天(そら)別つ風   作:Ventisca

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実際の研究職の人とお話がしてみたいものです(小言)


第参拾壱章 身侭へ

 その日、『天津風』は恐ろしく寝つきが悪かった。

九時には消灯になったが、月明かりが床の間まで差し込んでくるまでずっと目を開けたままだった。

あの後、破斯について細々と提督と准将から質問を受けた。

准将に至っては、人がどうだの自分にはどう見えただの、全く関係のない話に脱線して後半無視していたぐらいだが。

提督は『天津風』が彼に質問した内容と答えを聞いてこう答えた。

 「…なんだろう、答えが少しはぐらかされているというか、少し違うというか。言いにくいが、天津風はただ彼の言いたいことを聞いていただけのような気がする」

その後も、破斯が海軍の作戦の何処までに関係者として携わっていて、軍の作戦何処までを知っているのか聞かれたが、そのことについては推し量るしかないとしか答えられなかった。

彼が携わる研究、すなわちその艦娘が最後の艦娘ということになる。

それが分かれば、多少なりとも軍がこの戦争を続けるのかが分かったのだが、と提督は言った。

少なくとも彼は艦娘の研究の第一人者、それは間違いない。

しかし彼だけではないこともまた確かで、その他の研究者達が今何をどうしているかが今後疑問になってくる。

そこまで聞くと二人は気が済んだようで、そのまま灯りを落として自分の部屋の布団に潜り込んでいった。

 今こうして思い返せば、途中から完全に彼の話題に乗せられていた。

自分たちの悲惨な状況について訴えるつもりだったが、返答のおまけに自分の余計な運命についてと世間話を聞かされていたようだ。

 「なんであの手の人間は素直に答えないのかしら…」

『天津風』は小声で愚痴を溢す。

うつ伏せに布団をかぶっていたが、心地の悪さに寝返りばかりしていた。

寝床がどうこうというわけではない、何か時間が経つにつれて増す晴れない気持ちと、解消したはずの疑問の再燃が原因だ。

今日一つ学んだことは、答えが必ずしも答えではないということだ。

黒い板張りの窓台を月明かりが滑っていくのを小一時間眺めていたが、終ぞ結論は出なかった。

結局、自分なりの答えを出すのが最良という結論に達したが、今考えれば自分たちが完璧な人が雛型なのは、こうして考えて結論を出すためのサブルーチンのためだったのかもしれない。

とりあえず、今日のところはとっとと寝ることにした。

 翌朝、豪華な朝食を怪訝しながらやっとのことで全て平らげた所、平戸が叩かれた。

提督が呼び出しに応じるとちょうど提督への秘匿電報が届いているとのことだ。

提督は応対の声とは打って変わって不機嫌そうに電報紙を自分の荷物の上に放り投げた。

 「どうした」

准将は朝食の乗った盆を脇に寄せて一歩前に座り直す。

 「召集令状だ、しかも簪司科の人間だけじゃない、海軍の高官全員だ」

考え込む様子で提督は頬杖をつく。

『天津風』は例の電報紙を見た。

確かに「甲文、第特Ⅱ級臨時招集、各作戦参謀部ニ出頭サレタシ。」とだけ書いてある。

いわゆる〝赤紙”と呼ばれるものではない、任意または命令に準ずるものだ。

内容としては第特Ⅱ級(海軍限定)ということ、しかも広域に赴任している提督たちを呼び戻すとのこと。

 「陸軍には出ていないのか?」

提督は准将に尋ねる。

 「少なくとも海軍より遅く電報は遣さないよ」

 「それもそうだ」

この電報は今朝に出されたものだ、少なくとも遠方の作戦参謀部への命令伝達まで一日は猶予がある、それまでにこの令状の思惑を図らねばならない。

とにかく作戦参謀部まで赴くことにした。

 「にしても、私にバラしちゃっていいんですか」

准将は移動の車の中で提督に催促した。

 「別に。陸軍の意地の悪い方々はもうご存知だろうしね」

 「はっ、確かに」

『天津風』は二人して嘲笑しているのが少し心配になった。

 しばらくして海軍省敷地内にある作戦参謀部舎に着いた。

 「准将はここで」

提督は念のため准将を車に残して『天津風』と部舎に入った。

建物の前にはすでに多くの海軍軍人が押しかけていた。

『天津風』は目立つ銀髪を上着の中に通して隠したが、それでも際立つ容姿のせいでしばしば視線を集める。

ちょうど、作戦内容の張り出しがあるところだった。

さながら試験の合格発表のようだが、張り出されるのは作戦の名前とコードだけだ、それが分かれば年初に決められた要項に詳細が載っている。

掛布が外され作戦内容が掲示された、なんとも時代錯誤なやり方だがこれが一番確実なのだろう。

高官全員を集めて説明会議を開こうものならすぐバレる、電報だけだはわかりにくい、電話では傍受される危険がある。

ならばこうして紙媒体で張り出した方が、重要度が伝わり且つ非衆知的に知らせることができる。

 「南方海域強襲偵察?」

『天津風』はその文字に本能的に恐怖を覚えた。

臨時で建てられたのであろう木の板の掲示板には、和紙に達筆な文字で『南方海域強襲偵察作戦発令 三二〇一三八〇一.八二六』ど記されている。

数字の意味は分からない、だが提督も表情が強張っていた。

提督は振り返って車に急ぎ足で車に向かう。

 「どうしたの?」

『天津風』も提督に続いた。

混雑の続く建物の前を通り過ぎて車の前に着くと、提督は運転手に駅に向かうように言った。

 「泊地に戻るぞ、准将はどうする」

 「どうしたの急に、説明してよ」

『天津風』は提督の袖を掴んだ。

提督はため息つく。

 「都合は悪いが命令で泊地に戻らなければならなくなった。いよいよ本格的に軍部が〝領土拡大”に動き出したようだ」

それは〝今”を崩すこと、均衡を壊すこと、それと同義だろう、少なくとも提督はそう思っていた。

いままでの今までの人類覇権的委任領地ではない、本格的なものだ。

そして提督はそれらの海軍の中心になる作戦である『南方海域強襲偵察作戦』を以前から警戒していた。

そして今、それが下令された、なぜ、どうしてなどと今考えている暇はない、あくまでも軍人の領分で今は命令に従う。

 「私はそのまま同行しましょう、提督」

准将は存外に落ち着いていた。

 「分かった」

 「ちょっとどういうことよ、説明してよ!」

『天津風』が催促したが、提督はそれ以上口を開かなかった。

異様な流れが動きつつあることは辛うじて感じ取ることができた、少なくともそれはうれしいものではない。

提督が動き出す前に、ついに〝この国”が暴走を始めたのだろうか?




南方海域強襲偵察。
名前を変えたり文字ったりせずにあえて直接使ってみました。
私は本家のこの夏イベには参加していませんが、それは阿鼻叫喚だったそうで。
作中に入れてる数字の羅列は結構意味があったりしますのでちょっと気にかけてやってください。
こんな感じで引き続きよろしくお願いします。

お気に入り19件ありがとうございます、そろそろ閲覧数が4000行きそうなのでここからもっと頑張りたいです。
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