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『天津風』は回想する。
『明石』の言っていたあのダサい名前のヤツ、Dea ex machina(デウス・エクス・マキーナ)とか?
この言葉は確か、何かを指す名称ではなく演劇の表現技法の名前だったと思う。
複雑な演劇の山場に“神”が一石を投じたように絡み合った物語の糸を紐解き物語を終わりに導く展開技法だ。
この機械仕掛けの神の意味を後に調べて知ったとき、少し恐怖を感じたのを覚えている。
彼女の話では、その作られた“神”とやらは最初の文明を“最初”に戻すために一石を投じたという話だった、正に名前 のままの役割を果たしている。
そしてここは後付けの知識、深海棲艦の活動の活発化までの間、列強国以外の地域は合衆国の委任統治領又は保護国となっていた。
彼女は確か合衆国で再生作業中と言っていた、しかし合衆国のどこにあるとは言っていなかった、その作業がどうなっているのか、また本体の詳細も不明だった。
「愛しの提督とは連絡がとれたのかい?」
准将が天幕にやってきた。
「大きなお世話よ!」
「おおこわいこわい」
しばらく思惟に耽っていた『天津風』は彼女の登場を予期できなかった。
「愚女同然に気遣っていたんだが、健在そうで提督殿も何よりだろう」
「あの後提督と会ったの?」
倦怠の気を隠さない彼女に『天津風』は折り畳み椅子を出した、幾分座りにくそうだが背凭なんて贅沢ものは付いてない。
「ああ、君達が出発した後に陸軍の兵站庫に来たよ。今回の輸送艦隊の話だったかな、ほんの五分程度だったが君の事を注意深く頼まれたんでね、もっともそう言うように促してたのは鳳翔だったがな。いずれにせよそういうお申しつけよ」
准将は配給の乾パンと水筒を差し出した。
「ちゃんとお茶が入ってる、麦茶」
「そんなに気を利かせなくてもいいのに」
「気にかけろとのお達しなんでね」
吸湿性の紙袋に包まれた乾パンにはジャムと金平糖が同封されている、同封されているこの2つのアイテムにもちゃんと意味がる事を彼女は教えてくれた。
「で、話があってきたんじゃないの?」
半分飲んだ水筒を返し、准将の顔を探った。
「どうした、急に。そんな頭使うタイプのヒロインじゃなかっただろう」
「どういう意味よそれ……」
「いやまあ、こちらとしても新しい情報が多すぎて。どこまで喋っていいものかと思ってね」
「全てよ、知ってること」
二人して深いため息を搗いた。
『天津風』は全てを知らない、准将は全て?を知っている、対極的な立場上准将は嘘を吐くことは十二分にできるが『天津風』が嘘を伝聞すればたちまち関係は崩壊する、関係と言っても陸と海という政治上の立場以前のだ。
極力話す事実を最小限にしたい准将は立場上回答又は啓発しなければならない、だがその“事実”には多くの伏せたい事項が多いのだろうと『天津風』は悟った。
そして『天津風』自身何も知らない以上「どこからどこまで教えて欲しい」と言う事ができない、いわゆる分からない事すら分からない状況だ。
しかし准将にとって厄介なのはそこだろう、半端な認識でも知っているという事実に変わりない、ただそれが浅はかで知識という段階にないだけで、どのような嘘をついていいか分からない。
もしここですべての情報を開示すれば、本人あるいは伝聞的に真実を見抜かれるかもしれない。
そしてこうして推し量っている時点で、この新しい情報の裏に明確な真実があることを悟られている恐れがある。
「とりあえず、必要そうなところだけ喋っておこう」
一分ほど無言だった准将がようやく言説を始めた。
「知っての通り、足元にはかなりのものが埋まってる。それがなんなのか、どういうものなのか、現時点では話せないし此方としても断言できない、だからこの事については言及を避ける。だがそのヤバいものがどの程度“ヤバい”かは話せる、パッと言って信じてもらえるかは分からないが、埋まっている“システム”はこの世界を何度も焼き払う事ができるらしい。数千年前の時点ではな―――」
准将はそこで口を噤んだ。
「どうしたのよ、急にだまって」
「いやなに、少し自分でも疑問に思って。ここがそんなに大事ならもと早く来ればよかったものをと」
「それもそうね」
「まぁ、いずれにせよモノを我が物とすべく、とりあえず電源を入れてみるってところかな」
「なるほどね、それであのフネってわけね」
極太の送電線が生える輸送船を『天津風』は視線で示した。
「電源が必要な装置やシステムがそんな長い間健在かどうかは知らないが、やってみなければ分からない。なんせ過去の人類の方が栄えていた可能性があるわけだからな」
「そうなの?」
「普通そう考えるだろう。こうしてここにくるまで、そしてここでもハイレベルな文明度の“異物”が山のように残されているんだから」
「なんにせよ、この世界は二周目ってことに変わりはなさそうね。そうなんでしょう?」
「そうなんだろうな」
それ以上ハッキリとした答えは返ってこなかった。
だが最後に彼女は付け加えた。
「過去や事実がどうあるにしろ、ここでやることに変わりはない」
准将は輸送船にもどっていった。
事の顛倒が早いと、彼女のような女傑、もとい秀才でも状況把握にすら戸惑うのだと感じた、ただ私達は軍人であり命令通りに行動する必要があるという必然的な現実が皆を冷静に繋ぎとめている。
彼女の目にはっきりとした意志はなかった。
半日もすると陸(おか)は賑わいを鮮少と見せ、医療用陣地ではあるが灯の入った天幕と船が真っ赤な大陸に色彩をほんのすこしだけ添えた、時間はもう大禍時だ。
電源の方はというと、内陸31キロ地点に抉じ開けれそうな小さな四角の“間仕切り”があったらしく、そこに輸送船の自衛火器である14センチ砲弾を突っ込んで無理矢理抉じ開けたらしい、なお輸送船の弾薬は空になった。
今のところ“地下発電施設”と仮称されている原子力発電炉は、どうやらマスターの発電施設ではなく、さらに下層約地下200メートル地点に存在しているらしい。
詰まる所、今からやろうとしていることは「玄関の灯りをつけようとしている」に過ぎない。
「これ以上私達の力が必要なの?」
『天津風』は内陸に伸ばされていくケーブルを横目に眺める、准将はどこか無関心そうに見つめていた。
「要るとも。ここを守るためにね」
「守る?」
ゆっくりと『天津風』は准将の顔を覗き込んだ。
「恐らく、ここの動きが活発になれば、敵深海棲艦も呼応して動き出す。そして予測が正しければ合衆国の艦隊が明後日にも到着するはずだ。だが流石の第77.1任務部隊もわざわざ鉄火場に飛び込んでは来ない」
「どちらが先に来ようと、必ずどちらもお相手しなければならないわけね」
「君も合衆国を敵視するのか」
「もちろん、話し合いに弾薬は必要ないわ、私達も必要ない。でも私達はここに集められた」
「ごもっとも」
上陸から一日、輸送船七隻の発電機が雄々しく稼働し始めた。
七隻の輸送船に積まれている発電機が生み出す合計二十万ワットにもなるエネルギーは一度電圧を安定させるコンバーターに集約され、直径1メートルのケーブルを伝い地下発電施設へ送られる。
陸軍の技官の見立てによれば、発電所は恐らくリミッターにより停止させられており、逆工程に通電させればフライホイールが回転し、連動して発電所が再稼働するという、海軍の技官も同意した。
だが、それにはとてつもない起電力が必要となる、原子力発電というものがどれくらいの規模の施設なのか、どのような仕組みなのか一切不明なため、今はやってみるしかないというわけだ。
だが准将は原子炉の基本的知識を付けている、というより学ばされて来ているらしく、頻繁にメモに視線を落としながら技官達と協議していた。
「始めましょう、予定通り」
作戦開始から四日後の正午、作戦第二段開始の命が下された。
「これより第一次発電施設(レピエント)の再稼働オペを開始する」
第二段階の指揮権は完全に准将にあり陸軍管轄だ、それに『天津風』達の任務である南方海域強襲偵察の任務はまだ解除されていない。
提督がどの段階でどのような手段を打つのか、現状全く予想が付かない。
作戦は山場に入りかけている、軍の真の目的も僅々と見えてきた、だが『天津風』は焦りを隠せなかった。
陸軍の動きが早く且つ主導的であり、今回の作戦に“偵察”と“斥候”そして“護衛”として全力を投入している海軍はもはやここから先は主導権を握ることは出来まい。
最も強硬的な手段として端的ではあるが海域封鎖を提督は考えているが、そんなマネをしたらたちまち人事上消されてしまい戦線の収束から縁遠くなってしまう。
そしてなにより提督が居なくなってしまったらそれこそ軍の思う壺だ。
提督は恐らく、この“大きさ”の見えない作戦に慎重になっている。
曖昧な任務の範囲、区切りの無い戦線、敵味方国との境界、もはや今敵は深海棲艦だけではない。
だが『天津風』達にとって目下敵は深海棲艦だ、この海の反対側の国まで巻き込んだ騒動で、深海棲艦の親玉が出てくる可能性もある、そうなれば偵察の手間も省けるのだが、主力艦隊は到着まであと少し時間がかかりそうだ、輸送船にある弾薬だけでは十分に戦えない、もっとも二個水雷戦隊では戦力などたかが知れている。
そして行動に出ないのも人命を優先してのことだ、ここで事を起こせば『天津風』含む艦娘はおろか数千の人命が海の藻屑と消える可能性がある。
状況が一点に集中しチャンスが巡ってきた時、もっと言えば艦娘達の力だけで状況を一変させる事が出来るタイミングを提督は狙っている。
だが、そう上手く事は倒してはくれまい。
「主機全力運転、通電開始!」
准将の合図共に、コンバーターのメーターが一つを除いて「MAX」に振り切れる。
「各部点検、異常の有無を報告せよ」
軍服ではなく、作業着を身にまとった軍人達が右往左往している。
現時点で起電力の大きさの関係上電圧は0のままだ、恐らくこの先にあるモーター発電機か何かに必要なだけ蓄電されれば再起動に必要な電力が地下発電施設に行き渡り、原子炉が再起動するだろう。
「現在接合部、発電機、コンバーター、冷却機等以上無し、運転続行。上手くいってくれ―――」
あちこち走り回る軍人達を尻目に准将は苛立ちを募らせていた。
見積が全くの誤りであり、この地下発電施設を稼働させたところで地下の施設が全て再起動するとは限らないからだ。
仮に再起動したとして、それが人間の扱えるものなのかどうかもわからない。
計り知れない不安に准将は苛まれていた。
「敵機接近!敵機接近!」
手回しサイレンの鈍い音と共に敵機の接近が窺知された。
「このタイミングで……か」
准将と『天津風』は接岸した駆逐艦に走った。
沿岸では既に残存兵力での対空戦闘が模索され、破棄された輸送船から外された対空火器が着々と準備されている。
二人は渡されたラッタルを駆けあがり電探室に滑り込む。
「敵は!?」
『天津風』は電探主の居なくなった電探のスクリーンを覗き込む。
艦は全て対空戦闘の号令がかかっており全員が魚雷以外の兵装に付いていた。
オシロスコープのような電探のスクリーンには群れのような敵航空機の波が映っている。
「距離約100キロ東南島、襲来まであと20分無いぞ!」
「あまりにタイミングが良いわね」
准将と『天津風』は顔を見合わせる。
ここまで騒げば無理もないが、今までの歴史で内陸地への攻撃は例がない。
准将は沖合3キロを哨戒する駆逐艦が深海棲艦に発見されてしまったのだろうと仮説した。
どちらにせよ迎撃に出なければ被害は十割となる。
「主力の到着は?」
二人は駆逐艦を降りて天幕の方向へ向かう。
「今夜だ。今から六時間後、さっき救難信号を受け取ったという返事が返ってきた、もっと早く来るかも知れん」
「じゃあそれまでの辛抱ってことね」
天幕に着くと『神通』は既に残存兵力を集めて迎撃隊を組織していた。
「四十一駆と三十六駆は第一梯隊に、二水戦は私と十六駆も加わり残りは第二梯隊で待機してください」
二水戦で全ての艦が無事なのは十六駆だけのため、欠けた隊では連携に足らぬという事だろう、しかし問題は弾薬だ。
「残念ながら小型三式弾はありません、皆通常砲弾で戦っていただきますが」
「構わないわ、もともと12センチ口径の三式弾なんてある方が珍しいもの。まあ通常砲弾も足りないけど?」
「そこは腕でカバーしていただきます」
『神通』と『天津風』は渋い笑みを浮かべ会った。
「いつも通り厳しい戦況。じゃあ行きましょうか」
第二水雷戦隊旗艦は表情を戻し、十二隻を纏めて海に繰り出した。