例えばこんな青春ラブコメ   作:白金屋
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 章分けしますね。
 各章ごとにまったく別のお話になっていますので、ご了承を。


由比ヶ浜結衣篇
事の発端












「ね、ヒッキー、今度の日曜日って空いてる?」

 事の発端というか、そもそもの始まりは、俺が所属している部活動――奉仕部の部員仲間である由比ヶ浜結衣のそんな台詞だった。

「なんだよ、藪から棒に」

 俺が座る椅子の近くまで自分の椅子を引っ張ってきた由比ヶ浜に、羅列された文字列を追っていた視線を彼女のそれと交わらせる。本はいったんしおりを挟んで閉じ、机の上へやった。
 さて、日曜日といえば、我が比企谷家においては誰もが昼過ぎまで寝床から出てこない伝統的な休日だ。そんな素晴らしい日がどうしたって?

「やー、ちょっと協力してほしいことがあるというか、私事で申し訳ないんだけどというか……」

 たはは、と誤魔化すような笑みを浮かべる由比ヶ浜に、どうせまた面倒な事案なんだろうなぁとため息を一つ。
 まぁ、でも、そんな本当に困ったような目をしていられたら誰だって気になるだろ、うん。

「なんだよ?」

 さっきと同じ言葉を投げると、由比ヶ浜は少しうなだれたふうにして、実に申し訳なさそうに目を伏せながら事の顛末を語った。
 曰く、色恋沙汰の話で父親と言い合いになり、そこで頭に血が昇って自分にも彼氏の一人や二人いると大見得を切ったとか。
 曰く、ではその彼氏とやらを自分の前へ連れて来いと父親がふんぞり返ってのたまったとか。

「ほーん……」

 つまり、あれだ。こう言いたいわけだ、由比ヶ浜は。
 その話の中に出てきた席に、俺が、由比ヶ浜の、彼氏役として出席してくださいやがれと。
 なにそれレベル高い。

「ど、どうかな、ヒッキー……」

 最早俺と視線を合わせられないのだろう由比ヶ浜は、完全にうつむきながら、俺の予想どおりの頼みごとを口にした。
 えぇ、マジ?
 いや、それ自体は嫌じゃない、むしろ男なら一度はやってみたいシチュエーション。だが、イヤだ。
 外で恋人のふりしてデートとかならまだいい。よくはないが百歩二百歩譲る。けどな、なんだ、いきなり先方の親父殿と合間見えるのなんか冗談事じゃねぇよ。

「……お父さん、最近なんかよくつっかかってくるの。だから、その、一杯食わせてやりたいというか……、あとでちゃんと説明はするつもりなんだけど、やっぱり、ダメかな?」

 …………。
 …………。
 …………。
 ……そ、そんな目で見たってな、イヤなものはイヤというかだな……。
 べ、べつに上目遣いにしたって俺の心は揺るがないというかだな……。

「……っ、あぁ、もう……」

 普段はなにかと煩い雪ノ下も俺がなにか言うまで動かないつもりらしいし、断ったら断ったでなんかアレなことになりそうだし、そもそも由比ヶ浜のそういう頼みごとの仕方は卑怯というか、俺含む男共にはこうかばつぐんというか……。

「……わかった、わかったからその目はやめてくれ。俺じゃなかったら勘違いするとこだぞ」
「わっ、ありがと、ヒッキー!」

 子犬のようにおおげさに喜ぶ由比ヶ浜を尻目に、行く末を見守っていた雪ノ下が本を閉じ、ふらっと立ち上がって手を叩く。

「……今日は、このくらいにしておきましょうか」

 どうやら、本日のお勤めはこれで終了となったらしい。
 詳しいことはメールで、と由比ヶ浜と言葉を交わす。

「ゆきのん、かーえろっ!」
「ええ。あの、由比ヶ浜さん、もう少し離れてくれると助かるのだけれど……」
「えーっ、ゆきのん、こうしてるの、嫌い?」
「いえ、あの、嫌いとかではないけれど、その……」
「えへへっ。あ、そうだ、ゆきのん、駅前に新しくできたお菓子屋さん、寄っていこうよ!」
「か、構わないけれど」
「よし、決まりっ。じゃあ、ヒッキー、あとでね!」
「また明日、比企谷くん」

 そんなこんなで、ゆるゆりの片割れこと由比ヶ浜結衣の彼氏役をやることになってしまったわけだ。
 こりゃもうあれだ。笑うしかねぇやな。へへっ。










 さて、というわけで件の日曜日当日。
 やべぇ、布団から出たくなさすぎる。約束は昼過ぎだし、このまま二度寝でもするか。
 いや、ダメだな。由比ヶ浜が午前中に集合ってわざわざメールしてきたし。
 日曜の午前中なんてだらけるためにあるようなもんなのにな。この時間ばかりは早起きは三文の得なんて言葉も妄言にしか聞こえねぇぜ。

「出かけるか……」

 そうと決まれば惨めったらしく布団に篭るのも性分じゃないので、ちゃっちゃと着替えをすませて居間に降りる。この時間はまだ家族の誰も起きてこないので、勝手に食事をすませ、洗面所で身だしなみを整える。

「あれ、お兄ちゃん、出かけるの……?」

 後ろからかけられた声に振り返ってみれば、そこには寝ぼけ眼をこする我が妹、小町の姿。
 うむ、その寝巻きのはだけ具合は八幡的にポイント高い。うわぁ、変態かよ、俺。

「ああ、ちょっとな」

 顔を逸らしてそう口にしたところ、小町の目が寝起きなのを忘れて爛々と輝きだす。うっわぁ、盛大ににやにやしてくれちゃってるよ、この妹様。

「誰? 誰と出かけるの? 雪乃さんか結衣さん、それともいろはさん?」

 小町とのこういうやりとりって、たまにあるんだけど、すごいめんどくさいと思う。

「由比ヶ浜」
「結衣さん! 小町のお姉ちゃん候補トップ3の一人だよ!」

 やめれ。お兄ちゃんの交友関係にランキングつけるのやめれ。

「じゃあ、じゃあ、小町はしっかりと応援してるので、頑張ってきてね、お兄ちゃん!」
「あ、ああ……」

 自分でした以上に小町に髪やら服やらをいじくりまわされて家を追いだされる。

「いってきます……」

 せめてこれくらい言ってから、外に出たかった。もう遅いけど。










 集合場所は、最近新装したショッピングモールの最寄駅から数分のところのカフェだった。
 由比ヶ浜のことだからと考えていたら予想外にそれっぽい待ち合わせ場所を指定されて、若干戸惑ったのが印象的だった。

「お一人様でしょうか?」

 入店したのは、シックな感じの装飾が落ち着いた印象を与える物静かな喫茶店。出迎えた店員の女性に、やや照れながら待ち合わせだということを伝える。

「由比ヶ浜様のお連れ様でしょうか?」
「そうですが……」
「ご案内します。こちらへどうぞ」

 それなりに広い店の奥に案内され、淡い色合いの店内に目立つ鮮やかな雰囲気の少女の下へ通される。
 俺が礼を告げると、店員は一礼して去っていく。お冷でも取りに行ったのだろう。

「よう、早いな、由比ヶ浜」
「ヒッキー、ちゃんと来てくれたんだ!」

 俺の声に振り返った少女、由比ヶ浜はぱぁっと破顔すると、ささと俺に座るように促し、社交辞令のような挨拶と世間話を始めた。
 注文したカフェオレがカップの半分ほどまでになくなった頃、由比ヶ浜は話題が尽きたかのようにあたふたとし始めて、なにを思ったのか顔を紅潮させて黙りこくった。
 今さら、二人きりの状況に緊張してきたのだろうか。
 これまでにも由比ヶ浜と二人きりなんて状況はかなりあったはずなんだが。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 まぁ、正直に言うと、この状況は俺にとって望ましいものである。
 由比ヶ浜の恋人のふりなんて、望むところだ。つまり、そういうことである。
 いつからか、俺の心の奥底に巣くっているこの感情に気づいたのは、本当につい最近のことだ。
 幾度もすれちがって、そのたびにまた歩み寄った彼女は、いつからか、手放したくないものの一つに数えられるようになった。
 もちろん、由比ヶ浜が俺に特別な感情のようなものを向けているのは薄々感じていたし、これで勝つるとかも正直思った。マジ調子乗ってました。すみません。
 でも、だからこそ、ゆっくりと慎重になっていた。
 もし、間違いだったら。俺の思い違い、勘違いだったら。
 そう思い始めると、怖くてたまらなくなった。
 けれど、まぁ、有り体に言おう。
 ……ヒャッハー、がまんできねぇっ!

「……デート、みたいだな」
「っ……」

 うわぁ、さらに赤くなってる。耳まで真っ赤。なにこれかわいい。

「悪ぃ、気に障ったよな」

 ぶんぶんぶん、ともげるんじゃないかってくらいに首を横に振る由比ヶ浜。紅潮はさらに鮮やかになっていく。
 確信犯ですが、なにか。

「そういえば、今日の服、いつもと感じ違うな」
「……ん、ちょっと、気合入れたの」

 か細い声で必死に答える姿が、どうしようもなく愛おしい。
 今めちゃくちゃ抱きしめたいんですけど。え、ダメですか。いや、ちょっと無理そうかもしれないです。

「……その、似合ってる」
「うぇっ!? あぅ、ぁぅぅ……」

 なにこれ。ちょっとかわいすぎて意味わかんないんだけど。