やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.54のサイ視点……と言うより、LEVEL.54にて書かれていなかったサイの行動です。なので、LEVEL.54に書かれていたシーンはだいたいカットしています。一緒に読むとより深く理解できるかもしれません。


LEVEL.55 群青少女は壊すことしかできない

 ハチマンのポケットから携帯を拝借して私は2人の元を離れる真似をした。2人の視界から外れら後、気配を消して移動し、ハチマンたちの声がギリギリ聞こえる場所で携帯の録音アプリを起動させ録音を開始する。目的はユイが私のヒントに気付いているかどうか確かめること。まぁ、ユイのことだから気付いていないんだろうけど。

「サイ……ひ、ヒッキー! 何とか――」

 ほら、やっぱり。ユキノは私とハチマンを恐れている。そんな存在が何を言っても聞く耳を持つはずがない。だから、今回に限っては私とハチマンは何もできないのだ。

「――できるわけねーだろ。俺たちが何を言っても雪ノ下は耳を貸さない。恐れてる奴らの言葉なんて信じられるわけがない。それに人の心なんてそう簡単に変わるわけじゃない。お前だって知ってるだろ」

 どうやら、ハチマンは気付いているようだ。私のヒントである『ユキノを変えること』に加え『私とハチマンではどうすることもできない』というヒントをユイに与えた。さて、ユイは気付くかな。

「……」

 ああ、駄目か。彼女はいつの間にかハチマンを頼る癖が付いてしまっている。しかも、ハチマンもハチマンでやり方はどうであれ人を助け続けて来てしまった。そのせいで今回もハチマンならどうにかできると思い込んでいる。決めつけている。ハチマンにだってできないことぐらいあるのに。

「雪ノ下に関しては後回しだ。今は依頼の方が優先だろ」

「そう、だね……あまり時間もないし」

 ハチマンはユキノの件を後回しにした。まぁ、すぐにどうにかなるような問題ではないからいい判断だと思う。ユイも頷いた。

「おう。だから――」

「――何としてでもとべっちの依頼を成功させようね!」

「え、あ、いや……それが」

 何か言いかけたハチマン。私はすぐに気付いた。あのハチマンがユイに相談しようとしているのだ。おそらくヒナの依頼について。思わず、感動してしまった。ハチマンも変わり始めている。なら……もしかしたらユキノも変わってくれるかもしれない。まだ希望はある。まだ終わってなどいな――。

「あ、そろそろ行かないと。ヒッキー、いこ」

 ――だが、私の希望はいとも簡単に崩れ落ちた。

「……え?」

 待って。ユイ、なんでハチマンの話を聞こうとしないの? だって、あのハチマンが相談しようとしたんだよ? なんで……なんで今、ハチマンが差し出した手を無視したの?

 私には理解出来なかった。あんなにわかりやすく何かを言いかけているのだ。どうして、気付かない。ユキノのことで気が動転していても人の話を最後まで聞くのが普通だ。ユイ、待って。お願い。ハチマンの話を聞いてあげて。今ならまだ間に合うから。ハチマンが変わったんだって、気付いて。

「……どうすっかな」

 ハチマンの独り言が聞こえた。ハチマンはゆっくりと伸ばした手を降ろした。私にはそう見えた。

「……」

 ああ、そうか。駄目なんだ。ユキノも、ユイも。駄目なんだ。皆、ハチマンを見てくれない。本当の彼を……変わろうとした彼を受け入れない。私を受け入れてくれた彼を受け入れようとしない。

「ヒッキー! 早くー!」

「……はいはい」

 手を振ってハチマンを呼ぶユイ。それを見てため息を吐きながらそちらへ向かうハチマン。私は遠ざかって行く2人を見ながら録音停止ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ハチマンの携帯を握りしめながらメグちゃんが手配してくれたホテルに戻って来た。

「あ、サイ。おかえり」

 部屋に入るとゲームをしていたティオがそう言ってくれる。でも、私には返事をする元気はなかった。携帯をポイッとベッドに投げて自分もそこに身を投げた。

「……サイ?」

 私の様子がおかしいのに気付いたのかティオはゲームを置いて私が寝ているベッドに座る。チラリとそちらを見ると少しだけ不安そうにこちらの様子をうかがっていた。

「どうしたのよ。元気なさそうだけど」

「……ちょっと、ね」

「何かあったの? 昨日、あんなに楽しそうだったのに」

 昨日の夜、ハチマンと一緒に行動出来ると知って両手をあげて喜んだ。そのせいか一緒に寝た八幡にちょっとだけ悪戯してしまうほど私のテンションが高かった。それなのに今は落ち込んでいる。それが意外だったのだろう。

「ねぇ、ティオ」

「ん? 何よ」

「もし……メグちゃんを傷つける存在がいたらどうする?」

「はぁ? そんなの決まってるじゃない。そいつを倒すわ」

「じゃあ、その存在が身近な人だったら? 友達とか」

 私の質問に彼女は一瞬、思考を巡らせてすぐに口を開いた。

「恵を優先するわ。だって……私と恵はパートナーだもの」

「……そっか」

 やっぱりそうなるのか。私たちは魔物。パートナーがいなければ呪文を使えない。私たちにとってパートナーは友達以上に大切な存在である。ましてや私の場合、ハチマンは最も大切な人だ。この世界で私が心を許せる唯一の存在。彼がいなければ私はどうしていたのだろう。きっと、“また”壊れていたに違いない。昨日のワタシのように。

「でも」

 しかし、ティオの言葉には続きがあった。思わず、顔を上げて彼女の方を見る。

「……でも、出来ればその友達とも仲良くしたい。恵を傷つけるのは許せないけど一度は友達になれたのならまた仲良く出来るって……思いたい」

「……」

 今、ティオは誰を思い浮かべているのだろう。ガッシュか、キヨマロか。はたまた別の誰かか。私にはわからない。わかるはずもない。だって、私にはハチマンしかいないのだから。ユキノやユイよりもハチマンの方が大切なのだから。

「ねぇ、サイ。何があったのかはわからないけど……辛かったら相談しなさいよ? 私たち、仲間じゃない」

「……うん。ありがと」

 そうだ。まだ、諦めちゃ駄目だ。ティオとメグちゃんが仲間ならば……ユキノやユイだって奉仕部――仲間である。ならきっとわかってくれるはずだ。ハチマンのことを、私のことを。ティオにお礼を言った後、私はまた外に出た。そして、すぐにハチマンの携帯で電話を掛ける。

『……はい、もしもし?』

 少しだけ警戒した様子で通話相手は声を出す。まぁ、非通知だっただろうし仕方ない。

「もしもし、サイだけど……ヒナ?」

『ッ!? さ、サイちゃん?』

 まさか私から電話が来るとは思わなかったのだろう。彼女は驚いたような声をあげた。

「もう驚かないでよ。電話番号教えてくれたのヒナでしょ?」

 因みに渡して来た理由はもっとBLの話がしたいからだった。私は腐っているわけではないのでヒナの話を聞くだけになるのだがそれでもいいと強引に渡して来た。

『そうだけど……えっと、何かな?』

「今日、会える? 話したいことがあるの」

『え? でも、今私は京都に――』

「私も京都だよ。ついて来ちゃった」

『……ホントに、サイちゃんはヒキタニ君のことが好きなんだね』

 ヒナはどこか羨ましそうにそう言った。少し気になったが今はそれどころじゃないので無視することにした。

「それで? どこで会える?」

『えっと、じゃあ――』

 ヒナが指定した場所と時間を頭のメモに書いて電話を切る。すぐに携帯でその場所を調べて急いでホテルへ戻った。今、ヒナはハチマンたちと行動している。だから今会うわけにはいかない。向こうもそれを理解していたようで少し遅めの時間を指定して来た。約束の時間までティオとゲームでもしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒナとの話し合いが終わった頃にはすでに日が沈んでいた。一度ホテルに戻ってからハチマンのところへ行こう。そう思って道を歩いていると不意にハチマンの携帯が震えた。ティオからだろうか。

「っ!」

 携帯を開いて確認するとユイからだった。あまり人のメールを見るのは気が進まないがユイには前科がある。また無意識の内にハチマンを傷つけるかもしれない。心の中でユイに謝りながら彼女からのメールを開いた。

「……なにこれ」

 メールの内容はあまりにも酷いものだった。明日、ユキノと2人でトベの依頼に使えそうと場所を探す。ハチマンは自由にしていい。魔物に関してはきっとユキノもあまり聞いて欲しくないだろうから触れないでおく、とのこと。私は思わず、奥歯を噛み締めた。

(どうして……)

 ヒナと話し合いをしたからトベの依頼は成功しないと思う。しかし、トベの依頼を成功させようとする行為そのものがハチマンと敵対してしまうのだ。おそらくハチマンはヒナの依頼を優先する。そうじゃなきゃユイに相談しようとしないだろう。ユイは無意識の内にハチマンと敵対していた。その事実がとても心苦しかった。

 そして、何より――魔物に関して触れない。これは正直言って私たちの期待を裏切る行為だ。私たちは少しだけ期待していた。ユイならもしかして、と。だからヒントを与えた。はっきり言葉にしてしまったら『私たちがユイに強制させた』ことになる。もし、ユキノがそれを知ればユイの言葉は全て薄っぺらいものに感じるだろう。人からお願いされて言わされた言葉ほど無意味なものなどない。だから、ユイ本人が自発的に動いてくれなきゃ意味がない。それなのに、彼女はハチマンに頼り自分で動こうとしなかった。彼女は“役立たず”だった。自分勝手ながら私はユイに怒りを覚えた。ここまで役に立たないとは思わなかったから。

「……はぁ」

 駄目だ。ユイに八つ当たりしても無駄なのに。とにかくメールは全部消しておこう。あ、ヒナへの通話記録も消さなければ。

(そう言えば、明日ハチマンはフリーなんだっけ?)

 捻くれぼっちなパートナーのことだ。独りで出歩くに決まっている。ハイルの件もあるから少しだけ不安だ。

「えっと……確か」

 ハイルに襲われた夜、眠る前の雑談でハチマンの行きたい場所を聞いた。少しだけ思い出すのに時間はかかったが何とか思い出してその場所を調べて1つ頷く。私は明日、ヒナとの話し合いで考えた作戦のためにBL本を買いに行かなくちゃならない。そうだ、メグちゃんにこの場所を勧めておこう。メグちゃんのことだから勧めた場所に行ってくれるに違いない。丁度、ハチマンの携帯も返しておきたいし。ハチマンも単独でその場所に行くはずだ。私にはわかる。だって、パートナーだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北野天満宮でハチマンの意志を確認したらやっぱりヒナの依頼を優先するつもりだった。しかも、例のやり方で。具体的な方法はわからないが何としてでも止める。そのためにヒナと打ち合わせをしたのだ。私はもう、ハチマンに傷ついて欲しくないから。傷ついてまで人を助けて欲しくないから。だから、私が代わりに人を助ける。それがハチマンの邪魔をすることになっても。ヒナも笑顔で頷いてくれた。多少自分が変な人に思われようと今の関係が完全に壊れるのを防げるのならばいいらしい。大丈夫だよ、ヒナ。多分、トベはそんなところも含めてヒナのことが好きだから。いや、大丈夫でもないか。

「……」

 竹林の道に置いてある灯篭の後ろに隠れながら聞き耳を立てているとトベが今まさにヒナに告白しようとした時、いきなりハチマンがトベの隣に移動した。なるほど、嘘の告白をしてトベの告白そのものをなかったことにする気か。でも、させない。

「ずっと前からす――」

「――ヒナー!」

 私はハチマンの言葉を遮るように大きな声を上げて袋を抱えながらヒナの元へ走る。後は打ち合わせ通りに行動するだけだ。

 作戦は見事に上手く行った。ハチマンも途中で私たちの作戦に気付いてくれたから話を合わせてくれたし。本当に彼の察しの良さは尊敬に値する。だからこそ私と一緒にいられるのだろう。私の異常性を察し、理解し、受け入れてくれているのだから。それにしても上手く行って良かった。これでハチマンが傷つくこともない。これからはこのやり方でやればきっとユキノやユイだって――。

「ねぇ、比企谷君」

 ――しかし、私の期待を裏切るような冷徹な声が聞こえた。振り返るとそこには冷たい目でハチマンを見ているユキノと悲しそうにユイがいた。

(何で……そんな顔してるの?)

「さっき……あなたは何をしようとしたの?」

「別にあのままだと戸部は振られてたからな。それを防いだだけだ」

「だから、嘘の告白をしようとしたって言うの?」

「ああ。サイに邪魔されたけどな」

「……」

 ユキノはどうしてそんな非難するような目でハチマンを見ているのだろう。確かに今回もハチマンは例のやり方で依頼を解決しようとした。しかし、それはハチマンが望んでやろうとしたわけじゃない。仕方なかった。ユキノもユイもハチマンの手を取ろうとしなかったから仕方なくハチマンは独りで出来る解決方法を見つけ、行動した。ただそれだけなのに。

「あなたのやり方……嫌いだわ。言葉に出来なくてもどかしいけれど、とても嫌い」

 なのに、どうしてそんな目でハチマンを見るの? だって、ハチマンがあんなことをしようとしたのは他でもない。ユキノたちのせいなのに。初めからハチマンはこの依頼を受けることを反対していた。それなのにユイは人の話を聞かず、ユキノは流され、私たちを恐れ離れて行った。

「……」

 ハチマンはユキノの言葉を聞いても何も言わなかった。いや、答えるつもりなどなかった。すでに彼にとってユキノは他人なのだ。仲間でも何でもない。ただの知り合い。もしかしたらすでに知り合い以下の存在になっているかもしれない。そう考えるとちょっとだけ“悲しかった”。

 ユキノは沈黙しているハチマンから逃げるようにユイに視線を移した。ユイもそれを受けて目を伏せて口を開く。

「……ヒッキー、前に言ったよね。ヒッキーはすごく優しいから誰でも救っちゃうって。でも、ヒッキーも救われなきゃ意味ないって。あたしでもわかるよ? あのまま、ヒッキーが姫菜に告白すればとべっちは振られずに済んだって……で、その後、ヒッキーは救われないって。サイだってそれを見るのが嫌で――」

 

 

 

 

「――知ったような口、聞かないで」

 

 

 

 

 私は我慢できなかった。ただハチマンの力になりたかっただけ。ハチマンが傷ついて欲しくなかっただけ。私がどうこうじゃない。私は関係ない。確かにハチマンが傷つくところは見たくない。でも、それは私の我儘だ。それじゃ駄目なのだ。私に感情があると同時に彼にも感情はある。捻くれぼっちでも、確かにそこに気持ちがあるのだ。

 ハチマンはヒナの依頼を受けたいと思った。その解決方法が例の方法しかないとわかっていながら、そのやり方で解決した場合、私が傷つくと知りながら彼はそれでも解決したかった。だから、私は受け入れた。今まで私の我儘を聞いてくれたから。今度は私がハチマンの我儘を受け入れる番だ。まぁ、結局、ハチマンを傷つけさせないために私なりに行動してしまったのだが。それでもハチマンの目的である『ヒナの依頼を解決する』ことはクリアした。だからこそ、彼は私を見ながら苦笑した。『仕方ないか』と言わんばかりに。

 それなのにユイはまるで『自分が正しい』ような言い方をし、あろうことか私も同じ穴の狢だと吐き捨てた。ふざけるな。私はそこまで愚かではない。ろくに考えず、周囲を見ず、自分勝手に行動して、困ったら人に頼り、そのやり方が気に喰わなかったら文句を言うお前なんかと一緒にするな。

(ああ、そうか)

 そして、気付いてしまった。もう、彼女たちにはハチマンを任せていられない。きっとこれからも彼女たちはハチマンを受け入れず、頼り、彼のやり方に文句を言う。ハチマンはそれでも自分のやり方で依頼を解決し続ける。だって、ハチマンにはそのやり方しかないのだから。

 

 

 

 

 なら、もういいや。

 

 

 

 

「黙って聞いていればごちゃごちゃごちゃごちゃ」

 ワタシは言葉の刃を抜刀し、2人に向かって振り降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とハチマンは黙って竹林の道を歩いている。灯篭の光がとても綺麗だった。

「「……」」

 私はユキノとユイを傷つけた。それしかハチマンを守ることができなかった。奉仕部にいたらハチマンはこれからも傷ついてしまうから。これは私の我儘である。ハチマンの意志なんか考えず自分勝手に崩壊させた。そして、ハチマンはそれを受け入れてくれた。

「……ハチマン、ごめん」

 受け入れてくれた彼の手を掴んで小さく謝る。申し訳なかった。もしかしたらハチマンは奉仕部のことを気に入っていたかもしれない。もしそうだったら私はなんて酷いことをしてしまったのだろう。

「いや、気にすんな。ありがとな、サイ」

 しかし、彼は私の頭を撫でながらお礼を言ってくれた。とても優しい手付き。彼の温もりに触れた瞬間、心のダムは決壊した。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」

「いいって。俺の方こそごめんな。あんな辛いことさせて」

「だ、って……あのま、まあそこにい、たら……ハチマン、傷ついちゃうから。それが、嫌だから……いや、だから!」

「わかってる。全部わかってるよ」

 彼は全てを理解していながら私を許してくれた。それがとても嬉しくて少しだけ疑問に思った。ハチマンは受け入れてくれたのに私の心を支配するのは嬉しさではなく悲しみだったから。奉仕部を崩壊させるという目的は達成できたのにどうして、こんなに苦しいのだろうか。

「ごめんなさいっ……ごめんな、さい!」

 この謝罪は一体、誰に向かって放たれたのだろう。

「ありがとう、サイ」

 そう言いながらハチマンは私を抱きしめている腕に力を入れた。少しだけ苦しい。でも、心の方が苦しい。彼にはわかっているのだろうか。私が苦しんでいる理由を。私が誰に謝っているのか。私にすらわからない私の心を察しているのだろうか。もし、それなら教えてよ、ハチマン。

 

 

 

 

 

 

 私はどうして泣いているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空には綺麗な月が輝いている。ハチマンの布団から抜け出した私はホテルの近くに生えていた木に登り、そこから空を見上げていた。

『サイ、俺に任せろ』

 泣いていた私に彼はそう言った。おそらく私の心を察したのだろう。結局、その答えは教えてくれなかったがその気持ちは嬉しかった。

『まぁ、俺が動くわけじゃないけどな』

 頷いた私に苦笑してみせた後、私の手を引いてホテルに戻った。そして、気配を消しながらハチマンの部屋に侵入し、彼と一緒に布団の中に入った。途中でサイカが心配そうにハチマンに声をかけてくれたのが何気に嬉しかった。サイカはハチマンを受け入れてくれている。そう思えたから。

「……綺麗」

 誰にともなく私は呟いた。空に浮かんでいる月を見ているとあの日を思い出す。

 

 

 

 

 

 ――よかったら、一緒に行かないかい? 独りでいるより皆と一緒にいる方がずっと楽しいから。

 

 

 

 

 

 独りで月を見上げていた私に話しかけて来てくれた。その人の綺麗な髪に月光が反射しとても美しかった。その光景に見惚れていると彼女は笑って手を差し出し、私は黙ってその手を掴んだ。その日からあの人は私の憧れになった。彼女こそ、私が夢にまで見た理想の“魔物”だったから。

(私は、あの人のように……)

 ハチマンを守りたかった。あの人ように。

 しかし、私は彼女のようにはなれない。自分が傷ついても輝き続ける宝石のようなあの人のようには。

「ワタシは――」

 

 

 

 

 

 

 ――壊すことしかできないから。その事実は今も過去も未来も変わらない。だって、私は『サイ』なのだから。

 




これにて修学旅行編は完結です。


次回は……ぼーなすとらっく、もしくは次の章に行っちゃいます。
次の章はクリスマス編です。
え?生徒会選挙?
多分、1話で終わります。すぐに解決しちゃうので。

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