天(そら)別つ風   作:Ventisca

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投稿が遅れてすみませんでした。

まだ移動回ですが、登場人物が一人増えるので大事と言ってしまえば大事な回です。

ちなみに、隣駅と言っても呉から神戸くらいだと思っていただければちょうどいいと思います。


第弐拾参章 隣駅へ

 揺れる車内で『天津風』は目を覚ました。

 「泥酔とはこういうのを言うのね・・・」

ひとまず隣に『敷島』が座っているのを見て安心した。

 「もう出発したんですか」

 「まあ、そんなものね。とりあえず隣の駅にという感じよ」

とりあえず周りを見渡してみる。

大きな窓から飛び込む風景は、残念ながら木々に覆われていて見えないが、展望車らしい見晴らしだ。

座っていたソファーの目の前には、先に続く廊下への扉が閉じられている。

 「もう立ち上がっていいの?」

『敷島』は『天津風』が立ち上がるのを見ていった。

 「大丈夫です。私も貴女と同じ軍人なんで」

 「あらそう?、寝顔可愛かったのに」

 「ぐぬぬ…」

にやける『敷島』はさておき、扉の向こうへの好奇心に従うことにした。

つい前日に、変な好奇心でろくなものを見なかったのに、好奇心の尽きない自分を少し罪に思った。

 「荷物は右の部屋よ」

後ろから『敷島』が追いかけてきた。

廊下には左右の部屋があり、どちらも無人で手を付けられた痕跡もなく、部屋のドアすら開いている。

車両の接合部から外の音が漏れてきているのが分かる。

この扉の先は一等車だ、そう扉に書いてある。

開けてすぐに隣に飛び込んだ。

まず周りを見渡して、人がいないことを確認した。

一等車と言っても、普通の車両ではない。

向かい合わせに大きなソファーが並び、真ん中に4つ丸テーブルが置かれてる。

天井にはヴィンテージ調の真鍮細工がシャンデリアの光を反射している。

床、壁は暗い赤で統一されて、いかにも高級というカーテンが結ばれていた。

 「なぁんだ、誰もいないのね」

 「一番先頭の車両にいると思うよ」

丁寧に扉を閉めて『敷島』が入ってきた。

 「なんでついてくるんですか」

 「だって一人はいやだし、一緒にいてもいいでしょう」

 「面倒くさいです」

しょんぼりしながらも、テンションは高いようで、以前として『天津風』について行った。

最後の客車の扉で『天津風』は立ち止った。

中から人の気配がしたからだ。

話をしている様子もなく、そんなに多い人数が居るわけでもないようだ。

中の様子を伺いたくても、無駄に凝ったすりガラス細工のせいで全く知る由もない。

とりあえず、扉を開けて中に飛び込んだ。

 「おや、天津風。もう大丈夫かい」

中は特になにもなく、落ち着いた様子で提督総督が紅茶を飲んでいた。

 「一声言ってからどこそこ行ってよ」

『天津風』は提督との間を詰める。

 「いや、ひどくぐっすり寝ていたもんだから…」

 「だからといって放置しないでよ」

 「ああ、今度から気を付けるよ。また君が酷く酔ったらね」

 「もう」

提督の横に腰掛け、自分にも紅茶を寄こすように言った。

提督は何も言わず、頷いて隣の給糧室に向かった。

 「なぜこの車両に?」

何も言わず座っていた総督に『敷島』が問いかける、彼女も総督の横に座った。

 「次の駅で、彼奴の会いたい奴がこの車両に乗ってくるらしい。出待ちってやつだよ」

 「いったいどんなお方なんですかね」

総督は目の前の紙束から一枚抜き出して、皴になっている部分を伸ばして『敷島』に渡した。

 「はぁ、なるほど」

二人して納得するのを、『天津風』はただ疑問視して見ているしかなかった。

何せ声を掛けにくかったかたらだ。

まず『敷島』に総督が渡すときに、なぜか下半分を破って渡したからだ、しかも単に皴を伸ばして渡していただけでなく、なにか鉛筆で書いた部分をぼかしているようにも見えたからだ。

総督の秘書でも見れない紙を、みせて、と言って見せてくれるのか自信がなかった、というかそれほど興味がなかった。

恐らく、軍人のプロフィール表と言ったところだろう、公に言えば個人情報に当たると言ったところか。

 「まあと10分で次の駅に着くから。まあ、百聞はなんとやらだ、直接見たほうが早い」

そこまで話したところで、提督がティーカップの乗った受け皿を持って戻ってきた。

 「砂糖とミルクは?」

 「いいえ、いらないわ。というか、これ熱くない?」

 「ああ、今、俺が入れたからな」

 「そう、迷惑かけたわね、ごめんなさいね」

豪く素直な『天津風』を少し驚いた眼差しで提督は見ていた。

 「なによ…」

 「いや…、成長したなぁと思って」

 「そりゃこの短期間であれだけの情報量頭に入れたら成長するわよ」

そう言い放って、出された紅茶を啜った。

 「お口に合うかな」

 「ええ、美味しいよ、普通に」

 「そいつはよかった」

 そうこうしているうちに、隣の駅である第四師団鎮守府連隊区中央駅に到着しようとしていた。

隣と言っても県を一つ跨ぐほどの距離があり、通常の路線に存在する駅とは違う軍専用の駅ならではである。

機関車は速度を50キロほどに落とし、市街地に進入した。

第五師団鎮守府連隊区中央駅と違いかなり内陸にあり、高い位置を走行しているのにも関わらず海は建物から垣間見ることしかできない。

街は全駅からの光景とは打って変わって高い建物が多い。

軍力全振りとは大違いのこの商業街は、本州のほぼ中央にある。

 「そろそろ着くか」

提督は上着を着て、乗ってくる〝客”に相応しい格好に改めた、総督も『敷島』も上着を羽織り直した。

機関車はさらに速度を落とし、駅の敷地内に突入、街に相応しい巨大な駅だ。

ちょうど前の駅の四倍の大きさの駅舎が待ちかまえ、ホームもより多くの憲兵により貸し切り状態だ。

だが、距離のある反対側のホームには一般人がごった返し、もの珍しそうにこの車両を眺めている。

しかし、その中にもちらほら陸軍の士官が見える。

どこか物々しさが伺えるが、お構いなく列車は停止した。

すぐに憲兵が出入り口に駆け寄り、そのうち数人が中に入ってきた。

軍刀は持たず、ホルスターに九四式拳銃を下げている、地方の憲兵とは違う装備がまたここがどれだけ大きな街かを知らしめる。

提督と総督に目をやると憲兵はきっちりと陸軍式の敬礼をし二人もそれに返した。

そしていよいよ〝客”が乗ってきた。

肥えた将官が乗ってくるかと思ったが、かなり若い士官学校の徽章を付けた士官が乗ってきた。

目の前を通り過ぎる若き士官は、しっかり敬礼をし、隣の客車、さらに奥の車両に移っていった。

そして最後に、見るからに大物が乗ってきた。

カーキ色のマントをまとい、士官軍刀を下げた軍人が乗ってきた。

 「おいでなさった」

提督は軍刀を脇に立て、できるだけ偉そうに立ち振舞う。

全員乗ったのを確認すると、すぐに出入り口が絞められた。

 「本日、同乗させていただきます。次期南方司令部駐屯軍の司令官になる者です。ご指名を受けて光栄な限りです」

ブーツの踵を付け、軍刀を腰から外して、丁寧に敬礼した。

それに返すように、提督もいつもよりきっちり敬礼した。

 「指名に答えてくれて感謝する、まあ長旅の間よろしく頼む。まあ階級の差もそんなにないから堅苦しく無くてもかまわない」

 「了解しました」

総督は敬礼こそしたものの、この次期司令官の“異様さ”に気づいて少しにやけていた。

 「おい中将、お前も物好きになったな。変なところが似てきたようで頭が痛くなる…」

 「もうバレましたか?」

『天津風』は特に変わった様子のないこの次期司令官に、なぜこの二人がこのような対応をしているのかわからなかった。

 「まあ、帽子も取ってゆっくりしよう」

 「はい、失礼します」

 「提督、あの人に変わったところがあるの?」

耐えかねて『天津風』は質問した。

 「ああ、なんせ彼奴は…」

陸軍将官の軍帽を取ると、帽子にまとめられていた長い髪が姿を現す。

 「ええ!?、女の人!?」

よく見ると、確かに身長のわりに細身の軍服、男性とは違う引き締まった腰回りは明らかに女性だ。

だが、それは屈強な男性軍人を思わせる軍服とマントに隠され、女性の唯一の要素であった長髪も軍帽に封じられていた。

顔も陸(おか)の軍人らしく少し焼けていて、決して一目で女性とは気づけない格好だ。

 「本当にお前は女に目がないな、それとも物珍しさか?」

総督は意地の悪そうに提督に目をやる。

 「両方ですよ、総督」

隣のソファーに座る際に、マントを脱ぎ、その際に僅かに香る香水の香りからようやく彼女が女性であるということが実感された。

 「ホントに女性だわ、しかも結構若くて綺麗な人じゃない」

『天津風』は思わず感想が口から出た。

髪は長く、肩よりやや下まで伸ばしている。

だが、陸軍軍人らしくそこまで手入れが行き届いているような艶やかさはない。

それでも、もとから素質があるのだろうか、鍛えられているのにもかかわらず首筋からスラっとしたラインの顔はやはり焼けていても女性らしい。

瞳は荒れ狂う海のような深い青色をしている。

 「このたび私をご指名ただいた理由、まさか下心があるのわけではないですよね?」

彼女は狙撃手のような眼差しを提督に向けた。

ほかの軍人にはない存在感と緊張感が漂う彼女の階級は、肩章から察するに准将。

しかも胸には誇らしく略称が無数につけられている。

 「まあ、正直に言えば、なくはない」

彼女は提督の言葉にクスッと笑った。

 「貴方のような平に正直な人は初めてですよ、中将」

 「まあ、変わり者はお互い様として、いろいろ聞いておきたいことも多数あったから、この際ご指名させてもらった。さらに言ってしまえば、女性陸軍将官がどんな顔かを確かめておきたかったんだが、まず謝ろう」

 「雌ゴリラとでも思っていましたか?」

 「本当に申し訳ない」

どうやら相当の切れ者らしい、幼心に『天津風』はそう思った。

 「そのご趣味は横に居られる秘書からも伺えますよ」

 「おっと、その方面の性癖はないぞ」

嘘をつくなと不意に口から出そうになった言葉を『天津風』は押し込めた、お前はロリコンだろう、と。

 「かわいらしい艦娘ですね、あなたがお選びになったのですか?」

その言葉で、提督の顔は少し険しくなる。

 「ああ、そうだ。しかし陸軍にも彼女たちを知る者が居たとはな」

 「少なくとも私は例外です、女ですし、多少なりとも知ってますよ」

 「ということは、君はそれを知り得る部署にいたという事だな?」

 「それが本命ですか」

提督は神妙な面持ちで、はっきりとうなずいた。

突然、総督が立ち上がり『敷島』に声をかける。

 「どうしたんです総督」

 「難しい話は勘弁だ」

 「ああ、そうですか」

半ば投げやりに返事を返したが、察して出て行ってくれる総督に父親ながら感謝した。

 「というわけであとはよろしく」

『敷島』が最後に「それではごきげんよう」とわざとらしく言い放って扉を閉めた。

 「さて本題に移ろう、准将」

 「そのまえに飲み物でも準備したほうがよろしいのでは?、長丁場なのでしょう」

准将は目の前に提督が山積みした資料を、嫌気がさすように目をそらす。

 「それもそうだ、紅茶でも入れようかな」

 「今度は私が用意するわ」

『天津風』が威勢よく立ち上がった。

 「それは心強いな、できるだけ飲める物を出してくれ」

 「馬鹿にしてるでしょう」

膨れっ面のまま、『天津風』は隣に紅茶の用意をしに向かう。

ここまで、何もせず傍観者が堪まらなかった彼女からすれば、自ず出た結論だった。

自分に傍観者などどいう悠長な身分がないことはすでに肝に銘じている、それが一番彼女の強い思いだった。

しかし、自分は緑茶しかまともに入れたことがないので、コウチャなるものをどう入れるのかは全くの未知であった。




女性の陸軍将官は、なんとなく細マッチョと脳内で勝手に決められておりました故、体付きだけなら某少佐を想像していただければ結構です。
年齢層は20代後半で、似ているキャラはFateの織田信長でしょうか…。

とにもかくにも私の脳内では敷島が一番かわいいっぽくまとまっているつもりです。
皆さんはどうでしょう?

長い間投稿期間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
リアルの事情は言い訳にはなりませんので、今後はスピードアップしていくつもりです。
あとちょっとで閲覧数3000に届きそうです、今後ともよろしくお願いします。
今年中にはもう一章投稿したいと思っておりますので…。
↑出来そうに無いです、本当に申し訳ない…。in12/31 20:00

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