やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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今回のお話は短い上に全く話は進みません。ご了承ください。


LEVEL.83 誕生日は群青少女にとってとても大切な日である

 初詣に行った次の日、俺とサイは千葉駅のビジョン前に来ていた。昨日の夜、雪ノ下の誕生日プレゼントを買いに行こうと由比ヶ浜に誘われたのだ。因みに小町も誘ったが、勉強で忙しいらしく、断られてしまった。最近、兄妹の時間が取れていないからお兄ちゃん寂しいぞ。その分、サイとの時間が取れまくっているけれど。いいぞもっとやれ。

「寒いねー」

「そうだな」

 俺の手をしっかり握ったサイが暇そうに呟き、俺もそれに相槌を打つ。集合時間は少し過ぎているが先ほど由比ヶ浜から電車が遅れたという連絡を受けている。やっぱり、冬の電車はよく遅れるな。あれか? みんな、電車の暖房目的か? いや、普通に自転車勢が電車に乗って来ただけだな。寒いし。

 そんなことを考えながら暇つぶしにサイとしりとりとあっち向いてホイを同時にしていると改札から由比ヶ浜が出て来るのが見えた。

「椎茸! あ、ハチマンの負けー」

 俺が改札の方を見た瞬間、サイの指がそちらを指す。あ、ずるい。

「いや、今のなしだろ。由比ヶ浜の方見ただけだし」

「駄目ですー。罰ゲームはね……今日一日私と腕を組むで」

 それ、身長差のせいでなかなかやり辛いと思うのだが。

「やっはろー! 何やってるの?」

「やっはろー、ユイ。しりとりとあっち向いてホイだよ」

 俺の腕にギュッとしがみ付いたサイが笑いながら教える。しりとりとあっち向いてホイと聞くと単純な遊びをしていたように聞こえるが、この2つを同時にやった場合、難易度は跳ね上がる。所謂、並列思考――マルチタスクの練習だ。魔物との戦闘中、俺が狙われ、魔物に肉薄された時、戦いながら戦況を把握しつつ呪文を唱えなければならない。それを本番でやれる自信はないのでこうやって物事を同時に考える練習をしているのだ。まぁ、これの練習が本当に役に立つのか知らないが。さすがにサイもマルチタスクの練習方法までは知らなかったし。

「へー、ヒッキーがそんな遊びをするなんて意外」

「ユイもやってみる? 行くよー、じゃんけん!」

「え、ええ?」

 戸惑いながらサイにつられるように手を出す由比ヶ浜。そして、サイがチョキ、由比ヶ浜がパーを出す。

「リンゴ」

 チョキを出すと同時にしりとりが始まった。目を見開く由比ヶ浜が口をパクパクさせている間にじゃんけんで勝ったサイの指が由比ヶ浜に向けられる。

「あっち向いてー」

「え、ええ!?」

 

 

 

「ホイ!」

「ゴリラ!」

 

 

 

 上を向きながらゴリラと叫ぶ由比ヶ浜と笑いながら上を指さすサイ。何というか、ものすごく気まずかった。負けた上にゴリラと大声で言ったせいか由比ヶ浜はすぐにその場にしゃがみ込んでしまう。まぁ、恥ずかしいよな、うん。

「ユイの負けー」

「うわあああああ! 今のなし! なしいいいいい!」

「何というか……ドンマイ」

 赤面しながら手をぶんぶんと振って誤魔化そうとする彼女だったが、記憶はそう簡単に消えない。諦めろ。こうやって黒歴史を作り、人は強くなっていくのだ。あれ、なら俺最強じゃね? 黒歴史の数なら誰にも負けない自信あるよ? あ、最強はサイさんでしたね、すみません。

「じゃあ、そろそろ行こっか。ユキノの誕生日プレゼント買うんでしょ!」

 楽しそうに笑いながらサイが俺の腕を引っ張り、歩き出してしまう。転びそうになったが何とか踏ん張ってすぐにサイの隣に移動する。

「あ、待ってよ!」

 悶えていた由比ヶ浜は慌てて俺たちを追って来た。サイを挟むように歩きながらどこで買うか相談し、C・oneに行くことにした。一蘭入っているところだよね、八幡知ってる。

「うひゃぁ……人すごいね」

「正月だからな。おば様方がはりきってんだろ」

 モール内に入るとお正月クリアランスセールとやらのおかげかいつにも増して活気に満ちていた。俺や由比ヶ浜はともかくサイなら人の波に飲み込まれて漂流してしまいそうだ。由比ヶ浜もその光景に顔を引き攣らせている。

「まず、どこに行く? ゆきのんってどんなのが好きなのかな」

「そう言われてもなぁ。下手な猫グッズプレゼントしたら怒りそうだし」

 あいつの猫に対する拘りは凄まじい。因みにパンさんグッズも地雷である。どうしたものか。

「とりあえず、見て回ったら? ここで考えても時間が勿体ないし」

 唸っていた俺たちを見かねたのか俺の腕にしがみ付いているサイがそう提案してくれた。確かにティンと来る物があるかもしれない。どこぞの社長も直感でスカウトしたのだ。俺にだってティンと来る時が来るはず。

 どうでもいいことを考えながらサイに引っ張られるようにモール内を散策する。一応、良さそうな物も見つけたがティンとは来なかったので保留にし、どんどんプレゼント候補を増やしていく。

「ユイ、これなんてどう?」

「おー! ゆきのん似合いそう! キープキープ」

「よーし、どんどん見つけるぞー!」

 何より驚いたのがサイの張り切り具合だった。クリスマスなど鼻で笑っていたので雪ノ下のプレゼント選びも乗り気ではないと思ったのだが。そう言えば、昨日の夜から異様にテンションが高かった。

「なぁ、サイ」

「んー、何ー?」

 三毛猫をモチーフにしたマグカップと黒猫をモチーフにしたマグカップを見比べているサイがこちらに視線を向けずに返事をする。プレゼントを選ぶ彼女の目はとても真剣だ。

「何でそんなに真剣なんだ?」

「そりゃ誕生日だから。ユキノに生まれて来てくれてありがとうって伝えるの」

 それを聞いて俺はふと思い出す。それは去年の俺の誕生日――そして、8月8日がサイの誕生日になった日。彼女は『自分が本当に生まれて来てよかったのか』と疑問に思っていた。ディスティニーランドで関係ありそうな話は聞いたが、全貌はまだ謎である。話すような内容ではないのか、まだ話す勇気がないのか。それとも……。いや、これ以上考えて意味はない。話す話さないを決めるのはサイだ。俺はそれを“待つことしかできない”。

「ねぇ、ハチマン。どっちがいいと思う?」

 何より、サイは雪ノ下の誕生日を祝いたいと思っている。それがわかって何となく嬉しくなった。今まで俺にしか心を開いていなかったサイがやっと他の人にも心を許し始めている。そんな気がしたから。

「そうだな……黒猫の方かな」

「あ、やっぱり? 私もこっちかなって思ったの。ほら、この猫、少しユキノに似てるでしょ?」

 黒猫のマグカップを見て笑うサイ。確かに雪ノ下に似ているかもしれない。特にこの鋭い眼が俺のことを見ている時の目と同じだ。あれ、それ駄目な目じゃね? 完全に人を殺せるような目だよね?

「それにするのか?」

 お小遣いを貰っているとは言え、子供のサイに高価なプレゼントを買わせるわけにもいかないので俺とサイで割り勘して『2人からのプレゼント』にするつもりなのだ。俺はこう言ったセンスは皆無なのでサイに任せている。

「うーん……どうしよっかな」

「ヒッキー! サイー! 見て見て!」

 不意に後ろから由比ヶ浜の声が聞こえたので振り返ると犬の顔を模したミトンを嵌めた彼女が楽しそうに笑っていた。何やっているの、この子。

「これなんかよくない? 猫の手バージョンもあったからそっちプレゼントにしようかな!」

「いや……さすがにそういうデザインの外でしないだろ」

 家でならしていそうだけど。由比ヶ浜からのプレゼントだし。

「うーん、確かにそうかも……いいと思ったんだけどなー」

 肩を落とした彼女はミトンを外してサイの持っているマグカップに視線を向ける。

「サイたちのプレゼントはそれ?」

「ちょっと悩んでる、かな。マグカップだけじゃなんか物足りなくて」

 別にマグカップだけでも十分だと思うが。そう思いながら視線をずらすと猫の肉球が目に留まる。いや、これはティースプーンか。持ち手の先端が猫の肉球を模しているのだ。

「これも付けたらどうだ?」

「あ、可愛い。いいかも」

 俺の差し出したティースプーンを見てサイは笑顔を浮かべる。気に入ったらしい。サイの様子から俺たちからのプレゼントは決まったようだ。

「後はそっちか」

「なかなか難しいねー。サイたちのプレゼントに合わせた方がいいかな。でもなー」

 うんうんと唸っている彼女はミトンを元の場所に戻しに行くのか歩き始めた。俺たちもそれについて行く。

「あ、これいいかも」

 ミトンを置いた彼女が次に見つけたのは猫の脚によく似た靴下だった。ルームソックスという部屋の中で履く靴下らしい。そんなのあるのか。知らなかった。

「家の中で履くから人目を気にしなくていいと思うんだけど……どうかな?」

「私はいいと思うよ。ユキノ、猫好きだもんね。それとミトン付ければ猫っぽくなれるし」

 猫好きだからと言って自分が猫になりたいとは限らないぞ。それに猫になりたいなら耳と尻尾がない。どこに売っているのだろうか。探してみようかな。

「よし、じゃああたしはこれにする!」

 そう言って由比ヶ浜は猫の手ミトンと猫の脚ソックス、それと最初から決まっていたのかカーディガン一着を持ってレジの方へ向かう。俺たちもその後に続き、雪ノ下のプレゼントを無事に購入することができた。


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