やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
本編が終了するか、その直前に再投稿する、かもしれません。
あと、たくさんの評価ありがとうございました!
クリスマス編もあと少しです。最後まで突っ張りしますよ!
まぁ、今回は短いのですが……。
なお、お話の展開を修正しましたので午前4時25分前にこのお話を読んだ方はご注意ください。
「「……」」
薄暗いいつもの広場。そこで私とハチマンはただ黙って見つめ合っていた。私は何も持たず、彼は魔本を持ったまま。
「本当に、やるの?」
「……ああ」
いつもの訓練を終えた私が家に帰ると珍しく私よりも早く家にいた彼が夜の訓練を再開したいと言ったのだ。相変わらず私の調子は戻っていない。ハチマンもそれを知っているはずだ。それなのに、どうして? そんな疑問が頭を過ぎったが、彼の真剣な顔を見て私は頷いていた。
だが、問題は――。
「ねぇ、止めない? 呪文あり、なんて」
そう、彼は呪文を唱えながら戦うと言ったのだ。呪文を唱えれば私は強化され、ハチマンは心の力を消費する。それはマラソンしながら歌を歌うのと同じである。それだけではない。呪文を唱えるということは魔本を持ったまま戦うことになる。つまり、彼は魔本を持つために左手を使えない。そんな状態で私と戦うと言っているのだ。
「でも、必要だろ? ハイルの時は呪文いらなかったけど他の魔物と戦う時はそうとは限らないし」
「そうだけど……はぁ。もう、わかったよ。でも、手加減はしないからね」
そう言いながら近くの石を拾い、それを上に放り投げた。ハチマンが魔本に心の力を溜め始める。そして――。
「『サルク』」
――組手が始まった。
「ガッ……」
目を群青色に輝かせたサイの右ストレートを右腕で受け止めた。本当は受け流そうとしたのだが、目を強化したサイにはそれすら通用しない。受け止めると同時に後ろに跳んで少しでもダメージを軽減させる。だが、サイはしつこく俺の後を追って来た。このままでは追撃を受けてしまう。なら……少しズルをしよう。
「『サシルド』」
「ちょっ!?」
俺とサイの間に群青色の盾が出現する。さすがにこれは予想外だったようで盾の向こうからサイの驚く声が聞こえた。確かに呪文を使うと言ったが、サイの手助けをするとは言っていない。いや、これぐらいいいじゃない。彼女の調子が悪いと言っても左手は使えないし、人間だし。
「そういうことするなら私も本気で行くよ!」
だが、サイはそう思っていないようで群青色の盾を飛び越え、殴りかかって来た。急いで盾を消して次の呪文を唱える。
「『サウルク』」
「え――」
いきなり速度が上がったせいでサイの体は俺の上を通り過ぎていく。なるほど。呪文を上手く使わないとああなる可能性もあるのか。勉強になったわ。
「ハチマン、真面目にやって!」
「いや、真面目なんだけど。『サフェイル』」
今度は羽を生やす呪文。サイの背中に2対4枚の妖精の羽が生えた。それをパタパタと動かして飛翔するサイ。しばらく空を旋回した後、俺に向かって急降下した。
「『サウルク』」
「だからやめ――」
慌てて方向転換して地面との激突を逃れる。だが、彼女はそのまま茂みに突っ込んで行った。ちょっと心の力がなくなって来たので呪文を消す。茂みの向こうでサイの悲鳴が響いた。
「……」
それから少しして茂みからサイが出て来る。ワンピースは砂だらけ。頭に葉っぱが付いたまま。頬には泥が付着している。
「ハチマン、さすがに怒るよ」
「……なんかすまん。『サルフォジオ』」
「……はぁ」
深いため息を吐きながらサイは俺に大きな注射器を刺す。折れた右腕が治った。
「もう、何があったの? こんなにふざけたこと今までなかったのに」
「……」
「ハチマン?」
何も答えなかったからか不機嫌だった彼女は首を傾げる。別にふざけていたわけではない。確かめたいことがあったからだ。
「なぁ、サイ」
「何?」
そして、そのおかげでわかった。普段の彼女であれば俺が呪文を使うタイミングや呪文の種類ぐらいすぐに予想できるだろう。今までそれ以上の意志疎通をアイコンタクトのみでやって来たのだから。しかし、サイは呪文に振り回された。考えられる原因はたった一つ。
「お前……なんで、俺の目を見ない?」
サイが一度も俺の目を見ていなかったからだ。
「っ……」
図星だったのか彼女は気まずげに俯く。いつからだったか。そう、魔物の数が40人以下になった日からだ。サイが俺から目を逸らすようになったのは。あれから色々あってサイの変化に気付いてあげられなかったのが悔やまれる。
「何があったんだ?」
「……言いたくない」
俺の質問に黙秘権を使ったサイ。見れば悔しそうに両手を握りしめていた。あの日はガッシュたちのところへ遊びに行っていたはず。その時に何かあったのだろう。
「頼む。教えてくれ」
「……」
「もし、このままだったら俺たちは絶対に負ける。離れ離れになる。それでも、いいのか?」
「いいわけないでしょ!」
ダン、と忌々しげにサイはその場で右足を地面に叩きつける。あまりの脚力に地面が陥没した。パラパラと小さな石が地面に落ちる音が不気味なほど広場に響いた。
「私だって……私だって何とかしたいよ! でも、できないの! ハチマンのために奉仕部を崩壊させたのにハチマンは自分で変わっちゃうし、ガッシュにはハチマンを信じてないのかって言われちゃうし! もう……嫌なの。私が何かする度に壊しちゃうから。もう何も壊したくない! 今まで散々壊して来たから。もう、あんな思いをしたくない。何も失いたく……失いたくないんだあああああああああああ!」
サイの慟哭が轟く。ビリビリと大気が震える。彼女の心の叫びに反応するように群青色の魔本が禍々しい光を放った。あの時と似ている。ハイルに追い詰められた時と。きっと、これがサイの闇なのだ。小さな体の中で蠢いているどす黒い何か。その時、いきなり体に衝撃が襲った。サイが俺を押し倒してマウントを取ったのだ。困惑している俺の胸ぐらを両手で掴んだサイは言葉を続ける。
「信じてない? そんなわけないでしょ! 私はハチマンを信じてるし、彼のために何かしたいとずっと思ってる! それなのに、何で上手くいかないの!? 何で? なんでなんでなんで!! ねぇ、教えてよハチマン! 私は何を間違えたの? 奉仕部を壊したこと? ハチマンが変われないって決めつけたこと? ユキノとユイに酷いこと言ったこと? 何? 何なの? ねぇ……教えて、よ。間違えたら教えてくれるって、言ったでしょ」
声を震わせたサイが俺の胸に顔を押し付けて懇願した。俺たちは約束した。間違えたら間違えていると教え合おうと。もし、答えが見つからなかったら一緒に考えようと。その結果がこれである。俺はサイの間違いを指摘せず肯定した。サイは己の間違えに気付いても答えを導き出せなかった。そして、俺たちは一緒に答えを考えられなかった。考えようともしなかった。前提から間違えていたのだ。一緒に答えを考える方法すら知らない俺たちは――最初から一緒に答えを考えることなどできるはずもなかったのだから。
「お願い……このままじゃ、私、ハチマンも……失っちゃう」
「そんなことないわ」
凛とした声が俺たちに届く。サイの気持ちは引き出せた。でも、これ以上のことを俺はしない。するべきではない。してしまったらサイを否定することになってしまう。サイの行動を肯定することが俺の役目。だから、後は任せたぞ、2人とも。
「サイさんは何も失わない。失わせない。それに私たちも、比企谷君も。それが私の導き出した答えなのだから」
「ユキ、ノ? ユイ?」
目を見開くサイの視線の先にはしっかりと俺たちの目を見つめる雪ノ下と由比ヶ浜がいた。
次回――奉仕部崩壊問題、解決。
元に戻るか、それとも?