やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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少しばかり重要なことを記載していますので。


LEVEL.84 群青少女は彼の変化に気付き始める

 無事に雪ノ下の誕生日プレゼントを買った俺たちは適当な店に入り、適当に見て、適当な時にその店を出るのを繰り返していた。所謂。ウィンドウショッピングというものだ。別に俺は今すぐ帰ってもよかったのだが、由比ヶ浜と雪ノ下の誕生日プレゼントを買いに来たことでテンションが上がっているサイが楽しそうに見て回っているのでついて行くしかなかった。どうして女の子の買い物って長いのかしら? いい加減歩き疲れたんですけど。あ、まだ行きますか、そうですか。

 終わりの見えない地獄のウィンドウショッピングで超高校級の絶望に染まりそうになっている中、洋服はもちろん、その他小物アイテム各種を取り揃えているセンシティ・そごう千葉店に入った俺たち。正直、男一人では絶対に入らない場所なのでものすごく肩身が狭い。ほら、店員さんとかめっちゃ警戒している。まぁ、高校生にしか見えない男女とその男と手を繋いでいる幼女が入って来たら警戒するわ。特に男に対して。すみません、俺怪しいものじゃないので警戒レベル下げて貰ってもいいですか?

「ふふん。どう? 頭良さそうに見えない?」

 店員さんの視線を無視して店を見て回っていると唐突に俺の肩を叩いて呼んだ由比ヶ浜。振り返ると眼鏡をかけた彼女はドヤ顔で眼鏡をくいくいしていた。いや、その時点で相当アホだぞ。

「私も掛けてみたけど、どう?」

「似合ってるぞ。それ買って来るからこっちに渡しなさい」

「ちょっと無視しないでよ! バカみたいじゃん!」

 バカみたいじゃなくて馬鹿なんです。さて、レジはどこかなー。早くこの眼鏡を買ってサイに装備しなければ。

「ほら、ヒッキーも掛けてみなよ!」

 サイから眼鏡を奪ってレジを探していると適当な眼鏡を掴んだ由比ヶ浜がそれをこちらに押しつけて来る。

「えー……」

 絶対笑われる奴ですよね、これ。眼鏡とか掛けたことないんだけど。躊躇していると不意に袖がクイッと引かれる。視線を下に向けると目をキラキラさせたサイがわくわくした様子で見上げていた。

「……はぁ。わかった」

 由比ヶ浜はともかくサイにそんな目を向けられて頷かない俺など八幡ではない。ため息を吐いた後、由比ヶ浜から眼鏡を受け取って眼鏡を装着した。

「……なんかごめん」

「いや、謝られた方が傷つくんだけど」

「んー……こっちの方が似合いそうじゃない?」

 そう言ってサイが別のデザインの眼鏡を渡して来る。仕方ないのですぐに掛けて2人に顔を向けた。

「「……」」

「え、何で無言? 言葉を失うほど似合わない?」

 まさかここまで眼鏡に嫌われているとは思わなかった。よかった、目が良くて。もし、目が悪くなったら絶対コンタクトにしよう。ほら、お米大好きなスクールアイドルもコンタクトにしていたし。これが高校デビューって奴か。違うわ。

「え、あ……なんか意外に似合ってて吃驚したって言うか」

「うん……ハチマン、格好いいよ」

 どうやら、俺のことが好きな眼鏡もいたようだ。しかし、褒められたら褒められたらでこっちも反応し辛いな。

「……ほら、次の店に行くぞ」

 眼鏡を外して急かす。外した瞬間、『あ……』とか聞こえたけど知らない。名残惜しそうに眼鏡コーナーを見ている2人の背中を押すが、すぐに右手にあったサイの眼鏡に気付いた。

「すまん。これ買って来るから先行っててくれ」

「あ、結局それは買うんだ。なら、自分のも買えばいいのに」

「男の伊達眼鏡とか意識高すぎて嫌だわ。ほれ、はよ行け」

 手を振って2人を店から追い出してレジに向かおうと体を反転させた。その時、眼鏡コーナーが視界に入る。そして、一つの眼鏡が目に留まった。

「……」

 由比ヶ浜が贈った猫脚ルームソックスを履いてサイが贈った黒猫マグカップで一息吐きながらパソコンで猫動画を見る雪ノ下。そんな姿を幻視する。まぁ、そうだな。俺が選んだ物もあっていいだろう。そう思ってその眼鏡を持って俺はレジに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終え、サイに眼鏡をプレゼントした俺たちは歩き疲れた足を休ませるついでにカフェに入ることにした。外のスタバでもよかったがこの時期はさすがに寒いので何度か行ったことのある店に行くことにした。店に入り、店員さんに通された四人掛けの席は窓のすぐそばで眼下には千葉駅を一望できる。俺の正面に由比ヶ浜。そして、俺の膝の上にサイが座り、すぐにサイを持ち上げて隣の席に移動させた後、後ろに広がる千葉駅を眺めた。そこにはモノレールが走っており、それを何となく目で追っているとはす向かいの席に座る人と目が合った。

「ありゃ、比企谷君だ」

 そこには俺と同じように窓を背にしてソファに座っている雪ノ下陽乃さんがいた。相変わらずよく分からない人だ。由比ヶ浜も陽乃さんの声を聞いて彼女に気付き、その正面に座っている人にも気付いた。

「陽乃さんと……隼人君?」

「……やぁ」

 陽乃さんの前に座っていたのは白とも黒ともつかない灰色のカットソーに黒のジャケットを羽織った男、葉山隼人だった。彼は少し驚いたような表情を浮かべながら手を挙げて笑っていた。

「こんなところで奇遇だね。なんかガハマちゃんに会うの久しぶりかもー」

 言いながら陽乃さんは自然とこちらのテーブルに移動して来た。それに応じて葉山も短くため息を吐くと伝票を手に持って立ち上がる。すかさず隣の席に座っていたサイを再び膝の上に座らせた。

「すまない」

 わざわざサイを移動させたことに謝ったのか葉山は笑いながら謝り、俺の隣に座る。別に俺はサイのキュートなヒップを太ももで感じたかっただけ――あ、これだとただの変態だわ。何でもないです、はい。

「デート……ってわけじゃなさそうだけど相変わらず仲良いなぁー。雪乃ちゃんは一緒じゃないの?」

 ちらりとサイに視線を向けた陽乃さんが由比ヶ浜に問いかける。それにしてもサイ、急に大人しくなったな。こちらからではサイの後頭部しか見えないので彼女の表情は窺えない。今、サイはどのような表情を浮かべているのだろうか。

「あ、今日はちょっとゆきのんのプレゼント買いに来てて」

「あー、そっかもうすぐ誕生日だもんね、あの子。そっか……なるほどね」

 由比ヶ浜の話を聞いて頷いていた陽乃さんはいきなり携帯を取り出してどこかに電話を掛け始めた。十中八九、雪ノ下に電話を掛けているのだろう。そう思っているとそんな陽乃さんを見ていた葉山が控えめに口を開いた。

「……出ないんじゃないかな」

「ううん。多分今日は出ると思うよ」

 自信に満ちた笑顔で言い切る陽乃さん。静かな店内に数回コール音が響き、彼女の言ったように電話が繋がった。

『……もしもし?』

「あ、雪乃ちゃん? お姉ちゃんですよー。今から出てこれる?」

『切るわ』

 通話3秒でまさかの切る宣言。これには由比ヶ浜も葉山も苦笑いを浮かべた。しかし、陽乃さんはそんな反応に慣れているのか動じることなくからかうような口調で続けた。

「あれー? 切っちゃっていいのかなー?」

『……何?』

「実はね、今、比企谷君と一緒にいるんだよー!」

 何故、そこで俺の名前を出す。別に由比ヶ浜やサイの名前でよかっただろうに。しかも、サイがいるなら俺も一緒にいることは確定なので説明も省ける。効率厨に怒られてしまうぞ。

『またくだらない嘘を……いい加減に』

「はい、比企谷君」

 雪ノ下の言葉を聞かずに彼女は俺に携帯電話を押し付けて来た。いや、どうしろと? 出ろと? 携帯から陽乃さんを呼ぶ雪ノ下の声が聞こえる。しょうがない、出るか。

「……もしもし」

『……はぁ、呆れた。どうしてあなたがそこにいるの』

 数秒ほど沈黙が続いた後、雪ノ下は声を低くして問いかけて来た。俺も知りたい。今日はサイと一緒に買い物しに来ただけなのにどうしてこうなった。

「いや、たまたま出かけてたらなんか捕まっちゃってだな……」

『もういいわ。すぐ行くから姉さんに代わって』

「はい、すみません……」

 思わず、謝ってしまった後、携帯の画面をおしぼりで拭い、陽乃さんに返した。それから陽乃さんは雪ノ下と二言三言、場所なんかを伝えて電話を切る。

「雪乃ちゃん来るって」

 来ると言うより、俺たちを人質に呼び出したって言った方がいいような気がした。

「ハチマン、トイレ行って来る」

「え、あ、おう……場所分かるか?」

「うん」

 いきなり俺の膝の上から降りたサイはこちらに顔を向けずにトイレへ行ってしまった。何かあったのだろうか。

「あの、なんでゆきのん呼び出したんですか? 嫌そうでしたけど……」

 それを見送っていると由比ヶ浜が陽乃さんに質問した。

「うん? あー、この後家族で食事に行く予定なんだけど雪乃ちゃんには断られちゃってね。でも、比企谷君たちがいるって言えば、来るしかないでしょ?」

「やっぱり人質じゃ――ッ!?」

 そう言いかけた瞬間、俺の背中に悪寒が走る。いや、それだけじゃない、重い。体がひたすら重かった。ちらりと由比ヶ浜たちを見ると不思議そうに俺を見ている。

(何だ、これ……)

 息が、できない。目だけで周囲を確認するが魔物らしき姿はなし。じゃあ、なんだこの異様なまでのプレッシャーは? これほどの威圧を放てる奴などそこら辺にいるわけがない。それに俺以外はこのプレッシャーを感じていないようだ。なら――。

「ひ、ヒッキー?」

「……なんでも、ない。俺もトイレ」

 心配そうに俺を見ている由比ヶ浜にそう言い、ふらつく体を何とか動かして急いで店員さんのところへ向かう。

「すみません、連れの子がトイレから帰って来なくて見に行きたいのですが女の子なので……」

「では、私が代わりに見に行って来ますか?」

「あー、実はかなり人見知りする子なので……出来れば直接俺が声をかけてあげたいんですけど、やっぱり無理ですか?」

「そうですね……最初に化粧室にその子以外いないことを確認した後なら」

「すみません、無理言っちゃって」

 よかった、何とかなった。この店員さん、めっちゃいい人だわ。まぁ、サイと一緒に何度もこの店に来ているので俺の顔を覚えているだけかもしれないが。そりゃ、高校生が幼女を連れて何度も来ていたら覚えるわ。

 それから重い体を懸命に動かして店員さんと共に女子トイレに向かう。トイレに近づくにつれ、どんどんプレッシャーが重くなっていく。何で隣の店員さんは平気なのだろう。それに由比ヶ浜たちも。この威圧は俺だけにしか向けられていないのか?

「……中にはその子以外いないようです。声は一応、かけましたが返事はありませんでした」

「わかりました、わざわざありがとうございます」

 店員さんの確認が終わり、女子トイレに入る。店員さんは入り口で待機だ。トイレを利用する人を少しの間だけ止めるためである。女子トイレにはいくつか個室があり、その一つだけ扉が閉まっていた。あそこにサイがいるらしい。

「サイ……どうした?」

 トイレの扉をノックしながら声をかける。しかし、返事はない。

「お前が何に“怒ってる”のかわからないけど……さすがにそれは止めてくれ。そろそろ俺が限界だ」

「……待って。ハチマン、なんて言った?」

 トイレの中から小さな声が聞こえた後、威圧が消えた。思わず、安堵のため息を吐いてしまう。

「だから、さっきまでの威圧だよ。器用に俺にだけ向けんじゃねーよ。死ぬかと思ったわ」

「威圧? 何のこと? 私はただ……まさか。いや、でもそんなことありえるの?」

「……サイ?」

 何かぶつぶつ言っていたが、出来れば急いで出て来て欲しい。店員さんがチラチラ顔をこちらに覗かせているのだ。

「いいから出て来い。話はその後でいいだろ」

「……うん。わかった」

 カチャリと鍵の開く音が聞こえ、すぐに後ろに下がった。そして、個室からサイが出て来る。それから店員さんに2人で謝ってトイレを後にした。

「それで何かあったのか?」

「……ううん、何でもない。私の勘違い、であって欲しいから」

「はぁ?」

 勘違いであって欲しい。それは一体、どういう意味なのだろう。何かサイにとってよくないことでも起きたのだろうか。だが、今彼女にそのことを問い質しても答えてくれないだろう。やはり、待つしかないようだ。彼女から話してくれるのを。

 


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