天(そら)別つ風   作:Ventisca

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今度いつ投稿できるかわからないので、もたもたせず即投稿です。


第参拾陸話 遅延の報酬

 新島に連合艦隊が終結して僅か半日で、市街地は海軍の駐屯地のようになり下がった。

行き交う官用車、飛び交う観測機、止めどなく入れ替わる輸送船。

一番変わったのは、街の中心にある情報処理双棟だった。

灯りが入り、冷却装置の室外機が唸りを上げ、四方八方から集中する送電線や、電話線。

そして、臨時で立てられた送受用のアンテナが近くの背の低い建物の屋上に乱立している。

夕方五時半の一番憂鬱な時間に、『天津風』含む第二水雷戦隊に非常呼集が係る。

部屋の整理を済ませ、戦闘服(見掛けは変わらない)に着替えて、最低限の装備で第十三射出器運用棟に走った。

総督府からの直通路がわざわざ設けてある第十三射出器運用棟は、臨時の際だけ使用される艦娘専用の出撃施設だが、第十三だからといってこの管区に十三個あるわけではなく、この世界に十三個しかない無駄に貴重な施設だ。

今回発令された呼集は甲級という最も上級な呼集内容で、定義上「管区内に管区軍が保有する実力では排除できない敵が侵入した場合に発令する」もので、発令もベルではなく空襲警報より甲高いサイレンが総督府のみに鳴り響く。

『天津風』は十五分後に運用棟に到着し、さらにそこから他のメンバー同様に超長距離遠征用装備甲種改八を準備する。

今から出撃するわけではないので、実際に身に着けるわけではないが、これを自分が装備すると考えると毎回体が潰れるのではないかと思ってしまう。

弾薬保持のためのサスペンダーとベルトの上から魚雷背載用の別のベルトと巻き、そこからベルトに弾嚢を四つ、空弾倉用のダンプポーチをバランスよく配置し、別に二つサスペンダーに弾嚢を追加する。

一つの弾嚢に二個弾倉が入るので、全部で十二個の十発入弾倉を保持する事になる。

そこから背中に九二式改四連装魚雷発射管を背負い、その上に乗せる形で背嚢を背負う。

背嚢の中には最低限の食料と水、予備弾薬二十発、双眼鏡含む測距及測位置義が収められている。

右足太腿部には救急キット、左には予備兵装が装着される。

それらの上から迷彩コートを羽織って、見掛けはスマートに収める。

だが、装着している本人にはこれらの装備だけで60キロ弱の重量がのしかかる。

この上に主装備である50口径12.7センチ連装砲C型改を持つ。

これでもこの二倍は弾薬が欲しいと『神通』が毎回呟いている、となりで聞くたびに「冗談はよしてください」と言いたい気持ちを押し殺している。

六時を過ぎて、運用棟内に煌々と灯りが燈され、メンバー全員の顔が照らし出された。

さらに、秘密地下鉄道経由で第一水雷戦隊のメンバーも集まり、今回の南方海域強襲偵察艦隊の主力が揃う。

 「作戦開始は、明0600。それまでにゆっくり準備をしてください。後に提督も到着する見込みです」

『神通』自身は、全員が武装を整えるのに要した時間の半分で全ての装備を整えた。

その後に『神通』は作戦旗艦のZ旗腕章を身に着け、予備弾薬と特殊弾薬の受領に武器弾薬庫に向かった。

零式通常弾以外は、特殊弾薬の分類に当たるため旗艦相当の指揮官が受領しに赴く義務が発生する、特に今回は一度に千数発以上の弾数を受領するため、責任と権威を持つ者が直接受け取る事になった。

さらに提督の方では南方海域強襲偵察艦隊を援護する、第二艦隊の主力群との調整と補給の都合を済ませるために、総督府に磔にされている。

 第二艦隊主力の第一、第三、第四、第五、第七戦隊とそれを護衛する第三十一戦隊が二個水雷戦隊の援護に参加する。

戦艦六隻、重巡十隻、護衛の駆逐艦十一隻、後方で輸送と援護を担当する戦闘艦及び補助艦十二隻を含む大艦隊に航空戦力の援護のために第一、第二、第五航空戦隊が編入される。

戦艦娘の数なら全戦艦娘の半数が参戦し、これが援護のためだけに召集され、制空権の確保だけのために艦上機五百機強が準備された。

 木箱の中に紙袋に包まれ保存された弾薬を、それぞれ十発ずつ『神通』が手渡しで配布する。

ここで受け取る百四十発と言う数字は多く感じるかもしれないが、作戦の全過程が三日間であることを考えると『神通』が言う事が理解できるだろう。

そして今回は、途中に設けられている武装破棄地点(コンバット・ジェットソン・ポイント)まで装備する対空機銃の弾倉がオマケでついてくる、さらに重さ5キロ追加だ。

本体と九六式25ミリ三連装対空機銃の十五連弾倉が十五個弾倉を約500キロの距離携帯する、その後は文字通り破棄される。

これで装備の重さは計70キロ、仮にも〝女の子”が持つ重さではない。

 「これ背負って三日間……」

『時津風』は目の前の反射防止のために塗装を無残にも剥がれた装備を眺めた。

 「2500キロ航海訓練の荷物をもう一度背負いますか?」

『神通』が弾薬箱を片手に冗談にもならない言葉を吐く、ちなみに航海訓練時の装備は110キロになる。

 「いえいえいえいえいえいえいえいえ、私はこれで十分です」

『天津風』が慌てて『時津風』の言葉を撤回した。

間もなく、提督到着に合わせて運用棟の主電源が入れられ、正面の三枚扉ゲートが開かれる。

長らく使われていなかったため、天井のレールから錆た塗料がパラパラと霰のように二水戦のメンバーに降り注ぐ。

同時に10キロワット級のサーチライトが十数個も燈され、海上や上空の〝障害”を探索し始めた。

そして、主電源が入った事により、この運用棟は出撃ステーションとしてだけではなく、中央情報収集処理双塔の連携により司令部としての能力も有することになる。

そしてようやく、情報集約都市であるこの街の本領発揮というわけだ。

停止(死)んでいた街が今、息を吹き返す。

 第二水雷戦隊、そして挺身隊の第一水雷戦隊が二列に眩い照明の下に整列し、到着した提督を迎えた。

提督は一切勲章の類を付けず、第一種軍装に身を包み、相当な時間を掛けて手入れされたであろう短靴を履いて、トラクシオンから軍刀を引っ提げて下車する。

『神通』の頭中の号令で一斉に頭を提督に向け、提督は素早く敬礼でそれに返礼する。

その後、『鳳翔』が下車し、『神通』だけが指揮官として敬礼した。

 「よくぞ、この南方司令部に集ってくれた。これ以上堅苦しいことをするつもりはない、皆この後は自由に出撃の準備を整えてほしい。その前に少々現状について鳳翔さんから伝達がある」

提督は場を『鳳翔』に任せて、キャットウォークを歩いて最上階の司令室に上がって行った。

 「ここで艦隊の現状報告ですが…、艦艇の編成完結は九割完了しており、戦力としては十分に整っている段階ではありますが、如何せん物資の集結が五割と芳しくない状況です。原因としては各港からの鉄道輸送がスコール等の天候不順で滞っているためのようです、そのため主力の抜錨を二日延期させていただきます。報告は以上です、健闘を」

『鳳翔』はバインダーに挟んだ報告書を脇に挟み、浴衣の上に羽織った純白の第二種軍装を靡かせ提督の後を追った。

三十二人の駆逐艦娘達は、騒然とし、歓喜と困惑の声が屋内を満たした。

 「聞いての通りです、解散!」

『神通』の一声で、三十二人は静寂を取り戻し、その場で二日後の六時までの解散が言い渡された。

 「「え?え?えぇ!?」」

『天津風』は開いた口が塞がらなかった、一方『時津風』は猫のように跳ねて喜んでいる。

 「あ゛あ゛もう゛!!、少し落ち着け!!」

『時津風』は全く落ち着く様子も無く臍を曲げた『天津風』に飛び掛かった。

 「だってだってだって!!、外出だよ外出!!、あの神通さんが外出許可出したんだよぉ!?」

士官学校の時からそうだった、『神通』がただ〝解散”というのは外出許可のときだけだった。

つまり今回も……?

 

 夜の七時、降り始めた俄雨に対応するために、一同は総督府からレインコートを持参した。

〝三人”はダートを濡らす雨の中、意気揚々?と総督府敷地内から解放される。

 「で、時津風は良いとして。なんで提督が付いて来てんの?」

『天津風』は門を出るなり提督に疑問を投げ付けた。

 「なんでってそりゃ、暇だったから」

 「やることあるでしょ、やること」

 「ないんだなそれが、空白の二日間なんて予定にないし、それに作戦が始まる前に日常業務を当面分終わらせてるのは天津風も知ってるだろ?」

なんやかんやで一行は、屋台と露店の立ち並ぶ市街に姿を眩ませる。

 「ここでの外出は初めてだよね?、だったら行くとこも無いしぃ、美味しいもの食べようよ!」

人目を憚らず『時津風』は声高らかに訴える。

三人は制服が目立たないようにレインコートを着込み、提督も軍刀は持たず、護身武器は十四年式拳銃のみを持参した。

なにより提督は、こんなこともあろうかとお金だけは有りっ丈財布に突っ込んできている、紙幣だけで五百円強に達する。

 「よろしい、ならば俺が提督の名に懸けて何でも奢ってやろう」

 「やったー!タダ飯!」

『時津風』は最初からどちらかに奢ってもらうつもりだったらしく、財布を持ってきていなかった。

 「あんた、提督が来てなかったら私に集るつもりだったの!?」

 「あたりまえー」

 「何言ってんの、財布の中身十円くらいしか入ってないのよ、自分の分だけ買って終わりだったわよ?」

 「ぬわーけちー」

ともあれ、二人は数十並ぶ出店を物色し、道を一本入ったレンガ畳の道に設けられた喫食場に一度腰を落ち着かせる。

椅子と机が無造作に配置されていて、ざっと百人は座れるであろう広場に三十人ほどが粗雑にグループを作って座っていた。

雨が降っているので、建物に渡されたワイヤーに天幕が張られ大まか雨を凌いでいる。

とりあえず『天津風』が移動屋台から一本五十銭でテボトルを三本買ってきて、木製の椅子に浅く腰掛ける。

 「ここは東南、さて何を食べる?」

提督は持参したビールの栓抜でテボトルの栓を抜いて渡した。

 「何って言われても、何も知らないわよここの料理とかなんて」

 「たしかに~」

ならばチョイスは提督の一存に課せられることとなった。

豚の丸焼や串焼、麺の類、揚げ物、蒸菓子、焼菓子、ビールまで選り取り見取りだが、提督がいつも通り買いそろえると瓶ビールとリソルスという何とも言い難いものになってしまう。

 「無難に汁物でどうでしょう……」

提督は悩みに悩んだ結果、万人受けする回答を弾き出した。 

 「んー採用!」

『時津風』は至極気に入ったらしく、すぐ近くの屋台に走って行った。

なんやかんやで軍人とバレながらも、特に特別扱いされる訳でもなく、毛嫌いされてもなく難なくミーバッソを人数分調達した。

ワンタン麺と鳥の肉団子が定数入れられた汁物で、万人受けする料理だろう。

さらに提督は『時津風』の要望でナシゴレンを一式追加した。

待っている間『天津風』は、雨ににじむ視界で煌びやかに過剰に飾られた夜市を一通り眺めた。

やはり脇道というのもあり、もっと小さな裏道には怪しさを仄めかす暮明が広がっているが、現地の人々は蛍光色の薄着を身に纏い、せっせと商いをし、買い物に勤しんでいる。

肌の色は一緒とは言え、住んでいる場所、環境、喋っている言葉、全てが異なる。

個が一緒でも生きる場所が違えば全く違う個のように見える、不思議と言うか、何となく面白く怖いものに思えた。

さっきまで隣に座っていた提督と『時津風』も、同じ国の人間でもこうも違うのかと言う事ばかりだろう。

姉妹であっても『時津風』とは外見も違えば性格も違うし声色も違う、最も、自分のような人間は二人も要らないと思った。

提督に至っては性別がまず違うし、育ってきた環境も違う、言語が同じな全く赤の他人だが、偶然上司になっただけでここまでの関係を構築できるものかと、偶然に感謝だろう。

だが、ここで疑問なのが本当に提督との出会いが偶然なのかということだろう。

仮にも中将という肩書があるのだから、部下の配置などどうにかなりそうだ、それにそれっぽいことは今まで散々仄めかしてきている。

だが、最初が半ば不祥事だったのが彼にとっての最大のミスだろう。

最も、『天津風』自身も少し落度はある、何せノックに答えなかったのは自身だし、そもそも風呂を上がっていつまでも下着姿で部屋を歩き回っていたのも悪い。

ともあれ勝手に入ってきたのは提督だし、知らぬが何とやら…。

脈絡の無い思考を巡らしているうちに、目の前に料理が並んだ。

 「……肉ッ気が無いな」

提督は肉団子を割りばしで拾って口に運んだ。

 「自分のお金なんだから自分で買ってくればいいじゃない」

『天津風』も肉団子を割りばしで突く。

 「同じ食事の方がなんか良くないか?」

 「それもそうね…」

二人とうって変わって、『時津風』は料理を黙々と頬張っていた。

 「……いつも今くらい静かだと良いわね?」

『時津風』は箸を止めて、ニヤリと『天津風』を眺める。

 「目の前でイチャイチャされたら黙るしかないでしょー」

 「は!?」

『天津風』は隣に座っていた提督と慌てて距離を取る。

 「ちょっと!こっちこないでよ!」

 「いやいやいや、ちょっとずつ近づいてきたのは天津風じゃないか?」

ぐへへと、『時津風』は妙な笑い声を出す。

 「もうっ、体は素直だねぇ~」

『時津風』は真隣まで逃げて来た『天津風』の太腿をさすった。 

 「ひゃぅっ!!なについでみたいに触ってんのよ!!」

結局『天津風』は椅子から立ち上がった。

良い様に『時津風』にあしらわれているのが彼女の顔からありありと分かる。

提督はそれ以上喋らなかったが、少し落ち込んでいるような様子に見えた。

 「………………まあ提督がそれでいいなら」

『天津風』は道路に顔を向けて、提督の横に腰を落ち着けた。

真横に座る提督は、見れば朱夏の焼けた男だが、一緒に過ごしてきた時がそれを否定する。

机の反対側に置いたままだったテボトルを提督が『天津風』に渡し、その時『天津風』が咄嗟に伺った提督の顔は、いつもより穏やかに見えた。

一度『時津風』の方をチラッと見たが、ニヤけた顔は変わらなかったがこれ以上弄るつもりはなさそうだ。

 「美味いうちに食べろよ」

提督は既に半分以上料理を平らげている。

夜市の料理とはいえ、給食よりは数倍上等なので食べない理由は無い、早急に片付けるのが先決だろう。

 「買ってくれてありがと…、夕食」

隣にいる提督にしか聞こえないような声で、『天津風』は今言える精一杯のお礼を言う。

 「ん、何気にしなくったっていい。こんな時じゃないとお金なんて使わないしな」

『天津風』の小さな謝礼は、街の雑踏に消されずに提督の耳に届いた。

なにより言い直さずに済んで『天津風』はホッとした。

雨は強さを増し、水飛沫が街灯と商店の灯りを淡く覆い、人々は露天した売物の撤収を始める。

 「これはまずいな」

提督は天幕の内の方へ二人を寄せた。

まだ湯気の上る料理と一緒に『天津風』は提督の真横にピッタリと付け、『時津風』はその正面に座り直す。

 「もう二十時か……」

近づく帰隊時間を少し愁いながらも、提督は空になった器を出店に返却した。

三人は三十分ほど食事を楽しみ、結局2020に夜市から動き出した。

灯火管制や非常呼集が施されているのは一般人も周知の事なので、この日夜市は二十一時に全て撤収されることになっている。

二十時半を過ぎると、もはや子連れの家族や若い男女の姿は消え、店を片付ける店主や家路を急ぐ労働者ぐらいしか見られない。

そのせいで三人は余計異彩に見えるだろう。

さらに激しさを増す雨はスコールへと転換し、整地不整地関係なく水たまりが覆いつくし、電飾が消え街灯だけになった街を、反射する光で細工していた。

 「もう用事は無いな?」

提督は忘れ物が無いかを確かめた上で二人に問うた。

 「強いて言うならお菓子の類も…」

 「調子に乗らない」

『天津風』は『時津風』の脇に突きを入れ制裁する、それに対し彼女は無言で応襲した。

 「よし、帰るか」

夜市を覆っていた天幕から大路地へ出ると、三人はひとつの大きく黒い蝙蝠傘に身を寄せる。

端の姉妹は、互いに互いが雨に濡れないよう寒くないように中央へ寄った。

『時津風』は提督の持つ傘に付いているトーテムポールのストラップに興味津々だが、眠気の差す『天津風』はそれどころではない。

気付いた提督が『天津風』の肩を雨に濡れぬよう寄せた。

一瞬、刺衝が脳を揺さぶり、手を撥ね退け様と体が反応したが、『天津風』の感情がそれを良しとしなかった。

提督は足場を気にしてフラフラと道の端を行ったり来たりして水たまりを避けている、何より正面から吹いてくる熱帯雨林からの寒いくらいの夜風が直進することを妨げていた。

 「寒くはないか?」

 「いいえ、十分あったかいわ」




天時は最高、はっきりわかんだね。

物語の舞台はリアルで言うと東南アジアなので、現地の食事をそのまま題材にしてみました。
多くは語っていないので、興味があったら調べてくみてください。

益々のご愛読ありがとうございます、このままペースを落さずに頑張っていきたいと思います。
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