やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
いや、レポートやら具合が悪かったとか色々あって……ちょっと詰め込み過ぎた感が否めませんがご了承ください。
夕日が射し込む部室。そんな部室に紅茶の香りが漂う。その匂いを嗅ぎながら俺は黙って単行本の文字をひたすら読んでいた。すぐ近くから携帯を弄る音とティーポットから紅茶を注ぐ音が聞こえる。
「どうぞ」
その声で顔を上げるといつもより柔らかい表情の雪ノ下が俺に紙コップを差し出しているのに気付く。
「どうも」
それを受け取って長机に置いた。俺が猫舌だと知っているせいか雪ノ下は何も言わずにいつもの場所に座る。
「ふふ」
不意に由比ヶ浜が嬉しそうに笑った。何事かと思い、彼女に視線を向けるとニヤニヤと笑いながら俺と雪ノ下を眺めていたらしい。いや、まぁ、気持ちはわからなくはないけどにやけるのはやめろ。雪ノ下も若干引いているし。変な空気を壊すためにわざとらしく咳払いをした。彼女たちの視線が俺に集まる。
「そろそろ、話し合いしたいんだが……いいか?」
「あ、そう言えば昨日、そんなこと言ってたけどサイは?」
昨日の夜、サイと仲直りをした後にこっそり雪ノ下と由比ヶ浜に明日、奉仕部に来るように言っておいたのだ。
「いや、今日は来ない。ガッシュ……仲間の魔物の方に行ってる」
ガッシュの家に遊びに行った日以来、少しぎくしゃくしてしまっているようだったので謝って来るように言っておいたのだ。これからの戦いに支障が出るので早めに仲直りしておくに越したことはないし、サイには聞かせたくない話をする予定だったのもある。
「……サイさんには聞かせられない話なの?」
それをいち早く察したのか雪ノ下がカップを置いてこちらを見た。俺も単行本を鞄の中に仕舞って頷く。由比ヶ浜も顔を強張らせて姿勢を正した。
「まず……今、俺は一色――生徒会長の依頼で海浜総合高校とのクリスマス合同イベントの会議に参加してる」
それを聞いて雪ノ下は何か思い出したのか納得した表情を浮かべ、由比ヶ浜は何も理解していないらしく首を傾げた。
「つまり、海浜高校と一緒にクリスマスパーティーをする話し合いをしてんだよ。あんまり状況は芳しくないけどな」
「それは平塚先生も言っていたけれど……それがサイさんに聞かせられない話?」
「いや、はっきり言ってこっちはどうでもいい。手伝って欲しいけど」
もう俺じゃ無理だ。会議に参加はしているもののあの件のせいで集中できないし、何より向こうが意識高すぎて手の付けようがない。
「もちろん! あたし、頑張るよ!」
「ええ。復活した奉仕部最初の依頼としては妥当ね」
「助かる……それで、近くの幼稚園や小学校の子供たちにも協力してもらうことになって鶴見留美に再会した」
「え、鶴見留美って……確か」
予想外の名前に由比ヶ浜が目を丸くする。そう、夏休みの千葉村合宿でサイと友達になったあの子だ。修学旅行前までたまに留美と遊ぶと言って出かけることもあった……そう、“あった”のだ。
「……待って。おかしいわ」
事情を説明しようとするがその前に雪ノ下に止められてしまう。おそらく彼女は気付いたのだろう。彼女もあの場所にいたのだから。
「修学旅行でサイさん……あの魔物を拒絶していたわよね? 留美さんと友達になったのにも関わらず」
「……ああ。だからだろうな。最近、サイと連絡が取れなくなったらしい」
きっと、サイはハイルと出会って思い出してしまったのだろう。自分の闇を。自分に友達を作る権利も勇気もない、と。だから、サイは留美と連絡を取らなくなった。奉仕部の問題が原因かもしれないが、何となく違うような気がする。
「それで留美にお願いされたんだよ。サイに話を聞いて欲しいってな」
「え、えっと……どゆこと?」
修学旅行で何があったのか詳しく話していないせいか由比ヶ浜は困惑した表情で首を傾げた。まぁ、ハイルが襲って来た理由とかあの時のサイの様子を知らなければわからんわな。
「私もあまり魔物について知らないからそれも説明してくれると嬉しいわ」
「……そうだな。一色が迎えに来るまで時間あるし。一から説明するか」
それから俺はサイとの出会いから今まであったこと。魔物に関することを2人に手短に話した。
「魔物と人間の成長で術が増える……本当に信じられないような話ね」
長机に置かれた魔本(説明の途中で鞄から出した)を眺めながら雪ノ下はため息交じりに呟く。しかし、すぐに何か思いついたようでこちらを見た。
「そう言えば、昨日の夜、その本ずっと光っていたけれど……何か変化はあったのかしら?」
「……あったにはあったけど」
俺も気になって確認したのだ。だが、新しい術は発現していなかった。その代わり――。
「――呪文の行が増えた?」
「ああ、あくまで予想だけど呪文の行が増えればその分、術が強化されるみたいだ。あの盾も呪文の行が増えたら強くなったし」
それが今回、全ての呪文の行が増えていたのだ。奉仕部問題が解決したおかげだろう。魔本と魔物は密接な関係にある。いや、魔物というより魔物の心と言うべきか。
「そっか……なんか嬉しいな」
不意に由比ヶ浜が口元を緩ませて呟いた。
「嬉しい?」
「だって、呪文が強化されたってことはそれだけサイが奉仕部のことを大切に思ってくれてるってことでしょ?」
「……確かに、な」
俺も雪ノ下もその言葉に笑ってしまう。今までの俺たちがして来たことは決して無駄ではなかった。そう言われているような気がして。
「せんぱーい! 迎えに……ってあれ?」
その時、奉仕部の扉が勢いよく開き、一色が現れる。今日も元気いっぱいで面倒だ。そんな後輩は雪ノ下と由比ヶ浜を見て目を点にする。
「お邪魔、でしたか?」
「いや、いい。それよりも紹介する。こっちが奉仕部部長の雪ノ下雪乃。それでこっちが由比ヶ浜結衣。奉仕部の部員だ」
「……へ?」
どうやら、他に部員がいるとは思わなかったようで彼女は間抜けな声を漏らす。まぁ、今まで奉仕部に他の部員がいるとは言っていなかったし驚くのも無理はない。
「こんにちは、一色いろはさん。雪ノ下雪乃です」
「いろはちゃん、久しぶりー!」
由比ヶ浜は一色と知り合いだったようで笑顔で手を振っている。そんなにアピールしなくても見えているからね? ここそんなに広くないからね?
「え、あ、はい。結衣先輩、お久しぶりです。雪ノ下先輩、よろしく、お願いします」
「今日からこいつらも会議出るから」
「はい……はい?」
さて、サイの問題を解決するためにもう一度、鶴見留美の話を聞きに行くか。え? 会議? 知らん。あんなの放っておけばいい。どうせ進まないのだから。
いつものように噛み合わない会議が終わり、各々が作業する時間となった。小学生たちはもうすぐ帰る時間だが、少しぐらい話すことは出来るだろうと思い、俺たちはクリスマスパーティー用の飾りを作っている小学生たちの元へ向かう。
「……いた」
そこには自分よりも小さい子供たちに飾りの作り方を教えている留美の姿。千葉村の時とは違い、楽しそうである。
「留美さん、楽しそうね」
「うん」
俺の後ろにいる雪ノ下たちも俺と同じことを思ったのか嬉しそうに話していた。すると、俺たちに気付いた留美がこちらを見て顔を引き締める。ああ、そうだ。まだ問題は何も解決していない。ここからが本番なのだから。
「おっす」
「うん……仲直りできたみたいだね」
「ああ」
駆け寄って来た留美に軽く挨拶をする。最初に会った時に雪ノ下たちのことを聞かれたので軽く状況を説明したのだ。奉仕部問題が解決しないとサイに話を聞けないことも含めて。だからこそ、こうやって俺たちが一緒にいるところを見て安心したのだろう。やっと、サイの問題に取り掛かれるのだから。
「久しぶりね、留美さん」
「久しぶりー!」
「……うん」
まぁ、完全にこの子、人見知りしていますけどね。俺の時もちょっと緊張しているようだったし。留美は俺たちと話をするために他の子に声をかけて会議室の外に出る。人に聞かれたくない話だからな。俺たちは自動販売機の近くにある椅子に座った。話す前に何か飲み物を買うことになり、俺は財布から小銭を取り出しながら留美に話しかける。
「何かいるか?」
「何でも」
「じゃあ、ブラックコ――」
「――いちごミルク」
意外と可愛らしい商品名が出て来た。注文通りにいちごミルクとMAXコーヒーを買っていちごミルクを留美に渡す。因みに雪ノ下と由比ヶ浜は温かいお茶を買っていた。
「留美、すまんがもう一回話をして欲しい」
「うん、わかった」
それから留美は雪ノ下と由比ヶ浜に事情を説明する。まぁ、内容はほとんど変わらない。修学旅行前まで遊んでいたのに急に連絡が取れなくなったのでサイに話を聞いて欲しい。ただそれだけ。でも、俺は雪ノ下たちに聞かせたかったのは事情ではない。留美の気持ちだった。
「私……サイと友達になってからすごく、楽しかったの。これからずっと独りぼっちなのかなって思ってたから。でも、サイが一緒に遊んでくれた……このイベントに参加したのだって私も自分から行動してみようって思ったから。今の私がいるのはサイのおかげ。だから……サイが苦しい想いをしてるなら助けたいの。何があったのかわからないけど……何か力になりたい。だって、友達、なんだもん」
そう言った留美の目から一粒だけ涙がこぼれた。不安だったのだろう。友達だと思っていたのに急に連絡が取れなくなってしまったのだから。
「「……」」
そんな彼女を見て雪ノ下と由比ヶ浜がこちらを見て頷く。ああ、そうだ。俺たちだってサイが苦しんでいるのなら助けてやりたい。今度こそ、間違えないために。
「留美、任せろ」
「……うん、お願い、八幡」
奉仕部が復活して最初の依頼――『サイと留美の仲直り』。まずはサイから話を聞かなければならない。そのために必要な物はすでに手に持っている。しかも、このくそったれなクリスマスイベントをどうにかできるかもしれない方法でもある。
「あ、先輩! こんなところにいたんですか!」
泣いてしまった留美を宥めていると一色がやって来た。丁度いい。この場であの話をしよう。
「一色、明日空いてるか?」
「へ? あ、はい。空いてますけど……も、もしかしてデートの誘いですか!? 憧れの先輩ではありますけど、恋愛的な意味ではないのでごめんなさい無理です」
「ちげーよ……これだこれ」
そう言いながらポケットから1枚のチケットを取り出す。今日、平塚先生に謝りに行った時に『これで親睦でも深めたまえ!』と歯ぎしりをしながら(このチケットを貰った時のことを思い出していたらしい)4枚貰った内の1枚だ。
「これはディスティニィーランドのチケット?」
「ああ、クリスマスイベントの参考になればいいと思ってな。明日、行くぞ」
「……って、やっぱりデートじゃないですか! まさか不意打ちで思わず、キュンと来ちゃいましたがごめんなさ――」
「因みに雪ノ下と由比ヶ浜とサイも来る」
「堂々と4股発言はさいてーだと思います!」
因みに雪ノ下は年間パスを持っていたため、1枚余ったのだ。渡す人もいなかったので一色に渡すことにした。何か参考になればいいが。
(サイ……)
一色が喚いているのを無視しながら覚悟を決める。サイと留美――いや、それだけじゃない。サイのこれからがどうなるのか。それは明日次第だ。