やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.92 彼の頑張る理由は彼女の笑顔のためである

 あれから一色が『葉山と雪ノ下が付き合っている』という噂について雪ノ下に聞き、絶対零度の視線を向けられたり、数件ほど届いていた『千葉県横断お悩み相談メール』を捌いたり、帰ろうとして一色に生徒会の仕事を押し付けられ、押し付けた一色はサイに睨まれながら奉仕部全員で生徒会室に向かうことになったりと色々あったが比較的平和に終わった。まぁ、約1名めっちゃ睨まれていますけどね。

「ふん、ふふーん。ふふふふーん」

 それからの日々も平塚先生に進路相談会の仕事を手伝わされたぐらいで魔物と会うわけでもなく、ナゾナゾ博士が来るわけでもなく、本当に平和な毎日だった。

「ふふー……ハチマン? どうしたの、こっち見て」

「いや……何やってんの?」

「明日の準備!」

 そう言ってサイはニコニコ笑いながら青いリュックサックに双眼鏡を突っ込んだ。更に彼女の座っている近くには水筒が転がっている。今から入れたら明日にはぬるくなっていると思うのだが。

「明日って何かあったっけ?」

「あるでしょ。マラソン大会」

「ああ、俺のな」

 そう、明日は総武高校のマラソン大会。生徒ではないサイが準備をする必要はないはずだ。そのはずなのに何故彼女はうきうきした様子でリュックサックに荷物を詰めているのだろうか。

「え? 応援に行くからでしょ」

「いや、見学とかやってないから。保護者とか誰も来ねーよ」

「……え?」

 カラン、と水筒が音を立てて床に落ち、転がった。体育祭ならまだしもこんな時期のマラソン大会に誰が来ると言うのだ。来るとしても知っている人が通り過ぎたらすぐに帰るだろうし。少なくともサイの目の前に置いているパンパンに膨れたリュックサックのように気合の入った応援をする人はいない。

「そ、そんなっ……だって、マラソン大会でしょ? 駅伝でしょ?」

「駅伝? ああ、そういうことか」

 おそらくテレビで駅伝中継を見たのだろう。そのせいで『駅伝=マラソン大会=たくさんの応援』という公式が成り立ってしまったのだ。だからこそ、遠くからでも俺を見つけられるように双眼鏡を持って行こうとしていたのか。

「サイ、明日のマラソン大会と駅伝は違うぞ」

「?」

 いや、そんな可愛らしく首を傾げられてもキュンとするだけだ。これ以上俺の好感度を上げても意味はないぞ。すでにカンストしているからな。それからサイにマラソン大会と駅伝の違いを教え込み、何とか理解させてから眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあった翌日、多少風はあるものの、冬晴れだった。マラソン大会のスタート地点である公園には一、二年生の男女がぞろぞろと集まっている。ここから海沿いの歩道を走り、美浜大橋で折り返して戻って来るのが男子のコースだ。走行距離はそれなりに長いがサイとの訓練に比べればどうってことない。まぁ、一位は目立つからある程度手は抜くけど。

 手をプラプラさせて柔軟していると整列の号令がかかり、俺を含めた男子たちはスタート地点に引かれた白線の後ろにだらだらと並び始める。たかだが校内のマラソン大会だ。派手なイベントでもなければこれが成績に影響するわけでもない。ただ強制的に寒空の下を走らされるだけのものにやる気満々な奴はそうそういないだろう。ただ葉山だけは連覇がかかっているためかスタートラインの最前線で屈伸したり身体を伸ばしている。

「ふむ、気合いが入っているな」

「うおっ……急に話しかけてくんなよ」

 それを見ているといつの間にか隣に立っていた材木座。それにしても何でまだ走っていないのにそんなに汗だくなのだろうか。ここまでぬめっとした空気が届いている。

「まぁ、リア充のことはどうでもいい。八幡、一緒に走ろうぜ!」

「嫌だよ」

「あ、八幡、ここにいたんだ。一緒に走ってもいい?」

「おう、いいぞ」

 その時、戸塚がやって来てちょっとだけテンションが上がった。最初は最後の方でゴールしようと思っていたが、戸塚のペースに合わせて仲良しゴールをするのもいいかもしれない。いや、それしかない。むしろ、そうするしかない。よーし、八幡頑張っちゃうぞー!

「せんぱーい! 頑張ってくださーい!」

 気合を入れるために伸脚をしていると今まで葉山を応援していたのにあざとく俺を見つけた一色が手を振って声をかけて来た。やめろ、目立つだろうが。まぁ、名前は呼ばれていないのでそこまで目立た――。

「あ、比企谷先輩いたよ! 頑張って下さーい!」

「先輩ファイトー!」

「比企谷せんぱーい!」

「が、がんばれー!」

 ――ないと思っていた時期が俺にもありました。え、何これ? なんで俺の名前が後輩の女子から出て来るの? サクラ? 誰かサクラでも頼んだの? 後、後輩に混じって由比ヶ浜も応援していた。因みに由比ヶ浜の隣にいた雪ノ下は俺を応援している後輩女子に対してドン引きしている。なお、女子のスタートは男子の30分後だ。それまでは男子の応援なり、観戦なりをするらしい。

「ほら、八幡。応援されてるよ」

「……待ってくれ。意味がわからん。どういうこと?」

「八幡って後輩の女子から結構人気あるんだよ。体育祭ぐらいから一気に増えた感じかな?」

 戸塚曰く後輩から見た俺は『普段は目つきの悪いクールな一匹狼だが、ここぞと言う時は熱くなれる先輩』らしい。なるほど、後輩の女子たちの目が節穴だっていうことはわかった。

「手、振りかえしてあげたら? せっかく応援してくれてるんだし」

「……おう」

 戸塚の言う通り、期待を込めた眼差しを向けて来る後輩女子たちに手を挙げてみせる。そして、女子から悲鳴――いや、歓声が上がった。やだ、なにこれイミワカンナイ。

「う、裏切り者ぉ!!」

 後輩女子たちから応援されるというあり得ない現象を前に顔を引き攣らせていると材木座が泣きながら去って行った。人がたくさんいるからまだ背中見えるけど。

「よし、準備はいいな?」

 そう言って空に向けてピストルを構えたのは平塚先生だった。こういう時は普通体育教師がやるものだが。目立つことをやりたがる人だからな。もしくはただピストルを撃ってみたかっただけかもしれない。そんなことを考えていると平塚先生はピストルを高く掲げ、もう片方の手で耳を押さえる。指が引き金にかかると男子生徒は前を向き、女子たちは固唾を呑んで見守る。そのまま数秒が経ち、平塚先生がおもむろに口を開いた。

「位置について……よーい」

 そして、次の瞬間、引き金が引かれて銃声が鳴る。それとほぼ同時に俺たちは弾かれたように走り始めた。スタート地点が中間であったため、俺と戸塚はすでに先頭集団から大きく離されている。

「八幡、このペースで大丈夫?」

「ああ、速くないぞ」

 心配そうな戸塚に笑ってみせた。いつも全力疾走レベルの速度でランニングしているのだ。この程度、造作もない。

「ううん、そうじゃなくて……遅すぎない? 八幡、走るの速いから」

 おそらく体育祭で本気を出した俺を見たからだろう。いらぬ心配をさせてしまった。

「別に今日は適当でいいだろ」

「そう?」

「そうそう」

 それから俺たちは時々、言葉を交わしながら淡々と走り続けた。戸塚はテニス部ということもあり、疲れた様子は見えない。ペースも遅めというのもあるだろう。その時だった。

「あれ、サイちゃん?」

 そろそろ折り返し地点というところで戸塚は目を見開き、そう呟いた。咄嗟に前を見るとサイが道の端にポツンと立っているのに気付いた。戸塚に目配せをした後、走る速度を上げてサイに駆け寄る。彼女は後ろで手を組んで俯いていた。

「サイ!」

「あ、ハチマン……」

 片膝を付いて声をかけると俯いていたサイが顔を上げる。その顔はとても悲しそうだった。

「どう、したんだ?」

「……昨日、ハチマンに言われたけどやっぱり、応援したくて。でも、他の人がいっぱい通り過ぎてもハチマン来なくて。ハチマンなら絶対、一位だって思ってたから」

 期待していたのに裏切られた。サイはそう言いたい――いや、そう言うつもりはないのが、期待していた分、落胆してしまったのだろう。ああ、そうか。そういうことなら話は別だ。

「……ハチマン?」

 ポンと彼女の頭に手を乗せた後、立ち上がり、後ろにいた戸塚を見る。彼は嬉しそうに笑って頷いてくれた。

「サイ」

 たかだか校内のマラソン大会だ。派手なイベントでもなければこれが成績に影響するわけでもない。ただ強制的に寒空の下を走らされるだけのものにやる気満々な奴はそうそういないだろう。だが、葉山は違った。連覇を“期待”されていたから他の人より気合いが入っていた。

「逆転して来るから期待してろよ」

 そして、俺はサイに“期待”されていた。なら、その期待に応えるだけだ。

「っ……うん! ハチマン、頑張って!」

 そう言ってサイは満面の笑みを浮かべた。やっぱり応援されるなら知らない後輩女子たちよりサイだな。

 

 

 

 

 

 

 よーし、八幡頑張っちゃうぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではー、結果発表もすんだところですのでー、優勝者のコメントを頂きたいと思いまーす。優勝者の比企谷八幡さん、壇上へどーぞー!」

 サイの期待に応えて優勝しました。でも、優勝者のコメントとか聞いていない。ただでさえ結果発表の時に月桂樹の冠を被せられたのにこれ以上、目立ちたくないのですが。あ、駄目ですかそうですか。壇上でマイクを握っている一色と教師たちが集まっている場所に立っていた平塚先生に睨まれた俺はため息を吐いた後、即席の壇上へと昇った。

「先輩、おめでとうございます! いやぁ、まさかまさかの大逆転勝利でした!」

「あー、はいそうですね」

「話によると最初は先頭集団から大きく離された状態で走っていたらしいですけどどうなんでしょう?」

「そうだったかもしれませんね」

「……ちょっと先輩、もっと真剣に話してくださいよ」

 マイクから口を放した一色に小さな声で注意されてしまった。いや、無理っす。

「えっと、ではコメントお願いします!」

「あ、ノーコメントで」

「先輩!!」

 発言を放棄した俺を叱る一色。するとギャラリーから笑い声が漏れた。どうやら、漫才だと思われているらしい。

「もう……では、最後に。途中まで軽く走っていたとのことでしたが、どうしてペースを上げたんですか? やっぱり、後輩たちからの応援があったからでしょうか?」

 そう質問した一色はとても邪悪な笑みを浮かべていた。こいつ、わざと答えにくい質問しやがった。さて、どう答えるべきか。頭を掻きながら視線を泳がせると木の上でこちらを見ていたサイを見つけた。

「っ! ――っ!」

 彼女は俺が自分を見つけたことに気付き、口を大きく開けて何かを伝えようとしている。多分『お・め・で・と・う』と言いたいのだろう。

「……先輩?」

「……そうですね。期待してくれた人の期待に応えたかったからですかね」

 自然とそんな答えが口から出ていた。気張り過ぎてもいいことなんかない。気合を入れた分、肩に力が入るから。だから、これぐらいで……これぐらいの方がいいだろう? 理由なんてものは。

『ハチマーン!』

 手をブンブンと振って俺を呼ぶサイ。そんな理由でもサイの笑顔が見られるのなら俺は頑張れる。











今週の一言二言

fate/EXTELLA発売まで1週間を切りましたね!
ええ、もう予約済みですよ。CCC終わってませんけど……今、1週目のリップ戦終わったところです。vitaも買ってません。お迎えする準備できてなさすぎて絶望しています。まぁ、のんびりやりますね。

あ、いつになるかわかりませんが『Fate/EXTRA』の小説を書く予定です。
まぁ、クロス先は私が書いている『東方楽曲伝』なのであんまり需要はないと思いますが……なお、その小説でははくのん”が”戦います。

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