やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
小さな手が左頬を掠る。集中しているせいか彼女の動きがいつもより遅く見えた。だが、それでも回避するのは難しい。どれだけ視えていても俺の体がその動きについていけないからだ。
「ッ――」
迫る彼女の足を右腕で弾く。受け止めるな。受け流すな。当てるだけでいい。軌道をほんの少しだけずらす。それだけで十分だ。それだけで彼女の蹴りは勝手に通り過ぎる。
彼女の攻撃は“剛”。一撃必殺と呼べるほどの破壊力を持ちながら鋭い攻撃を目にも止まらぬ速さで放つ。訓練を始めた当初は相当手加減されていたのだとわかった。おそらく今も。だが、当時よりも彼女は実力を見せてくれている。つまり、俺もそれだけ力を付けて来たということだ。実際、彼女の攻撃を“視る”ことはできる。確実に俺は強くなっている。
「ガッ……」
でも、まだ足りない。彼女の隣を一緒に走るには、まだ。
「ぁ、はぁ……はぁ……うっ」
俺が呼吸する度、白い息が量産され、消えていく。そして、その白い息の向こうに満点の星空が広がっていた。
「ハチマン、大丈夫?」
地面に大の字になって寝ている俺の顔を覗き込むサイ。その表情は呆れ。ここ数日の訓練、ずっと今の様な表情を浮かべている。理由はわかっている。
「あ、ああ……」
「……はっきり言うね。やめた方がいいよ、それ」
「……」
彼女の言葉に魔本を持つ左手に力が入る。
「最初はお試し感覚で戦ってたけど……やめた方がいい。これ以上やって変な癖でも付いたらまずいから」
「……」
「わかってるんでしょ? ハチマンのやろうとしてることが机上の空論だって」
ああ、わかっている。最初からわかっていた。魔本を持ち、呪文を唱えながら“サイの隣で共に戦う”ことが無謀だと。
「いつから、気付いてた?」
しかし、俺はそのことを彼女には話していない。そもそも俺自身、最初はそんなつもりなどなかった。だが、いつしか俺はそんな
「最初から……ハチマンの考えが変わってからわかってた」
「それなら最初から止めればよかったのになんで今更止めるんだよ」
「それは私だって……でも、無理だってわかっちゃったから」
「……そうか」
その言葉に思わず奥歯を噛みしめた。ああ、悔しい。サイも俺と同じ気持ちなのにそれに応えられないことが。
「ハチマンは基本的にカウンターを主体とした戦い方をするでしょ。でも、魔本を持つと左手が使えなくなる。連撃に対処しようとしても右腕しか使えないからいずれ手が回らなくなる」
実際、サイの攻撃が一撃必殺ではなく連撃になった途端、俺は対処できなくなっていた。そう、この戦い方は本来の俺の戦い方であるカウンターには合わないのだ。
「じゃあ、カウンターをやめて攻めの戦い方に変える? それこそ無謀だよ。相手は魔物。人間のハチマンが攻めに回れるわけがない。遠距離から術を放たれるし、接近戦に持ち込めたとしても腕力も瞬発力も持久力も敵わない。それぐらい、わかってるんでしょ?」
「……」
彼女の言い聞かせるような声音に俺は何も言えなかった。肯定も否定もしない。駄々を捏ね、言い争いで負けたとわかり、黙って相手が折れることを待つ子供のように口を閉ざした。
「……考えておいてね。それまで訓練はなしだから」
サイはそれだけ言うと俺から離れて近くの木の枝に跳び乗って空を見上げる。その夜空には満月が浮かんでいた。美しく、儚く、輝いていた。
2月に入って数日が経った。地獄と化した節分(サイがはりきってピーナッツを投げまくった)の記憶が薄れ始めた頃、教室に浮ついた空気が流れていた。原因はすぐそこまで迫っているバレンタインデーだろう。去年までの俺は『母ちゃんと妹からチョコを貰う日』と言っていたに違いない。だが、今年は違う。マイフェイバリットフェアリーサイがいるのだ。きっと満面の笑みを浮かべてハート形のチョコをくれるに違いない。そして、言うのだ。『ハチマン、大好き』、と。やべぇ、超やべぇ。こんな想像している自分がやべぇ。
「ヒッキーきもい」
不意に罵倒され、そちらを見ると罵倒した人――由比ヶ浜が携帯を片手に俺を見てドン引きしていた。
「由比ヶ浜さん、今に始まったことじゃないわ。最初から気持ち悪かったじゃない」
更に雪ノ下が追撃する。だが、今回の件に関しては同意する。俺も気持ち悪いと思ったからな。しかし、最初から気持ち悪かった覚えは……いくつかあるから否定できないか。やだ、俺って気持ち悪すぎ?
「こんにちはー!」
肩を落として落ち込んでいるとノックと共にあざとうるさい声が部室に響く。総武高校生徒会長一色いろはの襲来である。それを見た俺と雪ノ下はほぼ同時にため息を吐く。
「あ! 今、ため息吐きませんでした!?」
「だって、なぁ?」
「……まぁ、いいわ。いらっしゃい。今日は何の用かしら?」
「無視すんなよ……」
それから一色の話を聞いたのだが、生徒会の仕事はほとんどなく休みにしたらしい。
「あなた、部活もあるでしょう?」
一色の前に紅茶とチョコシフォンケーキを置いた雪ノ下が呆れたように言う。そもそも暇だからと言ってここに来る必要はないと思うのだが。
「……あ! そう言えば、今日サイちゃんいないんですよね! どうしたんですか!」
「……今日はティオのところだ。チョコ作りで相談があるらしくてな」
明らかに話を逸らした一色の質問に答える。ティオもチョコを作りたいようで料理が得意なサイに相談したいと昨日、連絡があったのだ。
「ティオちゃんって確か演劇の時に来た女の子ですよね? 一緒にチョコ作るんですかね?」
「いや、サイが教える」
「へ? サイちゃんって料理できるんですか?」
「お前が食ってるそれを作ったのもサイだぞ」
「……私も教えて貰おうかな」
ケーキを真剣な眼差しで見て一色が呟いた。教えてくれるかな、サイ。あまり一色のこと好きじゃないみたいだし。そして、由比ヶ浜も一色に同意するように頷いているのを見てしまった。とりあえず、レシピ通り作るところから始めましょう。
それから部室に三浦と海老名さんが訪ねて来た。依頼の内容は先ほど話題に出ていたチョコ作りである。しかし、三浦の想い人である葉山は誰からもチョコを受け取らないと言っていたようでチョコを作っても受け取って貰えないという乙女のハートをブレイクする展開になるかもしれない。
さて、どうしたものかと頭を抱え、休憩がてらマッ缶を買いに行き、部室に戻って来ると入り口に川なんとかさん改め川崎沙希がいた。部室の入り口で話を聞くわけにはいかず、部室に招き話を聞くと川崎の妹(確かけーちゃん。クリスマスのイベントの準備で一色と共に保育園を訪れた時に会った)がバレンタインに興味を持ってチョコを作ってみたいとおねだりされたらしい。またチョコですか。
「それでハヤトがチョコを受け取る言い訳ができるように皆で一緒に作って試食させる作戦ね」
今日あった出来事を簡単にまとめてサイに話すと興味なさそうに呟いた。いや、興味がないと言うより雑誌を読むのに夢中なのだろう。ティオに借りたらしい。
「ああ、まだいつになるかわからんけどな」
「ふーん……あ、これ美味しそう。ハチマン、どう思う?」
そう言って雑誌を差し出して来た。どうやらバレンタイン特集らしくいくつかのチョコのレシピが載っている。
「あ、そうそう。今度の休日、ティオたちとお出かけするからよろしくね」
「ああ、わかった。楽しんで来いよ」
「ハチマンも一緒だよ」
「……嘘だろ?」
チョコを買いに行くと思ったので家で大人しく留守番するつもりだったのだが。それに『ティオたち』と言ったということは大海も一緒なのだろう。メールのやり取りをしているのでつい忘れそうになるが大海はアイドルである。男と一緒に出歩くのは極力控えた方がいいと思う。
「荷物がいっぱいになりそうなの。メグちゃん、義理多いから」
「……ああ」
仕事関係でチョコを配らなくてはならないのだろう。アイドルは大変だな。
「なのでハチマンには荷物運び兼アドバイザーとしてついて来て貰います。拒否権はありません」
「……はぁ」
ここで駄々を捏ねてサイの機嫌を損ねるより素直について行った方がよさそうだ。俺は小さくため息を吐き、携帯の電源を入れる。大海に『変装しっかりしろ』と忠告するために。
その休日こそあの戦いが始まる運命の日になるとは知らずに。
次回、いちゃいちゃさせたい(願望)
今週の一言二言
Fate/EXTRACCCでセイバールート終わりました。次はセイバーのCCCルートですね……エクステラはいつできるのでしょう。