本当に申し訳ありません。
本章より終盤に突入いたします。
二日目の早朝三時、第二輸送群はギールヴィンク湾に入港し、必要な船だけ入港しその他は湾内に投錨した。
さすがに一個水雷戦隊の護衛する艦体に手を出す敵艦はいなかったようだ。
騒がしい廊下の音に『天津風』は眼が冴え、羽織っていた毛布を振り払う。
しかし、提督は慣れているのか爆睡していた。
「なんで私よりコーヒー飲んでるのにそんなに寝れるのよ…」
側窓の解放禁止命令は出ていないので、『天津風』はひとまず内窓のロックを外して窓を解放した。
夜中の清々しい涼やかな風が、ほんの少しだけ髪を梳る。
だが、『天津風』はもはや思い直したり、思い返すことはしなかった。
やるだけ無駄と言ってしまえば、それまでだが、人間、こういうことを何回考えても考えは変わらないものだと悟っての事でもある。
そして、この〝流れ”には逆らえない。
今、こうしている時にも、西方では陸軍がその矛先を専行させている。
陸軍は、この作戦を燻ぶらせている段階でもはや南方だけでは満足できなくなっていた。
この事は提督からも詳しくは話せなかったが、結局、総督が陸軍を抑えるにも政治的に抑えるのがやっとで、現実性が無いだの、各国からの批判が計り知れないだの、ごもっともな反論で退けるしかなかった、その他にも総督はコネや何やらで陸軍の作戦決行を阻んできた。
だが、それが裏目に出たのが今回だ。
陸軍は、最初こそは総督からの封じ込めに警戒し、大人しく燻ぶっていただけだったが、そのうち力技で政治的な封じ込めに対抗するようになっていたのだ。
彼ららしく、現実性が無いならそれを実現させ得る戦力を整える、各国からの批判はそれらしい大義名分を掲げて国内だけでも納得させる、とりあえず実行に移せれば陸軍のもの、彼らはそのために力を〝過剰”に整えていった。
その結果が、今の〝四方面同時侵攻”だ。
北と西は戦車、南と東は上陸用舟艇。
「もはや海軍に抑えられる力では無くなっていた」と提督は最後に付け加えてこの話を閉じた。
今のところ、『天津風』サイドの希望は残りひとつの深海棲艦の大勢力だけだ。
だが、陸軍の話に、提督は最後に一つ付け加えて眠り込んだ、「もう一つ、俺達の障害に成り得る勢力がある」と。
まったく見当の付かないのはいつもの事だが、確実性の疑わしいものを信じるというのは『天津風』の性に合わないので、早くそのネタを明かしてほしいと切に思っている。
一頻昨日の、正確には深夜一時まで続いた会話を思い返しきると、上着を着てもう一度仮設ベットに横になった。
目の前には、何も羽織らずそのまま反対方向を向いてぐっすり寝ている提督が居る。
少し考えてみると、彼はいつ休養を取っているのかと少し、不安になった。
他の高官より動かざるを得ない上に、特に提督という役職上精神的疲労が蓄積するに違いない。
何せ、いつも横に異性が居るのだから、軍人としての品位などもあるがそれ以前に一人の男としてどれだけ見栄を張っているかは計り知れない、だがそれも彼の実力なのかもしれない。
「…………ん?異性?」
三分ほど冥想した後、けっこう重大なことに気付いた。
そういえば私、一人の女子として今まで大丈夫だったのか?と不安になった。
一人の女性として扱われるのはともかく、深窓の姫君宜しく、やたら貴重品扱いさせていなかっただろうか。
迷惑をかけていると言ってしまえばそうかもしれないが、必要以上に手を煩わせていないか。
そもそも、私はいつもの私らしくあったのだろうか。
私生活での自分など、滅多に表面には出さない。
知っているのはせいぜい宿舎でよく一緒になる一緒の戦隊のメンバー、特に十六駆、特に特に『時津風』など。
「なんか一人の男として見れなくなってるわ……」
親しみが湧いているというのはちょっと違うのかもしれない、変な言い方になってしまうが、少し馴れ合いが過ぎたというのが今の『天津風』にしっくりくる表現だろう。
提督からしたら、『天津風』は特別な存在だから彼方から親しみを持つのは当然だろうが、こちらから変に馴れ合いを求めるのはどうなのだろう。
それはもちろん、提督は愛想良く振舞うだろうが、本当のところ、今の自分をどう思っているのか、今後取る行動で提督の想いが変わるかもしれない。
それだけは願い下げだ、今のままで十分だ。
やっと得た、自分の理解者を遠ざけるわけには行けない。
「……はぁ、まったく何考えて…るんだか……」
『天津風』は再び睡眠に入った。
次に『天津風』が目を覚ました時は、提督は部屋の電話で話していた。
「おはよう天津風、すまないがすぐに出る準備をしてくれ」
提督は受話器のマイクを手で覆って『天津風』に早口で話しかける。
「…っ、ごめんなさい!!寝過ごしちゃった!?」
「大丈夫だ、君が起きたら陸に上がると神通さんに言っていたんだが、すこし神通さんと世間話をしていたんでね。ちょうどよかったよ」
「えっ、神通さん」
それだけで、『天津風』には急ぐには十分な理由だった。
崩れた髪と、皴の目立つ上着を着替え、持ち物をボストンバックに押し込むと、退艦の準備を整える。
0800に退艦予定とのことなので、あと六分でここを出ていかなければならない。
急いでラッタルを上がり、最上甲板で艦長の許可を得ると、ようやく退艦した。
その時に、艦長から封筒を一つ貰った。
「いそいでまとめていたからギリギリになって出てきてもらって助かりました」と艦長は余計に一言付け加えた。
封筒の裏には、万年筆の殴り書きで、〝米任務部隊”とあるのがチラッと見えた。
移動桟橋を経由して上陸すると、海軍籍の人員輸送トラックが待っていた。
天幕の張ってある荷台には『神通』が乗っていて、早く乗るように二人を呼んだ。
「お待ちしておりました、提督」
『神通』が二人が乗ったことを確認すると、運転手はトラックを動かした。
「大海令はこちらには届いているか?」
提督は荷物をトラックの奥に押し込むと、封筒の中身に早々と手を伸ばす。
「一応。でも私達だけでは動けないので、臨時指揮を執っている鳳翔の指示で粗方の準備はしています」
「それはありがたい」
続々と船舶が入港するのを尻目に、総督府に向かってトラックを走らせる。
トラックの中で一通りの作戦資料を『神通』にも渡した。
その資料に『神通』が目を通している間に、提督は封筒の中身に目を落とす。
毎回思うのだが、『天津風』は横から勝手にのぞき込んで見ていいのかと思っている。
内容に関しては、英文がズラリと、数字が若干、そして大量の付箋と赤線が添えられていた。
「やはり動き出したか……」
提督は四枚の内の二枚目の資料を捲る。
二枚目は全て手書きで、他の資料の切り貼りや複写で一枚目の英文の意訳がびっしり書かれている。
残りの二枚には、頭に第77.1任務部隊と命名された米海軍の艦隊編成がズラリと並んでいた。
「一般艦艇?」
「そうらしいな」
提督と二人して『天津風』は首をかしげる。
話に出ていたもう一つの障害とは、何を隠そう我が国の移行を良しとしない合衆国の海軍だ。
それが今回、第77.1任務部隊という名前で具現化したわけだが、どういう訳か一般艦艇が主力のようだ。
その理由は二枚目に詳しく書かれていた。
第77.1任務部隊艦隊編成特色ハ以下ノ四点
イ 艦隊ノ編成数777隻ト非常ニ多
ロ 艦隊編成ノ大半ヲ早期警戒艦及護衛艦デ為ル
ハ 艦娘ノ編入ヲ認メズ
ニ 本艦隊ハ強制外洋渡航艦隊編成デアル
どうやって調べたかは知らないが、第77.1任務部隊の事が大まかに記されている。
「強制なんとかってなによ」
『天津風』は聞き慣れない艦隊編成について提督に質問する。
提督は苦笑いして続けた。
「これはまぁ、米帝様だからできることだろうが、一般艦艇における色々な意味で安い艦艇を輪形陣の外縁に何重にも配置して、中心の中枢艦を護衛しながら敵のど真ん中を突っ切る艦隊だ。要は数で殴って無理くりに押し通る艦隊だな」
「なんか想像通りでがっかりだわ。でもそんな艦隊があるの?」
提督は再び二枚目の資料に目を凝らす、如何せん字が小さく、さらに癖の強い字のため読みにくいらしい。
「ええと、合衆国側の海軍内発表では、濠大陸の中立防衛らしいが、妥当な所だろう。その他の意味もありそうだが、とにかく我々の邪魔になるのは確かだ」
「いい事ととっていいの?」
「障害になっていてくれるだけならいい事だろう」
「じゃあ、よくない事って?」
「それは決まってる、敵対行動を取られることだ。それはもう本当にマズい、まああとは詳しく話そう」
そうこうしている間に、朝の雑踏と渋滞を踏破して、先週まで居た南方司令部総督府(裏口)に到着した。
荷物をトラックからやっとのことで降ろして、三人は裏口を潜り、入ってすぐ横にある非常階段で三階まで上がる。
「とりあえず、提督と天津風は一旦身の回りを整えて来てください、皆は私が集めておきますから」
「ありがとう神通さん」
提督はボストンバッグ三つを『神通』に渡した、彼女は重い素振りも見せず片手で全てのバッグを持った。
「全くしっかりしてください。その制服何日手入れしてないんですか」
「すみません……」
結局、二人とも部屋に戻ることになった。
提督は私室に重要書類を持ち込むわけにはいかないので、一旦司令部の執務室に向かった。
『天津風』は『天津風』で自室に向かった、部屋の鍵はいつも首から下げているのでなくすことは無い。
鍵を開けると、部屋が思ったより埃っぽかったのでとりあえず窓を開けて、部屋の換気を試みる。
そして、時間はあまりないが、シャワーを浴びたいのでクローゼットから着替えを引っ張り出す。
温水が出るまでに時間がかかりそうだったので蛇口をいっぱいに捻ったまま服を脱ぐ。
着替えとタオルをしっかり用意して、とっととシャワー室に飛び込んだ。
いつ『神通』が迎えに来るか分からないので手早く髪を洗い、体を流してシャワー室を出る。
一通り体を拭いて体にバスタオルを巻いて着替えを手に取った。
ちょうど下着を着終わった時、威勢よくドアがノックされる。
「ちょっとまってください」
急いで着替えようと先に上のTシャツだけ着ようと羽織った。
その時、続いていたノックが止まり、今度は鍵を開ける音に代わる。
「えぇ!?」
ドアが勢いよく開くと、誰かが勢いよく入ってくるのが分かった。
「あーまーつーかーぜーーー!」
『時津風』がものすごい勢いで『天津風』に抱き着くと見せかけて思い切り体当たりした。
『天津風』は勢いそのままに後ろに倒れて、その上に『時津風』が乗っかる形になった。
「あ”あ”もう犬か何かなの時津風ぇ!!離れなさい離れなさい!!」
犬という形容がぴったりなように、しつこく『時津風』は顔を『天津風』の胸に摺り寄せる。
腕で力いっぱい『時津風』を退けようとするが、当の本人は上から退こうとしない。
「だってぇ、ひさしぶりだからいいじゃないのさ~」
より一層、『天津風』の顔にすり寄って来る。
「何のためにシャワー浴びたと思ってんのよぉお!!」
「もう、それならそうと早く言ってよぉ」
不服そうに『時津風』は『天津風』の上から退去する。
「ああもう、また上着しわくちゃになっちゃったじゃない」
絨毯の上に座り直して、横の椅子に皴だらけになったTシャツを掛けた。
「そんな硬いこと言わずにさぁ……」
『時津風』が目の前にしゃがみ、『天津風』の両手に指を絡め体を寄せる。
「下らないことしてる暇ないのよ!」
「ええぇ、前は喜んでたのに」
「誰も喜んでなんかないわよ!」
「ほんとぉ?」
どちらにせよ『時津風』も『神通』に呼ばれていたらしい、その事を戻ってきて自室に居るであろう『天津風』に伝えに来たらしい。
「忙しいときにじゃれてこないでよ!」
「暇だったらいいんだぁ~」
「そんなんじゃないわよ!!」
とりあえず『時津風』は落ち着いたのか、背もたれを前にして椅子に腰かけた。
上着を新しくクローゼットから出し、スカートをテーブルに掛ける。
「へぇー、ガータ―ベルトってそうやってつけるんだ。ショーツより先に履いちゃうんだねぇ~」
覗き込むように『時津風』は椅子を前に傾ける。
「ちょっと、変なとこ見ないでよ。ていうかなんで脚広げて座ってんのよ、背もたれを前にする意味ないでしょう!」
「だって楽だしぃ」
「あんたの白いのが見えてんのよ、てかそれタイツ履いてる意味ある!?」
「こっちの方がなんかエロいじゃん?」
「どうしてそれを追求しようと思ったのよ」
コートを羽織ると、荷物をまとめて二人は部屋を出た。
この気温ではコートは必要なさそうだが、正装が必要になった時にこれを羽織っていれば良いのでとりあえず持っていく。
部屋を出ると、すぐそこまで『神通』が迎えに来ている途中だった。
「遅いと思ったら、二人して何してたんですか」
「何もしてません、何も!」
「そうですか?」
『神通』は右手に白地図を巻いたものを3つ、左手には目一杯に膨らんだブリーフケースを持っている。
後ろに付いていく形で、階段につながっている中央廊下に出ると、継ぎ目なく士官達が行きかっていた。
通り過ぎる通信室からはタイプライターとモールスの音が洩れ、書庫からは人足が絶えない。
窓の外では、無限軌道の雑音が空気を揺らし、隊列が雑踏を跋扈している。
漠然と廊下を歩いているだけで、ここが自分達の運命の極地だという事が実感できる。
行き止まりの扉には、真鍮製の板にプレス加工で会議室と記されている、この施設で一番大きい部屋なだけあって、入り口の装飾も華々しい。
「神通、他二名入ります」
両開きの右側のドアを開けて入ると、向かい合わせに並べられた机の両方に、今回参加する一般艦艇と艦娘の両方の長がすでに座ってティーカップ片手に雑談を展開していた。
「よし、メンバーがそろった。ではミーティングを始めようか」
提督の合図で部屋の灯りが消され、カーテンが降ろされ、幻灯機の電源が付けられた。
今回は時津風の可愛さを出したかっただけの章でした。
時津風の下着について調べたら、とんでもない事実を発見しました。
衆知なのですでに既知の方のいらっしゃるかと思いますが、ぜひとも本家の攻略Wikiでお調べください。
長らくお待たせして本当に申し訳ありません。
今後とも末永くご愛読お願いします。
≪蛇足≫
やっと長い休みになりました、自衛隊員です。
配属が7月1日に決まって、見事地元に返り咲いたので、ようやく自分のPCで執筆が叶いました。
配属の科は詳しくは言えませんが、2010年編成の新しい科です、楽しいです(白目)