やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.64 雷の少年は群青少女を指摘する

「ん……」

 ゆっくりと意識が浮上して行く。ああ、そうだ。私、石版に触れて負の感情に飲み込まれそうになって。まだ働いていない頭でそんなことを考えながら深呼吸をする。すると、いきなり鼻がむずむずし始めて――。

「へ、へっくち!」

「うおっ!?」

 思わず、くしゃみをしてしまう。近くにいたのか清磨が私のくしゃみで驚いていた。何故かその手には胡椒。

「……何してたの?」

 体を起こしながらジト目で問いかける。寝ている私に悪戯をしようとしていたのだろうか。私の視線が胡椒に向いていることに気付いたのか清磨はハッとして慌てて胡椒を床に置いた。

「い、いや……これは違う。俺なりに石版を調べようとして」

「調べようとして何で胡椒?」

「自由の発想というか……」

「……迷走、しちゃったんだね」

「……はい」

 やっと己の過ちを認めたのかそっと彼はその場に正座する。それを見てため息を吐き、そっと石版を撫でた。

「お、おい! 大丈夫なのか!?」

「覚悟しておけば大丈夫だよ。それに……言ったでしょ? この石版は生きてるって。胡椒をかけたりしちゃ駄目だよ!」

「す、すまん……」

 他にも色々としようとしたのか謝る清磨の周りには散らかっている。魚を使ってどうやって調べるつもりだったのだろう。

「全く……ごめんね」

 謝りながら撫で続けていると微かに感謝の気持ちが伝わって来る。やっぱり胡椒をかけられるのは嫌だったみたい。

「あれ、ティオたちは?」

 石板から手を離して部屋を見渡すがティオとガッシュの姿はない。それにウマゴンの魔力も外にある小屋から感じない。

「あー、特訓するって外で騒いでるのは聞こえたな。確か、山に行くとかなんとか」

「山? えっと……」

 目を閉じて魔力を探ると清磨の言う通り、山の方からティオたちの魔力を感じ取れた。しかし、特訓すると言っていたようだが、動いている様子はない。

「今、休憩中みたい」

「休憩中? どういうことだ?」

「私、魔力を感知できるんだけどティオたちの魔力がずっと動いてないから休憩してるのかなって」

「魔力を、感知って……そんなことできるのか?」

 そう言えば言っていなかった。

「そうだよ。まだ感覚を取り戻してないけどね」

「その精度でまだ感覚を取り戻してないのか。サイの他にも魔力を感知できる魔物とかいそうだな」

「実際いたよ。そこまで精度はよくなかったみたいだけど」

 清磨の呟きに頷きながらベッドから降りる。もう一度、石版を撫でてから扉の方へ向かう。

「どこに行くんだ?」

「ティオたちの特訓の様子見て来る。自惚れてるわけじゃないけど純粋な戦闘能力なら私が一番高いから」

 そう言って部屋を出た。今の顔を清磨に見られたくないから。

「……強く、ならなきゃ」

 あの時――『サルフォジオ』が発現した時はただ運がよかっただけ。何か一つでも欠けていたらハチマンは死んでいただろう。

「ッ……」

 それを想像しただけで寒気がする。体が震える。

 思い出してしまう。倒れていたお婆ちゃんに触った時の冷たさを。

 想像してしまう。血だらけのハチマンの体の冷たさを。

「強くならなきゃ」

 自分に言い聞かせるように呟いて私は外に出て山に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 山に着き、ティオたちの魔力を辿って合流しようとしたのだが、目の前の光景に思わず、足を止めてしまう。

「ヌおおおおおおおおお!」

「どんどん行くわよー!」

 ガッシュに向かってティオが石を投げまくっていた。それをガッシュが雄叫びを上げながら躱している。相手の攻撃を回避する特訓だろうか。確かに回避する特訓は大事だが、石を躱してもそこまで意味があるようには思えない。敵の攻撃はもっと範囲が広いことが多い。石で慣れてしまったら距離感が測れず、当たってしまう恐れがある。

「メル! メルメルメ~!」

 そんなことを考えているとウマゴンが私に気付き、嬉しそうに近づいて来た。唯一、ウマゴンの本名を知っているからか懐かれているのだ。

「やっはろー、ウマゴン」

「メッメルー!」

 私の挨拶に合わせて『やっはろー!』と言ってくれたことを嬉しく思いながら彼の頭を撫でる。因みにウマゴンの本名は『シュナイダー』という。最初に会った時、彼の代わりに皆に本名を教えようかと聞いてみたが『自分で伝えたいから内緒にしておいて』とお願いされたので私もウマゴンと呼んでいる。まぁ、すでにウマゴンもウマゴンと呼ばれ慣れてしまったのか自分の本名を伝えようとしていないのだが。

「ウヌウ? おぉ! サイではない――ごふっ」

「こらー! よそ見するんじゃないわよ!」

 顔面に石が当たって悶えているガッシュに注意してからティオもこちらを向いた。

「サイ、もう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。特訓、頑張ってるね」

「まぁね。もっと強くならないとこれからの戦いでは生き残れないから」

「それはそうだけど、どうして急に?」

 さっきまで遊んでいたのに。それに何となくティオの顔に焦りが見える。何かあったのだろうか。

「実は――」

 休憩がてらティオが話してくれた。魔物の数は減っているだろうけどその分、勝ち残って来た魔物は今まで戦って来た相手よりもずっと手強い。ガッシュもつい先日、森の中に誘導され追い詰められたそうだ。

「それに……あのハイルだってそうよ。今の私じゃあの鎖の呪文を防げない。だから、特訓して何が何でも強くならなきゃならないの!」

 悔しそうに両手を握り、叫ぶティオ。確かにあの鎖の呪文は厄介だ。私もあれを防ごうとするなら消滅の効果がある先端部分を大けが覚悟で破壊して鎖を全て壊した後、ハチマンにハイルの相手をして貰いながら『サルフォジオ』で私を回復するしかないと思う。

「そっか。うん、そうだよね」

 頷きながら私はティオたちの方を見る。彼女たちが強くなればきっとハチマンにかかる負担も少しは減るだろう。だから――。

「なら、特別に私が教えてあげる」

 ――訓練といこうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはガッシュからね」

「ウヌ、よろしくなのだ!」

 私とガッシュが対峙し、それをティオとウマゴンが少し離れた場所で観戦する。

「さっきも言ったように私はもう感覚で戦ってるから技とか教えられない。だから組手をして実戦を積んで体に戦い方を覚えさせる」

「わかったのだ!」

 頷いたガッシュを見てチラリとティオを一瞥する。私の視線の意味がわかったのかティオがスタートの合図をするために立ち上がった。

「それじゃ、始め!」

 ティオの声とともにガッシュが先手必勝と言わんばかりに突っ込んで来る。グッと右手を握り、腕を引いた。

「はい、減点」

 そう言いながらガッシュの右ストレートを屈んで躱し、足払いをしかける。攻撃をかわされた直後でバランスを崩していた彼は簡単に転んでしまった。そのままマウントを取ってガッシュの顔めがけて拳を振り降ろし、寸止めする。

「まずは私の勝ち」

「……ウヌウ」

 負けたことを理解したのかガッシュは悔しそうに頷く。

「次は防御に徹するから好きなように攻撃して来て」

「ウヌ!」

 2戦目。私はガッシュの攻撃を躱しながらよく観察する。ティオの話では魔界にいた頃の彼は落ちこぼれと呼ばれ、虐められていたらしい。まぁ、魔法を使う時、気絶してしまうのは致命的だとは思う。

「ヌおおおおおおお!」

 しかし、雄叫びを上げながら拳を振るう彼が『弱虫』だなんて思えない。いや、違う。彼は成長したのだ。この戦いの中で。

(でも……)

「じゃあ、私も反撃するね」

 そう言った後、向かって来たガッシュの拳を右手で払う。それだけで彼のバランスが崩れた。だが、まだ攻撃はしない。

「攻撃が真っ直ぐすぎる。もっと搦め手を使って相手の隙を作らないと攻撃なんて当たらない」

 体勢を立て直したガッシュの次の一手はキックだった。体を捻りながらキックを躱し、右腕を彼の足首に当て、振り払うように横薙ぎに腕を振るう。足の軌道がいきなり変わったからかガッシュはその場で転んでしまった。

「大雑把すぎる攻撃は隙になりやすい。隙の生まれやすい攻撃は確実に当てるか何か対策が無い限りしないこと。それを踏まえたら――」

 少しだけフラフラしながらも立ち上がったガッシュ。その隙に私は右腕を引きながら突っ込む。

「ヌ!?」

 私が突っ込んで来ているのに気付いたガッシュは咄嗟に後ろに下がった。先ほどまでガッシュがいた場所に私の右腕が上から下へ振り降ろされる。そして、それと同時に前に向かってジャンプ。

「――こうなる」

 腕を振るった時に生じた遠心力を利用し、体をくるっと前に回転させ、右足を伸ばす。伸ばされた足――踵は吸い込まれるようにガッシュの脳天へ。

「ッヌァ!」

 だが、今までの経験のおかげか私の踵をガッシュは腕をクロスさせて防御する。まさかこの二段攻撃を防げるとは思えなかった。それに手加減しているとは言え、私の踵落としを防いだのも意外。腕力もそれなりにあるようだし、なかなか見込みがありそうだ。

「でも、残念」

 グッと足に力を入れる。たったそれだけで彼は私の脚力に負けて顔面から地面に叩きつけられた。

「私みたいに理不尽な相手もいる。だから、“頑張って”」

「……サイは強いのう。ウヌ、頑張るのだ」

 地面に倒れて息を切らしているガッシュは笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はティオね」

「ええ。よろしく」

「それじゃどこからでもどうぞ」

 ティオの番になり、早速組手を始めたのだが先ほどのガッシュとの組手を見ていたからか彼女はすぐに攻撃して来なかった。慎重になっているのか、はたまたカウンタータイプなのか。

「来ないならこっちから行くね」

 私は宣言した後、ティオに向かって駆け出した。それを見た彼女は重心を低くし、構える。

「はい、減点」

「えっ……」

 突っ込んで来ると思っていたようなのであえてすぐに攻撃は仕掛けず、彼女の周囲を全力で走り回る。構えていたティオは反応が遅れ、一瞬だけ隙ができた。もちろん、その隙を逃すことなく、彼女の背後に回り、腕ごと抱きしめる。

「捕まえた」

「くっ……」

 何とか脱出しようともがくティオだが、抜け出せない。カウンタータイプは手を使うことが多い。だから、それを封じてしまえばいいのだ。今回はティオが相手だったから強引に拘束できたが体格差があった場合はまた別の手を考えなければならない。

「2戦目はやる必要ないかな。それじゃアドバイスの時間ね」

「え、このままするの?」

「まず、自分の手の内を明かし過ぎ。すぐ攻撃して来ないということはカウンタータイプか攻撃の手がないと言ってるようなもの。それに私が突っ込んだ時に力んだのもアウト。私はカウンタータイプですよって教えてることと同じ。後、今回みたいに拘束された場合の対処法も考えた方がいいかも」

「でも、この状態じゃサイも私に攻撃できないわよ?」

「私にガッシュみたいに口から出る攻撃呪文があったら? 私に仲間がいたらどうなるのかな?」

 私の言葉を聞いてティオは呻き声を漏らす。至近距離からガッシュの電撃を受ける想像でもしたのだろう。

「それにね……この状態でも――」

 一瞬だけ拘束を緩め、ティオの腰に腕を回す。そのまま彼女の体を持ち上げながら後ろに仰け反り、ティオの体を地面に叩きつけた。そう、ジャーマンスープレックスである。

「ぐえっ」

「――攻撃の手はあるんだよ」

 そう言いながら彼女の体から手を離す。目を回しているのかティオは返事をしなかった。

「さてと……最後はウマゴンなんだけど……」

「メ、メルッ!?」

 ガッシュとティオが倒される様を見て来たからか私が視線を送るとビクッと肩を震わせた。

「ヌ? どうしたのだ、サイ」

 気絶しているティオを運ぼうとしているガッシュが不思議そうに質問して来る。

「うーん……私、動物と戦ったことないからアドバイスできないんだよね」

 魔界にいた頃に何度か対峙したことはあるが少しお話しすれば私の味方になってくれたのだ。

「それにウマゴンは……」

「メル?」

 正直、幼すぎる。そもそもウマゴンには覚悟がないから今、戦っても戦闘の恐怖しか与えられないと思う。パートナーも見つかっていないから変に鍛えてウマゴンの魔法と噛み合わなかったら困るし。なら、まっさらな状態でパートナーを探し、ウマゴンの魔法がどのようなものか確認してから鍛えた方がいいだろう。

「とりあえず、ウマゴンは体力を付けよっか。私たちが組手してる間、ランニングね」

「メル!」

 体力はいくらあっても困らないだろう。私の言葉を聞いたウマゴンは戦わなくてすんで嬉しかったのか笑顔で頷く。

「ガッシュ、ティオを起こして」

「今度は私の番ではないのか?」

「2人同時に相手するの。そっちの方が効率的だし連携の練習にもなるから」

「し、しかし……それではサイが不利ではないか」

「ガッシュ……それは違うわ」

 起きていたのかティオは体を起こす。彼女はわかっているのだろう。私と彼らの差を。

「呪文ありならわからないけど、組手ならサイ相手じゃ私とガッシュが組んでも勝てない。それぐらいサイは強いのよ」

「そう言うこと。ほら、近くに川があるからそこで水分補給して来て。それが終わったらひたすら組手するから」

「ウヌゥ……わかったのだ」

 まだ納得していないようだが、ガッシュは素直に頷いてくれた。しかし、休憩が終わり組手をし始めてすぐティオの言っていることが合っているとわかり、真剣に取り組みだした。

「ウマゴン、サボっちゃ駄目だよ」

「メ、メル!?」

 まぁ、そりゃ組手しながら私の死角でサボっていたウマゴンを注意したら納得せざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ちた頃、私たちはガッシュの家に向かって歩いていた。

「ほら、頑張って。もう少しだよ」

「ウ、ウヌゥ……」

「な、何で……あんなに動いたのにサイはケロッとしてるのよ」

「メルゥ……」

 私の後ろを満身創痍で歩くガッシュ、ティオ、ウマゴンは私を化け物を見るかのような目で見て来る。

「人間界に来てからも体力作りだけは怠らなかったからね。お婆ちゃんのお手伝いもしてたし」

「だ、だからって……もういいわ」

 何を言っても私が体力お化けであることには変わらないとわかったのかティオはそこで言葉を区切る。

「今日は私が直接教えたけどこれからは自分たちで頑張ってね。そろそろ私も調子を取り戻したから」

「今日のサイは調子が悪かったのか!?」

「今日って言うかここ最近ね。ハチマンにも一本取られちゃったし」

「……ちょっと待ちなさい」

 ため息交じりに呟いたらティオに肩を掴まれた。

「八幡もサイと組手してるの?」

「今はしてないけどね」

「そ、そうよね。人間が魔物相手に組手してたら体が持つわけないもの」

「あ、違うよ。私の調子が悪いからお休みしてるの。今の状態じゃ訓練にならないからって」

「「「……」」」

 3人は絶句していた。無理もないか。ガッシュとティオが組んでも敵わなかった私から一本取っただけでなく、今の私からは何も学べないと断言しているのだから。

「じゃあ……私たちは八幡にも勝てないの?」

「うーん、どうだろう。一本先取ルールなら勝てないかもしれないけど、相手が気絶や降参するまで戦うルールなら勝てると思う」

 ハチマンは典型的なカウンタータイプである。ガッシュやティオの攻撃は全て無効化されるが体力的な意味で圧倒的に彼は劣っている。攻撃しても一撃が軽いので魔物であるガッシュやティオを気絶させることはできないだろう。つまり、単純な体力勝負となり、結局のところ、ハチマンがガス欠を起こして負けるはずだ。

「そもそも単純な体術がすごくても魔物同士の戦いじゃ焼け石に水でしょ。早く私の調子を取り戻さないと……」

 この状態で魔物と戦ったら負けてしまうかもしれない。少なくともハチマンに無理させてしまうだろう。

「サイは……」

 不意にガッシュが呟く。

「サイは、信じておらぬのか?」

「……え?」

「清磨は私よりずっと頭がいい。私が考えもつかないような作戦を立ててくれる。本当に頼りになる。きっと清磨がいれば私は王になれる。そう、信じている。しかし……サイは八幡のことを、信じていないように聞こえたのだ」

「そんなことっ……」

 ない、と言い切れなかった。修学旅行で私は奉仕部を崩壊させた。それはこれからもずっと八幡は依頼が来る度に自分を傷つけてでもその依頼を解決させると思ったからだ。しかし、実際は違った。彼は変わった。変われた。自分を傷つけることなく依頼を解決してみせた。私があの時、八幡を信じていれば奉仕部を崩壊させなくてもよかったのだ。ユキノとユイを傷つけなくてもよかったのだ。

「サイ……」

 ティオが心配そうに私の名前を呼ぶが、顔を上げることはできなかった。多分、今、ティオたちの顔を見れば――自分が情けなくて最低な奴だと思い知らされてしまうから。

 そして、ティオたちに心配されながらもガッシュの家に到着し、清磨から魔物の数が残り40体になったと知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『それじゃそろそろ帰るわ』と帰って行ったハイル。気付けばすでに夕方になっていた。結構、長く一緒にいたものだ。

(それにしても……)

『確かに王になったらツペ家は王族となり、繁栄するかもしれない。でも、私は……王族になんかならなくてもツペ家を繁栄させたいのよ。それが私にできる……私なりの力の証明。だから、王になんかなりたくないわ。まぁ、成長できるから戦いはするけどね』

 帰り際に『お前が王になればツペ家は王族になるのではないか?』と疑問をぶつけたところ、ハイルはそう言って笑った。彼女も彼女なりに頑張っているらしい。打たれ弱いけど。

 証拠隠滅のために2つのマグカップを洗い、ちゃんと拭いて元の場所に戻した頃、玄関が開く音が聞こえた。

「ただいま」

 そう言いながら居間に入って来たサイ。その顔は少しだけ沈んでいた。

「おう……何かあったのか?」

「ううん、何でもない……魔物の数が残り40体になったのは知ってる?」

「ああ」

「そっか」

 『手、洗って来る』と言ってサイは再び、居間を出て行く。何かあったのかは明白だが、あの様子ではその内容を教えてくれそうにない。気分転換目的で遊びに行ったのに余計、悪化してしまったようだ。先ほどの会話の間、サイが一度も俺の目を見てくれなかったのがその証拠である。

「はぁ」

 ため息を吐きながらソファに座り、携帯を手にする。新着メールが2通。1通はハイル。そして、もう1通は一色からだった。とりあえず、ハイルのメールは後回しにして一色のメールを開く。どうやら、また何かあったようで奉仕部に依頼をしたいそうだ。詳しい内容は明日の放課後にするらしい。適当に『了解』とだけ送っておく。すると、すぐに返信が来た。

『ありがとうございます! そう言えば、噂の件ですがあれでよかったんですか?』

『ああ、おかげで奉仕部の噂が流れてるみたいだ。なんかいらない尾びれも付いてるけど』

 俺は一色とめぐり先輩に『“奉仕部という部活がある”という噂を流して欲しい』とお願いした。しかし、何故かその噂に『その部活に所属している男子生徒が頼りになる』と言う情報も付け加えられていたのだ。教室でそれが聞えた時、思わず叫びそうになってしまったわ。

『事実を言ったまでですよ?』

『事実じゃねーよ。もう十分だから噂はもう流さなくていいぞ』

『そうなんですか? まだまだ流したりないんですけど』

『なんでそんなにやる気あんの?』

『私はもっと先輩のいいところを知って貰いたいんですよ! そもそもですね、先輩は――』

 そこまで読んで一色のメールを閉じる。まぁ、いい。多分、これであいつらの耳にも奉仕部はまだあると届いたはずだ。この前、葉山が動いたのもそれが原因だろうし。

「あとは……」

 あいつが動いてくれるのをひたすら願おう。

 




因みに清磨はサイが出て行ったあと、十数分ほど悩んだ末、結局石版を調べるために色々としました。
ごめんよ、パムーン君。

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