やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
途中で更新切れるかも、と投稿し始めた頃は不安でしたが、皆様のおかげでここまで続けることができました。
これからも俺ガッシュをよろしくお願いします。
なお、今回のお話は長い上に中途半端なところで終わっていますのでご注意ください。
クリスマスイブ当日。とうとうこの日が来てしまった。そう、総武高校と海浜総合高校の生徒会によるクリスマス合同イベントの本番なのだ。一昨日は終業式で半ドン、昨日が祝日と作業時間に恵まれ、進捗状況は悪くない。何より、サイが演劇に出てもいいとすぐに頷いてくれたのが大きい。もちろん、留美も出演すると言った上で、だ。説得する気まんまんだったがすぐに頷くとは思わず、理由を聞いた。
『多分、留美も私も……未練が残ったままだから。自分から離れた私にこんなこと言う資格ないと思うけど、これで最後にしたい』
頭では留美と会わない方がいいと理解はしている。だが、まだ心が理性に追い付いていないのだ。だからサイは目を伏せて頷いた。それは仕方ないことだと思うのは勝手なのだろうか。だって、彼女はまだ子供なのだ。人間界の法律ではまだ守られるべき存在なのだ。
しかし、サイが頷いてくれたおかげですぐに稽古に入れたことには変わらない。台本の方は……まぁ、色々大変だったがすぐに完成した。さすがに魔物という言葉はクリスマスに似つかわしくなかったため、物語の設定を大幅に変更せざるを得なかったが。
「サイ、準備はどうだ?」
「……うん、大丈夫だけど。これどうしたの?」
控室で演劇の衣装に着替えたサイだったが、身に纏っている鎧をしげしげと眺めながら問いかけて来る。もちろん、張りぼてではなくそれなりに頑丈な鎧だ。子供が着るには少々重いかもしれないがサイの場合、あまり関係ないだろう。
「大海経由で借りた。壊すなよ? かなり高いらしいから」
「メグちゃんが? なんでそんなことに?」
「演劇の物語に参考した話を教えてくれたのはティオだからな。会議でティオに台本を作る手伝いを頼んだんだが……保護者として大海もついて来てな」
一度、大海を間近で見たことのある一色に速攻でばれて講習室は大パニックに陥ったのだ。あれだけ変装して来いと言ったのにサングラスとマスクだけで来るとは思わなかった。もう少し大海には自分がアイドルだと言うことを自覚して欲しいものである。
「あー……大変だったみたいだね」
「まぁ、そのおかげで大海の伝手で衣装とか借りられたからいいんだけどな。機材もいくつか借りたし」
「ああ、だからあんな立派な照明があったんだ。よく借りれたね」
「それだけ大海が愛されてるってことだろ……ちょっと来い」
鏡の前で鎧姿の自分を見ていたサイを手招きする。首を傾げながら近づいて来た彼女を椅子に座らせて背後に回り、ブラシで少しだけ乱れた髪を梳かす。
「お前は“男役”なんだし、今回の演劇じゃ殺陣もあるんだ。長いままじゃ邪魔だろ」
「うーん……あんまり気にならないけど、やってくれるならお願いしようかな」
サイの許可も下りたのでポケットに入れていた木製の髪留めで一本にまとめた。何度か風呂上りのサイの髪をドライヤーで乾かしたことがあったのでいつの間にかまとめるぐらいならできるようになっていたのだ。
「よし、できたぞ」
「んー……木製の髪留めなんて珍しいね。すごく綺麗で良い物っぽいけど……これも借りたの?」
鏡に映った木製の髪留めを興味深そうに見ながらサイが聞いて来る。そんな彼女から目を離して携帯で時刻を確認しながら答えた。
「いや、買った」
「……へ?」
「ほら、そろそろ時間だ。頑張って来い」
「え、いや。ハチマン……買ったってこれ」
戸惑っているサイを放置して控室を出る。海浜総合高校側のプログラムである音楽を聞きながら廊下を歩く。
「……」
すると、前からゆったりとしたワンピースに身を包んだ留美が歩いて来る。演劇の練習中、留美がサイに話しかけることはほとんどなかった。話しかけるとしても演劇に関係することだけだったのだ。最初は身構えていたサイも留美の態度を見て演劇に集中していた。まぁ、俺の作戦を聞いた留美も賛成してくれたので先走らなかったのだろう。
「よう」
「うん」
どちらがともなく立ち止まり、挨拶を交わす。少しばかり緊張しているようだが、それ以外はいつも通りだ。
「調子はどうだ?」
「……できるだけのことはする。上手くいくかわからないけど」
そう答えた留美の目は覚悟の色に染まっていた。彼女が何をする――いや、何を言うのか俺は知らない。彼女自身の言葉じゃなければサイの心には届かないからだ。
成功するか、失敗するか。それを知っている人はいない。ただ、全て留美次第であることには変わらない。
「頼んだぞ、留美」
サイと再会するチャンスは作った。想いを伝える舞台は整えた。俺の役目はここまで。後は留美に全てを託す。俺は歩き出しながら右手を横に差し出し――。
「任せて、八幡」
――ほぼ同時に前に進んだ留美とハイタッチを交わした。
『頼んだぞ、エル。天界の危機を救えるのはお前だけだ』
無駄に立派な照明が舞台を照らす。そして、小学高学年の男の子が台本を持ちながら舞台の横でセリフを言い、それに合わせて天界の王は口をパクパクさせた。いや、あれは緊張のせいで勝手に口が動いているだけか。ここからでも冷や汗を流しているのが見えるし。
(配役、ミスったか)
そう思いながら天界の王役である“ガッシュ”を見守る。少し離れたところにいる高嶺も片手で顔を覆いながらため息を吐いていた。
演劇――『人間と天使の恋物語』。これが総武高校側の出し物だった。さすがに魔物をテーマにした演劇をクリスマスイベントでやるのはおかしいとなり、『魔物』を『天使』に、『魔物の王を決める戦い』を『天界の危機を救う』という設定に変えたのだ。台本もすぐに完成させ(徹夜で頑張った)、次に配役を決めて行ったのだが、肝心の『天界の王』役だけが決まらず、急いで高嶺に連絡してガッシュに頼んだのである。それが昨日のことだった。まぁ、天界の王は序盤、というか最初の数分しか出番はない上、椅子に座っているだけなので稽古もいらない。いらないのだが、緊張だけはどうにもできなかったらしい。ものすごく歯をガタガタさせて泣きそうになっている。観客も涙目の王を見てざわざわしているし。あれだけ準備したのに数分で失敗するとか止めてくれよ、本当に。
『はい、おまかせください。それではいってまいります』
震えている王を尻目にヒロインのエル役である留美は頭を下げて舞台を去って行った。因みにこの演劇はほとんどヒロインのエルと主人公のゼツは出ずっぱりで台詞数もとんでもないことになっているため、エルとゼツの声優の子供は複数いたりする。今回の声優は幼稚園児だったのでちょっとだけたどたどしかった。そのおかげで天界の王を見て不安そうにしていた観客もほんわかしたようで笑顔を浮かべていた。どうやら、エルは天界の危機の前に失敗の危機を救ってくれたようだ。
留美の姿が見えなくなり、舞台は暗転してガタガタと舞台が騒がしくなる。セットの変更をしているのだ。あまり時間がなかったため、背景とダンボールで作った草むらぐらいしか設置しないのだが。
舞台変更も終わり、証明が点いた。
『ここが人間界、ですか……とても長閑で素晴らしい場所ですね。あら、この生き物はなんでしょう?』
すぐに舞台袖からエルが現れ、周囲を見渡す仕草をし、蝶々(長い棒の先端に蝶々っぽい何かをくっつけ、舞台袖から伸ばしている)を見つけて笑う。しかし、すぐに反対側から見るからに盗賊っぽい子供たちが3人出て来た。
『あ、あのおんな。上玉ですぜ、あにき』
『ああ、そうだな。いいところのうまれみたいだし、たくさんおか……かねをもってそうだ』
『それじゃいつもどおりにやっちゃいましょう』
のん気に草むらにいる蝶々を見ていたエルに3人の盗賊がこっそりと近づく。しかし、天使だからか盗賊の接近に気付き、振り返るエル。まさか気付かれるとは思わなかったようで盗賊たちは動きを止めた。
『あ、こんにちは。いい天気ですね』
普通なら逃げる場面だが、天界で暮らしていたエルは彼らが悪者だとわからず、笑いながら挨拶をする。
『え、あ……こんにちは。いい天気ですね、ええ』
硬直していた盗賊のリーダーがすぐに愛想笑いを浮かべて頷く。それからすぐにエルが世間知らずだと知ったリーダーは『この先に素晴らしい花畑があるから一緒に行かないか』と誘う。
『まぁ、お花畑ですか! 私、お花が大好きなんです。案内して貰ってもよろしいのですか?』
『ええ、もちろんです。あなたのような可憐な方と花を見るのが夢でして』
こうして、すっかり騙されたエルは盗賊たちと話をしながら花畑へ向かう。しかし、案内されたのは暗い森の中。
『あの……お花畑はどこでしょう? さっぱり見当たらないのですが』
さすがに様子がおかしいことに気付いたのかエルは前を歩くリーダーに話しかける。
『いえいえ、もうお花畑はありますよ』
『え? でも、お花畑はおろかお花一輪すら見当たりませんよ?』
『お花畑はなぁ……お前の頭の中だ!』
そう言って盗賊たちはエルに襲い掛かる。天使であるエルだったが、いきなり襲われたことで動けずに悲鳴を上げてその場に尻餅を付いてしまう。しかし、すぐに盗賊たちが悲鳴を上げた。エルが顔を上げるとそこには鎧を着た戦士の背中。
『……大丈夫か?』
盗賊たちが完全に伸びているのを確認した戦士が後ろにいるエルに話しかける。その手には大剣。そう、主人公のゼツだ。まぁ、演じているのはサイなのでポニーテールの女騎士にしか見えないが。
『貴方は……』
『……名乗るほどのもんじゃない。そっちこそ盗賊の後についていくなんて死にたいのか? じゃあな』
そう言ってゼツは大剣を背中のフックに引っ掛けて(鞘だと引き抜けないため、急遽フックで固定することにした)歩き出そうとする。
『あ、あの!』
それをエルが止めようとするがゼツは止まらない。しかし、エルの次の一言ですぐに足を止めることになった。
『トウゾクとは一体、何のことでしょうか!』
『……あ?』
盗賊すら知らない箱入り娘だと勘違いしたゼツはエルを一番近い街に案内することにした。最初はぎこちなかった2人だったが、天真爛漫で様々な物に興味を示すエルの世話を焼いていたせいか普通に会話するほどの仲にまで距離を縮めていた。
『ゼツ、ゼツ! あれは一体何でしょうか!』
空を飛んでいる鳥(長い棒の先端に鳥っぽい何かをくっつけ、舞台袖の影に置いておいた脚立に登り、限界まで高く伸ばしている)に向けてエルが指を刺す。それをゼツがチラリと見て『またか』と言いたげに口を開けた。
『あれは鷹だ』
『鷹とは一体何でしょう?』
『鳥だ』
『鳥とは何でしょう?』
『……』
そのようなやり取りを続けていた2人だったが、お互いに自分の目的や事情は一切、話していなかった。しかし、そんな2人の関係はエルの水浴びをゼツが見てしまうことでがらりと変わってしまう。
『お前……その背中……』
そう、エルの背中に生えていた天使の翼(さすがに留美を裸にするのはまずいので湖のセットに体を隠せる仕掛けを施して背中の翼だけ見えるようにした。実は一番練習したのはこのシーンだったりする)を見てしまったのだ。
『……見られてしまいましたか』
着替えたエルはその後、焚火を見つめながらゼツに自分が天界からやって来たことを話した。
『天使、だったのか』
『今まで黙っていて申し訳ありませんでした』
『……何故、天界から人間界に?』
ただの興味か、それとも別の要因があったのか。ゼツはエルにそう問いかける。まさか質問されるとは思わなかったようでエルは目を丸くしていた。
『どうして、そのようなことを聞くのですか?』
『……別に、何だっていいだろ』
そこでゼツは誤魔化すように顔を逸らす。それを見たエルは儚げに笑った。
『そう、ですね。ゼツにはお話してもいいかもしれません。実は、今天界は滅亡の危機にあるのです』
『滅亡? どうしてまた』
『……人間界の争いが激しくなって来たからです』
人間界の争いにより絶望した人間たちの負の感情が天界にまで浸食し、天使たちが死に至る事件が多発している。また、死に至るだけならまだしも、死んでしまった天使はそのまま堕天使となり、団結して天界を乗っ取ろうとしているのだ。更に堕天使の進攻は止まらず、人間界にまで及ぼうとしているらしい。
『なので、私は人間界へと来ました。争いを止めるために。人間界にやって来た堕天使を止めるために。ゼツ、お願いです。どうか、私と共に――』
『――無理だ』
エルの言葉をゼツは否定する。反論しようとするエルだったが、ゼツの表情を見てすぐに口を閉ざした。ゼツの両手は色が変わるほど握りしめられていたから。
『人間界に来た堕天使はどうにかできるかもしれない。でも、人間同士の争いを止めるのは無理だ。人間は些細なことで争い、奪い合い、殺し合う。お前1人が頑張ったって争いは無くならないんだ』
『そんな! 話せばきっと!』
『じゃあ、お前は地球の反対側で起きた争いを止められるのか?』
言葉で争いは止められるかもしれない。可能性は低いものの、ゼロではないのだ。しかし、それはその場にいた場合である。物理的に不可能なのだ。たった独りで争いを失くすなど。
『……それでも私は諦めません』
『……そうか。勝手にしろ』
そう言ってゼツはその場に寝転がってしまう。エルに背中を向けて。エルはそれを寂しそうに見た後、ゼツから貰った毛布の中に潜り込んだ。そこで舞台は暗転。
『……エル?』
少しして舞台が明るくなりゼツが体を起こし、近くで寝ていたエルの方を見て気付く。エルの姿がなかった。
『……何が争いを失くす、だよ。出来るわけないだろうが』
そう呟いてすでに消えかけていた焚火に砂をかけるゼツ。その顔はとても歪んでおり、舞台が再び暗転するまで思いつめた表情を浮かべていた。
『これで……よかったんですよね』
場面が変わり、ゼツから貰った毛布を抱きしめたエルはトボトボと道を歩いている。すると、遠くの方に灰色の煙が昇っている(背景の絵に描かれている)のに気付いた。
『まさか……また争いが!』
顔を引き攣らせた彼女は毛布を抱えながら駆け出す。また場面が変わり、エルは戦争を目の当たりにする。
『これが……争いなのですか』
人が人を殺し、仲間が死んでもそれを踏みつけて前に進む。そんな光景を見た彼女はその場に座り込んでしまう。
『どうしてなのですか? 同じ人間同士で何故、殺し合えるのですか? 私には、わかりません。手と手を取り合えばいいのではないのですか?』
『それが無理だからああやって争ってるんだろ?』
そうエルに話しかけたのは黒い翼を生やした男(翼が重いのか少しだけフラフラしているが)だった。急いでエルは振り返り、目を丸くする。
『だ、てんし……』
『天使が人間界に来たって噂は聞いたが、本当だったとは。まぁ、送られて来たのがこんな臆病者なら何の問題もないか』
堕天使の男はそう言って剣を彼女に向けた。戦えないエルは小さく悲鳴を上げて毛布を力強く抱きしめる。
『あ? なんだその布きれ』
『これはっ……ゼツに貰った大切な物です』
エルにとってこの毛布はとても大切な物だった。
ぶっきらぼうだが、自分の質問に律儀に答えてくれた。夜、寒くて震えていたら1枚しかない毛布を何の躊躇もせずに渡してくれた。天使だと知っても顔色一つ変えずにいつものように話してくれた。ゼツは人間界に来て初めて優しくしてくれた人だった。だからこそ、布きれと言われたことを許せなかったのだ。
『ふーん……なるほどな。じゃあ――』
ニヤリと笑った堕天使はエルの手から毛布を奪い取る。
『あっ……』
『これをビリビリに破いたらお前も堕天使になるのか?』
『やめっ――』
『――なるんじゃないか? できるならな』
泣きながら手を伸ばすエルの頭上を飛び越えた何かが堕天使の横を通り過ぎる。大剣を振り抜いた姿で。
『ガッ……な、に』
背後にいる戦士――ゼツを見て堕天使は目を見開き、その場に倒れた。
『ゼ、ツ』
『……まだ街まで送ってないからな』
目を逸らしながら堕天使から毛布を奪い返し、エルに渡す。毛布を受け取った彼女は笑いながら一粒だけ涙を流した。
それからゼツとエルの旅は再開する。まぁ、旅と言っても次の街までだが。今回の一件でゼツに対する信頼が増したせいかエルはゼツにくっ付きたがった。天使には大好きな人にくっ付く習性があるらしい。戦士であるゼツも男。美人であるエルにくっ付かれる度に顔を引き攣らせていた。
そして、とうとう街に到着してしまう。
『ここまでだな』
『……はい』
街の入り口でエルとゼツは向かい合っていた。きっと何かきっかけがあればすぐに別れてしまう。それを察しているのか、いつも笑顔を浮かべているエルも顔を伏せていた。ゼツもゼツで腕を組んで目を閉じている。その表情から彼の感情は読み取れない。
『あの、ゼツ』
『……何だ?』
『やっぱり、これからも一緒に』
その時、街の方から轟音が響いた。エルたちは顔を見合わせ、すぐに街の中に入る。しかし、街の中はすでに火の海だった。道には人が倒れ、親とはぐれた子供が泣き叫び、武器を持った人間が叫んでいる。
『一体、何が』
『わからん。だが……さすがに放っておけない』
ゼツはそう言いながら大剣を構え、武装した人間を一閃。まさに秒殺だった。
『ゼツ!』
『お前は子供とかを避難させろ。俺は情報を集めて来る』
『……お気をつけて』
『……ああ』
それからエルは子供や老人を比較的安全そうな場所に集め、励ましたり、治療したりと動き続けた。
『おい』
そこへ情報を集めて来たゼツがやって来る。その後ろには子供や老人、怪我をした大人たちが不安そうに立っていた。
『ゼツ、よかった……無事だったのですね』
『ああ。いい知らせと悪い知らせどっちがいい?』
『……いい知らせから聞きます』
怪我をした人を治療しながらエルはゼツの話を聞く。どうやら、この争いは人間が起こしたものではないらしい。つまり、堕天使が引き起こしたのだ。これがいい知らせ。そして、悪い知らせはその堕天使がこちらへ向かって来ていることだった。
『では、ここにいる人々は』
『戦いに巻き込まれる。その前に堕天使と接触して叩き潰す。だから、堕天使について教えて欲しい』
『わかりました』
堕天使は天使が死んだ後の存在であり、争いが好きな野蛮な種族。天使の頃の記憶はなく、容姿も変わるため天界では全くの別人だと判断する。弱点など細かいことは知らない。これがエルの持っていた堕天使に関する全ての情報だった。
『……とりあえず、真正面から叩けばいいか』
『お役に立てずに申し訳ありません。私の力も使えたらいいのですが』
『お前の力?』
『はい。ですが、私の力は――』
その時、近くで人の悲鳴が響き渡った。それだけで堕天使がやって来たとわかったゼツはエルの方を見ずに走って行ってしまう。
『お前か。ちょこまかと動いている人間は』
ゼツが向かった先にいたのは黒い翼を生やした男だった。堕天使である。
『だから何だ?』
『いや、それだけだ。死ね』
堕天使は手に持った剣を振るい、ゼツに攻撃した。それをゼツは大剣で受け止めるが後方に吹き飛ばされてしまう。堕天使と人間では身体能力が違う。あの時の堕天使は油断していたので一撃で倒せたが、目の前にいる堕天使は本気でゼツを殺そうとしている。
しかし、ゼツは止まらない。殴られても、蹴られても何度も立ち上がった。大剣を杖のように地面に突き刺しながら堕天使を睨む。
『何故……立ち上がることができる?』
『俺が倒れたら……傷つく奴らがいるからだ』
ギン、と目を鋭くしたゼツを見て一瞬だけ堕天使が怯む。だが、自分が優勢なのを思い出し、すぐに剣を構え、振るう。
『――ッ』
その剣は空を切った。目に見えないほどのスピードでゼツが後ろへ避けたからである。だが、今までゼツは堕天使の攻撃を見切ることはできなかった。
『そうか……お前か、天使!!』
堕天使がいつの間にかゼツの後ろにいたエルを見て声を荒げる。それでもエルは動かなかった。両手を胸の前で組み、目を閉じて祈っている。
『……何が何だかわからんが、いかせてもらうぞ』
自分の体に起きた変化に戸惑いながらゼツが大剣を構え、振るう。気付いた時にはすでに堕天使は崩れ落ちていた。
何とか堕天使を倒したゼツは一通り、落ち着いたところでエルに詳しい話を聞かせられていた。
『私の力です』
『いや、その内容を聞いてんだよ』
『……私の力は祈りです。祈ることで他の“天使”を強化することができます。基本的に天使の能力は天使同士にしか効きません』
『天使を? じゃあ、何で俺を強化できた?』
『私も、聞いただけなのですが、相性がいい場合、人間にも天使の力を与えることができるみたいなのです』
そう言うエルは何故か顔を赤くしていた。相性がいいという言葉に過剰に反応しているのだろう。
『じゃあ、お前の祈りの力で俺は一時的に強くなれるってことか?』
『はい、そうです。後、傷も治せると思います』
『へぇ、便利だな』
『……ゼツ、お願いがあります』
真剣な眼差しでエルがゼツにお願いする。
『私と旅をしてくれませんか?』
『その理由は?』
『今回の一件でゼツは堕天使を凌駕できると証明されてしまいました。きっと、このことはすぐに堕天使たちに広まってゼツの命は狙われることになるでしょう』
『だから俺に戦えってか? お前の祈りの力を使って』
『違います。私はただ……ゼツに死んでほしくないんです』
エルはゼツの手を握り、祈るように目を閉じた。
『お願いします。私と一緒にいてください。もしもの時、あなたの傍にいられなかったら私は一生、そのことを後悔してしまいます。あなたはこのようなことで死ぬべきではありません。こんなちっぽけな私の力であなたの命を救えるのならば何だってします』
『……女が何でもなんて言うんじゃない』
ゼツは少し考えた後、そっとため息を吐いた。そんな彼を不安そうに見上げるエル。
『狙われるなら……仕方ないか。またこんな争いが起きたら困るし』
『ッ! では!』
『もう少しだけお前の面倒、見てやるよ』
こうして、エルとゼツの旅が始まった。
ものすごく壮大な物語になっていますが、演劇自体はかなりお粗末なもので子供たちが一生懸命演じている姿を観客が生暖かい目で見ている感じです。
なお、ゼツの動きに関しては一瞬で動いたりなど、ガチでやっていたりします。まぁ、サイですし、仕方ないですよね!
次回、演劇後半戦。