やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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今回、由比ヶ浜が頭を使います。



あの由比ヶ浜がこんなに頭いいわけないだろ!というツッコミはサイに蹴飛ばされて星になりました。


LEVEL.66 こうして、由比ヶ浜結衣は主人公となる

「お待たせ」

 あれから数十分後、気分転換に優美子と他愛もない話をしていると不意に後ろから姫菜の声が聞こえた。

「え」

 その声で前に座っていた優美子が顔を上げて目を丸くする。そんな彼女を見て首を傾げながら振り返ると姫菜と隼人君を見つけた。

「隼人、君?」

 確か呼んだのは姫菜だけだったはず。なら、何で隼人君がここに? 優美子も隼人君が来るとは知らなかったようだし。

「私が呼んだの」

 困惑しているとずっと黙っていた姫菜が教えてくれた。しかし、姫菜が隼人君を呼ぶ理由がわからない。とりあえず、2人に座るように言い、姫菜があたしの隣に隼人君は優美子の隣に座った。注文を取りに来たウェイトレスさんに2人ともコーヒーを頼む。ウェイトレスさんがお辞儀をして去って行った。

「……結衣、この間はごめん」

 それを何となく眺めていると隼人君が頭を下げて謝る。唐突だったので数秒ほど呆けてしまったがすぐに我に返った。

「は、隼人君?」

「俺は軽率な行動で君を傷つけてしまった。君たちの状況をろくに考えずに……もう一度、話し合えばまた前みたいに戻ってくれるって思っていた。でも、それは間違いだった。だから、ごめん」

「……うん、いいよ」

 頭を下げ続ける彼をあたしは許した。だって、結果はどうであれ隼人君はあたしたちのために動いてくれたのだから。

「それで? 姫菜はどうして隼人を呼んだの?」

 あたしたちの蟠りがなくなったのがわかったのか少しだけ嬉しそうにしながら優美子が姫菜にそう聞いた。

「修学旅行の件について話すなら隼人君も呼んだ方がいいかなって思って。多分……ここにいる全員のせいでああなっちゃったんだと思うし」

 姫菜の言葉を聞いてあたしたちは口を閉ざしてしまう。他の3人が何をしたのかあたしはわからない。でも、自分自身の罪は知っている。ヒッキーの差し出した手を払い、自分からろくに動こうとせず、役立たずの烙印を押された。それがあたしの罪だ。

「……こうやって沈んでいても何も始まらない。まずは状況を整理しよう」

 ウェイトレスさんが2つのコーヒーを置いて去った後、隼人君が提案した。そうだ。今はどうやってあの場所を取り戻すか考えなければ。

「2人はどんなこと話してたの?」

 両手を握って気合を入れていると姫菜が問いかけて来た。手短に修学旅行で起きたことと2日目の夜のヒッキーの表情、ゆきのんがヒッキーたちを怖がっていること、そして姫菜の依頼がどんなものだったのか考えていたと話す。

「なら、私も説明した方がいいね」

 そう、前置きして姫菜は依頼のことを話してくれた。何となくとべっちの気持ちに気付いていたこと。でも、今のところその気持ちに応える気はないこと。もし、とべっちに告白されたら今までの関係のままでいられなくなってしまうこと。遠まわしにヒッキーに依頼を出したこと。

「でも、あの時……サイちゃんが言ったんだ。『人任せにしないで自分で何とかするべきでしょ。自分たちのことなんだから人に甘えちゃ駄目でしょ』って」

 姫菜の口から出たサイの言葉を聞いてあたしは思わず、顔を伏せてしまった。それはあたしにも当てはまるから。

「それでサイちゃんと一緒にあの作戦を考えて……聞かれたの。『変に思われてもいいの?』って。確かに私の趣味は他に人に受け入れられ辛いけど、それでも思えたんだ。少しぐらい自分が変な人に思われても今の関係が完全に壊れるのを防げるならいいなって。それに……自分の好きな物は好きだって言いたいから」

 そこで言葉を区切る姫菜。彼女の告白を聞いたあたしたちは思わず、顔を見合わせてしまう。今までの彼女と少しだけ雰囲気が違ったから。もしかしたら初めて姫菜が心を見せてくれたかもしれない。

「話してくれてありがと、姫菜」

 だからだろうか。気付けば彼女にお礼を言っていた。それに対して姫菜はいつものようにニコニコと笑いながら頷く。

「……これで姫菜の依頼についてはわかった。問題は優美子が見た比企谷の表情だ。悲しそうで何かを決意したような顔、だったか?」

 隼人君が確認するように優美子に聞く。

「あーしもちらっとしか見てないから断言はできないけどそう見えた」

「確かその時点で雪ノ下さんは比企谷とサイちゃんのことを怖がってたんだよな?」

「うん、そのはずだよ。ヒッキーに直接そう言われたから」

 あたしたちが頷いたのを見て隼人君は腕を組んで考え始める。優美子の言う通り、姫菜たちを呼んでよかった。姫菜がいなければ依頼についてわからなかったし、隼人君も情報をまとめて考えやすくしてくれている。

「壊れた関係はもう戻せない」

 唐突に隼人君がそう呟いた。

「比企谷が言ってたんだ。壊れた関係はもう元の形には戻らない。戻ったとしてもそれは似た何かだって……でも、あの時点で雪ノ下さんと比企谷たちの関係は、壊れていた」

「ぁ……だから、ヒッキーは」

 悲しそうに決意をした。もう自分たちの関係は壊れてしまったからあたしたちの関係だけは守ろうと。ヒッキーは、そう言う人だ。いつも面倒臭そうにしながらも人を助けてしまう。自分のことなんかどうでもよくて傷つけながら助けてしまう。そんな不器用で優しい人。

「これはただの推測にしか過ぎないけど……比企谷があんなことをしようとした理由にはなる。それに……まだ彼は諦めてなかった。結衣たちの関係は中途半端に崩壊していて言葉にしたらそこで終わりなんだって。だからこそ、話し合いではなく、別の方法で解決するしかないからそのために奉仕部を失くさないように活動してるって」

 そう言った後、隼人君は鞄から何かを取り出してテーブルに置いた。多分、USBだと思う。あまり使わないから自信ないけれど。

「結衣が帰った後、比企谷に余計なことをするなって怒られてね。その時にこれを預かったんだ。結衣が困ってたら渡してくれって」

「ヒッキーがあたしに?」

 隼人君の言葉を聞いたあたしは少しだけ驚いてしまった。ヒッキーが一人で奉仕部の活動しているのはあたしたちが必要ないということではなくて、奉仕部を失くさないようにするためだった。あたしだけじゃなくてヒッキーもあの場所を取り戻そうとしてくれているのだ。

「USB、だよね? 中身は何なんだろ?」

「俺も中身までは見てない。比企谷はこれで解決するはずだって言ってたけど」

「そっかー……なら、直接渡してくれれば――あ」

 直接渡さなかったのではない。渡せなかったのだ。あたしがヒッキーを見つける度に逃げていたから。そうだ。これからあたしは今まで逃げていたことを正面から受け止めなくてはならない。そうしなければあの場所を取り戻すことはできないから。

「……よし」

 テーブルに置いてあるUSBを掴んで覚悟を決める。すごく怖い。またサイに役立たずと言われることが。あたしが行動したことで状況を悪化させるかもしれないことが。

 でも、それ以上にあの場所を取り戻せないことが嫌だ。この半年間、楽しかったのだ。奉仕部の部室でゆきのんが紅茶を淹れてくれて、サイがお菓子を作って来てくれて。あたしがゆきのんとサイに話しかけて2人が反応してヒッキーが時々、会話に入る。そして、依頼が来て皆で話し合いながら解決する。

 それがとても……とても楽しかった。こんな時間がいつまでも続けばいいなって。やっと見つけた――自分で見つけた居場所なんだって。

「優美子、姫菜、隼人君、ありがと。あたし、頑張る。絶対にあの場所を取り戻す!」

 あたしの決意表明を聞いた3人は嬉しそうに笑ってくれた。ここまで協力してくれた3人の為にも頑張らなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 USBの中身がわからなかったため、今日のところは解散することにした。急いで家に帰って来たあたしは早速、パソコンにUSBを差して中身を確認する。まずはあたし一人で考えてみようと思ったからだ。そう意気込んでいたのだが、USBの中身を見て思わず、首を傾げてしまう。

(音源が、一個だけ?)

 もっとすごい物が入っていると思っていたせいで何だか拍子抜けしてしまった。一応、ママに聞こえないようにイヤホンをパソコンに繋いで音源を再生させた。

『サイ……ひ、ヒッキー! 何とか――』

 最初に聞こえたのはあたしの声だった。

『――できるわけねーだろ。俺たちが何を言っても雪ノ下は耳を貸さない。恐れてる奴らの言葉なんて信じられるわけがない。それに人の心なんてそう簡単に変わるわけじゃない。お前だって知ってるだろ』

「これって……」

 そう、修学旅行2日目。ゆきのんがヒッキーたちを怖がるようになってしまったとヒッキーに教えて貰った時の会話だ。確かサイがこっそり録音していたはず。つまり、この音源は――あたしの罪。

『……』

『雪ノ下に関しては後回しだ。今は依頼の方が優先だろ』

『そう、だね……あまり時間もないし』

『おう。だから――』

『――何としてでもとべっちの依頼を成功させようね!』

『え、あ、いや……それが』

『あ、そろそろ行かないと。ヒッキー、いこ』

『……どうすっかな』

『ヒッキー! 早くー!』

『……はいはい』

 ヒッキーの呆れたような声と共に停止した。あの時のあたしはとべっちの依頼を成功させることに夢中になってヒッキーの差し出した手を無視してしまった。ヒッキーが伝えたかったのはそのことなのだろうか。何となく違うような気がする。サイのあの言葉であたしは十分そのことを理解させられたのだ。彼もそれはわかっているはず。なら、どうしてこの音源をあたしに?

『サイ……ひ、ヒッキー! 何とか――』

 もう一度、再生。この会話を聞く度に心が締め付けられるがこれも必要なことだ。

『――できるわけねーだろ。俺たちが何を言っても雪ノ下は耳を貸さない。恐れてる奴らの言葉なんて信じられるわけがない。それに人の心なんてそう簡単に変わるわけじゃない。お前だって知ってるだろ』

「……ん?」

 珍しく長く話しているヒッキーの声を聞いて違和感を覚えた。修学旅行の時、サイが再生した音源にこの部分は入っていなかったような気がする。一度、停止させて最初に戻す。

『――できるわけねーだろ。俺たちが何を言っても雪ノ下は耳を貸さない。恐れてる奴らの言葉なんて信じられるわけがない。それに人の心なんてそう簡単に変わるわけじゃない。お前だって知ってるだろ』

 多分、この部分だ。ノートを開いて気になった単語を書いていく。帰り際に隼人君が考え事をする時はノートに書いてみるといい案が浮かびやすくなると教えてくれたのだ。

 

 ゆきのんはヒッキーたちの言葉に耳を貸さない。

 恐れている人たちの言葉は信じられない。

 人の心はそう簡単に変わらない。

 話し合って言葉にしてしまったら完全に奉仕部は崩壊してしまう。

 話し合いじゃなくて別の方法じゃなければならない。

 

 今のところ、気になるのはこの5つだ。そう言えば、『人の心はそう簡単に変わらない』ことをあたしも知っていると言っていた。確かに奉仕部に依頼を出す前のあたしは空気を読むばかりで自分の意見を言うことは少なかった。そのことを気にしていて平塚先生に相談したら奉仕部に連れて行かれたのだ。そのおかげであたしは変わることができた。

「なら、知ってるって言わないよね……」

 あたしが知っているのは『人の心はそう簡単に変わらないが変わることもできる』だ。ヒッキーの言っていることと矛盾している。一応、そのこともメモしておいてこの件を後回しにした。

「うーん……」

 何となく前半2つは繋がっていそうだけれど何も思いつかない。ヒッキーだってあたしがバカなことは知っているのにどうしてこんなにわかり辛いヒントを与えたのだろうか。もう少しはっきりと言ってくれれば楽だったのに。本当に彼は捻くれている。

「捻くれてる?」

 考え過ぎかもしれないが試しにやってみよう。

(『ゆきのんはヒッキーたちの言葉に耳を貸さない』、は『ゆきのんはヒッキーたち以外の言葉には耳を貸す?』)

 そう、言葉をひっくり返してみたのだ。もう1つの『恐れている人たちの言葉は信じられない』は『恐れていない人の言葉は信じられる』となる。

「あっ!!」

 そこであたしはやっと気付いた。ゆきのんがヒッキーたちの言葉に耳を貸さないのはヒッキーたちを恐れているから。じゃあ、ヒッキーたち以外の人――“あたし”の言葉なら信じられる。そして、『人の心はそう簡単に変わらないが変わることもできる』。つまり、ヒッキーが言いたかったことは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしが……ゆきのんを説得すること!」




由比ヶ浜結衣が主人公になった瞬間でした。



次回はガハマさんVSゆきのん


……となるはずです。

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