キャスターの問いに明確な答えを返す事が出来なかった。
ライル自身も前世でやったゲームの内容など曖昧にしか覚えていなかった事と、鮮明に覚えていたとしてもこの世界でその知識が正しく適用されているのかどうかも確証はない。
そもそも自分がやったゲームと似通った点があるだけで、基本は違う世界だ。
無理に頼る宛にしてしまうと痛い目を見る可能性もある。
だからキャスターには、ホムンクルスである身体を作った爺さんが自分に知らせず何かを仕込んだのかもしれないと曖昧な説明をして会話は終了した。
その後、昨夜買った焼きそばパンで朝食を済ませるとライル達は決戦に向けてアリーナの探索に向かった。
◇
昨日は、ランサーと交戦になり暗号鍵の探索が中断されてしまった。
セラフの妨害なく相手と戦える決戦場。その場所へと行く為に暗号鍵が2つなければいけないのだが、逆に言うとそれが7日以内に手に入らなければ不戦敗となる。
最悪、このままランサーの妨害が続いて手に入らなかったら負けてしまうのだ。
そうなる前に見つけ出さなくては、とマップを全てうめる思いでアリーナを探索し始める。
時々、周囲を確認してランサーからの奇襲がないかを警戒する。
ライルが警戒しているからなのか、まだアリーナに来ていないだけなのかランサーが襲ってくる気配はなかった。
アリーナ内を右往左往して数時間。
時間をかけた甲斐もあり、なんとか暗号鍵を見つける事に成功した。
「これで一つ目か……」
回収しようと、手を伸ばした瞬間
「ご主人様!」
キャスターの叫びに反応して振り返ると、赤黒い閃光がライル達のもとへと飛来してきていた。
それは昨日見たランサーの槍だ。
気付いた所で、避けれる程の時間の余裕はなく、『是、十二の試練』がライルを守る回数がまた一つ減る結果となった。
「クハッ! なんともまぁ堅牢な守りだな。こりゃあ、やはり不意打ちで倒せる相手じゃないみたいだなマスター」
「そのようだ。腐ってもアインツベルンのホムンクルスという訳か。ならば昨日と同じように戦って仕留めるのみ」
「同じ轍を踏むのは御免だ。疾く終らせるか」
ライル達への声がけはなく。
対話の意思を全く持っていない様子で、ランサーはいつの間にか手に持っている槍を構えながらキャスターへと走り迫る。
ランサーがキャスターの目の前で構えた槍を突き出した瞬間。
「リターンクリスタル!」
ライルの叫び声と同時にキャスターとライルはアリーナから姿を消した。
消えたライル達の行く先は校舎内にあるアリーナへの入り口の前だった。
『リターンクリスタル』それは、アリーナからの帰還用の転移系消費アイテムである。
昨夜、焼きそばパンのついでに、いつか役立つだろうと思って買ったアイテムだった。
元々、暗号鍵を見つけた段階で直ぐに使う予定で手元に用意していたのが幸いした。
『是、十二の試練』のストックが一つ減ってしまったのは大きい被害ではあったが、それ以外の被害は少なく済んだ。
「すみません、最後の最後で警戒を怠ってしまって……キャスターのお陰で助かりました」
暗号鍵を探している途中は、ただ通路を歩いている時も敵性プログラムと戦っている時も周囲を警戒していた。
しかし暗号鍵を見つけた時は、中々見つからなかった事もあってか探索が終わったというちょっとした達成感により警戒するのをやめてしまっていたのだ。
ランサーはその隙を見事に突いてきたのだ。
キャスターが気づかなければ確実に交戦状態になっていただろう。
そうなれば、昨日の繰り返しになっていた可能性が高い。
しかし……最後は結局、戦わないといけない。
今、逃げた所で何も解決しないのだ。
何か対策を考えなくてはいけないが、まともに戦っていないので、相手が本来どのような戦い方をしているのかが分からず対策の立てようがない。
ライルは自分の指示が完全に裏目に出ている事を再度自覚した。
(覚悟決めないとダメか……)
◇
アリーナの探索を終えてから特にすることもなかったライルは、目的もないまま校内を歩いていた。
校舎を出ると噴水のある中庭の先、そこには何故か学校の敷地内なのに教会が建っている。
ライルは無神論者という訳ではないが、信仰している神がいる訳でもない。
神様とかその遣いとか、そういった事に関係するトラウマが前世であったので、ライルは一度も教会に近づいた事がなかった。
しかしボーっとしながら歩いていると気がついたら、教会の前にまで来てしまっていたのだ。
気を取り直して校舎内に戻ろうとライルは教会に背を向ける。
「しばらく見ない間に随分と愉快な様子になったようですね」
背後から聞こえた声にライルは振り向く。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
「キャスター、今そこに誰かいませんでしたか?」
「はい。誰か……誰も…おりませんでしたかと」
「そうですか……」
聞き慣れた声が聞こえた気がした。
最後に話したのは10日程前だったか、たったそれだけしか経っていないのに酷く懐かしく感じる。
(ついに幻聴まで……)
これ以上気落ちしても埒があかない。
それこそ本当に声の主が自分のその様子を見ていたら、嬉々として罵倒してくるのがライルの目に浮かんだ。
(流石にそれは勘弁だ)
苦笑いをしながらライルは再び教会に背を向けると校舎へと歩き出す。
途中、中庭の噴水で岸波白野がアトラス院のホムンクルス、ラニ=Ⅷと会話している様子が見えた。
邪魔をするのも悪いとライルはそのまま通り過ぎようとしたが、ラニ=Ⅷとライルの目があってしまう。
「驚きました。先ほどここを通った時は優れない面持ちをしていましたが。たった数分でそのような表情に変わるとは何があったのでしょうか」
それはライルへと向けられた言葉だった。
言葉から察するとライルがぼーっと歩いていた様子をラニ=Ⅷは見ていたようだ。
「君に詳しく話す義理はないけど……まぁひとつ言うなら、自分らしくなかったのに気付いたってだけかな」
「自分らしくない……ですか。私には自分というものが分からないので理解できませんが。しかし意外ですね。私へと良い感情を抱いていない貴方に答えて戴けるとは思いませんでした」
「……確かに嫌いだとは言ったけど。だからと言って問われた事に答えないほど僕は狭量じゃない」
反応に困ったライルが返したのは受け売りの言葉だった。
「ところで、こんな所で岸波さんと君は何をしているんですか?」
ライルが問うと、ラニ=Ⅷは岸波さんの顔を見て反応を伺った。
話して良いのか岸波さんに確認しているのだろう。
確認が済んだのか、岸波さんがライルへと事情を話しだした。
話の要点を纏めると、ラニ=Ⅷの占いで岸波さんの対戦相手であるアーチャーの過去を観ようとしていた所らしい。
英霊の持つ道具があればその英霊の過去を占う事が出来るようだ。
占いと言うよりサイコメトリーのようだな、とライルは思った。
「僕は錬金術は出来るけど、占いはやった事がないな」
「なるほど、貴方は私と違って占術は出来ないのですね」
「い……いや、それはどうかなぁ」
ラニ=Ⅷにとって何気ない一言だったが、何となく自慢されているように聞こえたライルは少し青筋を立てた。
(やはりコイツとはソリが合わない)
その事を再認識した。
「それじゃあ僕はこれで。これ以上邪魔をするのも悪いからね」
「いえ、こちらこそ呼び止めてしまいすみませんでした」
その場を離れたライルは、その後する事もなかったので大人しくマイルームへと帰った。
◇
翌日、二つ目の暗号鍵を求めてアリーナへと向かったライル。
昨日と同じように周りを警戒しながら探索をしていたが、暗号鍵は直ぐに見つかった。
見つかったのだが、その前にはランサーとそのマスターであるユーリが阻むように立っていた。
(不意打ちされない事を安心するべきなのか……)
背後から槍を投げられる事はなくなったのだが、暗号鍵を手に入れる為に戦いは避けられない。
相手もそのつもりでいるのは間違いないだろう。
隠れて退くのを待つのも手だろうが、ずっと居座られる可能性もある。
「キャスター、行きましょう」
「はい」
ライルの足は後ろではなく前へと進んだ。
選択したのは戦う事だった。
「待ちわびたぞホムンクルス。姿を隠さずによく出てきた」
「それを貴方が言うんですか、ユーリ・シュライツマンさん」
「どうやら私達の戦法は君に通用しないと理解したのでね。心情はどうであれ、君の能力は厄介なものらしい。流石はアインツベルンと言ったところか。今回は直接阻ませて貰おう」
「さて、話は終わったか? ならば早速行かせてもらおうか」
ライルとしては、まだ皮肉を言いたいところだったが、ランサーは戦いを始める気が満々らしい。
「キャスター、今回は最初から術を使っても大丈夫です」
「はい、ご主人様」
先に動いたのはランサーだった。
脱兎の如く速さでキャスターへと突っ込んできている。
「キャスター、氷の術で迎撃を」
「氷天よ……砕け!」
「防げ、ランサー」
ユーリの指示によりランサーは足を止め槍を構えてキャスターの攻撃を防御した。
「くっ……」
指示を出すのが早すぎた。
キャスターの呪術は後出しする事によって有利の取れるのだが、相手に行動を変える猶予を与えてしまったのは、ライルのちょっとした焦りが原因だ。
しかしランサーは完全に防いだ訳ではなく少なくともダメージは与えられている。
冷静にギリギリまで待って指示を出せば勝てない相手ではない。
「ランサーの対魔力を持ってしても防ぎ切れはしないか、どうやら高ランクの高速詠唱持っているようだな」
「いや、マスター。あれは恐らく魔術とは別の代物だな」
「どういう事だランサー」
「俺の槍と同じ感じがした、どうやら呪いの類いだなあれは」
「魔術ではなく呪術と言うわけか。ダメージを受けたのは、対魔力が機能していなかったというだけなのだな」
「恐らくな。だが避ければ良いだけの話だ」
どうやら、キャスターの術の正体がバレてしまったようだ。
ご丁寧にどう対策するかも口にしている。
一つ目の暗号鍵を手に入れた時も思ったが、ライルの事を舐めているのか、あるいは余程の間抜けなのか。
確かにランサーの宝具は脅威も恐怖も感じ焦りもしたが、冷静になってみると何ともない相手だ。
ならば初戦の意趣返しに相手の作戦を逆手に取ってやろう、とライルは思考した。
「キャスター、距離を詰められないように後退しながら、なるべく派手に呪術を連続で放って下さい。どうせ途中でセラフの妨害が入りますので残りの魔力は気にせずバンバン使って下さい」
「かしこまりました、ご主人様。」
「僕はその隙に……」
相手に聞こえないように小声で、呟く。
それが終わると、キャスターとライルはそれぞれ別方向に動き出した。
ライルは歩くようにゆっくりと、キャスターは素早く。
「炎天よ、奔れ!」
「クハッ! 術の発動が早いが避けられぬ程じゃない!」
「炎天よ、奔れ!」
「数を増やしたか、だが魔力の無駄だな!」
ライルの指示通り、キャスターは連続で呪術を放つが、そのことごとくをランサーは躱し、ダメージを与える事は出来ていない。
しかし、それはライルの計算の内だった。
聖杯戦争はサーヴァント対サーヴァントが目玉だが、マスター同士の戦いでもある。
ランサーに当たらなかった呪術は地面から派手な炎柱を立てるように燃えている。
「気をつけろランサー。恐らく敵は炎柱で何かをする気だ!」
「そこにいると邪魔だ」
「何っ!」
炎柱の陰に隠れるように目立たぬように相手のマスターであるユーリの元へライルは近づき、そして不意打ち気味にハルバードを振るった。
正確にはワザと攻撃を避けられるように声をかけたのだ。
目論見通りユーリは立っていた場所からライルの攻撃を避ける為に退いた。
「まさかマスター自ら戦いに赴いて来るとは驚きだな。戦闘も行えるホムンクルスとは、流石はアインツベルンと言ったところか。だが不意打ち前に声をかけるとは愚かな行為だな」
「貴方がアインツベルンをどう評価するのかはどうでも良いですけど。これ貰いますね」
ライルが手に持っているのは二つ目の暗号鍵だった。
そして、アリーナに警告音が鳴り響く。
『セラフより警告≫アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています』
ライルが攻撃を当てずにワザと避けさせたのはこれが理由だ。
ライルの攻撃がもし当たってユーリがその場で倒れてしまったら、セラフの妨害によりユーリとライルの間を壁で分断されてしまう。
そうなったら暗号鍵を手に入れる事が出来なくなるのだ。
万が一避けずに防いで来た場合は奥の手を使って無理矢理どかすつもりでいた。
『戦闘を強制終了します』
キャスターに連続で呪術を放たせたのは、ランサーを回避に専念させライルに気を回させない為。
そして、回避に専念させれば宝具を放つ余裕を与えさせないためでもある。
派手な炎柱が立っていたのは、キャスターがライルの作戦に合わせて、相手の気を引く為に行ったものだった。
「帰るか……」
必要な暗号鍵は全て手に入った。
あとは決戦の日を待つだけであり、アリーナにいる理由もない。
ユーリ・シュライツマン、彼が今どのような顔をしているのか何を言うのか、それはライルにとって興味のない事だった。
作者が読み返した時の感想
「展開早っ!」
話の続きを考えていると浮かんで来るのはまだ見ぬCCC編の内容ばかり……取り敢えず、二回戦は次で終わらせるつもりです。
グダグダと相談やら何やらしてても立ち直らなかったくせに読者からするとよく分からない内に立ち直る主人公。
補足すると、教会でライルが聞いた声は幻聴じゃなくてちゃんとした肉声です。
キャスターは誰もいなかったって答えたのは、声の主に話さないでとジェスチャーされて空気を読んだからです。
ライルへの好感度が高ければ違った結果になったかも
ぽろっと出て来る情報、声の主はCCC編のヒロイン予定。今のところ無印ではもう出てこないつもり……つもり……