やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
ちょっと手探り感が否めませんが、許してください。
あ、テスト大丈夫でした。
LEVEL.60 彼女は何も知らなければ知ろうともしない
由比ヶ浜結衣は己の目を疑っていた。
『えー、生徒会長に立候補した一色いろはさんの応援演説を務めさせていただきます。2年F組の比企谷八幡です』
あのぼっちで捻くれている彼が壇上に立って話しているからだ。
『皆さんも知っていると思いますが、一色さんはまだ1年生です。総武高校の歴史で1年生が生徒会長になったことはありません』
修学旅行から半月。その間に一体、何があったのだろうか。そんな疑問が彼女の頭を圧迫する。
『ですが、何事も初めてというものがあります。今まで2年生がやっていたから。1年生に出来るわけがない。そんな常識や先入観を捨てて、もう一度考えてみてください』
奉仕部は群青少女によって崩壊した。そう思っていた。だからこそ、クラスで彼の方を見ないように努めていたし、奉仕部の部室へは近づかなかった。それがどうだ。半月も彼から目を離した結果、由比ヶ浜結衣の知っている『比企谷八幡』はどこかに消えてしまった。
『彼女を応援しているのは私だけではありません。前生徒会長である城廻めぐり先輩も太鼓判を押してくださっています』
人から目を逸らし、自虐的な発言を吐き捨てる彼と壇上で話している彼は別人のように見えた。それが何だか寂しかった。もう、関係ないはずなのに。
『どうか、一度だけでもいいので彼女のことを信じてください。先ほども言ったように常識や先入観に捉われ、一蹴するのではなく、自分の目で見たことだけを信じてみてください』
(ヒッキー……)
壇上で話す元部員仲間にスポットライトが当たっているように見えた彼女は目を閉じて現実から目を逸らす。自分の立っている場所が薄暗くてジメジメとした路地裏のような気がしたから。
『私が言いたいことは以上です。ご清聴ありがとうございました』
マイクから一歩だけ後ろに下がった後、頭を下げた比企谷八幡。由比ヶ浜結衣が目を開けた時にはすでに彼の姿は壇上にはなかった。かけがえのない何かを自ら手放してしまったような感覚を覚えながら総武高校生徒会役員選挙は幕を閉じた。
生徒会役員選挙が終わった11月下旬。そろそろ秋も終わり、本格的な冬が始まる季節。去年までのあたしならクリスマスやお正月などのイベントを待ち遠しく思いながら日々を送っていただろう。だが、今のあたしはどこかおかしい。
「――い」
「……」
「結衣! 聞いてんの?」
「へっ? あ、ご、ごめん。何だっけ?」
「だから、今日の帰りどっか寄ろうって話……結衣、最近ぼーっとしてるけど大丈夫?」
訝しげな表情を浮かべてあたしを見る優美子。その視線にドキッとしながら無理矢理笑顔を浮かべた。
「大丈夫大丈夫! 寒くなって来たからちょっと風邪っぽいだけだよ!」
「……それならいいんだけど」
言葉とは裏腹に優美子はどこか不機嫌そうだった。上手く笑えなかったのだろうか。でも、あたしにもわからないのだ。どうしてこんなにも胸が苦しいのか。
その時、背後で教室の扉を開閉する音が聞こえた。自然と振り返ってしまう。
「ぁ……」
丁度、見覚えのある背中が廊下へ消えていくところだった。修学旅行前と何も変わらない背中。
――何も知らない奴に怒る資格なんてない。お門違いなんだよ……役立たず。
彼の背中を見ていると群青色の瞳を持った少女の言葉が呪いのように響いた。大丈夫。もう関係ない。あたしはもう奉仕部の一員じゃない。大丈夫。大丈夫。あたしは――何も知らないから大丈夫。
「「……」」
自己暗示をかけるのに必死であたしを見ている2人の友達の視線には気付かなかった。
あたしは多分、友達が多い方だと思う。ヒッキーやゆきのんに比べたらだが、廊下ですれ違えば軽くお話する人も結構いる。だからこそ、自然とその噂話は耳に入った。
「え……奉仕部?」
「そう、奉仕部! 知らない?」
知らないはずがない。少し前まであたしも属していた部活だ。修学旅行以降、部室にも行かなければ退部届すら提出していないが。平塚先生と話すと嫌でも奉仕部のことを思い出してしまう。いや、違う。奉仕部じゃない。サイのことを思い出してしまうのだ。だから、退部届を提出できない。そんな勇気すらあたしにはない。退部届を提出する時、嫌でも奉仕部に目を向けなくてはならないから。だからだろうか――。
「え、えっと……知らない、かな」
――あたしは知らない振りをした。
「最近、噂になっててね。どっかにある部室に行けば何でも解決してくれる部活なんだって!」
知ってるよ。
「それでその部員がカッコいいって噂なの! 頼れるって言うの? この人なら何とかしてくれるって思える人なんだって!」
知ってるよ。
「あー、早く部室見つけて色々相談してみたいなー! 恋愛相談とか乗って貰って……そのまま、その人と!? きゃー!」
「……」
「それで……結衣?」
「……ううん、何でもない。あ、次体育だからそろそろ行くね」
そう言ってあたしは逃げるようにその場を離れた。わからない。何もかも意味がわからない。だって、ヒッキーの良いところを知っているのはあたしたちだけだったのに。ヒッキーは皆が思っているような人じゃないって知っていたのはあたしたちだけだったのに。どうして、ヒッキーのことを何でも知っているような言い方をするのだろう。だって、本当の彼を知っているのは――。
「……」
――少なくともあたしじゃなかった。たった半月という短い時間で何もかも変わってしまった。奉仕部も、サイも、ヒッキーももうあたしの知っている彼らではないのだ。
――何も知らない奴に怒る資格なんてない。お門違いなんだよ……役立たず。
関係ない。知らない。知りたくもない。だって、知ろうとすればまたあの子があたしに牙を向けるから。
ねぇ、そろそろ許してよ、サイ。もう、知ろうとはしないからこれ以上、あたしを苦しめないで。
「きゃっ」「っと」
よく前を見ていなかったせいで人とぶつかってしまった。急いで謝ろうとぶつかってしまった相手の顔を見て目を見開く。
「……おっす」
腐った目であたしを見下ろす捻くれた彼だったから。少しだけ気まずそうだったが、ヒッキーはあたしに挨拶する。
「……ッ」
久しぶりに聞いた彼の声。その瞬間、ズキリと胸が痛んだ。その痛みに耐えきれなくなり、彼の横を走り抜ける。
(どうして……)
次の時間は体育だ。早く、教室に行かないと着替える時間がなくなってしまう。
(何で……)
そう言えば、今日はメグちゃんの新しいCDの発売日だ。でも、お金がないから買うのはまた今度にしよう。
(ねぇ、ヒッキー……)
「はぁ……はぁ……」
立ち止まって肩で息をしながら廊下の窓から空を見上げる。今にも雨が降って来そうな曇天だった。
(……何で、そんなに普通でいられるの?)
奉仕部は崩壊。この半年で築き上げたあたしたちの絆が一瞬でなくなってしまったのだ。いや、最初から絆なんてなかったのかもしれない。そう、結局のところ、ヒッキーとゆきのんが毛嫌いしていた上辺だけの関係――偽物だったのかもしれない。だからこそ、あんなに簡単に壊れた。
「……」
だとしたら、崩壊したはずの奉仕部で活動し続けるヒッキーの考えていることがわからない。あの部活は偽物の象徴なのだ。それなのにヒッキーは独りであの部室に居続けている。意味が分からない。彼の考えていることが分からない。何もわからない。
「結衣ー。そろそろ準備しなー」
空を見上げていたあたしに優美子が声をかけて来る。
「あ、うん。今行くね」
またぎこちない笑顔で応答する。もっと、昔のあたしなら上手くやれたと思う。でも、今のあたしにはこれが限界だった。
「……」
鋭い視線を送って来る優美子の前を通って教室に入る。
と、いうことでこの章のみ、主人公が由比ヶ浜になります。
完全に逃げていますけどね!
今後、彼女も前を向き始めるのでとりあえず、ボロボロになっている彼女を見て楽しんでください。
なお、由比ヶ浜のキャラ的にもう少し地の文を話し言葉にしたかったのですが、あまりにも拙いものになってしまいそうなのでこのような感じでいかせていただきます。申し訳ありませんでした。