日曜日だ。
我が家の居間、日の光がなんかちょうどいい感じに差し込むベストな位置に置かれたソファに転がって、ごろごろとごろ寝して、ふぅっと一息。のんべんだらり。
そう、日曜日なのだ。紛うことなき、我が愛しの休日ちゃん。
「素晴らしきかな、日曜日……」
もう日曜日と結婚したいまである。お帰りなさい、ご飯にします、お風呂にします、それとも
そりゃ、もちろん
さて、とは言うものの、いつまでもこうしているわけにもいくまい。
なにせ今日はこのしけた我が家に麗しの雪ノ下嬢が来ることになっているのだ。
「ほら、どきなって、ゴミいちゃん。雪乃さん来るっていうからわざわざ掃除してるのに、邪魔」
「……これ、小町や。お兄ちゃんを粗雑に扱うんじゃありません」
「…………」
「あ、やめて。無言でホコリ叩きではたかないで。わかった、どく、どくから」
「もう、身だしなみくらい整えてきなよ」
「へーい」
忙しなく家中を動き回って片付けを請け負ってくれている妹の小町を尻目に自室へ退散、彼女があらかじめ用意した服に着替える。
妹プロデュースの兄貴(inメンズファッション)って世間体的にどうなのかしらん。
いつもより堅っ苦しいような気がする服装になんぞ不備がないかと見回して、なんとなくやりきった感を覚える。
「あ、着替え終わった? じゃあ、掃除手伝ってよ、お兄ちゃん」
あの、小町さん。せめて、ノックくらいしてほしいなぁ、なんて……。
あ、はい、ちょっと待って、今行くってば。
俺と小町は掃除やら出向かえのためのあれやこれやをすませ、雪ノ下との約束の時間までのちょっとした間を居間で寛いでいた。
「いやー、久々にやったらちょっと止まらなくなっちゃったねー」
簡単にすませる筈だった掃除にやや熱を入れすぎた小町がチロっと舌を見せて、小町反省っ(ウラ声)みたいな顔で頭を掻く。やべぇ、気持ち悪い(俺が)。
まぁ、あるよね。受験生とか、テスト直前に控えてたりすると、なんとなしに始めた掃除とかがついつい本格的なものになるっていう。
「って、小町、勉強大丈夫かよ」
なにを隠そうウチの小町は受験生。それも俺と同じ学校に入りたいからと、割と頑張ってくれているのだ。かわいくて、健気でかわいい。あれ、かわいいって二回言っちゃった。
「んー、大丈夫だよ。ちょっとした息抜きだってば。それに、未来のお義姉ちゃん最有力候補である雪乃さんが来るっていうからには、これくらいやんないとね」
ちょっとからかいを含んだ口調に、対抗するようにこちらが眦を吊り上げると、小町は唐突に真面目くさった表情をして口を開いた。
「あたしね、嬉しいんだよ、お兄ちゃん。総武校に入って、雪乃さんや結衣さんに出会って、ちょっとずつ顔つきが変わっていくの、お兄ちゃんの妹なこの小町がわかんないわけないじゃん」
「…………」
「だから、さ。お兄ちゃんが雪乃さんが来るって教えてくれたとき、なんか、すっごいほっとしたんだよ」
…………。
…………。
……うわ、なにこれ、恥ずかしい。
「あ、お兄ちゃん照れてる。むふふっ、今の小町的にすっごいポイント高かったんだから」
最後に茶目っ気たっぷりにウィンクをバチコーンっ星ミみたいな感じでかました小町は、お茶の用意をしてくると台所のほうへ移動していった。
……あーあ、最後の照れ隠しがなけりゃあ、俺を封殺できるのにな、あいつ。
「でも、まぁ、そんくらいがかわいい、かな……」
俺の妹にしておくには勿体ないくらい……あ、いや、やっぱ今のなしだ、なし。小町には未来永劫に俺の妹であり続けてもらわなければならない。じゃないと、八幡死んじゃう。
……最後の照れ隠しに関しては俺も小町のことは言えないな。
インターホンのコール音が家の中に響き、俺に重い腰を上げさせる。
グッバイ、安眠ソファ。ハロー、氷の女王。
さて、とうとう本日の大一番、雪ノ下雪乃嬢のご登場である。
迎え入れるために玄関まで足を運び、扉を開けると、うららかな日差しと共にふんわりと柔らかい香りが顔の横をすり抜けていく。
体の前でハンドバッグを持った秀麗な佇まいの雪ノ下雪乃がそこに立っていた。
「こんにちは、比企谷くん。今日はお招きに預かれて嬉しいわ」
「……おう。入れよ」
スノウホワイトのチュニックブラウスにふくらはぎが少しばかり覗くデニムレギンス、ミュール装備の雪ノ下は、顔を合わせた途端に間髪入れずに挨拶を告げる。
おざなりな反応しか返せなかった自身を恨めしく思いながらも、思いのほか雪ノ下の私服姿が綺麗に見えたものだから見惚れていたなんてことを言えるわけもなく、若干動作がぎこちなく思える彼女を家の奥へと招き入れる。
さしもの雪ノ下雪乃も男の友人の家に上がるのは緊張するのだろうか。
ふはは、その点俺は完全にホームなので、アウェイ真っ只中の雪ノ下(緊張ver)をせいぜい楽しませてもらうとしよう。
「比企谷くん、なぜだか今とても不愉快な気分になったわ」
「ハチマンナニモシーラナイ」
「あら、そう。イントネーションが妙なことになってるのは、気にしないでおいておげるわね」
これが俗に言う、次はない、である。
イエス、マム。
「小町、雪ノ下来たぞー」
廊下から居間への戸をさもなにごともなかったかのようにして開け、台所でお茶を淹れなおしている小町に声をかける。
ぱたぱたと小走り気味に俺たちのところまで小町は、満面の笑みを浮かべて雪ノ下を歓迎した。
「いらっしゃい、雪乃さん! ささ、こっちに座ってください、今、お茶を出しますから」
甲斐甲斐しく椅子まで引いた小町を微笑ましげに見ながら、雪ノ下もされるがままにしている。
そして、お茶が出てきて、俺と小町と雪ノ下の三人での世間話も一段落したところで、小町はおもむろに席を立った。
「じゃあ、小町はそろそろ勉強に戻らなきゃだから、あとはお兄ちゃんと雪乃さんの
またもバチコーンっ星ミをかました小町は、なにが楽しいのか高らかに鼻歌を奏でながら、居間を離れ、二階にある自室へと引っ込んでいった。
「…………」
「…………」
……ふむ。これ、どうすればいいのん。
普段顔を合わせても互いに本を読んでいるか、俺のライフが一方的に削られているかのどちらかなので、こういう場面でどうすればいいのかが皆目わからない。
ヘルプキャラを召喚したくなるのをこらえながら、雪ノ下のほうへチラと視線をやれば、なぜだか目が合ってしまった。なに、その瞬間に隠された気持ちに気づいちゃうのかよ。残念、もうこれでもかってくらい好きでしたー。
……いいかい、よい子のみんな。これが墓穴というやつさ。笑えよベジータ。
「……あの、比企谷くん。あっちのほうに移動しないかしら」
一周回って俺もファイナルフラッシュとかやりてーとか投げやり気味に考えていた俺を現実に引き戻したのは、なにやら頬を赤らめてソファのほうを見やる雪ノ下のそんな言葉だった。なにを思ったのかは定かでないが、某竜玉に関する考え事を一蹴し、俺は雪ノ下の誘いに乗った。
「……お邪魔、するわ」
か細い、掠れるような声を出して、雪ノ下は俺のすぐ隣に腰を下ろした。体が触れ合った部分からやにわに熱が広がって、変な気分になる。
顔が赤くなるのが自分でわかる。
柔らかい。暖かい。いい匂いがする。艶やかな雪ノ下の黒い長髪が俺の肩から足にかけて触れてきて、それだけで緊張の波が高まる。
かつてここまで両者の間に意図的な接近はなかった。
だからだろうか、現実でのこの距離感が心の距離感に置き換わったかのように、今、雪ノ下がとても近く感じられて、緊張とはまた別に気持ちが高まった。
ただでさえ近すぎると思われる距離に、それでも雪ノ下は満足に至らないらしく、そのまま俺の体にぴとっと自分の体を甘えるようにしてくっつけてきた。
「っ……」
思わず声が出そうになるのを我慢して、雪ノ下を見やる。
すると、さっきと同じように俺と目が合った彼女は、とても柔らかい笑みを浮かべた。
「ふふっ、ずっと、ずっとこうしたかったの。おかげで昨日の夜は、あまり寝付けなかったわ」
あたかも雪解けのようなその表情と言葉に、俺は自然と頬が緩むのを知覚すらできずに、ただそうしなければという思いに突き動かされ、雪ノ下の華奢な肩を抱き寄せるのだった。
……ちなみに、あとで、ベッドでこのときのことを思い出して悶え、小町に壁ドンされるまでがテンプレである。