スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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色々な人に挨拶をするお話。


Chapter10『挨拶の仕方』

 翌日スズは無事本調子に戻ってくれていたのでベルは安堵の息をついた。

 

 また無理をさせて倒れさせるわけにはいかないので、早朝はゆったりとスズと何でもない話をしながら家事をして、ヘスティアが起きる七時ごろに二人で朝食を作る。

 一日ぶりのスズの手料理はやはり美味しく、スズが元気になってくれてほっとした分三人で気持ちよく食事ができてより美味しく感じられた。

 

 たった六日だけど、もうこの生活が三人にとっての掛け替えのない慣れた日常なんだと実感する。

 朝食の後ヘスティアの神友であるミアハの【ミアハ・ファミリア】ところに挨拶をしに行くと、お近づきの印にと回復薬(ポーション)を二本も貰ってしまった。

 

 回復薬(ポーション)のセット先は足に装着できるレッグホルスターが使いやすいと教えてくれて、餞別にとレッグホルダーも二つプレゼントしてくれたミアハを【ミアハ・ファミリア】の構成員である犬人(シアンスロープ)のナァーザが無言のまま睨みつけていた。

 【ミアハ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】と同様に【貧乏ファミリア】で構成員もナァーザ一人らしい。

 こんなに大盤振る舞いしたら家計が火の車になること間違いなしだ。

 

 それを見かねたのか、スズがベルの袖をくいくいと引っ張って顔を見上げてきたので、「思うようにやっていいよ」という意味を込めて笑顔で頷いてあげると、スズは嬉しそうにベルに笑顔を返してナァーザと向き合う。

 

「これからも末永くお付き合いしたいので、普通の回復薬(ポーション)を二つ買わせていただきますね。ナァーザさん、一〇〇〇ヴァリスでいいんでしょうか?」

「ん。ありがとう。この調子でお得意様になってくれると嬉しい……」

「はい。これからよろしくお願いしますねナァーザさん」

 スズは笑顔を作って一〇〇〇ヴァリスちょうど共通資産にしている冒険準備費の袋から取り出し、それをスズがいつも自分用に持ち歩いていた花の刺繡が施されたピンクの巾着袋を移してナァーザの左手に手渡す。

 

「巾着袋は私からのプレゼントです。私達が貰ってばかりでは悪いので、ナァーザさんが使ってくれたら嬉しいかなって。お勘定の確認お願いします」

「……」

 ナァーザが少し顔を伏せた後、巾着袋の中身を確認して「ありがとう」ともう一度だけお礼を言って商品である回復薬(ポーション)の試験管を二本スズに手渡しする。

 

「ふふっ、ヘスティアよ、そなたの子もずいぶんよい子ではないか」

「当り前さ。スズ君もベル君とてもいい子な自慢の子供達だよ」

 そんな子供思いな神様達に見守れながら、さっそくベルはスズと一緒に足にレッグホルスターを装着して二本ずつ回復薬(ポーション)をセットする。

 

「ありがとうございます。ミアハ様。ナァーザさん。大切に使わせていただきますね!」

「……ベルも妹さん困らせないように……。しっかり稼いでまた買ってくれたら、私もミアハ様もお腹もふくれる……。ベルもスズも回復薬(ポーション)で安心できる……」

「そ、そうですね。回復薬(ポーション)があるのとないのとじゃ気持ちもだいぶ違うし、スズもナァーザさんと仲良くやっていきたいみたいですし、これからもちょくちょくよらせていただきますよ」

 

「……お得意様ゲット……」

 ナァーザが小さくガッツポーズをするのを見てたくましいなと感心する反面、すごく苦労してるんだなと同じ貧乏生活を送っている身として、明日は我が身にならないように気を付けないとと思わず苦笑してしまう。

 

 別れ際にスズが笑顔で大きく手を振るのに対してナァーザは小さく胸のあたりで手を振り返してくれた。

 それをミアハはどこか嬉しそうに見守っていたのを見て、ヘスティアの神友だけあっていい【ファミリア】だなとベルは思った。

 

 

§

 

 

 バイトがあるヘスティアと別れた後、エイナにスズが無事回復したことと、レッグホルスターと回復薬(ポーション)を二本ずつ用意したことを報告しに行くためにギルド本部に顔を出しに行った。

「スズちゃん。もう具合は大丈夫なの?」

「はい……。その、心配をお掛けてすみませんでした……」

「心配するのが私のお仕事だからそこは気にしないでいいけど、体調管理は気を付けないとダメよ? 【神の恩恵(ファルナ)】を受けたばかりの冒険者は急激な身体能力向上のせいで自分の無理を自覚できないことが多いんだから。特にスズちゃんは家事も頑張ってるんだから、毎日ダンジョンに行かずにたまには休むことをも忘れちゃダメ。駆け出しの冒険者は勘違いしがちだけど、他の冒険者だって毎日ダンジョンに行っているわけじゃないの。たまには遊んだり羽を伸ばしたりしないと、第一級冒険者だって心の方が先に疲れちゃうんだから」

 

 ベルもそこは意外に思えた。

 冒険者はみんな超人で毎日ダンジョンに潜って怪物(モンスター)相手に無双をしているイメージがあった。でも実際は【神の恩恵(ファルナ)】でランクアップして神に近づいても、まだまだ魂が人間は人間のままらしい。

 体が疲れにくくなっても心が疲れ切ってしまえば熱も出すし、ランクアップで急激な身体能力上昇に慣れるのにも多少時間が掛かってしまうようだ。

 

「今度神様がバイトお休みの日に、一緒に本屋さん行こうかなと思ってるんですけど。そういうのでも大丈夫でしょうか?」

「もちろん。楽しめることならなんだって構わないわ。ベル君も何か趣味を見つけないとダメよ?」

「えっと、なんだか自分を見つめ直したら僕、冒険するのが趣味なような気がしてるんですけど。子供のころもそれで野生のゴブリンに遭遇して危なかったこともありますし……その、えっと」

「却下。それは問題外っ!!」

「ですよねー」

 英雄譚に憧れていたベルは畑仕事や家事の時以外は、異性との素敵な出会いと冒険を夢見ていたせいで、それ以外これといったことが思いつかなくて、それを否定されてしまい軽く肩を落とした。

 

「スズちゃん。ベル君が無理しないようにしっかり見ておいてあげて。昨日の一人で冒険に出た時は言いつけ『だけ』は守ってくれたけど、いつかほいほい調子に乗って一人で下の階層まで降りて行きそうで怖いわ」

「私も昨日すごく心配しちゃいましたよ。一階層なら十分通用するってわかってたけど、ベルは英雄に憧れてますし。私もそこのところすごく心配です。ね、ベル」

 くすくすと嬉しそうにスズがベルを見て笑って、一人でダンジョンに潜ってヘスティアに【ステイタス】を更新してもらった昨日の夜のことを思い出して、恥ずかしさに顔を上気させてしまう。

 

 昨日の更新でベルは念願であった【スキル】が発現した。

 それはベルにとって喜ばしいことだし、スズもヘスティアも自分のことのように喜んでくれた。

 なのに思い出せば出すほど恥ずかしくなる理由は、その【スキル】の名前にあった。

 

 

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英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

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 ご大層な名前の【スキル】だった。

 【魔法】や【スキル】は【経験値(エクセリア)】はもちろんのこと、『恩恵』を受けた者の本質や望みなど反映される。

 つまり背中に刻まれたこんなご大層な【英雄願望(アルゴノゥト)】なんて【スキル】は、『僕は英雄になりたいんだああああああああああ!!』と穴に向かって誰にも話せない本心を叫んでいる現場を目撃されたようなもので、この年で本気で英雄になりたいという夢を持ち続けているのが二人にばれて、【スキル】発現の喜びから一気に穴があったら入りたい気分に陥ってしまった。

 

 ヘスティアには「ベル君可愛いね」と微笑まれて、スズには「私応援してるよッ」と何の悪気もなく純粋に応援されたせいで部屋の隅で膝を抱えてうずくまるはめになった。

 

 

 そのせいでスズに「恥ずかしくないよッ」「英雄ってかっこいいよッ」「えっと、剣とか輝くんだよッ」「とにかくすごいんだから憧れるの当たり前だよッ」「私達を守る英雄になりたかったんだよね。ありがとうベル」と色々とフォローされてしまった。特に最後の本当に嬉しそうに言ってくれた言葉がトドメになって、そう思っていたことは自分自身で言ったはずなのに、いざ他の人の口からそんな恥ずかしい台詞を言った自分のことを語られると、過去に行って「もっとマシなこと言えよっ!!」と自分自身を殴り飛ばしたくなる。

 

 

 おかげで昨日はまたしばらくの間、恥ずかしさのあまりスズの顔をまともに見ることができなくなってしまった。

 

「ダメよベル君。ダンジョンなんて危ないだけのところにそんな憧れを抱いちゃ。妹のスズちゃんと神ヘスティアとの暮らしを守ることだけを考えないとダメ。ベル君はお兄ちゃんなんだから」

 その妹と神様を守ろうとしたら、【英雄願望(アルゴノゥト)】なんてスキルが発現しちゃいましたなんて言える訳もなく、英雄みたいに強くなれば大切な者全部守れるなんて本気で考えてしまったことをこれ以上知られたら恥ずかしさのあまり外を出歩けなくなってしまう。

 

 今日もまた『冒険者は冒険しちゃいけない』ということから始まるエイナの講義で、不意打ちでピンチになったら本来そこで終わりなことと、何とか運よく生き残れた場合、敵を倒すことよりも怪我人を連れて戦線の離脱を第一に考えなければならないことを今日は教えてくれた。

 

 もしも他に冒険者達がいる場合、不干渉が暗黙の了解であるものの緊急事態としてその冒険者達に頼るのもありらしい。

 逆に中には相談なしに無理やり怪物(モンスター)を押し付けて逃げていく冒険者もいるらしいので下の階層に行けば行くほど様々なことに気を付けなければいけないそうだ。

 

 まだ講義の途中であったが、ギルドの事務仕事も押しているらしく、エイナはまだまだ教え足りないのにと残念そうに講義を中断して「今日も無理せず頑張ってね」と外まで見送ってくれた。

 

 

§

 

 

 そして一日ぶりのスズとのダンジョンだが、やはり昨日一人で潜った時とは段違いに戦いやすい。

 スズも一昨日の冒険で溜まっていた【経験値(エクセリア)】で【ステイタス】を更新してもらったおかげで、ただの【ソル】や剣の攻撃でもゴブリンやコボルトなら一撃で粉砕できるようになっていた。

 

 いよいよもって一層なら問題なく怪物(モンスター)を蹴散らせるようになってきたので、回復薬(ポーション)もあり防御の数値も伸ばすために、今はベルも前衛に二体までならそれぞれ撃破。

 三体以上と出くわしたら今まで通り連携で撃破。

 探索時も今まで通りスズが先頭のポジションを維持して周囲を警戒しながら一階層をふらふらとふらついている。

 

 昨日のソロ探索の効果が出ているのか、ごくまれにだがスズが事前に察知できなかった分の怪物(モンスター)にベルが気づくことができて、今のところすべての怪物(モンスター)に対して先制攻撃を仕掛けることができて圧勝している。

 【基本アビリティ】0でも探索可能な場所だけあって、ほんの数日でも連携をして油断さえしなければ楽勝である。

 その分、楽勝だと思いこんだまま下の階層を同じ気分で降りていたら一昨日のような不意打ちをもっと強い怪物(モンスター)から受けて全滅していただろうから、一階層で探索に慣れてから二階層に行くようにアドバイスをしてくれたエイナには本当に頭が上がらない気持ちだった。

 

「ところでベル。【英雄願望(アルゴノゥト)】は使ってるの?」

「どうなんだろ。攻撃とか特に変わった感じはしないけど。発動条件なんなんだろう」

「チャージ実行権だから、【魔法】の溜めみたいに自分の意志で発動できるはずなんだけど……。攻撃する時に「守るぞ!」とか「倒してやるぞ!」とか想いを込めてみたらどうかな? 【英雄願望(アルゴノゥト)】なんだから、そういう挑んだり守ったりする時の戦う気持ちを力に代えてチャージするのかもしれないし。私の【ソル】も、精神力追加してチャージ自体は可能なんだよ」

 スズはそう言うと剣を壁に向ける。

 

「【(いかずち)よ】」

 

 いつもはすぐに発射される雷光が分かりやすくバチバチと剣先に溜まって放電して、しばらくするといつもより大きめの拡散する電撃が発射されて壁に炸裂して壁が雷の熱で熱しられて煙を上げる。

 

「今のが普通にチャージするだけの術式なんだけど、これに気持ちを込めてやると」

 再び剣先が放電し出すが先ほどより放電の規模が広く激しさも増し、さらに巨大な電撃が発射された。

 【ソルガ】ほどの威力ではないが炸裂した衝撃で今度は壁が少し削れていた。

 

「同じ術式でも気持ちだけでもずいぶん変わるから、発動トリガーがない【英雄願望(アルゴノゥト)】は想いと行動に反応する【スキル】だと思うんだ」

「神様も攻撃や自発的な動きで発動するものかもしれないって言ってたし、ちょっと試してみるね」

 真っ直ぐ壁を見て短剣を構える。

 

 何を想おうかすぐに決まった。

 

 

 スズを守りたい。

 神様を守りたい。

 そのために強くなりたい。

 おとぎ話に出てくるような英雄になって大切な人を守りたい。

 そう強く願う。

 

 

 すると短剣を持つ右手に光が集まり始めた。

 沢山の氷の結晶のように小さな淡く輝く純白な光達が右手に集まり収縮されていく。

 リン、リンという小さな鐘を鳴らすような心地のいい音と共に光粒が右手に集まっていく。

 

『綺麗な光。ベルみたいに綺麗で心地いい音色。おそらくだけど、次のアクション……攻撃に効果が乗るんじゃないかしら。巻き込まれたくないし、少し下がらせてもらう、ね』

 スズがそう言うとT字路後ろの広間まで下がった。何が起こるかわからない分大げさなくらいがちょうどいいだろう。

 

「それじゃあ壁に攻撃してみるよ?」

「うん。気を付けてね!」

 今まではベルの攻撃力と支給された短剣ではダンジョンの壁を壊すどころか、ひっかき傷程度のかすり傷しかつけられなかった。

 

 それがスキルでチャージしたらどのくらい伸びたかすごく気になる。

 あわよくば短刀の刃痕をくっきり残せるんじゃないかと期待して短刀を一振り壁に向かって薙ぎ払う。

 

 するとざっくりと壁に裂け目が出来た。

 それは刃渡り二〇Cではどうあがいても幅が足りない裂け目。

 轟音と共に放たれた光の斬撃は三M以上の横幅の大きな裂け目を作り、その奥行は五M以上は続いているだろうか。

 刃痕を残すどころではないその威力に思わずベルは腰を抜かしてしまう。

 

「すすすすすスズ! なんかすごいことにならなかったっ!?」

「【魔法】を使う私が言うのもなんだけど、物理法則もなにもあったものじゃない一撃だったね。これだと英雄願望というよりも英雄になるための一撃かな?」

 スズがまじまじとベルが作り出した裂け目を覗き込んでそう言った。

 

「ベル。今の一撃で何か消費した感じはした?」

「いや、特になにも……」

 ないよ、と立ち上がろうとしたらガクリと膝に力が入らず前のめりに倒れそうになって、ズズに慌てて支えられてしまう。

 

「一発でこの威力だから体力がすごく消費されるみたいだね。チャージ時間中は無防備だし使いどころが難しそうだけど……おめでとうベル。憧れてた必殺技だよ!」

 スズが自分のことように喜んで思いっきりベルの頭を抱きしめる。

 

 スズの胸が顔に当たって痛い。

 スズの平らな胸が洗濯板みたいでゴリゴリして痛いという失礼な意味でなく、コート下に着こんでいるプレートメイルのせいで痛い。

 

「ありがとうスズ。でも鎧で痛いからっ! 嬉しいけどすごく痛いから!!」

「ご、ご、ごめんね! 私も嬉しくてついッ」

 慌ててスズはベルを解放してあげる。

 

「ベル、歩けそう?」

「うん。力が一気に抜けた感じがしてビックリしたけど、何とか大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、スズ」

 不安そうに見つめてくるスズを安心させるためにいつも通り頭を撫でてゆっくりと立ち上がる。

 

 少し短剣を素振りしたり軽く反復飛びをしたりして今の自分のコンディションを確かめてみる。

 そんな確かめるだけの少しの行動で眩暈がした。

 気を抜くと膝の力が抜け足の踏ん張りが効かずに倒れそうになる。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の威力は絶大だが、スズの言う通り体力消費が激しく、一発で戦況をひっくり返せそうな反面、その一発の後が続かない正真正銘の必殺の一撃だ。

 

 休憩を挟まないと戦闘に支障が出るレベルの消費量でとても連戦には向いていない。

 それでもこの一撃は、絶対的な不条理にも立ち向かえる。

 立ち向かえなくても自分を奮い立たせてくれる原動力になってくれる。

 そう信じさせてくれる切り札だった。

 

「それじゃあお昼を食べに戻ろうか。スズのバックも膨れてきたし、【英雄願望(アルゴノゥト)】の効果が何となくわかったから無理する必要はないしね。簡単に使える【スキル】じゃないけどスズの言う通りまさに必殺技って感じで嬉しいよ」

「ベルが願って発現した【スキル】だもん。カッコいいに決まってるよ。今度は武器の攻撃力も反映されるかとか、チャージ時間とか色々検証してみないとね」

「何度も使うのは勘弁かな」

『どうせなら回復薬(ポーション)が効くかどうか今から試してみない? もしも回復薬(ポーション)が効くなら入口付近で何度も検証できるし、色々検証すれば格上相手に遭遇した時の戦術も考えられると思うのだけれど』

「なにそれこわい」

 さすがに回復できたとしてもあの疲労感を何度も味わうのは勘弁してもらいたい。

 

 なんだか最近エイナのスパルタの影響がスズにまで出ているんじゃないかとベルは心配になることがある。

 それでも回復薬(ポーション)が効くなら戦術の幅がぐっと広がるのは確かなので、回復薬(ポーション)を飲んでみると少しは体が軽くなったが、やはり反動を回復したとは言えず歩くにつれてどんどん足が重くなっていくのを感じた。

 回復薬(ポーション)は多少体をごまかす程度で反動の回復には本格的な休養が必要なのかもしれない。

 

「ちょっと回復薬(ポーション)じゃ反動は回復しそうにないかな」

「あ、試したんだ。そっか……じゃあ本当に最後の最後の切り札として使わないとダメだね。階層主なんかとはLV以前に人数が足りないし、『キラーアント』とか想定外の怪物(モンスター)と出会ってどうしても倒さないと生き残れないような状況の時の切り札になるのかな。【レアスキル】のことだからエイナさんにも相談できないし、強力な【スキル】を腐らせるのはもったいないから、ちょっとだけ連携での使い道考えてみるよ」

 うんうん考えながらも索敵は怠らず、ベルが反動で疲れていることもあって大盤振る舞いに【ソル】で怪物(モンスター)を蹴散らしながら地上へと戻った。

 

 帰り道、ふとそういえば今日はスズから短い期間で二度も違和感を感じたなと思ったものの、さすがに慣れてきたので特に深く考えることはない。

 ただ、もしも自分が感じた通り違和感が別人のスズだったなら、そっちのスズとも仲良くしてあげたいなと純粋に思った。

 

 

§

 

 

 お昼を食べにジャガ丸くんのお店に行く途中、商店街の人達が目ざとくスズのことを見つけて、スズが元気になったことを喜びながら撫でまわし、「やっぱうちの野菜が効いたんだな」「うちの米だろ」「体力つけるなら肉に決まってるでしょ!」と各々自分の商品を宣伝しているのだからたくましい。

 

 お客さんがスズに興味を持つと買ったら撫でさせてやると別に宣伝等でもないのに好き勝手言ってるのだから、冒険者の街というだけあって冒険者だけでなく商人達もまたたくましいなとベルは苦笑してしまうが、それでもスズが嫌なそぶりを一切見せず楽しそうに初めて会う冒険者や一般の買い物客と世間話をしているから、しばらく見守ってあげる。

 

「ちょっと、スズちゃんはうちの、ジャガ丸くんのところの子だよ。撫でたきゃジャガ丸くん買って行きな!」

 ヘスティアがバイトさせてもらっているジャガ丸くんの屋台のおばさんが通りの方が騒がしくなっているのに気付いてスズを手招きすると、ぺこりと頭を愛らしく下げてとてとてとその後をついて行く。

 それにつられて「可愛いは正義」「幼女におさわり出来ると聞いて」と男神らしき人物や、まだスズをいじり足りないと思ったのか、自分達も人懐っこいスズとおしゃべりしたいのか何人かの人達がその後に続いていく。

 

 スズはジャガ丸くんの宣伝等でもないのだが、今日もベルとスズが来るのに合わせてヘスティアの休憩を回してくれているので文句は出ない。

 三人でジャガ丸くんを食べながら雑談していると「ジャガ丸くん一〇〇個でハグさせてくれ!」「俺は二〇〇個出す!」「なら三〇〇個!」と屋台でありえない量のジャガ丸くんを注文し出す男神もおりヘスティアが「こらっ! お前らはあっちいけ! しっし!」と威嚇をしているが、男神達によるジャガ丸くんデートヒートは止まらない。

 

 しかし最終的には「そんなにジャガ丸くん買って誰が食べるんですか!!」と耳を引っ張られながら各々の【ファミリア】構成員達に見つかり耳を引っ張られ連れ去られていく。

 

「ああいう神様もいるんですね」

「ベル君よく覚えておくんだ。男神も女神もあんなんばっかさ! みんな娯楽に飢えた変人ばかりだからスズ君もベル君も気を付けるんだよ!! いいね!! って、そこ家族団欒のスペースに勝手に入るなああああっ!!」

 気づけば普通にジャガ丸くんを買ったお客さん達が男女問わずスズと雑談を交わしていた。

 

 たまに「お兄ちゃんも可愛いわね」とベルの方にも話題が飛んでくるから、スズと違って異性との耐性が皆無なベルは反応に困る。

 後、可愛いのは少し気にしてるのだから放っておいてもらいたい。

 

 触れ合いたい人もいれば、そういった【ヘスティア・ファミリア】の様子をただ見て楽しんでいるお客の姿もちらほらと見える。

 ヘスティアとスズは可愛いからわかるのだが、自分まで見ている男性までいて、何か変なところでもあるのかと慌てて自分の姿を確認するが特にこれといって変ではないと思う。

 するとクスクスと微笑ましいものを見守るかのような笑い声が聞こえてきて、やっぱり変なところがあったのかもしれないとベルは恥ずかしさのあまり顔を上気させてしまう。

 

「宣伝効果抜群ね。ヘスティアちゃん。少し時給アップと、お昼のジャガ丸くんはただでいいから、この子達が来た時はこの調子でお願いよ」

「うぅ、ベル君とスズ君はボクの眷族なんだぞ。ボクの大切な家族なんだぞっ」

「とらないよとらない。ヘスティアちゃんはかわいいなー。スズちゃんも可愛いけど私はヘスティアちゃん一筋だよ。ああ眼福眼福」

 お得意様らしいお姉さんがジャガ丸くんを買って「この後のバイトも頑張ってね」とヘスティアの頭を撫でて手を振って大通りに戻っていく。

 

 

「スズちゃんって言うのか。いいね、可愛いね。君、うちの【ファミリア】にこない? うち中堅の商業系なんだけどさぁ、君みたいな可愛い子がいたら、みんなのやる気も上がると思うんだよね」

 当然こんな客もいる。

 

 

 スズに手を伸ばすその手をヘスティアが掴み、スズも初めて自分の触ろうとするその手を身を引いて避けた。

 

「神が子供の噓や好し悪しが分からないとでもおもっているのかい? こんな愚弄を犯す君は、どこかの眷族ですらないだろ。外から来た新参者かい? ボクのスズ君に何をさせるつもりだったのか、この場で言ってもらおうか」

 ヘスティアのその言葉に癒しを求めてやってきていた一般人だけでなく、この場に集まっていた亜人冒険者男神女神様々な人達が一斉にスズに手を伸ばした男を睨みつける。

 

 「吊るすか」「薄い本キタこれ」「埋めるか」「去勢でしょ」「やめたげてよぅ!」と主に神々が面白いおもちゃを見つけたかのような目で男を見下し不敵な笑みを浮かべ、男はガクガクと震えだす。

 

 男は簀巻きにされ、ついでとばかりに「薄い本キタこれ」と言った男神も簀巻きにされて邪魔にならないところに転がされている。

 

 ここは冒険者の街オラリオ。

 こういった身の程知らずの扱いにも慣れた街なのだ。

 だからこそ、可愛いのに嫌がらず撫でさせてくれるヘスティアやスズといったものは希少であり癒しになる。

 

「まったく、スズ君はボクの子なんだから、撫でたかったらこんなこと絶対したらダメだぞ。いいね!」

「「「イエス、マム!」」」

「……君達のノリはボクにはついて行けないよ。さて、スズ君ごめんよ。バイト先で嫌な思いさせ…って、スズ君!?」

 突然スズはヘスティアが言葉を言い切る前に、顔を伏せたまま、体を震わせながら、勢いよく大通りに飛び出していってしまった。

 

 「お前のせいで天使が逃げちまっただろ!」と男神や女神達が簀巻きを蹴る音がしたが「なんで俺まで」と男神の声も聞こえたが、それらを一切無視してベルは慌ててスズのことを追い掛ける。

 様々な雑踏の中から「スズ君を頼むよ!」というヘスティアの声だけ力強く「はい!」と返事を返して大通りに飛び出した。

 

 人の波がすごくて見回しても既にスズの姿は見当たらない。

 ダンジョンに向かうにも家に向かうにも、いつも通っている道なら同じだが本当にそっちに向かったのだろうか。

 一瞬でも迷っている時間がもったいなく思えたが、『冒険者は冒険しちゃダメ』というエイナの言葉を思い出して軽く深呼吸する。

 

「すみません! スズを見ませんでしたか!?」

 飛び出した大通りで、誰に向かってでもなく周りに聞こえるように全力で叫ぶ。

 むやみやたらに駆け回るよりも、数日とはいえこのジャガ丸くん周辺においてだけならスズの知名度は高いはずだ。

 

 事情を全く知らない人も多い中、突然の叫び声に人波が何事かと一瞬ぴたりと止まる。

「こっちだこっち! さっきこっちの路地に真っ直ぐ飛び出してったよ!! ものすごい勢いだったけど何かあったのか!?」

 人ごみの中目立つように八百屋のおじさんが手を振っていた。

「ありがとうございます! さっき知らない人にセクハラされて飛び出して行っちゃいました!!」

 事情もよくわからないし説明している暇もないので簡略的に叫んで八百屋が教えてくれた路地、家とは全く違う方向へと続く道を走る。

 

 

 その場に居合わせた何人かがジャガ丸くんの店に向かっていき、蹴りを追加していったらしいが、そんなことには構わずにただ走る。

 

 

 見たこともない高級住宅街に飛び出してしまうがスズの姿はまだ見えない。

 敏捷は圧倒的にベルの方が高いはずなのに追いつけないということは道を間違えたのだろうか。

 焦りに汗が浮かぶ。

 

「さっきそっちの方スズちゃん走ってったけど喧嘩でもしたの? もしもそうなら私がヘスティアちゃんからスズちゃんさらっていっちゃうぞ?」

 知らない女性、いや、前に一度だけジャガ丸くんの店でスズを愛でていた冒険者の中にこんな女性が覚えがある。

 確か「ヘスティアちゃんどこからこんな可愛い子達をさらってきたんだい?」とヘスティアをからかっていた気がする。

 そのただ一度の出会いでスズのことを覚えてくれていたこの女性に感謝してもしきれなかった。

「ありがとうございます! スズがセクハラに合いました!!」

 

 

 女性がなんだか背丈に不釣り合いな鉄塊のような大剣を背負ってジャガ丸くんの店に向かっていったらしいが、そんなことに構わずただただ走る。

 

 

 色々な人達から道を聞いてはただがむしゃらに走って、ようやくスズの後姿が見えて、スズのの手をつかもうと手を伸ばす。

 するとスズは震えながらその手を振り払って、振り払った手がベルの手だと気づいて、立ち止まり、体を震わせて、信じられないような目で自分の手を見つめている。

 

 

 

「違うの。違う。違うのベルッ! 私は……そんなつもりじゃ……私ッ……」

 

 

 

 コボルトに襲われて【ソルガ】を撃った後のようにその場に力なく座り込んで震え、ベルがただツッコミで怒鳴ったのを嫌われたと勘違いした時のようにうろたえている。

 

 きっとスズの心の傷は、ベルが祖父を失った時より比べ物にならないほど大きい。

 大きすぎて何かのきっかけで震えて、何かのきっかけで失うのが無性に怖くなって、嫌いになられるのが怖くて、嫌いになるのも怖くて、ただただ寂しがり屋で、優しくて、いい子であり続けようとする小さな少女がそこにいた。

 

「大丈夫だから。神様も心配してるし戻ろう。僕も神様も絶対にいなくならないから。何があってもスズを守ってあげるから。ね?」

 優しく頭を撫でてあげると、スズの目からぼろぼろぼろぼろと涙があふれ出ていた。

 初めて見る涙だった。

 ただただ「ごめんなさい」と繰り返し謝り続けている痛々しい姿だった。

 

 それを見てもベルは臆さない。

 見てしまったからこそ止まれない。

 

「スズは何も悪くないから。だから泣かないで、ね」

 

 優しく正面から抱きしめてあげて、あやすように言い聞かせて頭を撫でてあげると、次第にスズの震えも止まっていき、スズは「心配掛けてごめんね」とぎゅっとベルの背中を抱き返すとゆっくりと立ち上がろうとしたので、ベルも抱きしめていた手から力を抜いてあげる。

 

「ありがとう。ごめんね、よくわからないけど急に怖くなっちゃって。みんなみんな怖くなっちゃって。ベルのことも……怖く感じちゃって。もう、大丈夫だから」

 また強がりな笑顔を見せる。

 いつもの笑顔は好きだけど、この強がっているだけの笑顔は好きではなかった。

 

「気にせず甘えてもいいのに」

 

 

 

 

 

『それじゃあ、何も聞かずに憂さ晴らしに付き合ってもらっても大丈夫かしら。ベルのおかげで落ち着いたけど、発散しないと今にも押しつぶされそうで怖いわ』

 

 

 

 

 

 スズがベルから少し目をそらして、バックからハンカチを取り出し自分の涙をぬぐう。

 

「発散って……これから遊びに行くってこと?」

『ダンジョンよ。八つ当たりをするならちょうどいいでしょう?』

 ベルの顔を一度も見ずにもと来た道を戻るのではなく、商店街を通らないように路地裏を大回りをしてバベルを目指し始めた。

 

 ベルもその後ろに続いて歩く。

 

『本当に何も聞かないのね。貴方はずいぶんと前から私のこと気づいていたと思っていたのだけれど』

 

「スズはスズだし。聞かれたくないことは聞かない方がいいかなって」

『そう。なら『私』のことは『スズ・クラネル』には秘密でお願いするわ。ヘスティアにはそうね、言ってみるのも不意打になるかしら? そうすれば昨日の仕返しになるかもしれないし、悪くないと思うわね。貴方にとっては私もスズなのだから、そのままスズなりもう一人のスズなり好きな表現で呼びなさい。ため込んだストレスを発散しに出てくる程度だけど、よろしくしてくれるとやりやすくて助かるわ』

 

 いつものスズと違って感情を込めずに淡々と物事を伝えてくる。

 出てきてから一度も顔も見てくれない。

 いや、顔を合わせて話はしないが、たまにちらちらとベルの顔色をうかがってきている。

 なんというか、表情の変化はないがスズよりもずっと子供っぽい気がした。

 

「僕はベル・クラネル。あらためてよろしくスズ」

『知ってるから自己紹介はいいわ』

「それでも真っ直ぐ言葉を交わしたのは初めてだから」

『……早くダンジョン行くわよ。日が沈む前に髪飾り代稼いでおきたいし』

 スズが早歩きになった。

 

 わかりやすい。

 いつものスズよりもずっとわかりやすくてついつい笑みをこぼしてしまうと、それが恥ずかしかったのかさらに早歩きでずかずかとダンジョンへ向かっていく。

 

 これは二重人格という奴なのだろうか。

 そのあたりはベルにはよくわからないが、どんなスズでもスズに変わりはないし、妹が二人になったみたいな感じがしてベルは単純に嬉しかった。

 

 




気づけば長くなる病によりいつもの分割です。
映像が頭に浮かんで、それを文章に起こす勢いで書いてしまうタイプの人間なので、脳内でキャラクター達が生き生きしすぎていて逆に困ってしまった今日この頃でした。

レッグホルスターの存在をベル君の画像を見て思い出したので、今回ミアハ様からの頂き物として追加しました。絶対あれも支給品だよと思いながらorz

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