「おまたせ」
「やっと来た。待ちくたびれちゃうところだったんだから」
「ごめん」
「いいよ。ふふ」
「なんかおかしい?」
「いや、なんにも……ふふふ」
「……会えて嬉しい。また来てくれたんだ、ってさ」
「こちらこそ嬉しいよ。変わらず夜が似合うね」
とある初夏の夜空の下、二人の少年と少女が手を繋ぐ。
ここは、世界のどこか。
「わぁ、汗びっしょりだね。やっぱり急いで来てくれたんだ。身体は大丈夫なの?」
「だって、君に会いたかったんだ。これくらいなんてこと無いさ」
「……ありがと」
二人はそんなたわいもない会話に微笑んだ。お互いに頬を染めて、見つめ合って。やがてお互いがお互いの手を取り、海に面した土手へ歩いていく。
地面は少し傾いていて、青々とした芝が広がる。二人の目線の先には煌く海があった。後ろには暗く深く、木々が生い茂っていた。
「いつからだっけ」
「何が?」
「私たちがこうして……会うようになったのは」
少女はふわりと髪を風になびかせて、上を向いた。
零れ落ちんばかりの光。それらを瞳の中に宿してこう言う。
「思うの。星の数ほど、前のことなんじゃないかなぁって」
先程とは打って変わって、少し退屈そうな表情で。
そんな少女へ、少年は言った。
「……そう、かもね」
「でしょう、ふふっ」
笑顔を取り戻す少女。それを見て同じように笑顔になる少年。二人が先程会ったときのように笑いあう。向日葵が顔を合わせるかのようだった。
「ねぇ、砂浜まで行かない?」
「いいよ」
「やった。ありがと」
二人は手をまた取り合った。今度は少女からだ。少年は少女に手を引かれて歩き出した。
二人が歩く砂浜には漣と海水と、きらめく白だけが存在していた。小さな白の宝石の上を、大きな足と小さな足が並んでゆっくり通っていく。
「少し、熱いね」
「まだ日の光の熱が残ってるのさ」
「太陽のかけらがここにまだ残されてるのね」
「なんだか詩的なことを言うね。流石だ」
少年にそう言われた彼女は、照れくさそうに頭を掻いてはにかむ。やわらかく絹のような髪がくしゃくしゃになるのを見て、少年は少女の髪を撫でて整えた。
「前にもさ、あったね。こんなこと」
「こういう風に、ってこと?」
「うん」
その時、鴎の声がした。青年は海のほうを見る。
少年の手は少女の髪から離れた。
少女の淡い髪がふと下に垂れ下がる。表情は絹の垂れ幕に隠されていく。
「でも…………」
「前って、もういつのことなのかな」
ぽつりと呟かれる言葉。それに少年が気がつくことはなかった。
振り向いた少年は彼女に言った。
「ねぇ、貝殻拾いでもしようよ」
「……いいよ」
少女は微笑んだ。
少年と少女は砂浜で目いっぱい遊んだ。桜のような貝殻、光り輝く硝子のかけら、たくさんのものを集めた。波打ち際で冷たい海の水に足を浸した。お互いに顔を合わせて笑い合った。
そのうち、辺りに朝日が降り注ぎはじめた。
「そろそろ帰らなきゃ」
「そう、なのね」
少女の顔は憂いを帯びていた。何かを知っているかのように。それを悟られないようにだろう、彼女の顔は下を向いていた。
「ばいばい、またね!」
そう言って少年は砂浜から駆けていき、彼女へ大きく手を振った。
少女もそれに答えて小さく手を振る。
「ばいばい」
「また、会う、とき、は………」
少年の姿が見えなくなった頃、彼女の足元の砂浜に、一滴の雫が零れ落ちた。
「私は」
「彼がまた生まれて、私に会いに来るのを。同じように私と恋をして、こうして夏のうちに遊んで……そして、こうして彼が病に倒れて死ぬのを。アゲハチョウが不死鳥のように生まれ変わるのを、あと何百回繰り返して、あと何百年待てばいいんだろう」
「私は不死身の妖精、夏の妖精。人に恋をした人でないもの。運命の歯車が勝手に止まるのを待つしかない、無力な妖精。恋が実らぬうちは、人間にはなれない存在」
「どうか……」
先ほどの雫の後は、跡形もなく砂から消えていた。しかしそれを上回る量の水滴が、彼女の頬を伝い、再び砂浜へと落ちていった。
そして彼女の姿も、森に消えた。
それからしばらく年月の経ったある日のこと。
とある初夏の夜空の下、一人の妖精が砂浜にいた。
いつか見たような硝子片、貝殻を波打ち際に並べて、眺めていた。
思い出にふけったところでもう帰らない、また生まれ変わった彼を待つしかないながらも。
ひたすらに待ち続ける。
そう、ひたすらに―。
「おまたせ」
聞いたことがある声に、少女は振り向いた。
見たことのある顔。少し大人びている。
少女はすぐに誰か分かった。雫が少女の頬を伝う。
「大丈夫なの」
「君に会いたかったんだ。これくらいなんてこと無いさ」
「……また、来てくれたんだ」
「変わらず、夜が似合うね」
二人はそんなたわいもない会話にまた、いつかのように微笑んだ。
お互いに頬を染めて、見つめ合って。
やがてゆっくりと、唇を重ねた。
とある初夏の夜空の下、二人の青年と少女が、手を繋いで歩いている。
ここは、世界のどこか。