天(そら)別つ風   作:Ventisca

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遅くなり申し訳ありません。



第参拾伍 Task forth 77.1α

 幻灯機からまず映し出されたのは、『製作 一九二一年 七月』と書かれた地図の一覧だ。

 「今回のミーティングは、私、極南丙方面司令官兼乙方面司令官である私が、大まかな作戦展開概要を説明させていただく。細かい点については、本作戦に沿った細かい調整を各部署で宜しくお願いする」

スライドのレボルビングドラムを一つ回すと、題名の『旧地図海域概要・要諦』が映し出される。

皆、先ほどまで賑やかに雑談に耽っていたが、提督が会議を開くと、椅子を真っ直ぐ机に向けて、提督の話を傾聴している。

なかなか引き締まった雰囲気の中、『天津風』は『神通』の指示のまま提督の立つ教壇の端に立たされた。

 「皆のご存知の通り、旧地図海域に関しては、陸上からの観測から得た海図情報しか無い。その上、二十年以上も前の情報なので、なかなか信用に足る計測結果とははっきり言えない。よってこの海域、正確に言えば新島より南、南緯五度以降の海域に関しては我々簪年艦隊が先行し、強行偵察を図る。一般艦艇はその後に突入し、島嶼に展開する形になる」

五枚ほど回されたスライドの地図は、陸や島から少し離れた海域は、海流、深度、海域特性など全てが不明で、地図上は白く無記入の状態になっている。

ちなみに『天津風』達が居る司令部はほぼ赤道なので、旧地図海域は目と鼻の先ということになる、それでも今までの作戦展開は南にではなく東方向だったので、その名前を公然に出す必要はなかった。

そもそも旧地図海域に手を出すのはリスクが高いというのが海軍関係者の一般常識で、最後に人類がこの海域に足を踏み入れたのは一九二一年のクラレント作戦で、それ以降は海のみならず島嶼にも人が入っていない。

 「ではなぜ当てにならない旧地図海域の地図を見せたかと言うと、当然、最悪の事態を想定してのことだ。最悪、一般艦艇司令官諸君には我々からの情報提供が一切無い状態で艦隊を展開してもらわなければならなくなる」

提督は新しいリボルビングドラムに差し替え、旧地図海域の海図に最低限の予定航路を書き込んだスライドを映し出した。

予定航路の中には、大型艦艇の最大喫水深度7メートルを基準とした場合でも危険な場所もあった。

艦娘の反対側の椅子に座っている少佐から少将までの一般艦艇の司令官にとっては、この最悪の事態というのは、単に海域情報が得られず、艦隊展開が極めて困難になるという事でしかないが、提督が地図のスライドを回すたびに、『神通』『赤城』を始めとする今回の参加艦娘戦力の長達の顔は険しくなっていく。

その最悪の事態に関して言ってみれば、この場にいる全ての艦娘がリスクを負っている、〝全滅”という最悪の事態を。

 「次に、作戦の動向について説明させてもらう、細かい所は、手元の資料でも呼んで理解して欲しい」

手元には、もちろん『天津風』も持っている資料には、資料というよ辞書という量の紙の束が握られている。

 「我々海軍の作戦展開段階としては、先行偵察、制圧展開、先導、援護と全てにおいてほぼ主力になる。言わずもがな、兵力に関しては陸軍の方が多いが、彼らは我々無ではバカンスには行けない。諸官等がこの作戦に消極的なことは重々承知であるが、事に至っては多大な人命が懸かる、全力で事態に対処して欲しい。だが、さらに諸官等に留意して欲しい事項をこれより達する」

提督がスライドを弄繰り回している間、会議室は囁き声がしばし飛び交った。

上に行くほど陸海の関係は犬猿となるが、ここまで顕著だとは『天津風』も思わなかった。

本当にこれで良く合同作戦をやろうと陸軍は思ったものだ。

だが、これは『天津風』達にとっては好都合だ、作戦に消極的ならば、損耗を増やす大きな懸念事項の出現に対してかなり敏感に反応するだろう、そしてそれは直接作戦中止、又は海軍の作戦ボイコットに繋がる、そしてさらに好都合な事にその要素は既に存在する。

 「諸君らの資料には無いが、急遽スライドを製作したので、こちらを見てほしい」

スライドには合衆国の第三世代主力艦の白黒写真が映し出される。

一枚目のスライドには、ジェリマンダー級多用途航空母艦とナドウェズ級戦艦、その他巡洋艦クラスの資料写真だ、二枚目には大小様々な護衛駆逐艦やピケット艦の図解、そして艦載機の性能等が記されている。

 「なぜ今更このような艦艇を紹介するかというと、他でもない合衆国の海軍が我々の作戦に連動して、昨日サン・ミカエラ軍港から南極周りのルートで抜錨した。規模は七百隻強、我々の予定作戦海域への接近は五日以内と思われる」

 「それは敵なのですか?」

最前列に座る、この司令部の警備府司令官少将が詰問した。

 「名目上は、濠大陸の中立守護のためと思われる、そして彼らもそういうだろう。つまり端的に敵とは判断できない、だが味方でないのは確かだ。だが、この敵の艦隊、第77.1任務部隊が接近することによって状況は複雑を極める。我々の目的は悪魔で陸軍の護送及び支援だが、それだけでも、この任務部隊に対しての十分な敵対行為と言えよう。だがその時執り得る行動は、艦隊行動守則の第三勢力の出現の要項にも書かれている通り、明らかな敵対行為を自ら又は敵が示さない限り戦闘は控えなければならない。だが、もし敵に成った場合は出来るだけ戦闘を避け作戦を中止宣言した上で撤収しなければならなくなるだろう。その場合、もし陸軍が上陸作戦に移っていた場合は撤収できる分の人員だけ回収して引き返すことになる、この場合取り残された人員及び装備、物資に関しては、戦闘を避けるという第一主眼に置くため止むを得ない処置という事で問題にはならないだろう」

ため息と紅茶の啜る音が入り混じる中、資料がパラパラと捲られていく。

少なくとも、真面目な作戦会議ではあるが、誰がどう見ても消極的極まりない。

中止、変更前提の作戦は、参加する兵士の士気を大いに下げる、なにより軍人気質の人間は唯でさえ優柔不断を嫌う、特に陸軍の連中はその傾向がある。

そして同時に不確定要素を毛嫌いする、特にその不確定要素の参戦が揶揄されている。

現状、この面子で前作戦の成功を考えている者はあまり居ないだろう、むしろ願っていないと言った方が相応しい。

 「今回は要点だけを掻い摘んで二点説明させてもらったが、極論行ってしまえば、彼女達の活躍を最初は見守る形になる、諸官等の活躍はその後だ。十分にその力を発揮できるよう備えてほしい。他の点は後に質問してくれれば答えれる範囲で回答しよう、その他は手元の資料の通りだ」

二十分弱で、一般艦艇司令官と艦娘に対する作戦要点説明が終わりを告げた。

提督は起立するよう促し、敬礼で会議を閉じる、だが艦娘達に対する会議はここからが本題だ。

一般艦艇司令官から提督への雨霰の質問が続く最中、『神通』はブレイクタイムを達した。

早速、『比叡』と『榛名』の準備したティースタンドに駆逐艦娘が殺到する、『天津風』も例外ではない。

本来ティースタンドを交えた紅茶はアフタヌーンティーが正式だが、見栄を張るという意味で無理矢理準備したものだ。

三段重ねのティースタンドが五つ用意されていたが、ものの三分で無くなった、途中で提督がティースタンドを丸々一個持って行って四つになったことも消費に拍車をかけた。

『時津風』が蜂蜜がたっぷり使われたスコーンを二人分持ってきてくれたため、立ち惚けだった『天津風』の手元にもお菓子が行き渡る。

だが、運が良いのか悪いのか、提督も『天津風』の分をストックしていて、結局『時津風』とそのスポンジケーキを分け合う事になった。

 一般艦艇の司令官が出ていくのと、全員が手を拭き終わるのを確認して、提督は再び灯りを消して会議を再開した。

 「さて本題に移ろう」

『神通』が全員を座らせると、提督は再びスライドを回す。

そもそもなぜ、全駆逐艦娘がここに居るのかというと、結局今回の作戦は水雷戦隊が主力なので、全員に説明した方が認識の一致が図れるという事だ。

あと、賑やかな方が、会議が重くならないと提督が言い訳していた。

 「今回の突入海域は、旧地図海域の名前通り、ソロモン海、珊瑚海、ビスマルク海の順だ」

スライドを一枚重ねることによって、地図上にルートが追加された。

一度ソロモン海経由でビスマルク海を新島を挟んで迂回し、帰投時の通過過程ににビスマルク海を通過偵察する流れだ。

危険度の高い順に経路が組まれているが、必然的に長期戦になる、しかし主眼が偵察のため積極的な戦闘をする必要はない。

だが、それでも被戦闘が多発することは必至だ。

 「予測される敵勢力は、敵深海棲艦中枢艦を除いて九十隻強、航空機二千三百機、そしてさらに未確認の深海棲艦が約五十隻強だ」

 「その敵航空機二千三百機とか言う現実離れした数字の根拠は何?」

堪らず『天津風』が質問を投げかける。

 「これは結局理論的な数字だが、これは存在する陸棲の深海棲艦の航空機数を含めての数字だ、敵の索敵範囲は定かではないが、関わらなければ障害にはならない、そう祈る」

 「そんなところを無理矢理偵察する意味は?」

冷静に『赤城』は質問を追加する。

リスクに似合った成果を求めるのは当然だ、現状でその成果は計り知れない。

 「大きな流れの話になるが、敵中枢艦である三隻のうち一人が今だ行方知れずで、東に居ないとなると残りは南しかないわけだ、言い得て変だが、今回の作戦ぐらいしか十分なバックアップがある状態で旧地図海域の偵察活動は行えない、つまり、この戦いを終わらせるための大きな目論見の一つでもあるわけだ、もちろん状況判断的根拠しかないため、犠牲を払って捜索するものではない、海域の偵察活動で支障が出ない程度に残り一人の中枢艦の捜索を行う、飽くまでもついでだ」

 「かなり野心的ですね……」

『赤城』はこの時点である程度の戦略を練っている様子だ。

『赤城』始め航空部隊は、後方支援だが、航空戦力は今回かなり大事になるだろうと『赤城』はすでに踏んでいる。

差し詰め、今は航空隊の編成及び行動模範を考えている所だろう。

 「敵の勢力は強大だ、真正面から当たれば犠牲は必至だが、今回は念を押すが偵察作戦だ。だがそれ以上に複雑な問題がある」

先ほどの、一般艦艇の司令官達に見せた第77.1任務部隊のスライドとは違うスライドが映し出される。

スライドには英文のまま、Task forth 77.1αと書かれている。

 「他の司令官方には、編成艦艇だけ説明させてもらったが、この艦隊について、総督は艦娘が編入されているのではないかと踏んでいる。たしかに先の説明で、この艦隊の特徴として一般艦艇だけで編成されていると挙げられているが、それは近年の合衆国海軍の編成傾向から導き出した物で、今回もそうだと証明できるモノは無い」

合衆国は、クラレント作戦以降、閉塞的な国内政策を展開し、自国の近海の完全殲滅が終わった後は、艦娘を完全に廃止しているのだ。

廃止した理由はいくらでもある、資金、海軍の面子、政治上の問題があるが、最もかかわってくる問題は、人類が対等に戦う事の出来なかった敵を殲滅した艦娘(兵器)は、新たなる脅威に成りかねないという不安事項から、艦娘の艦隊を縮小、廃止という点で蹴りが付いたが、その後の残された艦娘と海軍の動向は定かではない。

二十年以上のブランクがあるため、必ずしも、この任務部隊に艦娘が編入されていないとは言い切れない、特にこの部隊の特性である〝強制渡航”が、その存在の可能性を更に強めている。

提督は、スライドを消した。

 「我々が考える最悪の自体は、合衆国海軍との交戦ではない。〝我々”が考える最悪の事態とはそういう事態だ」

 

 旧地図海域の固有名には、今の世界には違うパターンがある。

名だたる古の戦の名、それは主に海の戦いに限られていた。

もちろん、一九二一年までは地図の更新は進められていた、だがその翌年からパタリと更新が止み、すり替えられるようにこの旧地図海域と一括りの地図になった。

どのような理屈でこんなことになったかなど、現在となっては調べる術もない。

なにせ、二十四年前の混沌の時代に、何があったかなど図り知ることはできない。

それでも艦娘達はこの海域の名を聞くと、決まって表情を隠した。




10月まで全くPCが触れず、続いていました。

本小説内のアメリカ海軍についてですが、名前にはもちろん元ネタがあります。
名前の元ネタが分かれば、ジェリマンダーやらナドヴェズなどが何の艦かわかると思います。
もちろん数字なんかも元ネタや根拠になる数字はあります。

引き続きこんな有様ですが宜しくお願いします。
じわじわ閲覧数が伸びていてうれしい限りです。
これからも完結を目指してよろしくお願いします!

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