相模に続くような形になりますが、趣味が目一杯に押し出されていますので、人を選ぶ話かもしれません。ご注意をば。
ありのままの気持ちを
「猫耳だぁ……!?」
不穏な気配のする単語が、意外なやつから飛び出た。
ニット帽を深めにかぶった川崎が、慌てた様子で周囲を見回し、次いで咎めるように俺を睥睨した。
「声、大きい……」
「す、すまん……」
表情を普段どおりの無愛想なものに戻し、川崎が佇まいを直す。つられて、俺も先の驚愕で乱れた姿勢を正して、眼前の彼女と視線を重ねた。
「で、猫耳がどうしたって……?」
発端は、一つのメールだった。
From:川崎沙希
To:比企谷八幡
突然で悪いんだけど、ちょっと相談があるの。
今度の日曜、暇なら、○○のとこの喫茶店に来てくれない?
夜半、なんの前触れもなく送られてきた一通のメール。それには、恐ろしいことに出不精の俺を外に連れ出し、あまつさえ、約束の喫茶店に足を運ばせるだけの突飛さがあった。
どういった経緯で入手したかは覚えてないもののなぜかアドレス帳に載っていた川崎の連絡先など、これまで一度も使用したことなどなかったものだから、物珍しさもあった。
が、それ以上に気になることがあった。
最近、川崎は異装許可願を教師に届け出、学校にいる間、ずっと帽子を目深にかぶっていたのだ。
どういった理由からかは誰も詮索しなかったものの、その異様さから、学校では浮き始めていたし、なにより、知らぬ仲ではなかったから、わりと気がかりだったのだ。普段から人を寄せ付けなかった拒絶の雰囲気を、より強く発するようになっていた彼女のことが。
「だからさ、さっきから言ってるじゃん。あたしに、猫耳が、生えてんだってば」
「はぁぁん……?」
や、だめ。さすがに無理。
どうしたって変な声出ちゃうよ、これ。
あの川崎の口から、猫耳なんて単語が飛び出てるんだもの。世界を疑うね、うん。
「…………」
「もう。ほら、手、貸して……」
黙りこくる俺に業を煮やしたのか、川崎は、固まっていた俺の手をとり、今もかぶっている己の帽子の中へと招き入れた。
突然のことに動揺しつつ、箱の中身はなんだろな的な期待感が合わさって、非常に言い知れぬ気持ちになりながらも、俺の手は無意識に帽子の中をまさぐっていた。
すると、だ。
「なんだ、これ……」
手のひらが、なにか頭髪とは感触の違ったモフモフを捉えた。
思わずつまんでしまうと、指先がモフッと沈みこみ、第一印象以上の柔らかさが肌をとおして伝わってくる。
「んぁっ……」
「……え?」
かと思えば眼前の川崎が艶っぽい吐息を漏らし始め、俺の動揺を加速させる。そして、それに比例するように、指先がさらにモフモフを激しくさせた。
モフモフ。
「ふぁっ……ちょ、比企、谷、だめぇ、っ……」
「な、なんだ、なにが起こっているんだ……!?」
モフモフモフモフ。
「んにゃぁっ! やぁ、やめぇ……んんっ……!?」
「いったい、どうなってやがるんだ、これは……!」
モフモフモフモフモフモフ。
「ほんと、もっ、だめぇ、だからぁ……うにゃぁぁっ……」
色香を含んだ声を徐々に艶やかにさせていき、その都度体を震わせていた川崎は、最後、一際大きく体を震わせると、ぐったりと体をテーブルに伏せたのだった。
「悪かったって。調子に乗りすぎた。……なぁ、そろそろ機嫌なおせよ、川崎」
「や」
ぷいっとそっぽを向いて、ストローでオレンジジュースをちゅーと啜る川崎。
若干幼児化してませんか、あなた……。
幸い、奥まった席に座っていたので俺たちの様子を他人に見られることはなかったが、それとはまたべつで、川崎の機嫌を損ねたようだった。
「だから、悪かったってば。次から気をつけるから」
「ばっ!? また、触らせろって、そういうこと!?」
「いや、それは言葉の綾ってやつで……とにかく、悪かったって。な?」
「……はぁ、もういいよ。でも、これであたしの話、信じてくれた?」
「ああ、それは、まぁ」
怒気を納めた川崎は、じゃあ、と一呼吸置いてから縋るような眼差しをして、ここに至る経緯を話し始めた。
ある日突然、猫耳が生えたこと。
家族に相談し、病院にもかかってみたもののいっさいの治療法はわからず、匙を投げられたこと。
学校に通うため、変な雰囲気になるのを覚悟で帽子を常にかぶるようにしていたこと。
そして、これらのことが、少しだけストレスになっていたこと――――。
「そう、か……」
「うん……」
「で、なんで、それを俺に話そうって気になったんだ……?」
突飛もない話だったが、それを信じるに足る証拠を俺の指先が知っている。
そうさせてまで、俺にこの話を聞かせたのは、いったいどういうことだろうか。
病院にかかって解決しなかったのなら、その役割は俺に求められるべきじゃないし、川崎もそれはわかっているだろう。
家族が事情をわかっているなら、川崎になにより寄り添えるのはその人たちだろう。
ならば、なぜ、俺はこの話を聞かされた。
「――――あんたが……特別、だから……」
その答えは、俺の胸に突き立つと、じんわりと、そこから溶けていった。
「特、別……?」
「そう、特別」
繰り返すように言われ、その言葉の持つ意味をどうにか理解しようと頭を捻るも、どうも字面以上の意味を見出すことができず、結局、首を傾げて川崎に真意を問うた。
「どういう意味だよ、その特別ってのは……」
「言ったままだよ。あんたはあたしの、特別なんだ」
ぶっきらぼうだった顔がいつの間にか柔らかい微笑みを湛えていて、それを見ていると、じわりと胸に熱が広がった。
「……だから、その意味がわからないって言ってるんだ」
その熱がなんなのかもはっきりとしないまま、俺はそっぽを向いて、どうにか先と同じような言葉を紡いだ。
なんとなく、これ以上は、川崎のことを真正面から見れる気がしなかった。
「ふぅん。なら、言ってあげる。あたしは、あんたのことを、男として、特別に思ってるって。そう言ってるの」
区切って、区切って。聞き分けのないやつに言い聞かせるような調子で、川崎は本心を晒した。
「――――つまり、あたしは、あんたが好きなんだ。わかった? 比企谷」
頭の処理が追いつくのに数瞬の時を要したが、とにかく、そういうことらしい。
「なんでそんな他人事みたいな顔してんの?」
「いや、一回こう、客観的に捉えてみよう、みたいな?」
「……バカなの?」
「いや……はい、すみません……」
しょうがないだろうが。
そうでもしてなきゃ、その、受け止め切れなかったんだから……。
「にしても、お前、普通そういうの、嫌われるかもって、隠すだろ?」
なんだよ、好きだから猫耳が生えたの教えるって。意味ぷー。
「やだよ、そんなの。もう決めたの。あんたには、あたしのそのまんまを見て欲しいって」
「なんだ、それ……」
気恥ずかしくて、そっぽを向いていたのが、さらに明後日の方へ首が傾いた。
「それに、ちょっと卑怯だけどさ、あんた、こんなの知ったら、あたしのこと放っとけないんじゃない……?」
「…………」
そういう見られ方は、少しだけ、癪だった。
それじゃあまるで、なんの差別もなく俺が優しいみたいじゃないか。
「愛してるって、あのときのあれがそういう意味じゃなかったってことくらいわかってる。けど、比企谷は男の子なんだし、ちゃんとそういうことに責任、持ってほしいんだけど……?」
…………。
「だから、ほら、ちゃんと、あたしを見てよ――――」
…………。
……川崎って、こんなやつだったかなぁ。俺の記憶の中じゃ、いつも無愛想でぶっきらぼう極まりない目つき鋭い印象しかなかったんだけど。
このすっごいいじらしい子、実は誰か別の人なんじゃないのかなぁ……。
なんて、気恥ずかしさからやっぱり他人事のようにそう思いながら、俺は、正眼に川崎を捉えた。若干、頬を染め、はにかんでいる彼女を。
川なんとかなんて、もう言わせない。
男前で猫耳な川崎さんでした。
うまく書けてましたかね……?