やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「ぬべっ……」
俺に足払いをかけられ、顔から地面に突っ込むハイル。その隙を見逃すサイではなくハイルの背中に飛び乗り、逆エビ固めをかける。
「いたたた! ギブ! ギブ!!」
「魔物同士の戦いにギブアップはないでしょ!」
「のおおおおおおおお!」
「は、ハイちゃあああああん!」
プロレス技をかけられているハイルを見てユウトが叫ぶ。心の力を溜めているようだが、ハイルのことが気になって上手く行っていないようだ。
「大海! 『セウシル』、解除していいぞ!」
それを見て俺はすぐに大海に指示を出す。
「え!? で、でも!」
「向こうは心の力を溜め切れてない! なら、お前も今の内に心の力を溜めておけ! 今のハイルならプロレス技で動けない! げほっ」
あー、久しぶりに大声を出したから喉が痛い。『セウシルリング』中だと会話しにくくて仕方ない。距離も離れているし『セウシル』越しだから聞こえ辛いのだ。俺も『サウルク』消しておこう。
「ゆ、ユウ、ト……ま、まだなの? じゅ、術を……は、早、く」
「え!? ハイちゃん、聞こえないよ! 何て言ったの!?」
まぁ、向こうも会話できていないので良しとしよう。『セウシルリング』の新しい利点に頷いていると『セウシル』が消えた。
「今度はコブラツイストだー!」
「いたたたたた!! ゆ、ユウト! 早く、早くぅぅぅぅぅぅ!」
サイも大海の方を見て状況を把握したのか別のプロレス技でハイルを虐めている。その顔はとても楽しそう。実際、魔物同士の戦いなどではなくただのプロレスごっこをしている幼女たちにしか見えない。ハイルも痛そうに顔を歪めているが振り解こうとしていないし。もしかしたら友達同士で遊んでいる気分でも味わっているのだろうか。まぁ、振り解こうとしても完璧に技が決まっているので抜け出せるわけもないのだが。
「ハイちゃん! 行けるよ!」
「え……あ、そ、そう! 早くしなさい!」
今、残念そうな声、出したよな? マゾというわけではないようだがものすごく残念そうである。そんなに友達が恋しいのか。
「『ガル・ガ・ガルルガ』!」
術を唱えた後、ハイルが翼を自分の体を包むように動かした。あれは衝撃波を放つモーション。このままでは至近距離にいるサイに直撃してしまう。
「ッ! 『サグルク』!」
『サウルク』を唱えて怪我でもしたらマズイので『サグルク』を選択した。俺が術を唱えたことで自分の身に危険が迫っていると気付いたのかハイルの体を離し、バックステップで距離を取るサイ。それとほぼ同時にハイルが翼を大きく広げ、衝撃波を放った。
「くっ」
両腕をクロスして顔を庇ったサイだったが衝撃波に煽られ、吹き飛ばされてしまう。バックステップ中だったから体が宙に浮いていたのだ。
「『ギガノ・ガソル』!」
そこへ更に追加の呪文。大きな剣を持ったハイルはサイの方へ突っ込んでいく。今、俺に突っ込んでも意味がないと理解しているのだろう。絶対に対処できない俺に向かって来たら大海が『マ・セシルド』を唱えるから。だからこそサイに向かった。サイは術なしでも『ギガノ・ガソル』を何とか出来てしまいそうだ。今、大海は心の力を消費しているので出来るだけ温存しておきたいはず。そのせいで術を唱えるのを躊躇うだろう。その間に攻撃してしまえばいい。俺ならそうする。絶対に守られる方より少しでも可能性がある方を選ぶ。だが、ハイル。お前は間違えた。
「へぇ?」
サイは絶対的強者なのだ。ほら、今だって自分に向かって来たハイルを見て笑っている。『私の方に来るんだ? いいよ。遊んであげる』と言わんばかりに。
「ティオ、パス」
「え、ええ?」
ティオに魔本を投げて俺は駆け出す。サイたちの元へ。この後の展開を先読みして。
「やぁ!!」
大きな剣をブンと横薙ぎに振るうハイル。それを見て体の角度を横にしてくるっと回転し、大剣を躱すサイ。ただその場でくるりと回転しただけだ。それだけで躱せる。逆らわず、受け入れているだけ。大剣によって発生した風に乗ったのだ。体を回転させるのは風に乗りやすいようにするため。サイだからこそできる不可能に近い回避方法。
そして、絶対的強者はそれだけで終わらない。ハイルは走りながら剣を振るった。じゃあ、躱された後、彼女の体はどうなる? 剣を振るったことで前方につんのめってしまうだろう。そう――サイが回転しているところへ。引き寄せられるように。それが運命だと言わんばかりに。
「ッ――」
クルクルと回っていたサイはニヤリと笑って蹴りを放つ。狙うのはハイルの手元。剣を蹴落とす気だ。
「きゃっ」
サイの思惑通り、彼女の足はハイルの手に当たって剣を手放してしまう。
「ハチマン!」
ここで1つ、呪文について考察しよう。
魔物の使う術には様々な種類がある。
単純に敵を攻撃する攻撃呪文。
敵の攻撃から何かを守る防御呪文。
速度を上げたり攻撃力を上げたりする肉体強化。
敵の動きを阻害したりする支援呪文。
傷ついた体を癒す回復呪文。
武器を生成する武器生成。
じゃあ、武器生成の呪文の場合、持ち主の手から離れた場合、どうなるのか? 決まっている。消えるはずだ。その証拠に俺の目の前でハイルの大剣は今まさに消えようとしていた。そう、俺の“目の前で”。
「わかってる」
だが、消えるまでには必ずタイムラグがある。その間に持ち主ではない人がその武器を持てばどうなるのか。答えは――。
「う、嘘!?」
――消える数秒の間なら扱える。今、俺がハイルの大剣を掴んでいるのがその証明。ハイルの大剣は俺が想像しているよりも重かった。多分、普通に振り回そうとしてもできない。じゃあ、普通に振り回さなければいい。それこそモンスターをハントするゲームに出て来るハンマーをぶん回すように。
「ぶ、ちかませええええええええ!」
腰を低くし、大剣の柄を両手でしっかり掴み、柄にもなく大声を上げて体ごと回転させながら力任せに振るった。
「ぐふッ……」
大剣はハイルの体を捉え、凄まじい勢いで吹き飛ぶ。地面を2回ほどバウンドした後、ハイルはやっと止まった。
「おー、ハチマンカッコいいー!」
「はぁ……はぁ……無茶振りさせんな」
サイがニヤリと笑ったのはこの作戦を思い付いたからである。あの状況で群青少女がニヤリと笑うほど面白い作戦など数えるほどしかない。その中でも俺が一番、“活躍”するのがこれだっただけ。大剣が消えたのを見届けた後、急いでティオの元へ走り、魔本を返してもらった。
「八幡君……」「八幡……」
「おい、そんな目で見るな。俺だって出来るとは思ってなかったんだ」
その時、大海たちに『うわ、この人……人間やめてる』みたいな視線を向けられた。解せぬ。俺はただサイの作戦通りに動いただけなのに。
「おい、ハイル。もういいだろ。お前たちの負けだ」
肩を落としながら未だに地面に倒れ伏しているハイルに声をかけた。しかし、彼女の反応はなし。あれ、やり過ぎちゃったか。魔物は頑丈だから本気でやったけど。
「……だ」
少しだけ心配しているとボロボロのハイルは震えながら体を起こす。その拍子にお尻のあたりに尻尾らしき物が見える。その尻尾の先はハートマークのような形をしていた。とある電気ネズミのメスの尻尾のようだ。
「まだ……」
掠れた声で何か呟いている少し距離があるから聞こえにくい。しかし、その声音は本当に悔しそうで、悲しそうで、寂しそうだった。このままは嫌だと訴えかけて来ているような。
「まだ……ない」
「ハイちゃん……」
そんなパートナーの姿を見てユウトが彼女の名前を呼ぶ。そして、彼の目が鋭くなった。何かする気なのだろうか。
「まだ……なってない」
ユウトの動きに注意を払っているととうとうハイルが立ち上がった。彼女が着ているドレスはところどころ破けている。彼女自身も傷だらけだ。綺麗な金髪も少しだけくすんでいるように見える。でも、ハイルの目は死んでいなかった。ギラギラと太陽のように燃え、俺たちを――いや、サイを睨んでいた。
「私は……まだ……諦め、ない。だって、まだ……」
傷だらけの拳を握り、目から涙を零して、しっかりと地面を踏みしめ、慟哭する。
「まだ、サイちゃんと友達になってないんだからああああああああ!」
聞き間違いかと思った。だってハイルの目的は魔物の王になることではなく『サイと友達になること』なのだから。友達になろうとしている子にあんなに傷つけられてもそう想い続けているのだから。
「私はサイちゃんと友達になるまで倒されるわけにはいかないんだ! やっと……やっと、見つけた友達候補なんだもん! 絶対に、ひぐっ……絶対になるんだから……サイちゃんの、友達に……なる、もん」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらドレスの裾を握るハイル。きっと彼女にも何か事情があるのだろう。だからこそあそこまでサイに固執する。見向きもされず、忘れ去られていても。ボロボロになるまで傷つけられても。彼女はたった1回の親切を大切にし、思い出にしてサイへ歩み寄る。1匹の蝙蝠が檻の中で震えている狐へと手を差し出す。
「……」
じゃあ、サイの事情は? 魔界では孤高と呼ばれ、今では俺に依存している――歪んでいる群青少女は?
「サイ、どうするんだ?」
その答えは俺の隣でハイルをジッと見ているサイしか知らない。だから聞く。その答えを。
「……私に、友達を作る権利なんてないよ。私は……もう友達を作る勇気なんてない」
彼女の答えは拒否だった。風の音で掻き消されてしまいそうなほど小さな声だったがしっかりとハイルの耳に届いたようでハイルは顔を青くした。
「な、なんで……駄目なの? 私が、ツペ家だから?」
「関係ないよ。ハイルは何も関係ない。私が悪いだけ。私が弱いだけだから。こんな私よりもっといい人いるでしょ。こんな……化物なんかより」
「私はサイちゃんがいいの! サイちゃんじゃなきゃ嫌! いや、なの……だから――」
「――ごめんね」
サイは徹底的に拒否した。ハイルがどんなに泣いていても彼女は頷かない。たとえ、ハイルがサイの全てを受け入れてもサイがハイルを受け入れないから。受け入れるほどこの狐さんは他人を信用していないから。ハイルの問題じゃない。これは最初から最後までサイの問題なのだ。魔界でハイルを視界に入れなかったのも、忘れたのも、拒否したのも。
「そんな……じゃあ、私はどうすれば……」
何を言っても無駄だとわかったのか蝙蝠は後ずさりする。傷のせいか、それともショックだったからか足がおぼつかない。すぐに転んで尻餅を付いてしまった。可愛らしいハートの尻尾がハイルの右手首に絡みつく。自分の体を抱きしめるかのように。
「さ、サイ? 友達ぐらいなってあげてもいいんじゃない?」
「それにもしかしたら仲間になってくれるかもしれないわ……悪いことなんかないと思うけど」
ハイルの落ち込みっぷりを見てティオと大海がサイを説得し始める。
「……こればっかりは私も譲れないの。ハイルには悪いけど」
だが、サイは真っ直ぐハイルを見ながら拒絶した。崩れ落ちているハイルから目を逸らしてはいけないと言わんばかりに。
「八幡君からも何か――」
「――いや、俺は何も言わない」
だって、友達になりたいのはハイルの事情なのだから。それはただの我儘。サイの事情など無視して一方的に歩み寄っているだけ。きっと、サイに何か言っていいのはハイルの事情も、サイの事情も知っている人物のみ。だが、そんな奴はこの世にいない。それは俺も例外ではない。ハイルの事情も知らなければ、パートナーであるサイの事情すら知らない。そう、この問題の公式を俺は知らないのだ。公式を知らなければ問題を解くことも出来なければ考えることさえ出来ない。許されない。俺に出来るのは問題文をただ眺めていることだけ。たったそれだけ。証明終了。問題の答えは出ない。それが答えだ。
「……ハチマン、ありがと」
「……」
感謝の言葉を述べたサイを見て俺はただ空を仰ぐ。空には綺麗な月が浮かんでいる。お礼を言われているのに空しかった。俺に出来ることなど数え切れるほどしかないのだとはっきりと証明されてしまったから。
「う、動くなぁ!!」
そんな夜空の下で1人の男の怒号が響き、全員がそちらを見る。いや、全員ではない。たった1人だけ動かなかった奴がいる。違う。動かなかったのではない。動けなかっただけだ。
「う、動いたらこの子がどうなるかわ、わからないぞぉ!」
俺たちの視線の先では足をガクガクさせているユウトが雪ノ下の喉にナイフを突きつけていた。どうやら、証明はまだ終わっていないようだ。
雪ノ下が簡単に捕まった理由は精神的に限界だったからユウトが近づいて来ているのに気付かなかったからです。後、サイたちの方を見ていたのもあります。
因みに今回のお話しの地の文がいつもとちょこっとだけ違うのはとあるアニメを見た影響です。忍ちゃん、可愛いよね。
まぁ、そこまで変化はないんですけどねw