やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
由比ヶ浜結衣は言った。『あたしは何もして来なかった』、『全部、他人に押しつけた』、と。だから、彼女はあの場所を取り戻すために自分を変えた。変われた。自分から動くようになった。
雪ノ下雪乃は言った。『今でも比企谷君とサイさんが怖い』、『私は臆病者』、と。だから、彼女は答えを求め、考えた。何度も悩んで納得できなかった答えを切り捨て、本当の自分の気持ちを見つけた。
鶴見留美は言った。『サイと友達になってからすごく楽しかった』、『今の私がいるのはサイのおかげ』、と。だから、彼女は俺たちを頼った。サイを救えるのは自分ではなく、俺たちだと理解していたから。涙を流して俺たちに依頼を出した。
サイは言った。『私は悪い子』、『悪い子がいい子の傍にいるのが怖い』、と。だから、彼女は留美から何も言わずに離れた。何も言えずに別れた。己の罪を思い出し、壊すことを恐れ、その場でしゃがみ込んだ。壊す恐怖、罪を犯した己を受け入れてくれるかわからない不安、もう友達を作るべきではないと己に罰を与えた。
俺は――何も言えなかった。由比ヶ浜のように自分を変えたわけじゃなく、雪ノ下のように答えを得たわけでもない。留美のように涙を流せる友達がいるわけでもないし、サイのように罪を犯したわけでもない。だから、何も言えなかった。言えるわけがなかった。結局、人の心はその人にしかわからない。『知ったつもり』はただの傲慢であり、それが正解だと勝手に決めつけただけにすぎないのである。それを理解しているからこそ、言葉を紡ぐことは叶わなかった。
何か言いたかったに決まっている。涙を流しながら俺に『愛してくれますか?』と問いかける大切なパートナーを救える魔法のような言葉を。だが、俺の辞書にそんな呪文は書かれていなかった。魔本のように俺が成長すればいずれ発現するのだろうか、サイを救える魔法の言葉が。
「ヒッキー?」
「……何でもない」
隣から由比ヶ浜の声が聞こえて誤魔化すようにそう答え、姿勢を正した。
月曜日の放課後、クリスマス合同イベントに参加しているメンバーを俺は生徒会室に集めた。もちろん、議題は『クリスマス合同イベント』についてである。はっきり言って海浜総合高校の奴らとこれ以上話し合っても意味はない。あれは会議とは呼べない。ただ『ぼくがかんがえたさいきょーのいべんと』を赤裸々に語るとても恥ずかしい場所でしかないのだ。こうやって黒歴史が生み出されていくんだね、八幡学習した。因みにサイは自分の調子が戻っているかいつも訓練している場所で一人で修行している。
「えっと、これ集められた理由ってなんなんですかねー?」
しかし、生徒会長である一色は全く理解していないようであざとく首を傾げていた。
「方針の確認と今後についてよ」
そんな彼女に対し、ため息交じりに雪ノ下が教える。だが、由比ヶ浜も理解していなかったようで感心したように俺と雪ノ下を見ていた。頼むからアホの子はどっちか一人にしてくれ。捌き切れない。まぁ、一色の場合、アホの子と言うより考えることすらしていなさそうだが。イベントとかどうでもよさそうだし。
「それじゃ会議を始める……前に今回のイベントで何が問題になってるかわかるか?」
「へ? え、確かお金と時間と人手が足りないんでしたっけ?」
答えられないと思っていたが、意外と考えていたようだ。
「そうだ。じゃあ、どうする?」
「何もかも足りないんですよね……なら、一つ一つ解決してくしかないんじゃないですか? アウトソーシング、でしたっけ? あれでよそからやってくれる人を集めて、その人たちに払うお金が足りないのでお金も集めてって感じですかね?」
「……だが、平塚先生の反応を見るに予算獲得も難しそうだ。後、カンパは俺が嫌だ」
「後者が完全に個人的な理由ね」
「うっせ、サイにクリスマスプレゼント買うから金必要なんだよ」
しかも、イベントに参加しているメンバー全員からカンパした場合も一人五千円前後も払わなければならないレベルである。誰がそんなお金を好き好んで払いたいと思うか。金銭的な問題を前に生徒会の奴らも顔を見合わせているし、一色などものすごく嫌そうな顔をしている。
「現状の案ははっきり言って現実的じゃない。できても一部だ。そうなると打ち出した看板のわりに結構しょぼいイベントになるだろうな」
「あー、そうかもですね……」
その光景を想像したのか一色は顔を引き攣らせて呟く。俺だって今まであんな聞くに堪えない会議を永遠とさせられた挙句、その努力を全て無下にされるようなイベントだったらイラつく。更にそんなイベントのためにカンパしたとなれば暴挙に出てもおかしくない。サイのクリスマスプレゼントもしょぼくなったらあの轆轤野郎をボコってしまいそうだ。
「最初に確認しておきたいのはそこだ。それでいいのかどうか。生徒会としての意志を確認しておきたい。因みに俺たちはどっちでもいい。元々俺たちはただの手伝い。言われたことをやるだけだからな」
昨日、由比ヶ浜に生徒会メンバーを集めて貰う時に聞いておいたのだ。もちろん、雪ノ下にも聞くように言っておいたのだ。そう言えばまだ雪ノ下の連絡先知らないんだよな、別にいらないけど。
「うーん、そうですね……よくはないですね。しょぼいならやらない方がー、みたいなとこもありますし。でも、止めるわけにもいかないじゃないですか? だから、しょうがないって思う部分もあるんですよねー」
俺の問いに一色は腕を組んで答える。そんなやる気のない発言に雪ノ下はこめかみを押さえながらため息を吐いた。
「……はぁ。まぁ、いい。だが、それは一色の意志だよな? 生徒会としてはどうなんだ?」
「え? あ、そうですよね。えっと……どうでしょう?」
一色が他の役員たちに遠慮がちな視線を向ける。それを受けた他の役員たちも少しだけ気まずそうにお互いの顔を見合わせ、探り探り口を開いた。
「まぁ、ぼくらは……」
「ちゃんとやれるならそれで……」
「……みたいな感じです」
そんな一色たちのやり取りを見て頭を抱えてしまいそうになった。やはり、一色と他の役員たちの間はまだぎこちない。コミュニケーション能力の高い一色ならばすぐに仲良くなれるかと思ったが、生徒会長と言う肩書とそれに対する自信のなさが遠慮に繋がっているのかもしれない。可能であれば、今回のイベントを成功させて彼女が自信を持てるようにしたい。これでも一色の応援演説を担当したのだから。
「よし。じゃあ、どうやるかについてだが……ここで問題です!」
「は?」
「……あの会議には邪魔なものがあります。それは、何でしょう?」
少しだけ重くなってしまった空気を変えようとおどけてみるが一色のアホを見る目を向けられて心にダメージを受けてしまった。魔本を持っていたら輝きは9割減していたに違いない。
「今の会議の構造。徹底した合議制ね」
「……正解」
しかも、せっかくクイズ形式にして一色の生徒会長レベルを上げようと思ったのにすでにレベルがカンストしている雪ノ下に経験値を奪われてしまった。正解した彼女は机の下で小さくガッツポーズを取っている。本当に負けず嫌いなんですよね、雪ノ下さん。
「まぁ、雪ノ下が言ったようにあの会議は全員の意見を聞いて更につぶさに検討なんてしてるからいつになっても終わらない。つまり、あそこには最終決定権を持ってる奴がいないんだよ」
「それって向こうの生徒会長じゃないの?」
俺の発言を聞いた由比ヶ浜が質問して来る。確かに向こうの生徒会長――玉縄は司会進行とまとめ役をしている。一見、あの会議で一番偉く最終決定権を持っているのは玉縄だと思うが、現在あの生徒会長は一度も決定を下したことがない。つまり、あの会議は全員同格であり、上に立つ者がいなかったのだ。そんな会議など意味を成さない。会議とは『何かを決めるための話し合い』であり、ただ『馴れ合い』をするためではないのだ。今回、海浜総合高校の生徒会長である玉縄、そして総武高校の生徒会長である一色がお互いに気を使ってきちんと上下関係を決めなかったことが原因である。
「……やっぱり私がまずかったんですかね?」
それを聞いた一色はそう言った後、俯いてしまう。
「別に悪いのはお前だけじゃねぇよ」
一色も悪かった。だが、それ以上に悪かったのは俺だ。俺はあの会議に参加すらしていなかったのだ。確かに会議には出席していたし、発言もした。だが、会議に出ていた間、俺の頭の中にあったのはサイのことだけだった。それは会議に参加しているとは言えない。むしろ、邪魔だ。真面目に参加している人に対する冒涜だ。自惚れるわけではないが、もし、俺が真面目に会議に参加していたらもう少し話は進んでいただろう。少なくともここまで切羽詰るようなことにはならなかったはずだ。
「それに今は誰が悪いとか言ってる場合じゃない。イベントを成功させるために何をすべきか考えろ。そして、あんな馴れ合いを排除した、ちゃんとした会議をしよう。反対も、対立も、否定もする勝ち負けをきっちりつける会議を」
「対立って……今から反対意見出すってことか?」
副会長が難しい顔をしながら問いかけて来た。
「ああ、がんがん反対意見を出して徹底的に否定する。カンパとかしたくないし」
「理由、そこなんだ……」
由比ヶ浜の呆れたような顔を無視して一色を見つめる。俺の真剣な視線を受けた彼女は自然と背筋を伸ばした。
「一色、俺の提案は以上だ。これを聞いて……生徒会はどうする?」
「え、私が決めるんですか? 私が決めちゃっていいんですか?」
「この会議で最終決定権を持ってるのはお前だ。他の役員と話し合ってお前が決めろ」
これが一色にとって初めての生徒会長としての任務になるだろう。彼女自身もこれが己に課せられた試練だとわかったのか緊張した様子で他の役員の方へ顔を向ける。
「どう、ですか? 皆さんはどう思いますか?」
「……俺は、波風を立てない方がいいと思う。このタイミングで対案を出すのはちょっと厳しいし、俺たちもそれに反対しなかった。今更何言ってるんだってなると思う。それに揉めたって評判が立つのもどうなのか、って」
一色の問いかけを受け止めた副会長が自分の意見を述べた。どうやら副会長は保守的と言うべきか、常識人というか。だが、こういう人間が一色の補佐をしてくれるのはありがたい。
「……」
副会長の意見を聞いた一色は目を閉じて考え始めた。静寂した生徒会室に壁に掛けられた時計の秒針の音だけが響く。
「……副会長さんの意見は正しいと思います。でも、やります。だって、自分たちが面白くないって思うイベントなんてやりたくないじゃないですか。やるからには私たちも楽しめるようなイベントにしないと、です」
そうはっきりと言った一色。副会長も最初は戸惑っていたが、最後には呆れたように笑っていた。この様子なら今後も大丈夫だろう。
「……わかった。じゃあ、本格的に話し合うか。何かやりたいこととかあるか?」
話し合いが始まったとわかったのか書記さんらしき人がホワイトボードの前に移動し、『やること』と書き込んだ。
「え? 別にありませんよ」
「……まぁ、俺もないんだけどな」
一色と俺に全員が冷たい視線を向けた。だって、実際やりたいことがないのだから仕方ないだろう。正直、サイと留美の問題が行き詰っているせいであまりモチベーションが上がっていないし。
「そもそも俺たちが何かしたいかじゃないんだよ。これは来場するゲストを楽しませるイベントだ。俺たち主体になったらただのお遊びになる」
「あ、なるほど……でも、ならなおさら何やったらいいんですか?」
「まず、イベントに参加する人を上げてみたらどうだ?」
副会長の案を一色はすぐに採用してどんどん意見を出していく。『総武高校生徒会長&奉仕部』、『海浜総合高校&有志』、『小学生』、『幼稚園児』、『来賓』。来賓は不特定だから今は考えるべきではないだろう。
「……小学生や幼稚園児も参加できるようなイベントにしません? ほら、子供って楽しくないとすぐ飽きちゃいますし」
「そうだな。それに小学生たちを主にすればチープさも素人感も武器になる」
「……なんか先輩の言葉のせいで私の意見がものすごく手抜きっぽくなったんですけど」
一色が俺にジト目を向けて文句を言う。もちろん、無視。だが、今回に限るかもしれないが、一色の案はまさに良案だった。今、俺たちが抱えている問題は時間のなさ、資金不足、人手不足である。小学生たちに何かさせるのならば人手は十分だし、アウトソーシングのように雇った人にお金を払わなくて済む。後は時間のなさだが、企画によってこれも解決するだろう。
「問題はその企画だが……」
「うーん、小学生たちにもできる企画……歌、とかですかね?」
「あと、演劇とか……」
一色と三つ編みの書記ちゃんがすぐに意見を出した。なかなかいい感じに話し合いできている。
「歌だと向こうの音楽と被るな」
そこで副会長が案を削った。ホワイトボードに『演劇』という言葉が残る。これ以上、案がなければ中身はこれで決まりだな。
(……演劇、か)
「あとは稽古時間が問題ね」
「セリフ覚えるの大変そう」
雪ノ下と由比ヶ浜はホワイトボードに刻まれた2文字の漢字を見て否定的な発言をした。今回、演劇をするのは小学生たちである。子供に短時間で台詞を覚えさせるのは酷というものだ。稽古も時間がかかりすぎる。間に合わない。
「……舞台上の役者と、セリフ読む役者に分けるか」
「それは、声優を入れると言うことかしら?」
「ああ、そうすれば――」
「……? ヒッキー?」
いきなり言葉を途切れさせた俺を由比ヶ浜が呼ぶ。だが、俺はそれどころじゃなかった。
(……行けるか? いや、でも……)
もしかしたら、クリスマス合同イベントの問題も、サイと留美の問題も一気に解決できるかもしれない。だが、前者はともかく後者はほぼ上手くいく保障はどこにもない。それどころか後者が失敗したせいで前者も共倒れする可能性が高い。だが、もうこれしかなかった。本当の自分のことを言えないサイと、言いたいのに会えなくて何も言えない留美。この2人の問題をどうにかするためにはこれぐらい強引じゃなければ無理だ。
「……すまん、何でもない。声優を入れればセリフを覚える必要もないし、舞台上の役者は小学生でも高学年の奴らにやらせればいい。さすがに動き方ぐらい覚えられるだろ。話によっちゃ舞台に上がる人数も調整できるしな」
「すごいわ、手抜きを考えさせたら……比企谷君?」
いつものように俺を罵倒とした雪ノ下だったが俺の目を見てすぐに訝しげな表情を浮かべた。
「後で話す。それで、どうだ? 俺としてはいい感じにまとまったと思うんだが」
「そう、ですね……これで行きましょうか。皆さんもそれでいいですか?」
一色の言葉に他の役員たちは頷く。これで企画の方は大丈夫だな。
「それじゃ後はこれを会議の時間までに詰めて、会議でプレゼンできるように頑張ってくれ」
「はい、って、え!? 私がプレゼンするんですか!?」
「当たり前だろ、生徒会長なんだから。じゃあ、後はよろしく」
『せんぱーい、どこ行くんですかー!』という一色の悲鳴を無視して俺は由比ヶ浜と雪ノ下を連れだって生徒会室を出た。
「……それで比企谷君、何を企んでいるのかしら?」
「へ? 何のこと?」
首を傾げる由比ヶ浜は放っておいて俺が考え付いたことを雪ノ下に話す。さすがにサイの過去については触れなかったが、『サイは留美と会いたくない』と話しておいたのですぐに理解してくれた。
「それは……賭けに近いわ。本当に上手くいくの?」
「知らん。だが、成功させなきゃあの2人はこの先一生仲直りできなくなる。だから、もう少し成功率を上げるために協力してくれそうな奴“ら”に声をかけるつもりだ」
「協力者、ってこと?」
雪ノ下の言葉に無言で頷いて携帯を取り出す。俺が電話している間にまだ理解していない由比ヶ浜に雪ノ下が説明してくれるようで少しだけ離れて行った。それを横目に電話を掛ける。数回ほどコール音が響き、女の子特有の可愛らしい声が聞こえた。
『もしもし? どうしたの、八幡』
「ちょっと用事があってな」
『用事? なら、もう少し待ってくれれば恵のお仕事、終わるけど』
「いや、用事があるのはお前だ。ティオ」
『私に?』
これはただの伏線である。全てが上手くいってサイと留美のための舞台をちゃんと用意出来た時に必要となる舞台装置。本当に覚えていた自分を褒めてやりたい。だって、あれを聞いたのはもう何か月も前で、雑談程度にしか聞いていなかったのだから。
「今度演劇やることになってな……それで、“人間と魔物の恋の物語”を題材にしたいから詳しい話を聞かせてくれ」
この小説ではいろはにきちんと生徒会長させることにしました。
なお、最後に出て来た物語は文化祭の時にちょろっとだけ出て来ています。気になる方は『LEVEL.39』を読み返してみるといいかもしれません。