天(そら)別つ風   作:Ventisca

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お泊り回です。


第弐拾章 真実の所有者

 『天津風』は混乱と怒りに沈んでいた。

ここまでの非道を誰が許したのかと、恨みにまで達するところだった。

結局、私達は都合のよく作られた人間と言う以前の、ただの兵器としか見られていないのだろうか?。

少なくとも、本土に来てそう思うようになった。

もはや、提督たちの気遣いや努力では超えられない、何か艦娘(私達)に関する理のようなもを感じる。

一方的な利害関係は愚か、契約約束の類すら見られないこの〝呪い”は、いったいどこの誰が最初に唱えたのか…。

歪んだ感情を外に出さぬよう、『天津風』は下を向いたまま歩いていた。

提督がブンカ―の出口で待っていてくれたが、彼の労いの言葉に答えるのが精一杯だった。

 「すぐに宿に向かおう、ようやく腰を据えることができる」

提督も浮かない『天津風』の顔を察してそれ以上は喋らなかった。

そのまま車に乗せられ、『島風』は治療のためにまた離れ離れになった。

今までそうだったのだが、急に出会い急に別れ、そして最悪の事実を最悪の形で見せつけられてしまった。

こうなっては、彼女が心配で仕方がない。

だが、どこかこんなことがあるんじゃないかと身構えていたのかもしれない。

人として予め備え付けられたある程度の未来予測能力からくるものではない、どこか明確にこんな事実が隠れていると元から知っていたのではないかと、自分を疑った。

車は憂鬱を乗せたまま海辺の壁外の道を走り続けた。

ゆっくりと流れる海辺の景色は、灰色と深緑色で二分されている。

そして、『天津風』の思考も二分されていった。

認めてはいけない事実を否定した自分、そんな事実と世界を受け入れていた自分。

どちらも生みの親は、我々艦娘がこんなことを考えると想像しての行いなのか。

尊い命を費やすという意味では、戦争のためという点では違いはない。

立場によって意見が変わるというのはよく見聞きするものだが、この場合〝被害者”の立場の意見なのだろうか、こういうのは優遇されて世間一般に知られて改正されるのが常なのだろうが、そんなことはこの事に限ってないだろう。

だが、こうして今の事実を暫時的に容認している自分が居た。

そうこうしている間に、目的地に近づいていった。

周りには町工場らしき建物が規律正しく並んでいて、帝都中心部の雑多で統一性のない街並みとはまるで正反対だ。

建物も真新しいものと古めかしい土壁の家屋などが整備され、生活感がある程度感じられる。

ボーッと眺めていた『天津風』は、少し安心する車窓をただ黙ってみていた。

 「ここは帝都建設の初期のころから変わっていない唯一のところだ、なかなか面白いところだぞ」

横に座る提督が呟いた。

 「へぇー…」

無関心に返事をしながらも、少し和んだ雰囲気をありがたく思っている。

通りには、二輪車を引く漁師、軒下に揃えられた野菜、木製電柱を這う少ない電線、ここだけ首都ではないようだ。

まもなく、中将旗の掲げられた大きな瓦屋根の和風建築の塊のような家に到着した。

ここが目的の宿のようだ。

迎えに出ている数名の使用人の中に、准将がしれっと立っている。

 「おつかれ」

木戸を潜り木庭を抜けて旅館に入ると、一段上がってまず待合室に通された。

畳に赤絨毯が敷かれ、外製のイスとテーブルが並ぶ異色ながら調和のとれた内装になっている。

 「なんかものすごくりっぱなところなんだけど、私達突然来て泊まっていいの?」

申し訳なさそうに『天津風』は一番端のテーブルに座る。

 「ここはもともと海軍高官用達の料亭だったんだ、だからいろんなお偉いさんのお力添えでここまで立派になってる。だから仮にも海軍の高官である俺が泊まれないわけがない」

自慢げに提督は語ったが、まっすぐ客室に通されなかったところ見るとやはり突然の訪問は堪えているようだ。

 「ん?ちょっとまって、そうなると准将なんで泊まれてるわけ?」

 「俺が紹介したことになってる」

 「ああ…」

五分すると、旅館の女将らしき着飾った浴衣の女性が茶を出し、部屋や旅館についての説明を受けた。

なんでも、今回は部屋は一つしか取れなかったらしく、三人同じ部屋でいいかということと、複雑なこの旅館のシステムについてだった。

なんだか背筋が自然と伸びる雰囲気の旅館だが、決して居心地が悪いわけではないので不思議だ。

そして最後に、特出すべき話が効けた。

今日明日は、海外の客が泊まっているらしく、気を付けてほしいとのことだった。

どちらにせよ、海軍関係なので嫌煙するようなことは必要ないらしい。

その後、荷物が運び込まれたとのことで、部屋に案内された。

一階の一番中央に近い部屋で、中庭の見える窓張りの軒先から部屋に入る。

 「へぇー、すごいじゃない!」

『天津風』は思ったより広い部屋に高鳴る好奇心を抑えきれなくなった、さっきまで思い悩んでいたのが嘘のようで、提督も少し安心した。

当の部屋は、少なくとも二十畳はある部屋が大胆にも二つに襖で区切られ、入り口の木戸の方の窓からは、丁寧に手入れされた木庭が外壁とともに外からの世界から隔離している。

天井には若干明るいくらいの照明が各区切りに一つずつあるだけで、特に飾られた様ではないが、欄間や掛け軸、床の間に使われている木材などからは、確実に高級な雰囲気が漂っている。

 「本当に泊まっちゃっていいの?」

 「二言はない」

提督は床の間にある刀掛け台に軍刀を置くと、階級章と徽章を外した。

 「上脱げばいいのに」

『天津風』は上に来ていた上着を脱いだ。

 「旅館のルール聞いてなかったか?、寝るまでは正装だ」

『天津風』は慌てて上着を着直した。

いわゆるドレスコード的なものがあるらしく、少々堅苦しいが、場所が場所故に致し方ない。

まもなく夕餉という事で、准将は先に広間に出ている。

提督と『天津風』も士官刀を腰につけて、最大限の正装で部屋を出た、戻ってきた頃には布団が敷いてあることだろう。

旅館中央、二階へ上がる階段の横にある広間は、客室を丸々一つ使ったくらいの広さで、中央挟んで二十人くらいが一度に利用できそうだった。

すでに数人が座布団に腰掛けており、黒服の尉官佐官の中に数人白い上着の将官が座っている。

夕日が軒先から差し込んで、襖を淡い黄金色染めている。

 「お、来たな」

准将は一番入り口に近い所を三人分陣取っていた。

准将は女性らしく華やかな浴衣かと思ったら、地味な藍と白の桜模様の浴衣の上に陸軍の南方用軍衣を羽織っていた。

 「わざわざ陸軍主張しなくてもいいのに」

提督は不安げに准将の隣に座る。

 「いいですよ、お邪魔にはなってないようですし」

准将は全く臆することなく胡坐で煙管を吹かしている。

『天津風』は提督の隣、つまり一番入り口側に座った。

六時を釣り時計が告げると、盆に乗せられた料理が運ばれてきた。

普通に豪華と言うのだろうが、和食なので華やかさは控えめだ。

魚に白米、吸物にその他諸々七品ほどが並ぶ、飲み物は追々注文するようだ。

皆黙って食べるものと思っていたが、結構無作法に立ち回ってお酌して回っていたりしてる、思ったより自由で安心した。

 「うわっ、すごいおいしー」

『天津風』は刺身を口に運んで料理を楽しんでいる。

提督は別の将官からお酌を受けて、少しめんどくさそうにしていた。

 「たのしいか?」

准将が暇そうに天麩羅を齧っている。

 「あなたこそ、満喫しているようで」

『天津風』は呑気に料理を頬張る准将を横目で見た。 

 「ふん、思ったより居心地がいいもんでね。いやなに、仮にも犬猿の仲とはいえここまで見境ないと逆に申し訳ないところだ、なにより女性である私のもある程度紳士的だったし」

准将は海老の尻尾を皿に戻した。

 「もう他の誰かに話しかけられたの?」

准将は反対側の端に座る二人を目線で示した。

片方は外人で、もう片方は一般人のようだ。

 「またかわった奴に話しかけられたのね」

 「一国の外交官を変な奴呼ばわりできるのは君だけだよ」

度肝を抜かれた様子で二人を二度見した。

片方は女性のような少し長めの髪の軍事で、おそらく男性だと思うが、外人だというのに目立つ風貌ではない。

もう一人は、眼鏡をかけている以外あまり掴みようがない特徴の男性だ。

 「ソヴィエトの外交官だ、五年前からずっと大使館に居る武官で階級は一佐、つまり大佐だ」

 「へー」

 「天津風が守ったんだよ、あいつを」

 「意外なこともあるものね」

提督が言っていた人物はおそらく彼の事だろう、だがその隣は誰だろう?。

その例の二人が、提督の下にやってきた。

会話は真横なので聞きたくなくても聞こえる。

 「あなたが簪年艦隊の中将さんですか」

外交官は気さくに提督に話しかける。

 「おや、武官殿。今回の船旅は災難でしたね」

提督は差し出されたビールを渋々コップに受ける。

 「あなた方あっての航海ですよ、特に今回はありがとうございます」

随分と日本語が達者なようだ。

『天津風』もとりあえずは安心して座っていられる。

 「今回は間近で中将の艦娘の活躍を見せてただ来ました、実に頼もしかったです」

 「ちょうどいい、隣にお二人の救世主が居ますよ」

話が『天津風』に振られた。

 「ど、どうもです」

 「他の艦娘達と同じく随分と可愛いですね、もっとこう凛々しいものかと思っていましたが、逆に安心しました。

спасибо」

 「い、いえいえ。私たちのすべきことをしただけです」

なんとなくお礼を言われたことはわかったので、然るべき処置をとった。

外交官らしく紳士的で好印象だが、それが当たり前なのだろう、裏でどんなことを思っているか分かったものではないが、とりあえず感謝の気持ちは受け取っておこう。

 「そちらの御人は?」

提督は外交官の隣に居る人物に話しかけた。

 「どうも、今回はお世話になりました。破斯とお呼びください」

 「今回はどういう用件でソヴィエトへ?」

 「なに、異国で頑張っている艦娘を見に行ってたんですよ」

『天津風』は少し警戒の色を強める。

 「ということは、関係者の方で」

提督も少し慎重に話を組み立てる。

 「ええ、今回は少し施設のほうも見てきましてね。あちらもやっと自国で艦娘の調達が可能という領域にまで達して、お国の負担も減る事でしょう」

『天津風』と提督は手を止めた。

 「研究者の方ですか」

 「一応」

これ以上の詮索は不躾なのでしないことにしたが、後々調べることになるだろう。

 「そうですか、それはそれはお疲れだったことでしょう」

提督はここで話を切り上げた。

 「それほどでも、今回は北でも此処でも私の〝作った”艦娘が活躍していたことですから、大満足ですよ」

この言葉に場は一瞬凍り付く。

この台詞がこの場でどれほど重要かは、恐らく言った本人にはわからないだろう。

これ以上ない殺気に満ちた眼差しで『天津風』は破斯の方を睨む。

提督は『天津風』に落ち着くよう手を添えた。

 「それでは失礼します」

二人はまた自分の席に戻っていった。

准将がまず提督に尋ねた。

 「なんであんな大物のさばらせてるんですか」

 「それはこっちのセリフだ」

提督は豪語する。

彼のいう事が本当なら、相当の衝撃事実だ。

 「冷静に考えたんだけど、あんなやつが本当に艦娘作るような頭もってんの?」

 「そればっかりはわらん」

提督も半信半疑だが、場所や一緒にいた人物、そしてこのご時世で渡航できるというのは相当特別な人物なのだろう。

『天津風』の言った通り、艦娘を〝作る”なんて芸当は国家規模のプロジェクトのようなもので、『明石』前言の通り成功した国は数えるほど、それに維持する基礎国力やその他の技術力、そしてそれらろ高いレベルで統合しさらに高めていく国力などが必要だ。

それに仮にあの破斯というやつが本当に研究者で、『明石』の言うことに真実があったとするならば、彼はその発掘技術を使いこなす天才ということになる。

そんな者が、あんなのほほんとしているはずもないし、こんなノーガードなわけがない。

いずれにしろ今は推測の域を出ない。

 「まあ今は余計なことだ、飯を美味く食べよう」

提督はそこで話を切り替えた。

だが、魚の骨が喉に刺さったような感覚がずっと残っていた。

その後食事が終わり各々が部屋に戻る時間になった。

食事の後も数人が残って酒を楽しんでいたが、提督は構わず部屋に戻ることにした。

『天津風』も准将も無論提督についていく。

 「話してくればいいんじゃないか?」

准将が唐突に『天津風』に切り出した。

 「えぇ、一人で?」

 「別にいいと思うぞ?」

提督も何故か後押しした。

 「いいんですかぁ」

 「ここはそういう場だしな。だが気をつけろよ、相手はあくまで研究者だからな」

『天津風』は首を傾げた。

 「立場の違いを弁えろという事だ。あと、何があっても手を出すな、お前はそれでも軍人だから軍法会議ものだ」

逆にそういうことを言われる可能性があると釘を打たれたと『天津風』は思った。

しかし、それでは文字通り話が始まらない、ここにいるうちに話を聞いておきたいとは思う。

百聞は一見に如かずと言うが、やはり当事者の話は聞いておいて損はない。

部屋に戻りながら、『天津風』はさっそく策を練ることにした。




提督たちご宿泊の旅館のモデルはやっぱり例のパインです。
そして今回の新しい登場人物、破斯(はしの)は本名ではありません。
本作中の意味合い的には、西方より明智を伝えし者、という感じです。
またソヴィエトに派遣されている日本の艦娘は、最初は響改めヴェールヌイだけでしたが、それでは寂しかったので第六駆逐隊の4隻丸々派遣している事になっています。

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引き続きよろしくお願いします。
その他、ご感想評価よろしくお願いします。

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