天(そら)別つ風   作:Ventisca

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海戦から帰ってきました。
ここから日常回を展開し、ストーリーを掘り下げていきます。
なので、言葉遊びや設定が細かくなるので、最低限の(脳内)設定を後書きに注釈をいれていくつもりです。
分からない所や、ここどうなってんの?ってところは遠慮なく質問してください。


第壱拾伍章 帰還と信任

 夜中になり、ギールヴィンク湾に戻ってきたときには日付が変わろうとしていた。

街の灯りは中心部の二棟の高層ビル以外は消えてしまっているが、あそこに司令部施設があることがはっきり分かった。

負傷者がいるため、肩を貸してなんとかここまで帰ってきたか、ギリギリ作戦終了から一日で帰ってこれたことが幸いである。

 「こちら神通です、帰投しました」

通常回線で、司令部に周波数を合わせて司令部に帰還を知らせる。

 「“よく帰ってきた、負傷者は居るか?”」

一分待たずに提督が応答した、きっとずっと待っていたんだろうと『天津風』は思った。

 「はい、是非迎えを遣してください」

 「“わかった、二十分くれ”」

湾の入り口に差し掛かり、丁度二十分ほどで湾の中央辺りに着くだろう。

『赤城』と『加賀』は、『加古』と『古鷹』に介抱され、なんとかここまで辿り着いたという感じだ、精神的にももう限界だろう。

二十分経つと、時間通りに提督が乗った駆潜艇が現れた。

エンジンを止めて、艦隊の進路の前に止まる、錨は下ろさずに操舵室から提督が出てきた。

 「大丈夫か」

すぐに、『赤城』と『加賀』は後部甲板のスペースに揚げられた。

 「ほかの者は大丈夫です、まずはこの二人の治療の手配を。あとは私等は港に戻りますので」

『神通』は段取り良く二人を受け渡した。

 「明日車の迎えを遣す、それまでゆっくり休んでくれ。おつかれさま」

提督は艦隊の皆に敬礼し、治療施設のある別の埠頭に向った。

 

港に上陸すると、少ない人数ながらも海軍関係者が到着後の手配していた。

砲中に残った弾薬を全て抜き取り、艤装を外してようやく陸で一息搗くことができる。

艤装には、気付かなかったが数発の弾痕があり、金属外装の艤装に穴を開けていた。

いずれにせよ、今は休む事が最も必要だ、関係者達は後は任せていいと言ってくれ、宿舎に戻る事を急かした。

 「まずはお風呂よ、じゃないとちゃんと休めないわ」

『天津風』は十六駆のメンバーと割り当てられた部屋に着替えを取りに行き、地下一階に用意されている浴場に足早に向う。

他の艦隊のメンバーも来ていたが、駆逐艦娘が優先され、『神通』の先導で短い入浴が始まった。

 「髪がべたついて洗うのが大変だわ」

『天津風』はまず『時津風』と一緒に髪を流して、海で傷んだ髪をゆっくり手入れする。

腰まである髪は手入れにたっぷり時間をかけてやる価値はあるだろう、御湯で泡を流せば再び艶やかな髪が蘇る。

先に髪と体を洗い終わった『時津風』に手伝ってもらい髪を梳いていた。

 「気付かない所にいくつの怪我があってびっくりだよ」

 「その時はよく気付かなかったわね」

『時津風』も『天津風』も、腕や脚にいくつか切り傷や火傷があった、爆弾の断片や掠った弾丸などだろう、傷に滲みて気が滅入る。

五分ほどかけてようやく湯船に浸かることができた。

煙る湯煙を通しても、体には衣服を見につけていなかった箇所の日焼けが目立つ。

『天津風』はふと隣で湯に浸かっている『時津風』の胸元に目をやる、そして自分の胸元と目線を往復させた。

 「どうしたのぉ?」

『時津風』が俯く『天津風』に意味有り気に話しかける。

 「なっ、なんでもないわよ!」

 「ふーん」

少し笑って『時津風』は何か考えている様子だ、『天津風』はこの手の顔を見たことがある、いつも何か隠したいときにこの顔をされる。

 「ひょっとして、気にして・・・」

 「気にしてないわよっ!」

最後まで言いきらないうちに『天津風』は否定した。

 「やっぱり~。まぁ、そりゃ気にするよね、女の子だもん」

バツが悪そうに『天津風』は顔を湯船に沈めた。

 「でも気にする必要ないよ、私達はまだまだこれからなんだし」

『天津風』が湯船から顔を上げて、改まって『時津風』のほうを見た。

 「そう・・・・・・?」

下を見つめ、『天津風』は赤い顔をさらに照れで赤くした。

 「気にしなくても、提督はそんなところ見てないよ」

 「べっ、別にあの提督の事とかどうでもいいのっ!!」

分かりやすい『天津風』の反応に『時津風』は笑った。

 「何かもっと別の所に惹かれて、提督は天津風のことを少し気に掛けてるんじゃないかなぁ」

『天津風』は落ち着いて提督の事を考えた、関係は浅くは無いものの、会ってまだ日は経っていない。

 「やっぱり天津風がかわいいからじゃない?」

 「それならあの提督、変態なうえにロリコンじゃない」

『天津風』は真面目に罵倒した、だが実の所、自分の年齢はよく分からないし知らされていない、自分の不安な点の一つである。

 「少なくとも、天津風は提督のことを気にしてるってことは分かったしぃ」

ニヤニヤと『時津風』は語った。

 「別にそんなんじゃないわよ・・・。でも、すこし気になる所は・・・・・・」

あの提督には何かあると、本土で初対面のときから思っている。

素性は知らされる義理は無いが、あの若さの提督を見かけたことがないのがまず最初の疑問だった。

 「十五分経ちました、交代ですよ」

『神通』はバスタオルを体に巻き、すでに入浴場の入り口を開けていた。

 「こんな話するの初めてなんじゃないかな。さ、いこ」

『時津風』と『天津風』はそのまま寝れるような格好で自分達の部屋に戻り、食事も無しに消灯される。

それからずっと感慨に耽っていた『天津風』も睡魔には勝てず、夜中の一時過ぎほどに眠りに落ちた。

 まだ眠いが、体が六時という時刻に反応してしまった。

バッと起き上がったが、周りがまだぐっすり寝ていることに気付き、ようやく現状を把握した。

そのまま二度寝する気にもならず、『天津風』は板張りの天井と吊るされた照明を眺めていた。

少し埃が舞う室内には、カーテンの隙間から日光が差し込み、俄かに朝を告げている。

まず『天津風』は提督の事を考えた。

あの若さで提督ということに訳があるのはまず間違いない、そして死んだ提督のことも頭に浮かんだ、彼の考えていたこの戦いの末路とは何なのか、いつも肝心なときに聞き逃してしまう。

少し考えていると、『天津風』は自分の腕を天井へ向けて伸ばし、傷の具合を見た。

 「・・・なおってる」

彼女の傷は、その滑らかな肌に吸われるように傷を消していた、右腕だけで二~三箇所は切り傷があったのだが、もはや傷跡すら見つからない。

そこからは自分のことを考えていた。

去年の末に第二水雷戦隊に派遣され、先月いっぱい今のメンバーで訓練をしていた、二度とやりたくないようなきつい訓練があったり、それで『時津風』との絆が深くなったのも覚えている。

その前の共通養成所での記憶はあまり残っていないが、教官だった『香取』のことだけははっきり覚えている。

だが、それ以前は?

生まれや育ち、なぜ自分が艦娘なのか、そもそも人間なのか、深く考えれば考えるほど自分が分からなくなってしまう。

しかし、自分の深層に残る本能にははっきりと死の恐怖が刻まれている、あの海底には“もう二度とは行きたくない”と。

目を閉じ、より深く思考を巡らせる、そのうちに『天津風』は浅い眠りに落ちた。

 再び起きたときには、他のメンバーは外出のための着替えを済ませていた。

 「おはよう天津風、もう九時だよ」

『時津風』はいつもの大き目の長袖セーラーを着て待っていた、外出用ともあってもちろんスカートは履いている。

 「早く仕度しないと!」

飛び上がり急いで自分の荷物から着替えをだし服装を整える、そして最後に提督から貰ったコートを羽織りいつでも外出できるようにした。

今回は、髪が洗ったばかりでまだ整える必要もないとあって、髪留めは使わずそのまま腰まで髪を下ろしたままだ。

階段を一段降りるたびに、滑らかな髪は空気を掴み舞い、艶やかにその美しさを放った。

『神通』が玄関で点呼をとっていた、迎えの車はちゃんとした乗用車で、黒い六人乗りのロールスロイスが十台列を成している、最初の頃とは打って変わった待遇だ。

 「揃いましたね、ではいきますよ。提督がお待ちです」

車には運転手と護衛の海軍陸戦隊の腕章をつけた同乗者が乗っている、事が済んだ後とあって提督が余計に護衛をつけたのだろう。

車列は一時乱れ、別のルートで司令部施設に向う、時間もあって街は賑わい人の通りも多い、この中を黒い立派な車が列を成して進めば目立つ事この上なかっただろう。

ほぼ同時刻に全車が正面玄関前に集結し、全員が司令部へ入った。

 「提督がお待ちです、先に執務室に行きなさい」

『神通』が『天津風』を執務室に向わせる。

できるだけ急いで階段を上がり、執務室への廊下へと差し掛かった。

ここで『天津風』は『時津風』との昨晩の遣り取りを思い出し、自分で思い出しておきながら小恥ずかしい気持になった。

足取りが重くなり、扉の前で足が止まってしまう。

自分が気にしていると認めた相手と対面する事が、こんなに躊躇われることだとは思わなかった、緊張とは違った重さが扉をより開け難くした。

一分ほど一人問答をしていたが埒が明かないと開き直り、前のように扉を開けた。

 「天津風、入ります」

提督は忙しそうに机で書類に目を通していた。

 「すまないね、早々に呼び出して」

持っていた書類を机に置き、開けていた綴を閉じて改まった様子で座りなおした。

だが悪い話では無さそうだ、表情は解れていて作戦が終わったことに心から安堵しているようだ、それ以上は見受けられない。

 「君に頼んでいた秘書艦(仮)の話しだが、正式に君を秘書艦にと上へ申請しておいた」

 「どうしてそんなことしたのよっ」

『天津風』は慌てて提督の机まで駆け寄った。

この秘書艦も、(仮)なら悪くは無いと思っていたが、それはあくまで仮という話で、正式となると重さが全く違う。

任の重さが嫌なわけではないが、昨晩の事と合い間って余計にバツが悪い方向に話が進んでいる。

 「折角だから君にと思ったんだが、どうしてもと言うなら・・・・・・」

白々しく提督は笑って見せた、『天津風』なら引き受けてくれるとの信頼あってのことだが、他にあてがないから提督として断られたらあとがないのが本音だった。

視線を下に落し、照れ隠しをするように考え込んだ。 

 「・・・私でいいの?第一、鳳翔さんはどうしたのよ」

提督は溜息を搗き、椅子に背を凭せた。

 「鳳翔さんは、今月付けで本役に戻る事になり、今度再編される第三航空戦隊に再編入される。ベテランの腕を遊ばせるにはもったいないとの御達しだ」

『天津風』は黙り込んだまま考え続けた、自分を選ぶ理由がまだ見つけられないからだ、自分はただの駆逐艦娘で、新型艦のプロトタイプとはいえそれ以上の理由はない。

 「俺は天津風しかいないと思っている。訳はさて置き、引き受けてくれるかい?」

 「私を選んだ理由、近々説明してくれることを約束してくれるなら、あんたの秘書になってあげてもいいわよ」

条件付きで『天津風』は秘書の申し出を請けた。

 「約束しよう、いずれ話さなければいけないときがくる、俺が君にこだわる理由が。少なくとも、貸しがあるのは確かだ、それなりの立場を用意したつもりだよ」

 「あのときのことを貸しと思ってるなら、私を艦隊旗艦にするくらいじゃないとつりあわないわよ?」

 「手厳しいな。まあ、君の尊厳を不可抗力ながら傷つけたことは猛省している。それに君みたいな分かりやすい娘はいない、関係を再構築して損は無いだろう」

 「分かりやすいとは、失礼ね」

互いに譲らず、互いの条件と貸しは先延ばしという形で交渉成功に収まった。

本土のときの失態を提督は相当気にしているらしく、『天津風』はそれを逆手にとって自分の立場を自分に似合ったものにしてもらおうと狙っている。

自分が未熟なのは分かっているつもりだが、選ばれた以上、それに必要な分経験を積みそれに相応しい者になるだけだ。

 「それではさっそく秘書としての最初の仕事だ、あと数分でそれぞれの旗艦が来る。それに同席してほしい」

この施設内には四つの泊地の艦隊が集合している、少なくとも今もっとも力のある司令部だろう。

二~三分で、二水戦旗艦『神通』と第六戦隊『古鷹』、三水戦『名取』、第三戦隊『金剛』、三航戦は代理で『三日月』がやってきた。

 「だいたい揃ったが、一航戦は主力が二人とも負傷しているから代理を遣すだろう、今しばらくまってくれ」

広い執務室の右端には、アールデコ調の洋机と椅子が並べられ、『金剛』をお供していた『比叡』が全員分の紅茶を入れてくれた。

湯気の立つ紅茶が全員分用意されたが、まだ全員揃っていないとあって誰も飲もうとはしなかった。

三分後に執務室の扉がノックされた。

 「遅れて申し訳ありません」

扉を潜って来たのは『赤城』だった、右腕は包帯とギブスを巻かれ首から下げている。

 「出てきて大丈夫なのか」

提督は椅子から立ち上がって『赤城』の容体を見た。

 「加賀さんよりは軽症ですから」

そう言って用意されていた机の端の椅子に腰掛けた。

待っていたとばかりに『金剛』は紅茶を啜る。

 「んー、やっぱり比叡の入れた紅茶は美味しいネー!」

 「ありがとうございますお姉様!」

いつもの事だから他の艦娘は笑って紅茶を飲んだが、ほぼ初対面の提督は苦笑いした。

 「こんな用意まですまないね、比叡」

提督はとりあえずお礼を言った、正直、紅茶は本当に美味しかった。

そもそも、彼女達第三戦隊がこの司令部に来るとあって、紅茶セットがわざわざ運び込まれた経緯がここにあったことを提督はやっと気付いた。

 「では、本題に入らせてもらおう。といってもそんなに大した話じゃない」

全員椅子にきちんと座り、背の小さい『三日月』は脚が床につかないほど椅子に深く座って、『金剛』はティーカップを置いた。

『比叡』は『金剛』の右後ろに立ち、『天津風』は提督の座る脇で少し低めの別の椅子に座っている。

やはり皆艦娘や人である前に一軍人なので、こういった場では改まるのが普通といった様子だ。

 「今回の作戦、本当にお疲れ様でした。特に第一航空戦隊は敵旗艦の単独撃破、次いで第三戦隊の殲滅戦従事、労いの言葉しか出ない」

『赤城』は無茶を反省するように少し深く頭を下げた。

 「私達の力を持ってすれば、当然のResultデース!」

『金剛』の言葉に続き、『比叡』も少し頭を下げる。

 「今度は海域が安定するまで『帛』『彩』島周辺の制圧権は、本土直轄の海上護衛総隊にゆだねられる。しかも今回の作戦をもって卯号作戦の中位優先度作戦以上の作戦は無くなる」

提督はここまで言うと机に持っていた六月までの予定表書類を広げた。

 「この予定表を見てもらえば分かるが、君たちは皐号作戦と水号作戦の出撃予定は皆無だ。本土から大海令でも下らないかぎり、君達は完全に自由ということ。話はそれだけだ」

 「めずらしいですね、二ヶ月も暇な時間ができるなんて」

『赤城』が聞いた。

 「来月と再来月は北方と西方に力を入れるらしい。君たちもここに来た以上、最低今月一杯はここから動かなくていい。今回の作戦参加がよほど重労働に写ったらしく、今回の休余が設けられたということだ」

全員次の作戦の大容の説明と身構えていたらしく、心底安心しているようだ、特に『天津風』はこれ以上多忙が続いたら体力が持つ自信が無かった。

 「それでは解散しよう。短く厳しい戦いの後だ、今後もゆっくりして次にあるであろう作戦に備えてくれ」

全員椅子から立ち、提督に敬礼して執務室から退出した。

『金剛』は、執務室に残って紅茶の後始末をしている、執務室の廊下側にある小さなシンクでカップを軽く洗い、紅茶セットの入っていたブリテン様式のブリキ箱に入れなおしていた、箱は艦隊が出撃したあとに運び込まれた。

 「いつもなら榛名が後片付けをやってくれるんですがネー」

『金剛』は柄にもなく丁寧にカップを収納し、手を払い後始末を終えた。

 「すまないね、そちらで用意してくれて」

 「いいんデスヨー、紅茶が無いと少し落ち着かないんで勝手に準備しただけデース」

少し褒められなれていないのか、『金剛』は顔を逸らしてしまった。

 「君の泊地の提督は、あんまり君を気に掛けてくれないのか?」

提督は聞いた、戦艦娘が所属している以上多忙なのも頷けるが、少し疑問に思った。

 「そんなことないデース、付き合いが長いからぶっきらぼうなだけデス。まぁでもちゃんと褒めてもらったことはあまりないですネ、うちの提督はそういうの苦手なんですヨー」

顔を逸らしたことを詫びるように、『金剛』は提督に笑顔を見せた。

 「そういう関係もありかもな」

提督は自分の椅子に座りなおした、第三戦隊の所属する極西丙方面司令部は提督と秘書艦である『金剛』の付き合いが長く、とりわけ『金剛』自信が提督のことが好きという良好な関係だ。

そのような関係は望ましいが、提督側が度が過ぎるこのとないよう抑えている時が多い、『加賀』の場合は相思相愛だったが、『金剛』の場合は押しが強いのかもしれない。

 「では、失礼しましマース!」

『金剛』は扉を閉めて出て行った。

提督は『天津風』のほうを見た、『天津風』はまだ椅子に座って今回のこの話しのメモを纏めている。

 「なによ」

 「こういうのはツンデレとはいわないんだろうな・・・・・・」

提督が呟く。

『天津風』は勢い良く書類の端を整えて立ち上がった。

 「私がいつデレたっていうのよ」

 「ツンは認めるんだな」

 「もうっ」

『天津風』は不貞腐れてそっぽを向いた。

提督は微笑ましく思い、頬を緩める。

 「時に天津風、作戦が終わったばかりで悪いが、また移動しなければならない。まあ君と俺だけだが」

 「何よ、改まって」

ゆっくりしているのに面倒臭いとい思ったが、少し嬉しくもなった。

自分だけに特別な仕事があるということは、自分が認められているという事だからだ。

 「で、いつなの」

 「明日の夜、ここを発つ」

 「随分と早いのね」

『天津風』は少し焦ったような顔で聞き返した。

 「今回の献身隊の案件だ」

 「ああ、あれね・・・」

つい前のことだ、はっきり思い出せる、『天津風』は表情を曇らせた。

 「辛い思いをさせてしまったな、君が何を見たかは赤城から聞いたよ。君にはまだ早い経験だったろう」

 「いずれあの情景を経験したと言いたいの」

『天津風』は不安そうな眼差しを向ける。

 「敵が倒れるなら、こちらも倒れる可能性は十分にある。むしろそのような光景に出くわしても、最優先のことは忘れない強い意志が必要だ。それには君はまだ経験が浅いから仕方ない所もある」

 「神通も、同じことを言っていたわ」

提督は立ち上がって、『天津風』のいるほうへ歩いた。

 「そうだろうな。何より、感情を一番隠しているのは彼女自信なんだ、自分より上手い戦い方を見つけてほしいんだよ」

 「・・・どういうこと?」

『天津風』は纏めたメモと書類を提督に渡し、同時に提督に疑問を投げかけた。

 「彼女自身、目の前で味方のみならず仲間を失っている。それを乗り越えるために彼女は感情をできるだけ押し殺している。不器用な解決法だが彼女はそれしか知りえなかった。だから君にはもっと上手い解決法を見つけてほしいんだよ」

その答えに『天津風』はまた視線を落とす。

確かに、『神通』は何かあるたびに必ず自分を気に掛けるような素振りをしてみせる、表面に出さないかわりに感情を行動で示してみせる。

 「どちらにせよ、俺はそのままの君で構わないがね」

提督はお礼を込めて『天津風』の頭を撫でる、だが、その行動と言葉にはそれ以上の重さを感じて、その手にどこか悲しさを覚えた。

構わず『天津風』は椅子から立ち上がり、出口に向った。

 「・・・じゃあ私、下の階に戻るわ」

 「ちょいまち」

提督が呼び止めた。

 「明日の本土便で、ついて来てくれるってことでいいな?」

 「面倒臭いわね・・・」

渋る表情を提督に向けえる。

 「ここに留まっても構わないよ、俺の仕事が少し増えるだけだ。それに明後日からまた神通さんが何かしら訓練を始めるらしいし」

 「げ」

『天津風』は眉間に皺を寄せた。

 「なら、決まりだな」

提督は笑って、出て行く『天津風』を見届けた。

 




注釈。
『ギールヴィンク湾泊地施設』
ギールヴィンクは海軍の統合施設で、一通りの事を軍施設内で行える。
司令部は市街地中心に、出撃用などの艦娘関連施設はまとめて港に整備されている。
かつては南方艦隊の重要拠点だったが、今は掃海艇や駆潜艇が数隻所属するのみである。
そのかわり、港湾の入り口や湾の外輪には、高角砲群や迎撃用のトーチカ、フラックタワー、弾薬庫が完備されている。
その他、海軍陸戦隊や陸軍の独立大隊が駐留している。
市街地も軍により整備されており、ここ数年で情報集約都市として安定しつつある。

ここまでのご拝読ありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします!!

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