久々に書くので、雰囲気が違っているかもしれません。あしからず。
あのあと、雪ノ下の無意識攻撃に見事撃沈せしめられた俺は、なんというか、そう、今の雪ノ下と少しでも長く一緒にいたくて、普段なら絶対にしない行動に出てしまったのだ。
「あら、本当においしいわ、このコーヒー」
雪ノ下をお茶に誘ったのだ。俺から。
そう、俺からである。ぼっちの、孤高のお一人様である俺のほうからだ。由々しき事態だ、これは。
「そ、そうか。なら、よかった……」
雪ノ下と二人きりという状況は以前にも幾度か経験することがあったが、果たしてここまで緊張を余儀なくされたことがあっただろうか。や、今の俺マジ挙動不審。目の腐り具合も相まって、もはや通報されていいまである。
うん、いったん落ち着こう。クールになるんだ、俺。
そうだ、コーヒーだ。コーヒーを飲もう。店側に対して冒涜的なまでの量の砂糖が混ざったこのコーヒーならば俺を落ち着けてくれること請け合いだ。
「……って、にっが……!」
迂闊だった。まさか砂糖を入れ忘れていたとは……。
うわぁ、正面の氷の女王の視線がめっちゃ突き刺さってる……。なにをやっているのかしら、比企谷くん、なんて台詞まで聞こえてきそう。
「なにをやっているのかしら、比企谷くん……?」
……ほんとに言っちゃったよ、この人。
「えっ、と……、砂糖を入れるの忘れてて……」
「はぁ、まったくあなたは……。べつに、ブラックで飲めないわけでもないのでしょうに」
「……ほっとけ。コーヒーくらい甘いのがいいだろうが」
理由はいわずもがなだ。
おお、なんか知らんが緊張が解れたような気がする。ナイスコーヒー。あ、これなんか語呂がいいような……、いや、やっぱ駄目だな。でも意外と……。うん、超どうでもいい。
「甘いコーヒーもいいとは思うけれど、いつもあなたが飲んでいるのあのコーヒーだけは胃がもたれそうだわ」
「うっせ」
MAXコーヒーを飲まないなんて、それ千葉県民やめるみたいなもんだよ、雪ノ下さん。
部室で見せたあのしおらしい顔はすっかり形を潜めたようで、雪ノ下はいつもどおりの落ち着いた様子でコーヒーを楽しんでいる。さすがに、誘われた側として誘った側を差し置いて読書なんて真似はしないものの、俺の失態から始まったやり取りもすぐに沈黙と化し、そのまま二人して押し黙ったまま幾分か時間が過ぎた。
「……あの、さっきのチョコに対する返答には、その……、期待、してもいいのかしら……?」
告白からの返事を待つ際、たとえ僅かな間だとしてもやはり時間を置くのは、心細い心境にさせるらしい。雪ノ下は、はっとするような美貌の下に不安の色を滲ませながら、上目遣いに俺を見やっていた。
そうか、雪ノ下は俺から切り出すのを待っていたんだ。
そりゃそうか。あんなことのすぐあとにこうして二人で喫茶店なんかに来てるんだ。なにかしらの答えが返ってくると思われてもなんら不思議じゃない。
心なしか涙目になっている雪ノ下を見やって、思案に暮れる。ていうか、雪ノ下さん、デレすぎじゃね。もはやデレノ下さんだよ。
「少し待ってくれ。……ちゃんと、伝えたいんだ」
答えはすでに、決まっていた。
けど、だけど。俺は迷っていた。そんなことはないってわかっているのに。ありえないことだって、ちゃんと頭ではわかってるんだ。それでも俺は、雪ノ下の言葉の裏を疑っていた。
「……ええ、待つわ。いくらでも」
この少女は、嘘を言わない。本人も言っていたことだし、事実、俺は彼女の嘘を聞いたことがない。
だから、部室でのあの言葉に欺瞞はなく、彼女の本心の表れだったのだ。
「俺は……」
「…………」
目を閉じ、真っ暗になった景色に理性の綻びを探す。
応えたい。彼女の気持ちを裏切りたくない。
一人ぼっちの俺が、もし許されるのであれば。こんな俺が彼女の、雪ノ下の隣で時間を共有することを罪に問われないならば。
ああ、望もう。
「俺は、雪ノ下、お前と一緒にいたい……。俺の本物に、なってくれ……」
迷いが晴れたわけではない。彼女は本物ではないかもしれない。
けれど、この選択を間違いだなんて、思いたくもない。
渇いた口内に滲み出てきた唾液をごくりと飲む。
閉じていた目を開け、光の差した視界に、目の前にいるはずの雪ノ下を捉える。あ、なんか心なしか目の腐り具合がましになったような……。あくまで体感だけど。
「…………」
そして、雪ノ下はというと。
なんというか、フリーズしていた。え、なに、俺なんか変なこと言っちゃっ……た……。
……………………。
……うそーん。もう、あれだよね。今のって、いわゆるあれだよね。プロポーズ的な意味にも捉えられるよね……。
いや、え、ちょ、マジ待って。なしなし。今のなし。いや、本心、本心だけど。恥ず、恥ずかしいわっ。つか、今日こういうの多いな、おいっ。
「……………」
「……………」
「……………」
「……いや、えっと、なんか言ってほしいんですけど、みたいな……」
だんだんと頭が現状に追いついてきたのか徐々に赤くなっていく雪ノ下とその様子を間近でこれでもかと見せつけられる俺。
最終的には、真っ赤になった二人が視線を交差させ、けれどどちらとも目を逸らすことはしないなんとも初心すぎる状況にまで陥った。
「き、ききっ、喫茶店、ででで出ようぜっ」
うあー、やべぇ。キキとデデデどっから出てきた。声裏返りすぎだっつーの、マジ引くわ。さすが俺。そこで自画自賛する辺りまだ余裕だな、うん。つーか、恥ずかしさのあまり思わず雪ノ下の手を引いて、強引に店を出ちまったよ……。
……やわこいな、雪ノ下の手。って、いやいや、いやいやいや。アホか、俺。むしろバカか。
早く離さないとまた雪ノ下に怒られる。さすがに俺も裸足で氷の上に立つなんてことはしたくない。冷たいのも、熱いのも、ぼっちは両方駄目なんだ。きっちり常温で保存しといてくれないと、マジすぐに弱っちゃうから。ぼっち飼うのって意外と難しいんだからな。ぼっち舐めんな、コノヤロー。
や、ていうかぼっちってなに、ペット扱いなの?
うちのカマクラと同じ扱いなの?
むしろ俺が
いやいや、俺マジ焦りすぎだろ。ないない。絶対ねーから!
そんなアブノーマルなプロペンシティはうちではお取り扱いしておりませんので、悪しからずっ!
なんて、己の脳内で繰り広げられる支離滅裂な無駄思考を順に追っていると、不意に左手に感じる熱がさらにその暖かみを増した。
雪ノ下が、さらにぎゅっと俺の手を強く握ったのだ。
「……今手を離したら、この先ずっとヘタレ谷くんって呼ぶわ」
え、なにその史上最強にかわいい脅迫。ちょっとかわいすぎて意味わかんないだけど。
「わかった。俺からは、きっと離さない……」
俺が今までの俺を曲げてまで得た一つの答えを自分から手放せるわけがない。
ぎゅっと握れば、同じように握り返してくれる。たったそれだけのことで満たされるこの気持ちは、きっと本物に近しいものだろうから。
「あっれー、ヒッキー、髪でも切ったの?」
翌日のこと。雪ノ下、俺に続いて部室にやって来た由比ヶ浜の第一声である。
や、切ってねぇし。
「んー、そうなん? でも、なんかさっぱりしたような、そうでないような気がするような……、あれ?」
「言ってるうちに、自分でわかんなくなってんじゃねぇよ。めっちゃ器用だな、お前」
「えへへー、そうかなー?」
「皮肉だよ、アホ」
「むぅ、アホじゃないしっ」
「はいはい、わかったわかった」
「もうっ、その投げやり感がまたウザいしっ。ヒッキーマジキモいっ!」
「いや、キモくねぇし」
んー、こいつとのやり取りはなんか落ち着くな。ついつい会話が弾んでしまう。ウキウキ八幡。やべぇ、一気にアホっぽくなった。
珍しくも携帯を片手に、なにやら満足そうな顔でやや口角を吊り上げている雪ノ下を尻目に我らがアホの子、由比ヶ浜と談笑に興じていると、ズボンのポケットに入れていた携帯が不意に震え始めた。
「Oh……」
ネイティブな発音にはそれ相応の理由がある。
メールの差出人の欄には、なんとびっくり雪ノ下さんの名前が。
おっかなびっくり、というわけではないが、これまでになかったことなのでやや緊張気味にそのメールを開く。
差出人:雪ノ下雪乃
宛先:比企谷八幡
私です。
比企谷くん、今日、部活が終わったあとって空いていますか。
もしよかったら、ほんとにあなたの気が向いたらでいいのですけれど、この前の喫茶店に二人で行きませんか。
返事は、できれば早めにしてくれると助かります。
うっわ、なにこれ。雪ノ下ってメールだとこんなしおらしいのか。初めて知った。
平塚先生といい、雪ノ下といい、メールに癖のある人多すぎだろ。なんか怖いわ。
「ねね、ヒッキー、メール? 誰、誰?」
「いい子だから、あっち行ってなさい。あと、そんな物珍しそうにしなくても俺にだってメールくらい来るんだよ」
アドレス帳の登録件数は未だに二桁にも満たない数だけどな。
「うえー、ヒッキー、今の顔すっごいにやにやしてて気持ち悪……、キモい」
「や、言い直さなくても意味は変わんねぇから」
無意識に顔がほころぶのは、この際見逃してほしい。
なにせ、今俺はそれほどまでに胸が高鳴っているのだから。
差出人:比企谷八幡
宛先:雪ノ下雪乃
了解。一緒に行くか
あと、文体、もうちょっと崩したほうがいいと思うぞ。
あーあ、この部屋、暖房効きすぎじゃねぇかな。あちぃあちぃ。