ルイズがチ◯コを召喚しました   作:ななななな

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始まりの一手
第一話


極論の極論で言えば、魔法を使えなくてもよかった。世界が己を認めてさえくれれば、それでよかった。

 

 

 ただこの世界において、魔法が使えない貴族という存在にどれだけの価値があるのだろうか。

 その問いに、生まれてこの方一度も魔法行使が出来ない貴族、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはこう応える。

 貴族の価値は魔法に非ず、その誇りの行使にこそある、と。

 貴族とは社会の奉仕者であり、手に持つ権力を正義の為に使うことこそが、真の役割であり真の価値なのだ。魔法とは、貴族が持つ権力の一端にしか過ぎない。

 だけど。

 ルイズはそれが綺麗ごとで、あるいは負け犬の遠吠えにしか過ぎぬと、勿論理解していた。

 分かっている。分かっていた。口でどれだけ誇りを語ろうとも、力なくして意思は立たない。そしてルイズは魔法という力がなく、更に言えば力なき貴族なぞ平民と何も変わらない。

 

 この世界において、魔法が使えない貴族という存在にどれだけの価値があるのだろうか。

 二度目の問いに、生まれてこの方一度も魔法行使が出来ない貴族、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはこう考えざるを得ない。心の奥で。ひっそりと潜む、彼女の闇。

 

 価値なんてない。ゼロだ。

 

 ルイズが真なる貴族として認められる為には、家柄だとか誇りだとか、そんなものより先ず魔法が必要で。そしてそれは、彼女自身、痛いほどに理解していて、そして切望していた。

 

 通称、『ゼロのルイズ』は魔法が使えない。純然たる残酷な事実で、彼女は魔法が使えない。

 

 ルイズが出来ることと言えば、どこに飛ぶかも分からない失敗魔法――爆発だけ。

 呪文の詠唱は完璧だった。精神力も十全だった。努力もしたし、それこそ死に物狂いで修練に修練を重ねた。

 それでも駄目だった。系統魔法どころかコモン・マジックでさえも使えない。

 けれども幼いルイズは、いつか、いつか自分も、優秀な父母や姉達の様に魔法が使えるようになるのだと、立派なメイジになるのだと、そう信じて疑っていなかった。

 しかし、時が経つにつれ、魔法学院に留学し、それでも魔法が使えず、皆に馬鹿にされ、悔しさをバネに一層勉学に励み、それでも――

 絶望の鎌が、ルイズの首元にひたりと冷たき『最悪』を突きつけていた。

 自分は、このまま、一生、魔法が使えず、無価値なゼロのルイズで、あるしか、ない。

 そんな最悪の可能性が、幾たびもルイズを苛ませていた。

 

 

 ルイズは、今日、この日、この時に、己の全てと運命を懸けていた。

 使い魔召喚の儀式、二年生への進級試験。

 メイジとしての一生の相棒を召喚するその神聖なる儀式は、しかし魔法難易度的にはそう高くなく、試験というのも殆ど建前にしか過ぎない。

 召喚魔法サモン・サーヴァント。及び契約魔法コントラクト・サーヴァント。出来るか出来ないかの次元で言えば、それらはどんなメイジでも出来る魔法なのだ。

 

 では、ルイズはどうなのだろうか?

 誰でも出来る魔法と、誰でも出来る魔法が使えない少女。

 矛盾めいた螺旋の行く先に、果たして何が待ち受けているのだろうか。

 この魔法が――召喚が成功しなければ、進級試験は赤点、ルイズは留年だ。そうなれば、この学院に要る必要性を実家は認めず、ルイズは退学ということになるだろう。

 つまりそれは、メイジ失格の烙印を確実に押されてしまうということにもなる。だから何としても、彼女は使い魔を召喚し、契約しなければならないのだ。

 どんな生物でも、どんなものでも、だ。強大で珍しい幻獣だとか、そこまでは高望みしない。この際、己が大嫌いなカエルなどでも構わない。

 だから、神様、どうか、どうか、私をメイジとして、貴族として成らせてください。ちっぽけでも、弱くても、情けなくても、貴族として。どうか、どうか。

 

 始祖ブリミルへの懇願をも持ち出した悲哀灯る杖の一振り、それに応えるのは――

 

 

 

 

 今日何度目になるか分からない爆発が広場に響き、余波の爆風が盛大に唸りを上げた。

 使い魔召喚儀式の監督官を努める学院教師コルベールは、ここまでか、と顔を強張らせ苦虫を噛み締めた。

 本日最大級の『失敗魔法』と思われる爆発は、目の前にいた勤勉家の劣等生、ルイズの姿を覆い隠すほど大きなものだった。

 もう、この儀式で残されたのはルイズただ一人。そんな彼女は今日何度も爆発を繰り返すばかりで、一向に成功の兆しは見えない。

 最後の最後、もう時間が押し迫っている中での泣きの一回、それでさえも、この有様だ。

 

 コルベールの後方、既に召喚を終えた生徒たちが、ルイズを嘲笑うような言葉を容赦なく投げかけている。

 ゼロのルイズ、もう諦めろ、迷惑なんだよ、使い魔さえ喚べないのか、お前に魔法は使えない――

 

 心なきその言葉に、コルベールは何度も彼らを諌めたがまるで効果はなかった。

 一つの社会の縮図だからだ。貴族は、メイジは絶対的な存在。そして貴族たるには魔法が不可欠。そして家柄だけは強大なヴァリエールのルイズは、ゼロ。

 力なき権力者にはそれ相応の罵りを。未だ幼き彼らにとって、それは当然の権利だった。

 

 コルベールはルイズの努力を知っていた。どれほど杖を振り、どれほど歯を食い縛ったか。

 けれども結果は伴わず、ルイズに対する非難は増長するばかり。

 結局のところ、ルイズがそれらの誹謗を跳ね返す為には何らかの結果を出すしか方法がなく、そして言わずもがな、結果が出ない。

 

 ――爆風が消え去り、コルベールは呆然と座り込むルイズを見て、居た堪れない気持ちになった。

 やはり、駄目だったのか。コルベールは首をゆっくりと振って、虚空を見つめるばかりのルイズに近寄る。

 その彼女は、ぽかんと呆けた顔をしていた。近づくコルベールにも、後ろでここぞと言わんばかりに中傷する他生徒達にも反応を示さない。

 コルベールは顔を顰める。魔法の失敗と言うあまりにも残酷な絶望は、思考すら放棄させてしまったのだろうか。

 いつもの強気で果敢な彼女はどこにやら、今のルイズはただ空虚でしかなかった。

 

「ミス・ヴァリエール。また、また明日やろう。今日のところは、ゆっくり休みなさい」コルベールが少女の小さい肩に手をおき、殊更優しくそう言った。

 

 けれどルイズは無言で無反応だ。「ミス・ヴァリエール」彼が再び声をかけたところで、ルイズは錆付いた人形のごとく、ぎぎぎとゆっくり、顔を教師の方に向けた。

 

「あ、先生……私」

「良い。良いんだ。私の方から、儀式再試行の申請をしておく。だから、今日は」

 

 ルイズは何も応えず顔を俯かせた。コルベールは彼女に具合が悪ければ医務室に行きなさいと声を掛けて、そして振り返り、未だ囃し立てる生徒に向け教室へ戻るように指示を出した。

 茫然自失。そんな状態の少女を放って置くことにコルベールは罪悪感を覚えたが、けれど彼はルイズだけの教師ではない。特別扱いは出来ないのだ。

 彼が出来ることと言えば、少しでもルイズを罵詈雑言から遠ざけることと、昇級試験の先送りだけ。何も解決は出来やしない。

 

 フライの魔法を使い、学院の塔へと戻る最中、コルベールは振り向いて上空から広場を見た。

 件のルイズは未だ座り込み白痴の如く天空を見つめていて、彼の心中に明るくない感情が光った。

 

 

 ――ある意味では、コルベールがそれに気付かなかったのは仕方が無いことと言えよう。

 暗闇に置いてきぼりにされたような少女の顔を見てしまえば、それを注視してしまうのも致し方ない。

 第三者で気付き得るのはルイズに近づいたコルベールだけだった。けれども彼は、少女の空白の絶望しか見えていない。

 だから、仕方ない。だから、どうしようもない。

 未だ呆然としている少女の左手甲に、淡いルーンの輝きがあることに気付かなくても。  

 

 

 

 

 

 

 ルイズはその後、まるで幽鬼のように儚く立ち上がり、まるで夢遊病患者のようにふらふらとしたと足取りで、己の自室へと戻っていく。

 部屋に着いた彼女はベッドの上に腰掛け、ひたすらにぼけっと、口を半開きにして何もせずただ佇んでいた。

 世界が夕焼けに染まり、夕食の時間になり、地平線が闇に沈んでもなお、ルイズはずっと部屋で虚空を見つめていた。

 

 そこではっと、ルイズは我に返った。何かしらの切欠があったわけでもなく、ただ時間の経過が彼女の再起動を促したのだ。

 ルイズは今までの流れを反芻する。今日何があったか。今日何が起こったか。記憶を辿り、それを脳で読み込む。

 祈り。詠唱。失敗。爆発。詠唱。失敗。爆発。詠唱。失敗。爆発。懇願。詠唱。詠唱。詠唱。大爆発。――成功。  

 

 

 記憶が『触れてはいけない領域』に立ち入った瞬間、ルイズは泣いた。

 

 

 そりゃもうわんわん泣いた。かつてない程にないた。今まで彼女が枕を濡らしたことは幾度もあったが、これほどの号泣はなかった。それは最早怒号にすら近いものだった。

 あまりにも盛大で絶望的な泣きっぷりに、隣部屋のライバル的な少女がらしくなく、どうしようどうしよう慰めたほうがいいのかしら、とうろたえるほど、その悲しみはアルビオン浮遊大陸よりも遙かに高く天を衝いていて、空輝く双月を貫く勢いだった。

 結局その隣人は、朝になったらせめて優しい言葉をかけて上げよう、そう決意して、この場は触れないことにした。賢明な判断だった。

 

 さて。

 

 

 ――ルイズを馬鹿にし、囃し立てた生徒達は、いつものように彼女の魔法が失敗したと思っていた。それは間違いだった。

 ――ルイズの呆けた顔を見て、コルベールは召喚が失敗した故の絶望と判断した。それは間違いだった。

 ――ルイズの大号泣を聞いて、隣人の少女は、それはルイズがもう学校に居られなくなるからだと考えた。それすらも間違いだった。

 

 全部全部見当違いの的外れだ。今現在のルイズの状況・心境は、誰一人として解していなかった。いや、知られたくもないけれど。

 

 結果だけ語れば、ルイズの魔法は成功していた。

 

 召喚に成功し、契約にも成功していた――成功して、しまっていたのだ。成功した。成功したのだ。ゼロの自分が、魔法の行使に。おめでとう。ありがとう。達成感? ある訳ねぇだろ殺すぞ。

 泣き喚き疲れ果てた彼女の脳みそは、普段なら思いもしない下品な悪態すら吐いてしまう。成功? 性交の間違いだろクソが。

 ふと頭に浮かんだはしたない言葉遊びに、ルイズはぶんぶんと頭を振るう。落涙は一旦止まり、鳶色に輝いている筈の瞳は赤く充血していて、そしてどこか淀んでいた。

 ついでにちょっとえずいた。うおえ、おえええ、うぉ、おえええ。

 とても貴族の子女らしくないエグイ声色だったが、彼女に齎された全ての運命を聞けば、誰もルイズを責めることは出来ないだろう。

 

 胃からこみ上げる酸っぱいものを全力で飲む込んで、ルイズは、ルイズは――運命と向き合うことに決めた。

 貴族に背を向けることは許されていないのだ。それが例え、絶対的で最悪な定めが相手だとしても。

 

 それは彼女の誇りから来る高潔な覚悟でもあれば、どうとでもなれというヤケッぱちなものでもあった。正直こんな状況で誇り高くあるには、少し無理がある。

 ルイズは目を瞑った。瞼の奥に、どす黒いあの光景があった。

 思い出す。あの瞬間。何があったのかを、ルイズは思い出す。

 

 全精神力を注ぎ込んだ最後の召喚魔法、いつもどおり爆発の結果を生んだそれは、しかしいつもとは違う出応えをルイズは感じていた。

 ――来た! 爆風巻上げる最中、本能のみの確証を得たルイズは、召喚したであろう使い魔の姿を見るよりも早く、契約魔法コントラクト・サーヴァントの詠唱を始めていた。

 逃げられたくなかったからだ。これが千載一遇の機会。もし万が一、召喚したものに逃げられてしまったら、恐らく次はないだろう。

 そういった強迫観念に後押しされ、ルイズはまともに見ることもせず、現れたナニ――『何か』に口付けをした。それが契約方法だからだ。

 

 

「うぉえ、うおえええ、うぉえ、うごごごごごご」

 

 そこまで思い出して、またルイズはえずいた。ああ、自分はなんてことをしてしまったのだろうか。

 ちなみに、この事件は彼女の一生の教訓にさえなった。何時如何なる場合でも、よくよく事態を見極めてから行動するべし。至言である。  

 

 契約の瞬間、ルイズは全てを理解した。あの広場での呆然は、自分に起こってしまったナニか、もとい何かに、己の精神がその圧倒的にクソみてぇな情報を受け入れきれなかったからだ。

 今になって思えば、なぜあんな瞬刻でコトが分かってしまったのが彼女は疑問だったが、それを問うならばもっと根本的な問題が先立つ。

 なんでよ、とルイズは叫びたかった。もしこの世の理全てが偉大なる始祖ブリミルの手の内にあり、そして全てが筋書き通りのものであるとしたならば。

 そこそこ敬虔な信徒でもあり、恨み言はあれど、魔法が使えないことに神に憎しみをぶつけるまではしなかったルイズは、多分薄笑いしながら神を殺しに行くだろう。口笛も吹くかもしれない。

 

 つい、とふかふかのベッドに付けている己の左手を見る。白魚の如く美しくしなやか指――には目が行かない。ルイズが見るは、その甲の部分。

 そこに記されているのはルーン文字。使い魔の証のルーン文字だ。憎しみで人が殺せたら十人ぐらいは手足が吹き飛んでいるであろう憎悪の瞳で、ルイズはそれを睨み付ける。

 口から出る重く暗い溜息。なぜ、こうなってしまったのか。本来なら召喚された生物に宿る筈のルーンが、なぜ己に。

 ルイズはその訳でさえも理解できていた。そりゃ、そうなるわよね。そうなってそうなってそうなるなら、そりゃこうなるわよね!

 固有名詞はなるだけ使いたくないルイズは、心の中でとてもふわふわした文句を連発していた。

 そもそも。

 全てがルイズが召喚したナニ、何かに原因があった。その所為でルイズは呆然として、その所為で号泣し、その所為でルーンが己に刻まれて、その所為でえずいたのだ。

 

「ぉえ、うんっ、んんっ! んんん! ま、負けない……!」

 

 えずきも唾液も過酷な運命でさえも、ルイズは気合と根性により押さえ込んだ。涙が眦からじわりと出るが、瞳にはただ決意が滲んでいる。    

 逃げない。逃げるわけにはいかないのだ。メイジとして、貴族として、ヴァリエールの三女として、ルイズは逃げる訳にはいかなった。

 ルイズは改めて覚悟を決める為に、決断的に立ち上がった。

 ばっと立ち上がり――ばっとスカートをたくし上げ、ずばっと履いているショーツを下ろした。

 

 逃げる訳にはいかない、と自分でも何と戦ってるんだが分からなくなってもルイズは瞳逸らさず、剥き出し状態の己の下腹部を見た。

 

 

 そこには棒がぶらぶら。玉もぶらぶら。

 

 ルイズ本来の白磁の様な肌ではなく、それらはちょっと黒かった。

 

 やあ!

 

 そう言わんばかりに堂々と垂れ下がっている一物を、ルイズは憎しみで人が殺せたら百人ぐらいは臓物を撒き散らしているであろう憎悪の瞳で睨み付けた。その瞳は哀しみも湛えていた。

 

 

 どう見てもチンコです。本当にありがとうございました。

 

「ふぇ」

 

 

 ルイズは綺麗に膝から崩れ落ちた。全てが感覚で分かっていたとは言え、生で見る衝撃はとても彼女が耐えれるものではなかった。

 そう、全て分かっていた。分からざるを得なかった。男性器を召喚して、それと契約して、だからこうなった。だからルーンも己にある。だって、ほら、もう私の体だから。私の使い魔はもはや私のチンコだから。どうだ参ったか。私は参ってます。たすけて。

 使い魔と主は一心同体とはよく言ったものである。まさしく自分はメイジの体現者ではないだろうか、現時逃避じみた思考で、ルイズは儚く笑った。

 そこでルイズはあることに思い至った。弾けた様に、焦り顔で、座り込んだことでまたスカートで覆われた下腹部をまさぐる。そこにある男性器。と言うことは。

 何かぷにょんとした感覚は無視して、ルイズはその下に触れた。

 

「あった……」 

 

 あった。

 竿的なナニかも玉的なナニかもあれば、その下に――慣れ親しんだ――穴的なナニかもあった。よかった。よくない。

 安堵は確かにある。どういう訳か男性器が己にくっ付いてしまった状態で、十六年一緒だった女性器がそのままな安心感は、間違いなくあった。ルイズがヴァリエールの三女から長男に配置転換されることはないのである。やったね。

 何もやってねぇよぶっ殺すぞ。殺伐とした思考がルイズの脳髄に響く。そもそも論だ。そもそもなんで私がチンコ生やさなければならないのだ。

 

 ああ……自分は一体どういう生き物になってしまったんだろうか。男性器もある女性器もある。おまけに自分が主で自分が使い魔。全部一人で事足りてしまう!

 

「私が何をしたっていうのよぉ……」

 

 

 ルイズは己の運命の過酷さに、またさめざめと泣いた。

 

 




ガチなやつ。

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