しっかり者の母がいた。
映ったのは木に吊るされている姿。
いなくなった。
ちゃっかり者の父がいた。
映ったのは車に潰されている姿。
いなくなった。
まるで弟のように慕ってくれる少年がいた。
映ったのは雪崩にのまれる姿。
いなくなった。
まるで姉のように世話焼きな少女がいた。
映ったのは業火にのまれる姿。
いなくなった。
貧乏神、厄病神、死神。お前のせいだ、お前のせいだ。
--何と勝手な物言いだろうか。
少女は最後に誰も恨まないで欲しいと願った。
あぁ……ならば悪いのは自身だ。
少女は自分を責めないでと言った。
あぁ……ならば何を恨めばいいのだろうか。
--他人も自分も恨めないのなら、そんな事がまかり通るこの世全てを憎むしかない。
あぁ……そうか誰も悪くないのなら、運が悪かったのだ。
映ったのは見上げた夜空に浮かぶ月。
運命を憎もう。そうすれば誰も……優しかった皆んなを恨まないで済むのだから……。
--なぜ……こんなにも……私と違うのか……
◇
サーヴァントは食事と同様に睡眠も必要としない。
しかし、あくまで必要としていないだけで眠れない訳でもないのだ。
眠る事によって魔力の消費を抑えたり疲弊した体を休めることも出来る。とはいえサーヴァントであれば霊体化する事によってどちらの恩恵も眠る事以上に得られる為、体を晒したままというリスクを持つ睡眠よりも霊体化している方が遥かに効率がいい。
霊体化と睡眠の違いは、意識があるか意識が眠りに落ちているかの違いだ。
退屈は人を殺すという言葉がある。通常の聖杯戦争であれば霊体化している最中でも周りの警戒をする事で退屈を紛らわせる事ができるが、この月においてはマイルームという絶対不可侵領域がある為に敵を警戒する必要がないのだ。
他にも魔術師の位であれば陣地作成スキルにより自陣を工房に作り変えるなどを行えるが、キャスターは生憎とその手の事が苦手であり、またマイルームで戦闘を行う事もないので行う意味がない。
ともなれば暇をつぶす為には眠る事が一番なのだが、それもキャスターにとっては取りたくない手の一つだった。
眠ってしまうと夢を見るのだ。
本来、サーヴァントは例外を除いて夢を見ることはない。
その例外の一つは、契約で繋がっているマスターの記憶が魔力を通して流れてくる事。
その夢を見ると、まるで書いた覚えのない日記を読まされているような気分になる。
最初に見たのはいつだったか……マスターである白い髪に赤い瞳の兎のような見た目の少年と契約した日だ。
最初は自分の過去を見たのかと思った。
2回目の時に自分の過去ではないと気づいた。
しかし、夢を見ていると思い出したくもない過去を思い出してしまうのだ。
それから、マスターが眠ってから起きるまで眠らないように無心になって窓の外を眺めていた。
マスターが起きる前に眠らないのにわざわざ敷いた布団をたたんでマスターの起床をまた窓の外を眺めて待っていた。
しかし、眠らないように無心になっていると、気づかぬうちにウトウトと意識が眠りに落ちてしまう時も何度かある。
その度にキャスターは憂鬱な気分になった。
夢の結末は最初に見たのだ。
だからこそ、どんな幸せそうな夢でも……最後は自分と同じで世界に裏切られてしまう。
終わりを知っているからこそその幸せが悲しく思えてしまう。
この日見た夢は、最初に見たのと同じ……自分と同じ結末の夢……だと……思っていた。
否、結末は同じだった。
しかし、結果が違った……
同じ結末なのに、どうして、こんなにも違った答えになったのか……
まるで自分が間違っていると言われているようだった。
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、眠っていたマスターが目を擦りながら起き上がった。
「おはようございます、ご主人様」
「あ、あぁ……おはようございます」
あの夢はこの少年の過去なのだろうか?
聞いた話だと、アインツベルンというドイツの錬金術師の一族に産み出されたホムンクルスらしい。
しかし、それだと辻褄が合わない。
夢の中では終始、日本語で会話が行われていたのだ。
草木や家屋の風景も日本のように見えた。
少年が嘘をついているようにも見えないし、周りの反応からも嘘では無い事が分かる。
一つキャスターが思い浮かんだのは、あの夢はライルの魂に刻まれた記憶なのでは無いだろうか、という事だ。
英霊の魂は死後に座と呼ばれる場所へと逝き、世界の抑止力の一部となる。
では、英霊では無い人の魂はどうなるのか?
それは地域、時代、行いによって違う物だが、キャスターに最も馴染みがあるのは輪廻転成という概念だった。
人の魂は死後、また別の人間として生まれ変わるというものだ。
そして極々稀に生まれ変わった魂に前世の記憶が刻まれている事があるらしい。
自身の主がそれならば納得がいく。
であるならば、キャスターには主であるライルに聞きたい事があった。
「ご主人様……貴方は……」
「はい、キャスター?」
しかし、キャスターは途中で言葉を止めた。
なんの順序立てもなく、いきなり不躾に質問できるような内容では無いと思ったからだ。
それにライル自身が魂に刻まれた記憶を知らなければ、質問をした所で答えは返って来るはずもないのだ。
「キャスター?」
言葉を途中で止めたキャスターを不思議に思ったライルは再びキャスターに呼び掛ける。
キャスターは誤魔化すように別の質問を投げかけた。
夢の事以外で少し気になった事だ。
「……ライダーのマスターをどう思っておられたのですか?」
「っ……」
次に言葉に詰まったのはライルだった。
その答えをライルは未だに出せていなかった……
◇
目が覚めて、いつものように憂鬱そうな表情のキャスターがいた。
そして、いつものように、おはようの挨拶をして静かな気まずい時間が始まるのかとライルは思っていたが、その日は違った。
不意打ちのようにキャスターからされた質問にライルは言葉を詰まらせる。
「すみませんご主人様。今の質問はお忘れ下さいませ……」
「いえ……僕がマリーさんをどう思っていたかですよね」
戦う覚悟は決めた。
間違わないと決めた。
でもマリーの事はまだライルの中で燻った感情が渦巻いていたのだ。
それも見切りをつけなくては、いくら覚悟を決めた所で気分が晴れないのはライル自身が一番分かっていた。
その質問がキャスターから切り出されたのは意外だったが、ちょうどいい機会だ。
「僕とマリーさんが予選の時に生徒会として活動していたのは前に話したと思います。その他にもアサシンのマスターである柳桐一成や書記の……いや、そこは関係ないので省きますが。僕らは生徒会で淡々と職務をこなしていた訳ではなく、何かと暇を見つけては一緒に遊んでいたんですよ」
自分の記憶を思い出しながらライルは語る。
「……楽しかった」
いっそ聖杯戦争など始まらなければ良いのにと思えるくらい楽しい日々だった。
あんな日々が続くのであれば聖杯に願いを望む必要もないのだから。
「正直に言うとその頃は、マリーさんの事は仲の良い友人程度の認識でした。僕は恋愛感情なんて全く無かったです」
一回戦でマリーは、愛し合う二人が争わなければいけないと巫山戯て言っていたのに対して、ライルはお互いに恋愛感情などないだろうと思っていたが……戦いの終わりにライルは見てしまった。
あの日々のマリーの記憶を……
「だけど流石にあればズルい……本当にズルいだろ」
告白をされた。
本当の思いを知った。
「ご主人様は……あの方を」
「分からないです……ですが、あんな告白をされて意識しない訳がない……」
だけど、答えを出した所で……
「でも……俺が殺したんだ」
もう返事は届かない。
だから答えを出すのをやめた。
「アイツは多分、いつも通り俺と楽しく遊んでるつもりだったんだ。何も知らず、また遊ぼうって……殺す覚悟は出来ていたつもりだった」
マリーもそうだと思っていた。
「助けてって言った……死んでいく姿を見るだけだった」
助けて、たすけて、タスケテ
その声を忘れる事は出来ないだろう。
「本当にそうでしたか?」
そこまで黙々と聞いていたキャスターが口を開く。
「キャスター?」
「ご主人様は以前、覚悟をしていない相手を殺すのは想定していなかったと仰られていました」
そうだ、お互いに覚悟の上で殺しあう物だと思っていた。
「失礼を承知で申し上げますとご主人様は間違っております」
それは少し怒気を含んだ声だった。
「そう……ですね……」
覚悟していない相手を殺す想定をしていなかった時点で覚悟なんて出来ていなかったのと同然なのはライル言われるまでもなく本当は分かっていた。
何度も覚悟を決めなくてはと思い。何度も覚悟を決めたと思い込んだ。
言葉だけだ。言葉だけなら、何度でも思い込める。
でも中身が無かった。
ランサーと最後に戦った時もそうだ。
調子が良かったから、勝手に覚悟を決めたと思い込んだ。
それが間違って……
「ライダーのマスター……マリーさんが最後に何と言ったか覚えておりますか?」
「マリーが何を言ったか……たすけてって……」
「いいえ、勝てと」
"誇りなさい! このワタクシに勝利した事を! そして次も……いえ、全てのゲームで勝利しなさい!"
「死に際にそのような事を言うには、どれだけの覚悟が必要なのでしょうか」
同じ女として思うことがあったのかキャスターの言葉には先ほどと違い明らかな怒気が含まれている。
しかし、その言葉を聞いてようやくライルは思い出す。
そうだった。最後にマリーは、命乞いを止めて、死への恐怖を抑え、涙を堪えてライルを鼓舞したのだ。
「あぁ……そうか……」
間違いはそこだったのか……
(告白の返事とかそれ依然に)
「マリーに謝らなくちゃな……」
覚悟のない相手を殺した……それはマリーに対してとても失礼な間違いだったのだ。
マリーは最後の最後に覚悟を決めていたのだ。
それに気づかずライルはマリーを覚悟のない相手だと貶めた。
ライルがしていた覚悟とは違う本物の覚悟を無碍にしてしまっていた。
「ご主人様、本当は悩んでいたから気落ちしていたのではなく、悲しいから気落ちしていたのではないでしょうか」
「悲しいからか……」
その通りかもしれない、本当に酷い間違いだった。
ユーリに信念がどうとか言われていたが正直、それはどうでも良かったんだ。
だから、そのことについては直ぐに意識の外に置くことが出来た。
出来たのに気分が晴れなかった。
なるほど、道理で気分が晴れない訳だ。
「その悲しみは直ぐに癒えるモノではないでしょうが。それではマリーさんが……」
「すみません……いや、ありがとうキャスター。でもそれ以上は良い。分かってる」
マリーは誇れと言ったんだ。そしてこの聖杯戦争を勝ち取れと。
それを誇るどころか、こんな体たらく。本当に酷い間違いだらけだ。
何が"言われずとも俺は勝つ"だ。言われた事も忘れているじゃないか。
でもキャスターのお陰で気づけた。
「本当にありがとうキャスター」
「い、いえ……あくまで私の勝手な解釈なので……」
「それでも、ありがとう。僕は……いや、俺はもう……間違えたりはしないから」
散々間違えまくってきたのだ。
これ以上はもう間違えられない。
これは覚悟とかそう言うモノじゃない。
こんなのが覚悟だなんて言ったらマリーに面目がない。
「キャスター」
「はい」
「何度も言うけど、俺はもう間違えない。でも、これから馬鹿な事をすると思う」
「はい」
ライルの言葉にキャスターは静かに頷く。
「どうかと思うくらい馬鹿な事だけど、それが決して間違いなんかじゃないって思うから」
「はい」
ライルは握りしめた右手をキャスターへと向けると静かに言葉を紡ぐ。
「キャスター。汝のマスター、ライルスフィール・フォン・アインツベルンが令呪を以って願う。今後、俺が間違っていると思ったら遠慮なく契約を切ってくれ」
言葉が紡ぎ終わると、ライルの手の甲に刻まれていた令呪の三画の内、一画が消えた。
サーヴァントとの契約が切れると言うことは、サーヴァントを喪失する事と同義である。
サーヴァントを喪失すると言う事は、月の聖杯戦争において敗北を意味する。
そして敗北とは言わずもがな……死である。
その令呪は、ライルにとって自分への戒めであり楔だ。
「俺は絶対に間違えない。だから、信じて欲しい」
「はい……マスター」
キャスターがライルをマスターと呼んだのは二度目だった。
最初は契約の確認時で、それ以降はずっとご主人様と呼ばれてきた。
ライルは、ようやくマスターとして認められたのだと自覚した。
キャスターの目の前には、整形だろうが何だろうが、そこには紛れようもないイケ魂が輝いていた。
◇
「俺がマリーをどう思っていたか」
返事は必要ないと言われたが……
ライルはマリーから受け取った銃型の礼装を握りしめ言った。
「嫌いじゃ、なかったよ……」
すみません。
次回で2回戦を終わらせるとか言いましたが、筆の進むままに書いていたら、終わりませんでした。
一つの場面で長々と書けるとは作者ですら予想できませんでした。
見切り発車で書き溜めなしで書き終わったら投稿してるので、登校前の内容を弄らないのが災いしてますが
後書きに書いてある解説やら内容やらはコロコロと変わるので基本信用しないでくださいね(笑)
前回もライルが立ち直ったとか後書きに書きましたが、今回が正真正銘ライルが立ち直る回となっております。
作者は気分屋さ
さて、そんな事を書いた後なので全然信用出来ないでしょうがこれで主人公サゲは終わります。多分
あと次回で2回戦を終わらせます……終わらせ……られたら…いいな…
令呪使用は、ダン卿からの悪影響