息抜きで書いた一色のお話です

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勘違いから始まる青春ラブコメ

 一色いろはが生徒会長に就任してから一月近く経った。就任当初こそ一年生生徒会長を不安視する声もあったが、クリスマス合同イベントの成功、実際に仕事をさせてみると思いの外まじめで、一年生ということで親しみやすいなどの高評価が出てきているようだ。他生徒会役員とも交流、連携はしっかりとれているようで、無理して説得した俺もとりあえず一安心といったところである。

 まあ、一色が生徒会長として独り立ちしているかと言われると即答はしかねるのだが、城廻先輩と比べてしまうとまだまだだろう。しかし、そもそも一色いろはという存在は城廻めぐりとは全く違うのだ。城廻先輩が自然と自分中心の輪を作るムードメーカータイプなのに対して、一色はそのあざとさとキャラクター性を利用して人材を確保、使用する司令官タイプである。系統が違うのだからそもそも比較するべきではない。

「いろはすー、頼まれた奴買ってきたべ」

 そして、今日も司令官殿に使い潰される哀れなコマが一人。というか戸部よ、お前の出動回数やけに多い気がするんだが、部活はいいのか。来年には引退だし、最悪葉山にレギュラー落とされるぞ。引退前最後の大会でレギュラー落ちすると無気力症候群に近い状態になる。ソースは書き手の中学のチームメイト。

「あ、戸部先輩ありがとうございます~。じゃあ、領収書くださ~い」

「え、領収書?」

 あ、戸部の奴領収書もらうの忘れたな。ちなみにレシートではダメである。その昔レシートを領収書と間違えて備品代一万円を自腹しそうになった奴がいた。そのときは温情で難を逃れたようだが、一色生徒会長は一瞬「しめた」という顔をした後、にこやかな笑顔を戸部に向けている。

「え~、ちゃんともらってきてくださいって言ったじゃないですか~。それじゃあ生徒会費で落とせないんで、戸部先輩の自腹でおねがいしま~す。ではでは」

「い、いろはす~」

 戸部哀れ。そして一色は生徒会費を消耗することなく目的の品を手に入れたのだ。主婦もびっくりの節約術である。

 とまあこのように周りの人間をうまく利用することが一色いろは生徒会長のやり方である。そして、俺もそこに白羽の矢がまた立ってしまったわけだ。

「あんまり戸部をいじめてやんなよ」

「あ、せんぱいおっそ~い」

 お前が言うと本当に帝国海軍最高性能駆逐艦に聞こえるな。あのきわどいをあっさり通り越したようなコスプレを着た一色……ありだと思います。

「せんぱい、何にやけてるんですかキモいです」

「ん、んん! なんでもない」

 努めていつもの顔を維持しつつ、もはや自分の定位置になりつつある席に座る。近場に置いてあった書類を手に取ると作業を始める。

 俺が作業を始めると部屋は静かなものである。俺と一色以外いない(他役員は別作業で離席中)し、最近の一色は作業中はあまり無駄話をしなくなっているので、紙のすれる音とペンの走る音だけが響く。

 ある程度作業が一段落して、伸びをするがてら一色を見る。

「…………」

 かなり集中している。目つきも真剣そのもので、就任当初のようなやる気のなさは感じられない。作業速度自体はそこまで早くはないが、前のように変なミスも減っている。なんというか、成長していく妹を見守っているような気分だ。こと最近一色に対して対小町スキルが発動することも多いし、俺にとってはもう一人の妹のような存在かもしれない。

 そう考えを巡らせていると、一色がふいに顔を上げ、目が合う。

「っ!? な、なにじっと見つめてるんですか。あれですか『ごめん、君の姿に見惚れていたんだ』とか言って口説く気ですか。すみませんちょっと今心の準備ができないんで、ごめんなさい」

「なぜ見ていただけで振られるのか。呆れを通り越して逆に尊敬するわ。いや、最近のお前頑張ってるよなーと思っただけだ」

「ハッ、やっぱり口説いて――」

「いや、そうじゃねえよ」

 まあ、確かに今の発言は口説いているように聞こえなくもないが単純な感想なんでセーフ。実際最近の一色は頑張っている。生徒会長に推してよかったと俺自身安堵しているのだ。

 自分の分の作業は終わっていたので一色の分を手伝おうと手を伸ばすと、ポケットのスマホが震えた。一瞬チェーンメールかと思ったが、よくよく見ると由比ヶ浜だった。どうやら、依頼が来たらしい。

「すまん一色。なんか依頼が来たっぽいから行くわ。これ、俺の方の終わった奴な」

「え、あ~まあ、依頼なら仕方ないですよね」

「おう、お前もがん……」

 はて、そういえば前に小町と頑張っているときに頑張れというのは萎える的な話をした記憶がある。今の一色はまさに頑張っている。つまりここで頑張れなんていうと一色のやる気が下がり、生徒会の作業速度が低下し、あまつさえ俺の仕事量が増えかねない。こういう時はどういえばよかったんだったか……あ、そうか。

「じゃあな、愛してるぞ、一色」

「……え?」

 一色のキョトンとした顔を一瞬だけ見て生徒会室を出る。不快な顔じゃないということは今の対応で問題なかったのだろう。小町、お前のアドバイスはお兄ちゃんの役に立ってるぞ。

 依頼は材木座でした。キャラ設定のみの紙はゴミ箱にぶち込んどいた。

 

 

*   *   *

 

 

 次の日、登校するとなぜか駐輪場に一色がいた。

「なに、どうした。またなんか仕事?」

「えっと、その……」

 なんだこいつ、いつもみたいにハキハキ言えよ。なんだ、ちょっと顔赤いし風邪か?

「どしたよ。熱でもあんのか?」

「ひゃぃっ!?」

 額に手を添えるとなんかかわいい声で鳴いた。なにこの子新種の小動物?

「ぁぅ……ぁぅ……そのですね、こ、これを!」

 赤色いろはが俺にずいと突き出してきたのはかわいらしい包み。持ってみると程よい重みで包みの隙間から弁当箱が見えた。

「そ、それでは!」

「あ、おい一色!?」

 弁当を渡すと脱兎のごとく走っていってしまった。あいつ足はえーな、陸上部行けばいいんじゃないか?

 ただ一色さんや、あなたのせいで集めてしまったこの視線、なんとかしてくれませんか。

 ちなみに弁当は凄いうまかった。あいつ料理得意なのか。

 

 

 その後、やけに接触が増えたような気がした。

「せ、せんぱい! ちょっとお菓子焼いてみたんですけど、た、食べてください!」

「せんぱい! 勉強教えてください!」

「せ~んぱい! デートしましょうよ!」

「せんぱ~い! ……あ、戸部先輩の事じゃないんで」

「せんぱいせんぱい! 実力テスト、現国の点数前より20点上がったんですよ!」

「せんぱい、あ~ん」

「せんぱい! 第一志望合格、おめでとうございま~す!」

「せ、せんぱい……卒業、おめでと、う、ございます……。わた、私……も、追いつき、ますから、待って、て、くださいね」

 

 

「今思うと、せんぱいの言葉を勘違いしたからこうなっちゃったんですね~」

「悪かったな。勘違いさせるようなこと言って」

 チューハイの缶を持ってソファーに沈みながらいろはが苦笑する。黒歴史を掘り返されて火照った顔をビールで冷ます。

「いえ、あの時には私の心はだいぶせんぱいに傾いてましたから、むしろ攻めるチャンスだと思いましたよ」

 なんだこのビールちゃんと冷えてねーんじゃねえの。全然顔の火照りひかねーんだけど。

「びっくりですよね~、最初せんぱいと会った時はまさかこんなことになるとは思ってませんでした」

「俺はお前がうちの大学来れたことに驚いてるよ。結構レベル高いのに」

「愛の力ですね!」

 何言ってんだこいつは。まあ、愛の力云々は置いといて、いろはの努力はすさまじかったらしい。時々平塚先生から来るメールは内容の大半が一色についてだったからな。残りがラーメンと婚活。

俺と同じ大学、同じ学部に入学してきたいろはは、どこから聞き出したのか(たぶん小町)俺の部屋に押し掛けて、居ついてしまった。

 最初は面倒くさい奴がきたと思っていたが、実際相性がいいのか生活は苦にならなかった。

そして、俺といろはがそういう関係になるまでそう時間はかからなかった。

「けど、せんぱい私の告白結構あっさりOKしましたよね。高校のせんぱいだと考えられないです」

「あー、あれ以降のお前露骨過ぎたからな。デートとか葉山の練習って名目完全になくなったし、葉山無視して俺のとこにきたりすれば、そりゃあさすがに勘違いじゃないって思うさ」

 缶に残ったビールを煽る。程よい苦みが喉を通る。肩に重さを感じ振り向くと、いろはが俺の肩に頭を乗せていた。

「私はいいんです、勘違いに後押しされたけど、この想いは本物ですから。けど……」

 顔を上げた彼女は不安で押しつぶされそうで、泣きそうな顔をしていた。

「けど、せんぱいは? せんぱいの本物はあの二人とじゃないと――」

「いろは……」

 頭に軽く手を置くと、びくっといろはの身体が強張る。酒の勢いとはいえ、この子はこんなに勇気を出して、俺と向かい合ってくれていると思うと、愛おしさも湧いてくる。

「俺は、どうでもいい奴に『愛してる』なんて言わない」

 あ、やばい。愛おしいけど、超恥ずかしい。

「そ、それに、なんだ。俺も、お前と、本物を探したい、から……」

「せんぱい…………顔真っ赤ですよ」

 このガキ……人には空気読まないだの言ってくるくせに……。

「うっせ、ほらそろそろ寝るぞ」

「ふふふ、今夜は寝かさないぜ」

 それは男か乳神様が言うセリフなのだが。頭に置いていた手を少し強めにわしゃわしゃ少し乱暴に動かす。

「お前明日一コマ必修だろ。はよ寝ろ」

「わー! きゃー! せんぱいのいけずぅ~」

 きっかけは俺が嫌いな勘違いだった。けれど、そこから始まった関係はきっと本物に一番近いのだろう。きっといつか、そう確信できる時が来ると不思議と思えてしまうのだ。

「せ~んぱい! おやすみなさ~い」

「はいはい、おやすみ」

 



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