やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「ゆ、ユウト!?」
まず、叫んだのはユウトのパートナーであるハイルだった。彼女も彼の行動は予想外のものだったらしい。
「何やってんのよ! その子は関係ないんだから放しなさい!」
「嫌だ!」
「ッ……」
あの臆病だったユウトがはっきりと拒否した。今までそんなことなかったのだろう。ハイルは目を見開いて驚愕している。
「僕は……ずっと君を見て来た。ずっとサイちゃんと友達になることを夢見て来た君を。それを見てすごいと思ったよ。だって、魔界で見向きもされてなかったのに諦めず追いかけ続けてたんだから!」
ナイフを持つ手が震えている。雪ノ下はそれを見て動かそうとしていた手を止めた。もう少しだけ様子を見るらしい。
「一回ぐらいはっきりと断られたっていいじゃないか。今まで見向きもされなかったんだから進歩したじゃないか。ちゃんと君の目を見て拒否したんだから!! もう、君はサイちゃんの目に入ってるんだよ! やっと君はスタート地点に立ったんだ! なら、ここからまた頑張ればいいじゃないか。諦めるな、ハイル・ツペ! 君はツペ家の当主なんでしょ!? なら……最後まで諦めるなああああああああ!!」
「……お願いだから耳元で騒がないで貰えるかしら?」
「へ……ッ!?」
ユウトが一通り叫んだところで雪ノ下が動いた。ナイフを持っていた手を掴み、手刀でユウトの手首を打つ。その衝撃でナイフを落として怯んでしまったユウトに足払いして転ばす。不意打ち気味からか思い切り背中を地面に叩き付けた彼は痛みで顔を歪ませる。その隙に雪ノ下はこちらへ避難して来た。
「雪ノ下、大丈夫か?」
「ええ……でも、もうやりたくないわ」
緊迫した空気の中であれだけの動きをしたのだ。雪ノ下の顔には疲労の色が見える。これ以上、何かあったら対処できないだろう。
「いたた……ひっ」
体を起こしたユウトだったがすぐに顔を引き攣らせた。
「……」
目の前に真顔でユウトを見下ろすサイがいたから。目を群青色に染め、ジッと彼を見ている。
「今、貴方何をしてたかわかる?」
そして、問いかけた。いつもより低い声。遠くで聞いている俺でさえも背筋が凍りついた。
「な、何って……」
「そんな覚悟で人に凶器を突き付けないで。覚悟がないなら人を傷つけないで。ビビりならビビりらしく震えてなさい」
「覚悟なら僕にだって――」
ユウトはそこで言葉を区切った。いや、区切らされた。サイがユウトの目の前で地面を思い切り殴ったから。殴った地面は陥没している。すげー、怪力だな。俺、いつもあの威力で殴られているのか。そりゃ骨も簡単に折れるわ。
「ひ、ひいいいいい!?」
「これだけで悲鳴を上げてるようじゃ……覚悟があるとは言えないでしょ。ふざけないで。私たちはお遊びでやってるわけじゃない。本気で、殺し合ってるんだよ。殺してもいいのは殺される覚悟がある奴だけ。そうじゃないと……すぐに潰れるよ」
そう言いながらユウトへ手を伸ばす。さすがにこれ以上はマズイ。サイの目が不気味なほど“澄んでいる”。あれはヤバい時のサインだ。
「やめろ、サイ!」
「……何で止めるの? ハチマン」
俺の制止の声でやっと止まったサイは首だけをこちらに向けて質問した。ヤバい。あれは――壊れ始めている。サイの中にある『触れてはならない部分』に何かが触れたのだ。このまま放っておいたらユウトを殺してしまいそうだ。
「雪ノ下は無事だったんだ。そこまでしなくてもいいだろ」
「しなきゃ駄目でしょ。誘拐犯が罪を償うのと同じ。それとも『ハイルと友達になって欲しいから思わず、ナイフを突き付けちゃいました! てへ』で許されるとでも?」
「だからと言ってお前がユウトを傷つけていい理由にはならない。お前に刑を執行する権利なんてない。しかるべき場所で償わせるべきだ」
「……命拾いしたね、ユウト」
伸ばしていた手を引っ込めてサイはこちらへ戻って来る。な、何とかなった。
「ユウト、大丈夫!?」
「は、はははははハイちゃぁん……」
咽び泣いているユウトの元へハイルが駆け寄る。もうユウトの顔がぐちゃぐちゃだ。まぁ、サイの殺気を間近で受けたのだから仕方ないか。俺でもちびる自信がある。
「もう……ニートの癖に無茶するから」
「ニートは、関係ないんじゃない?」
ユウトはニートらしい。俺たちより年上だったようだ。顔はかなり子供っぽいのだが。
「でも、目が覚めたわ。サイちゃん!」
震えているユウトからサイに視線を移したハイル。その目は生き生きとしていた。先ほどまでサイに拒否されて泣いていたハイルとは思えない。
「……何?」
「ユウトなんかに諭されたのはものすごく嫌だけど……私は諦めない! どんなにサイちゃんに否定されたって、蹴られたって、無視されたって! 絶対に友達になってやるんだから!!」
不機嫌そうなサイにも臆さずに堂々と宣言した。本当に変わったな……ってことはもしかして?
「っ! ハ、ハイちゃん、新しい呪文出てるよ!」
その声を聞いてユウトの方を見ると彼が持っている魔本は恐ろしいほど輝いていた。
(マズイ……)
今まで新しい呪文が出た時、決まって何かサイに変化があった時だ。
俺のピンチに駆けつけたいと願った加速の力――『サウルク』。
俺が瀕死になった時に願った癒しの力――『サルフォジオ』。
『サシルド』と『サグルク』は今でもわからないがこの2つの呪文はサイが強く願ったことで発現した。おそらく、呪文が発現する条件は魔物が成長したり力を求めること。だからこそサイが使う呪文は全て彼女の味方になる。彼女が願い、祈り、求めて得られたから強い力を引き出せる。
それはサイだけではない。他の魔物にも言えることだ。
「サイちゃん! もし、この力で貴女を倒したら友達になって貰うわ! ユウト、唱えなさい!」
ハイルは今、成長した。サイに断られても諦めない心を手に入れた。彼女の『サイと友達になる』という夢を叶えるための術。それは――。
「『ディオガ・ガルジャ・ガルルガ』!!」
――凄まじいほどの威力を秘めているだろう。
「あれは……骸骨?」
大海が小さく呟いたようにハイルの背後に巨大な骸骨の上半身が現れた。その手には鎖。紅いオーラを纏っている。骸骨がゆっくりと右腕を引き、鎖を投げる体勢に入った。
「『デュアルシールド』だ! 俺たちから先に防ぐ! サイ、斜め前を見ろ!」
あれをまともに喰らえばヤバい。下手すると『サシルド』では防げないかもしれない。でも、やるしかないのだ。
「さぁ、行きなさい!」「『サシルド』!」
骸骨が1本の鎖を投げると同時に目の前の地面から群青色の盾が出現する。そして、鎖と盾が衝突。鎖を真正面ではなく側面で受け止めたから鎖は盾をなぞるように後方へ飛んで行った。
「なっ……」
しかし、その光景を“見た”俺は絶句してしまう。そう、見たのではなく“見えた”のだから。
(盾が……消滅しただとっ)
鎖が当たった部分が消えてしまった盾。つまり、あの鎖には――消滅の効果がある。触れた部分を消してしまうのだ。掠っただけでも致命傷。しかも、消えただけじゃない。消滅した部分から徐々に群青色の盾が消えている。浸食されている。急いで『サシルド』を消した後、冷や汗を掻きながらハイルへ視線を戻す。その時にはすでに鎖が何本も飛んで来ていた。躱せるわけがない。
「『マ・セシルド』!!」
咄嗟に呪文を唱え、鎖を防いだ。『マ・セシルド』にも消滅の効果がある。そのおかげなのか鎖の消滅の効果では消えなかった。だが――。
「ぐっ……もう、駄目っ……」
――立て続けに盾に鎖をぶつけられてしまい、簡単に破壊されてしまう。目の前で崩れゆく盾の向こうに紅いオーラを纏った鎖が見えた。
(何本あるんだよッ!!)
「ハチマン!」
心の中で悪態を吐いているとサイが叫ぶ。その目には覚悟の色。この状況を打破する為には傷つくしかないと言う諦めの色。そして、謝罪の色。
「くそっ! 『サグルク』!!」
少しでもサイへのダメージを抑えるために術を唱える。群青色のオーラを纏ったサイはジャンプして紅い鎖を蹴った。
「あッ……」
何かが溶けるような嫌な音がサイの足から聞こえる。あの絶対的強者のサイも痛みで顔を歪ませる。だが、気合で鎖を弾いた。鎖は俺たちの遥か後方で地面に着弾し、抉る。
「比企谷君、横から!」
「ッ――!!」
雪ノ下の悲鳴で周囲の様子を確かめると今度は左右から同時に鎖が迫っていた。片方を『マ・セシルド』で防いでももう一本でやられてしまう。雪ノ下を右脇に抱えて叫ぶ。
「全体防御!」
「『セウシル』!」
俺の指示を聞いた大海が無我夢中で呪文を唱えた。ドーム状の盾に2本の鎖がぶつかり、消滅させる。しかし、時間は稼げた。サイが大海を担ぎ、ティオの服の襟を掴む。
「ハイルを見ろっ! 『サシルド』!」
「ティオごめん!」
「またあああああああ!?」
群青色の盾が出現すると同時に真後ろへティオをブン投げた後、大海を抱えながら走るサイ。それに続くように俺も後ろへ向かう。『サシルド』は前と左右を守るような構造をしている。逆に言えば後ろだけ空いているのだ。それを利用して左右から襲って来る鎖を防ぎながら後方へ逃げる。それしか防ぐ方法がない。
群青色の盾を消滅させた鎖が地面にぶつかった。その衝撃波で俺たちは吹き飛ばされ、地面に倒れてしまう。急げ。すぐに体勢を立て直せ。急がないと鎖が――。
「チェックメイト」
――俺たちの首筋へ突き付けるように制止していた。俺の、サイの、大海の、ティオの、雪ノ下の――何故かユウトの首筋へ。これは完全なる詰み。俺たちの、負けだ。
チェック、メイト。ハイルは嬉しそうにそう言った。
――そこは×××××。私は×××で皆のとこ×××。でも、皆……皆、×××。皆は××××。私が、私が××だったから私の、私のせいで。私がいたから×××、皆、××××。
「……は、ハイちゃん!? 僕は味方だよ!?」
「あらごめんなさい。思わずやってしまいましたわ。おーほほほ」
目の前で自分のパートナーとじゃれ合っている。勝利を確信しているのだろう。まだ“私は動けるのに”。
――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。
――バキッ
そう、“動ける”。足は痛いけど動ける。負けたわけじゃない。動ける動ける動ける。大丈夫。笑えている。うん、動けるし笑える。
――バキッ
「お、おい……サイ」
ハチマンの声が聞こえる。けど、気にしない。気にしちゃいけない。気にしたら動けなくなってしまいそうだから。動けなくなったらそこで終わりだから。
――バキッ
ああ、痛い。痛い。すごく痛い。でも、動かなきゃ。死んじゃう。殺される。殺されちゃう。ハチマンが殺されちゃう。嫌だ。それだけは嫌だ。また嗤われる。また失ってしまう。
――バキッ
「っ……さ、サイちゃん! 何やってるの!?」
ハイルの悲鳴が聞えた。何で、貴女が慌てているの? 貴女は私の敵でしょ? 貴女がハチマンを殺すんでしょ?
「ユウト、消して!」
「う、うん!」
「……」
ユキノの首筋に突き付けられていた鎖を“握ろう”としたけど消えちゃった。何で消したの? 勝ちたいんでしょ? なら、消さずにユキノを“殺せば”よかったのに。何で? 何でなの? 私は血だらけの“右手首”をハイルに向かって伸ばす。でも、届かない。あいつは飛んでいるから。何で飛んでいるの? 何で私は飛べないの?
「あはっ」
あ、そっか。私はワタシだった。なーんだ。それが正解だった。答えだった。
「あはは」
じゃあ、どうやって落とそうかな? この辺りには木がないからよじ登った後、ジャンプして蹴り“殺せない”。どうしようかな、どうしようかな?
「ハチマーン」
そうだ。『サシルド』があった。あれを出して貰おう。そして、蹴落とそう。そうしようそうしよう。
「『サシルド』だーして!」
「……」
あれれ。何でハチマン動かないんだろう? 何で私を見ているのにワタシを見ていないんだろう? あはは、あははは。あははははは。なんだ、つまんないの。
「んー、もういいやー。別の方法考えよー」
『サシルド』は使えないから今度は誰かを踏んで飛ぼうかな? あ、じゃあ、あの人間でいいか。どうせ“殺す覚悟”もないビビりだからいいよね? 戦場にいらない人だからいいよね? いいよね?
「こんばんはー」
「ッ――」
どうして驚くのかな? 私はただ後ろに回り込んだだけなのに。そんなに驚かないでよ。そんな驚いた顔で“死ぬ”なんて嫌でしょ? ほら、哂って。うふふ。ワタシを見て?
「ユウトおおおおおおおお!」
ジャンプして今まさに人間を殺そうとした時、景色が変わった。あれれ? 何で変わったの? 何で地面があんなに遠くにあるんだろ? どんどん遠くなっていく。おかしいな? 何でだろうな?
「サイちゃん、どうしたの!? ねぇ、ねぇってば!」
なんかうるさい声が耳元で聞こえる。うるさいなー。私は今すごく気分がいいのに。ワタシはすごく不機嫌なのに。もう、どうしてくれるの? 私が不機嫌になったら――。
「あはっ」
――ワタシになっちゃうのに。
「サイ!! 目を覚ませ!!」
「っ……ハチ、マン?」
“気付いた頃”にはハチマンが遠くに見えた。ティオもメグちゃんもユキノもユウトも。
「サイちゃん!」
耳元でハイルが叫んだ。どうやら、私を抱えて飛んでいるらしい。でも、何で飛んでいるのだろう。鎖を突き付けられた時点で私たちは負けたはずなのに。
「あ、れ……」
そこで気付いた。
「右手が、ない」
まるで最初からなかったかのように右手がなかった。右手首から血がダラダラと流れている。そして、左手もズタズタになって今にも手首から取れてしまいそうだった。『サルフォジオ』で治るとはいえ、さすがに痛い。アドレナリンが分泌しているおかげで気絶するほどではないが。早く治療しないと血を流し過ぎて死んでしまいそうだ。まぁ、私は『そんなことで死ぬほど軟じゃない』けど。
「よかった……本当によかった……」
ポロポロと泣いているハイル。何で泣いているのだろう? それにこんな空高く飛ぶほどのことがあったのだろうか?
「あ……」
ああ、そうか。また、“やっちゃった”のか。
「サイちゃん……ごめんなさい。どうしてもサイちゃんに友達なって欲しかったから……やりすぎちゃったの。本当にごめ――」
「――ねぇ、ハイル」
私は彼女の言葉を遮った。どうしても確かめなくてはならない。
「さっきまでの私は受け入れられるの?」
「ッ……それは」
ほら、やっぱり怯えた。そんな覚悟で“私を受け入れるとか安い言葉、言わないで”。
「ハイル、お願いがあるの」
「へ? な、何かしら?」
「私、飛ぶの初めてなの。もうちょっと高く飛んで欲しいな。お願い」
「う、うん」
私のお願いを聞いてくれたハイルは少しずつ高度を上げていく。もうハチマンたちが見えなくなった。でも、私はハイルを止めない。もっと高く飛んでとお願いする。
「サイちゃん、どう?」
「うん、すごく気持ちいいね。ハイルはいいなー。自由に空が飛べて」
「言ってくれればまた一緒に……一緒に飛んであげてもいいのよ!」
ふふ、ハイルったら急に恥ずかしくなったのかツンデレが出ている。素直な子じゃないなぁ。でも、とてもいい子。だから――。
「ごめん。次はないや」
――私なんかと関わるべきじゃない。まだ辛うじて動く左腕を動かしハイルの鳩尾に肘打ちを放った。
「うっ……」
不意打ちを受けたハイルの腕から力が抜ける。すかさず体を回転させてハイルの腕から脱出した。
「ッ!? サイちゃん!」
自由落下を始めた私に向かって手を伸ばすハイル。じゃあ、私も最期くらい手を伸ばそう。そう思って左手を伸ばす。それを見た彼女は嬉しそうに笑って私の左手を掴んだ。
「それじゃバイバイ」
彼女が左手をしっかり掴んだのを見た後、思い切り左腕を引く。ブチッと嫌な音が響く。
「……え?」
手に残った“私の左手”をハイルは放心した様子で見ている。そこへ更に追撃。右腕を振るって私の血を彼女の顔面に向かって飛ばした。運よく目に血が入ったのかハイルは私の左手を持ちながら目をごしごしと擦っている。しかし、なかなか目を開けられないようだ。
(もう、大丈夫かな?)
また私がああなってしまったら誰かを殺してしまう。じゃあ、その前に私が死ねばいい。この高さから地面に叩き付けられればさすがの私も死ぬだろう。
「うん、これでいい」
「――し! ――ウト! サイ――」
遥か上空でハイルが叫んでいる。何をしているのだろう? まぁ、関係ないか。
私は何となく大空に向かって手を伸ばす。もう手はないけど。もし……もう一度、生まれて来るなら。もう一度、生まれ変われることを許して貰えるのなら――。
(――自由に飛べる鳥になりたい)
ハイルのように大きな翼を広げて夢に向かって飛びたいな。もう叶わない夢だけど。
「あーあ……」
後数十秒……いや、数秒で私は頭から地面に落ちる。これは私が望んだこと。でも、これだけは伝えたかったな。
「ゴメンね、ハチマン。さようなら」
私の初恋の相手に。
ハイルの新しい呪文は『ディオガ』級の呪文です。
『え? 早すぎね?』と思うかもしれませんがツペ家自体が結構、由緒正しき家で入る自身、サイほどではありませんが天才なので発現しました。
次回、自殺しようとするサイに対して八幡はどうするのか?
こうご期待。
……出来れば年内に投稿したいと思いますが出来るかわからないので期待しないでください!