内陸の路線に入ってからは、とっとと部屋に退散して、夕食を心待ちにしていた。
それまでの間、『天津風』は提督からもらった帝都についての情報が記されている書物類を読みふけっている。
もちろん百聞はなんとやらで、提督に写真の類は持ってないかとか、言ったことがあるなら話をしてくれと頼んだが、あっけなく断られてしまった。
というか、読み物嫌いを見抜かれてしまった。
というのも、この列車が帝都との連絡線とのこともあって帝都関係の本は大量にあったからだ。
地図や、地歴書、はたまた都市設計図解までの専門的なものもある。
書物を読むのはまだしも、知らないことには興味があるので、読むのも嫌々ではなかったが、幾分文字が小さく滅入るばかりだった。
一応普通に帝都を歩けるくらいの知識はつけたつもりだ。
帝都は一八八九年から市が運営をはじめ、世界大戦後は国が直接設営を取り仕切り、極端な機能集中と利便化が図られた。
そのため工場が集中し、一般家屋のほとんどが帝都から追い出される形になっているらしい。
さらに、公害、有害排水の増加に伴い、工場地帯は『帝都』の区切りがある土地ごと壁で囲まれた、一九二三年のことだ。
そして現在は物質的生産工場よりも情報的蓄積媒体としての機能を、国の半分の規模をここだけで賄っているらしい。
壁は健在らしいが、壁の中から伸びるビルや煙突、蒸気、黒煙、そして飛行機は外からも良く見えるそうだ。
したがって、近年では極端に機能が集中し、住むに堪えない都市のことを『帝都』と揶揄しているようだ。
主な機能は、『極々超長距離情報通信』『超々大容量情報処理・蓄積媒体』『国家中枢処理機関』の三つで、この世界で二番目の〝スーパーコンピュータ”だ。
そこらへんの詳しい情報はあまり書いてなかったが、大まかなことは理解できた。
まず『極々超長距離情報通信』は、簡単に言うと、あらゆる施設を仲介することなく、カラー写真程度の容量の情報を地球の裏側から無線でやり取りできる性能、らしい。
『超々大容量情報処理・蓄積媒体』については、帝都にある数重のビルには真空管よりも情報処理量が大きいトランジスタを使用した演算処理装置があり、一つの場所では帝都が最大。
また蓄積媒体、情報記憶媒体としても、紙やフィルムでなく、磁気テープ媒体に保存しているらしく、非常にコンパクトらしい。
最後に『国家中枢処理機関』としては、一般的な首都の上位互換みたいな感じらしい。
にしても楽しそうな要素が全くなかった。
同じく提督も書物を読みふけっていた。
例の女性陸軍将校の素姓につて書かれたものに一通り目を通してた。
本人から渡されたものなので、どこまで信用できるかわからないが、とりあえず目を通す。
経歴書、出征報告書、その他諸々のが、兵站課が制作しているものなので、本人が手を加えない限り信用はできるだろう。
出身は東北で、国民学校の時点で陸軍士官学校への進学が決まっていたいわゆる天賦の才を持ち合わせた人物で、弊害といえば性別が女ということだけだど、書いてある。
一九三六年に陸軍士官学校長からの推薦でそのまま陸軍大学幹部候補に選出され、そのまま年功序列を無視するという当時ではありえない形で最速で特務佐官に就任した。
彼女を推薦したキャリア官僚もそうそうたるメンバーで、いまだ将官にとどまるものばかりだった。
一九四一年には准将官として参謀本部に勤務し、当時の陸軍防衛軍総司令部のカバン持ちとして二年間の下積みをしている。
そこから正規の准将になるまでが一番段取りが悪く、前線指揮官の経験として南部に副参謀として飛ばされたり、かと思えば去年までは参謀本部の会計で筆を走らせいた。
今年初めになって初めて独立混合旅団の正式指揮官を任命されている。
それが南方駐屯軍司令官である。
それでも、実質的に本土周りの実働隊の指揮官ではないので、立場的には外様大名のようだ。
どちらにしろ、陸軍という特質上、女性というだけでかなり損をしている。
ここまでくるのに二十年かかってないだけでも素晴らしいが、性別の弊害がなければあと三年は早かっただろう。
いずれにしろ、天才肌の人物だと分かって、安心した。
大いに頼りになりそうだ。
頃合いの良いころで、ちょうど『敷島』が二人に夕食が整ったことを伝えに来た。
「総督、もお待ちです。来ないと思って来たらそういうことでしたか」
ため息交じりに『敷島』は先に行くと言って部屋を後にした。
提督が時計を見ると、もう七時を回っていた。
「いかんいかん、早く行かないと」
一応、庭が違うとはいえ士官佐官が集まるので、とりあえずちゃんとした格好で向かうことにした。
先頭のほうの食堂車は、席数二十余りのゆったりした作りで、ここも皇族列車に準じた形になっていた。
提督が入るなり、陸軍の士官佐官たちは挙って立ち上がり、帽子がないゆえ提督に礼で敬礼を評した。
提督もできる限りの敬礼を返し、一番奥で待っていた総督と『敷島』、そして例の准将のまつ六人掛けの特別席に座る。
テーブルにはすでに、水とワイン、そしてフルコースの最初であるサラダとスープが並べられていた。
引き締まった雰囲気で『天津風』は、よくこんな風に食事ができるな、とあらためてこの場の堅苦しさを認識した。
揺れるテーブルの上にはフォークとナイフ、そしてスプーンがずらりと並び、まずどれをどう使うのが正しいのか思いだしていた。
「ようやくそろったな、早く平らげてくれ。メインが来てしまう」
総督はすでに前菜を平らげ、メイン料理を待つばかりであった。
『天津風』が半分も食べないうちに、メインが運ばれてきた。
今回のフルコースは略式らしく、間のパンやソルベ、魚料理が省略されていた。
よく一般のレストランで取られる形式で、逆にそちらに慣れていない『天津風』は少し困惑してしまった。
打って変わってこのような場面を多く経験している四人は、とっととメインディッシュに手を出した。
「気にするな、ゆっくり食べればいいよ」
提督はメインに手を出してはいるが、一応は『天津風』に合わせていた。
「余計な気遣いはいらないわ、ちゃんとできるもの」
「ならいいんだ」
そういって、急いで掻き込むために『天津風』は、ワインの代わりに注がれていた水を飲み干した。
ようやくメインというところで、デザートが運ばれてきた。
略されているとはいえ、こんなにしっかりした仏式フルコースを体験したのは、初めてだ。
『天津風』も、以前に皿だけ並べてマナーなどの詳しいことを学んだが、実際に食べてみると相当緊張するというものだ。
周りからは、不快な音は一切せず、皿の音ですら気にするくらいだった。
そして、全員が食べ終わった頃合いで、締めのコーヒーとプチフールが運ばれてきた。
ようやくフルコースも終わった。
どうも『天津風』としては、食事でお腹一杯というよりも、緊張と堅苦しさで頭がいっぱいという感じだ。
「さてと、食事も一段落という事で、今日はとっとと寝てくれ。明日は早朝帝都に入る」
「わかりました総督」
皿が全部下げられたタイミングで、総督は『天津風』『敷島』に部屋に戻るように言った。
「提督はどうするの」
『天津風』が聞いた。
「少し総督とコレでもなと…」
提督は酌を示して、二人に先に掃けるようもう一度お願いした。
「わかったわ、先に寝ておくわ。それと、寝室はあなたと別々なんでしょうね」
「おや、一緒は嫌だったかい?」
「べべべべ別に一緒でも大丈夫よ!?」
「いやいや、ちゃんと別々だよ、さすがに年頃?の女の子と同部屋とまでは私も高望みはしない」
焦る『天津風』に四人の顔も綻んだところで、ここからは三人の話ということで寝室に向かうことにした。
部屋ではすでに寝る準備がしてあるようで、九時と少し早いが素直にもう寝る用意をすることにした。
自室に戻ると、本当に一時間強も、夕食で費やしていたのかと驚いた。
あの形式では仕方がないが、大して会話もしていなのに、大した無駄な時間を使ったと深くため息をついた。
話したことと言ったら、「帝都に行くがあそこについて少しは詳しくなったか?」という総督からの切り出しに対して、提督と『天津風』そろって「あまり面白そうなところではないと」言った事に対する反論その他諸々くらいだった。
周りがそこまで会話していなかったということもあって、それ以上の会話をする気にならなった。
残った三人がどんな会話をしているかは全く推測の域を出ないが、酒の絡んだ話はまともにならないという事だけは確かだ。
とりあえず、着替えるだけ着替えて、明日の帝都をできるだけ楽しく想像しながら寝床についた。
途中提督が十一時ころに、向かいの部屋に返ってきたのが薄っすら分かったが、そこから記憶がなかった。
翌朝になると、六時も回らないころにぱっちり目が覚めて、周りがすでに人の動く気配がしたので急いで着替えていつ着いてもいいように準備した。
外の風景は一変して住宅街が犇めき、煙突やマンションがその隙間を埋め尽くしていた。
空は朝焼けではなく、薄い灰色で塗りつぶされ、曇り空のようだ。
六時になると、ドアがノックされ「敷島」がモーニングコールに来た。
「もう起きてたの?、少し寝顔が楽しみだったのに」
「余計な事考えなくていです」
苦笑いしながらも、『天津風』は『敷島』を部屋に入れた。
「とりあえず帝都に着いた後のことを説明しますね」
『敷島』は今回の帝都での日程を事細かに説明し始めた。
今回が初めてではないらしく、総督と何回も訪れているらしい。
今回の帝都での予定は三日間で、主に訪問告知を入れたところへの訪問と殉職者の報告だそうだ。
提督として拠点を十日以上離れることが許されていないらしく、そこらへんの事細かな規則のため、これが帝都で用意できる最大限の時間らしい。
そして『敷島』はそういう予定の事よりも、帝都での立ち回りにつてい詳しく教えてくれた。
「まず、帝都は一般人なんてまずいないから一般人ぽいことをしないこと。基本的に制服軍服、そうでなくても軍刀だけでも持ち歩くと一般人には見えないわね」
「一般人にみられると何かマズいんですか?」
「憲兵から声をかけられます、そうなると面倒です。まあ隣に提督がいればまず困りませんから、そこらへんは大丈夫です」
「じゃあ大丈夫じゃないですか」
『敷島』は表情を曇らせた。
「まあ、知らないほうがいいんですが。理由知りたいですか?」
「いいえ、結構です」
「なら以上です」
そういって『敷島』は朝食の時間を告げて部屋を出て行った。
窓の外に目をやると、遠くに壁のような光を遮るものが近づいてきていた。
「あれが、帝都…」
息で曇る窓も気にせずに、『天津風』は列車の行く先を見た。
四本のレールが雑多な住宅街を切り裂き、壁をも貫いている。
物々しいというよりも不気味と言う表現がぴったりな壁は、もはや壁とは判別がつかない。
壁の周りにはすでに、高さが同じくらいの7階建て以上のビルが立ち並び、壁に設置されている太いパイプだけがかろうじて壁の輪郭を示していた。
朝日を遮る煙や水蒸気は、ほとんどあの壁の中からだ。
朝食の時間まで、近づい来る壁を眺めていたが、やはり想像とはかなり違う都市なのだろう。
まもなく提督を呼んで、朝食をとりに食堂車に向かった。
朝食は、先日の夕食とうってかわって、紅茶とサンドイッチというシンプルなものだった。
すぐに帝都入口に着くということで、とっとと済ませたということらしい。
皆、忙しく食事を済ませて自室にもどっていった。
壁を通過するというだけなのに、なぜこんなに慌ただしいかと『天津風』が聞くと准将がその問いに答えた。
「今年から、大人数の通過に限り監査が入るんです、要するに次止まったら憲兵さんが乗ってくるんですよ」
「毎回思うんですけど、憲兵ってそんなに怖いんですか?、そんなに権力的な力もないのに」
「間違いなく、人柄だけはあまり褒められたものではないし、それ以外にも、自分よりも下な奴には対応は最低だからな。良い奴らではない」
提督が小声で答えた。
憲兵は少なくとも陸海問わず風紀維持のために存在するが、特に陸は腐敗が酷いと後で准将が付け加えた。
まもなく列車は徐行に移り、止まる様子を見せ始めた。
検査の内容は、やはりこれも普通ではなく、階級によって対応が異なるらしい。
基本的には簡単な荷物検査と身元確認で、艦娘である『天津風』は黙認されるらしい。
さらに特殊なのが〝武装点検”で、もっている武器がちゃんとした正規のものであるか、少なくとも本人のものであるか、過剰装備ではないかを、弾の一発から調べるらしい。
五分徐行したのちに、周りが急に真っ暗になった。
すぐに車内灯がついたが、車外は気味の悪い風景が広がっていた。
外はトンネルのようだが、よく見ると、全てパイプや配線、その隙間を無理やり埋めているモルタルの類だった。
非常灯のような赤い灯りが所々につけられているが、全く照明として役に立役に立っていない。
全員客車に集まり、検査を待っていた。
反対側には、ホームらしきものがわずかな灯りによって照らし出されているが、何がどうなっているのかわからない。
まもなくドアが開き、生ぬるい湿った空気が車内に流れ込んできた。
深々と帽子を被り、憲兵の腕章をつけた下士官が五人入ってきた。
仰々しいほどの雰囲気で、腰には軍刀ではなく百式短機関銃を下げている。
よくよく考えれば、これくらいが妥当なのかもしれない。
今から入るところは、国の根幹であり、一度非常事態が起これば取り返しがつかないことになるだろう。
そして、ここにいる憲兵たちの仰々しさも、それに通じる〝焦り”のようなものを感じさせる。
最後に、例の〝武装検査”が始まった。
提督は海軍の軍刀と陸軍の南部十四年式を同時に持っていたため少し事情を詳しく聞かれていたようで、うんざりした顔になっていた。
『天津風』も、士官の短刀を見せて、発行シリアルナンバーと照らし合わせ、偽造品ではないかを確認した後に返却された。
かれこれ二十分で監査が終わった。
列車から出ていくと、すぐにドアが閉まり列車が動き出した。
これでようやく帝都に入れる。
これからもっと面倒くさいことが待っていると考えると、先が思いやられる思いで、壁を潜った。
そろそろ完結させたいんですが、まだまだ先は本当に長いです。
もうしばらく、お付き合いお願いします。
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