天(そら)別つ風   作:Ventisca

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今回ようやく合流します。
第三戦隊と三航戦の編成はミッドウェー海戦前の史実の編成を元にしているつもりです。

≪小ネタ?≫
LACはLight aircraft carrier(軽空母)の略なのですが、正式に軽空母という括りはないと聞きます、それに略称は主に米国で用いられていたため、軽空母という艦種より護衛空母(Escort aircraft carrier)のEACのほうが正式でしょうか・・・


第壱拾章 Rendezvous(会合)

 不意に、『時津風』が優しく肩を叩き『天津風』を起こした。

時刻はまだ深夜、雲隠れする月が斑に海上を照らしている。

夜間になると一路艦隊は『彩』島を素通りし、島より北西200キロの『荒金岩礁』を呼ばれる岩礁へ向った。

引き潮になれば2メートルほど頭を出す岩礁で、引き潮の間の三時間だけ仮眠と軽食を摂ることになっていた。

一個水雷戦隊が必ず監視の当直を担当し、一時間で交代し二水戦は最初に当直したため一番最初に非番になったが、結局腰を下ろせたのは十二時過ぎだった。

起こされてからすぐに、『天津風』は自分の装備を整え再び背負った。

次に周りの状況を確認した。

灯りは一切無いが、闇に慣れた目がかなり遠くで話をしている旗艦達を捕らえた。

 「どうしたの」

『天津風』は水筒の水を飲んだ。

『時津風』は旗艦達の方を示す。

 「艦隊が見つかったらしいよ、これから移動するかもしれない」

腕時計を確認すると、時刻は午前一時過ぎ、なぜか眠気は無い。

珍しく『神通』が仮眠を摂っていると思いきや、『神通』は岩礁に腰掛けて六文儀で自分達のいる座標を算出しようとしているだけだった。

大分味方の艦隊との交信ができているのか、互いの座標を確認し合う段階にあるらしい、思ったより良い兆候が窺える。

 「“極西乙方面司令部所属艦隊と極西甲方面司令部所属艦隊はすでにRendezvous(会合)を終えてヒ号船団との最後の補給を終えている、依然として距離はあるがタイミングを合わせてばRendezvousせずとも敵艦隊に対する同時攻撃が期待できる。よって我が艦隊は友軍艦隊と同調して敵艦隊が潜む海域に突入する。現時点での艦隊行動予定は以上である”」

休憩が続行されることにとりあえず安心した、次に艦隊のこれからの行動方針に安心した。

 「移動しないんだって、ごめんね起こしちゃって。でも安心したよ」

『時津風』が振り返って言った、残念そうではなく少し嬉しそうである。

 「やっぱり私達だけで戦うことが不安だったの?」

『天津風』は岩礁へ腰掛ける。

 「勝てない戦は無しがいいしね」

すぐ横に『時津風』も腰掛けた。

ようやく雲間から月が顔を出し、当たり一帯の様子が確認できた。

『赤城』『加賀』は依然として友軍艦隊と連絡を取っている、岩礁は今が一番大きく海上に顔を出しているのか25メートル四方ほどが海上にある。

一帯静かで、外洋とは思えないほど波も低い、嵐の前の静けさというやつだろう。

200キロ遠方はもう戦闘海域である、数十キロ動けば運悪く敵の機動部隊に見つかる距離なのだが、夜間というのもあるが双方動けない。

現状艦隊の眼は電探だが、夜戦で目視以外の射撃はあまり好まれない、まだそこまでの信頼性がない小型電探では、目視射撃より無駄弾が増えてしまう。

対空戦闘でも弾薬を消費するため、無闇に戦うのは得策ではないし総旗艦『赤城』が許さないだろう。

これからの艦隊決戦に備えて『天津風』が持参する砲弾は予備弾倉六個を含め二千発、内対空用の三式弾が四百発、魚雷はすでに無い。

重巡洋艦はもっと持参弾薬が限られ、航空母艦は爆弾と魚雷、対空用の弾薬はさらに限られる。

こうした時間さえも、人間としての自分達が少しずつ弱体化してしまう、それは直接戦闘における自身の性能に関わってしまう。

戦場で何もしないのがある意味戦況を悪化させるのもあるが、なんといっても短期決戦で蹴りをつけるのが目的だから細々な戦闘などもってのほかだ。

『天津風』自身、こうした時間は嫌いだ、余計な事まで考えてしまう。

本土にいたときは、前線では週に一人はどこかの泊地で沈没艦が出ていると聞いた。

前線に出た以上、自分もそのリスクを負う、いつ自分がその一人になるとも限らない。

 「“全艦、移動準備”」

突然の無線に少し驚いた、『天津風』はすぐに立ち上がり装備を整える。

『加賀』は説明無しに突然艦隊の移動を命令した、全員それ相応の理由があると考え何も言わず準備をし始める、当直もすぐに帰ってくる。

 「“友軍艦隊とは依然距離がありますが、直ちに移動します”」

次に『赤城』が無線から指示を下した。

二人もすぐに移動を始め、岩礁を迂回して西方に移動した。

 「加賀さん、いったいどうしたんですか?」

『赤城』は質問した。

 「少し・・・・・・嫌な予感がします」

『加賀』はずっと先を見据えたまま『赤城』のほうを見なかった。

根拠の無いことは『加賀』自身嫌いだが、一刻も早くここを離れたい様子を察して『赤城』もその感に従った、経験上感もなかなか馬鹿にできないことを知っているからだ。

 「“全員点呼完了”」

三分とせず『神通』が全員を確認し、移動の準備が整った。

 「夜が明けるまで、順次回避行動をし、西に20ノットで移動します」

『赤城』が口早に指示を下し、一斉に移動が再開される。

同じく『天津風』も背後の暗がりに後ろ髪引かれるものがあった、だがその場から離れなければいけないのは確かだった。

夜明けまであと五時間、この不安な緊張状態があと五時間続くと考えると先が思いやられる。

追い風のせいでほぼ無風に感じ、ただでさえ嫌な長時間航海がもっと不快になってしまっている。

張り詰めた空気の中、『加賀』は『烈風』の矢をずっと番えたままである。

真正面を見ているが、神経を張り詰めているのは後方で、その嫌な予感の現況がなんなのかと警戒していた。

 ジグザグ航行の中、側面から仄かに太陽の輝きが感じられるようになっていた。

星の瞬きはまもなく消え、戦火の煌きが姿を見せるだろう、ついに戦いの夜明けだ来た。

五時間ずっと移動し続けた結果、結局100キロほどジグザグに西にゆっくり移動していた、だが以前として敵機動部隊の索敵範囲内からは脱していない距離だ。

襲撃を受けるなら今、夜が明け緊張が自然と解ける今が、人として私達が一番油断するタイミングである。

 「皆さん、気を緩めないで。まもなく友軍艦隊と接触できます、友軍艦隊はすでに100キロ先に近づいてきていますから」

以前として『赤城』は警戒を促す。

 「“神通より、電探に感あり。前方より小規模の編隊が接近しています。敵味方識別信号を確認、二航戦のものです”」

 「よかったわ・・・・・・」

『天津風』はようやく胸を撫で下ろす。

自然と先程より密集陣形になっていたため、あちこちから安堵の溜息が聞こえる。

そして夜が明ける、眩い日光に焼かれて、彼女等の儀装は燻銀に染め上げられた、まだ雲は多いが艦載機の発艦は可能だろう。

 「赤城さん、偵察隊の発艦を」

『加賀』は矢を『彩雲』に番え直し、すぐさま発艦させた、すぐに偵察隊が二航戦の航空隊と合流し、直接的な対話が採れるようになる。

『彩雲』は日光が機体を彩り、虹のプリズムを発している、『赤城』は見上げ自分も偵察隊の発艦を準備した。

そして第一陣の偵察隊の『彩雲』からモールス信号が届く。

 「敵機直上、急降下ッ!!!!」

『加賀』は渾身の声で叫んだ。

真上を見上げる事もなく、全員一斉に発動機を吹かし、ほぼ真横に転舵した。

艦隊は陣形を崩す事無く真横に回避行動を開始する。

 「朝っぱらから何なのよ・・・!」

200メートルほど回避し『天津風』はようやく上空を見上げる。

まだよく姿は見えないが上空2000メートルほどのところに飛行物体を確認できた。

 「対空戦闘用意!!。全員、撃ちー方用意!!」

35ノットまで加速すると『神通』は真上を見上げ、雲間に怪しく影を落す物体を確認した。

まもなく急降下爆撃機の甲高い空気を切り裂く音が聞こえてきた。

二十四機六個小隊の敵急降下爆撃機の姿がはっきり確認できた、だがそれはもはや航空機の類ではない面影である。

丸く白い、生物状の飛行物体で、地獄からの使者よろしく、こちらを食い潰さんと喰らいついてくる。

『天津風』は照準をつけるために敵機を凝視した、だが背筋が凍るような恐怖に駆られ、眼の焦点が合わない。

次の瞬間爆弾が空気を切り裂き、何百メートルも横に着弾し水柱を立てた。

 「撃ち方始めー!!!!」

『神通』筆頭で対空戦闘が開始された。

直上に敵機がいる状態では攻撃せず、回避に徹し、爆弾を投下しフリーになった敵機に一斉に弾幕を浴びせる。

『赤城』が『烈風』を二個小隊発艦させ、上空の敵の掃討を開始させた。

第一波が過ぎ去り、一度の平穏が訪れた。

 「損害報告」

『赤城』はあたり一帯を見渡し、未だ炸薬の匂い漂う中、平然とたもつように心がけた、旗艦が慌てては元も子もない。

 「“全員損害皆無、大丈夫です”」

 「フラッグより全艦へ、これより転進、敵機動部隊との戦闘状態に移行します」

上空には、ようやく二航戦の航空隊十個小隊が現れた、精鋭の中の精鋭、江草隊と友永隊の塗装が施された機体が出番を待ち侘びていたかのようにエンジン音を轟かせる。

二航戦の戦闘機隊も爆撃機を上空から一掃した。

彼女等の戦闘機隊の前には、数十機の敵機など数に入らない。

敵の掃討を確認すると、『赤城』と『加賀』も攻撃機隊を発艦させる、捕捉された以上やることはただ一つだ。

 「攻撃隊、希望の光を眩かせ敵に絶望の残像を与えよ。流星改、彗星一二型甲、発艦せよ」

瞬く間に『加賀』は四十機十個小隊の攻撃隊を発艦させ、『赤城』は攻撃隊護衛の戦闘機隊を四個小隊追加した。

計百機近い艦載機、これで艦娘艦隊最強の機動部隊である南雲機動部隊の航空隊が揃った。

 「攻撃隊、報復攻撃を開始せよ」

一斉にエンジンを吹かし、雲の上へと翻った、すぐに見えなくなりあとは各機に任せるだけだ。

 「全艦戦隊で単縦陣を形成、戦闘準備。中速で二航戦とRendezvous(会合)する」

針路を真後ろへ向け、『彩』島への針路を執る。

水雷戦隊二個が一航戦を挟むように三列で侵攻する隊形になる、重巡洋艦娘四隻の第六戦隊が筆頭して、砲雷撃戦に備える。

 「“こちら第二航空戦隊旗艦飛龍です、そちらに直援機を回しました、まもなく見えるでしょう”」

音声交信可能範囲まで接近してきた二航戦が通信を遣した。

 「待ち侘びたわ」

『赤城』が無線に答えた。

そのとき丁度、背後から『烈風』の編隊が現れる。

第百五十一海軍航空隊所属のカラーリングが施された機体は、綺麗な傘型隊形で上空を跋扈している。

 「やはり、捕捉されていましたね」

同時に『加賀』は肩を落として、自分の感が当たったことを恨む。

何に捕捉されたかは粗方見当はつくが、それを推測するのは今ではない。

 「あまり時間がもちませんでしたから、献身隊が気がかりです」

囮前提での作戦の場合、現状では時間が少ない傾向である、囮がその機能を果たしていないか無視されているか。

課題は尽きないが、もう戦力に不満は無い。

上空を、二航戦直援機に充てられた『蒼龍』艦載機隊の青いラインのカラーリングがされた『烈風』が停滞してくれている。

まもなく第二航空戦隊が姿を見せる。

ツインテールとショートヘアに揃の鉢巻姿で現れた彼女等は、一航戦の次もしくは同等の戦力になり得る隊である。

緑と橙の色違いの着物に身を包んだ二人は、同じ利き手に弓懸をつけて自分の身長ほどの長い和弓を持ち、気さくな笑みを零しているがこれでも龍の角を成す力を持つ。

第五水雷戦隊に護衛され、ようやく合流を果たした。

 「第三戦隊はすでに三航戦とともに作戦突入航路に向いました」

『飛龍』は愛想良く一航戦の二人に先に合流していた第三戦隊の所在を伝える。

一方『蒼龍』は挨拶も早々に各艦載機に忙しく指示を出していた。

 「では、参りましょう」

戦力は以前の二倍になり、これでやっと同等に渡り合えるかどうかだが、思ったよりも早く発見された事が気がかりだ。

『赤城』としては合流後に発見されるリスクが高くなるためそのころぐらいだろうと思っていたが、敵が想定より分散して配置されているのだろうか索敵範囲が思ったより広大に及んでいるらしい。

 「フラッグより全艦へ。針路66へ転舵し戦闘海域に突入する。各艦任意砲撃許可」

そろそろ攻撃隊が、こちらを攻撃した部隊と接触するころだろう、あの規模で本隊からの攻撃をは考えにくい、こちらも早く行動に移さなければならない。

夜は完全に明け切り、空は群青に戻った、朝となった以上もうこっちのものだ、先に捕捉して広範囲に展開している空母部隊を各個撃破して徐々に相手の攻撃力を潰していく。

 「“全無線通話可能、兵装問題なし。全員行けます”」

先頭の『神通』が戦闘開始前の最後の報告を遣した。

 「全艦前進、いよいよ本番よ」

百八十度回頭し、艦隊はいよいよ敵機動部隊の懐へ切り込む、狙うは敵旗艦の空母棲鬼のみである。

 「先遣隊の偵察機が展開中の空母部隊を発見」

『加賀』が自分の艦載機からの一報を報告した。

 「先に潰しておきましょう。先遣隊、攻撃開始」

五分で敵の空母を発見できたが、どのような間隔で敵の部隊が配置されているかは知る由も無い、しかしこちらは攻撃するのみで、守るほうは海上では自然と不利になる。

20キロ先の敵空母部隊に攻撃隊が食いついている間に、こちらもできるだけ接近して射程に収めなければならない。

 「“敵部隊確認。AC1、LAC(軽空母)2、BB1、DD2”」

偵察機からさらに詳細な情報が届く。

 「戦艦!?、外輪の空母部隊に戦艦が配置されてるの?」

『天津風』は耳を疑わざるをえなかった。

 「第二次攻撃隊、発艦」

『加賀』と『赤城』がさらに四個小隊ずつ攻撃機を発艦させた、どうやら手加減をしている暇はない。

 「“敵は想像以上に強力です。手加減無し、貴女達の実力を発揮しなさい”」

『神通』が部隊全体の士気を高める、すでに敵はこちらの小型電探でも捕捉できる距離だ。

 「“我等は華の二水戦、見敵必殺(Search & Destroy)、目に付く敵は片端から海の藻屑にしなさい”」

 「了解・・・!」

まもなく目視範囲に入る、役割がそろそろ回ってくる。

第一波の先遣隊攻撃機はすでに上空を周回し、着艦を待っている。

 「第二次攻撃隊、突入」

雷撃機の『流星改』が低空で雷撃姿勢に入るのが確認できる、『加賀』艦載機隊は戦艦に攻撃を集中させているらしく、鳥葬の如く一箇所に艦載機が集まっている。

距離約10キロ、優に射程に入っているが水柱と爆煙が酷く標的を照準に収められない。

 「“戦艦は片付けました、突撃してください”」

『加賀』艦載機隊は三分と経たずに戦艦を無力化したようだ、最低限の脅威を排除したところで突撃の命令が下った。

 「“こちら神通、了解。二水戦、これより突撃します”」

 「怖気づかないでよ?時津風」

『天津風』は『時津風』にわざと嗾ける。

 「そっちこそ」

どちらも互いの顔こそ見なかったが、きっと得意げに微笑んでいるだろう。

ここまで来るともはや、恐怖など気にならなかった。

弾倉は一杯、士気も十分、そのうえこちらは航空機の先制攻撃もあった。

 「第十六駆逐隊、突撃よ!!」




節目なんです10章ですが、物語に何等大きな進展がないのをお詫び申し上げます。
本当はもっとおもしろい(はず)なんですが・・・
文章中の名前は出来るだけ『』で括ってますか、しょうしょう野暮ったくなってないか心配です。

引き続きお気に入り登録ありがとうございます。
感想評価どしどしおねがいします。


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