういうのじゃ、その、ないから……エッチなのはいけないと思いますッ」
ぷしゅーと湯気を立ち上げるかのように顔を上気させてそう言ってスズは顔を伏せてしまう。
「ごめんよスズ君。ちょっとボクもからかいすぎたよ。機嫌なおしておくれ?」
「……機嫌は悪くないですけど……あまりそういうこと言わないでください」
頬を赤めたまま食事にまた手を付け始める。それを機にその話題はそこでばっさりと打ち切られた。それでも少し気にしているのか、スズはミードをちびちびとコップで飲みながらちらちらとベルの様子をうかがっている。
「あ、そうだ。神様、ベルの【スキル】の効果が何となくわかりましたよ」
「お、早いね。さっそくダンジョンで試してきたのかい?」
「はい。スズが想いがトリガーなんじゃないかって言って、それで『守りたい』って思っていたら右手に光が集まってきたんですよ。その後攻撃してみたら支給品のナイフなのにダンジョンの壁がざっくり斬れちゃいまして。でもその分体力消費が大きくて――――」
「なるほどね。勝手な見解を言わせてもらうと――――」
スズが話の軌道を変えてくれたおかげで、話の尾を引くこともなく今朝試した【
ヘスティアが言うにはなんでも、一撃にすべてを賭けた逆転の一撃らしく、自分より強大な敵を倒すための、強大な敵から大切な人を守るための、英雄に憧れたベルが英雄になるために編み出した【スキル】らしい。
おそらく最大まで力を溜めればLV.2相当の攻撃が出来るが、その瞬間出力に体が耐えられず反動で一気に体力を消耗しているのではないかとのことだ。
今日はかなりの
§
いつものようにベルの【ステイタス】の更新からし、その後ベルには一度出て行ってもらいスズの【ステイタス】の更新作業に入る。
今日ベルの【基本アビリティ】はずいぶん伸びていたのでおそらくスズの【基本アビリティ】も伸びているだろうなと、子供の成長記録を嬉しそうにつけていくヘスティアだが、スズの中に『何か』妙な【
今日経験した出来事だと思われるが、それにしては地面にそびえたつ大樹の根のように古く深くまで伸びているような感覚がする奇妙な【
引っ張り出せば【スキル】になりそうだが、【
『それに手を出すのはやめておきなさい。『スズ・クラネル』まで壊れてしまうわ』
迷っていると呆れたようにスズが、【
「またすぐに出てくるとは驚きだよ。ベル君がプレゼントを二つ買ったということは、ベル君の前にも出たんだろう?」
『貴女が安易にトラウマを刺激しようとするから注意しにきただけよ。すぐに引っ込むから安心なさい』
「まあせっかく出てきてくれたんだ。ゆっくりまた話そうじゃないか【
『スクハよ。その名前をベルに話す訳にもいかないし、少し文字ってクスハでも可愛いと思ったのだけれど、スクハの方が私らしいと思ったからそう名乗ったわ』
いつも通り淡々と喋っているが、その表情はどこか少しむっとした感じだった。
昨日の時点で【
おそらく【
やっぱり話しかけて眷族として迎え入れてあげたのは間違いでなかったことが嬉しくて、突然出てきたにもかかわらずスクハを受け入れて優しくしてくれたであろうベルに感謝した。
『人の顔覗き込んでいる暇があったら、そんな『物騒なもの』には触れず早く【ステイタス】の更新を終わらせなさい。そんなもの掴まれたままでは安心して眠れもしないわ』
「トラウマを刺激、と言ったね。昼にスズ君が怯えて走り出したのと関係あるのかい?」
『ええ。でも話せないわ。今のところ『スズ・クラネル』は『私』を認識してないけど、もしものことがあるしあんなものを知るのは私一人で十分よ。貴女はベルと一緒に『スズ・クラネル』に愛情を注いでくれていればそれでいいの。今後の更新で『それ』を見つけても必ず無視しなさい。『スズ・クラネル』のことを思うなら『それ』を覗こうなどとも思わないことね。後、早く更新を終わらせてくれないかしら。上半身丸出しで話をする趣味は私にはないのだけれど。それともなに、貴女は幼気な少女の服を剥いで馬乗りになる趣味でもあるのかしら。だとしたらごめんなさい、貴女とは仲良くなれそうにないわ』
「初日のあれは事故でボクはノーマルだっ!!」
「……ん。神様。更新終わりましたか?」
スクハではなくいつの間にかスズに戻っている。
前回の仕返しとばかりにからかわれて逃げられたようだ。
今頃スズのなかでしてやったりと思っているだろうスクハに今度はヘスティアがムッとさせられてしまった。
「もうすぐ終わるから待っていておくれ、っと」
魂の奥底まで根づいてしまっている『それ』を元の位置に戻すと、『それ』はまるで最初からなかったかのように見えなくなってしまった。
おそらくスクハが隠したのだろう。
魂の奥底まで根づいているそれを神の目からも隠すなんて器用な子だとヘスティアは関心と同時に呆れてしまい、そしてなによりも心配にもなってくる。
スクハは魂まで根を張っている『トラウマ』を【
そんなもの一人の人間の心が耐えられるわけがない。
心どころか魂を壊すレベルの問題だ。
最初スクハから感じた寒気や冷たさの正体はおそらく、この魂に根付いた『トラウマ』そのものだろう。
それなのに最初出会った『恩恵』を授ける前のスズからはそう言った『冷たい』ものは一切感じられなかった。
【スキル】化する前からスクハはそんなトラウマからスズを守り続けていたのだろうか。
何か違和感がある気がするが、その違和感がわからない。
でもスクハがずっとそんな『トラウマ』を背負い続けている事実だけは変わらない。
そんな辛い思いをし続けているのに、手が届くところにいるのに、幸せにして上げるどころか手を差し伸べてあげることも出来ないなんて、孤児院の象徴としてあってはならない。何が何でもスクハにも幸せになってもらおうという気持ちが強くなる。
「はい、スズ君。終わったよ」
「【基本アビリティ】どうでしたか?」
「かなり上がってるよ。ベル君もそうだけど頑張っているね」
スズ・クラネル LV.1 ヒューマン
力:i 30⇒60 耐久:i 42⇒98 器用:i 38⇒62
敏捷:i 15⇒30 魔力:h 94⇒106
「やっぱり一日分ベルに遅れたの大きいですね……」
「今日はベル君もやたら伸びていたからね。まだ【基本アビリティ】が上がりやすい数字とはいえ、どれだけ大暴れしたんだい?」
「確か……普通に潜っていたと思いますけど」
よく思い出せないのか、「んー」と悩んでいる。
おそらくスクハがベルを連れまわって暴れまわったのだろう。
それはいいとして、ヘスティアが予想していたよりも魔力の伸びがあまりよくないのが気がかりだった。
ダンジョンで魔法を控えていたとしても【
蓄積魔力が頭打ちになったのだろうか。
それとも蓄積魔力量とは【基本アビリティ】とは別のところにあるのだろうか。
「ベル。もう入って来ても大丈夫だよ。なんだか今日はすごく丈夫になってるけどどうしてだろ?」
「え、えっと……な、なんででしょう?」
「どうしたのベル。赤くなって」
「なんでもないよ! うん、なんでもない! なにもなかったよ」
ふと二人の会話に目をやるとベルがスズから目をそらしていて、スズがリンと鈴を鳴らしながら不思議そうに首をかしげていた。
きっとスクハが何かしでかしでかしてしまったのだろう。
次にあったらスクハにも無理をしないように注意しないといけないなとヘスティアは軽くため息をついた。
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§鈴の音色だけは届いた気がした§
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夜、『スズ・クラネル』が『悪夢』を見そうになったので慌てて受け持ち目を覚ます。
暗くてよくわからないがおそらく午前二時ごろだろうか。
また中途半端な時間に目が覚めたものだ。
節約のため魔石灯の灯を最低まで落としてしまっているのでなかなか目が暗闇になれてくれなかったが、ようやく薄暗い部屋の様子が目視できた。
ベッドから手の届くほど近くの化粧台に『スズ・クラネル』が閉まった魔除けの首飾りと髪飾りを『スズ・クラネル』が少しでも落ち着いてくれるように身につけて、リンリンと鈴と鐘を鳴らす。
鳴らしてからベルとヘスティアを起こしてしまったのではないかと心配になって二人の様子を慌てて確認してみた。
ベルにこれといった動きはない。
ヘスティアは、のんきにも幸せな顔で眠っている。
ヘスティアが『アレ』に少し触れたせいで『スズ・クラネル』が『悪夢』を見そうになったかもしれないと思うとこののんきな寝顔が途端に憎ったらしくなり落書きでもしてやろうかしらと思ってしまうが、それは『スズ・クラネル』が望むことではないので止めておく。
それに昼間は別のことが引き金となり『トラウマ』が私から漏れ出してしまったのだから、幸せそうな空間に安心をして油断をしていた私が悪いのは明白だ。
自分の失態に憂鬱な気分になるのはいつ振りだろうか。
そんなに昔の話でもないはずなのに遠い過去のように感じてしまう。
今日はもう眠れそうにないが、ベルのプレゼントのおかげか、先ほど不意に『悪夢』に襲われそうになったにも関わらず『スズ・クラネル』は穏やかに眠ってくれている。
―――――ベルには感謝しておこう―――――
だけどこのまま何もせずに『スズ・クラネル』が目覚めるまで待つのは堪える。
術式を考えてもいいのだがそんな気分にすらなれない。
そういう時は何も考えずに故郷のミードに酔うのもたまには悪くないだろうと冒険初日に『スズ・クラネル』が開けたミードのボトルとコップを持って、二人を起こさないように静かに地下室を出る。
リンリンと何度も鈴を鳴らしてしまったが何とか二人を起こさずに地下室から出られたことに私は安堵の息をついた。
魔石灯がない階段は真っ暗闇だが夜目は効く方だし、階段を上がり切った先の祭壇真上は天井が壊れており星空の光がうっすらと祭壇を照らしている。
あそこで星空を眺めながらミードをちみちみ飲むのも悪くないだろう。
私はゆっくりと暗闇の階段を登っていく。
「っ」
階段の段数を一段多く数え間違えて危うくバランスを崩して地面と接吻をする破目になるところだった。『スズ・クラネル』の体もミードもコップも無事。
今のは危なかったと思う。
素直に携帯用の魔石灯を用意しておくか、【ソル】の術式を代えて灯を燈すべきだった。
だけど階段の段数を少なく数え足の小指を角にぶつけなかっただけマシだと思おう。
先ほどの失態はなかったことにして祭壇に腰掛け、コップにミードを灌ぎ星空を見上げる。
雲一つない澄み渡る星の海。
明日もいい天気になるだろうと思いながら甘いミードを一口含む。
お母様の作ったミード。
里に戻って屋敷内を探せばまだあるかもしれないが、そんな危険な真似は出来ない。
このボトルを空にしてしまうと残りボトルは二本。
私の精神安定剤としてはいささか心もとない本数だ。
下手したら今日だけで今のボトルを空にしてしまうかもしれない。
同じ味には絶対なりえないが、多少妥協して自家製のミードを今の内から作り始めた方がいいだろう。
ずいぶん酒に頼った堕落した生活なことでと自分に溜息をつき、もう一口含み長い時間舌で転がすように味わいながまた星空を見上げると、リンリンと耳元で心地のよい音色が響いた。
ベルが『スズ・クラネル』……いや、おそらく私のために買った髪飾りの鈴が上を見上げた時に鳴ったのだろう。
優しく髪飾りの紐を撫でてリンリンと自分で鈴を鳴らしてみる。
心安らぐ音色だ。
『スズ・クラネル』もこの音が好きなのか幸せな夢を見てくれている。
私なんかに買ってどうするのと渡された時は呆れてしまったが、魔除けの鈴とはよく言ったものだ。
この穏やかな音色を聞いていると『悪夢』がほんのわずかだけど和らいだ気がした。
本当に気がしただけで、気のせいだというのも、無駄だというのもわかっている。
それでも私は星空をただただ見つめ、ミードを一口含んではリンリンと自分の手で髪飾りの鈴を鳴らし続ける。
リンリンとスズの音が鳴る。
少なくとも、『私』はまだ人間だと実感できて嬉しかった。
リンリン、リンリンと鈴の音が鳴る。
少なくとも、『私』は『私』でまだいられているんだと実感が出来たのが嬉しくて、口元が緩んでいる自分に気付いた。
リンと鈴の音が止まる。
―――――――ああ、私はまだ生きているんだ―――――――
もうそれ自体は嬉しいのか悲しいのかすらわからない。
それでも、『私』はまだ、プレゼントをされて『喜び』を感じることができる。
それがたまらなく嬉しくて、それでいて悲しい。
リンリン、リンリンと鈴の音をまた鳴らす。
故郷の味を味わうのも忘れて、ただただ無心で私は壊さないように気を付けながら、優しく髪飾りの紐を撫でて鈴を鳴らし続けた。
スズとスクハがどういう子かを伝える一章はこれにて終了です。
次章から『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』1巻の物語がようやく始まる予定です。