やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「ぐがああああああ!」
通り過ぎて行った何かを喰らって目の前にいる魔物は吹き飛ばされる。振り返ると俺の隣の席の人が赤い本を持って立っていた。その隣には金髪の男の子。なるほど、助っ人か。あれ、俺必要なかった? すっごい恥ずかしいんだけど。
「そこのあんた! 早くこっちに来るんだ!」
そろそろ退散でもしようかと考えていた赤い本を持った青年に声をかけられる。仕方ない。もう少し付き合うか。それにしても颯爽と現れたな、この青年。まるで主人公じゃん。もちろん、俺は噛ませ犬。
「お、おう」
「ガッシュ! 奴らから目を離すんじゃないぞ!」
「ウヌ!」
俺が彼らの傍に来たのを確認し、青年は大海恵の容態を確かめる。あ、その人は大丈夫ですよ。俺、確認したんで。
「う……ティオ」
丁度その時、大海恵が気絶から立ち直ったようで赤い髪の女の子に声をかける。ティオって名前らしい。
「恵!」
ティオは安心した表情を浮かべて大海恵に手を貸した。
「どこか痛む場所はないか?」
「あ、あなたは?」
さて、そろそろ目を離してもいいか。すごいラブコメの波動を感じるから目が腐ってしまいそう……あ、すでに腐っている。どうしよう。
「落ちこぼれめぇ!」
金髪の男の子の攻撃を受けた魔物は何かブツブツと言った後に絶叫した。それと同時に呪文を唱えようとしている。
「『ザケル』!」
「なっ……」
赤い本の青年は振り向くことなく呪文を唱え、金髪の男の子の口から雷撃が射出された。攻撃しようとしていた魔物とその本の持ち主は外まで吹き飛ばされていく。
「丁度いい。外まで吹っ飛んだか……そこのあんた」
「あ、はい」
急に話しかけられたのできょどってしまった。いやぁ、ビックリだよ。まだ俺の存在を忘れていないなんて。
「この2人を安全な場所までお願いできるか?」
「お、おう……任され――」
「――ま、待って!」
俺の返事を遮ってティオは青年に待ったをかけた。
「なんで……なんで助けてくれるの!?」
「……オレにはなんで君らがそんなことを聞くのか不思議だよ。その怪我、早く手当てしてもらいな」
ティオの疑問を聞いた時、一瞬だけ顏を歪めた青年だったがそれだけ言い残し外に出て行った。
「……さてと」
あの青年に2人のことを任されたが生憎、女の子と会話したことがほとんどない俺にとってそれは難しい。小町とサイは別だ。あれは女の子じゃない、妹だ。雪ノ下と由比ヶ浜に関してはただ罵倒されるだけだから会話ではない。後は戸塚ぐらいか。
「うん……そのハズ……」
考え事をしていたため、大海恵とティオの会話を聞き逃してしまった。この後どうするんだろうと2人を観察していると何を思ったのか2人は立ち上がって外に出ようとする。
「行ってどうするんだ?」
気付けば俺はそう問いかけていた。
「どうするって……放っておくわけにも行かないでしょ!」
俺の存在を思い出したのかティオが少し不機嫌そうに言う。さっきまで震えていたのに。ツンデレって奴か。
「お前、言ったよな? どうして助けてくれるのかって」
「う、うん」
「それってお前たちはあの金髪の子と青年を信じてないってことだろ?」
こいつらは人のことを信用できないのだ。何があったのかはわからないが魔物同士、潰し合うのが当たり前だと思っている。
「そんなことっ」
「それじゃ、あいつらと手を取り合って戦うのか。その後、戦うことになるかもしれないのに」
「ッ……」
俺の言葉を聞いて2人は俯いてしまった。無理もない。さっきまで一緒に戦っていた人たちが一瞬にして敵になるのだ。辛いに決まっている。
「それでも……これは私たちの戦いだから最後まで見届けないと」
「他力本願だな。私たちじゃ手に負えないから他の人に任せます。あ、その後攻撃するんで覚悟してくださいってか」
大海恵の発言を木端微塵に砕く。だって、そうだろ。都合が良すぎるのだ。
「くっ……」
何の反論もできず、ティオはギュッと両手を握って涙を零しながら奥歯を噛み締めた。大海恵もアイドルとは思えないほど暗い表情を浮かべている。
「……はぁ。これは友達の友達の友達から聞いた話なんだが」
「「え?」」
突然、語り出した俺を2人は目を丸くして見つめる。こっち見んな、惚れるだろ。
「H君はいつも独りだった。学校に行くのも授業を受けるのも。家に帰れば可愛い妹はいるがそれだけ。ぼっちって奴だな。そんなぼっちの前に一人の女の子が現れた。その女の子も独りだった。たった独りで戦い続けて、たった独りで苦しんで……でも、その女の子はぼっちだったH君と出会ってすごく楽しそうだった。まぁ、俺……あ、いやH君が見た感想なんだけど。つまり……」
ああ、何だ。サイと出会って変わったのは彼女だけじゃないようだ。俺だって少し変わっている。だって、ぼっちだった俺が――。
「手を貸し合うってのはまぁ、それなりにいいもんだってことだ」
――手を取り合うことを勧めているのだから。
(それに……)
今、わかった。こいつらは俺に似ているのだ。人の優しさを信じられず、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。しまいには拒絶する。
それこそ、数日前の職場見学の時――俺が由比ヶ浜結衣を拒絶した時と同じだ。あいつが俺に優しくしてくれたのは俺が事故に遭う原因の作ったことに対する罪悪感だと。俺になんか優しくしてくれる女の子なんていないはずだと。だからこそ、何か裏があるに決まっていると……決めつけていた。
でも、こいつらを見て俺に似ていると思ってその考えは間違っているのではないかと思い始めた。確信はないし、今でも半信半疑だがもっと別な方法があったのではないのかと後悔している。拒絶するには何もかもが早すぎたのだ。まだ、俺と由比ヶ浜は出会ったばかりなのだから。
「……恵!」
「ええ!」
俺の話を聞いた大海恵とティオは頷き合って外へ向かった。よかった。『え、何きもっ』とか言われなくて。
「え、何きもっ」
「思考を読むんじゃない」
振り返るとニヤニヤ笑っているサイがいた。約束通り俺を探しに来てくれたらしい。
「私、読心術使えるから」
「え、何それめっちゃ怖いんだけど」
「もうビンビン伝わって来てるよ。ハチマンの私に対する愛が」
愛は愛でも妹愛だけどな。もうお前のこと、俺の妹としか見れないし。
「さて、どうする? 帰る?」
「いやぁ、実はティオって私の知り合いなんだよね。危なくなったら助けてもいい?」
「珍しいな、バトルジャンキー。人を助けるなんて」
「すっごい不名誉な二つ名ありがとう。でも、外れ。私は人を助けるために産まれて来たんだよ。それに私が好きなのはハチマンと息を合わせることだから」
やだこの子、俺のこと好き過ぎるじゃないですか。サイルート突入している感じですかこれ。
「残念ながら今日は息を合わせることなんてなさそうだ」
「そうだといいけどね」
念のために本を取り出しながらサイと一緒に会場の外へ出た。
「『ギガノ・ガランズ』!!」
「『マ・セシルド』!!」
丁度、敵の攻撃をティオの盾が防いだところだった。頑丈そうな敵の技が消滅して行く。盾系の技でも使う子によって違うようだ。
「あれ、弱虫ガッシュもいるんだ」
金髪の男の子を見てサイは意外そうに呟く。
「知り合いか?」
「うーん、知り合いって言うかクラスメイトって言うか……ティオもたまに話す程度だったし」
「……お前、向こうでもぼっちだったんだな」
「ぼ、ぼっち違うでしょ! ハチマンみたいに目腐ってないでしょ! あ、因みに戦ってる相手はマルスだよ。ティオと仲良くしてたみたい。今じゃあの頃の友情なんかあったもんじゃないけど」
「『ガンズ・ガロン』!」
ガッシュがマルスの懐に潜り込もうとするも両手からいくつものトゲトゲの付いた鉄球を発射され、仕方なく後退する。しかし、鉄球はまだガッシュに向かって来ていた。
「『マ・セシルド』!」
それをティオが防ぐ。あの盾、優秀だな。当たった呪文を消滅させる効果でもあるのだろうか。こっちの盾とか何度も殴られたら凹むし。
「『エイジャス・ガロン』!」
マルスの右手から飛び出した鎖が地面へ突き刺さった。
「気を付けて! それは下から来るわ!」
大海恵の忠告を聞いてなるほどと1人納得してしまう。これならばあの盾の下を通過して攻撃できる。だが、それは叶わないだろう。
「せいッ!」
何故なら、俺の隣にいたはずのサイが地面から飛び出したトゲトゲ付きの鉄球を蹴り飛ばしているのだから。
突然、乱入して来た女の子を見て俺以外の人が驚愕する。そして、その中で一番早く我に返ったのは青年だった。
「SET! 『ザケル』!」
マルスに向かって右手の人差し指と中指を突き出し、呪文を唱えた。狼狽えていたガッシュは急いで青年が指した方向を見て雷撃を飛ばす。距離が遠かったせいか雷撃はマルスに直撃するも大したダメージにはなっていない。あの2人、戦い慣れている感じだ。
「さ、サイ!?」
目の前に現れた群青少女を見てティオは声を荒げている。まぁ、無理もないか。
「やっはろー、ティオ。元気してる?」
部室に突入して来て以来、何度も部室を訪れていたので由比ヶ浜が使っていた変な挨拶がサイに移っていた。しかし、こんな場面でそれを使わなくてもいいだろうに。本の持ち主として恥ずかしいわ。
「『ガンズ・ガロン』!」
さすがに3人に増えたので焦ったのか全体攻撃を放って来る。3人まとめて吹き飛ばすつもりなのだろう。しかし、サイには無意味だ。
「恵、盾を――」
「『サルク』」
お返しと言わんばかりにティオの言葉を遮って呪文を唱えた。サイの目が群青色に光る。
「二人とも私の後ろに付いて来てね」
チラリと俺と目を合わせたサイは笑いながら鉄球の弾幕へ突っ込む。進む順番はサイ、ティオ、ガッシュだ。
「あ、危ない!」
「いや、大丈夫だ」
大海恵が大声で注意するが俺はそれを否定した。俺が隣にいたのに気付いたのか彼女は少しだけ悲鳴をあげる。あ、今ので心の力が半分くらい減ったわ。本の輝きも一気に弱くなった。
「よ、ほ、や!」
鉄球を躱し、鉄球を蹴って、鉄球に鉄球をぶつけて進む。その姿は本当に無駄がなく華麗だった。さすが俺の妹。あ、いやパートナーだったわ。
「すごい……」
少しずつだが着実に前に進んでいるのを見てアイドルは声を漏らす。
「お、大海、ちょっといいか」
ちょっと噛んでしまったが何とか声をかけることができた。よし、これでもう安心だ。地獄は通り過ぎたぞ。
「え?」
「俺の合図で攻撃呪文を放ってくれ」
「でも……ティオの攻撃呪文は弱くて」
「それでいい。そこの青年は――」
「大丈夫だ。だいたい把握した。決めろってことだろ」
「お、おう……」
何だよ。格好つけさせろよ。恥ずかしくなっちゃうだろう。
「行くぞ……3……2……1!」
心の力を溜めて俺と大海は同時に呪文を唱えた。
「『サシルド』」「『サイス』!」
サイは群青色の盾を足場にして上空へ避難。それを見ていたマルスがサイに向かって鉄球を飛ばそうと上に手を伸ばす。敵の目が逸れた隙に急いで術をキャンセルし、盾を消した。
「ガッ!?」
消えた盾の向こうからオレンジ色のエネルギー刃がマルスの顔面に直撃する。どんなに攻撃が弱くても不意打ち……しかも顔面に直撃したならばいつもより効くだろう。それに目くらましにもなる。
「ガッシュ!」
「ウヌ!」
青年がガッシュの名前を呼ぶとそれだけでわかったのかガッシュがティオの横を通り越してマルスに肉薄した。
「させるか! 『ガロ――』」
「私のこと、忘れてたでしょ」
上空からマルスの本の持ち主の背後に回ったサイがパシッと本を持っている右手を叩く。それだけで本が零れ落ちた。生憎、今日はライターを持っていないので直接、本を燃やすことは出来なかったのだ。
「チェックメイトだ」
マルスがパートナーの方を振り返ろうとするがガッシュに両腕を掴まれて顔を歪ませる。
「『ザケル』!!」
凄まじい雷撃を間近で受けたマルスは悲鳴を上げながら吹っ飛ばされた。
『サシルド』が『セシルド』になっていたので修正しました。