天(そら)別つ風   作:Ventisca

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今回は南方戦線の中央司令部にあたる南方司令部に向います。
南方司令部では別のもう一人の提督と会います。
この提督は1章で提督会議に出席しなかった提督です、秘書艦が加賀の人です。
細かい設定はおいおい追加しますが、なにかご意見があったらお願いします。
基本、この小説では艦娘以外全員名前は出さないつもりなので少々分かりにくいかもしれません。
今章は急展開で、新島到着後、南方司令部へ行きそこから再び船に乗り自分の司令部へ向います。


第参章 Geelvink/極楽烏の湾

 艦隊は、その後ひたすらスコールの海を突き進む。

甲板を叩く雨粒の音は一層大きくなり、船室の窓は雨水で歪められ外の景色は

窺い知れない。

先程の様ではないが、以前危険な外洋航海には変わらず、以前として船内の空気は

張り詰めている。

この護衛戦力での再びの交戦は、絶望に等しく、まして先程のような奇跡もこの悪

天候では望み薄だ。

だが、このスコールのおかげで多少は安全で、状況はほぼ夜間航行と同じ条件だと

いえる。

 その後船室待機を言い渡された『天津風』だが、この状況で落ち着ける訳も無く、

ただただ狭い自分の船室内を歩き回っていた。

脳裏に焼きついた、敵の閃光弾や雷跡は、自分が想像していたよりもずっと恐ろし

げで、本土での訓練などお遊びに過ぎないという『神通』の言葉を思い出した所存

であった。

若干、一部空での移動だった『時津風』達を羨ましく思った。

早く『時津風』に会いたいという気持が、少しながら『天津風』の心の支えになってい

る。

もっとも『天津風』としては、ここまで来ればもう大丈夫と言った感じで、スコー

ルの中では安全と思っているし、現実にもそうである。

彼女にとっては都合のいいことに、スコールは止む気配を見せない。

 一方ブリッジでは、提督は戦火の後始末に追われていた。

薬莢、残骸、燻る火の後始末に提督も加わっていた。

乗員削減の自動化がこういう所に裏目に出ている感じがして、提督は少し歯痒い感

覚を抱えていた。

一段落着くと、再びブリッジに戻った。

雨に濡れた軍装を脱ぎ、見通しの最悪な気象条件見て、提督は芳しくないと感じる。

残り三分の二の航路は大凡スコールが続きそうなのは見当がつくので、これ以上の

最悪は起こり得ないと提督は踏んだ。

そう、あとはただ待つだけだ。

 

 スコールの中、辛うじて日没を確認した頃、ようやくレーダーで島影を捕らえた。

降り止みつつあるスコールの中、『天津風』は狭い船室から甲板へ駆け出した。

漆黒の海に薄っすらと見えるぼんやり明るい島こそ、目的地の『新』島である。

そして『新』島北部にある湾こそ、東南北の作戦拠点のギールヴィンク湾だ。

湾の入り口を島が塞ぎ、唯一安全な湾といっても過言ではない環境が整っている。

湾の外周を要塞化した街が多い、入り口の島は完全な要塞と為っている。

数十年前から継続して要塞化が進んでいる都市ではあったが、今や世界中の技術が

流れ着いた最先端の都市にまでなっている。

徐々に近づくにつれ、景色が著しく変化していく。

狭い海峡を抜け湾に入ると、周りは緑に覆われた熱帯雨林ではなく、煌々と文明の

光を放つ都市を護るトーチカや要塞砲が連なっている。

それらは数キロ沖を航行する輸送船からも十分確認できた。

『天津風』は湾に入るなり、安心感と言うよりも一種の物々しさを感じていた。

そして湾の深くに侵入するにつれて、辺りは明るくなってきた。

ぼんやりと夕刻の暗がりの空に映し出された大都市は、まさしく技術という名の化

身である。

煌々と照る街のネオン、街灯、などの人工的な明彩に支配されたこの街は、孤立

した島の都市にも関わらず、集まる技術と情報に物を言わせて作った、言わば未来

都市であった。

まったく場にそぐわない著しく発展したこの都市は、孤島に似合わぬ物資量にも支え

られ、孤島の域を脱した発展の仕方をしている。

だが、その明るい影の落ちる海はうって変わって漆黒のままだ。

この情景が正に、現在の世界を転写しているように提督には見えた。

着々と近づく目的地を前に、提督は胸を撫で下ろす様子は無い。

目的地はここだが、最終的には自らの持場まで赴かなければならず、まだ先は長い。

何れにせよ、長い航海の末到着したのだから喜ばしい事だ。

 二隻の駆逐艇を引きつれ、輸送船は都市市街地と雑木林で区切られた港へと向う。

数キロにも渡る大きな港だが、都市とは正反対で薄暗く、灯りもクレーンや大型建

造物の警戒灯ぐらいしかない。

しかも数十を数える埠頭には、船は全くと言っていいほど居らず、より一層雰囲気

を暗くしていた。

入港のために街灯が点けられた一番端の埠頭へ三隻は滑り込み、接岸を果たす。

歓迎などは無く、素早く舫綱が渡され、数分で上陸できるようになった。

辺りは静かで、駆逐艇や輸送船の機関音以外全く聞こえてこない。

波は湾内ということもあって穏やか、心地よい程度の小波が聞こえる。

提督は逸早く上陸し、軍関係者と積荷の受け渡しを済ませ、『神通』『天津風』両

名に下船を促した。

薄暗い中、『天津風』は機嫌良さそうに下船した。

ようやく『時津風』に会えると思うと、自然と気分が軽くなっていく。

やがて手荷物を駐屯軍の車両に乗せ、一路南方司令部へ向うこととなった。

埠頭には大きな倉庫が添え付けられ、埠頭と同じ数だけ建てられている。

それらを横目に、三人は提督の運転で走り出した。

 「まったく、運転手くらいつけて欲しいよ」

上司官なら当然、送り迎えくらいあっても良いもだが、待遇は本土と何等変わりは

無かった。

 「どれくらいで着くの」

愚痴を零す提督にいつもの調子で質問を投げかけた。

提督は都市の中心を指差し

 「ここのど真ん中だよ」

と即答した。

雑木林の真っ暗な一本道を抜けると、すぐに繁華街が広がっていた。

繁華街は辺りの建築物の周辺空間を埋め尽くすように設置され、雑多な下町と言っ

た感じだ。

しかし雰囲気は良くない、活気こそあるもののその薄暗い雰囲気は隠しきれていな

い。

提督はここら辺のことはあまり知らないが、大雑把な所、スラム街に等しい物だと

いう認識だった。

都市の発展に蹴り落された、いわば貧困した人々の住処で、マフィアが居てもおか

しくないような治安の悪さである。

数分も走るとそれは無くなり、一軒や集合住宅、小高いビルなどが立ち並ぶ市外地

となった。

だが、以前として雰囲気は悪く、真っ黒な乗用車を物珍しく眺める通行人としばし

ば出くわす。

そしていよいよ都市の中心へと足を踏み入れる。

遠くからでも十分明るかったが、間近で見ると眩しいくらいだった。

灯りは全て、広告などのものではなく、ビルの外周に取り付けられたネオンからの

物で、他にビル頂点の警戒灯や街灯などで辺りが照らされていた。

時代に似合わぬ高層ビルは、現在最高の情報集約都市の中核を担っており、飛躍的

に進歩した通信網を支えている。

ビルから縦横無尽に突き出し、間を走る無数の電線は、整頓されたビル郡とは裏腹

に、不規則かつ絡まるように配線され、それがビルの外装と融合されている様で、

独特な雰囲気を醸し出している。

ビルの多くはコンクリートではなく、鉄骨の骨組みに鉄板やモルタルの壁を宛がっ

た即席のようなビルで、壁に張り巡らされたパイプや空調のダクトなどがより混沌

とした雰囲気を醸し出している。

中心街のビルは、白熱灯による明かりが、整備されていない道路を照らし、辺りを

淡いオレンジに染めていた。

そして中心の双子塔の間近を通り、『天津風』は窓から天を突く高層タワーを仰い

だ。

高さはゆうに50メートルはあろうかと言うこの塔は、ここら周辺の通信用無線が集

まる所で、低周波通信アンテナ、長距離通信アンテナ、受信装置諸々が集まった、

まさに通信ネットワークの中枢である。

そしてこの塔がそうであるかのように、周りのビルもただのビルではなく、情報収

集情報発信に用いられる、未だ真空管を用いた巨大電算装置の外枠になっている。

これが、世界の技術が“流れ着いた”都市の全貌ということになっている。

都市の究極形であるこの都市だが、所詮劣化コピーに過ぎず、改悪された技術が広

く利用され、末端になればなるほど状況は悪化した。

これらは、早すぎた技術の発展がもたらした代償とも言えたが、劣化コピーと言え

ど、世界中の情報や技術が集まっているのは確かで、信頼性はさておき十分最先端

な都市にまとまっている。

この、本土とは似ても似つかない容貌の都市に、『天津風』は興味を持たずにはい

られなかった。

それらは、南方司令部施設の外装へ直結する期待となった。

『天津風』は恐らく、近未来的で高層ビルのような施設が待ち受けているだろうと

予測した。

 「もうすぐだ」

下船からまだ三十分も経っていないのに、提督はまもなくの到着を宣言した。

無数のビル郡の間に突如として現れた広大な余地に南方司令部はある。

周囲は勿論壁で覆われ、その外周をさらに高い立ち木が囲っている。

そして、何より『天津風』を驚かせたのは、そのあまりにも“がっかり”な外見で

あった。

 「なによこれ、総督府の建物と変わらないじゃない」

いかにもがっかりといった様子で言い放った。

木々の合間に見えるレンガで出来た壁とその概容は、まさに総督府そのものだ。

白い柱とレンガの外壁は独特の赴きこそあるが、この街にはどうも不似合いなよう

に思える。

がっかりした様子の『天津風』の気持を、提督は分かりかねた。

提督にとってはこの建物こそ駐屯軍の象徴であり、威厳でもあった、ただ提督自身

あまり好きな所ではない。

外壁入り口の門兵は、車を見ただけで即座に門を開けた。

素早く入り口したのバルコニーに車を回し、運転席から降りた提督は後ろの荷台か

ら第一種軍装を取り出し、正装に着替えた。

そして提督は二人の乗る後部座席へ回りドアを開けた。

 「さあ、早くいくぞ」

先程とはうって変わって勇ましい表情となった提督は、二人に階級章と勲章の付い

た軍装ロックコートを渡した。

『天津風』は船上での『神通』の説明をを思い出し、素早く身なりを整えた。

此処、南方司令部施設には一種のドレスコードみたいなものがあるらしく、正装で

ないものは歓迎されない。

『神通』のロックコートには、華々しい大佐の階級章と水雷高等科の区別章、そし

て右肋に光る功二級金鵄勲章を自慢げに下げており、他にも錚々たる栄典を付けて

いる。

しかし『天津風』には水雷科専攻区別章と“特務”大佐の階級章しかない。

ここではっきりと、実力の差が示された。

提督も同じく勲章を下げ、腰には軍刀、帽子もしっかりを被った。

 「こんな正装、めったにしたくないもんだ」

開けっ放しの出入り口から広いメインホールへ出てすぐに、正面の中央階段から3

フロア上へ上がった。

本土と同じ、人事部その他諸々の部署を通さなければならないが、本土と違うのは

お役所仕事なんてまっぴらな軍人が部署を掛け持っているという所で、面倒ごとは

好まず、本土では一時間かかった移動承認もここでは数分で終了した。

そして、『天津風』待望の二水戦メンバーとの面会が予定されている、最上階奥の

士官執務室へ足早に向った。

この施設に似合わない可愛らしい彼女等は、すれ違う度に注目された。

下士官や事務関係の海軍関係者は、遠目では少しなめたような視線を送ったが、階

級章を見るやいなやすぐに廊下の端により、中央を通る三人に廊下を譲った。

赤い絨毯が敷かれた廊下の行き止まりに、目的の士官執務室がある。

その入り口を逸早く開けたのは『天津風』だった。

開けるなり、中に居るメンバーの事などお構い無しに『時津風』を探した。

彼女は一番近くに居て、『天津風』は見つけるなり歩み寄った。

 「おつかれ、天津風」

まず『時津風』が歩み寄ってきた『天津風』に声をかけた。

 「やっと会えたわ、三日ぶりかしら」

本土での最後の艦隊点呼以来別行動だったのがよほど寂しかったらしく、今までに

ないほど楽しげな様子だった。

他全員の第二水雷戦隊艦娘たちは、入室した提督にきちんと敬礼した。

そして今回の司令部出頭でもっとも用事のある人物は、執務室の机に腰を据えてい

た。

 「さぞ楽しい“クルーズ”だったろうな」

皮肉を言ったこの上士官こそ、今回の奇跡の代行者だ。

 「貴方のおかげで無事に生きてここに来れましたよ」

『天津風』の提督と同じ階級のこの中将は、隣の管轄海域を受け持つ極南乙方面の

司令官だ。

そして現海軍最強の艦隊の保持司令部でもある。

同じ中将である痩身の自分とは違い、体付きは良く、肌は焼けまさに海の男、海軍

の軍人だが、年は五十を超える、いわば熟練(ゼネラル)なわけだ。

隣には、秘書艦である正規空母『加賀』が物静かに寄り添っていた。

背はここに居る誰よりも高く、その背の高さだけでなく持ち前の美貌も目立ってい

た。

 「空母加賀、この度のご尽力に感謝する」

提督は『加賀』の正面に立ち、今回の件に関する礼を言った。

 「いえ、私は我が司令官の指示に従っただけです」

『加賀』は静かに答えた。

 「ということですが、中将閣下?」

年齢が上ということもあるが、今回の件はやはり彼の手回しによる奇跡だったよう

だ。

 「なぁに、ここらに長く留まっていればどこら辺で敵が出現するかなんてすぐ分

かるが、今回の件は偶然だな」

 「というと」

 「彼女の艦載機に敵が引っ掛かったんでね、近海を演習航海中だった加賀含む演

習艦隊に手助けさせた。だがこれは個人的なものだ、組織的意図はない」

誇らしげな笑顔でそう答えると、それを言われた提督は苦笑いした。

 「なるほど。つまり貴方の加賀は偶然我々が戦闘しているのを発見し、それを偶

然近くにいた加賀に援助させた、ということですね」

『加賀』は見兼ねて自分の提督に話しかけた。

 「提督、そう言わずとも素直に…」

提督同士、互いが素直じゃない事は互いに理解していて、今回の事も十分察しがつ

いていた。

 「そうですね、じゃあ今回の“かり”は無しで」

満足げに今回のことについては、握手で丸く収まった。

本来なら、無断な艦隊活動で多少軍法に触れそうだが、あえて互いに偶然を装う事

で綺麗に丸く治めた。

 「そうだな、ただ他の君からのかりは忘れるなよ」

 「ええ、もちろん」

救い救われた事を互いに確認し、古くからの友人のある意味での健在を確かめた。

そして、何事もなかったように執務室を後にした、出て行く直前に机の上を目で示

して出て行った。

だがここは彼の司令部で、彼はただ自分の執務室に戻っただけだった。

彼の示した机の上には、今年半分の作戦詳細綴が置かれていた。

本来この作戦詳細綴が話題の中心になるはずだったが、今の話では欠片も話さなか

った。

その理由はすぐに分かった。

 「こりゃ随分芳しくないな」

提督は再び表情を強張らせた。

 「悪い知らせだ天津風」

提督は仲良く『時津風』と話す『天津風』に言った。

『天津風』は無言で提督のほうへ振り返って理由を聞いた。

 「すまないが明日すぐ夜間作戦に出てもらう」

 「ちょっと待ってよ、まだ丙方面司令部にすら着いてないのよ」

あまりにも押し迫った予定に難色を示した。

 「そうだな、ほかのメンバーはまだしも、君は移動続きでまともな休憩を取れて

いない。何なら不参加でも十分に構わない、なんせ明確な理由がある」

提督は作戦参加メンバーの変更も十分に考えた、ここは司令部の中枢で、変更など

すぐに言い届けられるからだ。

 「いいえ、構わないわ」

『天津風』は即答した。

 「私は娘(こども)じゃないわ、れっきとした一等戦列艦である駆逐艦よ。与えら

れた任務を最初から否定するのは私のプライドが許さないわ」

もっとも任務が複雑かつ多数に渡る駆逐艦は、最も多忙を極める、それなりの覚悟

のある『天津風』は任務を降りる気は一切なかった。

 「君がその気なら、その意見を尊重しよう」

提督は『神通』のほうを見て様子を伺った。

『神通』自身『天津風』の申し出に反対意見はないように伺えた。

 「よろしい、ならば早速、我が司令部に向おう」

ようやく『天津風』達は自分たちの持場に向う事となった。

執務室を出た第二水雷戦隊総員十七名、引き連れる極南丙方面司令官は、足並みを

揃えて正面玄関へと向った。

 「ところで提督、まさかまたあのオンボロ輸送船に乗せる気じゃないでしょうね」

『天津風』は不安に思い、提督の横に並んで歩きながら質問した。

 「安心しろ、またあの輸送船だ」

 「面白くないわよ」

 「ああ、全くだ」

提督も流石に、あの一戦交えた船に再び乗る気にはなれなかった。

被弾している上に、ただでさえ耐久年数を過ぎた船なこともあって、流石の提督も

気が引ける思いだ。

一階に下りるなり提督は移動車両に乗り込むよう伝えた。

バルコニーにはすでに車両が用意してあり、十八人全員が乗れる九四式トラックが

エンジンまでかけられた状態で待機してあった。

提督は素早く運転席に飛び乗り、全員が乗り込んだ事を確認すると足早に南方司令

部を立ち去った。

 

 先程と全く同じ道を帰り、無事港に到着した。

『神通』は一番先に下車し、全員に迅速に乗船するよう促す。

提督は運転席から降り、すぐに近くに居た海軍関係者を呼びとめ出港の手筈を整え

させた。

 「全員乗船完了しました」

出港の手続をする提督に『神通』は全員乗船を報告した。

 「了解した。あと五分で出港できる」

提督は戦線で必要な武器弾薬その他の積み込みが完了している事を確認すると、船

には片道だけの燃料を積む事を指示した。

出港の用意は急ピッチで進められ、修理のため横付けされていた大型クレーンや燃

料給油用の誘導塔が次々と輸送船から離れていく。

提督は少しでも現地での時間のゆとりができるように全作業を急がせた。

一方、輸送船の修理にはまだ一時間以上かかるが切り上げさせ、自力で航行に問題

が無いと見るや機関を再始動させた。

だが整備に当たった乗組員は、最大速力の発揮は不可能との事だった。

船のダメージは思ったより深刻で、中央ジブクレーンは撤去され、片舷だけ寂しい

様相になってしまった。

さらに長時間の最大速力航行によるフライホイルの負荷も激しく、現地到着次第に

オーバーホールしなければならなかった。

 「乗組員全乗船完了次第出港、タグボートを待機させろ」

提督自身も輸送船に乗り込み、いつでも出港していいようにブリッジで待機した。

やがて乗船用ラッタルが離れ、埠頭の責任者から出港許可が下りた。

すぐ隣で待機しているタグボートに指示し、船を埠頭から離すように指示した。

二隻のタグボートは全力で、ほぼ積載満載状態の輸送船を真横に引っ張った。

陸の方向を向いていた輸送船は数分で出港できる体勢が整った。

船首が湾の入り口に向いたのを確認すると、輸送船は機関を目一杯回し、白波を埠

頭に浴びせながら勢い良く出港した。

極南丙方面司令部へは通常半日もせずに到着可能だが巡航速度でさえ危うい現状で

は半日、つまり早くても明日の朝になってしまう。

数十分後、船は一切の護衛無しに湾を出た。

深度数十メートルしかない浅瀬を移動し続けるため、護衛は不要との判断だった。

朦朧とする街の明かりを背に、輸送船は漆黒の海へ再び駆け出した。

提督は船が航路に乗った事を確認すると、後部倉庫第一層で各武装点検および作戦

説明を掛け持った。

後部倉庫第一層は、三層ある船倉の最も広い区画で、同時に艦娘が戦線で使用する

武装が保管されている。

数分で荷解きをした第二水雷戦隊メンバーが全員集合した。

四方10メートル以上はある船内最大の空間でも、武装が入ったコンテナと十八人

が集まり、流石に少し窮屈に感じた。

灯りは壁に等間隔に設置された白熱球だけで、船倉は全体的に薄暗いが、開け広げ

られた天井の搬入用扉が開け放たれ、星や月明かりが僅かに光量を足していた。

 「全員、傍らに聞いてくれて構わん」

提督は、黙々と自らの武装を整備する十七人の艦娘に呼びかけた。

それぞれ駆逐艦の主装備である“三年式50口径12.7センチ連装砲”を自らの知識を

もって分解している。

通常の艦載砲と同等の威力を持ちながら、かつ小銃のように携行できる便利な兵器

だが、通常の人間には使いこなせない反動、重量、そして相性があり、しかも現状

艦娘等しか使用できない、いわば超越技術(オーバーテクノロジー)の代物である。

武器の金属音が響く中、提督は淡々と説明した。

 「明日深夜より今期最初の作戦が開始される、これは他司令部との合同の大きな

作戦だ。大まかな説明として二水戦は作戦初段階目標の『帛』島攻略の一環である

『帛』島周辺の制海権を掌握するのが我々の仕事だ。質問は?」

3ページに渡る作戦概要を提督は要約し全員に伝えた。

 「敵戦力は如何ほどですか」

『神通』が挙手した、もっとも、全員が気になる内容だ。

 「現在、公式記録として残されている『帛』島周辺の深海棲艦編成は、標準的な

水雷戦隊一個+αとされているが、事実上のこの+αが何であるかは当日試行され

る偵察機による強行偵察の結果から判断される。現状大凡見積もったものは二個水

雷戦隊とされている」

敵戦力は『帛』島を孤立させるために周辺に展開している幽閉艦隊で、それらを殲

滅又は駆逐することが今回二水戦に与えられた任務という事になった。

戦力差はやや敵が優勢といった所だが、『神通』は全く不安の色を見せない。

第八次編成に当たる現編成メンバーは全員選りすぐりの言わば最新型で、実力にい

たっては、他の水雷戦隊を圧倒する。

旗艦『神通』配下の四個駆逐隊は全員『神通』自身からの訓練を受けている、これ

も『神通』が配下駆逐艦娘達に置く信頼の大きさの理由でもある。

そしてその信頼故に、高々二倍や三倍の戦力差など一切無意味だった。

 「他に質問は無いとお見受けする。では以上で作戦内容の説明を終わる」

全員が壁に貼られた作戦海域の海図に一時見入っていた、数個の島が周辺にあり、

それ以外は海しかない。

 「それぞれ各武装点検後は自由、みんな明日に向けて十分休んでくれ。明日は到

着次第各部屋に持参した荷物を運び込みすぐに出撃準備を整え待機。では各自解散」

作戦決行まえにも関わらず、提督はいつも通りで特に特別なことは何も無かった。

激励の言葉などは提督はあまり好みではなく、各自の意思に任せ特に何もしないと

いうのが常だった。

外から見ればかなり無愛想に見えるが、提督自身かなり心配しているし、それ以上

に絶対的信頼を彼女等に置いている。

だから、くどいことは特に言わず経験豊かな彼女等に基本的に任せるスタイルをと

っている。

提督自身、非社交的でも無愛想でも消極的なわけでもないことは、少なくとも二年

目の『神通』は知っていた。

 静かになった後、『天津風』は誰とも話さず黙々と自分の武器を点検していた。

武器の分解は手馴れたもので、ボルトからファイアリングピン、ストライカーまで

分解して点検し、組み立てなおしていた。

彼女等の主兵装であるこの砲は、対艦用徹甲弾と対空用三式弾を発射可能で、毎分

百発の半自動可されたものである。

一つの弾倉につき十発、計砲の中には一度に二十発の弾が装填可能となっている。

薬莢は機構上上から排出されるため、扱いは少し注意が必要だ。

その他にも全員共通の九五式魚雷や、軽巡である『神通』の主装備の三年式50口径

14センチ砲や同じく『神通』装備の電探(レーダー)などがある。

 手早く装備点検を終わらせ各自自分に割り当てられた船室へ行った。

三日間この船に乗り続けた『天津風』にとって、現在のこの船は相当遅く感じ、波

も穏やかで多少は眠りやすいと思った。

『天津風』は『時津風』の真隣の部屋が割り当てられていて、入るまえにお休みと

声を掛け合った。

昨日から変わらない狭い部屋で寝るのは慣れているが、いざ寝ようとするとどうも

心当たりがあった。

つい数十分前まで触っていた自分の武器の感覚が手に残っていた。

一発づつ弾倉に込めた金色の実包の感覚がずっと頭から離れないでいた。

今まで模擬弾を主に撃っていた『天津風』にとって、実包は何よりも実戦を感じさ

せるものだった。

明日の今頃にはもう戦闘が始まっていると思うと寝ようにも寝付けない。

自慢の長い髪を気にしながらうつ伏せになり考えを客観的に切り替えようとした。

だが、あまりにも早すぎる実戦参加に戸惑わずにはいられなかった。

同時に、頭の中に思い浮かんだのは死への再直面だった。

戦場での死はつきものというのは当たり前だが自分がそうなるとは誰も思ってない。

そう考えないとやってられないからだ。

一切の不安を拭いきれず、ただ臆病な自分を否定しながら、ようやく就寝した。

 

翌朝、朝日は遠に上ったというのに甲板は静かなままだった。

『天津風』は何時もの癖で何時もと同じ時間に起きたため、実質睡眠時間は五時間

ほどだ。

提督の手筈で起床点呼時間を二時間延長し、十分休めるように配慮された結果だっ

た。

司令部についたら一切の休みも無くすぐ準備し出撃だからだ。

食事は時間の都合上司令部についてからと聞かされていたが、さすがに昨夜の軽食

が響き、『天津風』はお腹が空いてならなかった。

簡単なシャワーを浴び、寝癖のまだ落ち着かない髪を十分に整え、いつもの制服を

来た。

その後しばらく経ってから後部甲板で点呼がありすぐに上陸準備に取り掛かった。

時刻は十時を回り、提督も予想以上に到着が遅れていることを危惧した。

思ったより潮流が障害となり、到着は数時間遅延となってしまった。

それでもなんとか、

正午前、輸送船は無事に極南丙方面司令部の港に着いた。

遠目からは美しく真っ白な浜辺と蒼く透き通った浅瀬に立てられた簡素な埠頭しか

見えないが、埠頭奥の小道の延長線上に深い藍色の屋根が見えた。

高さは三階建といったところで、ブリッジに登っていた『天津風』からははっきり

見えた。

五十部屋ほどで司令部としては小振りだが、あまり大きすぎない事を提督は好んで

いて、また外装もモルタルと木材とレンガでできたい南国を思わせる白と青で統一

されたこのシンプルさも気に入っていた。

まだ数キロあるというのにこの施設は白い故に目立ち、すぐに発見できる。

すぐに寄港の用意がなされた。

この船はまだ他にも物資を下ろす所があるので、僅かに燃料を補給次第すぐに出港

してしまう。

なので埠頭には頭から突っ込まず、埠頭の先にちょうど留まり、必要なものを降ろ

してとっとと出発する手順になっている。

約2キロというところに迫った司令部をまえに、『天津風』たちは減速する船の甲

板上に手荷物をもって下船できる状態になるのを待っていた。

提督は横付け指示のため同じ甲板に下りてきた。

『天津風』は少し憂鬱そうに自分の手荷物をもって自分の足元を眺めていた。

 「なにか不安か?」

提督は俯く彼女の横に立った。

 「今日の出撃以外何が不安の原因になると思ってるの?」

明らかに声に不安が篭っていて、いつものような自信たっぷりの口調は影を潜める。

 「大丈夫だ、不安に思うことは全く問題ない。だが不安で実力を発揮できないよ

うなら宝の持ち腐れだよ」

 「励ましているつもりなの」

『天津風』は提督の方を見て不審そうに言った。

 「ああ、もちろんだ。君の実力に関しては信頼している、その不安に揺るがされ

ないようにするんだ」

初めて、自分に向けて言い放たれた“信頼”という言葉が嬉しかった。

自分が他人の、それも自分の提督の信頼に足る者と認められたというのが何より嬉

しかった。

着岸が近づく中、『天津風』は自らの自信を高め、自らの提督の信頼に答えるべく

決意を露にした。

いつものように右手を腰に当てて、提督の方に面と向って自身たっぷりに言った。

 「いいわ、私の実力を見せてあげる。大丈夫、いい風が吹いているもの!」

提督も、それに答えるように勇ましい笑みを浮かべた。

 自らに吹く風を味方に髪を靡かせ、『天津風』始め十七名第二水雷戦隊は、本拠

地に上陸した。

こうして、初実戦の一日はようやく動き出した。




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