やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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今回は後日談的な本格的なお話しです。
本当はぼーなすとらっくを書きたかったのですが、書く内容がなかったため、急遽、この話を入れました。



LEVEL.56 比企谷八幡は彼女たちの因子を受け入れ、変わろうと努力する

 少しだけ肌寒くなって来た。そんな季節の真夜中の空き地に小さく打撃音が響き渡る。

「あっぐ……」

 重たい一撃を受けたからか口から声を漏らしながら背中から地面に倒れた。倒れた奴が起き上がるのを“俺”は黙って待つ。

「あはは……負けちゃった」

 しかし、倒れているサイは起き上がることもせずに乾いた笑いを零すだけだった。

「ハチマン、強くなったね。もう教えることなんてないの、かな」

「……」

「……ハチマン?」

 何も答えない俺が不思議だったのか夜空を見上げていた彼女は少しだけ不安そうに俺の方を見る。それでも俺は何も答えない。

「どうしたの?」

「帰る」

「え?」

「今日の……いや、しばらく夜の特訓はなしにしよう」

「え、な、何で!?」

 俺の提案を聞いてすぐに立ち上がり詰め寄るサイ。その目は少しだけ不安の色に染まっていた。

「お前だって気付いてんだろ? 今のお前じゃ俺には勝てない」

「ッ……そんなのわかんないでしょ」

「人間である俺に殴り飛ばされた奴が何言ってんだよ。集中もできてなかったし、いつもより攻撃の手数も少ないし、威力も低い。やるだけ無駄だ」

「で、でも!」

「別に朝のランニングとかはやるから。まだ気持ちの整理が出来てないんだろ? 無理すんな」

 正論だったからかサイは黙って俯いてしまう。俺に勝てないのはもちろん、このままだとサイが怪我をしてしまうかもしれない。『サルフォジオ』で傷は治せるが無駄な怪我をする必要なんてない。今のサイに必要なのは時間だ。彼女は今かなり不安定である。また何かの拍子に暴走しかねない。それが一番怖い。暴走するサイを見るのがではない。正気に戻った時にサイが――また自分自身を嫌いになってしまうのが。

「……うん」

「よし、いい子だ」

 小さく頷いた彼女の頭を撫でて褒める。

 修学旅行から帰って来た夜、俺とサイの夜の特訓はしばらくお休みすることが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。きっと人口の9割が嫌いだと言う曜日である。天国のような休日が終わり、地獄の平日がこんにちはするから。俺だって嫌いだよ。一生来るな、月曜日。そして、いつでも待っているよ、土日。

 そんな憂鬱な平日の先鋒を殴り倒す妄想をしながら居間に入る。そこにはポットの前で仁王立ちしている小町の姿。小町、お兄ちゃん月曜日を倒したよ。

「あ、お兄ちゃんおはよ」

「おお。おはよう」

 朝の挨拶を交わしながら椅子に座る。テーブルにはすでに朝ごはんが用意されていた。後は小町がお茶を淹れてくれるのを待つばかりである。

「はーい、お待たせー……って、あれ? サイちゃんは?」

 3つのカップを器用に持った小町はサイの姿を探す。しかし、居間に彼女の姿はない。

「まだ寝てる」

「え? サイちゃんが?」

「……すまん、違うわ。ベッドから出て来ない」

 俺がいなければ眠れないサイが独りで寝過ごすわけもない。すぐに本当のことを言った。

「何か、あったの?」

 さすがに気付かれた。まぁ、小町は何かとサイのことを心配している。お姉ちゃんだからな。俺だって兄として可愛い2人の妹が心配だ。特に今のサイは。

「……あった、けどサイの許可なしじゃ言えない」

 まさかサイが俺を守るために奉仕部を崩壊させようとしたと軽々とは言えなかった。

「そっか……大丈夫そう?」

「何とも言えない。俺とサイは動けないからな」

「なら、小町は動けそう?」

「……今は動くべきじゃない、と思う。俺も一応考えはあるが上手く行くかはわからんし」

 サイがどうしてあそこまで落ち込んでいるのかはわかっている。それにその解決方法も。しかし、動くのは俺やサイでは駄目だ。その役目を果たせるのは――。

「お兄ちゃん!」

 そこまで考えていると小町の大声が耳を直撃し驚いてしまった。な、なんだよ。お兄ちゃんの心臓、爆発させたいの?

「小町にできることがあったら、何でも言ってね」

「……おう」

 俺の手を掴み、真剣な眼差しを向ける小町。それを見て思わず、微笑んでしまう。成長したな、我が妹よ。

「あ、お兄ちゃんその顔きもいからやめて」

「……」

 それはないんじゃないかな、我が妹よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 憂鬱な月曜日も半分以上過ぎ、放課後となった。それまでの間、一度も教室で由比ヶ浜とは目は合わなかった。何度かチラ見したが彼女はこっちを見ないようにしているみたいだ。明らかに避けられている。代わりに三浦と目が合ったけど。なんでや。

「……」

 遠くから聞こえる生徒たちの声を聞きながら廊下を歩く。そして、目的地に着いた。先生から貰っておいた鍵を使った後、扉を開ける。そこにはいつも通りの部室が広がっていた。紅茶の香りがしない部室だった。

「よいしょ」

 いつもの席に腰掛けながら小さく呟く。そして、鞄の中から予め買っておいた“微糖の缶コーヒー”を取り出し、長机の上に置いた。

「……」

 カチカチと時計の秒針が進む音が大きく聞こえる。外からは野球部かそれともサッカー部か。とにかく大声を上げて練習に励んでいる生徒の声が嫌でも耳に入った。それに対抗するように缶コーヒーを開ける。そのまま口を付けてコーヒーを飲んだ。

「……苦ぇ」

 俺の口からしたら十分苦く感じる缶コーヒーを置いて読みかけの本を手に持ち、開く。

 

 

 

 

 

 

 俺だけになってしまった奉仕部の活動が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ独りになってしまったとしても他の人には関係ない。いつもは暇な奉仕部だが今日は依頼があったらしい。何となく廊下に気配を感じる。

「どうぞ」

「……何故、ノックする前にわかった」

 俺が許可を出すとジト目をしながら平塚先生が入って来た。しかし、そのジト目も長くは続かない。部室内を見た瞬間、目を見開く。

「雪ノ下と由比ヶ浜、サイはどうした?」

「さぁ? サボったんじゃないですか?」

「……後で詳しく聞かせて貰うぞ」

 あ、誤魔化し切れなかった。まぁ、後で話すつもりだったし別にいいのだが。

「それで今日の依頼は何ですか?」

「ああ、そうだった。入って来ていいぞ」

「失礼しまーす」

 平塚先生の後から入って来たのはめぐり先輩だった。ごめんね、いつもの紅茶とお菓子はもう出て来ないんだ。だから帰ってくれません?

 だが、そう思った束の間、めぐり先輩の後ろにもう1人いることに気付く。亜麻色のふっくらとしたセミロング、くりっとした大きな瞳は小動物めいていて可愛らしい。制服も少しだけ着崩しており、たるっと余ったカーディガンの袖口を控えめに握り込んでいた。どこかで見たような顔だな。どこだっけ?

「ごめんね、比企谷君。ちょっと相談したいことがあって」

 謎のヒロインXを見ているとめぐり先輩が申し訳なさそうに言う。なら、帰ってくれませんかねぇ。めぐり先輩が絡むと結構、面倒なことが起きるから。

「……手短にお願いしますよ」

 でも、俺はイエスマンだからノーとは言えない。もうすでに社畜予備軍。まぁ、好き好んで奉仕部の部室の扉を開けた時点で社畜決定なのだが。

「ありがとう! ほら」

 満面の笑みを浮かべた後、後ろに控えていた謎のヒロインZの方を見る。

「こんにちは、一色いろはって言います!」

「……ああ。あの時の」

 そう言えば、夏休み前によくわからない柔道大会を開いた時に葉山を連れて行こうとした奴だ。だからどこかで見たことがあったのか。だからと言って知り合いってわけでもないが。

「あれ? 先輩と会ったことありましたっけ?」

 不思議そうな顔をしながら可愛らしく小首を傾げる一色。なるほど、こういう奴か。

「別に話したことはない。見たことあるだけだ。あと“そう言うのは”いいから早く話を進めてくれ」

「そう、言うのは?」

 一瞬何を言われたのかわからなかったようでぽかんと口を開けた彼女だったが、俺の言葉の意味を察すると目を細めた。おやおや、警戒されちゃったかしらん?

「まぁ、とにかく座ってください」

 一色の視線を無視していつも由比ヶ浜が使っている椅子を持ち上げて依頼者がいつも座っている椅子の隣に配置する。めぐり先輩は笑顔でお礼を言った後、それに座った。

「むー」

「一色さん、早く」

「あ、はい!」

 めぐり先輩に促されて一色も椅子に腰かける。

「……まぁ、本当は後3人いるんだが今日のところは比企谷だけでいいか」

「……ええ。そうですね」

 しばらくは俺だけで活動するのだ。今の内に独りで解決するのに慣れておこう。面倒だけど。

「さて、比企谷君。もう少しで生徒会役員選挙があることは知ってる?」

 先生が壁に寄り掛かったのを見て早速めぐり先輩が話を始めた。

「……いえ、知りません」

「あ、あはは。まぁ、一般生徒からしたらさほど注目するような行事じゃないもんね。一応、公示は済ませてあるんだけど」

 へー、知らなかった。生徒会自体、何やってるかわからないけど何かはやっている組織って感じだ。俺はもちろん、他の生徒もさほど興味は湧かないだろう。

「その生徒会役員選挙で何か問題でも?」

「うん、本当ならもうちょっと前にやってるはずなんだけど立候補者が集まらなくって……延期してたんだよ。後任がちゃんと決まらないと引退できなくてさ」

 よよよ、と制服の袖で目元を拭うめぐり先輩。いや、そう言う小芝居は要らないから。

「学校側もつい城廻に甘えてしまってな。本来であれば体育祭の頃には引き継いでおきたかったんだが……」

「あー……だから俺を」

 体育祭が終わってから数日後、俺はめぐり先輩に『生徒会長にならないか?』と誘われたことがある。すぐに断ったが。

「そうなんだよね……ねぇ、今からでも――」

「――いえ、結構です」

 遮るように断られたからかめぐり先輩はシュンと落ち込んだ。忙しい人だな、この人。

「生徒会役員選挙の話はわかりました。それで結局、何があったんです?」

「あ、そうだった。今、最後の仕事として現役員全員で選挙管理委員会をやってるの」

 つまり、今の役員の中で選挙に出る人はいないのか。まぁ、今の役員の人たちはめぐり先輩と一緒に仕事をすることに意味を見出していたみたいだし。めぐり先輩が卒業するから役員になる理由はないのだろう。

「実は現役員の中に比企谷君が生徒会長になるなら選挙に出たって人、いるんだよ?」

「……話を続けてください」

「もう、ガード固いなぁ。それで公示も済ませちゃって後は選挙するだけ、なんだけど生徒会長の候補者って一色さんなんだよね」

 ほー、この1年が。まさか1年から生徒会長をやるとは頑張り屋さんなことで。八幡、感心しちゃったぞ。その候補者からすごく睨まれてるけど。やっぱり、あの一言は駄目だったかしら。向こうも『意図的に可愛くしてる』から疲れると思って言ったのだが。

「でね……出来れば、一色さんを当選させないようにしたいの」

「……はい?」

 え、どういうこと? 立候補したのに当選させたくないって。そのことを聞いてみると一色は俺を睨むのを止め、苦笑を浮かべながら口を開く。

「えっと、私が自分で立候補したんじゃなくて、勝手にされてたというかー……」

「……つまり、どういうことだってばよ」

「私って結構悪目立ちっていうんですか? そういうのが多かったし、サッカー部のマネージャーをしてるから葉山先輩とか上級生とも仲良しなんで、そういうイメージがついちゃってるみたいで向いてるとかよく言われるんですよ~」

 『私、困ってる~』みたいな仕草をしながらあざとく語る一色。面倒臭い奴だな。

「だから、そう言うのはいらないから。つまり……いじめられてるってことか?」

「むっ……いえ、いじめとかじゃなくてノリ、ですかね。悪ノリって奴ですよ。ほら、クラスの友達が何人か集まって、いじりっていうんですかね~」

 一色はピンと立てた人差し指を顎に当てて小首を傾げながら話す。その間延びした喋り方に若干、イラッとしながらも頭の中で整理した。言っちゃえば、勝手に立候補させられた、ということだろう。

「選挙管理委員会は何をしてたんですか……こういうのって本人確認とかあるでしょうに」

 普通なら起きない問題。立候補する時はもちろん、そう言った重要な書類には本人確認の意味を込めて名前を書くなどのルールがあるはずだ。しかし、一色のような問題が起きてしまった。一色に立候補した記憶がないのであればそれは選挙管理委員会がその点を見落としていたことになる。

「あはは……もうちょっと気を付けていれば」

「無理もない。まさかいたずらでそのようなことをする奴がいるとは思わないだろう。選挙管理委員会を責めるのは少し酷かもしれんな」

 肩を落とすめぐり先輩とため息交じりに呟く平塚先生。でも、先生の発言を聞いた俺は少しだけ目を鋭くさせる。その瞳に“冷気”を纏わせて。

 

 

 

 

 

 

 

「先生。それはどうかと」

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 まさか俺が反論するとは思わなかったようで先生は目を丸くした。

「そもそもいたずらが起きる起きないの前にそう言うのはきちんとするのが当たり前なんじゃないですか? 体育祭実行委員長をやった時とかこれでもかってぐらい確認させられましたし」

 俺の時は厳しくして他の人の時は緩くするとか耐えられん。ミスをしたなら罰を与える。それは当たり前だ。だから、そいつらに罰を与えねば。とりあえず、サイを呼んで骨の一本ぐらい逝っとく?

「それに実際に被害を受けてる奴もいるんですよ。それなのに『まさか起きるとは思いませんでした』なんて発言はちょっと問題なのでは? 今回の一件を見逃してまた起きた時も見逃すんですか? それじゃいつまで経っても終わりませんよ」

「……雪ノ下に説教されたような気分だ。すまん、軽率だった」

「……いえ。こちらこそすみませんでした」

 少し熱くなってしまった。まぁ、“こんな感じ”か。慣れないことをするのは大変だ。特にあの『雪の女王の模倣』をするとか精神がすり減ってすぐに発狂しちゃいそう。もうやりたくない。

「先輩っ……」

 視線を前に移すと何故か目をキラキラさせて俺を見ている一色。めぐり先輩も嬉しそうに頷いている。あれ、どうしたの?

「ねぇ、やっぱり生徒会長に――」

「――いえ、結構です」

「ガード固すぎるよぉ……でも、確かにこのまま選管が何も罰を受けないのは駄目だよね。後で叱っておくから」

「叱る前に一色に謝罪した方がいいんじゃないですか? 被害者ですし」

「いいえ! 大丈夫です!」

 元気よく拒否する一色。俺の気遣いなんか必要ないってか? ちょっと心にきますよ、それ。

「選管についてはこれぐらいにして……一色を勝手に立候補させた奴は特定できてるんですか?」

「あ、うん。推薦人名簿は確認したからその子たちだと思う」

「たち? 複数人なんですか?」

「推薦人は30人以上って決まってるから」

「後で指導しておく。名簿に書かれてた30人の名前は本物だったからな」

 え、よくやったなそいつら。30人も集めた。いや、集まったのか。それに本名書くとかバカでしょ。それに30人も集まるほど女子の敵になっている一色も一色である。ため息を吐きながら彼女を見るとさっきとは打って変わって機嫌良さそうに笑っていた。何があったし。

「でも、不正――というかいたずらで立候補させられたなら無効とかに出来そうですけど」

「それが、担任もなんかやる気になっちゃってて超応援して来るんですよー! やめるって言ったら逆に励まされちゃって……クラスで応援演説をやる人がいない時点でわからないもんですかね。だいたい先生に応援されたところでって感じじゃないですかー!」

 鬱憤が溜まっていたのか早口で愚痴をこぼし始めた。おおう、すごいぐいぐい来る。どうしたの、この子。

「そうか……大変なんだな」

「そうなんですよ! そもそも――」

「一色さん、ストップストップ!」

「はっ……すみません、熱くなっちゃいました」

 めぐり先輩に止められてやっと止まった一色。めぐり先輩、ナイスです。さすがにこのまま愚痴を聞き続けるのはちょっと面倒だったから。

「私も一色の担任と少し話をしてみたんだが……人の話を聞かない系の人間でな。どうもご自分の中ではすでに感動の物語が出来上がってるようで……自分に自信のない生徒が教師やクラスの皆に支えられて生徒会長になる、みたいなサクセスストーリーを語られてしまった……」

「それはご愁傷様です」

「ああ、それに――」

「平塚先生もストップです!」

「おっと……すまない。何だか今日の比企谷から話しやすい雰囲気が漏れていてな」

 何それ。俺の体からそんな不思議オーラが漏れているの? 一色も何度も頷いているし。由比ヶ浜のオーラが移ったのかしらん?

「んー、確かにそうかも。どこか変わったような……目は腐ってるけど」

「先輩、褒めてるんですか? それとも貶してるんですか?」

「生徒会長になればいい子いい子してあ――」

「――それは間に合ってます」

 隙あらば勧誘して来るようになったな、先輩。絶対になるつもりなんかないけど。

「話を戻しますよ。結局一色の立候補取り下げは出来そうなんですか?」

「うーん……どうやって取り下げたらいいのか……」

 どうもそう上手くは行かないらしい。黙っていると先輩は目を伏せて言葉を続けた。

「本当は取り下げたいんだけど、選挙規約に取り下げについて一切、書いてないの」

「……過去の事例がないからどうすればいいのかわからない、ってことですか」

「うん」

 よくある話だ。過去にそう言った事例は一度もないからなんて理由で意見が潰される。聞く分には潰す側に問題があると言えるだろう。よく物語の中で『過去に事例がないからなんだ! 何事にも初めてがあるだろ!』と説教気味に説得するなんてシーンがある。でも、逆に言えば過去に事例がない理由もあるのだ。そもそも選挙に立候補する時、ふざける奴などいない。ましてやいたずらで他人を立候補させるなんて発想すら浮かばない。誰もがやるわけがないと決めつけるほど幼稚な行為なのだ。そのせいで選管が油断し、本人確認せずに問題が起こってしまった。それに過去の事例がないというのはそれだけでブレーキがかかってしまう。誰だって責任を持ちたくない。だからこそ……過去の事例というのは大事なのだ。世論的にも。気持ち的にも。

「取り下げは無理そうですね……となると選挙で落選させるしかない」

「そう、なんだけど……一色さん以外に候補者はいないの」

 信任投票か。ならほぼ確実に当選するな。

「信任投票で落選する方法は一応あるが……」

「えー! それじゃ超カッコ悪いじゃないですかー!」

 ああ、そうだ。すごく恥ずかしい。俺だってやりたくない。なら、一色ではなく別の原因で落選させればいい。

「発表されてるのは立候補者の名前だけですか?」

「え? う、うん」

「そして、まだ応援演説をやる人は決まっていない、と」

「うんうん」

「じゃあ、応援演説のやる奴がヘマをすればいい。そうすれば一色は泥を被らなくてすむ」

 俺の言葉は不思議と部屋に響いた。めぐり先輩も一色も平塚先生も言葉を失っている。

「あ、あのー……その応援演説をやるのは?」

「俺しかいないだろ」

「ま、待ってください!? それじゃ先輩が!?」

 一色の言う通り、俺が代わりに泥を被ることになるだろう。別に俺はそう言うのに慣れているし、気にするようなことでもない。そして、今回に限っては俺が傷つくところを見て傷つく人たちはこの場にいない。ああ、そうだ。この方法が一番手っ取り早い。俺にとっちゃ一番楽な方法だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、それじゃ駄目なんだよな、サイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌か?」

「もちろんですっ!」

「じゃあ、答えは自ずと1つだ」

「……へ?」

 さて、ここからが問題だ。頼れるのは俺の話術だけ。頑張れ、俺。超頑張れ。

「立候補を無効にすることもできなければ、取り下げることもできない。でも、落選するには一色か、俺が泥を被ることになる。それも嫌なら――」

 

 

 

 

 

 

「――お前が生徒会長になればいい」

 

 

 

 

 

 また沈黙が流れる。その中で一番早く正気に戻ったのはめぐり先輩だった。

「えっとね……それが嫌だからこうやって悩んでるんだよ?」

「そもそも何で嫌なんだ?」

「え?」

「どうして、お前は生徒会長になりたくないんだ?」

「そ、それは……ほら! 私って、サッカー部のマネージャーしてるじゃないですかー? だから、両立するのは大変ですしー」

 さほど考えていなかったのだろう。誤魔化すように理由を述べる一色。しかし、この八幡の前ではそのようなふにゃふにゃな言葉は無意味である。

「めぐり先輩。そんなに生徒会って大変なんですか?」

「う、うーん……時期にもよるけど、生徒会長1人に仕事が集中するわけじゃないから役員全員でフォローすれば部活をやりながらでもできるよ」

「だ、そうだ」

「で、でも! 私って1年だから自信ないですよー!」

「逆に考えろ。1年だから失敗しても許される、と」

 それに失敗するとは限らない。もし、成功したら『1年生なのに生徒会長と部活を両立できてるすごい私っ!』となり、失敗しても『1年生だから』という免罪符で説教を半減できる。ローリスクハイリターン。

「な、なるほど……」

「それに……悔しくないのか?」

 納得してしまったのか頷いている一色にそう問いかけた。

「悔しい、ですか?」

「ああ。正直言って今回の一件の首謀者たちはお前を陥れるために立候補させた。少なくとも純粋な気持ちでお前を推薦した奴なんざいねー。お前が落選するのを見て嗤うだろうな」

「……」

「だから、見返してやれよ。陥れられたのならば……立派な生徒会長になってそいつらの前で言ってやれ。『君たちのおかげで私、こんなに立派になれたよ。ありがとう』ってな」

「見返す……」

 もう一声だな。確かこいつ、葉山に気があったはず。それを利用して……いや、それは駄目だ。人の好意を利用するのはさすがに気が引ける。その時点でアウト。罪悪感を抱くような方法を取った時点で俺は何も変わっていないことになる。それじゃ駄目なのだ。もっと、別な方法を――。

「……めぐり先輩」

「ん?」

「俺って学校の中じゃどんな評価受けてます?」

 このタイミングでこんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。先輩は困惑しながらも答えた。

「え、えっと……文化祭の疑惑はもうほぼ完全に晴れてるよ。逆にメグちゃんを呼んだって噂も流れてるぐらいだから結構、広まってるんじゃないかな? 前の体育祭でも活躍してたし。だからこそ、生徒会長に向いてるなって思ったの」

 意外にも高評価だった。一色も『やっぱり先輩ってすごい人だったんですねー』と感心していた。1年生にも噂は流れているのかもしれない。なら、好都合だ。

「なぁ、一色」

「は、はい!」

「俺が応援演説してやる」

「へ?」

「あのめぐり先輩が生徒会長に推薦するほどの人物が応援演説をするんだ。なかなかなお膳立てだろ?」

 俺が応援演説のスピーチ中に『めぐり先輩に生徒会長になって欲しいと頼まれましたが、俺よりも一色さんの方が向いていると思い、この場に立っています』みたいなことを言えばいい。それだけでも十分なステータスになる。

「つまり、お前は俺やめぐり先輩から認められたすごい1年で、部活と生徒会を両立し、お前を陥れようとした奴らを見返すチャンスを得られ、失敗してもさほど痛くない。どうだ?」

「……」

 一色は黙って俺の目を見つめている。俺も無言で見つめ返した。もう、“逸らさない”。

「……そうですね。落選するより当選した方が良さそうです」

 そう、結局は損得勘定なのだ。落選するより当選した方がいいと教えてやればいい。そうすれば何もかも上手く行く。落選するより当選する方が楽なのだから。

「ですが……私はまだ“1年生”なのでまた相談に乗ってくださいね、先輩?」

「……おう」

 やべ、何となく面倒な奴に目を付けられたような気がする。めぐり先輩も『仕方ないか』みたいな表情を浮かべているし。先生はふっとニヒルに笑って出て行っちゃったし。先生、今の奉仕部の状況について話しておきたかったんですけど……。

「あ、先輩! これから応援演説について話し合いませんか?」

「は? 今から?」

「はい! めぐり先輩も一緒に考えて欲しいんですけど……」

「うん、私はいいよ」

「じゃあ、どこかのお店に行きましょう! ほらほら、先輩? 行きますよ!」

 立ち上がった一色は俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。ま、待って。話が付いていけない。狼狽していると不意にポケットの携帯が震える。取り出して宛先を見ると『大海恵』と画面に出ていた。メールのようだ。

 くっ付いて来る一色を引き剥がした後、メールを開封する。そこにはたった二言。『窓開けて。急いで』。

「……?」

 意味はよくわからなかったがとりあえず、窓を開けた。いきなり窓を開け始めた俺を不思議そうに見ているめぐり先輩と一色だったが、次の瞬間、その目を大きく開ける。

「よっと」

 大海を背負ったサイが窓から部室に入って来たからである。どうやら、校舎の壁をよじ登ったようだ。

「は、八幡君、こんにちは」

「お、おう」

 背負われた大海も顔を引き攣らせていた。多分、俺も同じような顔をしていたと思う。いや、何でそんなところから来たの? 普通に扉から入って来てよ。そんなことを考えている間に靴を脱いだサイと大海は部室の床に降り立った。

「全く……帰りが遅いと思ってメグちゃんと一緒に様子を見に来てみれば……ハチマン、何してるのかな?」

「べ、別に? 何もしてないけどー?」

「ギルティ」

 目を逸らした俺に有罪判決を言い渡すサイ。やっぱ、人はそう簡単に変われないわ。

 




次回、ぼーなすとらっくです。
どうして、一色は八幡に懐いたのか。そして、サイと大海が部室に来るまでのお話し。その後にこのお話しの後日談を書いてはれて修学旅行編は終わりです。




あ、それとサイのイメージにピッタリなキャラを見つけました。
『ストライク・ザ・ブラッド』のなつきちゃんです。
原作は持っていないのでわかりませんが、アニメのなつきちゃんとサイのイメージがピッタリ合いました。目も青いし。
なつきちゃんをもっとちょっと可愛らしくしたのがサイだと思います。ぜひ、参考にしてみてください。

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