やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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第1章 ~すれ違い編~
LEVEL.5 群青少女は彼の居場所に足を踏み入れる


「ハチマーン、起きてー」

 そんな眠たそうな声で俺の意識はゆっくりと浮上する。目を開けると布団の中から俺の顔を覗き込むように見上げているサイの姿を捉えた。

「おはよ」

「おう」

 お互いに挨拶を交わし、ほぼ同時に体を起こして伸びをする。最初は何だか照れ臭かったが数日も経ってしまえば慣れたものである。小町も『仲良すぎてからかう気にもなれないよ! ロリいちゃん!』と怒っていた。いや、それだと俺がロリっ娘になっちゃうからね。『はちまん、しょうがくいちねんせい! すきなたべものはいちごさん!』みたいな。もちろん、お供はMAXコーヒーでどうぞ。

「よっと」

 俺の体をジャンプで軽く飛び越えてカーテンを開けるサイ。いい天気だ。

「ハチマン、今日は早く帰って来る?」

「いつも通りだ」

「ふーん、結構遅くない? ぼっちなのに」

「俺だって色々あんだよ」

 よくわからない部活とか。

「それってホウシブとかいう組織だよね」

「おう、奉仕部な。アクセントが違う」

「ほ、ほうしぶ?」

「平仮名表記なのが目に見えてわかるな」

 そんな言い合いをしながら1階へ降りる。それから制服を着たり朝食を食べたりして小町を荷台に乗せて学校へと向かった。

「いってらっしゃい」

 家を出る時、いつも寂しそうな表情で手を振るサイを見るとものすごく心に来るものがあって退学してしまいそうになるのが最近の悩みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でお前いるの?」

 放課後。奉仕部の部室で全くご奉仕せずに俺、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の3人は各々好きなことをしていたのだが、何故由比ヶ浜結衣がここにいるのだろうか。部員でもないのに。入りたいの? じゃあ、代わって。

「だって、あたし暇じゃん?」

「いや知らねーよ」

 何、『じゃん』って。広島弁? ここ千葉ですけど。でも、広島弁の女の子って可愛いよね。

 ――コンコン。

「どうぞ」

 そんな会話をしていると不意にノックの音が部室に響く。由比ヶ浜以来の訪問者だ。今度はどんな面倒な依頼を――。

「こんにちはー」

 ガラガラと音を立てて入って来たのは小学生ほどの女の子だった。

 髪は長くて真っ直ぐな黒。目は吸い込まれそうなほど澄んだ群青色。

 サイだった。

「しょ、小学生?」

 まさかこんなところで小学生ほどの女の子を見るとは思わなかったのだろう。由比ヶ浜は目を丸くして携帯を落とした。俺だって読んでいた小説を落としそうになったよ。

「あら、可愛らしいお客様ね。こんなところでどうしたのかしら?」

 一見、柔らかそうな言い方だが声が無機質……いや、氷のようなので逆に怒っているようにしか聞こえないのだが。

「あ、大丈夫大丈夫。シズカには許可貰ってるから」

「シズカ……それって平塚先生のことよね?」

「うん、そうだよ」

「へぇー、しっかりしてるねー!」

 いやいや、由比ヶ浜さん? 感心している場合じゃないですよ。俺の心臓が今、とんでもないことになっているんですよ。

「そう……平塚先生がここに来るように言ったの?」

「ここなら君の願いを叶えてくれるって言ってたから」

「少し違うわ。奉仕部はあくまで手助けをするだけよ」

 スッと目を細めてサイの言葉を否定する雪ノ下。そこは譲れないらしい。由比ヶ浜が来た時もそう言っていた。

「なるほどね。戦ってくれるんじゃなくて戦い方を教えるって感じだね」

 そう言いながらサイはニッコリと笑う。あれ、何か違和感。サイさん、もしかしてものすごく不機嫌だったりします?

「か、変わった小学生だね……」

 俺の傍まで来てそっと耳打ちする由比ヶ浜。その声は若干震えていた。サイの異常性を本能的に感じ取っているのだろう。

「一先ず、座ったらどうかしら。相談者を立たせたまま相談に乗るわけにも行かないもの」

「うん、わかった。お言葉に甘えるね。あ、でも――」

 嬉しそうに歩き始めたサイはそこで言葉を区切り、俺の目の前まで来るとピョンと軽くジャンプして膝に座った。

「――願いは叶ったもん」

 子供らしからぬ微笑みを浮かべながら俺の首に腕を回す。

「「……」」

 おお、人が絶句するところを間近で見るとは思わなかった。俺もものすごく顔を引き攣らせているし。

「……説明、してくれるかしら。ロリ谷君」

「それだと俺がロリになってるぞ」

 小町を同じ間違いをするんじゃありません。動揺し過ぎにも程があるでしょうに。

「……はぁ。サイ、いい加減にしろ」

「えー」

「え? ええ?」

 俺たちのやり取りを見て由比ヶ浜が首を傾げる。

「あー……まぁ、なんて言うか。こいつはサイって言って俺の親戚なんだよ。事情があって数日前から俺の家で暮らしてる」

「サイです。よろしくお願いしまーす」

 わざと子供っぽい声音で挨拶するサイ。もうこの子、怖いよ。魔物とか関係なく怖いって。

「親戚……てっきり、貴方の家系は目が腐っている家系なのかと」

「生憎、俺の目は突然変異だ」

「あ、やっぱり他の人から見てもハチマンの目って腐ってるんだね」

「すっごい仲がいいんだね……」

 何故か落ち込んだ様子で由比ヶ浜は呟く。いやまぁ、サイは俺に懐いていると思うが何で落ち込んでいるのだろうか。

 

 

 

「もちろんだよ。だって、私とハチマンはパートナーだからね」

 

 

 

 再び、世界が凍りついた。あの雪の女王ですら口元をピクピク震わせている。

「比企谷君、光源氏気取りかしら?」

「そんな計画を立てたつもりはない」

「ヒカルゲンジ?」

 源氏物語を知らないのかアホの子は首を傾げて雪ノ下を見る。しかし、聞いた相手がまずい。主に俺にとって。

「気に入った小さな子を調教して自分好みに育てた後、手を出すことよ」

「……ヒッキー、さいてー」

「人の話を聞け」

 サイがこの部室に来た時からこうなるような予感はしていた。だが、迂闊に魔物のことは言えないためどう説明しようか悩んでしまう。

 そのせいで事態は更に悪化するとは知らずに。

 

 

 

「わ、私……ハチマンならいいよ?」

 

 

 

「もしもし? 警察ですか?」「あたし、平塚先生呼んで来る!」

 2人の行動は迅速だった。俺……生きて帰れるかな。

 

 

 

 

 

 

 

「面白かった!」

 何とか2人の誤解を解き、俺とサイは自転車に乗って帰っていた。因みに最終的には『お兄ちゃんが大好きな群青少女』という設定になり、雪ノ下と由比ヶ浜はそんな病気にかかってしまったサイを治療しようとカウンセリングをしていた。その間、病原菌の俺はずっと2人に絶対零度の視線を向けられ続けていたので凍傷になるかと思った。

「面白くなんかねーよ……何で来たんだよ」

 そのせいで危うく滅菌されそうになったわ。『サイさん。この人だけは駄目よ。きっと後悔するわ』。『ヒッキーは……ほら! 最低だからやめておきなって! うざいしキモいし!』。そんな言葉の消毒液をかけられ続けたのだ。

「だって」

 荷台に座って俺の腰に腕を回していたサイの声は少しだけ低かった。

「……ハチマン、帰って来るの遅いんだもん」

「……」

「ハチマンは私のパートナーでしょ。私の傍にいてよ」

 ギュッとサイの腕に力が入る。

 1年前、サイは人の温かさを知った。お婆ちゃんの体温を感じて生きて来た。例え、たった独りで戦って来たとしても帰る場所が……背中を預けられる人がいた。

 だが、それは1か月前になくなってしまった。また独りになった。

 そして――つい先日、再び人の温かさを知ることになる。しかも、今度は一緒に戦ってくれるパートナーだ。

「……いなくなったりしねーよ。少なくともこの戦いが終わるまでは」

 彼女は恐れているのだ。自分の知らない間に帰る場所がなくなってしまうのを。若い俺は老衰することはないだろうが、この人生、何が起こるかわからない。1時間早めに家を出てしまったがために事故に遭い、ぼっちになることだってあるのだ。

「……うん」

 俺の背中に顔を埋めてサイは頷いた。ほんのり背中が温かくなる。それはとても心地の良い温度だった。

「ハチマン」

「ん?」

「お腹空いた」

「……サイゼでも行くか?」

「うん!」

 チラリと後ろにいる俺のパートナーを見れば満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。

 




サイちゃん、ヤキモチを焼くの巻。
実際、部室を覗いてみて女の子しかいなかったため、少しだけ不機嫌になり、ハチマンを困らせてやろうと企てました。因みに作戦を考え付くまで時間は約1秒。


今回は俺ガイルサイドのキャラを出したので、次回はガッシュサイドのキャラを出したいなと思っております。マンガだと4巻?のお話しだと思います。



追記
雪ノ下がサイのことをちゃん付けだったのをさん付けにしました。こっちの方が雪ノ下らしいかと思ったので。

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