Fate/EXTRA 太陽狐と月兎   作:淡雪エリヤ

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月を見上げて一人泣いていた。

 

人ではないと追われ、逃げた先に待っていたのは困惑と悲しみ。

 

されど、怨みはしなかった。

 

悪かったのは、運だと信じてーー

 

 

///////////////

 

 

「それにしても、無事に目が覚めてくれて良かったよ」

 

「も、申し訳ありません御主人様」

 

「あぁいや、次から気を付けてくれればいいからね」

 

まさかキャスターのサーヴァントがいきなり肉弾戦に出るとは思いもよらなかった。しかも一撃も与えられず一方的にノックアウトされるなんて……

ライルが持つ数少ない礼装と術式で人形を倒したので、あの場を切り抜ける事はできた。

幸いなのは、他のマスターに見られる心配が無い場所だったという事だろう。

見られたとしても一度見られたくらいじゃ見抜く事はできないだろうが、見られないに越したことはない。

 

「まさか、魔術が使えなかったとかかな」

 

「ある意味そうではあるんですが…いえ、そういう訳では…」

 

「じゃ、次の戦いは、戦えるかな」

 

「はい、問題ありません」

 

「そっか、じゃ次から頑張ろう」

 

「はい!」

 

サーヴァントとの仲をあまり悪くしたくないライルは、先程の戦いのようなキャスターの奇行については深く触れなかった。

ぶっちゃけ、サーヴァントの失敗を簡単に許しちゃう俺優しーとか思っちゃってるライルであったが…

 

(ふふふ、ちょろいですねぇこのマスター。私の黒歴史が一つ増えましたが、気にしてないなら好都合です)

 

とキャスターに思われていた事など知る由もない。

 

「あ、無事に目が覚めたんですね。良かったです。この保健室でサーヴァントがお休みになられる事なんて今までなかったので」

 

キャスターとの会話に一区切りがついて、タイミングが良い所に健康管理AI(保健委員)の間桐桜が話かけてきた。

ふと、ライルはもう一人の保健室の主を探してみたがどこにもその姿はなかった。

その事でライルは少し残念に思う反面、大いに安堵していた。

 

(この状況をアイツに見られたら何を言われるか分かったもんじゃない)

 

「って事はキャスターが初めてって事か…すみません間桐さん、迷惑をかけてしまったようで」

 

「い、いえ、ここはそういう場所なので迷惑だなんて」

 

改めて周りを見てみると保健室のベッドの上にはマスターと思われる甘栗色の髪をした少女が一人寝ているだけだった。

その少女に目を向けると、少女の傍らに紅い外套の男が現れた。

 

「そろそろ、止めてくれないか。それ以上、君のサーヴァントが獲物を狙う獣の眼光で私のマスターを見ているのなら、私も武器を手に取る事になる」

 

「っ!? ……アーチャー」

 

「ほう、一目で私のクラスを看破するか。その慧眼は称賛に値するが、止めないと言うのなら…」

 

アーチャーの存在に驚いたライルであったが、アーチャーの言葉を思い出し、キャスターを見やる。

アーチャーの言う通り、キャスターが少女を見る顔は尋常じゃなかった。

 

「キャスター?」

 

(な、なんというイケタマ! く…彼女が私のマスターだったら良かったんですが、くそぅ…羨ま死ねアーチャー!)

 

「お、おい。今度は貴方の方を睨んでるんですが、アーチャー、キャスターは貴方の知り合いなんですか」

 

「彼女とは初対面の筈だが…やれやれ、生前に私を慕ってくれていた女性達が私に迫ってくる時と同じような目をしているな…その視線は私ではなくマスターに向いているようだが」

 

「色々と聞き捨てならない事はあったが、取り敢えずもてない男代表としてお前をころ…じゃなくてキャスター、君はそういう趣味なのかい?」

 

(かくなる上はアーチャーを殺して私のマスターを……)

 

「キャスター?」

 

「は、はい!?」

 

「えぇと、僕は君がどんな趣味趣向でも…その同性愛者だろうと気にしないけど、他の人の迷惑になるのは止めてね。対戦相手なら構わないけど」

 

「え? あ、いえ! そういう趣味って訳じゃ! なんと言いますかイケタマが」

 

「イケタマだろうと何だろうと構わないが、そろそろ良いかな。見ての通り私のマスターは休んでいる最中なのでね」

 

キャスターが思いの外、元気だったのでここが保健室だという事をライルは忘れてしまっていた。

 

「すみません。間桐さんもお騒がせしてすみません」

 

「い、いえ、そんな」

 

間桐桜の否定が先程よりも強くない事から本当に迷惑だった事が分かり、ライルはキャスターを連れて早々と保健室を立ち去った。

 

 

///////////////

 

 

ライルは、ホムンクルスになる前つまり前世で生きていた頃、友人から勧められて買ったゲームの中にFate/staynightという物があった。

聖杯、聖杯戦争、魔術、魔法、神秘、マスター、サーヴァント、七つのクラス、そしてホムンクルス。

そのゲームとこの世界は似通った事が幾つかあるのには気づいていたが……まさか登場人物までもが存在するとは思わなかった。

ゲームの内容はうろ覚えだったが、アーチャー、真名はエミヤ、その名はよく覚えている。

彼の正体は未来の主人公の姿というのが当時、衝撃的だったからだ。

アーチャーのクラスなのに基本的には近接戦闘をしていた。

しかし遠距離攻撃が苦手という訳ではなく、そのクラスの通り強力な矢を作り出せる。

それだけでなく、即座に剣を創造し周囲に展開、射出する事まで出来る。

近距離、遠距離だけでなく中距離までも戦う事が出来るオールラウンダーだ。

 

(厄介だな。折角の術式もアーチャーの前では鉄ポスターの盾くらいにしかならないんじゃないか?)

 

「ま、戦うか分からない相手だけを対策してもしょうがない。そんな事よりご飯にしましょうかキャスター。貴女も目が覚めたばかりで、お腹が空いたでしょ」

 

「いえ、私達サーヴァントは食事が必要ありませんので」

 

「あぁそう言えばそうでしたね……」

 

あのゲームでは普通に食事をしていたので、少し勘違いをしていた。

ライルは、キャスターの言葉で、サーヴァントが食事をする必要がない事を思い出す。

普通に考えれば霊体に食事は要らないだろう。

ゲームで、サーヴァントが食事していた理由も同時に出す。

ついでに食事を抜きにしたらサーヴァントに殺された事も。

 

「でも、食事が必要ないだけで、出来ない訳じゃないんですよね。なら一緒に食べましょうよ、食事は人間の三大欲求の一つですし、少なくとも性欲よりかは健全ですから。それに今の日本食も美味しいですよ」

 

「ご主人様がそう言うのでしたら」

 

あまり喜んで貰えてない事から、ありがた迷惑だったのかもしれないな、とライルは少し後悔をした。

 

「そうと決まれば早速、食堂へ行きましょうか」

 

「はい」

 

 

///////////////

 

 

「む、ライルスフィールではないか、やはりお前もマスターであったか」

 

「お前も? それって、会長殿もマスターって事か?」

 

食堂に着いて、そこで出会ったのは柳洞一成だった。

予選でもライルは生徒会副会長という立場から、一緒にいる機会が多かった相手でもある。

少なくとも人柄に関しては予選参加者の中でライルが一番知っている人物だろう。

 

「いかにも、俺もマスターだ。副会長殿がサーヴァントを見せているのに、こちらが隠すと言うのは公平ではないな。アサシン」

 

「ふむ、呼ばれたからには出てくる他あるまい。アサシンだ」

 

そう言って一成の背後に現れたのは群青色の着物を着たライルと同じくらいの背丈をした男だった。

そして、ライルはその男に見覚えがあった。

 

「ささ……」

 

ライルは危うく言いかけた言葉を呑み込む。

先程、アーチャーに対してあの様な反応をしていまい目を付けられてしまったのだ。

これ以上、無闇に警戒されるのは良くないと考えたからだ。

 

「わざわざ、そっちまで見せる必要ないだろ、俺も手札を明かすためにキャスターを霊体化させてない訳じゃないんだが」

 

「だが、結果的に見えてしまっているのだ。やるからには堂々と戦うべきだ」

 

「堂々と、か。私の剣は少々、邪道だがな。なれど堂々と邪道を歩むのみよ」

 

アサシンは会話を楽しむように語った。

しかしライルは疑問に思う。

 

「初戦の相手は一成だったか?」

 

「いいや、違うぞ。端末にも出ているだろう」

 

「だよな、まるで俺と戦うかのような口振りで話してきたからな」

 

「あぁ成る程。お互い勝ち残れば戦うであろう、だからあぁ言ったまでだ」

 

所謂、決勝戦で会おう的なノリだろう、とライルは納得した。

 

「折角、食堂にいるのに立ち話もなんだし、食べながら話すか」

 

「そうだな」

 

正直、ムーンセルが配置した仮初めの友人だとしても自分の手で殺すのは忍びないので一成とは戦いたくはない。

ライルにとってキャスターの実力は未知数だ。あの時の様子を見てみる限り、とても強いようには思えない。

それに比べアサシンの技量は脅威的である。

あくまで、あのゲームと同じであればの話ではあるが、おそらく実力の差は歴然なのではないだろうか。

よくよく考えて、自分の手で殺す前に殺される未来を予測してしまうライルだった。

 

「ミコーン! ご、ご主人様! キツネうどんですよ! キツネうどん!」

 

「あ、あぁ、そうだね……僕も同じの頼んで、油揚げ上げようか?」

 

魔術師のサーヴァントなのに素手で戦おうとして呆気なく負け。

目覚めたばかりの時はしおらしく大人しい様子だったのにアーチャーのマスターを見た途端おかしくなり。

ライルに食事を遠慮している様子だったのに今の発言。

キャスターが自由過ぎて、不安が更に増すライルだった。

 

「ご、ご主人様、だと……」

 

そして、キャスターの発言により驚愕の眼差しでライルを見る一成であった。

 

 

///////////////

 

 

「まさか互いに東洋の英霊と契約するとはな」

 

「それ依然に一成がマスターだった事に俺は驚いてるよ。真面目に坦々と仕事をしていたから、てっきり運営NPCかと思っていた」

 

「それはお前にも言える事だ、ライルスフィール。お前の場合、有名人だからこちらは気付いていたがな」

 

「有名人ね……」

 

かつて、まだ地球に神秘が存在していた時代に存在した最後の聖杯戦争を始めた御三家の一つであるアンイツベルンからの参加者なのだから、確かにライルの知名度は西欧財閥の次期当主レオ=ビスタリオ=ハーウェイとまで行かずともウィザードの中でライルを知らぬ者は極僅かしかいない程であろう。

 

「それにしても生徒会メンバー全員がマスターだったなんてな」

 

会計や書記の奇行と失踪。

それはつまり、そういう事だろう、とライルは付け足す。

それに対し一成は、こう答えた。

 

「俺の一回戦の相手は書記殿だよ」

 

「こりゃまた奇遇だな。さっき調べたら、俺は会計だったよ」

 

「セラフの意図か、気まぐれか、ただの偶然か。どちらにせよ生徒会同士で争う事になるとはな、学級崩壊どころか学校崩壊レベルだ。まったく運営は何を考えている」

 

「ははっ、確かにな」

 

そんな冗談を話しながらライルは会話を楽しむ。

まだ完全に予選気分が抜けていない事と初戦でどちらかが破れる可能性もあり、一成との会話がこれで最後になりうるからだ。

勿論、ライルと一成に負けるつもりなどないのだが。

案外、一成は冗談でなく真面目に言ったかもしれない。

 

その間、アサシンがキャスターに言い寄っていたが、キャスターは辛辣な言葉であしらっていた。

 

「さてと、食べ終わったし俺たちはそろそろ行くよ」

 

「そうか、俺は少し休憩してから行くとしよう。ではな、ライルスフィール」

 

「美しき花を眺めながら、する食事は中々に雅な時間であった。また今度、花を添えてくれぬか?」

 

「何言ってやがるんですか、この駄侍は…正直、気持ち悪いのでやめて貰えます?」

 

ライルは、こんなようなやり取りが続いているのに、へこたれずに何度もアタックし続けるアサシンに敬意を払いつつ、もしかしたら罵倒されるのが好きなのではないだろうかと考え、ドン引きするのであった。

 

 

///////////////

 

 

食堂から出てライルが向かったのは屋上であった。

校舎内にいるマスターやNPC達と少し話をしてみたら、屋上に行く事を勧められたからだ。

ライルが前世で通っていた学校は屋上が立ち入り禁止だった為、学校の屋上に行けるとあって興味が湧いたのだ。

そして、ライルがいざ屋上へと行ってみると、其処では赤い服を着た女子が女生徒を撫でまわすように手で触れて、顔に顔を近づけている場面に遭遇してしまった。

生まれてこのかた、もとい前世の生涯でも見たことのない現場に絶句していたライルは正気に戻ると側で霊体化しながら控えているキャスターに言う。

 

「なんか、気不味い所に来てしまいましたね……。月じゃ普通の事なんですか?」

 

見れば女生徒は赤面しながら抵抗出来ないのか、されるがままになっていた。

 

「いえ、そう言う訳では無いかと。あの赤い娘が痴女なだけでは?」

 

「ですよね……」

 

「ちょっと! 聞こえてるわよ、そこ!」

 

ライルの存在に気付いてしまったようだ。

行為中に他人に見られるというのは、とても恥ずかしい事であるのはライルも理解しているので、早々に立ち去る事にした。

 

「あ、えっと……お邪魔しました」

 

「逃げるな!」

 

「え……キャ、キャスター、あれって巷に聞く見られながらが良いっていう超上級者って事で良いんですか? 痴女なんでしょうか?」

 

何が、見られながらが良いのかはセクハラ発言と思われてしまうかもしれないから口に出さない。

出さずとも既にセクハラ発言なのは間違いないのだが。

 

「いえ、と言うよりは純粋に怒っている様に見えます」

 

「あぁ、なるほど。すみません、お二人のまぐわいをお邪魔してしまって……ほんと、すみません」

 

「あ、いえいえ、とんでもない……って違う! そもそも、まぐわいって何よ! 根本的な所からお話しなきゃ駄目みたいね」

 

 

///////////////

 

 

「成る程、つまり遠坂はNPCのグラを確認したかったから、ベタベタと恥ずかしげもなく、マスターであって、NPCじゃない、岸波さんを触れまわっていたんだな」

 

「そうよ。だってNPC並みに個性がないんだもの彼女。勘違いしても仕方がないでしょ」

 

「そりゃ、貴女に比べれば個性は無いとは思うが。あくまで貴女と比べればね。ってか君、岸波さんに凄い失礼な事言ってるな…」

 

岸波白野は、普通に美少女と言っても差し支えがない容姿をしているとライルは思う。

 

「そもそも、マスターとNPCは制服の色が違うんだから、普通間違えないだろ」

 

ライルや岸波白野のようなマスターは基本的に茶色の制服を着ていて、セラフが用意したNPCは黒の制服を着ている。

ただし、遠坂凛のようなアバターをカスタマイズ(校則違反)しているマスターは、例外である。

 

「えっ、そうだったの?」

 

どうやら、遠坂凛はそれを知らなかったようだ。

その事にライルは呆れた。

 

「これだから、素行不良者は……」

 

「な、何よ、ホモの癖に……」

 

「……は?」

 

ライルは遠坂凛の口から放たれた言葉に耳を疑った。

 

「ちょっと待て、い、今のは俺の事か?」

 

「えぇ、そうよ。ライルスフィール・フォン・アインツベルン、貴方の事を言ったの」

 

「な……違う、断じて違うぞ。ホモという噂は一成のものであって、俺じゃない筈だ!」

 

その噂はライル本人が流した物である為、それは間違いない。

 

「じゃ、その同性愛者の柳洞君と一番長く一緒に居たのは誰かなぁー」

 

「……ち、違う! 俺はホモじゃない! ノンケだ! 絶賛彼女募集中だ! ええい! この際お前でも良い、俺の彼女になれよ! いや、なって下さい! お願いします!」

 

「アンタなんてお断りよ! えっ、効かない!? ってか必死過ぎでしょ…」

 

弁明の途中で遠坂がガントをライルに撃ち込んだが見えない壁に阻まれ、意味をなさなかった。

土下座をしているライルに無意味にガントを連射する遠坂凛、その側で涎を垂らしそうな感じで岸波白野を 見つめるキャスター、ただただ狼狽する岸波白野。

もはや、この場に収集がつかなくなっていた。

 

ライルスフィール・フォン・アインツベルン、彼は友人を同性愛者と吹きまわり陥しいれたが、それが回り回って自分に返ってきた。

完全に因果応報、自業自得であった。

 

(あぁ何度見ても素晴らしいイケタマです!)

 

(嬢ちゃんも隅に置けねえなぁ)

 

(やれやれ、またこの主従か……)

 

(え? え?)




早速、ロール変更キャラ登場。
EXTRAではNPCだった柳洞一成ですが、マスターとして登場。
アサシンの真名は、まぁバレバレですよね。本当は葛木先生をマスターにしたかったんですけど、まぁEXTRAの葛木先生はね……。

基本的に今後出てくるオリ鯖の方も真名を隠す気ないです。と言うより、オリ鯖の性格がイスカンダル並みに自己主張激しいので隠す方が難しい……。

主人公がキャス狐に対して敬語なのは、サーヴァントに対しての距離感が掴めていないからです。サーヴァントと不仲にならないように気をつけ過ぎているので、こんな事に。

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