やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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皆さん、お久しぶりです。hossiflanです。
インターンシップも無事に終わったので1か月ぶりに更新できました。
これから以前のように1週間に1回ペースで更新します。


これからも私と『俺ガッシュ』をよろしくお願いします。


LEVEL.85 群青少女は今もなお、何も教えてくれない

 サイとの間に何とも言えない気まずさが残る中、2人で由比ヶ浜たちがいる席に戻り、これまた気まずいと言うか妙な空気に押し潰されそうになりながら雪ノ下の到着を待つ。サイは何故か話さないし、由比ヶ浜もいくらか焦れたように首を巡らせていた。ただ席に座っているだけなのになんでこんなに疲れるのだろうか。気を紛らわせるためのコーヒーはとうの昔に空になっているし。陽乃さんが雪ノ下を呼んでまだ30分しか経っていない到着までもう少しかかるだろう。

「あ、ゆきのーん。こっちこっち」

 俺の膝の上で大人しくしているサイの髪を適当に弄っていると不意に由比ヶ浜が声をあげた。そちらを見やると早歩きでこちらに向かって来る雪ノ下を発見した。急いで来たのだろうか。予想よりも早い到着である。由比ヶ浜の声で彼女もこちらに気付いたようで俺たちの座る席へとやって来た。

「サイさんだけじゃなく……由比ヶ浜さんも来てたのね」

「うん。ちょっとヒッキーたちと買い物に来ててねー」

「そう」

 苦笑交じりに言う由比ヶ浜を見て少しだけ口元を緩ませた雪ノ下はちらりと嬉しそうに笑っている陽乃さんと申し訳なさそうにしている葉山に視線を向け、ため息を吐いた。これまでにもこんなことが多々あったのだろう。大変だな、こいつも。

「ほら、立ってないで座って座って」

 雪ノ下が来てよほど嬉しかったのか腰を浮かせてソファに人一人分の空間を作る由比ヶ浜。空いていたならサイを座らせてやればよかったのに。まぁ、俺的には役得でしたけれども。

「ごめんなさい、姉が迷惑をかけて」

 その空間に座った雪ノ下は俺たちに視線を向け、頭を下げた。おい、そのお姉様ご本人の前で謝るのはいいのか。葉山とか苦笑しているぞ。陽乃さんは相変わらずの笑顔だけど。

「ううん、全然」

「別にどのみち暇してたしな」

「……」

 由比ヶ浜と俺がそう答える中、いつもなら満面の笑みを浮かべて雪ノ下に話しかけるサイは沈黙を貫いた。それが意外だったのか雪ノ下と由比ヶ浜は顔を見合わせ、再び俺に視線を送って来る。すまんが俺もわからないのだ。目でそれを伝えた時、唐突に陽乃さんが雪ノ下に声をかけた。

「雪乃ちゃんおそーい」

「いきなり呼び出しておいてよくもまぁぬけぬけと……」

 さすがにカチンと来たのかサイを心配そうにしていた雪ノ下の眼光が鋭くなり、陽乃さんを捉える。背筋が凍りそうなほど鋭い視線を受けた陽乃さんは平然としたようでそれを受け止めていた。店内で乱闘だけは止めてくれ。さっき店員さんに迷惑をかけたばかりなのだ。出禁になってしまう。

「まぁまぁ、雪ノ下さんも急いで来たみたいだし。そうだ、雪ノ下さん、何か飲む?」

 そこでフォローを入れたのは葉山だった。葉山は小さい頃から雪ノ下たちと交流があったようなのでこう言った状況にも慣れているのだろう。

「……そうね、紅茶にしようかしら」

「紅茶ね。結衣は?」

「あ、私も同じので」

 俺のコーヒーと同じように由比ヶ浜の紅茶もなくなっていた。こいつの気遣い力にはいつも驚かされる。修学旅行の問題以降、更に磨きがかかっているようにも感じた。こいつの中で何か心境の変化でもあったのだろうか。そんなことを考えていると気遣い力が天元突破していると葉山は視線だけで俺に注文を聞いて来た。それに気付き、すぐにコーヒーと言いそうになるがなんか負けた気分になりそうだったので空のコーヒーカップのふちを爪で2回叩く。通じたようで頷いてくれた。

「サイちゃんはどうする?」

 更にフォロワー葉山の気遣いは止まらない。あろうことかずっと口を閉ざしているサイに声をかけた。こいつ、チャレンジャーだな。

「……ピーナッツ」

「あー……」

 そして、サイの所望する品はまさかのピーナッツだった。それだけでサイの機嫌がわかり、頬を掻いてしまう。

「……比企谷、これは?」

 ピーナッツと言われるとは思わなかったようで顔を引き攣らせた葉山が俺に問いかけて来た。雪ノ下たちもピーナッツの謎が気になるのか俺の方を見る。

「……こいつ、不機嫌な時、無心でピーナッツを食べる癖があるんだよ。まぁ、機嫌がいい時も食べるけど」

 そう、サイは何故か機嫌が悪い時、怒りながらピーナッツの殻を剥き、バクバクと食べるのだ。サイ曰く、『イライラしてる時、余計なことを考えたくないからちまちました作業がしたくなる』らしい。だが、ただちまちました作業をするだけでなく、少しでも気分を紛らわせるために好物のピーナッツを食べるそうだ。

「さすがに……ピーナッツはないよね?」

 一度、部室で不機嫌になったことがあったので不機嫌なサイの厄介さを知っている由比ヶ浜は少しだけ焦った様子で呟く。

「……一応、聞いてみよう」

 いや、あったとしても殻のまま出て来ないだろう。買って来るしかないか。しかし、店内に食品を持ち込むのはNGだろう。あの店員さんに聞いてみて駄目だと言われたらサイには我慢して貰うしかない。心の中でため息を吐いていると先ほど俺が声をかけた店員さんがやって来た。

「ご注文は?」

「紅茶3つとコーヒー2つ……それとピーナッツってあります?」

「ピーナッツですか?」

 葉山が申し訳なさそうに聞くと不思議そうに首を傾げた店員さんだったが、サイを見てすぐに笑った。

「ええ、ありますよ」

「え!? あるんですか!?」

 まさかの展開に由比ヶ浜が目を丸くして叫んだ。だが、サイが欲しいのは殻のままのピーナッツ――落花生である。ピーナッツがグラスに乗って来ても機嫌は治らないのだ。

「サイちゃん、殻付きのピーナッツ……落花生が欲しいの?」

「……うん」

「やっぱり。では、お飲み物と一緒にお持ちしますね」

 サイに対してフレンドリーに聞いた店員さんは笑った後、お辞儀をして去って行った。

「……サイ」

「……ここの常連なの」

 放課後になるまで何をしているかと思えば、この店に入り浸っていたらしい。ああ、だから女子トイレに入る許可をくれたのか。きっとカウンター席に座ってピーナッツでも食べながらあの店員さんに俺の話でもしたのだろう。あれ、もしかして落花生って裏メニュー?

「お待たせしました。殻はこちらに。あんまり乱暴に割らないように、ね」

「むぅ……わかってるよ」

 サイの前に落花生が山盛りに盛られた皿と底の深い皿を置いた店員さんがサイの頭を撫でて忠告する。口を尖らせながらも頷いたサイは早速、底の深い皿を自身の膝の上に置いてピーナッツを剥き始めた。

「……サイ、このままだとコーヒー飲めないんだが」

 今、俺が動けばサイの膝の上にある皿が床に落ちてしまう。しかし、体を動かさなければコーヒーカップを取ることはできない。完全に詰んだ状態である。

「飲みたい時言って。取るから」

「……ああ」

 俺の膝から降りる気も落花生から手を放す気もないようだ。まぁ、取ってくれるならいいか。

 一先ず、ピーナッツの件は何とかなったので自ずと会話が始まった。だが、主に話の内容は雪ノ下姉妹と葉山の思い出話。俺とサイはもちろん、あの由比ヶ浜でさえもうまく会話に入れないでいた。俺にできることはサイの髪を弄ることとコーヒーを飲むこと、時々相槌を打つことと想像することだけだった。やはり、昔から雪ノ下と葉山は陽乃さんに振り回されていたようで思い出話をする陽乃さんに対し、雪ノ下は不機嫌そうに頷き、葉山は苦笑を浮かべていた。

「はい、ハチマン。あーん」

 すると、唐突にサイがピーナッツを俺に差し出して来た。おそらく俺たちに迷惑をかけてしまったことを理解しているのだろう。けれどそのお詫びがピーナッツか。いや、貰うけど。サイの機嫌も治って来ているみたいだし一安心だ。

 サイからピーナッツを貰って咀嚼していると不意にため息と共にカップの置かれる音が聞えた。そちらを見ると陽乃さんが頬杖をついて雪ノ下と葉山を温度のない瞳で見つめている。

「あの頃は2人とも可愛かったなぁ……今は、なーんかつまんない」

 冷たい声音で紡がれた言葉を聞いた瞬間、この場にいる誰もが声を詰まらせた。雪ノ下はテーブルの上でわずかに拳を握り、葉山は歯噛みして視線を逸らす。蚊帳の外にいた由比ヶ浜は戸惑っている。そして――。

 

 

 

 

 

 

 ――サイは手に持っていた落花生を握り潰した。グシャリという音が不気味なほど店内に響く。

 

 

 

 

 

 

「……」

 あの陽乃さんでさえも言葉を失っている中、握り潰した落花生を何事もなかったかのように底の深い皿に落とした後、再びピーナッツの殻を剥き始めるサイ。ただ違う点は“ピーナッツを食べずにテーブルの上に並べている”こと。横一列に、粒の大きさを考慮した上で最も綺麗に並ぶように、一定の間隔を保ったまま、ただひたすら並べ始めた。

「陽乃」

 その異様な光景を見てサイ以外の全員が呆然としていると聞き覚えのない女性の声が聞こえる。そちらを見ると陽乃さんの傍に立っている着物姿の女性がいた。

「どうかしたの?」

「あー……ううん、何でもない。お話はもういいの?」

「ええ。この後食事に行くから呼びに来たの。隼人くん、お待たせしちゃってごめんなさいね」

「い、いえ……」

 戸惑っている葉山を見て不思議そうにした女性はこちらに視線を向け、すぐに雪ノ下を見つけた。雪ノ下がいるとは思わなかったようで弾むような声を漏らし、笑みを零す。

「雪乃、来てくれたのね。よかった」

「母さん……」

 やはりと言うべきか、意外だと言うべきか。この女性は雪ノ下の母親らしい。雪ノ下が年齢を重ねれば瓜二つになるだろう。それほど雪ノ下の母親と雪ノ下は似ていた。だが、似ていると思う自分の他に似ていないと思う自分もいた。すぐに雪ノ下の母親だと気付かなかったのは有無を言わさぬ迫力があったからだ。雪ノ下とは違う軽々しく声をかけることを躊躇わせる、威厳とも呼ぶべきものが彼女にはあった。

「……」

 ピーナッツの殻を剥く手を止めたサイはジッと雪ノ下の母親に顔を向けている。

「ひゃー、めっちゃ美人……」

 由比ヶ浜が驚く中、雪ノ下の母親が俺たちに軽い会釈をし、すぐにテーブルに並べられたピーナッツを見てキョトンとした。まぁ、無理もないか。俺だってこれを初めて見たら首を傾げるだろうし。しかし、雪ノ下の母親にとってピーナッツは些細なことだったのか陽乃さんに向き直った。

「陽乃、お友達?」

「そ。比企谷くんとガハマちゃん。それと比企谷くんのところのサイちゃん」

 説明するのが面倒なのか陽乃さんの紹介はとても雑なものだった。だが、その紹介を聞いて僅かに眉を顰めてしまった。面倒だったら俺たちの名前を言うだけでいいはずなのに何故、サイだけわざわざ『比企谷くんのところ』と具体的に説明したのだろう。

「あ、ゆきのんの友達の由比ヶ浜結衣です」

 慌てて頭を下げて名乗る由比ヶ浜。それに合わせて俺も会釈した。大きく動いたら皿が落ちてしまうので小さくだが。サイは相変わらず雪ノ下の母親を見ているだけだった。

「ゆきのん……あら、ごめんなさい。雪乃のお友達だったのね。大人っぽく見えたものだから、つい」

「大人っぽい……えへへ」

 雪ノ下の母親の言葉で嬉しそうに笑う由比ヶ浜だったが、俺は少しばかり違和感を覚えた。由比ヶ浜の顔立ちはどちらかと言えばあどけない部類だと思う。少なくともその所作や仕草は落ち着いた印象はない。会ってまだ数分しか経っていないが、それぐらいならわかると思うが。

「隼人くんぐらいしか雪乃の同級生を知らないものだから……これからも仲良くしてあげてくださいね」

「はい!」

 由比ヶ浜が笑顔で頷き、雪ノ下の母親はまた軽く頭を下げた。そんな2人のやり取りを雪ノ下は何とも言えない顔で見ている。俺なら自分の母親が由比ヶ浜と話していたら恥ずかしくてその辺を転げ回りたくなる。他の人がどのような反応をするか知らないが今、雪ノ下が浮かべているような顔はしないと思う。何だ、この違和感。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「はーい」

 雪ノ下の母親の言葉で陽乃さんは立ち上がり、葉山も伝票を手にしてそれに続く。だが、雪ノ下は動かなかった。それを見た雪ノ下の母親は穏やかな声で尋ねる。

「雪乃、あなたも来るわよね?」

 いや、違う。尋ねたのではない。雪ノ下の返答など最初から考慮していないただの確認。

「私は……」

「あなたのお誕生日祝いでもあるのよ」

 言い淀む雪ノ下に懇願するように言葉を付け加える雪ノ下の母親。慈しむような温かい眼差し、優しく諭すような声音。それでいて有無を言わさぬ強制力が込められた一言。

「ッ!!」

「っ……サイ!」

 それを聞いた雪ノ下が何か言う前にいきなりサイが俺の上から降り、店の出入り口の方へ駆けだした。慌ててサイを追いかけようとするが、すぐに今の状況を思い出して立ち止まる。

「すみません、あの子を追いかけるのでここで失礼します。由比ヶ浜、これで払っておいてくれ」

「う、うん」

 財布から野口さんを3人ほど出してテーブルに置き、椅子の横に置いてあった荷物を対面に座っている雪ノ下に押しつける。

「俺とサイからだ。それじゃ」

「え、あ……」

 雪ノ下は何かいいかけるが今はそれどころではない。急いでサイの後を追った。もちろん、出る時にお世話になった店員さんにお辞儀することも忘れない。彼女も苦笑を浮かべて手を振ってくれた。サイはこの店の常連だと言っていたが、それにしては信頼され過ぎだ。後でサイに聞いてみよう。そう決心しながら店を出て周囲を見渡すと右の方を見て不思議そうにしている通行人が数人いた。あっちか。

「……」

 数分ほど走っていると見覚えのあるうしろ姿を見つける。立ち止まって空を見上げていた。

「サイ」

「……」

 呼びかけても彼女は動かない。まだ不機嫌なのだろうか。だが、何となくそれも違うような気がする。じゃあ、何だ?

「……ねぇ、ハチマン」

 どう声をかけようか悩んでいるとサイがこちらを見ずに言葉を発した。

「具合どう? さっきみたいに苦しくない?」

「あ? あー……苦しくないけど」

 いきなり体調を心配され、呆けてしまったがすぐに答える。あの時の息苦しさは微塵も感じていない。やはりあの息苦しさについてサイは何か思い当たる節があるらしい。教える気はないようだが。

「そう……ならよかった」

「なぁ、サイ。どうしたんだ? 何かあったのか?」

 今日の――いや、陽乃さんと葉山に会ってからサイは大人しくなった。そして、機嫌が悪くなった。俺は知りたい。何がサイの機嫌を悪くさせたのか。どうして、いきなり店を出てしまったのか。

「……頭冷やして来る。晩御飯いらないから」

 だが、俺の質問に答えることはなく、サイは気配を俺ですら看破できないほどの薄くして消えてしまった。声をかける間もなかった。

(何で……教えてくれないんだよ)

 サイが消えた後も俺はしばらくその場で立ち尽くしていた。拳を握りしめながら。







サイの好物が判明……ってLEVEL.74の後書きに書いてますね。
嫌いな物に不機嫌になった理由っていうか原因も書いてますし。
……あのプロフィールが見つけられなくて10分ほど探したのは内緒ですw

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